302 あの頃とは違う
UPが新たな生活環境のため不定期になっていますが、お話は続きます。
暇つぶしの一助になれば幸いです。
【対処される前に打ち込む】
エトロは己にそう言い聞かせると身を低くし、全身のバネを使ってフォニーに突っ込んで行った。
「っ! 」
彼は勢いに乗ったまま鋭い突きをフォニーの鳩尾に放ったが彼女はひらりと身をかわした。その動きに彼は小さな舌打ちをするが、その場で右足を軸にしてくるりと回りフォニーの背中を横なぎにしようとした。
「ちっ? 」
彼の剣は背中を掻くように背負った彼女の剣に防がれてしまった。この事に彼は舌打ちした。
【手をよんでやがるのか】
彼はそれ以上、フォニーを追うことはせず、跳ねるようにしてさっと距離を取った。
「いい踏み込みだったよ」
【思ったより早かった。アイツの動きを視ていなかったら、いいのを貰っていたよ】
フォニーは距離を取ったエトロにニッと笑いながら言い放ったが、思ったより余裕がないことを隠すための強がりでもあった。
【アイツの動きは直線、躱すこともカウンターを入れるのも容易いはず】
フォニーはエトロをじっと視ると剣を握りなおした。
【キツネから仕掛けてくることはない。ヤツの踏み込みより俺の踏み込みの方が早いからな】
エトロは自分の速さに絶対的な自信を持っていた。面と向かっての力勝負なら勝ち目のない相手でも速さで相手に対処する暇を与えない、これが彼の勝利の方程式だった。
【ヤツは俺より遅い】
今回もこの手で行く、と彼は強く心に決めていた。
「っ」
そんな彼の心の中を読んだように、いきなりフォニーがゆらりと動き、すっと彼に向かってきた。
【踏み込みは普通からすると早いが、俺から見ると遅すぎる】
彼はフォニーを迎撃するように低い弾道で飛び出して行った。すれ違いに一撃与えようとの目論見だった。しかし、彼女の動きは彼の読みを裏切った。
「んっ」
彼女はその場で急に止まった。すれ違いざまに一撃喰らわせようとしていた彼はタイミングをずらされる形になった。
【タイミングをずらすぐらいで】
「舐めるなっ」
彼は一層早く駆ける速度を上げた。速度に乗せて剣を横なぎ払ったがそこにフォニーの身体はなく、彼の剣は空を切った。
「えっ? 」
彼は自分の背後に背をつけて己と同じ速度で移動するフォニーの気配を感じた。
「ーっ」
フォニーはくるりと身を回転させながら剣の柄を彼の背中に叩きつけた。この攻撃にエトロは思わずよろけてしまった。その瞬間、フォニーは乱れた彼の足に足を引っかけた。
「っ!」
彼は体勢を立て直せずスライディングするように地面を滑って行った。
「くそっ」
彼が身体を転がして起き上がろうとした時、目の前にフォニーの木剣の切っ先が突きつけられていた。
「王手だよ」
少し息を切らしたフォニーがエトロに静かに告げた。
「負けだ・・・」
彼はそう言うと静かに目を閉じた。
「エトロ、まだ戦えるか? 」
エルマは中庭で仰向けになっている彼に厳しい口調で尋ねた。
「勿論です」
エトロは即答し、その場に立ち上がった。
「フォニー、貴様はどうだ? 」
「まだまだいけます」
フォニーはエトロから目を離さずに即答した。
「よし、両者、元の位置へ」
フォニーとエトロは再び中庭の中央で睨みあうとエルマの合図を待った。
【今度は手数で攻めさせてもらう】
エトロはそう決心すると木剣を強く握りしめた。
「始めっ」
エルマの声が響くと同時に彼は踏み込み、渾身の突きをフォニーの胴にめり込ませようとした。
【さっきと呼吸が変わったかな・・・、きっとさっきとは違う攻めでくる】
フォニーはエトロの動き一つ一つをしっかりと視、そして彼の呼吸、身体の小さなが動きが先ほどと違う事に気付くとすっと身体の力を抜いた。
「きぇーっ」
気合を込めて突き出されるエトロの木剣は速さだけで言えば並の騎士以上であった。
「くっ」
【思ったより早い】
フォニーはその速さに顔をしかめた。彼の一撃一撃は、少しでも気を抜くとキツイ一撃を喰らう恐怖がつきまとっていた。
【でも、動きが直線だから、読みやすいし、対処しやすい】
フォニーは鋭く突き出されるエトロの突きを舞を舞うように躱し続けた。
【くそっ、何で当たらない】
エトロは渾身の突きがまるで雲を相手にしているように手応えがなく、打ち込んでいる実感は息が上がってきていることで何とか実感できていた。
【焦って来ているのかな? 動きが雑になってきている】
フォニーは突き出されたエトロの木剣を払い上げると身を反転させ彼の背後に背中合わせになるような体制に持ち込んだ。
「ーっ」
フォニーは素早く短剣を逆手に握り直し背後に位置させたエトロの背中に鋭い突きを入れた。
「くっ」
背中に鋭い衝撃を受けたエトロはその場に蹲ってしまった。
「勝負あった。勝者、フォニー。エトロ、中々鋭い攻撃だったぞ」
エルマは蹲っているエトロの肩を優しく叩き、労いの言葉をかけた。
「すみません。無様をさらしました」
「自分の力量が分かったようだな。これからどんどん強くなる。フォニー、動きに滑らかさと鋭さが良くなったな。コレで慢心するなよ」
エルマはフォニーの頭を防具の上から軽くポンポンと叩いて笑みを浮かべた。
「あの娘、儂のやり方を真似よったな。中々の成長じゃな」
館の2階から中庭での試合の様子を光に寄らぬ手段で眺めていたラールが小さく呟くと小さな笑みを浮かべた。
「始めてあった時から比べると、力の流れが綺麗になって来ておる。相手の子も粗削りじゃが、伸びる要素は充分にある。」
フォニーとエトロの戦いの結果にラールが嬉しそうな声を出した。
「真似とは、あの背後からの攻撃ですか? 」
ラシアがラールの背後からそっと尋ねた。
「あの娘、自分の戦い方に儂のやり方を取り入れよったようじゃ。面白い、そうは思わぬか、ディグ殿」
ラールは振り返るようにディグに顔を向け、同意を得るように尋ねた。
「あの曲線的な動きと速さ・・・、彼女に合う武器となると・・・、面白いですよ」
ラールはディグの答えにラールは少し口を尖らせた。
【あの娘の戦い方に儂の影響があることを褒めてもバチは当たらんじゃろ】
彼女はディグの態度に少々苛立ちを覚えていた。
「あそこまで追い詰めるってすげぇ」
「動きが俺とやった時より切れていたぞ」
肩を落として戻ったエトロに少年たちは群がって戦いっぷりに歓声を上げて、彼を取り囲んでバンバンと彼を叩いた。
「痛てて、おい、やめろよ」
エトロは顔をしかめながらもどこか嬉しそうであった。そして、フォニーに与えらたダメージよりこの時の乱暴な歓迎のダメージが大きかったと、後に彼は語っている。
「フォニーお姐ちゃん、かっこよかったよ」
「強くなりましたね。私も負けていられませんね」
「いい試合でした。勉強になりました」
ネアたちは息を整えながら防具を外すフォニーを手伝いながら労いの声をかけていた。
「思ったよりてこづった。うちもまだまだ・・・、力ないことが良く分かったよ」
フォニーは勝利したにも関わらず深刻な表情を浮かべていた。
「圧倒していたように見えましたけど」
ネアが励ますように言うとフォニーは黙って首を振った。
「ダメ、全然できていない、相手の動きに振り回されただけだよ。あれも運が良かっただけ」
フォニーは憮然と言うと、悔しそうに俯いて肩を震わしていた。
「いいねー、その気持ち大切にしなよ」
フォニーにそっと近づいたバトが微笑みながら俯いている彼女の頭を優しく撫でていた。
「悔しい気持ちって、前に進む力になるから大切です」
バトの横でルロも優しくフォニーに話しかけていた。
「次はもっと華麗に決める・・・」
フォニーは自分に言い聞かせるように小さく呟いた。
「モシン、いつもの調子で行けよ。変に緊張するとお前の場合力を出し切れないからな」
黙々と防具を身に付け後、黙って身体を伸ばしているモシンにブレヒトが声をかけた。
「いつもと変わらない、相手が変わるだけだ」
面をつけぼそりと言うモシンの態度はいつものように仲間内で組み手を行う時と何も変わらなかった。多分、面の奥の表情も何を考えているか分からない、少し眠そうな表情なのであろうとブレヒトは想像して口元を緩めた。
「ラウニ、相手は格闘戦が得意だってことだよ。無手だとアイツらの中じゃ一番って話みたい。でも、ラウニほどじゃないとないと思うよ」
防具を取ったフォニーが防具を黙って身に付けているラウニに緊張を和らげるように話しかけた。
「どんな相手であっても、全力を尽くすだけです。牛族だから突進に注意しないと・・・」
面の奥のラウニの表情は硬くなっていた。
「実戦じゃないんです。少々冒険してもいいんじゃないですか。新たな必殺技とか」
ネアが明るい調子でラウニに話しかけると、面の奥から小さな笑い声が聞こえてきた。
「必殺技、いいですね。試してみましょうか」
「ラウニ、モシン準備しろ」
エルマは一息つくと、号令を発した。その声に、ばね仕掛けのようにラウニは身を正すとモシンを睨みつけながら中庭の中央に歩み出た。
「・・・」
モシンはエルマの声を聞くといつものようにのそりと動き出し、ゆっくりと中庭の中央に足を進めた。
「お願いします」
「・・・」
ラウニはモシンと対峙すると頭を下げ礼をした。モシンも黙ったまま頭を下げた。
「始めっ」
エルマの鋭い声が中庭に響く、2人はさっと互いに距離を取り互いに牽制するように相手の死角に入るように動き出した。
「っ」
モシンはさっと己の間合いにラウニを捉えると彼女の顔面に正拳を放ってきた。
「ふん」
ラウニは唸り声と共にその正拳を受け止め、カウンターをモシンの顔面に放った。
「?」
ラウニの拳は確かにモシンの顔面を捉えていたが、彼が姿勢を崩すことはなく、ちょっとハエにでも止まられた様な感じで首をふってラウニの腕を掴みにかかってきた。
「!」
腕を掴まれる寸前でラウニはバックステップでモシンとの間合いを切ると、彼の手は宙を掴んだ。
「・・・」
モシンは気合を発することも無く、黙々と鋭い拳と蹴りを放ってきた。
【この人、なんなのですか? 】
全くその動きから感情を感じさせないモシンにラウニは戸惑っていた。
「ラウニ姐さん、良く視て」
戸惑っているラウニの耳にネアの声が耳に入った。
【良く視る。呼吸、身体の動き、汗の臭いが次の行動を教えてくれる】
ラウニは呼吸整え、しっかりとモシンの一挙手一投足を見つめた。
【腕を取りに来たってことは、間接を決めるってことですね】
ラウニは相手の行動の予測をたて、己のとるべき行動を組み立てて行った。
【いいのを貰ったが、掴めると思った・・・】
モシンは先ほどのラウニの一撃を思い返しながら慎重に攻撃をしようと考えていた。
【相手をこちらの間合いに呼び込めば・・・、ならば、こちらから出向くまで】
彼は間合いを切ったラウニに対してさっと構えを変え、ピーカーブースタイルでゆっくりとラウニに近づいて行った。
「くっ」
ラウニはモシンの顔面目掛け回し蹴りを放ったが、それは彼のゴツイ腕に防がれてしまった。それどころか、大地にしっかり根付いた大木を蹴った時のような衝撃を受けバランスを崩した。
【来るっ】
バランスを崩したラウニの胴をめがけ彼の強烈なフックが襲いかかる、それを先読みし咄嗟に足を上げて何とか受けたラウニだったが、思ったより衝撃が強く思わずバックステップで間合いを切った。
【足がしびれました・・・、まともに喰らったら・・・、しっかり視るんです】
ラウニは構えなおし、全身の感覚を研ぎ澄ませた。
「・・・」
モシンはピーカーブースタイルでじっくりとラウニと間合いを縮めていく。ラウニの牽制の攻撃など意に介さずよけることも無く受け、そのどれもが効いていないように見えた。
「ふん」
剛腕での打撃を素早く繰り返しながらモシンはラウニに迫ってくる。その一撃一撃を彼女は己の体勢を崩さないことを第一にして紙一重で躱していく。リーチの差が彼女に迂闊な接近を許さない状態であった。
【畳みかける】
「はっ」
モシンは、上がりつつある息を無視して拳の速度を上げ、さらに蹴りまで加え始めた。当たらる、当たらないは考えない、手数で圧倒する動きだった。
「良く視る」
ラウニは己に言い聞かせた。
「! 」
ラッシュをかけるモシンの動きに手数を増やしたための乱れが生じた。彼が蹴りを放とうと軸足に重心を移した時、わずかな隙が生じた。その隙を見逃すことなくラウニは彼の懐に飛び込んだ。
「やーっ」
ラウニは気合を入れるように声を出し、モシンの襟首を掴み身体を捻りながら彼の身体を渾身の力で押した。この攻撃に彼は重心を崩し、思わず蹴ろうとした足を戻し体勢を立て直すために踏ん張ろうとした。
「? 」
しかし、彼の足はラウニの足に払われ、大地を踏みしめることなかった。彼は自らの身体が後方に倒れて行くのを認識したが打てる手はなかった。
「ーっ! 」
ラウニは倒れるモシンの身体に体重を乗せ、彼の身体を大地に叩きつけた。
「ぐっ」
モシンは肺の中の空気が全部外に飛び出したような衝撃を受け、身体が動かないことに気付いた。
「詰みです」
動けず、空気を求め喘ぐモシンの喉元に手刀をそっと当ててラウニが呟いた。
「・・・ま・・・けた・・・」
モシンは途切れ途切れに言うと楽しそうに目を細めた。
【俺なりに暴れられた。悔しいが楽しかった】
「そこまで、勝負あった。勝者、ラウニ。モシン、いい試合だったぞ」
エルマは横たわるモシンに優しく話しかけると手を差し出した。モシンはその手を恥ずかしそうに取り、何とか立ち上がった。
「無様をさらし、申し訳ありません」
立ち上がったモシン荒い息をしながらエルマに頭を下げた。
「そう思うなら、もっと精進するしかないな」
エルマはそう言うと彼の肩をポンと叩いた。
「ラウニ、良く視たな。良い判断だったぞ」
何とか息を整えているラウニにエルマは素直に彼女の試合を褒めた。
「ありがとうございます」
ラウニはそう言うと頭を下げ、まだ荒い息をしているモシンをじっと見つめた。
「良い勉強になりました。ありがとうございました」
彼女はそう言うと頭を下げた。
「俺の方こそ・・・」
モシンは答えるとラウニに頭を下げた。
「モシン、お前、どこにあんな闘志があるんだよ」
「凄いぜ」
ブレヒト達の元に戻ったモシンに少年たちから称賛の言葉が投げかけられた。
「負けた。それだけ・・・」
モシンは一言言うとその場に座って防具を外しだした。
「それでも、良くやったと俺は見ている」
ブレヒトは黙々と防具を外しているモシンをじっと見つめ、そして自分の気持ちを表した。
「・・・」
モシンはちょっと嬉しそうな表情を浮かべただけで後はすぐにいつも同じ何を考えているのかさっぱり分からない表情になっていた。
「ラウニ、勝ったね。スゴイ必殺技だよ」
息を切らしながら戻ってきたラウニにフォニーが声をかけた。その声にラウニはにっこりとして返した。
「受け身とっていないから、ダメージ大きいですよ」
ネアはラウニの防具を取り外しながらちらりとモシンを見た。彼は、見かけは何処にもダメージを受けているようには見えず、飄々としているように見えた。
「最後の技、かっこよかったです」
ティマが防具を取り外そうとしているラウニに飛びついた。
「投げ技、いいねー」
ティマに飛びつかれて嬉しそうな表情を浮かべているラウニにバトがにやっと笑いかけてきた。
「投げ技なんてあまり使う人がいませんからね。対処は難しいですよ」
ルロはうんうんと何かの解説者のような表情を浮かべて頷いていた。
「フォニーもラウニも随分と成長したよね。ティマちゃんほどじゃないけどね」
アリエラも微妙な感じでフォニーとラウニの健闘を讃えていた。
「彼ら、とても強くなっていますよ。町で喧嘩をふっかけてきた時とはけた違いになっています」
ラウニは息を整えながらネアに注意を促してきた。
「ラウニの言うとおりだよ。気を抜いたらあっという間にやられちゃうよ。怖いくらいに強くなっている」
フォニーもエトロと剣を交えた感想をネアに伝えてきた。
「ええ、目つきが違いますからね。気を抜かないよう、動きを視逃さないように注意して、暴れてきます」
ネアはそう言うと防具を付けだした。
【ティマじゃないけど、こんな所で躓くわけにはいかなんだ。ブレヒトには悪いけど、通過点の一つにさせてもらう】
防具をつけ終わったネアはしっかりと睨むように防具をつけているブレヒトを見つめた。
ブレヒトたちは心構えと基本の戦い方をエルマから叩き込まれています。後の戦い方は仲間内での切磋琢磨と街での喧嘩と言う名の実戦の中から学んでいます。
時折、エルマの口利きで騎士団に稽古をつけてもらっています。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。