表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第22章 焦りと求めるもの
343/343

326話 逆襲

なんとかUPできました。

なんだかんだとありすぎて更新間隔が広くなっていますがエタってはおりません。

秋の夜長の暇つぶしの一助になれば幸いです。

 「お腹空いたよね」

 日が傾き始めた宿営地を囲む森の中、息を潜めているネアに傍らのレヒテが小声で話しかけてきた。

 「我慢してください。食べ物の匂いで相手に警戒されます。それより、小さな声で話しかけられているのは凄い事です。美褒美にこの飴をどうぞ」

 ネアはレヒテに匂いを甘味を押さえた小さな固い雨を手渡した。

 「ありがと」

 ネアから飴を受け取るとレヒテはあっという間にそれを口の中に入れ、嬉しそうな表情を浮かべた。

 「まだ、動きはないよ。隊商はずっと野営地に居るよ。馬車の車軸が壊れたみたい」

 見張りから戻って来たフォニーは小さな声でネアに囁いた。

 「本格的な動きがあるのは日が暮れてからになると思う」

 森の中の少し窪んで森の外からは勿論、中からも目立たない場所に折り畳みの小さな机とその上にこの辺りの簡易な地図が広げられていた。その地図には様々なマークが書き込まれ、この位置も旗のマークで示されていた。

 「今の見張りはティマちゃんとアリエラだよ。アリエラが暴走して居場所がバレないか心配だよ」

 フォニーと一緒に見張りについていたバトが机の横に広げられている筵の上に腰を落とした。

 「これから長丁場ですから、手の空いた人は身体を休めたり、装備の手入れを、暗くなるとできなくなりますから」

 ネアは傍らで嬉しそうに飴を口の中で転がしているレヒテを見て口角を上げた。

 【どうやって大人しくさせておくかな】

 飴玉の効力はたかが知れている、その内この暴れ姫は何かしらの暴走をやらかしだす、それだけは絶対させてはいけない、この作戦が根底から瓦解する、これだけは絶対に避けなくては、ネアは表情には出さないものの内心、襲撃者より個の隣でニコニコしいるレヒテが怖かった。

 「良い手はないかな・・・」

 不安を隠しきれずネアは小さく呟いていた。その呟きを口にしたネアは内心驚愕していた。

 【不安を口にした・・・、今まで口にしても意味のない事は黙っていたのに】

 自分に戸惑いながらネアは警護の対象となっている隊商の馬車を曳いている馬たちが呑気そうに飼葉を食んでいる姿を眺めた。

 「手綱をつけられればなー、ちょっとはコントロールが楽になるかも」

 ネアは家内もしないようなことを呟いて苦笑した。その時、ネアの耳が何かが近づいてきている音を拾った。彼女は耳を音のする方向に向け、慎重に音を集め出した。それはその場にいた全員そうだったようで皆黙って武器を手にしだした。

 「ちょいとお待ちくだせぇよ」

 藪をかき分けて大きな荷物を背負った巨大なタコ坊主、ハチがぬっと姿を現した。

 「僕もこの作戦に参加するよ」

 ハチの背後からギヴンがひょこっと姿を現すと、さっとネアの前に出て小声で話しかけた。

 「ネア、お姉様は僕とハッちゃんで押さえておきます」

 「恩に着ます」

 ネアはギヴンに頭を下げると彼は静かにサムズアップして見せた。

 「お嬢の大好きな甘いモノを持参しやしたよ。若と吟味しやしたんで味は保証しやすぜ」

 「流石、ハッちゃん、気が利くね。ありがとう」

 レヒテはハチが降ろした背負子から荷物を取り出すとその中身を検分して満面の笑みを浮かべた。本来なら歓喜の大声を上げるのが常であるが、流石のレヒテも場をわきまえているのか声は出さなかった。

 【お嬢に関しては一安心だ】

 ネアは安堵のため息をつくと胸をなでおろした。これで作戦全般に心置きなく目を配ることができる。そこでネアは改めて自分たちの戦力を見直すことにした。ネア達侍女見習い組、バト、ルロ、アリエラの残念トリオ、ルップとパルの兄妹組とメム、そして若とハチ、レヒテを含めて総勢13名、ちょっとした傭兵団ぐらいの規模である。しかも、それぞれが元々並の傭兵より戦闘力が高い、その上イクルに扱き倒されていたからさらに戦闘力が高くなっているだろう。

 「この戦力なら十分に叩けるか・・・」

 ネアは自分を安心させるかのように独り言を呟いた。確かにこの戦力で情報通りの騎士団とも野盗ともつかない連中に勝つことは難しくないだろうが、こちらとしては誰一人欠けさせてはいけないという思いを強くネアは抱いていた。仮にこの戦闘で誰かが神様の膝元に呼ばれた場合、この部隊の指揮官であるレヒテに全ての責が問われるのである。レヒテは能天気な暴れ姫ではあるが、領民や自分に直接かかわる人たちが傷つくことに関しては年齢に見合わない責任感を持っている、もし死人が出れば彼女は一生このことを引きずって生きていくことになるだろう。そうなると、レヒテの数少ない美点の一つである屈託のない明るさは未来永劫消えるだろう。これは、ケフの郷にとって大きな損失になるだろう。それは何としても避けたかった。

 「あちらも動きはなしか」

 隊商はのんびりと夜の食事の準備を始めだしたのだろう即席の竈にくべられた薪が燃える臭いがネアの鼻孔に届きだした。

 「今日は豆料理みたいですね」

 ラウニが炒った豆を水飴で固めた簡単な携行食を齧りながら少し羨ましそうにささやいた。

 「さっさと来ればいいのに、何勿体つけてるのかな」

 シートの上に横たわり身体を休めているフォニーが苛立ちを滲ませながら呟いた。

 「まだまだ明るいからね、でも、そろそろ襲撃するための攻撃の発揮位置に辿り着くころだろうね。準備の漏れはないか再確認だよ」

 「物音を立てないように、おしゃべりも最小限に、しくじるわけにはいかないからね」

 バトがいつになく真剣な表情で注意喚起すると、ついさっきまでハチの持ってきたクッキーを食べていたレヒテがバト以上の真剣な表情でネア達に指示を出すと座ったまま剣の柄に手をかけ薄く目を閉じた。



 「来た」

 暗闇の中、気配を感じた方向にティマは耳を動かして音をかき集めだした。

 【足音、30人、重い、鎧をつけている、足音の消し方は素人】

 ティマは音から得られた情報をまとめ手元の紐をリズムを刻むようにそっと引いた。

 「私たちもお嬢に合流するよ」

 ティマの横にいたアリエラがそっと囁くとその場から2つあった薄い気配がそっとなくなった。 


 「お客様だよ」

 森の中の拠点の真ん中にぶら下げられた鈴が小さな音をリズミカルに立てだした。その音を聞いたレヒテが小さく、鋭く声を発した。

 「武装した者、数30、隠密行動の素人と見積もられる」

 信号を耳にしたラウニが小声で呟いた。

 「各自、戦闘準備。目標が防護対象と接触し、戦闘が開始されたら速やかに戦闘加入。これでいいですねお嬢」

 「一つ足らないよ。誰も死んじゃいけない、これが最優先」

 野営地から目を離さずそっと弩を構え、全員に指示を出したネアの言葉にレヒテは付け足した。

 「おおよそ1個小隊の背後を襲う形になるけど、飛び道具は要注意だね」

 うっすらと目を閉じてこれから行われるであろう戦闘に向けて精神研ぎ澄ましているバトが小さ警告を発した。

 「アリエラ、ティマ、見張りの後で悪いけど、飛び道具を見つけたら速やかに安全化してもらえないかな」

 ルップは体を伸ばすと静かに待機の姿勢に入った。その姿は「待て」 と言われた猟犬のようであった。



 「呑気に夜食の準備か」

 「最後に口にする食事の準備だ、大目に見てやれよ」

 「口にするのはあいつらじゃなくて、俺たちだけどよ」

 隊商の野営地を茂みの中からじっと見つめていたワーナンの騎士団員たちは小声で軽口を交わしていた。彼らの身に纏うはワーナンの騎士団の鎧、手にするはうっすらと血糊が残る剣であった。そしてそれらを手にしているのは、騎士とは思えぬ野盗のような連中だった。

 「男は皆殺し、ガキと若い女は楽しんでもいいが、できるだけ殺すなよ」

 「穢れどものキャラバンだ。女は多分、毛深いぞ」

 襲撃者たちは声を殺して下卑た笑い声をあげた。それを合図したように彼らは剣の柄に手をかけゆっくりと夕食の準備をしている隊商に近づいて行った。



 「こんな所で野営しているのか。ちゃんと許可はとっているのか」

 襲撃者たちはにやにやしながら対象に近づくと食事を準備していた男の肩に手をかけると息がかかるぐらい顔を近づけ、公務であるという体裁を繕う質問を投げかけた。

 「見回りの騎士さんたちですかい。ここは何の許可もいらない宿営地だと聞いていますぜ」

 食事の準備をしていた男は面倒くさそうに肩に手をかけている騎士の手を振りほどきながら答えた。

 「今から許可が必要になったんだよっ」

 問いかけた騎士はそのセリフが言い終わらないうちに抜刀し、目の前の商人に斬りかかった。

 「いきなり、乱暴な」

 商人はひょいと後ろに飛び退き、にやりと笑うと腰にぶら下げていた短剣を手にした。

 「お客様がお越しだ」

 商人の声に今まで呑気そうに談笑していた隊商の商人たちが無言で立ち上がり、馬車や積み上げた荷物の陰に隠していた獲物を手にした。

 「嵌められたか」

 最初に斬りかかった騎士の言葉に合わせるように襲撃者たちは一斉に抜刀した。

 「思ったより早かったね。うん、皆、ケフ流のおもてなしをして差し上げろ」

 ご隠居様は馬車の屋根に上がって大音声を張り上げた。

 「粋がるのも今のうちだけだ。なんせこっちは1個小隊だ。お前らはせいぜい10人程度、黙って荷物と金を差し出すか、無駄な抵抗して命を差し出すか、どっちか選ばしてやる」

 ご隠居をずいっと指さしながら兜に派手な羽飾りをつけた襲撃者で一番偉そうな騎士が吠え立てた。

 「どっちも差し出したくないねー。みんなが幸せになる解決策があるんだよ。それはね、君らが縛に就くことなんだよ」

 ご隠居様はあえて襲撃者を挑発するようなふざけた口調で言うと小ばかにしたような笑みを浮かべた。襲撃者たちはその表情を見ると唸り声をあげ、それぞれの近くにいた商人に変装したケフの騎士団に斬りかかっていった。


 「始まったよ。おもてなしの時間だよ。でも、命が一番、手柄は二番。いいね、了解したなら、総員、かかれっ」

 宿営地の動きを察知したレヒテはネア達に勢いよく命令を下達した。その命令を聞いたネア達は短く「了解っ」と応えると、それぞれの獲物を構えて走り出した。

 

 「気をつけろ、こいつら、ただの商人と護衛の傭兵じゃない」

 隊商に扮したケフの黒狼騎士団員と切り結んでいた襲撃者が声を上げた。

 「どおりでしぶといはずだ」

 この時、襲撃者たちは多少てこずるものの数にモノを言わせて、目の前の穢れの民もいる商人たちを蹂躙できると思っていた。その時、襲撃者と鍔迫り合いしているケフの黒狼騎士団員の背後から襲撃者が斬りかかろうとしていた。

 「うっ」

 襲撃者はいきなりわき腹に衝撃を感じその場に膝をついしまった。彼は衝撃の理由を確認しようと己のわき腹をそっと撫でた。

 「えっ」

 彼の手にはぬるっとした液体が付着した。独特の鉄臭さから彼はそれが血液であることを理解した。

 「上半身と下半身を一撃で分けるには無理があったね」

 彼がはっと声のする方向を見るとそこには長剣を肩にかけて首をかしげているエルフの女の姿があった。

 「踏み込みが甘いからです」

 そのエルフの横からいきなり声がかかったと思った瞬間かれは自分の視線がやたら低いことにことに気付いたが、その後顔面に大地の感触があったことから自分が首をはねられたことを認識し、誰に斬られたのか確認する以前にその意識は暗い淵に落ちていった。

 「首だったら私も刎ねられるよ」

 バトは襲撃者の首を一撃で跳ね飛ばしたルロに口を尖らせた。

 

 「新手が来たぞ」

 自分の足元に仲間の生首が転がってくるのを確認した襲撃者は仲間に大声で警告を発した。

 「後ろだ」

 襲撃者は彼らかすればいきなり現れたレヒテたちに驚きの表情を浮かべた。そんな彼らをしかりつけるように兜に角をつけたリーダーらしき浮足立つ部下たちを叱り付けた。

 「落ち着け、相手は女子供と畜生どもだ。恐れる理由はない」

 「ガキどもに俺らが負けるわけ無ぇ」

 リーダーの言葉に襲撃者たちは口角をあげ、駆け寄ってくるネア達に対峙した。


 「ま、あんだけ派手にやりゃ、気づかれるわな」

 派手に襲撃者の首を斬り飛ばすルロを見ながらネアは苦笑を浮かべると、自分をにらみつけている両手剣を装備した襲撃者に向けて短槍を構えた。

 「畜生がっ」

 襲撃者は短く叫ぶと飛び込むように踏み込み、ネアを彼女の股間から真っ二つにするように下段から上段に向け斬り上げた。

 「っ」

 ネアはその斬撃を身体をひねって躱すと相手のがら空きになった鳩尾に石突を上下に梃のように素早く回転させめり込ませた。しかし、その突きは相手の鎧により有効な攻撃とならなかった。しかし、その攻撃は相手の姿勢を崩すことが目的であり、その目的は達成できた。

 「えいっ」

 ネアは右手を短槍から放すと相手の下がってきた顎の下、つまり喉元に向け手の甲を気合もろとも叩き込んだ。

 「げふっ」

 相手は妙な声をあげその場に崩れ落ち、苦しそうな息の音を立てていた。

 「気管を攻撃したからね、暫くは声も出ないよ」

 暫くはこいつは動けない、そう判断したネアは次の獲物を探しに走り出した。

 「この穂先じゃ鎧は徹せないな。これは課題だな」

 もし、この短槍に鎧を貫く性能があれば、手の込んだことをしなくても短時間に相手を沈黙させることができるだろうとネアは思い顔を少ししかめた。そして、手にした短槍をぎゅっと握りしめながら不機嫌そうに呟いた。


 「基本は殺しちゃダメだからね」

 転がってきた生首を蹴って脇に逸らすとレヒテはとりあえず近くにいた襲撃者に飛び蹴りを喰らわして沈黙させた。

 「お嬢が一番やらかしそうなんだけどね」

 フォニーは左手の短剣で片手剣で相手の斬撃を受けると身体をくるりと回し、防具に覆われていない彼の脇の下に片手剣を突き刺した。この一撃で襲撃者はその場に蹲った。

 「動脈は外したつもりだよ。でも、動くとプツンと行くから」

 フォニーは蹲っている襲撃者にぶっきらぼうに言い放った。

 「気を抜かないで。まだまだいる」

 フォニーの背後から斬りつけようとしている襲撃者の背後から首に手をまわして大地に叩きつけたラウニが警告を発した。

 「ありがとね」

 フォニーは振り返りもせずラウニに告げると次の戦いの場を求めて走り出していた。

 「目が離せませんね」

 ラウニはため息をつき、転がる襲撃者の脇腹に鋭い蹴りを入れるとフォニーの後を追いかけた。


 「しゃっ」

 ティマは身を低くして両手に大ぶりのナイフを構えると剣を構える襲撃者に全速力で駆け寄っていった。

 「何か薄い・・・? 動きは素人? 違うっ」

 無策に駆け寄ってくる小柄なティマに襲撃者は手にした長剣を横払いした。ティマはその斬撃が届く前にスライディングの要領で地面を滑っていた。襲撃者は無防備にただ突っ込んでくるティマに違和感を感じたが、それは遅すぎた。

 「消えたっ」

 襲撃者は目の前からティマが消えたように見え、驚きの声を上げた。地面を滑りながらティマは襲撃者の足首の防具が薄い所を左右同時に両手にしてナイフで切り裂いた。

 「ここだよ。えぃっ」

 襲撃の股の下から声がしたと思った瞬間、彼は両足首に激痛を感じその場に倒れた。

 「腱を斬ったから、立てないよ」

 ティマはうめく襲撃者に冷たく言い放つとすっと気配を薄くして次の獲物を狩りに行った。


 「こいつら、商人じゃねぇぞ」

 隊商に扮した黒狼騎士団員と斬り結んでいた襲撃者は焦ったような声を上げた。こんな犬っころなんて簡単に斬り捨てられると彼は頭から思っていたが、商人たちの剣の腕は自分たちと同等かそれ以上だと肌で感じていた。これは良くないことである、このままでは任務の失敗どころか、生きることすら失敗しかねないと彼は判断した。そうなると、彼のできることは決まっていた。

 「ずらかろう」

 彼は目の前の商人からバックステップで無理やり間合いをとった。間合いができたことにより構えなおす相手を見ながら彼は腰に付けた小さな雑嚢から小さな玉を取り出して自分の3歩ほど目の前の地面に叩きつけた。叩きつられた小さな玉は破裂音をたてて、刺激臭のする白い煙をまき散らした。

 「中銀貨3枚は痛いが、命に比べりゃ」

 彼はこの煙に紛れて逃走を図った。中銀貨3枚はその役目を果たすのに十分な金額であると信じていた。しかし、相場もっと高いようであった。

 「っ! 」

 煙に相手を巻いて逃げようとした彼は踏み出した足の脹脛あたりに激痛を覚えその場に転倒した。

 「え・・・」

 彼の脹脛にはナイフが深々と突き刺さりその周囲からは血が激しく滲みだしていた。

 「逃げられると困るのよね」

 彼が声がした方向を見るとナイフでお手玉をしているアリエラの姿があった。

 「くっ」

 襲撃者は痛みに顔を歪めながらも再び抜刀し、アリエラを睨みつけた。

 「殺すなって言われているけど、手加減は苦手なんだ」

 ふらふらと立っている襲撃者にアリエラは何の感情も込めずに話しかけるとお手玉にしていたナイフを投げつけた。ナイフは音もなく最初にナイフが突き刺さったのは違う足に深々と突き刺さった。

 「ーっ! 」

 「下手に抜くと失血死するよ。ティマ、一人で前に出ないで。そんなに近寄ると返り血で汚れるよ」

 再びその場に手折りこみ悶絶する襲撃者にアリエラは声をかけるとティマの後を追いかけた。


 「周りを見てみなさい。貴方方が不利なのは一目瞭然。大人しく縛につきなさい」

 ルップによって叩きのめされてもまだ戦意を失わない襲撃者にパルが剣を向けながら静かに話しかけた。

 「た、確かに不利だな。でもよ、余裕をぶっこくのは早すぎた様だな嬢ちゃん」

 襲撃者はフラフラと立ちながらもパルを睨みつけニヤリと笑った。

 「させるかよっ」

 パルの背後で、いきなり怒声と破裂音が轟いた。

 「え? 」

 ルップが音のした方向を見て絶句していた。気配を消した襲撃者がパルを背後から斬り伏せようしたところを、ハチがそのごつい腕で思いっきり殴り飛ばした後だった。ハチが殴りつけたであろう襲撃者は顔面どころか頭の半分以上を肉片に変えてあたりに散らばらせていた。

 「お嬢様に斬りかかるたぁ、不埒の極み、死ですら生温いぜ」

 血や殴り飛ばされた襲撃者の部品がついた手をばっと払うとハチは再び辺りを見回しパルの安全を確認した。

 「ハっちゃん、危ないところ助けてくれて、ありがとう。でも、あまり無理しすぎないでくださいね」

 パルは動かなくなった襲撃者を見て一瞬表情が険しくなったが、ハチにはいつものお姫様スマイルで微笑みかけた。

 「身に余るお褒めの言葉、これより一層精進してまいります」

 パルの言葉にハチはさっと膝をついてパルに対して臣従の礼を捧げた。

 「ハッちゃん、大袈裟ですよ。さ、まだまだ不埒者はいます。もう一仕事カンパリましょうね」

 「へ、へい、合点でさぁ」

 ハチはこの世の春を満喫するような笑みを浮かべると深々とパルに一礼し、襲撃者がまだまだかんばって戦っていると思われる方向に飛び出していった。

 「ハッちゃん、あの作法、どこで覚えたんだろう」

 ハチがとった臣従の礼に関してルップが不思議そうな表情を浮かべた。

 「そう言えば、全くぎこちなさも、不自然さもありませんでした。どこで習ったのかしら」

 ルップとパルの兄妹はたがいに見合って首を傾げたが、それも一瞬で次の瞬間には襲撃者を探しに駆け出して行った。


 「もう、詰みだよ」

 ご隠居様はフラフラになりながらもなんとか剣を構える羽飾りの襲撃者に楽し気に話しかけた。羽飾りの襲撃者はすでに自分たちが敵の罠の中にはまり込んでしまい、自分が取れる選択肢が多くないことを悟っていた。

 「この命尽きるまでは詰みではない。そうあっさりと勝負はつかないもんだ」

 彼はにやりと笑い、まだまだ手があるように見せるはったりを利かせた。こんなものが旨くいくなんて最初から思っていなかった。彼としては少しでも時間、考える時間を稼ぎたかっただけであった。

 「詰みではない、か。面白いね。この状況を判断できないわけでもあるまい」

 ご隠居様はニコニコしながら話しかけた。羽飾りの襲撃者はその瞬間に時間を稼いだことが誤りでなかったことを確信した。それは、彼が今まで忘れていた小さな折り畳みのポケットナイフの存在を思い出したからである。素早く腰の雑嚢に手を突っ込みナイフを開くとご隠居様に投げつけた。

 キンと高い音を立てナイフはご隠居様に届く前にあらぬ方向にくるくると回りながら飛んで行った。 

 「最後まで諦めないことは良いですが、この場合は往生際が悪いというべきですね」

 ご隠居様の前に短槍をバットのごとく降りぬいたネアの姿があった。彼女はさっと短槍を襲撃者に向けて構えた。

 「死か悔悟、どちらを選びますか? 」

 ネアは襲撃者の喉元に槍の穂先を触れさせながら静かに尋ねた。自分に打つ手がないと悟った襲撃者の顔に憎悪の表情が噴出した。

 「畜生風情が偉そうに」

 襲撃者は表情や言葉とは裏腹に簡単に剣を置き、身に着けていた武器をその場に捨てた。

 「その畜生風情にやられたんですねー。お気の毒に」

 ネアは嫌味たっぷりの笑顔で襲撃者に近づくと彼の放棄した武器を蹴り飛ばし彼からの物理的な距離を確保した。

 「君が最後だ。聞きたいことが山ほどあるんだ。体力に相当自信がない限りは素直になることをお薦めするよ」

 ご隠居様は捕縛された襲撃者たちを見回しながらにこやかに言い放った。襲撃者はご隠居様の言葉に歯を喰いしばりながらも、体力を削られる前に口を割ると言う理想的な解決策を吟味していた。

 「恥は一時、生は長いからねー」

 大人しく縛られている羽飾りの襲撃者にバトは楽し気に話しかけた。そんな彼女に彼は視線に力があるとするな即死させるような恨みの目で睨んだ。



 「誰も怪我していない? 」

 レヒテが自分の指揮下に入っているネア達に身体の状態を確認してきた。

 「誰も怪我なんてしてませんよ。あいつら油断していたようですから。案外簡単にサクっていけました」

 レヒテが訪ねる前に各自の状況を確認していたネアが素早く答え、彼女に安堵感を与えようとした。

 「そう、良かったー。誰か怪我したりしてたら、この作戦は失敗だから」

 ネアの答えにレヒテはほっと胸をなでおろした。ネアの目論見は一応成功したことになった。一同は、動けそうな襲撃者が捕縛されている姿を横目にこの場所にやってきたようにもう真っ暗になった森の中に入っていった。

 「夜目が利く人は聞かない人の手を引いてあげて下さい」

 森の中に一歩踏み込むとネアの視界は完全に白と黒の色のない世界に切り替わった事に気付いたネアは短く指示を出した。獣人は基本的に皆夜目が利くが、真人となるといくら鍛えていても森の中でしかも月のない夜だったりすると鼻をつままれても気づけない体たらくとなる。そうなると木の根やら石などがゴロゴロしている森の中に入るのは足首を潰したり、ひっくりこけて怪我をするのは必定であるため、誰かが手を取ってリードしてやらなくてはならないのである。

 「ハッちゃん、手を出して」

 「この声は、パルお嬢様、勿体ない。このハチ、感謝の極みでやす」

 パルがハチに手を差し出すとハチは手をササっとズボンでこすってそっと手を差し出した。その手をパルがゆっくり握るとハチの体温が急上昇した。光のあるところで見れば彼がユデダコ状態になっているのがよく見えたであろう。

 「ティマちゃん、お願い」

 誰もが予想した通りアリエラはティマに声をかけて自分の手が小さなティマの手に引かれていくことに恍惚とした表情を浮かべていた。

 「お嬢、これで終わりじゃないですよ。もどったらカスター様のところに今回の件の報告に上がらないとダメですよ」

 「でも、今戻ったら深夜だよ。カスター様はお休み中だよ」

 今回の作戦で成功を収めたレヒテは少し浮かれている様に見えたので、ネアは彼女が今後の動きを把握しているか確認し、案の定、思った通りの答えを返され小さなため息をついた。

 「カスター様はお嬢の身を案じておられます。多分、寝ずにお待ちでしょう。寝床に入られていたとしても気がかりで眠られていないはずです。まさか、そのようになさっているカスター様にお嬢は不義理を働こうとなさるのですか」

 ネアはレヒテの手を引きながら責め立てるように言い立てた。レヒテはネアの言葉にうつむき加減で一言「分かったよ」と応えるのが精いっぱいのようであった。

 「お嬢一人で行かせませんよ。このネアもお供します。お嬢が適当な報告やドカーン、バーンなどの擬音だらけの報告しないようにお手伝いしますからね」

 「私、そこまで酷いのかな」

 「ご自覚を」

 真っ暗な森の中、気心の知れた主従の遠慮のない会話に周りの者は笑いをこらえるのに襲撃者との戦闘より苦労することになった。

 

獣人やエルフ族、ドワーフ族はこの世界では夜目が利く存在です。

種族や獣人の種類(猫や狐など)により能力に差がありますが、真人の目より高性能です。

今回もこの駄文にお付き合い頂きありがとうございます。

ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ