35 それぞれの思い
いろいろと動き出していきます。そうなるはずです。
なんとなく、悪党ぽい連中、何故か忘れられていた捕虜たちなどのそれぞれの思いが交差していくはずです・・・多分。
「私個人の認識では、あれは与太話の部類のものとしておりますが、何か問題が? 」
いかにも官吏という風体の男が事務的に言葉を返してきた。
「与太話でも、それが伝説となり得ることはある。しかし、噂の段階で下手な手出しをして、探られるのは得策ではないな」
王都のとある貴族の一室で、その屋敷の主らしき男が複雑なデザインが施されたグラスに入ったルビー色の液体を一口で飲み干してで言葉を続けた。
「されど、田舎になればなるほど、目が届きにくくなる、情報も遅くなる、手遅れと言う最悪は避けて然るべきだろ」
「お考えは尤もですが、我々が下手に動くことにより妙に警戒されると今後の活動も困難になるかと」
官吏風の男は、痩身の神経質そうな手の細長い指先で摘まむようにして持ったグラスに凝った意匠のボトルからルビー色の液体を注ぎながら己の考えを述べた。
「その件については、付かず離れず、監視を続けようと思います。それより、最近、まれびとらしき者が出現したとの話があります。こちらのほうが我々にとって重要な案件かと思いますが」
グラスに注がれた液体を変換石を使ったランプにかざしながら、官吏風の男の言葉を聞くと
「それは、真人なのか? 」
「真人です。しかも、まれびと らしく不思議の力を持っているようで、襲い掛かった者たちを一瞬にして始末したそうです」
「面白い、そいつを我々に取り組むんだ。大っぴらではなく、いつものように、な。与太話は、監視を継続させよ。間違っても警戒されるような下手は打つな、と言っておけ」
「早速、脚本と舞台を準備いたします。明後日には、脚本をお見せできるでしょう。あの連中、功を焦っているようにも見えますので、その点はよくよく釘を指しておきます。」
「与太話は、お前の判断に任せる。そして、まれびとについては、そいつが自分で考えて、判断し、行動していると思わせるためにも念入りに頼むぞ、そして、行動は・・・」
「夜の影の如く、ですね。承知致しました」
一礼すると、官吏風の男は主人の部屋から音もなく退去していった。
「正義は、我等にあり」
痩身の男は呟くと、グラスの中の液体を一気に咽喉に流し込んだ。
「初めてにしては、上手にできましたね」
ネアが変換石を左手に握り締めながら、右手の掌に乗せた紙切れを燃やしたのをみてアルア先生は拍手しながら賞賛の言葉を口にした。
「本当に初めてなの?」
横で見ていたレヒテが身を乗り出してネアを見つめた。
「はい、初めてです。予習したかったけど、勝手に練習するのはあぶないからって言われましたから」
ネアとしては、何も難しいことをしたという感触なかった。まだ、自転車に初めて乗ったときのほうがこれの何倍も難しかったことを思い出しながら、困惑した調子で答えた。
「器用な子でも、火傷したり、霜焼けになったりすることもあるのに、もう一度やってみて見せてください」
アルア先生は感心しながらも、まぐれではないかとの思いが消せず、もう一度同じことをするようにネアに命じた。
「はい」
ネアは軽く目を閉じて、左手の変換石の中にある、力を新たに手にした紙切れに流し込むことをイメージした。暫くすると、掌に熱を感じ目を開けると、掌の上の紙切れに火がついていた。それをさっとテーブルの上においてある皿の上に落とした。
「まぐれではないようですね。見事なものですよ。これなら、魔法使いになれるかもしれませんね」
アルアは長い間、いろいろな子供たちに魔法を教えてきたが、この手際の良さを持つ子供はネアが初めてであった。そして、魔法使いの素晴らしい原石を掘り当てた気分であった。
「私は、侍女ですから・・・」
しかし、その気分はネアが発した言葉で沈みこんでしまった。
「そうですね。でも、素質は充分にあります。いつでも、私の弟子・・・、いえ、もっと高名な魔法使いの弟子になれるように推薦することもできますからね」
アルア先生は、見つけた逸材を手放す気はあまり無いように見えたが、ネアは気にしないことにした。もし、自分が魔法使いの逸材であったとしたら、それこそ他人の目に付く存在になり、面倒なことに巻き込まれることは火を見るより明らかに思えたからである。
「ネア、それ勿体無いよ。私なんて、火をつけるだけで10日はかかったんだから」
レヒテが乗り気でないネアを突きながら、羨ましそうに言った。
「私が、お仕えするのはお嬢ですから」
ネアはにっこりと営業スマイルを浮かべて、レヒテを見つめた。
「うれしいよー」
レヒテはそう叫ぶと思いっきりネアを抱きしめた。しかし、それは抱擁というより締め技に近い性質を帯びていることはネアの表情からすぐに読み取れるであろうシロモノであった。
「下手な手出しはせず、監視を継続せよ・・・か・・・、あのお方は我々を信用されておられないのか・・・」
水晶球らしきものが淡い光を明滅させるのを見つめていたモンテス商会ケフ支店長の「膨らんだ財布の」トバナはその明滅する光の信号を解読すると眉間に深い皺を刻みながら沈鬱な声で呟いた。偉大な正義を為すために、見たくもない穢れの民が蠢くケフに自ら志願して赴任してきたのである。できるものなら、穢れの民を一匹残らず始末したいのであるが、物理的にも政治的にも経済的にも許されない状態の中、最小限の実力行使で、最大限の効果を得るためには、糞女神が遣わしたと噂される黒猫かもしれない、あのハチワレを掻っ攫って、最大限の辱めと苦痛を与え、ゴミのようになった姿を穢れどもに見せつけ、アイツらに正義のせの文字はないことを知らせしめることであると考えていたのであるが、使えない手下どものおかげで自分の評価は下降線になっている、と思っていた。そして、それは事実でもあった。
「子猫一匹始末できんとは、無能の証・・・」
歯を食いしばりながら搾り出すように呟くと怒りを制御するようにゆっくりと立ち上がった。
「次の一手をどうするか・・・」
眉間を指でもむようにしながら水晶球が安置してある薄暗い小部屋から出て行った。
「俺、ここに根を下ろそうかな」
辺境にあるといわれるケフのさらに辺境で開墾の手を休めてガタイのいい男が額の汗を拭いながら同じように浅黒いいいガタイの男に声をかけた。
「ん、どういった風の吹き回しだ」
浅黒い男も手を休め、その男を見つめた。
「あれからスポンサーから引渡しに関する話はないだろ?結局はいいように使われて、捨てられたんだよ。もし、あの猫の子がいなかったら、こうして無駄話もできなかったんだぜ」
「ああ、俺たちゃ命を削り売りする稼業だからしかたねぇが、それでもこの扱いはアンマリだな。ケフの連中の扱いじゃなくてよ、スポンサーのよ」
彼らは互いに屠殺職人傭兵団員であったが、捕虜となり武装解除され、こうやって辺境の地で開墾の作業を課せられているのであるが、その扱いは捕虜以外のケフの住民と同じで、特に暴力を持って強制されるとか劣悪な環境におかれているとかは全くなかった。捕虜たちには数名の騎士団員が監視で付いているが、彼らも捕虜たちと同じように開墾に当たり、同じモノを喰って、そして同じような粗末な小屋に寝起きしていた。
「なにが穢れているんだろうな・・・」
最初に言葉を発した男が手を休めて水筒の水を飲んでいる犬族の騎士団員を見ながら呟いた。
「そうだな、同じだよ。形が少しばかり違うだけだ。俺たちを傭兵だと下に見ていたあの糞ったれな小男よりもずっと、いんや、比べるのもおこがましいぐらいにいいヤツらだもんな」
浅黒い音はそう言うと
「で、あのシカ族の娘とはどうなんだよ」
ニタニタしながら言葉を続けた。
「そ、それはな・・・、そのなな、なんだ・・・」
「分かりやすいヤツだなー」
そう言うとニタニタ笑いから声を上げて笑い出した。
「それはちがいねぇがよ。お前も、エルフ族のねーさんの尻を追いかけてるくせによ」
もう一人の男もそう言うと笑い声を上げた。
「婿殿、どうやら鼠は我等が懐に入り込んだようだぞ」
ご隠居様は、お館様の執務室に入るとハリークがいるのにも拘わらずお館様に声をかけた。
「既に布教活動を始めているのですか?私の耳には、その手の話は聞き及んでおりませんが」
ハリークがご隠居様に姿勢を正して尋ねた。
「布教活動は、いつもの程度のものしかないね。先日、ボクの釣り針にネズミがひっかかってね、どうやらモンテス商会を寝ぐらにしているみたいだよ。あそこは、隣のワーナンの郷では結構派手にやっているようだからね」
ご隠居様はそう答えると空いている椅子に腰を降ろした。
「刺客はどのような連中でしたか?」
お館様は書類にサインする手を止めてご隠居様に尋ねた。
「刺客と言うほどのモノじゃないね。素人に毛が生えた程度だったよ。バトとルロに気持ちいいほどやられていたよ。そうそう、あの凸凹コンビ、ボクが使い易いようにしてくれないかな。彼女たちはとても優秀だからね。それに、ボクのやろうとしていることにぴったりだしね」
ご隠居様はエルフ族とドワーフ族の騎士団員の人事に少し介入してきた。
「そうですか、私から鉄の壁騎士団長のヴィットに伝えておきましょう。彼は真面目すぎますから、彼女らも随分と息苦しいかもしれませんからね」
ハリークはそう言うと、この案件を忘れないように手にしたメモに書き込んだ。
「・・・、次は収穫感謝祭の時期を狙ってくるでしょうね」
お館様は少し考えてから隠居様に己の考えを告げた。
「ボクもそう睨んでる。ちょっとは手の込んだことをしてくるかも知れないけど、結局は不細工な手になると思う。最悪、力攻めで来るかも知れない」
そう語るご隠居様の顔にいつもの笑顔はなかった。
「力攻めですか、これについてもヴィットに伝えておきましょう」
ハリークはメモにペンを走らせた。
「目立たぬように動くようにと付け加えておいてくれ、これでよろしいですよね、義父上殿」
「そのとーり、妙に警戒されると尻尾を掴みにくくなる。ここは、アイツらにこちらは無警戒でいると思わせたいね」
ご隠居様は笑顔でお館様に答えると、テーブルの上にあったビスケットをつまむとを口に入れた。
「今年の巫女は誰がするのかな」
休憩のお茶の時間フォニーがカップを口にしながら呟いた。
「そーねー、貴女たちの誰かかもね。私ももう少し若かったらねー」
奥方様はにこやかにフォニーの呟きに答えた。
「ネアかな・・・、あの娘はまだ小さすぎるし・・・、私かな・・・」
真面目な表情でラウニが独り言を呟く
「そうなると、お仕事が・・・、フォニーとネアが大変になりそうですね。そうなったら、ごめんなさいね」
どうやら、ラウニは誰よりも一歩先を進んでいた。
「収穫感謝祭はまだ一月も先よ。ウチも選ばれる可能性はあるんだからね」
フォニーは尖った口をさらに尖らせた。
「それもそうですね・・・・、気品から行くと、パル様も有力に思われますね。お年も大丈夫ですし」
ラウニは少しばつの悪そうな表情でフォニーに答えた。
「パル様はありかも・・・、でも豊穣という線だとタミーさんもありじゃないかな」
フォニーはパルの佇まいとタミーの立派な胸と柔らかな毛を思い出しながら呟いた。
「レヒテの名前が出てこないのね」
ちょっと意地悪そうに奥方様が二人に声をかけた。
「「あ」」
二人はどきりとして互いに顔を見合わせた。
「あの娘はちょっと・・・、うんとお淑やかさ足りないから、難しいわね。母親である私の目から見てもキツイわ」
にこやかに語る奥方様に二人はどう答えていいモノかと黙り込んでしまった。
「今年は、スージャの関での奇跡があったから、ネコ族の娘になるんじゃないかな。そうなると二人とも残念ね」
奥方様の言葉に二人は軽くため息をついた。女神メラニが信仰されている地域で収穫感謝祭で巫女に選ばれることは少女たちにとっては大きな憧れであったからである。
「本当に、今年は誰になるのかしらねー」
奥方様は楽しそうに言うとカップを手に取った。
「無理かも知れないけど、選ばれたいですね」
「ウチも・・・」
ラウニとフォニーは互いに見詰め合ってため息をついた。
先週は、仕事の都合でアップできませんでした。ひょっとして楽しみにされていた方が居られれば、お詫び申し上げます。舞台はなんとなく整い始めてきているようですので、ここからは少し物語らしいことになると思われます。
駄文にお付き合い頂いた方に感謝します。