300 試合
私生活が安定せず、UPが不定期になります。ごめんなさい。
「へー、ブレヒトたちがお館の仕事をするんだ」
「どんな仕事をするかは良く変わりませんけど、エルマさんの直属になるみたいですよ」
勤め人の癒しの日の黒曜日、いつものようにマーケットに行く道すがら、ネアは先輩方に、先日お館で目撃したブレヒトたちの事を話していた。
「彼らが危険な目に合わないといいのですが、先日大怪我をしたばかりですからね。危険な事をするんでしょうね」
ラウニが少し心配そうな表情を浮かべた。彼らには心配してくれる家族がいる、もし彼らに何かがあれば、どれだけの人が悲しむのか、そう思うと彼女の心中は穏やかではいられなかった。
「騎士団も細かいところまで目を光らすわけにはいかないでしょうからね」
ネアはそう言うと、黒い笑みを浮かべた。先輩方は首を傾げティマは不思議そうにネアを見上げていた。
「彼らに無茶をさせないために、実力のほどを知らせてあげたいな、なんて考えているんですよ」
そんなネアの表情を見たフォニーはくすっと笑った。
「なんだかんだ言って、伊達にケフの凶獣を名乗っている訳じゃないってことだね」
ネアはフォニーの言葉にむすっとしたが、確かに彼女の言っている言葉に間違いないって悟ると苦笑した。
「実力を知らすって、まさか喧嘩を売るんじゃないでしょうね」
「それって、バカのやることです」
ラウニとティマが顔面一杯に嫌悪の表情を浮かべた。それを見たネアは肩をすくめてため息をついた。
「まさか、散々悩まされた連中と同じになるなんてあり得ないですよ」
ネアは肩をすくめると、一軒の店を指さした。
「あそこの茶店でお茶でもしながら、どうすればいいか考えてみませんか? 趣味じゃないですが、闇討ちもあるかもですねー」
ネアはニコニコ笑いながら茶店に皆を先導していった。
「やっぱり、ケフの凶獣だよ」
ネアの後を追いながらフォニーがなぜか楽しそうな表情を浮かべていた。
「厄介な事に巻き込まれるのは、勘弁してもらいたいものです」
ラウニはどこかウンザリとした表情を浮かべていた。
「要は、私たちは自分たちの力がどこまで通用するか把握できていません。王都でのこともありますが、あれは周りの支援もあってのことです。1人で多人数を相手にする。格上の相手と戦わざるを得ない時の行動なんて、その時にならないと分からないと思うんです」
ネアは注文した大きなクッキーを齧りながら、ブレヒトたちに彼らの実力を思い知らせると言う考えに至ったかを話し出した。
「彼らに身の程を知らせると言うより、私たちの実力を推し量る機会にしたいんですよ。剣精様や騎士団の方から稽古はつけてもらっていますが、私たちには実戦経験が少なすぎます。街中にもお休みの日にしか出ませんから、世間知らずでもありますからね」
自分たちの力量を知りたいと口にしつつ、ネアは自分がどこまで強くなったのかを知りたかったのである。ラールや騎士団員との地稽古は、つねに相手が力をセーブしている状態での稽古であり、王都で感じたような殺気を感じることも無く、力量差を推し量れない恐怖もない。果たして、これで良いのかとネアは内心焦りに似た感覚にとらわれていた。
【今のままじゃ、瞬殺だ】
あの英雄に遭った時に感じた絶望的なまでの力の差、アイツがここに来ればあっという間にケフは蹂躙されてしまう。ネアがケフの主戦力としてはあり得ないが、同じまれ人である英雄に対する切り札として口にはされていないが、彼女はこのためにケフで飼われている、と本人は口にはしないものの自覚していた。こんな事をふと口にしたら奥方様から大目玉を喰らう事は目に見えていたが、ネアとしては英雄に立ち向かうのは自分しかないという身に余る使命感を持っていた。その一部の発露がネアが口にしている「身の程を知らせる」という言動に繋がっていた。
「確かにうちらは、剣精様やエルマさんに鍛えられたから、王都にいた時よりも強くなっていると思うけど、どれぐらい強くなったかなんて分からないよね」
フォニーが尖ったマズルで器用にカップからお茶を飲みながら、ネアの言葉にまんざらでもない表情を浮かべていた。
「少なくとも、弱くはなっていないと思いますが、態々調べる必要はないと思いますよ」
ラウニはネアの考えにどうも賛同できかねるし、そんな考えは良くないと伝えたいようだった。
「怖いことは嫌・・・です」
ティマの答えはこの一言だった。彼女はその言葉をさらに強くするような嫌な表情を浮かべていた。
「何も喧嘩を売ったり、闇討ちしたり、変な事をされたって騒ぐこともしませんよ」
ネアは皆に自分の考えを聞いてもらおうとゆっくりと話し出した。
「・・・変な事をされたって、それ、あの連中の一生立ち直れないことになるよ。人生潰しちゃうよ」
ネアの言葉にフォニーが少し引き気味になっていた。その横でラウニがため息をついていた。
「彼らと地稽古をしたいって言おうかなって思っているんですよ。以前に彼らと揉めた時から彼らの身体は成長しているでしょうから、力も強くなっていますよ。だとすると私たちが遭遇する脅威となる連中に近いんじゃないかなって思うんですよ」
ネアは自分の発案を尤もらしく説明しだした。それは、どこかこじつけの臭いがしていたが、それを感じていたのはネアだけだったようだ。
「あの人たち、ちょっと怖いです」
ティマが大きなクッキーを齧りながら小さく呟いた。その表情はどこか硬かった。
「私たちが怪我したり、あの人たちが怪我したりしたら大変ですよ」
ラウニが心配そうな表情になっているものの、手元のパンケーキにハチミツをかける手を止めなかった。
「そうだよね。痛い思いはしたくないもんね」
フォニーがうんうんとラウニの言葉に頷いていた。このままでは、自分の発案がないことにされてしまう。この流れは良くない、ネアはあれこれと頭を働かした。
【エライさんを納得させるには、数字化しやすくて分かりやす旨味が必要だったな・・・】
「私たちの年齢と彼らの年齢は近いでしょ。ふつうにお館で務めていたら、同い年で地稽古をできるのは、ルッブ様やザック様、ヘルム君ぐらいでしょ。そんな人たちに思いっきり打ち込めますか? そもそも、ルッブ様相手では私たちは完全に格下ですから、いつもの稽古になってしまいます。できれば、同年代の女の子が良いのですが、残念ながらそのような方は中々居られないのが現実ですから」
ネアは先輩方、ティマを見回して自信ありげに堂々と持論を展開した。これには、ラウニもフォニーも何も言えなくなっていた。
「そう言われればそうですね」
「メムもそんなに稽古しているようじゃないし・・・」
「パル様が相手だと、稽古じゃなくて果し合いになる人もいますからね」
ラウニはネアの言葉に頷きながらフォニーをじっと見つめた。その視線をかわすようにフォニーはプイっと顔をそむけた。
「でも、そんな怖い事する必要あるの・・・ですか? 」
今までじっとネアの話を聞いていたティマがおずおずと聞いて来た。
「うーん、確かにティマの同年代でそこまで稽古を積み上げている子はいませんから、ティマはする必要はないかな」
ネアは不安そうなティマを安心させるように言った。しかしその言葉に帰ってきたのは安堵の言葉ではなく、ネアを不安にさせるモノだった。
「お姐ちゃんたちが稽古するのに、あたしだけが置いてけ堀なんて嫌・・・です。稽古するならあたしも一緒。怖いけど・・・、逃げちゃダメだから」
ティマは英雄を斃すことを爪の先ほども諦めていなかった。王都で彼女も英雄に遭い、ヤツから発せられる威圧感を感じていた。しかし、彼女は折れることなく、牙を砥ごうとしているのである。
「分かった。でも、稽古する前にちゃんとアリエラさんに話をしないとダメですよ。もし、ティマが怪我でもしたら、誰かが命を落としても不思議じゃないですから」
ネアは悲壮な表情を浮かべているティマにそっと耳打ちした。もし、ティマに何かがあれば、彼女を溺愛しているアリエラが何をしでかすか、誰も保証できないからである。
「ネアの考えの大きな障害は、アリエラさんかも知れませんね」
ラウニは少し困ったような表情を浮かべているネアに楽しそうに声をかけた。
「あの子たちと地稽古をしたい? 成程、あいつらもいい刺激になるだろうな。同年代の女の子にボコられるって言うのは男としては耐え難いだろうからな。新たに仕事を得たことで舞い上がっているあの子たちの頭を冷やすにもいいだろう」
稽古の後、散々エルマに打ち込まれてヘロヘロになったネアがエルマに稽古について話をすると、腕組みをしたまま少し考えてから答えた。
「ありがとうございます」
「稽古の時期は、追って示す。それまで、鍛錬して置け」
エルマはそう言うと、稽古場を後にした。
「ついに、一線を越えたね」
「もう、後戻りできませんね」
フォニーとラウニはよろよろと立ち上がりながら諦めたような表情を浮かべていた。
「面白いことになってきましたね」
ネアは先輩方を見るとニヤリと笑みを浮かべた。
「ネアちゃん、何しでかしたのよっ」
仕事も食事も入浴も済ませ、居室で寛いでいるネアの所に血相を変えたアリエラが飛び込んできた。
「アリエラさん、こんばんは」
「こんばんは、じゃないわよ」
激昂するアリエラにネアは落ち着いて挨拶したが、それがアリエラの気持ちをさらに苛立たせたようで、彼女は唇をワナワナと震わせ出した。
「エルマさんの私兵と戦うって聞いたわよ。それに私の大切なティマちゃんも参加させるって、相手はティマよりずっと年上の子、しかも男の子よ。怪我したらどうするの? 」
アリエラはベッドの上で絵本を読んでいたティマの横に腰を降ろすと彼女を庇うように抱きしめた。
「私たちも、彼らも自分の力量を知ることが必要なんです。自分の足りないところを知ることにより、何を鍛えるのか具体的になると考えました。ティマの大きな目的のためにも自信の力を知ることは大切だと思います」
ネアは姿勢を正すと嫌がるティマを省みることなく頬ずりしているアリエラに淡々と説明しだした。
「それでも、怪我をすれば・・・」
「師匠としてティマはブレヒトたちに敵わないとお思いなんですか」
ネアがアリエラに淡々と尋ねると彼女は答えに窮して、ティマを見つめた。
「アイツをやっつけるためにも、どこまで強くなったか知りたいの・・・です」
ティマは真剣な表情で師匠であるアリエラをじっと見つめ返していた。
「ティマ・・・、本気なの? 」
「痛いのは嫌だし、怖いのも嫌だけど、こんな事で狼狽えていたらアイツをやっつけられないから」
「・・・そうなのね」
アリエラはティマの目が真剣な事を知ると、静かに頷いた。そして、しっかりとティマを見つめた。
「やるなら、徹底的に、持っている力を全てを出しなさい。私が教えてきた事をしっかりできれば、少しばかり剣を齧ったり、戦い方を知っている奴らに負けることはないからね」
アリエラはティマの肩をしっかり掴んで、彼女の顔をしっかりと見つめて静かに口にした。
「分かった。思いっきり暴れる」
「よし、アリエラ流のスカウト術、野伏りの技を見せつけてやりなさい」
「承知っ」
師弟は互いをしっかり見つめあってからしっかりと抱擁しあっていた。
「ネアちゃん、貴女たち、半端な事をしたら、生まれてきた事を後悔するくらい扱いてやるからね」
アリエラはネアたちをビシッと音が出るぐらいの勢いて指すと、そう言い残して去って行った。
「稽古より、お師匠様の方が怖かったです」
ティマそう言うとネアに甘えるように抱き着いてきた。ネアはその頭を優しく撫でてやった。
「貴様ら、ケツの穴を引き締めて良く聞け。一度しか言わん」
エルマはブレヒトたちをお館の裏庭に集め指示を下していた。ブレヒトたちは横一列に並び、直立不動の姿勢を取っていた。
「貴様が私を侮辱した日から、死なない程度に扱いてきてやった。先日、大怪我を負ったのは、貴様らがまだまだ未熟だと言う事だ。あれから更に扱いてやった。そして、お前らは強くなった。だが、それはどれぐらいだ。ケフの凶獣を斃せるか? 」
エルマは最右列にいたブレヒトに尋ねた。彼女の問いかけにブレヒトは姿勢を正した。
「ケフの凶獣・・・、あの人ですね。最初に遭った時、とてつもない違和感がありました。そして、その違和感は凶獣は俺らを上から見ていた。余裕を持っていた。絶対に勝てると思っていた。グルトを2度も沈めたと聞いてから、俺自身勝てないって思ってました」
ブレヒトはここまで言うと、じっとエルマを見つめた。その目は初めて合った時の悪ガキの目ではなかった。そこには、武人の目を持った少年がいた。それに気づいたエルマは思わず、彼を抱きしめたくなった。
【あのクソガキが、これほどの目を持つまでに成長するなんて、短命種は思わぬ成長をするって言っていたお師匠様の言葉、正しかった。それに少しでも協力できた・・・、今まで子も成さなかった私が人の成長をこんなにうれしく思うなんて】
「いい目をするようになったな。気合だけはクソから少しだけ成長したようだ。お前らはケフの凶獣とその仲間と戦う。勿論、殺し合いではなく地稽古だ。彼女らと戦って自分たちの力がどれぐらいか体で覚えてもらうぞ。時期と場所は追って報せる。それまで鍛錬せよ。以上っ」
エルマは怒鳴るようにブレヒトたちに言い残してその場を去って行った。
「俺たちがケフの凶獣たちと戦うって・・・」
少年たちの1人が呆然と呟いた。彼は明らかにひびっていた。できれば、そんな試合なんてしたくなかった。
「ケフの凶獣と岩礫、変幻自在もいるんだぜ」
「最近は、幻影って言われている子もいるからなー」
仲間たちは口々に無謀な戦いだと騒ぎ出していた。彼らの中には未だにネアにハサミを持って迫られたことがトラウマになっている者もいた。
「お前ら、エルマ様に良い所を見せるチャンスだ。この試合の良し悪しで俺たちが使えるかどうか見られるんだ。勝とうが負けようが関係ない。無様な所を見せない、それだけだ。行くぞ、今日は大広場あたりで情報収集だ。その後は、練兵場で稽古だ。エルマ様に恥をかかせるわけにはいかない」
ブレヒトは不安を口にする少年たちに怒鳴りつけた。彼は、少しでもエルマの期待に応えたいとの思いがあった。エルマと出会うまで、彼はケフの街で誰からも一目置かれたい、畏れられたいと意味もなく思っていた。少しでも、強いと聞いたヤツに喧嘩を売って、自分の力の強さを誰かに認められたいと思っていた。そして、少しばかり、ヤバイ奴として彼の名を売ることに成功していた。しかし、それはケフの凶獣とエルマに足元から崩された。それから、彼の世界は一変した。
「俺たちの無様はエルマ様の恥に繋がる。それを心するんだ」
「応っ」
少年たちはブレヒトの言葉に吠えるように応えた。
「なんと、女神様の使途同士が試合うんですか」
ケフの街の悪所にほど近い宿の夕食時、マイサからお館の噂を聞いたラシアは目を丸くしていた。
「何でも、ストラートさんが知っているお館の女の子とエルマさんの私兵とも言われている男の子たちが試合をするってね。奥方様の周りがちょっと賑やかになっているよ。ストラートさんが進行している三柱の女神の一柱ががっつり関わっているから、興味があるかなって」
マイサの説明を聞くと食事中であるにもかかわらずストラートは立ち上がり、マイサの方を見つめた。
「興味がある、ないの騒ぎではないですよ。是非とも拝見させて頂きたい。できれば、参加したいぐらいですよ」
ストラートは目を輝かせていた。そして、居ても立っても居られないようにソワソワしだした。
「で、試合の日は? 」
「ま、まだ決まってないよ。分かったら教えるから・・・」
喰いつくように迫って来るストラートから後ずさりしながらマイサは何とか答えた。
「お願いしますね」
常は、腕も立ち、それなりに紳士なストラートであるが、バト、エルマ、ラールが関わってくると途端に人が変わって来る。彼女らの熱烈な信者と成り果ててしまうのである。特にバトを目の前にすると、彼の行動はひたすら残念な方向に発揮され、彼が信仰の対象としているバトからあからさまに気持ち悪がられているが、彼は気にしていないようであった。
「できれば、我が女神エルマ様の私兵になりたいものです」
彼はうっとりした表情を浮かべた。
「その夢かなうといいね」
マイサはこれ以上、この件について関わって行くことが怖くなってきて、適当に相槌を打つとさっさと宿の厨房に消えて行った。
ブレヒトたちの集団に現在は特に名称は付けられておらず、便宜上「エルマの私兵」と呼ばれています。
彼らの主たる仕事はケフの街での噂やお館が欲する情報の収集となります。治安に関しては自警団の真似事程度の事を時折しています。今まで、時折エルマから与えられる小遣いで活動していましたが、これからはケフのお館から給金を貰う身分となります。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いたかに感謝を申し上げます。