312 裏の事
ちょっとUPの間隔が開きました。
なんやかんやがあって、中々書けない状態でした。(言い訳です)
エタった訳ではないので、今年も生暖かく見守って頂ければ幸いです。
(今年初のUPです。)
「こんなに速くお店ができるなんて」
バーセンに秋のキャラバンの要員として、いつもの如くモデルをしたり、接客をしたり、ちょっとした手直しをしたりと忙しく動き回っていたネアは、やっとのお休みの日、街の中に開店したカフェでパンケーキをつつきながら驚愕の溜息をついていた。
「ルシアちゃんから随分と指導を受けたからね。ケフで人気を誇る「星の花」のノウハウを活かし、しかも出す料理も手の込んだモノにしたからね」
ウェイトレスの衣装に身を包んだレヒテが、全部自分が準備した様に自慢げにネアに説明した。
「お嬢のウェイトレスの制服も板に付いて来ましたね。立ち居振る舞いもケフにいた時と全然違いますよ」
ラウニが不思議なモノを見る目でレヒテを見つめながらハチミツ塗れのパンケーキを口の中に放り込んだ。
「ちゃんと営業スマイルもできていますし、まだ暴れておられないみたいだし・・・、信じられないよ」
フォニーは世界の珍事を目の当たりにしたような表情になっていた。目の前で不正な暴力や理不尽があれば、時や場所を弁えることなく物理的に正すのかレヒテのスタイルであるが、それがバーセンに来てから目にしていないのである。
「お嬢っ、なに油売っているんですか。洗い物もあるんです。さっさと来てください」
険しい形相になっているパルがレヒテの襟首をつかむと引きずりながら店内の奥の方に行ってしまった。
「お姫様が付きききりで指導されているんですから。流石のお嬢も暴れられない・・・です」
ウェイトレスの制服を身に纏っていてもパルの気品と凛とした佇まいは変わることがなかった。しかし、客に向ける笑顔は凶器とも言えるぐらい凄まじく、一度心に突き刺さると簡単に抜けず、その傷も癒えにくいらしく、むさ苦しい顧客が増加しつつあるようであった。あまりにも無礼な客はこっそりとレヒテが物理的に二度と店に来ないようにとお願いしているのであるが、この事について気付いている者はいなかった。
「パル様の直々の指導って、どんな感じなんでしょうね。エルマさんみたいな感じなのでしょうか」
パンケーキを食べ終え、口元をナプキンで拭きながらラウニが首を傾げた。
「指導なんて生易しいモノじゃありません。アレは・・・扱きです」
ネアたちの元に侍女の衣装からウェイトレスの制服に着替えたメムがテーブルの下からひょこと顔を出して辺りを伺いながら声を潜めて話し出した。
「毛皮で見えないかもしれませんけど、毛を剃ったら痣だらけのはずですよ・・・、ケフに連れて行ってよ。フォニーちゃん、友達のよしみでなんとかならない」
パルはそっとフォニーに手を合わし、上目遣いでみつめた。
「メム、今は休憩時間じゃありませんよ」
すっと現れたパルが、必死で懇願するメムの肩をそっと掴み優しく声をかけた。
「げゑ、お、お嬢様・・・」
「随分と可愛い声を上げるんですね」
決して目は笑っていない笑みを浮かべながらパルはメムの肩を掴む手に力を入れた。
「あの、決してさぼっているわけでは・・・」
「そうね、さぼっている訳じゃないですね」
必死の思いで何とか言い繕うとするメムにパルはゆっくりと頷き、その場に立たせた。
「さぼるではなく、逃げるですね」
パルはにこやかに言うとメムのマズルをぐっと鷲掴みした。
「言い訳すらできない口を開く必要はありませんね。お話があります」
営業スマイル浮かべながらパルはメムのマズルを掴んだまま店の奥に消えて行った。
「きっと、怖いことになっています」
ティマはそう言うとブルっと身を震わせた。ネアは何か聞こえてくるのではと耳を澄ませたが、不気味なぐらいに音も声も拾う事ができなかった。
そんな中ネアの視界の隅にぴょこぴょこ揺れるうさ耳に気付いた。
「?」
ネアがそのうさ耳の持ち主を何気ない風で確認するとお館に勤めているナクリの姿があった。彼女はネアが自分に気付いていると悟ると、髪を梳るように長い耳をそっと撫でた。
「ちょっと、花摘みに行ってきます」
ネアは席を立つとトイレに向かって歩き出した。
「どこが空いてますか? 」
ネアはトイレの前に立っていたナクリに声をかけた。
「一番奥が空いてますよ」
ナクリはにこっとすると奥の方を手で示した。ネアは案内ににっこりとして軽く会釈して個室に入った。
「ここかな? 」
ネアは個室の壁の一部を軽く叩いた。するとその場所がするっと小さな扉が開いて小さな収納スペースが現れた。
「これか・・・」
そのスペースの中に一通の封筒が入っており、彼女はそっとそれをポケットにしまうと扉を閉め、個室から出た。
「お忘れ物はありませんか? 」
「ええ、ありません。お気遣いありがとうございます」
声をかけて来たナクリにネアはポケットを軽く叩きながら応えた。
【秘密保持のためとは言え、面倒くさい事だな】
ネアは、三流スパイ映画もどきに行動していることを心の中で自嘲した。
席に戻るとネアは辺りを見回し、レヒテやパルの姿がないことを確認してから小声で呼び掛けた。
「怖いから、お勘定済ませてさっさと行きましょう」
怖いことも確かだったが、自分の主が給仕する店に居心地の悪さを感じていたからだった。
「悲鳴も怒声も聞こえてこないのが不気味ですね」
ラウニはネアの言葉に頷きながら席を立った。それに倣うようにフォニーもティマも何故かあたりを伺いながら席を立った。
「奥方様、思い切ったことをされるね。郷主の一人娘を行儀作法と社会勉強のために飲食店に勤めさせるんだから」
店から少し離れた場所まで来るとフォニーは辺りをさっと見回してからそっと口を開いた。
「普通なら護衛とかイロイロ考えなきゃならないことがありますが、あのお嬢なら騎士団並みの力をお持ちですし、安全面からするとハードルは相当低いですね。非常識な事に変わりはありませんが」
ネアはケフの郷とその郷主が今更ながらに非常識な存在であることに苦笑した。
「お姫様の制服姿、綺麗で可愛かった・・・です」
「確かに可憐なお姿でしたね。でも、そのお姫様に巻き込まれているメムさんは少しお気の毒ですね」
目をキラキラとさせて憧れのパルの姿を思い出しているティマにラウニはお姫様にマズルを鷲掴みされているメムの姿を思い出しながら、少しばかり同情を感じていた。
「メムには良い勉強の機会だよ。少しはズレが修正されるかもしれないよ」
フォニーはふふんと鼻先で笑った。
「他人の不幸を喜んでいると、不幸が降りかかってきますよ」
ラウニはフォニーに注意をすると、首を傾げた。
「あのお店、ケフの郷の人ばかりなのに、全然ケフの郷土料理とかないんですね。夜は酒場になるって話でしょ。何のためにお店を開いたのでしょうね」
「耳ですね」
ネアはラウニの言葉にナクリのピョコピョコ動く長い耳を思い出しながら小さく答えていた。ネア以外の侍女見習いたちにはキャラバンでのお客様からの噂話などを聞き取って報告するという仕事が密かに与えられていたが、様々な情報を得るための拠点として店を作ったことなど知らされていない、あそこでウェイトレス修行をしているレヒテたちも例外ではなかった。
「良く分からないけど、深入りすることでもなさそうな気がするよ」
フォニーは頭の後ろに手を組んでぶっきらぼうに言い放った。
「知ってはいけないこともある・・・です」
訳知り顔でティマは呟くと自分を納得させるように頷いていた。
「奥方様」
フーディン家の屋敷での本日の商売を終え、一息つき、それぞれが宿泊している部屋に戻る時、ネアは奥方様を呼び止めた。
「あら、何かしら? 」
「兎の耳です」
ネアは手短に言うとさっとポケットから店で入手した封筒を奥方様に手渡した。
「お手紙のやり取りは成功できたようですね。これで連絡体制の確認ができましたよ。後でナクリにご褒美を渡してあげなくちゃね。ネア、ご苦労様でした」
奥方様は手渡された封筒を大事そうに胸に抱くとネアに優しく微笑みかけた。
「あのお店について良く知っているのは、子供衆の中ではネアぐらいね」
「お嬢もパル様もご存知ないと聞いております」
ニコニコしながら封筒を弄ぶ奥方様にネアは恭しく答えた。
「あの子には礼儀作法、我慢、庶民の生活を知るための鍛錬の場です。それ以上でもそれ以下でもありません」
「ええ、随分とパル様に扱かれておられるようでした」
「パルにも鍛錬してもらってますよ。あの子がルッブ以外の男性に微笑まなければならないんだから」
奥方様は凄みの有る笑みを浮かべ、ネアに下がって良いと命じると、ネアは一礼して命令のままに下がった。
「今日さ、街角でケイジャの人を見たよ。相変わらず薬の材料になりそうな物と粗い布を売ってたけど、ここでも売れてるようには見えなかったよ」
屋敷のダンスホールにずらりと並べられたベッドに腰かけての夕食をとりながらフォニーが手で頭を覆って頭巾のジェスチャーをしてみせた。
「食事中にお行儀が悪いですよ。私も見ましたが、一緒の人なんでしょうね。赤と白の縞模様の頭巾でしたよ」
ラウニがそう言うと、フォニーは「そうそう」と相槌を打った。
「ここまで来るのにお金がかかるのに、売れていないようだから赤字なんでしょうね」
ネアもあの不愛想な連中の事が少し気になった。彼らの目的が商売だけではないように思われて仕方がなかった。
「暇つぶし、とも思えないよね」
「顔も見えないし、お話もしないから、何を考えているかさっぱり分からない・・・です」
フォニーとティマは互いに見合って首を傾げた。
【何が目的なのかさっぱり分からない所が不気味なんだよな。あの郷は他の郷から人が入るの許していないし・・・、前の世界にも似たような感じの国があったような気がする】
ネアはあの頭巾の連中のことをぼんやりと考えていた。
「バト、それって禁断の魔薬をつくるつもりじゃないでしょうね」
ネアが頭巾の連中のことを考えている最中にルロの頓狂な声が上がった。
「それ、何かの動物の死骸だよね」
アリエラがバトが手にしている黒いとも茶色いとも言いかねる何かの爬虫類の成れの果てを指さした。その表情はB級ホラー映画でモンスターに迫られているヒロインに近いモノがあった。
「魔薬とは随分とモノを知らないようだね。これはエルフ族に伝わる、伝説の疲労回復役だよ。最近疲れが取れなくて、シモエルフらしさが発揮できてないんだよね」
バトは手にしたモザイクがかかりそうなシロモノを無理やり酒が入っていた瓶に押し込んでいた。
【疲労回復はわかるけど、態々シモエルフらしくならなくてもいいのに。これも浪漫なのかな】
ネアはバトの言動に首を傾げつつも、この行動の理由が浪漫なら理解できそうな気がしていた。
「このメメヤモリの黒焼き、なかなかお目にかかれないぐらいの良品だよ。あの妙な頭巾をかぶった人から買ったんだけど、値段も手ごろだったよ」
そう言いながら馬渡は瓶の中に度数の高い酒を注ぎだした。注がれた酒はメメヤモリの黒焼きの効き目であっという間に茶色に染まった。
「それって、毒じゃないんですか? 」
ルロがバトが持っている瓶を眉をひそめて見つめた。
「心配しなくても爆発はしないよー」
バトは中身を攪拌するようにブンブンと振り回した。
「爆発しないにしても、気持ち悪い」
「瓶が砕けて、中身が飛び出した時のことを考えると・・・」
アリエラとルロは瓶を振り回すバトにオロオロするだけだった。
「いい感じに出汁が出て来た」
バトは瓶の中身の色を確認すると早速その液体を手元にあったコップに注いだ。そして、香りを嗅ぐと薄く目を閉じた。
「なに、この臭い」
「地獄の蓋が開いたようです」
アリエラとルロは口々に悲鳴じみた声を上げていたが、バトはそれらの声に耳を貸す気はないようだった。
「ひょっとして、それ飲むんですか? 」
「飲んじゃダメだよ」
騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきたネアとフォニーがバトの腕を掴んで、彼女の動きを止めようとした。
「飲むに決まっているでしょ。これはね、エルフ族に伝わる疲労回復、滋養強壮の薬酒なの」
バトはむっとしながら言うとネアたちの手を振りほどき、ぐっとその液体を喉に流し込んだ。
「うわ・・・」
「飲んだよ、この人・・・」
ネアとフォニーはバトの行動を、まるで散乱している生ごみを見る目で見つめ、その強烈な臭いに吐き気をもよおしているようなうめき声を上げた。
「失礼な子たちだね。これは、れっきとした飲み物、飲み終えた後はこのメメヤモリを食べるのが通なんだよね。しかもこのメメヤモリの黒焼きが上物だからね、効くはずだよ・・・」
バトはむすっとした表情でメメヤモリの黒焼きが浸かった瓶をぐっとネアの目の前に突き出してきた。
「ケイジャの薬用酒の材料の質が良いんだよね。・・・あ、来た、来たよ。こう、ぐぐっと、うん、今夜励んだら確実に産めるね。この調子だと、騎士団作れるぐらい産めそうだよ」
下腹部を撫でながらバトが訳の分からない事を口にしだした。
「バト節がもどってきたねー」
「やめなさいっ」
アリエラはバトらしいとニコニコしているし、ルロは既にバトをぶん殴るために拳を握りしめていた。
「ケイジャの連中ってひょっとすると人口を増やそうとしているのかもね」
バトが謎の液体を効き目を確かめるように飲みながら呟いた。
【冗談みたいなことが目的だったりしても不思議じゃないんような気がする】
ネアはバトの言葉が案外心理をついているような気がして、小さく頷いていた。
「あたし、エルフの人って果物とか木の実を食べてると思っていた・・・です」
妙な液体を飲んでいるバトを遠目に見ながらティマがラウニに身体を寄せて複雑な表情を浮かべていた。
「私もそう思っていました。エルフ族の人とお付き合いがなかった頃は」
ラウニも残念そうな表情を浮かべていた。
「そこのちびっ子とちょっと前のちびっ子、こっちに来なさい」
ティマとラウニの話を聞きつけたバトは声を張り上げ、彼女らを呼びつけた。
「君ら、エルフ族に対してすっごい偏見を持っているよね」
バトはビシッと音が出るような勢いでラウニとティマを指さした。
「エルフ族は、草とか木の実だけで生きていけないの。そんなのばっかり喰ってたら、あっという間に絶滅しているよ。肉も食えば、いざとなれば虫を喰らい、泥水すすって生き延びて来たんだよ。それをさ、知らない人たちは、私らを精霊か何かみたいに思って、エルフ族だってモノも食うし、出すものは出すんだよ」
バトは一気にまくしたてると例の液体をグイっと飲み干した。その様子にティマは泣きだしそうな表情になっていた。
「バト、うちのティマちゃんをいじめるなっ」
アリエラがティマの前に躍り出ると履いていたスリッパでスパーンとバトの側頭部を張り倒した。
「痛ーい」
バトが頭を抱えて蹲った。そして、そのまま何かぐじぐじと喋り出した。
「寿命が長いからって、老けないからって、勝手に妬まれてさ、好きで長生きしたり、老けないようにしている訳じゃないんだよ」
バトは涙声で唸るとそのままその場に崩れ落ちイビキを書き出した。
「きっついのを一気にあおるからですよ。こんなのドワーフ族でも一気飲みは控えますね。しかもメメヤモリの黒焼き入りなんて・・・」
ルロは呆れながらもバトを抱えてベッドに横向けに寝かせた。
「上向きに寝させると吐いたもので窒息しちゃいますからね」
彼女は母親が娘に向ける様な優しいまなざしでバトを見つめた。
「滅茶苦茶な事を口走ってばかり、自分の本当の心はいつもずっと抑え込んで・・・」
彼女は低く呟くとネアたちに視線を向けると、手を「もういいよ」とばかりにひらひらと振った。
「どんな人やモノにも本当の姿があるんだよね」
ベッドに腰かけたフォニーがしんみりとした声で呟いた。
「どんなモノにも裏があるんですよ。呑気そうに見えても黒いモノがあったりするんです」
ネアはベッドに横たわりながらしんみりとフォニーの言葉に応えていた。
「ネアの場合は黒いのが裏にあると言うより、滲んでますけど」
ラウニは寝っ転がるネアをじっと見てニヤッと笑った。
「裏しかない」
ティマはそう言うとクスクス笑いながらネアのベッドに潜り込んできた。
「裏しかないと言うのは、言い換えれば全部表ってことだね」
ネアはクスクスと笑うティマの頭をゴシゴシと撫でてやった。
港街のバーセンにあるお店は昼はカフェ、夜は酒場として営業しています。
店員は皆ケフからの出張となっています。
酒の席で気が大きくなった時に漏れ出る情報などを集めるのが目的です。
要人のピロートークのための要員、手段等は持ち合わせていません。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。