311 試み
今年最後のUPになります。
イロイロとあって、UPの周期が空きがちですが、まだまだ続きますので、
引き続き、生暖かく見守って頂ければ幸いです。
「いきなり呼び出してすまないねー」
「ご隠居、それは言わない約束ですよー」
ありふれた軽口を躱しながら、初夏の昼下がりネアとご隠居様は緊急の会合のため、ボウルの店に足を運んでいた。
「剣精様の奇妙な弟子だが、彼のおかげで何かの影を見つける事が出来たよ」
ご隠居様はネアに持たせた書類の入ったカバンに目をやった。
「影の事はは分かりませんが、アレを紹介したことが役に立ったようで、何よりです」
軽く振り返るご隠居様を見上げてネアはにっこりした。
「影の事については、今回の会合で話すよ。・・・普通の子どもなら、話しても理解してくれないような事だと思うけどね」
「私は、普通じゃないですからね」
ネアはご隠居様の言葉に少しムッとした表情を浮かべた。
「今は、一介の少女としてやり直している最中ですから」
「そこは分かっているよ。すまないが、ネアの経験や見識は僕たちにとても役立つんだよ。いつもすまいなねー」
「それは言わない約束ですよー」
種族は違えど傍から見れば祖父と孫娘のような2人は散歩を楽しんでいる風であった。
「これを見てもらいたいんだ」
ボウルの店の奥に通されたご隠居様はネアに持たせた資料を壁に貼り出し始めた。
「ご隠居様、そのグラフやら数字は何ですか? 」
ヴィットが首を傾げながらご隠居様が貼り出した紙に書かれている数字を見つめていた。
「マーケットで取り扱われる品々の入荷数だよ。そして、行商人の種族とその数、どこから来たのか、全部数字に置き換えてみたよ。そして、グラフ化したんだ」
ご隠居様は自慢げに貼り出した表やグラフを手にした小さな指示棒で指した。
【出来る人は表やグラフの使い方が巧みだって聞いたな。俺もさんざんやったなー、数字を都合よく並び替えたりして・・・】
ネアは前の世界でエライ人相手に表やグラフでプレゼンをしていた頃を思い出して笑みを浮かべていた。
「今年の春あたりから、ブラシ、尾かざりなどの獣人が必要とする商品が減少してきているんだ。行商人もワーナンからは減って、バーセンやその他の郷から来ているけど、王都より南からは来ていない。5年前は結構南の郷からも変わった果物を乾燥させた物を売りに来たりしていたが、最近は殆ど見られない」
ご隠居様は貼り出した資料を指示棒で叩きながらマーケットの動向について話し出した。
「やはり、南の方での穢れの民への排斥が激しくなってきているということですか」
ヴィットがじっくり表を見ながらご隠居様に確認した。
「随分と激しい排斥運動だと思われますな。南からの商品がこれほど少なくなっていると言う事は、売る者だけでなく、作る者も減って来ているのでしょうな」
ガングがしげしげとグラフを見ながらぼそりと呟いた。
「そのとおりだよ。これは最近の移住者の出身地別の数字を出したものだけど、ガングの言う通り、南の方からの人ばかりだよ」
ご隠居様はガングの言葉に頷き、再びゴレンに集計させた表に目を転じた。
「この数字から、南の方では随分とキツイ人手不足が発生していると推測できる。急激な穢れの民排除の動きが労働力の不足を生み出していると考えられるね」
ご隠居様は言い終えると会合に集った面々を見つめて、にっと口角を上げた。
「経済力の不足、南に軸足を置いている正義の光や、過激な真人至上主義の連中は思ったより物理的に強くなれていない、ボクはこう読んでいる。・・・奴らと闘うための準備する時間が増えたと考えることができる」
「成程、我々が力をつける時間に余裕があるという事ですな」
「ガング、それは早計だよ。ここにあるのはマーケットで得られた数字から推測したことだ。実際にそうなのか、これからここを重点的に情報を収集してもらいたいんだ」
ご隠居様はヴィットとコーツに言うと言葉を区切り、暫く考えてから口を開いた。
「いつものように、表立ってでなく、聞き耳を立てるやり方でやってくれよ。何度も言っているが、こっちのことは気取られたくないんだ。ヤヅとの件でそれなりに注目されたようだからね」
そう言うと、ご隠居様は腕組みして、貼り出した表やグラフに目をやりながらブツブツと呟きだした。
「・・・バーセンとの交易が盛んになっていますね」
ネアはご隠居様の横からひょいと顔を出してグラフを見つめながら呟いた。
「あそこはカスター様が治められていますから、ケフとの交流も多いでしょうな」
ガングがお茶を飲みながら退屈そうに呟いた。
【荒事が絡まないとテンションが下がるんだよな・・・、どこまでも現場の人なんだ】
そんな彼をネアは思わずつきそうになりため息を堪えながら眺めていた。
「取りあえず、秋の行商の時は人員を増やして出来る限り情報を集めよう。どんな噂話でもいい、取りあえず量を仕入れよう。細かなことまでは分からないが、影ぐらいは見えてくるだろう」
ご隠居様は腕組みをしながら考えたことを口にした。
「問題はここで派手にやると目をつけられてしまう事だな・・・」
ケフはいまの所、辺境でしかも小国と言う事で正義の光やら真人至上主義者たちから目をつけられていないが、もし目をつけられ、何らかの行動を、特に実力を伴った行動に出られると為す術がない、そのためにもヤヅやミオウと言った近隣の郷と手を取り合っているのだが、それでも大国相手には力不足である。この事は誰もが口にしないが知っている事であった。
「人を増やすと目立ちます。継続的な情報収集ができればいいでしょうな」
いつの間にかご隠居様の横に立ったコーツが彼の心の内を代弁するように話しかけた。
「大使として、常駐させている者がいるよ。今更・・・」
ご隠居様はため息交じりに首を振ってから、はっとした表情を浮かべた。
「市井の常駐者の配置だよ。どこにいても怪しまれない、気にもされないからね」
「バーセンに住まわせる者が必要ですね。どのような人物が適任か考える必要はありますが」
ヴィットはご隠居様の言葉に頷きながら、頭の中で部下のリストを捲っていた。
「移住しても、普通の生活をすると仮定すると、様々な場所、職人街や商人街、盛り場に顔を出すことになりますね。仕事もなく一日フラフラしている存在なんてゴロツキと大して変わらないと見られるかも」
ネアはご隠居様の望む情報を手に入れるためにはどんな仕事が良いかを考えながら、桜吹雪のお奉行様を何となく思い出していた。
【遊び人の金さんだったけ、リアルにいたら、胡散臭いだけのおっさんだろうな】
益体もないことを思い出してネアは吹き出しそうになったが、何とか持ちこたえた。そして、様々な階層やら職業の者たちから声を自然に聞けるには、どんな存在が良いのかを考えた。
「聞きに行くんじゃなくて、相手から来てもらえるようにする? 」
ネアは考えながら独り言のように声を出していた。
「そうか、店だよ。呑める店だと様々な人が来る。でも野郎ばかりになるか・・・、可愛い店も必要か・・・、ルシアちゃんのお店みたいなのもいいね」
ネアの言葉を聞いたご隠居様はぶつぶつ言いながら考えをまとめているようだった。
「・・・面倒な事に巻き込まれることに中銀貨1枚賭けるぜ」
「私も同じ事に賭けますよ」
ガングとヴィットは互いに見合って苦笑を浮かべた。それを見ながら、彼らより面倒な事が降ってくると予感した。
「次の行商で店をつくるのによさげな所を見繕う必要があるなー。モーガに僕たちが選んだ人員をねじ込んでもらえるように話をしなくちゃね」
ご隠居様は次々とアイデアが浮かんでくるようで、まるで新しい玩具を手にした子供の様な表情を浮かべていた。
「・・・ケイジャの郷からの商人がじわじわと増えているように感じたのは気のせいじゃなかったな」
「そうだね。何回かマーケットで見たけど、何とも言えない雰囲気の連中だったよ。そんなに増えているのかい? 」
「微々たる数だ。2人だっのが4人になった程度だが、少しずつ増えている。一番新しい所だと、えーと5人だな」
ロクとナナは最近のマーケットに来る商人たちが来た郷を見ながら互いにケイジャの郷からの商人たちが増えていることについて話し合っていた。
「ケイジャって、あの妙な頭巾をかぶっている人たちですか? 」
【こんな数字まで拾ってくるのか、律儀と言うか、馬鹿正直と言うか、コンピューターみたいなヤツだな】
ネアはマーケットで見た天候や気温に関わらず目深に頭巾をかぶった商人がいたことを思い出しながら尋ねながら、ゴレンの仕事に感心しながら呆れていた。
「本当かどうかは分からないけど、家族以外の前では絶対に取っちゃダメらしいよ。髪をどうやって整えたりしているかきになるところだよ」
ナナがマーケットで耳にした噂をそっとネアに教えてくれた。
「あの頭巾の色やら紋様で身分とか性別とかが分かるらしいぜ」
ロクがナナの情報につけ足した。それを聞いてネアは見慣れない商人たちについて納得していた。
「ケイジャってどんな郷なんだろう? 」
「さぁね、あの頭巾以外は分からないねぇ」
首を傾げるネアにナナは肩をすくめて答えた。
「奴ら、自分たちの事なんて喋らないからな。と言うか、その前に無口でよ、商売に絶対に向かないぜ。売りに来ている奴が真人なのか、穢れの民なのか、あの頭巾のおかげでそれすら分からないんだぜ。秘密主義か何か知らないが、あんなんじゃ商売にならない、それが証拠に奴らの店が売り切れ店じまいって見たことがない。そんな連中が増えているって妙だな」
ロクが難しい表情でネアにケイジャの郷の商人ついて知っていることを話してくれた。
「ケイジャの郷か・・・、何を考えているかさっぱり分からない郷だからね。郷主の名前がジョム・ケイナンであること以外、さっぱり分からない。ケイジャの郷は他の郷の民を郷内に入れないし、外に出る者もあの頭巾で顔を隠して、しかもびっくりするぐらい無口なんだからね。ネアは彼らから何か買ったりしなかったかな」
ご隠居様はロクの話を聞くと、ちょっと考えてからネアに尋ねてきた。
「彼らから買い物したことはありません。あまり見かけませんから、しかも売っている物が薬草だとか、薬の原料となる虫とかトカゲとかの干物、良くてガサガサの布しか売ってませんから。目立つような恰好なんですが、なんだか目立っていないし、印象にも残りませんでした」
ネアはあまり心に残っていない彼らについての記憶をかき集めて、思い出しながら隠居様に答えた。
「確かに、彼らの商売は上手く言っているとは言えませんな。そんな彼らが何故増えているのか、不思議ですな」
コーツが顎に手を当て、彼らが何を目的にしているのか推測しようと難しい表情を浮かべた。
「郷の民と親しくなって根を生やして、いざと言う時に・・・ってヤツでもないですよね」
「ネアの言うとおりだよ。彼らの目的を探ることも重要な事だな。危険な事なら芽の内に摘んでおきたいな。何他の目に商売をしに来ているのかをね」
ご隠居様はそこまで言うと、はっとした表情を浮かべた。
「情報収集のために商売に来ている・・・、そうすれば売れなくても問題はないか。我々も彼らに倣ってバーセンに店を出すのもいいかも知れんないよ。酒場とかね」
「酒場なら、いろんな仕事の連中が出入りする、その上、酒で口が軽くなる。いい考えですな。良い酒と良い女がいれば、そこは天国ってやつですからな」
ガングが能天気に笑みを浮かべた。彼の頭の中にはうまい酒と美女が大半を占めていた。しかし、彼は妻の般若の形相のエイアの顔を思い出して楽しい世界からさっと身を引いた。
「酒場も良いが、それではおっさんしか来ない、若い女性でも来やすくするには・・・」
酒場に来る客層を想像しながらヴィットがうんざりしたように髭で覆われたた口をへの字に曲げた。
「来られるお客様は若すぎるかも知れませんが、ルシア様のお店を参考に為されたらどうでしょうか。あのタイプのお店なら女性ウケはいいですよ。可愛い小物とか好きですからね、あの年代の女性は」
女性が来やすい店としてネアはルシアが店長を務めている、自分にはキラキラしすぎていて居心地の悪い店のことを口にしていた。
「次の行商の時にそれらの店の場所を下見しておく必要があるな。あくまでも個人の商人が探しているようにね。人選は慎重にしないと、馬脚を現したら元も子もない」
ご隠居様はそう言うと集まった面々を見回した。
「それとヴィットとガングはケイジャからの連中について探ってくれ。裏稼業の連中も使って良いよ。これも表立ってじゃなくて、奴らに気取られぬようにね。小さな数だけど彼らの異様性から見ると無視するわけにはいかないから」
ご隠居様は両騎士団長に命ずると小さなため息をついた。彼の顔には、物事が片付かないのに次々と面倒な事が発生することにうんざりしているような表情が浮かんでいた。
「南の方の連中が足踏みしている以外、良い話はないもんですなー」
「あの糞ったれな英雄や正義の光の連中がもたついているってのが一番いい話だと思いますよ」
コーツがため息交じりに吐き出した。ネアはあの英雄たちが足踏みしていることが何よりもいい話だと感じていたため、思わず素直な感想を漏らしていた。
「多少乱暴な言葉だが、ネアの言うとおりだね」
「実は、あの英雄殿、冷えたスープしか口にできない身分になったと言う噂ですな。これも良い兆候かも知れません」
コーツが小さな咳払いをした後、静かに彼が手に入れた情報を口にした。
【冷えたスープ・・・、つまり冷や飯食いか、狡兎死して走狗烹らる・・・、兎はまだ死んじゃいないのに、気の早い事だね】
ネアはコーツの話を聞いて皮肉な笑みを浮かべた。
「上手すぎる気がする。コーツ、どんな手を使ってもいい、正義の光、特に南方の情報を詳しく手に入れてくれ。可能性は低いが、奴らが自分たちに歯向かうような存在を炙り出そうとしているかもしれん。その手に乗ってしまったら、飲み込まれる恐れが大きくなる」
ご隠居様はコーツの言葉にさらに表情が険しくなった。ケフのような小さく豊かでもない郷など、大きな郷にかかればあっという間に飲み込まれてしまう、幸いな事に北方と言う事と、ラマク山の麓の高地である事、つまり中央から離れているということで相手にもされず、何とか生き残っているのである。
「兎のように臆病で、常に周りを警戒しているぐらいしないと、小さな郷は潰されてしまうからね」
「兎ですか・・・、認めたくはありませんが、確かにそのとおりです」
おご隠居様の言葉にガングは肩を落としていた。騎士団の質としてはケフが保有する黒狼騎士団、鉄の壁騎士団とも大きな郷と比較してそん色はないどころか、それ以上でもあるが、圧倒的に小さいのである。
【大きければビクビクすることもない。力があればこんな苦労は必要ないからなー】
世界は変われども変わらない法則にネアは苦笑した。
【身体が変わっても食ったり、出したりの基本が変わらないのと一緒か】
「兎なら、兎なりの戦い方があるものさ。このウサギは只のウサギじゃない。牙もあれば、爪もある」
「それ、もう兎じゃないです」
ご隠居様のこの場にいる者を鼓舞するような言葉に冷静に突っ込んでいた。
「小さいなりにも、牙も爪もある。まるで猫ですね」
ヴィットが仮面の奥の目を細めてネアを見つめて口元に笑みを浮かべた。
「猫と言えば小さいながらも猛獣、良いですな」
ガングがネアの頭を大きな肉球付きの手でポンポンと軽く叩いて笑い声を上げた。
「迂闊に伸ばされた手を引っ掻くことぐらい容易いですからね」
ネアは頭に乗せられたガングの手にそっと己の手を置くとそっと爪をたてた。
「無傷では居られんと言う事か」
ガングはそっとネアの頭から手を引いて、毛におおわれた手の甲に傷が付いていないか確認した。
「猫でも兎でいいよ。兎に角、ボクらにはこれ以上に良く聴こえる耳、良く見える目、良く効く鼻が必要と言う事は変わりないからね」
ご隠居様はニコリともせず、真剣な表情でその場に居合わせた面々に話すと、場から和やかな雰囲気が退散した。
「時間の余裕があるって言って安心しちゃいけない。時間は前よりも余裕がないかも知れない。ボクたちの姿勢はこのままで行く。危険な兆候をいち早く察知、そして対処する。対処する時、決して情を挟んじゃいけない。敵はボクらの情を衝いて来る、絶対にだ」
ご隠居様はそう力説すると椅子に腰を降ろし、ため息をついた。
「気づけば取り込まれ、情が湧いて切り捨てられなくなっているんだよ。改めて言うけど、ボクはケフとここに住まう民を守るためなら、この手を汚す事すら厭わない」
「我らもその覚悟でおります」
ご隠居様の言葉にその場にいた一同は立ち上がってケフの郷に忠誠を誓うように胸に手を当てた。
マーケットは場所代と売り上げに応じた税を払う事で商売ができます。
この際、どこの郷から来たとか、種族によって断られることはありません。
お金が無ければ問答無用で追い払われますが。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。