32 襲撃
やっと何かが動き出しそうです。動き出します・・・、動き出せたらいいな・・・、動き出すんじゃないかな、そうだといいな・・・。
【こんなにシンドイモノとは思わなかった】
男なら、よほどの趣味人ぐらいでしか着用しようと考えたこともない、女児用の水着を身に付けるのに手助けしてもらいながら何とか身につけると大きなため息をついた。
【尻尾があると何かと面倒だな・・・】
この身体になってからどうしても尻尾の扱いには手を焼いていた。うっかりドアに挟んで激痛にのたうったり、お嬢に掴まれて飛び上がったりとあまり生活に役立っているように到底思えなかった。
【肝心なモノが消えうせて、イラナイモノが付いてくるとは・・・】
ネアはうんざりしながら、新しい水着にはしゃぐ先輩方を見て苦笑した。
「良く似合ってますよ」
複雑なネアの気持ちとは裏腹に、ラウニがネアを見つめてニコニコしている。フォニーに居たっては
「かわいい」
と一言叫ぶとぎゅっと抱き締めてくる有様だった。年端もいかぬ少女に抱きしめられるという現象がネアの気持ちをさらに複雑にしていった。
「着替え終わった?」
騎士団員のバトがネアたちに声をかけてきた。
「はい、終わりました」
ラウニが応えた。ネアはバトの姿を目にして息を呑んだ。グレイのビキニ風水着に剣を吊るすベルトをつけたいでたちで腰に手をあてている姿というのも目にしたことは無かったが、そのパーソナリティは別として無駄な肉をつけていないスラリとした肢体、輝くような金髪はまさしく安物のファンタジー映画に出てくるヒロインさながらであった。もし、ネアが仕事だけでなくサブカルチャーにも熱を入れていれば、お気に入りのエルフキャラの名前を叫んでいたかも知れない。
「うわ、かわいい」
馬車の陰から出てきた侍女たちを見てルロが声を上げた。彼女もバトと同じ水着で背中に斧を背負うと言う滅多にお目にかかれないような姿であった。その姿はスラリとしたバトとは対照的にずんぐりとしていたが、引き締まった骨太な肢体にバトより大きな胸と男の視線を釘付けにできるヒップを持ち合わせていた。
【ご隠居様が護衛に選んだ理由ってのは、コレかな?】
ネアの護衛の2人を見る目は多分、おっさんの目つきになっていた。
「私の身体、もっと見たい?」
ネアの視線に気づいたバトが腰をくねらせながらネアに歩み寄ると、無理やり胸の谷間を見せ付けるようにしゃがみこんだ。
「・・・、私もバトさんみたいになれるかな・・・」
自分の視線に鋭く気付いたバトにドキリとしながら、何とかネアはごまかしたが、視線はバトの胸に引き付けられていた。
「そうねー、今の貴女はそのままでも、充分にいいと思うわよ。それに、殿方の中には、貴女ぐらいのほうが、ごふっ」
しゃがみこんでいるバトの後頭部をルロが遠慮無く張り飛ばした。
「小さい子になにを教えるつもりかしら、ハンレイ先生にその頭の中から身体の隅々まで診てもらったほうがいいかも知れないわね」
「私はまだあの域にはいないからね」
ルロが呆れたように言うのに、バトは頭をさすりながらむすっとして応えるとその場に立ち上がった。
「さっ、早くご隠居様のところに行きましょう。」
ルロが同僚と侍女たちを急かし、先頭になって歩き出した。
「こんなにキツク叩く必要ないのに・・・」
バトは後頭部をさすりながらブツブツとつぶやいていた。
「私たちも、あんなになれるかな」
フォニーが護衛の後を歩きながらラウニに尋ねた。
「そうだと、いいですね。ネアもそう思うでしょ」
ラウニからいきなり振られたネアも先ほどのバトとのやり取りもあったことから、すかさず頷いた。
【どうせ、この姿のままなら、思いっきりいい姿になるほうが踏ん切りもつくな】
ネアは前を行くすらりとした尻とボリュームのある尻をみつめながら思った。
「みんな、良く似合っているよ。バトとルロはこの辺りを警護して貰えるかな、警護って言ってもこんな状態だからそれなりでいいよ。で、君たちは」
ご隠居様は勢ぞろいした護衛と侍女を目を細めて眺めると自分の準備した水着がそれぞれにちゃんとフィットしていることを確認すると満足げに頷いた。
「お昼までその辺りで水遊びでもしているといいよ。深いところには行かないようにね。ボクはここで釣りをしているから、お魚を追い払わないようにしてくれよ」
ご隠居様はそう言うと、彼女たちに背を向けて水面に浮かんだ浮きを凝視しだした。
「じゃ、行こうか」
ラウニがネアとフォニーに声をかけるとネアの手を引っ張って池に向けて走り出した。
ラウニに引きずられるように池の中に連れ込まれたネアであるが、池の水は冷たく、思わず全身の毛が逆立ってしまった。
「冷たい」
「そうかしら」
ラウニにとってこの水温は然程気にならないようであった。
「冷たいよ」
フォニーもブルッと震えながらラウニを見つめた。
「種族の違い?」
毛の逆立ちが落ち着いたネアが2人をみながら首をかしげた。
「そうかもね」
「獣人と言っても、種族によってそれぞれ異なるんですよ。クマ族は力がある、キツネ族やネコ族は瞬発力があるようにですね」
ラウニが水に身体を浮かせながらネアに説明した。
「身体のつくりもそれぞれちょっと違ったりするんだよ。うちとネアはさ、爪先立ちでかかとをつけて歩かないでしょ。でも、ラウニは真人と同じようにかかとをつけて歩くからね。爪もさ、うちらはこのままだけど、ネアは出し入れできるでしょ」
フォニーが水の中から肉球のついた掌を出してネアに見せた。
「・・・そう・・・」
フォニーに言われて初めて自分が何気なくやっている爪の出し入れと言うのはネコ族特有のものだとネアは認識した。
「見て、お魚がいるよ」
ラウニが澄んだ水の中を指差した。そこにはタバスコのボトルぐらいの大きさの魚があちこちに鱗を日の光に銀色に光らせながら泳いでいる姿があった。
「食べられるかな」
その姿を見て思わずネアは呟いていた。
「捕まえてみますか?」
「競争だよ」
先輩方はその年齢に相応しい子供らしさを発揮して魚を追いかけだした。ネアもまねしてバシャバシャとやっていると
「ネア、ボクの所まで来てくれるかい?」
ご隠居様が大きな声でネアを呼んだ。
「はいっ」
ネアははじかれたように走り出すとご隠居様の横に跪いて控えた。
「遊んでいるところ悪いね、僕の水筒を持ってきてくれるかい、ケフの紋章を刻んだステキな水筒だから」
ご隠居様の命令を聞くと、ネアは立ち上がり走り出した。そこには、折角遊んでいたのに、と言う不満の心は一切無く、任務を与えられたことによる使命感しかなかった。
「えーと、どれかな・・・」
野遊び道具が入っている行李を開けると、野外用の食器や湯を沸かす小さなストーブの上にケフの紋章が刻まれた立派な水筒が目に飛び込んできた。
「これだ」
ネアはその水筒を手に取るとヌイグルミを抱きしめるようにしっかりと抱きしめ、ご隠居様のもとへ駆け出した。
「ありがとう、ちょっと飲みたくなってね」
ご隠居様はネアから手渡された水筒を手にすると早速、栓を開けて中身を一口喉に流し込んだ。
「では、失礼します」
ネアは一礼して立ち去ろうとすると
「あわてることもないよ。ちょっと話し相手になってくれないかな」
ご隠居様は水筒の栓を締めると自分の座っている横を手でポンポンと叩いて、ここに座るようにと促した。
「は、はい」
ネアは、ご隠居様の横にちょこんと座ると、ご隠居様はにこやかに話しかけだした。
「ネアはこの郷をどう見るかい?」
「優しく、親切な人が沢山いる、良い郷だと思います」
「それは、うれしいね」
ご隠居様はそう言うと浮きを見つめだした。
「でも、随分と勝手が違うんじゃないかな。ここには動力の付いた乗り物も、言葉を光に変えて遠くに飛ばす技術もないぞ。不便だと思わないかい」
「それは、そうですが。ここはとても温かいです」
ネアはお世辞でもなく、本当に思っていることを口にした。短い付き合いであるが、このご隠居様は信頼できる方だと何故か思ってしまっているからであった。
「温かいか。そうだなね。ここは、いろいろな種族が種族の違いを超えて協力して生活しているところだからね。ほら、今日、ここに来ているので真人はボクだけだよ」
ご隠居様は浮きから視線を外さずにニコニコしながらネアにの言葉に応えた。
「男もご隠居様だけです」
ネアもにっこりしながらちょっと突っ込んだ答えを返した。
「男ってのはそういうものだろ。違うかな」
「男なら仕方ないことです」
「キミも常に女性・・・、ちょっと若すぎるが・・・に囲まれているじゃないか」
「先輩たちですか。まだ、子供です。でも、背伸びしているようですね」
ネアは無邪気に魚を追いかける先輩たちを眺めた。
ご隠居様と話をしている最中にいきなりネアを尿意が襲ってきた。それは、身体の震えを引き起こした。
「おや、オシッコかい?早く済ませてくるんだね。ガマンは良くないよ。前ほどガマンできる身体じゃないからね」
ご隠居様はネアの状況を素早く察知するとネアに用を足しに行くことを促した。
「今は簡単にできないだろ」
「ええ、ついてませんから」
ネアは一礼すると、池のほとりの林に向かって小走りに駆け出した。人気のない場所を見つけるとさっとその場にしゃがみこみ、そして悩んだ。
【全部脱ぐのか・・・】
その選択肢はどうも現実的ではないように思われた。では、どうするか?いっそ、池の中に入って何気なく済ませるか?しかし、ご隠居にばれてしまうぞ、と悩んでいるうちにもますます危険度は高まってくる。自然の要求と戦っているとき、一匹の小さな羽虫がネアの方に止まり、水着の肩の部分に潜り込もうとしだした。
「こんな時に」
ネアは肩口をずらして虫をつまみ上げると投げ捨てた。
「!」
この一連の動作でネアは何かを閃いた。
「そうか、その手があった」
ネアは水着の股間の部分に手をかけるとそれをずらした。これにより、当面の問題は回避された。
【泉の時と比べると、随分と慣れてきたものだ・・・】
人とは環境に慣れていく生物なのであろう。ネアも例外ではないということである。そして、一息ついた時、何かの気配と、マーケットで嗅いだいやな臭いが漂ってきた。
まだ、少し残っていたが、お構いなしに立ち上がる。明らかに人の気配を感じる。ネアはその場から脱兎の如く駆け出した。その動作はすぐ背後でガサガサと藪を裂いて人が動く音で正しかったと分かった。が、それはどちらかと言えば間違いであったほうが良いものであるとネアは駆けながら思った。足をもつらせながら懸命に池のほとりに向けて走る。背後から大人、しかも男のものである足音と息遣いが少なくとも二人以上感じられる。いやな臭いはますます強くなってきて、むせ返りそうになってくる。
「助けて・・・」
池のほとりに出たとたんに声を上げたが、それと同時に落ちていた枝に足を引っ掛けて思いっきりこけてしまう。何とか受身を取りながらゴロゴロと前転する要領で大地からの攻撃をいなしつつ、振り返ると、そこには黒い覆面・・・、紙袋に眼の所だけ穴を開けたようなヤツを被った引き締まった体つきの男が3名いた。その内の一人が素早くネアの体をつかもうと手を伸ばしてきた。
「くっ」
ネアはそのてを躱そうと身をよじった時、伸ばされた腕が止まった。
「何をしているっ!」
バトが仁王立ちで男達をにらみつけていた。そして、伸ばされた手には小さなナイフが深々と突き刺さっていることにネアは気づいた。男達の動きが止まった一瞬の間にネアは走り出してバトの背後に隠れた。
「こんな昼日中から、小さな女の子を追い回すとは、貴様ら、変態だな」
ネアが自分の背後に隠れたことを確認するとバトは男たちをにらみ付けながら抜刀した。しかし、ビキニ抜刀するエルフの姿はどこかのありふれたファンタジーモノのゲームのパッケージを思わせるような風景であった。しかし、現実はそれほどにこやかなものではなく、男達も黙って抜刀した。
「その子に何かあると、ボクが怒られるんだよね」
抜刀した男達の背後で呑気そうな声が響いた。男達はあわてて振り返ると斧を構えたルロを従えたご隠居様がにこやかに立っていた。
「こういうことをするってことは、それなりに覚悟しているんだよね」
挟まれた形になった男達は素早くその場で互いに背を向けあい小さな円陣を作った。その動きは統制されており、それなりの訓練を積んだ者たちであると思われた。
「こんなに早く食いついてくれるなんて、ここの魚より良いね。ネアはラウニとフォニーと一緒に馬車の所でじっとしていなさい。心配はいらないよ」
ご隠居様は、呆れたような口調で男達に語ると、ネアに微笑みながらこの場から避難するように伝えた。
「この不埒者だが、バトさん、ルロさん、こらしめてあげなさい」
騎士団員の2人は「はっ」と応えると男達にゆっくりと武器を構えて近づいていった。ビキニスタイルのエルフ族とドワーフ族と言う珍妙な取り合わせ、そして丸腰のご隠居様、男達は自分たちが負けるとは微塵も思わなかった。
「ーっ!」
近寄るバトになぎ払うように剣を一閃したが、その剣は何も捉える事はなかった。そのかわりに、強烈な衝撃が剣に伝わってきた。バトは素早く繰り出された剣を自らの剣で叩きすえその男の体制を崩した。その隙に一気に間合いを詰めて柄頭で覆面を殴りつけた。
「余所見はダメだよ」
柄頭で殴られた男に気を取られた、覆面にルロが斧で切りつけるのではなく、突きを入れた。残りの一人は駆け出すと丸腰のご隠居に大上段から切りかかった。が、ご隠居様は身を低くすると素早く相手の懐に飛び込み、相手の勢いを利用して投げ飛ばした。ほんの一瞬で3人が戦闘不能に陥ってしまった。覆面の下からボタボタと血を落としながら男達はゆっくりと後ずさりし始めた。投げ飛ばされた男もヨロヨロと立ち上がると他の2人に倣って後退を始めた。逃げようとする3人に切りかかろうとするバトとルロに
「今日はここまでにしてあげなさい。お前たち、二度とこの子たちに手を出すんじゃないぞ。そのことをお前たちの親玉にも伝えておけ」
ご隠居様は騎士団員に剣を収めさせて下がらせると
「よくやったね。今度、食事を奢るよ」
と2人の肩に手をかけた。襲って来た男達はそんなご隠居を一瞥することも無くもつれる足で走りながら林の中に消えていった。
「あの程度でよろしいのですか?」
ルロがご隠居様を見上げて不思議そうな表情で尋ねた。
「物理的に二度と手を出せないようにすることもできましたが」
バトも不思議そうにたずねてきたが、それにご隠居様は笑いながら
「次の手は打ってあるから大丈夫、ネアたちに安全になったと伝えてやらないとね。それに、お腹も空いたから、弁当を食べないかい」
2人ににこやかに語りかけながら、肩にしていた手をそっと下にろしてお尻を触ろうとしたが、それ以前にさっさと2人の騎士団員は後隠居様から身体を離して馬車に向かって歩き出していた。
「もうちょっと、愛想があっていもいいのに」
ちょっとつまらなそうにご隠居様は2人の後をついて行った。
アレだけの騒ぎになっていたのだが、不思議なことにラウニとフォニーは気づいておらず、ネアが声をかけるまで魚を追いかけていたのであった。その後のお弁当に新鮮な焼き魚が追加されたことは彼女らの働きによるところであった。
ご隠居様は、某国民的な時代劇のあの方みたいになっています。しかし、縮緬問屋の隠居を名のることはありませんし、髭も生やしていません。バトもルロもその手代とは名乗りません。風車の人は・・・。この人に諸国漫遊させるのもいいかなとか思ったりしていますが。本筋からますます遠ざかるので暫くはこのままでしょうね。
駄文にお付き合い頂いた方に感謝します。