304 役割
UPが不定期になりつつありますが、何とか続けていく所存です。
退屈な時の時間つぶしになれば幸いです。
「俺は南から逃げてきたんだよ。お前ら真人に追われてな。真人のせいでエライ目にあったんだ。だから、真人として俺に償え」
みすぼらしい形の鼠族の男が真人の男の屋台の前で大声を上げていた。
「俺は、慈善事業をしているんじゃねぇよ。銭が無ければさっさと行け。商売の邪魔だ」
真人の店主は鼠族の男を怒鳴りつけた。そんな店主の態度に鼠族の激昂した。
「俺は、お前ら真人に何もかも奪われたんだ。悪いと思うなら飯をよこせ」
「思わねぇよ」
怒鳴りつける鼠族の男に店主は怒鳴り返した。互いが睨みあい、一触即発な状態になっていた。
「面倒くさいのに目をつけられたみたいだねー」
ホレルが揉め事の場面を醒めた目で見ながら呆れたような声を出した。
「ミエルちゃんやティマちゃんも・・・、ティマちゃんはまだ小さいのに、家族を失っても毅然としている。いい大人の男が恥ずかしいと思わないのでしょうか」
デニアが嫌悪の表情を浮かべていた。その横でティマが軽蔑の眼差しで鼠族の男を見つめていた。
「あんなのになりたくない・・・です」
彼女は吐き捨てるように呟いた。ネアは彼らの一連のやり取りをじっと見ながら、辺りに注意を払った。
「おじさん、お代は払ったのかなー? 」
鼠族の男と店主のやり取りに気を取られている陶器を扱っている露店からカップをそっとくすねようとしていた鼠族の男の手をネアは掴んでにこやかに尋ねた。
「黙れ、このガキっ」
値段の張りそうな壺を片手にした男はネアの腕を振りほどくと、大きく振りかぶってネアの顔面に拳を叩き込もうとしてきた。
「ーっ」
ネアは男から少し体軸をずらすと、男の懐に飛び込み、その勢いのまま彼の鳩尾に叩き込むように拳をめり込ませると、さっと飛び退いた。
「うげっ」
男は呻くとその場に跪くと、口からさっき食べた物のらしき物体をぶちまけた。
「商品を盗もうした挙句、店の前で小間物屋を開くのか。嬢ちゃん気づいてくれてありがとよ」
陶器屋のおやじは蹲る男の襟首をぐっとひっつかむと、男が吐き散らかしたモノに顔面を押し付けていた。
「てめぇ、勝手になにやってんだ」
「泥棒だっ」
陶器屋の前での騒ぎに、はっとした露店の店主たちが目の前で繰り広げられている窃盗に気付き大声を上げていた。
「逃げるなよ」
周囲の状況悟った鼠族の男は急に踵を返して逃げ出そうとしたが、彼の良く手にブレヒトが立ち塞がった。
「ガキがっ」
鼠族の男はブレヒトを殴り飛ばして逃走しようと考えたようであるが、彼の拳が届くことはなかった。
「黙れっ」
ブレヒトは伸ばされた男の腕を取ると、素早く身体を捻って肩の関節をキメて、その場に倒れ込ませてしまった。
「ブレヒト、こっちも確保したぞ」
「こっちもだ」
ブレヒトを中心にあちこちで彼の仲間たちが声を上げていた。
「手の空いている奴は騎士団を呼んで来い。多分、こいつらの仲間がいるぞ、縛り上げたら周囲を警戒だ」
ブレヒトたちは手際よく窃盗犯たちを縛り上げて行くと、彼らを引っ立てた。
「どんどん強くなってますね」
そんな彼らをラウニは嬉しそうに眺めていた。
「強いですね」
ネアは彼らが思いのほか強かな事を目の前で繰り広げられた一連の動きで思い知った。彼らの強さは定められた場での一対一の戦いでは発揮されない。不特定多数に対して急襲する際の連携が彼らの強さなのである。どんな連中にも死角はある。それを彼らは見逃さず、そこから仕掛けてくる所が彼らの強力な武器なのである。
「街中で挑まれたら負けちゃうよ。多分」
フォニーはちょっと悔しそうにこぼした。
「貴女の仕事は騎士みたいなことをする事? 私は貴女たちをお針子として見ているけど」
デニアは常に手入れを怠らない自分の肉球を見つめながらフォニーに尋ねた。
「うちはそのつもりでいるけど、でも、このケフを守りたいって気持ちもあるんだよね。うちらが奥方様のお手伝いできるのも、こうやってどこのお店でも買い物ができるのもケフあってこそだから」
フォニーはデニアの肉球に比して少しばかりがさついている自分の肉球をじっと見つめた。
「私たちは、それぞれの事情がありますが、皆、お館様に命を拾われました。私たちの命はお館様に預けていると私は思っています。だから、お針子の仕事も大切ですけど、お館様とご家族のためにこの身があると思っているんですよ」
ラウニが自分の胸に手を当ててにっこりしながら話し出した。その表情には悲壮さはなく、その立場に自分があることを誇らしく思っているようだった。
「そうだよね。それぞれ主に対しての思いは違うよね。やりたいことをさせてくれるうちのお館様には感謝しかないよ」
ホレルはラウニを見て頷いていた。彼女からするとラウニたちが背負っているものかとても重いように感じられるようだった。
「そんなに堅苦しい感じじゃないんです。私たちは皆、お館様とご家族のことが大好きなんです。だからこそ、大好きな人を守りたいって気持ちがあるんですよ」
神妙な表情を浮かべるホレルにネアは明るく偽りのない本心を話した。
【忠犬ならぬ、忠猫だな】
彼女は内心自らを苦笑しながらも、その立場にある自分のことを気に入っていた。
「また、移住者か・・・」
マーケットの中に儲けられた鉄の壁騎士団の警備本部の中でヴィットは仮面の奥の表情を歪ませていた。
「マーケットでの揉め事も最近増加傾向にありますから」
警備にあたっている狸賊の隊員がため息をついた。毎週ごとのマーケットでは日を重ねるごとに揉め事が増えていた。それは、真人、穢れの民構わず、着の身着のままで南方から流れてきた連中が喰いあぐねての犯罪が多く、中には看過できない組織犯罪も少なからずあった。
「正義の光の馬鹿どもが動いていないだけでもマシか・・・。アイツら以外ならやり様がある。こいつらは奴らと遣り合うまでの練習だと思え。例え食い逃げでも容赦するな。逆らうなら躊躇わずに身体にケフは犯罪者に厳しい所だと刻み込んでやれ。遠慮することはない、今日はマーケットだ。我々の行動も大盤振る舞いと行こうじゃないか」
警備本部の中をヴィットの咆哮が貫いた。その声に鉄の壁騎士団員たちはその声に応ずるように咆哮をあげた。その声に連行された犯罪者たちは己の身の先を真剣に案じだした。
「ネアに絡んで来るのがいないね」
フォニーがどこか寂し気にネアに言ってきた。ネアはそんなフォニーに軽くため息をついて答えた。
「平和が何よりです。私は平和な一介の小市民なんですから」
「ケフの凶獣の言葉とは思えませんね」
ネアの言葉にラウニはクスクスと笑い声を上げた。
「そだねー、あたいもそう思うよ。ドワーフ族のあたいより荒事に向いているみたいだもんね」
「その上、お針子として指先にも気を付けている。殴る時も指を痛めない様にしているから」
ホレルとデニアがラウニにつられて笑いながらネアに話しかけた。
【ホレルは彼女らしいけど、デニアはしっかり見ているんだな。流石、傭兵の郷ミーマス出身者だな】
ネアが拳を使う際には、意識せずに指を痛めないしていることをデニアはしっかりと見ていたことに彼女は静かに感心していた。
「そりゃ、この指先が無ければ、お仕事ができませんからね」
ネアは肉球の付いた掌を開いたり閉じたりして、未だにどこかに残っている違和感を探していた。
【この身体に馴染んできた・・・】
最近は肉球の付いた掌も、尻尾の感触もすべて自分の身体だと自然に認識できるようになっている。子孫繁栄に関する事項についてはそうではないが。
「今日は、これからの季節に合った涼しい感じの服を探そうかしら」
ラウニが照り付ける日差しを黒い手で防ぎながら辺りの露店を見回して独り言のように言った。
「それいいね。うん、うちらも夏服をさがそうよ」
「かわいいの欲しいな」
「・・・」
ラウニの発案にフォニーが喰いつき、ティマも乗り気だった。こうなったら自分には選択肢は何も残されていない、彼女は助けを求めるようにホレルとデニアに視線を向けた。
「お針子なら吊るし物は手にしない。自分で作る」
「ここは布地にいいのが多いからね。自分用だから一巻もいらない、大きな端切れがあれば何とかなる。ボタンもたくさんある。良い物が作れるよ」
彼女らはラウニの言葉に異を唱えた。ネアたちはどこか見習い、お手伝いの意識があり、自分たちをお針子とは思っていなかった。どちらかと言うと針仕事ができる侍女見習いと認識していた。だから、吊るし物の服を買う事に何の抵抗も感じていなかった。
「お針子・・・」
ネアは世間一般的に見れば、自分たちは侍女よりお針子に近い存在なのではないかと思い出した。
「うーん、うちら次女だと思ってたけど。やっていることと言ったらお針子仕事だから・・・」
「私たちは侍女じゃないのでしょうか」
フォニーとラウニが互いに見合って真剣な表情になっていた。
【このままじゃ、アイデンティティの崩壊につながってしまう。何とかしないと・・・、俺も今、自分を見失ってしまわないようにするのに精一杯なのに】
ネアは真剣な表情になっているラウニとフォニーを見つめながら何とかできないかと手を探っていた。
「良く分からないけど、ラウニお姐ちゃんはラウニお姐ちゃんだし、フォニーお姐ちゃんはフォニーお姐ちゃんだし、ネアお姐ちゃんはネアお姐ちゃんだよ・・・です」
ネアが何とかしようと頭をひねっている時、ティマが声を張り上げた。その声に、ラウニとフォニーははっと我に返った。
「侍女だろうとお針子だろうと私たちの在り方に変わりはありません」
「うちはうちだからね」
「私は私以外の何者でもない。それ以上でも、それ以下でもない」
ネアたちはそれぞれ自分に言い聞かせるように言うと、頬を叩いたりして気合を入れた。
「イケナイ事言ったのなら謝る。ごめんなさい」
「まさか、そんなに深い事になるなんて思わなかったんだよ。ごめん」
自分たちの言葉によって目の前でアイデンティティが崩壊しそうな現場を目撃したホレルとデニアは顔色を失っていた。
「気にしなくていいですよ。いつかは乗り越えなくてはならない事なんですから」
ネアは無理やり笑顔を作って安心させるようにホレルとデニアに言った。
「私は私」
「うちはうち」
ラウニとフォニーはブツブツと自分に言い聞かせるのに忙しい様でホレルとデニアの言葉は耳に入っていないようだった。
「フォニーちゃん、端切れを売っている所はどこかなー」
何とか空気を変えようとホレルが引きつった笑みを顔面に貼りつかせながらフォニーに話しかけた。
「あ、え? なんの話? 」
フォニーはホレルにきょとんとした表情で尋ねていた。
「端切れを売っている所ってないかな? 」
ホレルは改めてフォニーに尋ねた。フォニーはその問いかけに眉間に黒い指をあて、軽く目を閉じて小さく唸った。
「え、端切れ? この通りは食べ物だから、衣料や布地はもっと西側だよ。ここからはそんなに遠くないと思うよ。布地とかは職人ばかりだから人もここほど多くないから」
フォニーははっと我に返ると慌ててホレルに彼女が買いたい物がある方向を指さした。
「自分で自分の服を作る。いい練習になりますね。行きましょう。フォニー、お願いしますね」
ラウニもやっとこっちの世界に戻ってきたようで、ネアたちに声をかけるとフォニーに案内するように声をかけた。
「フォニーさんに任せておいて、間違いはないよ」
フォニーは自らの胸をトンと叩くと皆を案内するように歩き出した。
「今更、パンツですか・・・」
ラールに己が肘を掴ませてマーケットに連れてきたエルマが他銘交じりに呟いた。
「あの様な無粋なモン、本当はは身に付けたくはないのじゃ、が、ディグ殿にふしだらな女と見られたくないのじゃ」
ラールは少し顔を赤くして、恥ずかしそうに言うとエルマの脇腹をつついた。
「お師匠様、その気持ちを後数十年早くお持ちになっていれば随分と生活も変わっていたと思いますよ」
エルマは半ば呆れつつ、師匠であるラールをちょっと大人な下着を扱っている露店へと案内した。
「こういうのは、バトが詳しいと思うんですけど・・・」
「あ奴に頼めば、パンツ本来の働き以外に重点を置いた物を選ぶに決まっておる。そこで、つまらん・・・、常識を弁え者であるお主に頼んだのじゃ。淫らな女と思われとうないのじゃ」
小柄なラールが顔を上げてエルマにちょっと恥ずかし気に説明した。
「はぁ、今更ですか・・・」
エルマはラールの説明を聞いてため息をついた。
「なんじゃ、その面は。礼として飯は奢るぞ」
ラールはちょっとむっとした表情を浮かべていた。
「お言葉ですが、私の今の表情が分かるんですか? 前から不思議に思っていたんですよ」
「ふん、例え目が利かんでも、声、気の流れ、身体の動きで分かるぞ。お主がいつも仏頂面を張り付けておることもな。・・・元が良いのに、勿体ないことじゃ。抱えていることがあるとは言えな・・・」
不思議がるエルマにラールはつまらなそうに答え、そして心配そうな表情を浮かべた。
「あの事については、決着がついている事です」
「・・・そうなら良いのじゃがな。無理はするな。心を開放することも必要じゃぞ」
決意しているようにじっと前を向いてぴしゃりと言い退けるエルマにラールは心配そうな表情を浮かべた。
「右見ても左見ても尻尾に毛皮、時々ちんちくりんか・・・」
ボサボサ頭に年月の汚れをあちこちに付けた服を着た30歳前後の傭兵の男がつまらなそうにぼやいた。
「あのまま居たら、俺たちまで飯の食い上げになっちまうからな」
ボサボサ頭の横の長身、長髪の男がうんざりしたような表情を浮かべた。
「穢れの連中相手専門に仕事をしていたのが仇になっちまった」
ボサボサ頭はため息をついた。彼らは割と穢れの民に対する風当たりの強い南方で穢れの民の商人の護衛などで生計を立てていた。当初、穢れの民の依頼を主として受ける者はあまりおらず、目の付け所が良いと自分たちも思っていたが、妙な鎧の連中がウロウロしだして、穢れの民を追い払うと自ずと仕事が減り、気づけば食うにも困る体たらくとなっていたのである。
「でもよ。ここは、穢れの連中が多いから依頼主を選ばなきゃ仕事はあるさ。南は入って来る連中もまだまだ少ないからな」
「空き店舗を警備するようなモノ好きはいないもんな。でもよ、綺麗どころがすくないよな」
長髪の男の言葉を受けてボサボサ頭はつまらなそうに頷いたが、周りを見回してため息をついた。
「お前の言うとおりだよ。仕事があっても真人の女の数が少ないのはなー」
彼らは善良な傭兵ではなかったが、悪辣な傭兵でもなくごくごく普通の傭兵であった。そして、肝心な腕の方も普通であった。ただ、少しばかり下半身の意見を聞きやすい体質だった。
「この辺りですね」
「儂に似合いそうな物を5つほど見繕ってくれ。清楚なモノで頼むぞ。ディグ殿はどうも慣れておらないようでな」
「それはお師匠様もでしょ」
そんな彼らの視界にに小柄で杖をついているエルフ族の小柄な少女(に見える)とお付きの(と見える)侍女らしき二人連れの姿が飛び込んできた。
「いいとこのお嬢様かな」
「なら、ここでつなぎを作っておくのも悪くない」
「「それに、エルフ族で美人だし」」
2人は互いに見合ってにやっと笑った。こうなった時の彼らの行動は素早い。
「お嬢さん方、このような場所は何かと危険ですよ」
「このような人の多い場所、どこに何が潜んでいるか分かりませんからね」
彼らはできるだけにこやかに、親切心で動いていることをアピールしようとした。
「確かに危険な場所じゃ、お前らのような者が潜んでおるでな」
ラールはつまらなそうに彼らの下心丸出しな言葉に応えた。
「ご心配はありがたく頂きますが、その様な事はあり得ない事ですので」
エルマが丁寧に彼らの申し出を断った。
「でも、エルフ族の方が、しかもそちらのお嬢さんは目が利かないようですし・・・」
ボサボサ頭は何とか喰いつこうとしてきた。身なりは小奇麗だし、侍女まで連れているとなればそれなりの経済力があると読んだからである。
「お主らの心配などいらんぞ。それより、自分の身の心配をしろ」
なおも心配する彼らにラールは堂々と言い放った。彼女の言葉にボサボサ頭と長髪は首を傾げた。
「いんや、そこのあんちゃんたちの言っていることは正しいぞ」
ラールたちがボサボサ頭たちと話し合っている時、いきなり第三者が介入してきた。
「俺たちみたいなのがいるからな」
頭を短く刈り上げ、傷だらけの顔面の大男がいきなりラールたちの前の姿を現した。
「悪いことは言わん。俺たちについて来い。大人しくしていれば痛い目には遭わん」
大男は片手をさっと上げると、いかにも傭兵と言った身なりの男たちが5名ほど彼女らの周りを取り囲んだ。
「こいつら、強いぞ」
身を構えながら長髪の男が低い声でボサボサ頭に話しかけた。
「逃げる・・・ってことは、できないな」
ボサボサ頭はちらりとラールたちに視線をくれると苦笑した。
南の方から、追われたり、逃げ出した人たちがケフに流れ込んできています。
皆が皆善良な人たちであればいいのですが、そうでもありません。
ヴィットたちは見せしめとして、犯罪者に過激な対応をしていくでしょう。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。