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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第22章 焦りと求めるもの
342/342

325 前夜

過酷な暑さで、何もかもが滞りがちで(暑さを言い訳にしている)更新に時間がかかりすぎました。

暑い時は涼しい部屋でお気に入りの音楽を聴いてぼーっとしているのが良いかも知れません。

そんな時の暇つぶしの一助になれば幸いです。

 「若いと言うか、幼い正義感が暴走しないことを祈りたい気分だ」

 イクルに連れられてレヒテたちが去っていくと、カスターは眉間を押さえてため息をついた。

 「カスター様、お疲れの所、申し訳ありません」

 人の気配のない部屋の隅からいきなり声がかかり、カスターは目を見開いた。彼の視線の先には侍女姿の若い女性が肩から掛けた鞄を大事そうに抱えている姿があった。

 「君は誰かね? 」

 いきなり声をかけて来た人物から敵意や殺気を感じなかったため、カスターは落ち着いた声でその人物に声をかけた。

 「いきなりお声がけして申し訳ありません。私は「呼び鈴」のマイサと申します。ケフでご隠居様のお仕事のお手伝いをさせて頂いている者でございます」

 「ご隠居様の仕事・・・、そう言う事か。で、どんな要件かな。君みたいな素敵な女性と2人っきりと言うのは嬉しいんだが、女房が勘ぐって来ると怖いから、こんなモノしかなくて済まないけど、用件を聞かせてくれないかな」

 カスターは椅子にゆったりと腰かけると机の引き出しを開け、琥珀色の液体が入った洒落たボトルと小さなグラスを二つ取り出し、それにボトルから琥珀色を注ぐと机の上に置きマイサを手招きした。

 「職務中ですので・・・」

 「一杯ぐらいなら問題ないよ」

 「一杯ぐらいですよね」

 カスターの誘いにのったマイサはさっとグラスを手にしてぐっと一息でグラスの中身を飲み干した。

 「美味しい・・・、そうだ、これです」

 マイサは、飲み干したグラスを机の上にそっと置くと鞄の中から書き込みが為されたバーセン付近の地図と何やらいろいろと掻きこまれた書類を取り出しそっと机の上に置いた。

 「ここ一年の隊商が襲撃された場所と襲撃者数、騎士団の見回りの日と経路です」

 マイサが広げた地図には隊商が野党に襲われた場所、騎士団の見回り経路が書き込まれ、書類には被害者から聞き取った野党の数や人相、特徴、巡検した騎士団員の人数、人相などが細かにかかれていた。

 「襲撃された場所と見回りの経路が近いね。そして不思議な事に騎士団員と野党の人相が似ているね。こんな情報をどこから手に入れたんだ? 」

 カスターは提供された情報資料が細かなところまで網羅しているのを目にして感心の声を上げた。

 「地味な聞き込みの成果です。あ、これは言っちゃダメなことだった・・・、わ、忘れてください。・・・あ、言わなきゃいけなかった事がありました。待つのではなく、こちらから仕掛ける。です」

 「その資料を提供してくれた人たちの事も忘れなきゃね。伝えてもらった事は肝に銘じる、と伝えてほしい。最後に君に一つ注意して欲しい事を言っておくよ。君はうまく忍び込んだと思っているようだけど。多分、イクルは気づいているよ」

 焦るマイサににっこり微笑みかけると、マイサはほっと安心の溜息をついたが、イクルの名を聞いた時その表情が引きつった。

 「この資料からすると、騎士団は野盗と掛け持ちしているようだね。ん、襲撃する場所はほぼ限られているのか、この地形からすると連中、待ち伏せして、襲撃したらすぐに逃げられるようにして・・・、するとこの裏街道を使用して・・・、マイサ、貴重な資料をありがとう」

 カスターが礼を言うために顔を上げると既にマイサの姿は現れた時と同じく唐突に消えていた。

 「・・・彼女のために、イクルに絡まれないことを祈ろう。それより、コレはちょっとヤバいかも知れんな」

 カスターはマイサがイクルに不審者として対処されないかと心配していたが、マイサが浸かってルージュがついたグラスを見た時、己が身の安全がそれ以上に心配になっていた。


 「こんな程度で野盗を退治しようとは、野盗も舐められたモノです」

 ネアたちと手合わせしたイクルが息を乱すことなく、訓練場にへたり込んでいるネアたちに冷たく言い放った。

 「今のお嬢たちに野盗を生け捕りにできる力はありません。生け捕りしたかったらもっと強くなる必要があります。今のままだと返り討ちされるの関の山です。もし、貴女たちに不幸があれば、カスター様にその責が問われるのです。だから、生まれてきた事を後悔するぐらい鍛えて行きます。異論は認めません」

 いつもはポーカーフェイスのイクルが壮絶な笑みを浮かべネアたちを睨みつけた。

 【今度ばかりは、真剣に洒落ですまない事になりそうだな】

 ネアはイクルの笑みを見るとこの世界に来てから数回目の生命の危機を予感し背中に冷たいモノが走る感覚に襲われた。


 イクルの訓練と言うか扱きはエルマのそれとキツイと言う面では大差はなかった、罵声が飛ばない分らくかと思われたが、彼女は言葉を発するより身体を動かすことを優先しているようでネアたちの毛皮の下の痣の数はエルマの訓練より数割増しで増えていた。

 「こんな予定じゃないのに、これからあの連中の情報を集めなくちゃならないのに・・・」

 本人曰く、とても高度な潜入術を使っていたにも関わらず、簡単にイクルに見つけられたマイサがヨロヨロと立ちながらこぼした。

 「マイサ、ロクさんやナナさんに扱かれているみたいだけど、ここの扱きも一味違っていいでしょ? 」

 自慢の毛並みが乱れたフォニーがぶつくさ言っているマイサに話しかけると、マイサはため息をついた。

 「あの野盗だか騎士団員だか分からないヤツが動くのは分かっている。でも、ネアたちが見た隊商を護衛する仕事を請けていないんだよ。どの隊商の護衛をするか調べなくちゃならないのに・・・、もし、遅れたら師匠たちにどんな目に遭わされるか・・・」

 マイサは不安の余り顔色を無くしていた。そんな彼女をイクルは落ち着いためで見つめていた。

 「その心配ならいりません。私たちがしっかり集めていますよ。だから、心配している暇があるなら打ち込んできなさい」

 「私たち? 」

 「そんな事を考えている暇があるなら剣を構えなさいっ」

 イクルはマイサの心情なんぞ汲み取る気配もなく彼女に木剣を突きつけた。

 「ロクさん、ナナさんの教えがどこまで身体に沁み込んでいるか見せてもらいます」

 「師匠たちの顔に泥を塗る訳にはいかないからね」

 木剣を構えたマイサは再びイクルに雷撃のように飛び掛かり、そして電撃で打ち込まれていた。

 「流石、剣精様の弟子ですね。打ち込みに容赦がない」

 「だから、強くなれる、です」

 ネアは隣でフラフラと立ち上がったティマにニヤリとしながら話しかけると、ティマも同じように不敵な笑みで応えた。



 「しっかし、いきなりの計画変更ってのは頂けないな」

 バーセンの港に近く、夜に女性が1人で歩いてはならない場所とされている街の一角の小汚い酒場の一角で真人の傭兵らしき男たちがテーブルを囲んで安酒と賞味期限を考えてはいけないような乾きモノを肴につまらなそうに呑んでいた。

 「毛皮と尻尾の女しかいねぇ、こんな街にそんなに長くいたかねーな」

 「獣人の女とやるのは、獣姦と大して変わらんよな」

 顔に大きな傷のある男が愚痴ると禿げ頭に欠けた耳が飛び出ている男が同意した。

 「でかい隊商が近々来るらしいんだよ。隊長はそれを狙うらしいぜ」

 「いくら規模が大きくなってもよ。奴らの持っている物って大概が穢れ関連だろ」

 「金を多く持っているらしい」

 フードを目深に被った男が傷と禿げの男にぼそっと囁くと、その場にいた全員がフードの男を注視した。

 「ここから北のケフと言う田舎に買い付けに行くらしい。その買い付けの金と帰りの商品の護衛の仕事だ。仕事までもう暫く時間がある。羽目を外しすぎるな、隊長から命令だ」

 フードの男はぼそっと言うと懐から硬貨の詰まった巾着袋を一つ取り出してテーブルの上に無造作に置いた。

 「隊長からの奢りだ。連絡は常にとれるようにしておけ」

 彼はそう言い残して店から音もなく去って行った。

 「陰気な奴だな」

 「隊長と一緒に正義と秩序の実行隊から派遣されてきているからな。俺らと住む世界が違うんだよ。奴らには金も女も必要ないからな」

 傷の男と禿げの男はフードの男が出て行った方向に顔を向け、憐れむような表情を浮かべた。

 「正義のために命を捧げる事のみが幸福に至る道だからな。俺には真似できん」

 彼らの話を黙って聞いていた顔面を髭で覆われた男がぶっきらぼうに呟いた。

 「相手が何であれ、南から流れて来た俺らみたいな傭兵に金を払ってくれているんだ。それで充分さ。姐ちゃん、麦酒をもう一杯だ」

 ハゲの男は巾着袋の中の金を確認すると新たに酒を注文した。

 「南じゃ、穢れどもに煮え湯を飲まされたからな」

 「憎い穢れをぶち殺して金まで頂けるんだからな。しかも略奪し放題と来たもんだ」

 男たちはこれからの収入を考えて希望にあふれた笑みを浮かべた。


 「姐さん、餌をまいてきやした」

 フーディンの屋敷の使用人たちが夕食を終えた後の食堂で巨漢のタコ坊主がイクルに何やら報告していた。

 「流石ですね。ハチさん、ご隠居様の仰られている通りの働きぶりです」

 「デカい隊商が動くって与太話、真に受けるって、戦バカってのは難儀なもんでやんすね」

 イクルから褒められてハチは恥ずかしそうにツルツルの頭を掻いた。そんなハチにイクルは不思議そうな表情を浮かべた。

 「ハチさん、貴方のお仕事はケフのご隠居様の下僕だったのではないのですか。ご隠居様を放って置いていいんですか」

 イクルの問いかけにハチは真顔になった。

 「お嬢のお店の状況、ルシア様のお詠みになった事、これらをお考えなすって、あっしをバーセンに送り込ませたってわけでやんすよ。お嬢に会う前にイクルの姐さんに会うって番狂わせはありやしたがね。あっしの肌感覚なんでやすが、ちょいときな臭い、ひりつくような感じがしやす」

 ハチの顔からいつもの呑気な笑顔が消え真剣な表情になっていた。

 「ハチさんの言うとおりですよ。これと言って何かが起きている訳じゃないですが、どうも悪い空気が湧いていますね」

 イクルの糸の様に細めた目から一瞬赤い瞳がちらりと見えた。このことに気付いたハチは自分の感じたことが杞憂ではないと悟った。

 「ハチさんには今回の野盗退治に付き合って頂きますから、明日からレヒテ様と同じように稽古しますから」

 イクルはそう言うとさらに目を細めてにっこりとした。その笑みを見たハチは思わず全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。

 「お手柔らかにお願いしやす」

 「あら、私が手加減するの事が大の苦手なんですよ。今、言っておきます。ごめんなさい」

 ツルツルの頭を下げたハチにイクルがすまなそうに謝罪した。



 「まさか、ここまで大事になるなんて。正しく鶏を割くになんぞ牛刀を用いんってヤツだな」

 便座に腰かけながら、ネアはハチが持ってきたご隠居様からの手紙を読んでひきつった笑い声を上げた。ネアが臭気と闘いながらこのような場所で手紙を読んでいるのは、ご隠居からの手紙に「この手紙は他社の目の届かぬところで読め」の意味が込められたミミズクの封蝋印があったからである。

 ご隠居様からの手紙には、隊商の襲撃者の撃退に関しては、こちらで囮となる隊商を準備し、奴ら襲撃させ、逆襲し奴らを殲滅させるという計画が記されていた。

 「隊商のトップがご隠居様って、あり得ないよ。ヴィット様まで出張って来るなんて・・・」

 ネアは便座に腰かけながら頭を抱えた。当初は小規模な護衛程度の認識であったが、いまやちょっとした傭兵団並みの規模になってきている。こうなると、もうレヒテでは指揮を摂ることはできない。彼女に十二分のやる気があってもだ。彼女の性格、力量から冷徹に判断すると、現在バーセンにいるネアたちぐらいの人数が彼女が仕切れる最大数と言えるだろう。しかし、これはあくまでも現在の時点でおいてである。将来、ひょっとすると郷クラスの部隊の指揮を摂るようになるかもしれない。ネアは彼女の将来性にひそかに期待している。しかし、これを本人に告げると調子に乗るのが目に見えているので敢えて口にすることをしない事にした。

 手紙を丁寧にポケットにしまい、身だしなみを整えネアは個室から出るといつもと変わらない繁盛するわけでもなく、また客足も細々とながら途切れない店内に戻って行った。

 「ここでも扱ってないのー」

 「ごめんね、最近、うちら向けの商品を扱ってくれる商人さんが減ってさ、尻尾用ブラシなんて中々手に入らないのよね」

 鼬族の獣人の少女が寂しそうにフォニーに言うと彼女もすまなそうに頭を下げていた。フォニーの言うとおり獣人が必要とする雑貨の入荷が滞っているのは確かで、その大きな理由の一つが騎士団による臨検とそれに伴う押収、その次の理由として野盗による隊商への襲撃があった。海路での流通もある事はあるが、南の方で獣人が迫害されているため生活にダイレクトに関わらない物、尻尾用ブラシなどはその最たるもので入って来る量が減ってきており、品薄であることは当然であった。

 「何としても、アイツらを捕まえるなり、排除するなりしないとダメね」

 フォニーと少女のやり取りを見ていたレヒテがため息交じりに呟いた。その呟きを聞いたネアはレヒテにだけ聞こえる小さな声で囁いた。

 「ケフ流の喧嘩の流儀をお覚えですよね」

 「相手の心をへし折るまで手を緩めない」

 「へし折るための準備をしっかりやって行きましょう。相手に逃げられないように退路を断つことも必要ですから」

 「そうね、準備はしっかりしないとね」

 ネアの言葉にレヒテが笑顔で応えた。その笑顔を見てネアはほっと安堵した。

 【これで暴走を思いとどまらせることができた・・・と思う】

 「準備はしっかりとですが、くれぐれもこの事は内密にですよ。誰にも話しちゃダメですよ」

 「分かってるよ。こんなすごい事だからね」

 ネアの注意にレヒテは少々むっとしながら答えたものの、その様子を見てネアは作戦開始時期が後になればなるほど情報が洩れるんじゃないかと不安になってきた。

 「ネア、お嬢を焚きつけてるんじゃないでしょうね」

 レヒテの行動に少しは枷をつける事が出来たのではと自問自答しているネアにラウニが声をかけて来た。

 「逆ですよ。火消しです。焚きつけたらこの辺りの人相の悪い奴を片っ端から締め上げて行きますよ。ラウニ姐さんもそうなる事ぐらい予想がつくでしょ」

 ネアはウンザリしたような表情でラウニの言葉を否定した。当のラウニもネアの言葉に尤もだと首を縦に振っていた。

 「暴走させないように手綱を引き締めないとダメですね。お嬢が暴走すると戦になっても不思議じゃないですからね」

 「それ、冗談になってない・・・です」 

 ネアたちの会話を黙って聞いていたティマが心配そうな表情を浮かべて見つめていた。

 「そのとおりです。これは冗談じゃなくて、お嬢ならお使いに行くだけで、そのまま世界大戦を引き起こすことができますよ」

 ネアは真顔になって自分が言っていることが正しいとティマに力説した。ティマもネアの言葉を黙って首肯していた。

 「自分たちの主に対してあそこまで言い切るのも凄いね」

 ネアたちを遠巻きに見ていたバトが苦笑を浮かべるとその横にいたルロが真剣な表情で彼女を見上げた。

 「ネアの言葉を否定できますか? 」

 「・・・できない・・・」

 2人は同時深いため息をついて今日の夕食についてパルとキャッキャッとはしゃいでいるレヒテを見て深いため息をついた。

 「あの暴れ姫を何時、何処で暴れさせるかもう決まってるのかな」

 電光石火の勢いでティマをホールドしたアリエラがティマの頭を優しく撫でながら首を傾げた。

 「難しいですからね。これは、もう指示を待つしかないでしょう。この件は私たちの手から離れてしまって、もうどうすることもできませんから」

 ネアはため息をつきながら、どこでこの話がここまで大きくなったのかと考えだしたが、この話がご隠居様の耳に届いたことが原因なのだろうとぼんやりと推測しながら、

 【ご隠居様の事だから、間違いはまずないだろうね】

 と、納得していた。

 「ネア、今すぐ、カスター様のお館に来てください」

 ネアが1人で納得しかけている時、イクルが急に湧いたように突然ネアの前に出現した。

 「い、イクルさん、いきなり・・・。え、今すぐですか? 」

 「気配ぐらい殺せずに一人前の侍女にはなれませんよ。猶予はありません。行きますよ」

 ネアの驚愕の表情にイクルは拒否権は認めぬの意を込めたにっこり笑顔で真っ白の手でネアの白手袋をはめた様な手をしっかりと握ると軽くレヒテに一礼し、ネアを引きずるように通りに出た。


 「久しぶりだね。しばらく見ないうちに良く育ったね」

 館の応接室のソファに腰かけていた成金趣味の商人風の衣装を纏ったご隠居様がネアの胸をしげしげと見つめて感嘆したような表情になった。

 「お久しぶりです。あの、開口一番がそれですか・・・。暴れ姫が暴走しないように見張らなくてはならないので手短にお願いします」

 ニコニコ顔のご隠居様に大げさにため息をついたネアはジトっとした目で呼び出された理由を尋ねた。

 「繊維商ミト屋がケフで仕入れをするため、大金を持って移動する。しかもその商人はご丁寧に騎士団にも護衛を依頼したそうだよ。連中は、そんな下賤な仕事は騎士団のする事ではないとにべもなく突っぱねたってことだよ。連中は野盗として行動しなくちゃならないからね。この事実をワーナンに叩きつける。そして、我々にとって良き隣人になってもらう、と言うのが今回の台本だね」

 楽しそうに語るご隠居様をネアは無言で更にジト目で見つめた。

 「我々の役回りをお教えいただけませんか。まさか、引き続き店番に徹せよ、じゃないですよね。私は構いませんがお嬢が収まりませんよ」

 今回の野盗退治はこちら側から言い出したことで、それを横から掻っ攫って行かれるという行為はネアとしてはあまり楽しい事ではない、ましてやレヒテがこの事を耳にしたらこの作戦事態を瓦解する様な大暴れをしでかすことは想像に難かった。

 「君らは隊商に臨時に雇われた護衛という事にする。我が商会は少しでも節約がしたいので、商工会から格安で請け負ってくれそうな君たちを紹介された。そこで、君らを護衛に雇う事にしたって筋書きだよ。ここからが問題なんだが、レヒテにボクの正体を知られちゃいけない事なんだ。ネアは、分かるよね」

 ご隠居様は少しばかり不安そうな表情を浮かべた。万が一レヒテがこの事を知れば、決して彼女はこのような事を隠し通すことができない。レヒテは誰が見ても腹芸ができるような人物ではなかった。隠し事をすればすぐに表に表情や行動で出てしまうのである。為政者としては見過ごせない欠陥であったが、逆にその事が信頼と言う大きな力を与えていることも事実であり、ネアも彼女のその様な性格を結構気に入っているのであった。

 「ご隠居様だけではなく、他にお嬢が知っている顔もいるんでしょ。そんな顔にお嬢が街で会ったり、護衛の時に見たら大騒ぎしますよ」

 「そこは対策済さ。これを使う」

 ご隠居様は懐からネアの前にいた世界で年末になると煙突から家庭内に侵入し、プレゼントを置いて行くと言われている男のようなつけ髭を取り出すとそれをつけて見せた。

 「うわー、もう誰か分かりませんね。微妙な感じですけど」

 「他にも鬘や付け傷や眼帯を用意している。レヒテならこれで十分だよ」

 ネアは微妙と口にしたがそれはマイルドに表現しただけであり、実態は杜撰の一言だった。田舎の素人芝居の役者の方がそれらしく見えるぐらいだ。しかし、その後のご隠居様の言葉がしっくりとネアを納得させてくれた。

 「お嬢なら・・・そうですね」

 「悲しいけど、そうなんだよね」

 ご隠居様は苦笑すると自分たちの勢力と配置、誘い出す地点などをネアに地図を広げながら説明しだした。

 「敢えて森の中で野営ですか。良い場所に餌を置くんですね」

 ネアはその場所が木々が生茂り、その地形も平たんではなく、大小いくつも地隙が走っていた。この地形により襲撃者は移動するための経路が限定されることが予想された。

 「この地形なら襲撃する方向もその地点に向かうための移動経路も分かりやすいですね」

 「随分と調べたよ。唯一の心配は敵が罠だと勘づかれることだよ。でもね、何故か僕たちの荷馬車の車軸がここで壊れて身動きできなくなるんだよね。連中からしたら襲わない手はないよ」

 ご隠居様句はニコニコしながらネアに説明すると、じっとネアを見つめた。

 「ネアたちはどうするのかな?」

 「この地点で事前に張り込みます。隊商に襲いかかったらその背後からおもてなしします」

 ネアは地図の一点を指さしてニヤッと犬歯を見せた。

 「待ち伏せには忍耐が必要だな。ネアは心配ないが、レヒテが少しばかり、否、祖父の欲目が入った。随分と心配だ」

 ご隠居様は苦笑いを浮かべた。確かにご隠居様の言うとおり、待ちに飽きたレヒテが何をしでかすか分かったものじゃない事はネアとしても肌感覚で分かっていた。

 「大量のおやつを持ち込もうと思います」

 口を動かさせて体の動きを封じようとネアは考を口にした。それを聞いてご隠居様は思わず吹き出していた。

 「その手が確実だよ。それでも騒ぐようならここの窪地に落とすんだ。上るのに少しばかり時間はかかるけどアレの身体なら問題ないだろう。上がってくるまで大騒ぎしそうだけど」

 「現住生物が吠えていると思われるでしょうから、多分問題ないと思います」

 「あの主にしてこの従者か、本当にいい組み合わせだ。その場にはパルもルッブもいるだろうけど、彼らにはまだ荷が重すぎる。残念トリオは指揮を執るような性格じゃないからね。ネアしか頼めないね。一介の侍女に重責を負わせてしまうのは誠に心苦しいが、頼む」

 ご隠居様は深々とてネアに頭を下げた。それを見てネアは表情を引き締めた。

 「お任せください。レヒテ様に怪我一つさせません。勿論、敵を一掃することは当然の事ですが」

 ネアとご隠居様は互いに黙ったまま向かい合った後、この作戦の具体的な事項について細かな調整を夜が更けるまで行った。 

レヒテは表裏がない、言い方を変えれば単細胞な人間です。

考える前に身体が動いているタイプです。複雑な駆け引きや作戦の実行は不向きです。

しかし、郷主の娘ですので無碍にもできず、ネアたちは何かと苦労しています。

今回もこの駄文にお付き合い頂きありがとうございます。

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