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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第22章 焦りと求めるもの
339/342

317 平穏は訪れず

私事で年末から年始にかけて大小と様々な事がありました。

肉体的、精神的、経済的にキツイ状態で、ある意味現在も進行形ですが

何とか書き続けて行きます。

寒い時、温かいところでの暇つぶしの一助になれば幸いです。

 【神様、先日、感謝したことは帳消しにします】

 エルマに思いっきり叩きすえられ、地面と熱く抱擁したネアは思わず恨み言を心の中で何度も穿きだしていた。

 「目先の動きに囚われるな。剣精様の言葉を思いだせ。しっかり視るんだ」

 へばっているネアにエルマは厳しい言葉を投げつけた。

 【辛いけど、貴女たちが死なないためなの】

 本当の所、エルマも態々ネアたちを痛めつけたくはないのであるが、彼女たちが死なないためにも心を鬼にしているのである。鬼を演じる事への葛藤が皮肉な事に彼女に鬼の形相を作らせていた。

 「来やがれ、加齢臭エルフっ」

 バトがフラフラと立ち上がりながらやけくそ気味に叫んだ。バトの言葉を聞いたネアたちは一瞬にして顔色を失った。

 「小便臭いエルフの小娘が私に喧嘩を売るのか、良い度胸だ。それだけは褒めてやる」

 「こっちも、シモエルフの意地がかかっていますからね」

 ニヤリと笑うエルマにバトはひきつりながらも挑発的な笑みを浮かべた。

 「アンタ、何やってるんだよ」

 「言って良い事と悪いことが分からないのですか」

 アリエラとルロが恨みがましい目でバトを睨みつけた。そんな2人の視線を気にすることなく、バトはじっとエルマを睨みつけながら口を開いた。

 「エルマ様が敵だったらとっくの昔に私らは死んでいて、お嬢も若も手にかけられているんだよ。私らが弱かったらダメなんだよっ」

 バトがエルマに向かって叫ぶように声を上げた。それを聞いたアリエラとルロは肩をすくめてニヤッと笑った。

 「違いない」

 「珍しくバトがまともな事を口走ってますからね」

 ふらりと幽鬼の様に立ち上がる2人を見てエルマは満足そうな笑みを浮かべきんち

 「残念トリオが熱血してるよ」

 「暑苦しいのは好きではないですが、これしきの事で音を上げるのは癪に触ります」

 「熱血歓迎ですよ。サクッと終わらせましょう」

 「ネアお姐ちゃん、なんかかっこいい・・・です」

 ネアたちも互いにみあってニヤリと笑みを浮かべ・・・、

 「7人で一斉に襲い掛かっても」

 「一斉にやられちゃったねー」

 エルマに思いっきり叩きのめされたルロとバトがいつ間の如く軽口をたたきあうのをネアは横たわったまま聞いていた。

 「私、1人程度にその体たらく、これから先が思い知らされる。今日はここまでだ」

 むすっとした調子でエルマは吐き捨てるとその場からゆっくりと立ち去って行った。自らが抱えているこの鍛錬での葛藤を隠すように。



 「そこそこ使えるようになったな」

 かろうじて立っているルッブに父親である黒狼騎士団長のガングは一声かけると彼の肩を軽く叩いた。

 「剣も絵筆ぐらいになれたか? 」

 ガングの問いかけにルッブの顔に緊張が走った。それを見たガングはにたりと牙を見せて笑いかけた。

 「それとも、笛程度に扱えるようになったか? 」

 「父上、ご存知だったのですか? 」

 「知らんとでも思っていたか」

 もとよりルッブは剣の才より、絵画、音楽などの芸術系の才が秀でており父親からそれに関していい顔をされなかったため、隠れて芸術活動をしていたのである。隠れて活動していたことが父親が知っているという気まずさにルッブは俯いて黙りこくってしまった。

 「剣精様が仰るには、強くなると言うのは剣のみでは無理らしい。様々な事を知り、それらの技術を身につけることも必要だと、な」

 ガングの言葉はルッブに今まで禁じていた絵筆と楽器を手にする事を認めるというモノであった。

 「ありがとうございます」

 ルッブは気の利いた台詞を吐くこともできず頭を下げる事しかできなかった。



 「ケフからだな・・・、えっ」

 バーセンの街の若い門衛は書類に書かれていた事項に不備がないかを確認し、書類を提出してきたエルフ族の女性を見て息を飲んだ。

 「私の顔が何か? 」

 彼女らはケフの郷主の子どもたちとその家臣たちであったが、全員、郷主の子どもたちを含めて傷だらけ、体毛に覆われていない者は服から覗いている部分はどこもかしこも痣だらけ、体毛に覆われた獣人たちも見えている部分のあちこちに毛皮の破れやほつれが見られる始末だった。

 「さ、山賊が出たのか? 」

 若い門衛は彼女らが山賊に襲われたのかと思い知らずのうちに腰に佩いた剣に手を当てていた。

 「慌てるな、良く見ろ。この人たちの荷物に汚れはあるか? 山賊と遣り合ったら、傷だらけになる前にどっちかがくたばっているのが普通だ」

 何かトラブルが発生したのかとベテランの門衛が出てきてケフからの一行を見ると若手を叱った。

 「何かトラブル? 問題は叩き潰して解決するように言われなかったかしら? 」

 エルフ族の女性の背後から彼女らの主であろう少女が出てきて物騒な事を口にした。

 「え?」

 彼女の言葉に門衛が驚いて互いに顔を見合わせていた。

 「普通に仕事をしている人の心をへし折ることは感心できないよ」

 比較的生傷の少ない少年が彼女の裾を引っ張っていた。そんな彼女らを見ていた若い門衛はそっとベテランに近づいて囁いた。

 「・・・ケフからのご一行です」

 「あ、暴れ姫・・・」

 門衛たちは彼女らの正体を承知すると、無言で道を開けた。

 「ようこそ、バーナンへ」

 「歓迎いたします」

 門衛たちは何かを悟ったようにケフの一行に深々と礼を捧げた。



 「エルマさんがいきなり襲撃してくるなんて」

 「訓練の最後の仕上げが単騎での奇襲の排除なんて」

 「これだけの数がたった1人に蹂躙されるなんて」

 残念トリオは、にぎやかな街の風景とは逆に浮かない表情を浮かべていた。

 「私たちの仕事は侍女、そしてお針子ですよ。戦闘力は二の次ですよ。あの襲撃に対応できるなんて、上級の騎士団にもできませんよ」

 ネアは痣をさすりながら意気消沈する残念トリオを慰めるのと同時に自分に言い聞かせるように声をかけた。

 「そうですよ。半年前にはあそこまで戦えませんでしたよ」

 傷の痛みに少し表情を強張らせながらラウニがネアの言葉を肯定し、ボロボロになっている仲間を見回した。

 「私は完全に、巻き込まれ、です。私は普通のパルお嬢様付きの侍女なんですよ。それなのに、何が悲しくて剣を振りまわしたり、人をぶん殴ったり、殴られたりしなきゃならないんですか」

 傷を受けたもののエルマの襲撃に対してある程度戦えたことに満足しているネアたちにメムが口を尖らせた。レヒテと同行するため自ずと訓練を受ける事になったパル、彼女の次女たるメムが訓練を受けなくていいと言う理由は何処にもなく、本人の意思なんぞどこ吹く風でここまで流されて来たのだから彼女が憤懣するのも当然問えば当然なのである。



 「やっと来たね、まってたよ」

 バーセンの中央街の一角にある飲食店だか雑貨店なのか判別できず、「高原の風」と看板が掲げられた店にネアたちが辿り着くと店の奥からルシアが飛び出してきた。

 「ルシア様、いきなり走ると危険です」

 ルシアの後から可愛らしいウェイトレスの衣装を纏ったクゥが彼女の後を追いかけてきた。

 「ルシアちゃん、久しぶりっ! 」

 ルシアの姿を見たレヒテは彼女に抱き着き、満面の笑みを浮かべた。

 「あれ、レヒテ様、あちこち傷だらけじゃないですか」

 レヒテに抱き着かれたルシアは彼女が身体のあちこちに包帯を巻いたり、痣が付いているのを見て目を見張った。

 「これね。これは、エルマさんの修行の結果」

 「夜襲ですけどね」

 レヒテの言葉にネアが皮肉な笑みを浮かべて小声で付け加えた。ルシアはレヒテの言葉を聞いて手を口に当てて驚愕の表情を浮かべた。

 「凄い修行をしてきたんですね」

 「出来る事ならしたくなかった」

 畏敬の目で見るルシアにレヒテは目線をそらしながら答えた。このレヒテの言葉にはこの場にいる全員が激しく同意していた。

 「アンタたちも、あの訓練を3月でも受けたら、随分とレベルが上がるよ。命の補償はできないけど」

 バトがクゥに痣のできた顔でニヤッと笑いながら話しかけると、クゥは無言で首を横に振った。そんな様子を目にしたルシアは同情するような表情を浮かべた。

 「大変だったんですね」

 「うん・・・」

 ルシアの労いの言葉にレヒテが短く答えるとルシアは彼女をぐっと抱きしめた。


 

 「さて、ここがバーセンでの我らが拠点か・・・」

 「高原の風」の2階の従業員のスペースの一角に設えられた部屋の中に入ったネアがぽつりと呟いた。

部屋の大きさはケフのお館の部屋と変わらず丁寧な事にベッドや調度品の配置まで似たような感じであった。

 「ここにプルンがいればケフと勘違いしそうです」

 「そうだねー、何か新鮮味がないねー」

 ラウニが微妙な表情を浮かべて自分の寝床となるベッドを見つめながら苦笑するとフォニーは自分のベッドと同じ位置にあるベッドに腰かけると笑い声を上げた。

 「でも、落ち着く・・・です」

 ティマはベッドに飛び込むと横になりぐっと身体を伸ばした。

 「ホームシックになりにくそうで安心しました。ユキカゼはいないけど」

 ネアはベッドに腰を降ろすとマットレスを軽く叩いてその方さを確認した。そして、枕元にいつものヌイグルミがいないことに少しばかり寂しさを感じていた。

 「ヌイグルミは帰る場所にいるものですからね。ここはあくまでも出先です。私たちの帰る場所はケフのお館です」

 ラウニはそう言うとベッドに腰を降ろし窓の外を眺めた。部屋の佇まいはケフの頃とあまり大差はないが、窓から見える風景はのどかな山岳地帯のそれとは異なり、雑多な建物が肩を寄せ合うように建っているごみごみした風景だった。

 「この景色にもなれるんだろうね」

 フォニーも窓の外を眺めながらしみじみと呟いた。

 「いつか、ラマクのお山を眺めながら、この風景を懐かしく思い返す時が来ると思いますよ」

 ネアはそう言いながら、前の世界の景色を思い返そうとしたが、どれこれも安物の絵葉書の様に実感が伴わない味気ない風景しか思い出せなかった。

 【余程味気のない生活だったんだな・・・】

 ネアはそう思うと口元に皮肉な笑みを浮かべた。

 「明日から、オーダーメイドの注文の受付と採寸にかかりきりになります。今日はゆっくり休んで旅の疲れと最終試験の傷を癒しましょう」

 「癒すにしても、バーセンにはケフみたいに温泉はないよ。うちのきれいな毛皮をどうやって保てばいいのか、不安だよ」

 フォニーが残念そうに言うと黄金色の体毛に覆われた腕を手櫛でそっとすいた。

 「温泉はないけど、大きな銭湯があるようです。さっき、カイさんから聞いた・・・です」

 ティマが心配そうなフォニーを安心させるように言うと少し離れた場所にそびえる大きな煙突を指さした。

 「大きなお風呂は良いですね。今日、行ってみましょうか」

 何時も慎重なラウニがティマの言葉に嬉しそうに飛びついた。彼女はこの街の入浴環境が気に入らないにだろう、とネアははしゃぎたくなるのを押さえているラウニを見ながら思った。

 「今頃、銭湯、奇跡の湯について知るなんて遅いよ」

 バトがドアをノックもせずに開いてずかずかと入ってきた。

 「温泉じゃないけど薬湯がいいそうです。あのクソババ・・・じゃなくて訓練で受けた傷に効くと思いますよ」

 バトの背後からルロがひょこっと顔を出した。

 「さぁ、銭湯に行くよ。桶とかは向こうにあるから、私たちはブラシとタオルと着替えだけでいいんだよ。さ、綺麗にしに行こうね」

 肩からタオルをかけたアリエラはそう言うとさっとティマを抱き上げた。抱き上げられたティマはいつもの事と全てを諦めきった虚ろな表情になっていた。

 「お嬢もルシア様も準備されていますよ」

 「こうなったら行くしかないね」

 ルロとバトがネアたちを急かしだした。レヒテたちを待たせるわけにもいかず、彼女らは持ち込んだ荷物から急いで入浴セットを取り出して行った。



 「もう、遅いぞ」

 ネアたちがバーセンでの住まいとなる店兼住宅の勝手口に着くと既にレヒテとギブン、ルシアが銭湯に向かう準備を完了させて待っていた。特に、レヒテは余程銭湯に行きたいのか、ネアたちを見るとムッとしながら声をかけて来た。

 「申し訳ありません」

 ネアたちがレヒテに対して謝罪の頭を下げているとドタドタと激しい足音が彼女らの背後から近づいてきた。

 「お嬢、私もご一緒させて頂きます」

 侍女のメムを引き連れたパルが息を切らせながらレヒテに声をかけた。

 「お嬢様、もう少し速度を落として頂けると嬉しいんですけど」

 パルの横でメムが舌をだらりと出して息を切らせながらじっとりとした線を自らの主に投げつけながら漏らした。

 「状況を素早く読み取り、先行的に仕事をしていくのが侍女たる貴女のお仕事です」

 パルはメムの非難を軽く受け流しながら、逆に彼女に正論をぶつけて行った。

 「お嬢様が仰られている事はご尤もですけど、そこまでのお手当いただいていませんよー」

 パルの言葉にメムがむすっとして答えた。

 「文句を言うなら、払ったお手当の分働いてからにしなさい」

 「むーっ」

 パルのこれでもかと言う正論にメムは口をつぐむことしかできず、悔しそうに主を睨みつけるだけだった。

 「入浴料は私が持つから、心配いらないよ。でも、お風呂上がりの飲み物代は各自で持ってね」

 パルたちが落ち着いたのを確認したレヒテは全員ににこやかに告げるとさっさと歩き出した。

 「ボクたちは例外かな」

 レヒテの行動にいつもの如く巻き込まれたギブンがうんざりした声を上げた。

 「我々が女風呂に入る訳にもいきませんからね」

 ルッブがギブンを宥めるように言うと、そっとポケットの中の小銭を手先で確認していた。

 「私はお兄様と一緒でも気にしません」

 「ボクが気にするよ」

 パルがしれっとトンデモないことを口にしたことにルッブは慌てて突っ込んだ。

 「私たちも気にしませんよー」

 バトがいつもの調子で身をくねらせながらギブンに秋波を送っていたが簡単にスルーされていた。

 「お兄様と一緒にお風呂に入ってイイのは私だけなんです。実際そうでした」

 「随分と昔の事だよね」

 「私は、いつでも歓迎です」

 最初は冗談かと思っていたルッブであったが、パルの真剣な目に少し引き気味になっていた。

 「うちも気にしないよ」

 パルが暴走している横でぼそっとフォニーが呟いた。

 「ーっ」

 その言葉を耳にしたパルは餌を取り上げられた野獣のような、狩った獲物に止めの牙を喰い込ませる狼の様な目でフォニーを睨みつけた。

 「・・・」

 その視線にフォニーは不意打ちを狙う獣の視線で返していた。

 【流血騒ぎだけはやめてくれよ。どうか心地よい入浴の時間を過ごせますように】

 不穏な空気を漂わせるパルとフォニーを眺めながら、ネアは個人的にはその存在すら疑問視している神に思わず祈りを捧げていた。



 「種族の見本市みたいだねー」

 バーセンの巨大銭湯『三筋の川原』の浴場に肩にタオルをかけ、恥じらいも何もないバトが辺りを見回して感想を述べた。そこには毛皮のある者、角のある者、耳が尖った者、鱗のある者、様々な色や形の尻尾がそれぞれ身体を洗ったり、湯船の中でリラックスしていたりで、まるで種族の図鑑を見ているような光景であった。

 【特殊な性癖があるヤツには天国の景色なんだろうな】

 ネアは久しぶりにおっさんの目でこの光景を見てみようとした。

 「ネア、目が血走っているよ」

 レヒテがニヤッとしながら肘でネアをつついてきた。

 「そう言えば、昔言っていた見取り稽古の成果が出て来てるね」

 フォニーが軽くタオルで隠しているネアの胸をニヤニヤしながら見つめた。そんなフォニーの視線にネアは苦笑を浮かべた。

 「フォニー姐さん、それって助平オヤジの視線ですよ。姐さんのも立派になってきていますが」

 ネアは軽くフォニーの胸をつついた。その感触が子供のそれとは明らかに違っている事に気付いたネアは妙な罪悪感を感じて思わず目をそらしてしまった。

 「ふふん、フォニーさんも日々鍛錬して、美しなって・・・、目を離せなくさせるから」

 彼女は横目でチラリとパルを見て小さく呟いた。

 【どっちもどっちかなー。エイア様の胸から考えるとパル様は標準サイズかなー】

 ネアは2人の胸を見比べながら不遜な事を思いながら我が胸を見た。

 【この調子だと立ったままだとつま先が見えなくなりそうな気がする・・・。あんまりうれしくないけど】

 ネアは改めて自分の胸が自分の意に反して巨大になって行く事に不安を感じた。

 「主を差し置いて、立派になると言うのは認められないよ」

 ネアの心を読んだのか慎ましい成長をしている胸を張ってレヒテがネアを睨みつけた。

 「こればかりは、自分の意志でどうこうできるものじゃないので」

 「侍女なら、そのあたりは何とかするものよ」

 「そんな無体な」

 ネアとレヒテは互いをじっと見合ってから互いにクスっと笑い声を上げた。

 「大きくなるのは良いけど、垂れないように注意しなさいよ」

 「持てる者はそれなりの責任があるのですね」

 悪戯っぽく言うレヒテの言葉にネアは小さなため息をついていた。



 「これで、やっと鬼エルフにしごかれることがなくなると思うと、ほっとするよね」

 バトが湯船の中で身体を伸ばしながらため息とともに吐き出した。

 「傷口に薬湯が沁みる・・・、あの人、加減って知らなんいでしょうかね」

 ルロはエルマに強かに打たれたことを物語る痣の付いた腕をさすりながらため息をついた。

 「青いのがあちこちにありますね。獣人の毛皮の柄みたいですね」

 メムがひときわあちこち打ち込まれているルロの身体を見て素直な感想を述べた。

 「この中で一番打たれ強いですからね。私が相手の注意や攻撃を引き受け、シモエルフが攻撃、アリエラが隙を狙う、と言う戦い方ですから仕方ないですよ」

 ルロは悪気なく聞いて来るメムにちょっと苦笑しながら答えると、湯の中にずぶりと肩まで沈み込ませた。

 「でも、ここまで来れば、もうエルマさんの扱きもないですよ。ケフに戻るまで、平穏な生活ができるってものです」

 アリエラも痛む身体を湯船の中で伸ばしながら呻くように言うとため息をついて浴場の天井を見上げた。

 「ここに居る間は平穏」

 「それはどうかしらね」

 アリエラが自分に言い聞かせるように呟いた言葉に誰かが返してきた。その声の質は涼やかでネアたちがどこかで耳にした声だった。

 「え、イクルさん」

 声の主を確認してネアが頓狂な声を上げた。ネアの視線の先には湯船でたわわな肉体を湯船の中で寛がせているイクルの姿があった。

 「エルマさんから貴女たちの鍛錬をみるように頼まれていますから、残念ながら完全な平穏はありせんよ。ごめんなさいね」

 ごめんなさいと言いながらも彼女の糸のように細くした目には新たな獲物を見つけた捕食動物の光があった。

 「短い平穏だった・・・」

 イクルの言葉にバトががっくりと肩を落とし、ネアも思わず水遁の術を使うように湯船の中に沈み込んでいた。

 【このまま見逃してもらえるなんて、ないよな】

 息苦しさと諦観を感じながらネアは浮上した。そんなネアをイクルの糸目がしっかりと補足していることに彼女は少しばかり恐怖を覚えた。

 「随分と馴染んできましたね。それに、能力(ちから)も成長しているようですね」

 ひきつった表情を浮かべるネアに湯船に波をたてることなくすーっと近づいたイクルが微笑みかけた。

 「そうですか・・・、自分では全く分からないです」

 「ふふ、自覚できるようになるにはまだまだかかりますよ。精進してくださいね」

 言葉は柔らかいが、その調子は強制するような感じで、ネアに拒否する権利がないと言う事を言外に含ませていた。

 【バトさんじゃないけど、俺の平穏は消えた・・・】

 ネアが深いため息をついていると肩を優しく叩かれ、その方向を見ると痣のある手でそっとネアを抱きしめて来るレヒテの姿があった。

 「穏やかな暮らしがなくなったのはここに居る皆がそうだよ。ケフが穏やかなままでいられるように私らが汗と涙と血を流すってこと。ケフが穏やかであり続けられたら私らも穏やかに暮らせるから」

 「気が遠くなるような遠い道のりですね」

 レヒテの言葉にネアが皮肉を滲ませて応じると周りからはその言葉に同意する様なため息が漏れた。



 「王都の時にも思ったけど、姉さんたちが暴走をはじめたらどうなるのか不安なんだよね」

 湯に浸かりながらギブンがその年齢に合わない渋い表情で呟いた。

 「お嬢は残念トリオの悪ノリを諫めるどころか、それに乗っかかって収拾がつかないのが目に見えますね」

 ルッブは気たるべき未来を想像してぶるっと身を震わせた。残念トリオの悪ノリは時としてノリですまないことになりかねない、特にビケット家に関すること、ケフの安全に関わることになると簡単に力で解決しようとする、しかもその実力がある。そして、レヒテには彼女ら以上の戦闘力と非常識を持ち合わせている、彼女らが暴走をはじめたら誰が止められるのか。

 「でも、パルがいるから安心しているけどね」

 ギブンがパルに信頼を寄せていることをルッブは感じ取ったが、彼は心の中でそれを全肯定できずにいた。

 【パルは時々とても意固地になったり、真っ当な判断ができなくなることがあるからなー】

 パルの問題行動の原因が自分にあると微塵にも認識していないルッブであった。

エルマとイクルは剣精ラールの弟子であり、ネアたちの訓練に関して事前にエルマからイクルに申し送られています。

エルマは鬼軍曹タイプ、イクルは微笑みながらエゲツナイことをするタイプですので、ネアたちの苦難はまだまだ続くでしょう。

今回もこの駄文にお付き合い頂きありがとうございます。

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