305 雰囲気
中々、定期的にUPできず、UPの間隔も開いていますがけっしてエタっているのではありませんので、引き続き生暖かく見守って頂ければ幸いです。
「気持ち悪い・・・」
「私、もう飲むなと言いましたよね」
青い顔をしたバトは今にもリバースしそうな状態でその横を歩いているルロが呆れたように見つめた。
「あんなにいいお酒なんて、なかなか飲めないから、ドワーフ族なら分かるでしょ」
バトは恨みがましい目つきでルロを睨んだ。そんな視線にルロはたじろぐことはなくため息をついた。
「アレは確かにいいお酒です。でも、蒸留酒、あれのアルコールなんて常に私たちが口にしている葡萄酒の何倍もあるんですよ。それをあんなに飲めば、こうなることは分かるでしょ。お酒は味わって飲むもの、流し込むものじゃないんです」
「ドワーフ族にお酒の飲み方で説教される日が来るなんて・・・」
エルフ族の矜持があるのか、バトはがっくりと肩を落としていた。
「寿命が長いんだから、私らよりもいいお酒に巡り合う機会は多いでしょ。長命種なのに・・・」
顔色の悪いバトをしげしげと見ながらアリエラがため息をついた。
「いい物はその時に味わないとさ、次なんて何時になるか、次があるのかすら分からないんだから、寿命は関係ないよ」
バトはこみ上げてくる朝食を押さえながらアリエラに自分の行動の正当性を説明した。しかし、アリエラからは冷たい視線を返されるだけだった。
「素敵なモノは見つけた時に手に入れないと・・・、痛っ」
バトはアリエラたちに何とか自分の思いを知ってもらおうと力説している時、生暖かい壁のような物にぶつかり小さな悲鳴を上げた。
「逆らわなきゃ、命まではとらないぜ。ま、とる前に思いっきり楽しませてもらうがな。ん? 」
傷の大男は背中に衝撃を受けさっと振り向いた、そこには俯いて頭を抱えている若い女の姿があった。
「何してくれてんだーっ」
大男は大声を上げるとその女性の肩を掴んで己に正対させた。彼女は彼の声に何も言わずただ俯いているだけであったが、彼の目は彼女の特徴的な耳を見落とすことがなかった。
「エルフ族か、いい女じゃねぇか。俺にぶつかった詫びとして付き合ってもらうぜ」
彼はぶつかってきた女性が思いのほか美人だと認識した。そして、己が欲望を隠すことなく、素直に列状のまま行動することにした。彼は彼女を抱き上げ、じっと顔を見つめ、思いのほかいい女だと思い、今日の運勢に感謝した。
「バト、助け・・・、え? 」
大男に抱き上げられたバトを助けるため飛び出そうとしたアリエラの肩をルロが掴んだ。
「あの程度にやられるバトじゃないですよ。それに、エルマさんと剣精様が居られるから、大丈夫だと思います・・・? 」
「落ち着いて考えれば、バトがやられることはないよね。あそこにいる連中全員相手にしても余裕で勝てるもんね。多分」
ルロとアリエラは大道芸を見るような気分で抱きかかえられたバトを眺めていた。
「面はそこそこいけるじゃねぇーか。もうちょい肉付きが良いと言う事なしだがな」
大男は抱き上げたバトの顔面をじっくり見ようと彼女の顔を自分の眼前にぐっと近づけた。
バトは目の前の男と闘うより先に、己の吐き気と闘っていた。シモエルフを自称していても流石に衆人環視の中で小間物屋を開店するのは躊躇っていたからである。
「うぷっ」
大男に抱きかかえられた時、彼女の戦いは既に決していた。胃の中の朝食の成れの果てが逆流することを彼女は止めることができなかった。
「ぎゃーっ」
大男が悲鳴を上げた。じっくり顔面を鑑賞し、その唇でも奪おうかとした時に、その愛らしい唇から甘い吐息ではなく、酸っぱい臭いの名状し難き物体が破裂音と共に吹き出し、それを顔面に浴びてしまったからである。
「何てことをしやがるっ」
大男は大声で叫ぶとバトを力いっぱい投げ飛ばした。
「うぷっ」
彼女は空中を漂いながらもさらにこみ上げてくるものと闘っていた。安全な着地のための体勢を整える事はそれ以前に片付いていた。
「ダメ・・・」
きれいに着地したバトはその場で蹲って第2派を石畳の上にぶちまけていた。
「く、口の中に入ったーっ」
大男は悲鳴に近い声を張り上げ、顔面に吹きかけられた名状し難きものを振り払おうと顔面を掻きむしるように手で拭いていた。
「この女郎、何てことをしてくれやがった。しっかり落とし前・・・」
大男が怒りの形相を隠すことなく爆発させ、怒声を上げ腰に佩いた段平状の、既にバトの姿は彼が投げ飛ばした場所に無く、その姿は彼女が汚した彼の胸元に迫っていた。
「ごめんねー」
バトが吐しゃ物で汚れた口で形だけの謝罪を呟くと逆手に持った短剣の柄で大男の顎を下からかち上げた。
「ぶっ」
大男は妙な声を上げ、そのまま倒れてしまった。彼の後頭部が石畳を強かに打ち付けられ気持ちのいい音がしたがバトは全く気にする事はなかった。
「バト、見事な体さばきだった。だが、これは頂けないな」
青空を白目で眺めている大男の吐しゃ物だらけの顔面を見下ろしてエルマはため息をついていた。
「コイツの配下共はこの有様を見て、逃げ出したようじゃな。つくづく人徳がある奴じゃ」
ラールが視えぬ目で辺りをさっと見回して面白そうに声をだした。
「ゲロと打撃の二段攻撃って、なかなかエグイよ。精神と肉体を同時に攻撃したんだから」
口の周りをハンカチで拭っているバトにアリエラが生暖かい視線を投げかけながら苦笑していた。
「二日酔いで苦しんでいる所にあんなことされたら、誰でもこうなるよ・・・」
バトはむっとした表情を浮かべ、己の正当性を訴えようとした。
「こんなになるまで飲まないのが普通です」
しかし、ルロにぴしゃりと言われて黙ったまま俯いて、襲い来る吐き気と闘いだした。
「誰かが暴れたんでしょうか」
ひどい臭いをさせた大男が荷車に乗せられ何処となく運ばれて行くのをみたラウニが少し表情を曇らせた。
「酷いやられようだね。前歯がいかれているよ」
運ばれる大男を見送りながらフォニーが少し同情の気持ちを込めて呟いた。
「物騒になってきましたね」
ネアがうんざりした気分でラウニたちに話しかけると全員がじっとネアを見つめた。
「ケフの凶獣が言っても説得力がありませんね。何かとトラブルの中心にいるように見えますからね」
「どこの世界に自ら殿を買って出る侍女見習いがいるんだって話だよ」
ラウニとフォニーは物騒な事を起こしている張本人のように言われ、ネアは少し頬を膨らませた。
「ネアはどこか武闘派の臭いがするんだよね」
ラウニたちの言葉を受けてホレルが納得したような表情を浮かべていた。
「私は、至って普通の猫族の女の子ですよ」
ネアはふくれたままぶっきらぼうに答えた。
「お前たちも来ていたのか。楽しんでいるか? 」
ネアたちが端切れなどを扱う露店が連なっている通りに行くとラールを連れたエルマが声をかけて来た。
「はい、楽しんでいます」
ネアたちはその場で気をつけの姿勢を取ってエルマに応えた。
「よろしい、くれぐれもトラブルは起こさないように。起こしても、綺麗に片づけなさい。間違っても相手を汚物まみれにするようなことはないように」
エルマはちらりと横目でバトを見ながら、あてつけるようにネアたちに注意を促すと青い顔をしたバトを残してその場から立ち去って行った。
「さっきのヤツ、やったのはバトさんですか? 」
気分が悪そうなバトにネアは恐る恐る尋ねると彼女はゆっくりと首を縦に振り、小さくえずいた。
「・・・いきなり抱き上げられて、でパーンとやっちゃったんだよね・・・」
バトは言葉少なに自分がしでかしたことを、顔をしかめながらネアに説明した。
「ゲロと打撃の二段攻撃、エグイかったよ」
「精神と肉体にダメージを与える恐ろしい攻撃です」
アリエラとルロがバトの戦い方を茶化しながら讃えていたが、二日酔いのためかバトの反応は薄かった。
「やろうと思って出来た訳じゃないよ」
えずきながらもバトは狙ってやったわけではないことを力説した。
「体調が悪くても動けるなんてすごいですよ」
ネアは辛そうな表情を浮かべているバトをまっすぐに見つめた。その視線に気づいたバトは少し表情を和らげた。
「これも日ごろの鍛錬の成果ってヤツね」
バトは色艶が悪い顔に笑みを浮かべてちょっと姿勢を正した。
「あの程度に手子摺るなら、最初からやり直しです」
「秒殺できていなかったら、エルマさんから何をやらさせるか分かったもんじゃないよ。アンタだけじゃなくて、こっちも巻き添えを喰らうんだから」
ルロとアリエラはほっとしたような表情を浮かべていた。
「二日酔いで秒殺を求めるのがケフ・・・」
バトたちのやり取りを聞いていたデニアが驚いたような呆れたような表情でポツリと呟いた。
「あのエルマさん、スタムの郷の騎士団長より強いよ。と言うか、スタムの鉱山の荒くれ者なんて瞬殺されちゃうよ」
ホレルもエルマたちの異常性に肩をすくめていた。そして小さなため息をついた。
「それなのに、工房で作られる服は最高。それを手伝っているのが戦闘民族だなんて変わっているよね」
ホレルはしみじみとケフが他の郷からかけ離れていることを感じていた。
「夏服の材料を探す。後で皆で融通できればデザインの幅が大きくなると思う」
デニアはネアたちに言うと辺りを獲物を狙う肉食獣の目で探りだした。
「柄や色も大切だけど、布地そのものが重要だからね。見た目で誤魔化されない、これも良い鍛錬になるよ」
ホレルがお針子の先輩として、ニコニコしながらネアたちにアドバイスを与えてきた。
「尾かざりで培ったフォニーさんの目利きを発揮する時が来たね」
フォニーが上機嫌になっているようで、彼女の気分を表すように尻尾もゆらゆらと揺れていた。
「流石、繊維の郷だね。お手頃価格でこんなに手に入るなんて。あー、ケフに産まれたかったよ」
ホレルは大量に買い込んだ端切れや糸、ボタンなどを巨大な袋に詰め込んで、年末にあちこちに出現する赤い衣装に髭のおっさんのように見えた。
「ホレル、お手当ほとんど使ったみたい。私も人のことは言えないけど」
デニアも嬉しさを隠せず、いつものポーカーフェースでありながも尻尾をパタパタと振っていた。
「お館に帰ったら、皆で戦利品を見せあいましょう」
大きな包みを抱えたラウニがワクワク感を隠すこともせずにお館の方向に目を向けた。
「作業をはじめたら、この時の高揚感が恨めしく感じると思いますよ」
ネアも大きな包みを手にしながら複雑な表情を浮かべていた。
「ネアは後ろ向きだね。ここは上手くいくイメージを持たないとダメだよ」
ネアの心配をホレルは笑い飛ばすと、彼女の背中をトンと叩いた。
「ケフの凶獣らしくないよ」
フォニーがニヤニヤしながらネアをからかうと、ネアむすっとした表情を浮かべた。
【子供の言葉にムカつくなんて・・・】
ネアの中のおっさんは苦笑していた。そんな中、ネアの裾をそっと引く者がいた。
「一緒に頑張って作ろ・・・です」
そこにはネアを見上げてるティマの姿があった。その姿を見たネアは思わずティマを抱きしめたくなった。
【アリエラさんがあんな風になるのが分かるような気がする】
ネアはアリエラの姿をちらりと横目で見て小さく頷いた。
「私たちはもう少しお買い物をして帰りますけど、貴女たちはもう帰った方が良いですよ」
日が傾きだしたのを見たルロがネアたちにお館に戻るように促してきた。
「今から帰って着替えたら丁度ご飯の時間だよ。おかしなのに絡まれるの嫌だし帰ろうか」
フォニーが空を見上げて少しばかり名残惜しそうに口にした。その言葉にネアたちはそれぞれ頷いたり、賛同の言葉を口にした。
「・・・今日のマーケットは何か騒がしかったですね」
お館へ今日の戦利品を大事そうに抱きかかえているラウニがマーケットの今日のマーケットの雰囲気を思い出しながら呟いた。
「鉄の壁騎士団の人や警備の傭兵の人が走り回っていたよね」
「殺気立っていた」
「スタムの酒場か賭場みたいな感じだったね」
フォニーの言葉にデニアとホレルがその通りだとばかりにマーケットの空気を思い出して口にした。
「流れ込んできた人たちの中に困った人が混ざっているからねー」
「街の空気が悪くなってきているように思いますからね」
フォニーとラウニも最近の街の雰囲気について思う所があったようで、表情が陰った。
「荷物と有り金全部、置いて行ってもらおうか」
いきなりネアたちに声をかけて来る者がいた。ネアは声の咆哮を見ると様々なサイズの鼠族の男たちがずらりと並んでいた。
「囲まれましたね」
ラウニが小さな声でネアたちに警告を発してきた。ネアは耳を素早く動かし、ラールから教わった気の読み方を真似しながら周囲の気配を探り、気づいた人数を口にした。
「数は11、前に7、後ろに4ですね」
「前は私とフォニー、後ろはネア、ホレルさんとデニアさんの護衛はティマ」
ネアの言葉を聞いたこラウニは荷物をそっと足元に置くとポケットに手を入れカイザーナックルを装着すると手を出さず、ネアたちに指示を出してきた。
「了解」
「合点承知の助」
「分かった」
ネアたちは素早く自分たちの獲物を構え、臨戦態勢を取った。
「ふん、ガキでも牙を剥くのか。お、お前は昼間、仕事の邪魔をしてくれたガキじゃねぇかよ。お前のせいで兄貴が・・・」
昼間、騒ぎに乗じて屋台で万引きを使用していた連中らしく、声をかけて来たのは壺を盗もうとしたヤツの弟のようだった。彼は恨みがましい目でネアを睨みつけていた。
「アンタの兄貴だかなんだかが、どうなろうとこっちの知ったことじゃありませんよ。自業自得ですよ。その責を私に求めるってのはお門違いも甚だしいですよ」
ネアはシャフトを構えながら小馬鹿にしたように鼠族の男たちに言い放った。
「ごちゃごちゃ鬱陶しいガキがーっ」
兄貴分を逮捕された鼠族の男が一声叫ぶと彼らは一斉にネアたちに飛び掛かった。
「腹が空きやしたよー」
ハチが自分の先を行くご隠居様に情けない声を出した。
「さっき、屋台で散々食い散らかしていただろ。もうすぐ、館だよ。それまでの我慢だ」
ご隠居様は供をしているハチに呆れたような声をかけ、苦笑を浮かべた。
「マーケットで食い散らかして、散財した挙句、ボクに集ろうとして付いてきたものの、ボクは館に帰る途中で、奢ってもらうこともできず、空腹を訴えて何かをおごってもらおうとしているんだよね」
ご隠居様はため息交じりにハチの行動原理を推理したことを話した。
「ご隠居様、魔法でもお使いになられんですか? あっしの心の中をお読みになられたのですかい? 」
ハチが魔法にかけられたような目でご隠居様に聞いて来た。それを聞いたご隠居様は大きなため息をついた。
「今までのハチの行動を知っていれば、ティマでもボクと同じことを言うよ」
「ティマの姐さんも魔法が使えるんですやんすね」
ハチはご隠居様の言葉に驚いたような声を上げた。そんなハチの答えにご隠居様は頭痛を覚えたのか目頭に手を当てていた。
「! 」
「ハチ、急げ! ボクも追いかける」
「合点」
ただならぬ怒声を聞いたハチとご隠居様は互いに目を交わすと速やかに行動にうつった。
「1人で4人の大人を相手するとは、キツイ」
力任せに打ち込まれる拳や棒切れを交わしながらネアは舌打ちをしていた。それぞれの攻撃は多少喧嘩慣れしている程度でエルマやラールに扱かれているネアにとって苦にはならなかったが、4人を同時に相手にすることは簡単な事ではなかった。1人を躱すと死角から攻撃が入ってる、それを何と躱すとさらに次の攻撃が入って来る、これの間断のない繰り返しであった。この事は2人で7人を相手にしているラウニとフォニーについても同じだった。
【殺さずに片づけるのは不可能かな・・・、このままじゃ時間の問題だよ】
ネアは襲ってくる相手を牽制するための突きを繰り出しながら内心焦っていた。
「うぉっしゃーっ! 」
いきなりの大音声とともにネアの目の前にいた鼠族の男が横に吹っ飛んでいった。
「え? 」
「姐さんたちに不埒を働こうなんざ、お天道様が許してもこのハチが許さねぇ」
鼠族の男を殴り飛ばしたのはハチであった。彼は大声で吠えると、そのまま先頭に加入していった。彼は空腹もあって非常に機嫌が悪くなっており、これは鼠族の男たちに悲劇をもたらすことなった。
「なんだよーっ」
襲撃者の1人がハチの頭に棒切れで一撃を入れたが、彼は何も感じないようでジロリと殴った相手を睨みつけると無言で顔面に拳をねじ込んだ。
「よそ見はよくないよ。ハッちゃん後は任せた」
ネアはハチの乱入に驚いて手を止めた男の鳩尾にシャフトをねじ込み動きを止めると苦戦しているラウニとフォニーの元に走り出した。
「すぐに行きやすよ」
ハチはあまりのことにビビッて動きが止まった襲撃者の顔面を片手で掴み、持ち上げるとそのまま石畳に叩きつけた。
「ハチは随分と気が立っているようだね。彼らが気の毒だよ。この辺りでこの調子だと・・・、裏は随分と派手な事になっているな」
暴れるハチとネアたちを眺めながらご隠居様は深いため息をついた。
ケフの郷に追われてきた人たちが流入してきています。その中には歓迎できない連中も少なからず居り、ケフの治安は少しずつ悪くなっていっています。治安を担当する鉄の壁騎士団は取り締まりを厳しくしていくようです。勿論、それ以外の組織も同じです。
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