34 一人じゃないよ
淡々と日常はすぎていきます。そして、淡々と年齢を重ねていきますが、重厚さは年月だけでは出ないものですね。今回は珍しく、ちょっと魔法の描写を入れました。(「そんな大したものではなかろう」の突っ込みはスルーさせて頂きます。)
黄金の林檎亭での食事はネアたちにとって、またとない素敵なものになっていた。それは、料理そのものの美味しさもあるが、食事の後のデザートのプディングがついてきたことも大きな要因となっていた。そして、騎士団員のバトとルロのライブでの漫才、本人たちは日常会話だと認識しているが、を堪能できたことも無視できない要因だった。また、ルロが酒を水のようにがぶ飲みして素面を保っていることやバトが甘いものに目が無いことも発見することができたことも少しは関係していた。
お館の自室に戻った先輩方も興奮冷めやらぬ様子で、昼間の魚獲り、その魚を焼いて食べたこと、ご隠居様から頂いた水着のこと、バトとルロの面白さのこと、そして何よりご隠居様がかっこいいこと等々飽きる気配も見せずに語り合っていた。ネアはそれに時折、相槌を入れるだけであった。ネアとしては、ご隠居様が言っていた自分が『まれびと』であるということ、そして何者かに狙われているらしいこと、何の力もない幼い子供である自分がいきなり大人達の権謀術策の渦中に投げ込まれたような気分になっていた。
【この身体じゃ、戦うことも、逃げきることも難しいな】
己の無力感とこの状態において自分が手にしているカードが殆ど無いことに大きな不安を感じていた。
「ご隠居様、お館までお送りします」
黄金の林檎亭から勘定をすませ店を出るご隠居様にバトが侍女たちと歓談していた時の笑顔のまま低い声でご隠居様に申し出た。
「キミたちは、彼女らを送ってやってくれ。ボクは、メイザにお土産を買っていかないとね。無理を言ってあの子達を連れ出したんだから、何もなしとはいかないだろ?」
そういい残すと二人に背を向けて片手を上げて軽く振りながらふらふらと商店街の方向に歩いていった。
「どうする?」
バトはちょっと困惑の表情を浮かべてルロを覗き込んだ。
「ご隠居様は大丈夫でしょ。私たちは言われたことを実行するまでよ」
ルロはバトを見上げてそう言うと、店から出てきた侍女たちのもとへ近寄って行った。
「そうね、大人の愉しみもあるだろうし」
「それは、貴女だけ・・・、それと、それ系統の話題は子供の前では謹んでよ。貴女が口と行動が伴ってないことは私は知ってるから・・・」
「・・・お見通しってこと、ふふ」
つまらなそうに忠告するルロにバトは口元を少し上げて小さな笑い声を上げて応えた。
「このキャディとクッキーを一袋、頼むよ」
侍女と騎士たちと分かれた暫く後、ご隠居様のひょろ長い姿は中央の広場に程近い駄菓子屋「ボウルの店」の店先にあった。
「これは、ご隠居様、いつもありがとうございます」
店の置くから少しケバイ感じのおねーさんが笑顔で出てきた。
「ここの商品はお気に入りなんだ。品揃えも多いしね。ロクさんは元気かい?」
「あの人なら、朝からふらと出て、夕方頃にふらりと戻ってきましたよ。気楽なもんですよ。・・・獲物を取り損ねた鼠がどこに逃げたとか、そんなことで遊び歩いているんですよ」
そのおねーさんは愚痴っぽいことをぶつぶついいながら、ご隠居様が頼んだキャンディとクッキーを紙袋に詰めると
「オマケのくじ付きクッキーをサービスしておきますね」
隙間だらけの篭のような大き目のクッキーを袋に入れた。
「御代は・・・、お釣りはいいよ。二人でお酒でも飲めばいいよ。今日はご苦労だったからね」
おねーさんから袋を手渡されるとご隠居はそれを小脇に抱えて足早にお館に向かって行った。
「あら、そのお顔からすると、今日は大物が釣れたようですね」
ご隠居様が居室に入ってくると、大奥様ことメイザは読んでいた本から顔を上げて夫であるご隠居様をみつめた。
「そうだね。釣り上げたのは何かなって・・・」
ご隠居様は買ってきたキャンディとクッキーをポットに入れると、オマケのくじ付きクッキーを手にして、その中に入っている折りたたまれた紙切れを引き出し、それを広げるとそこに書かれている文字を読み込んだ。
「モンテス商会か、ボクの勘が当たったみたいだよ」
そう言うと、その紙切れをメイザに手渡した。メイザはその書付に素早く目を通すと
「そうみたいですね。これはいつもと同じでいいかしら」
ご隠居様は無言で頷くと、メイザはポケットの中の小さな変換石を握り締めながら、もう片方の手で紙切れをつまむと静かに目を閉じた。その瞬間、紙切れは綺麗に燃え上がり小さな灰となって床に溶け込んでしまった。
「これからどうなさるつもり?」
「暫くは泳がすさ、連中をどうにかするのは容易いが、根を潰さないと同じことの繰り返しになるからね。繋がりがはっきりすれば、その根ごと叩き潰すまでさ」
ご隠居様は小さくため息をつくと、買ってきたばかりのクッキーを口の中に放り込んだ。
「くっ・・・」
大通りに店を構えるモンテス商会のケフ支店の奥でつまらなそうな表情の男たちが少々乱暴な治療に身を任せていた。
「店に顔を出さなきゃならんヤツが、こんな治療で良いわけないだろうが」
少し猫背の貧相な男が時折苦痛の呻きを上げる男達にキツイ口調とは反対の丁寧な治療をしていた。
「尾けられたりしてないな」
治療を受ける男たちを腕組みしながら黒い髪を綺麗にセットした恰幅の良い男がにらみ付けながら尋ねた。
「そこまで、ドジは踏んじゃないですよ」
治療が終わり、顔面に包帯を巻かれた男が呻くように答えた。
「しかし、なんであんな子猫に・・・」
治療を待っている男が恰幅のいい男に尋ねようとすると
「お前らは知る必要はない。ただ、正義を為すための行動だと分かっていれば良いんだ。それより、明日からの店の営業はどうするつもりだ。貴様らのいらん怪我のために、本店から至急の増員を頼む破目になったんだぞ」
その男は、そう吐き捨てるとイライラと事務所に戻っていった。残された男達の間に気まずい空気がよどみ始めた。
「おじさんは一人じゃないよ、いつも私がいることを忘れないで」
その夜、珍しく早く床についたネアの夢の中に常に鏡の中に見る姿の少女が立った。その少女はにっこりと微笑むと彼に優しく抱きついた。
「それとね、ラウニ、フォニー、お嬢、奥方様、お館様、ご隠居様、ルップ様、ドクター、ノスル先生、そしていっぱい、いっぱい味方はいるからね。一人でがんばらなくていいの。だから、自分を追い詰めないで、わたしも苦しくなるから」
彼にしがみついた少女は彼を見上げると、にっこりと笑った。彼はその笑みに今まで感じたことの無い安心感を覚えた。
「そうだね。力を貸してくれる人は多いからね。そのうえ、君と俺で最強タッグなんだ。湧き水のネアは簡単にくたばらないし、くたばらせないよ」
彼は、少女をみつめると微笑みながら応えた。そして、根拠はないが妙な自信が自分にあることにも気づいた。
「一人じゃ厳しいけど」
「私たち、湧き水のネアは最強で、最高よね」
少女の言葉に頷きながら、さらに深い眠りの中に落ちていく自分を感じたとき、少女はもう見えなくなっていた。
これで第2章はなんとなく終わります。次は、何かがおきそうな状況に持ち込んでみる予定です。勿論、ドラゴン退治やダンジョン攻略はしませんが・・・。
駄文にお付き合い頂きありがとうございます。