299 新たな力
生活が激変し、定期的なUPが困難になりつつありますが、そこは生暖かく見守って頂けると幸いです。
「なんかモヤっとする」
夕食前に定例会から帰ってきたネアにフォニーがぼそっと告げた。彼女は食事のついでに入浴もできるようにお風呂道具を準備していたが、その表情は何処か晴れていなかった。
「何かあったんですか? 」
むすっとしているフォニーにネアは不思議そうな表情を浮かべた。
「ネアが出かけてからずっとこんな調子です」
ラウニが苦笑しながら肩をすくめた。フォニーはそんなラウニを非難がましく見つめた。
「うちらがさ、穢れの民だってことで、それなりにヒドイ目に遭ったことがあるでしょ。お店で吹っ掛けられたり、何でも後回しにされたりなんて普通にあるでしょ。真人もそんな目に合えばイイのにとか思うけど、それって正義の光の連中と同じだし。もう分かんないよ」
フォニーはそう言うと、己の中の感情に整理をつけることができず、ぐっと拳を握りしめた。
「街中で調子こいている流れ者を〆ますか? 街も綺麗になるし、フォニー姐さんの気持ちもすっきりする。イイことずくめですよ」
ネアは皮肉気な笑みを浮かべつつ、フォニーに提案してみたが、その答えはフォニーの怒りだった。
「そんなの、犯罪者じゃないっ。やっていることは正義の光にかぶれた連中と同じだよ。冗談でもうちはそんなことしないよ」
フォニーは噛みつくような勢いでネアに食ってかかった。それを聞いたネアはほっと溜息をついた。
「もし、フォニー姐さんが私の提案に乗って来ていたら、付き合いを考えようと思っていましたよ」
「人を試すなんて、良い趣味しているよ」
にっと笑うネアの頭をフォニーは軽く小突いた。小突かれたネアは大げさに痛がり、小さな笑い声が上がった。
「フラン、表情が優れないわね」
翌日、工房で常と変わらず手を動かすものの、ため息と表情が暗いフランに奥方様は心配そうに尋ねた。
「・・・ちょっと、困ったことがありました」
フランは少し言い淀んだ後、意を決したように口を開いた。そこにはいつもの朗らかさはなかった。
「奥方様もご存知のように、我が家ではケーラさんを侍女として雇っています。私たちは彼女を侍女としてではなく、家族同様に考え、接しています。ケーラさんの子どものクーナちゃんもヘルムやミエルと同じように我が子として接しています。でも、最近、私たち穢れの民の人からケーラさんへの待遇が良すぎるとか、もっと扱き使えって・・・」
フランはやるせない気持ちを隠すことなく、奥方様に伝えた。奥方様はただ黙って、フランの言葉を頷きながら聞いていた。
「私の最初の夫は強盗に殺されました。誰も、彼を殺した犯人を捜すことも捕まえることもしませんでした。今の夫と出会って生活をはじめても、姓を持つ家に獣が入ったと娘ともども影口を叩かれ、家族そろって外出することすら出来ませんでした。そんな私たちがやっとケフで安住の地を手に入れたんです。家族そろって食事に行っても誰も何も言わない所に。それなのに、なんでこんな悲しい思いを態々誰かにさせないといけないんですか。真人にやられたことを狩り返すのが当然なこと、それをしないのは真人に魂を売ったんだって言われ、今度は穢れの民から追われそうです」
フランは一息に話すと、大きなため息をついた。彼女の話を聞いた奥方様とても悲しそうな表情を浮かべた。
「辛いかも知れないけど、その様な言葉に耳を貸してはいけません。ケフは郷のために力を尽くす者は尻尾があろうか、耳が尖っていようが、肌の色がどうであっても皆受け入れます。その反対に、仇なす者は真人だろうが何であろうが、その行いに責任を取らせます。フランは安心して今まで通りに生活をして下さい」
奥方様は安心させるようにフランに言うと、そっと彼女の肩を抱いた。
「貴女の不安は子供たちに伝わります。貴女はいつもの通り、明るく元気にいないとダメですよ。ケフは真人のためにあるのではなく、穢れの民のためにあるのではありません。ここで楽しく生活したい者ためのためにあるんです」
奥方様は力強く、その場にいる者全員に言い聞かせるように話し出した。
「自分の畑を踏み荒らされたと言って、他人の畑を踏み荒らす権利を認めることできません。それ以前に踏み荒らす者をのさばらせない。戯言に耳を貸している時間は無駄です。はい、この話題はここまで、皆さんお仕事を再開」
奥方様はそう言うと、いつものふわっとした表情に戻り、手を叩くとそれぞれに仕事の再開を命じた。
「お帰りなさいませ。・・・フラン様、私はこの家を去った方がよろしいのではないかと思っています」
工房での仕事を終え、ちょっとした買い物をしたフランが戻ってくると深刻な表情をしたケーラが出迎えるなり彼女に話しかけた。
「いきなり、何てこと言うの。ケーラさんにはずっとここに居てほしいと思っているんですよ。ヘルムもミエルも貴女に懐いているし、クーナちゃんはあの子たちにとって妹と同じですよ。ここでの待遇が悪いなら・・・」
フランは驚いてケーラに問いただそうとしたが、ケーラは首を振って答えた。
「そうじゃないんです。私が勤めているためにフラン様が攻められているようですし、私にも同じように言ってくる者たちがいるんです」
ケーラは悲しげな表情になった。フランはそんな彼女の気持ちを吹き飛ばすような笑顔を浮かべた。
「気にしない、そんな雑音に耳を傾けるだけ無駄。そう言う事を言ってくる連中は他人が幸せそうにしているのが許せない、不幸な連中なんです。そうに決まっています」
フランは自分にも言い聞かせるように声を出すとケーラの両肩をがっしりと掴み、彼女の瞳をじっと見つめると、ぎゅっと抱きしめた。
「あんな連中の言葉とおりに動いても、アイツらは何の責任もとりません。アイツらは私たちが不幸になるの事を眺めるのが目的なんです」
ケーラはフランに抱きしめられながら、娘以外に自分を必要としている人がいる事を知り、知らずのうちにフランを抱きしめていた。
「そ、そうですよね。こ、これから夕食を準備しますね」
ケーラは目をこすって笑顔を作ると厨房に足を向けた。その後、クーナとミエルが互いに纏いつくようにフランを出迎えた。
「お帰りなさい。お母さん、これ見て」
ミエルは肉球の付いた小さな掌に綺麗な針刺しが乗っていた。
「今日ね、綺麗な端切れが売ってたから思わず買っちゃって、で、クーナちゃんに手伝ってもらって作ったんだよ。私の腕はどうかな? お館の子たちに追いつけるかな」
フランはこれまで針仕事についてはボタン付けにツギアテ等の基礎的な事しかミエルに教えていなかった。彼女の考えとしてミエルに才能とやる気があれば教えずとも自ら学んでいくだろうと考えていたからである。今まだ彼女は自分の娘の行動を見て、針仕事より料理の方向に目を向けていると思っていた。だから、娘が針刺しを作ったことは意外であり、嬉しい誤算のように感じられた。
「いい感じに仕上がっているわ」
フランは手にした針刺しをじっくりと観た。確かにネアたちお館の子に比して粗い所は見えるが、針の一刺し一刺しが丁寧でデザインもオーソドックスでありながらも明るい色調の布とマッチしており素人の作にしては上出来の一品だった。
「仕事は丁寧、奇をてらわない堅実なデザインね。自分の持っている技術の中でも確実にモノにした技術しか使ってない。・・・渋い事するわね」
それなりの腕を持つと自負する者は、その自信から危ない橋を渡るが、悲しいことに多くの者が対岸に辿り着けないことを何度も彼女は目にしていた。
「ずっとお針子をしているお館の子からするとまだまだだけど、普通に考えるなら貴女と同い年でこれぐらいの仕事をできる子はそうはいないと思うわ」
フランから自分の仕事を認めてもらい、ミエルは嬉しそうな笑顔を浮かべた。その横で同じようにクーナがニコニコしていた。
「その話か、聞いている。最近、妙な連中が動いているらしい」
夕食時、フランから真人を雇っていることについて、ケーラから穢れの民に雇われていることについて聞いてケイタフは、遂に我が家にもか、と小さなため息をついた。
「これは、ケフの郷だけではないようだ。穢れの民に比較的寛容な北部の郷内で最近目立ってきているようだ。南部では穢れ民たちが蜂起したが鎮圧されたらしい。皆殺しにされたという噂だ」
ケイタフは渋い表情で耳にしたことをフランに伝えた。
「ケフに来て良かった」
ケイタフの言葉を聞いたミエルが小さな声で呟いた。その言葉を聞いたヘルムは彼女を安心させるように彼女に「そうだね」と囁いた。彼の言葉を聞いたミエルは彼に身体を預けるように寄り添った。
「正義の光が穢れの民に寛容な郷内で内乱を起こそうとしているんじゃないかと言う見方もある。ケフも割にと言うか、最上級に穢れの民に寛容だから、連中が目をつけても不思議ではない。俺たちができることは、そんな連中の言葉に耳を傾けない事だ。フラン、ケーラさん辛いと思うが戯言は聞き流してくれ、脅しや暴力があればすぐに伝えてくれ。俺たちが対処する」
ケイタフは力強く、そして安心させるように家族に思いを伝えた。
「ええ、今日、奥方様からも同じこと、そんなのに耳を貸す必要もないって言われましたよ。ヘルム、ミエル、クーナちゃんもそんな話なんて聞く必要ないからね」
「勿論だよ」
「そんなつまらない事聞く必要ない」
「そんな話、嫌」
フランも職場での事を思い返しながら子供たちに伝えると、彼らは元気よく彼女の言葉に頷いていた。
「フォニー姐さん、モヤモヤは解消しましたか」
仕事の後のラールからの稽古やら、食事やら、入浴を終え、居室でやっと一息ついたネアは同じようにベッドに腰かけ尾かざりの手入れをしているフォニーにネアは少しばかり真面目な表情で尋ねた。
「あ、それね。うちもバカに利用される所だったよ。危ういところだったよ」
フォニーは憑き物が落ちたようで、いつもと同じ表情と対応で、ネアにしては聊か肩すかしを喰らったような感じだった。
「私たちがされて嫌だったことを、態々する必要はありません。そんなことしても誰も得しません。一時だけ、心がすっとするだけです。奥方様が言われたとおりにしていればいいんです」
ラウニは奥方様が言った言葉が正しく、彼女はそれに従うと口にした。ネアもその考えに敢えて異を唱える理由もなく、バカな連中に利用される気もなかったからである。
「正義の光の連中が北の田舎を気にするなんて奇妙な話だよね」
フォニーは今回の騒動の裏にいるかも知れない正義の光について、素直な感想を口にした。
「連中からすると、手間もお金もかけずに出来ることだし、旨く行けば効果も大きいから良い手だと思いますよ」
ネアはこの騒ぎが割と効率の良い攻撃ではないかと自分の考えをラウニたちに話した。
「そうですね。アイツらからすれば騒ぎが大きくなればなるほど好都合って訳ですね。ますます、そんな手に乗るわけにはいきませんね」
ラウニはネアの考えに頷くと、自分が身近で既に戦いが始まっていることを理解したようで、真剣な表情になっていた。
「絶対に、アイツらの思い通りになってやらない・・・です」
黙ってネアたちの話を聞いていたティマがポツリと小さな声で呟いた。小さな声だったにもかかわらず、その表情は硬く、彼女の決心が生半可なモノではないことを証明していた。
「ティマ、力んで、つまらない連中に噛みついちゃダメだからね。そんなことしたら、アイツらの思うつぼだから」
ネアはティマが先走らない様に注意するように伝えた。
「あたしには、大きな目標があるから・・・です」
ティマはネアを見上げように見つめた。その目には彼女の復讐に対する思いが強いことを言葉以上に物語っていた。
「こんな時間に何があるって言うんでしょうな」
お館の応接間の一つに職業も種族もバラバラな大人たちが集まっていた。彼らは互いに子供を通じて顔見知りであったため、それぞれが疑問やら不満を互いに口にしていた。
「お待たせしました。こんな時間に申し訳ありません」
集められた人たちの前にエルマが静かに歩み出て頭を深々と下げた。お館の侍女筆頭が庶民を相手に頭を下げることは異様な光景だった。
「皆さん、お子様たちから聞かれているかもしれませんが、私の一存で彼らを自警団として行動してもらっていました。そのために、怪我をされたことに関しては重ね重ね申し訳ありません」
ここに集められたいたのはブレヒトをはじめとする街の元悪ガキどもの親たちだった。
「ああ、怪我をしたって聞いた時は驚いたが、ちゃんと治療もしてもらったし、何より悪さばかりしていたのが、真っ当なガキになって、こっちはありがたいぐらいだ」
「あのまま悪ガキしていても、いつかは喧嘩して大怪我すると思っていました。下手すると殺されるんじゃないかと、でも、ちゃんと手当てをしてもらって感謝しているぐらいですよ」
「悪ガキがケフのために頑張るようになったんだ、気にする事はないぞ」
悪ガキたちの親たちはエルマの所業に対して概ね好意的に受け取っていた。
「そう言って頂ければ助かります。実は、彼らにはこれから、お館として働いてもらう事にしました。勿論、働いてもらうからには、お手当も付けます。しかし、今まで以上に危険な事に遭遇すると思われます。私が直接彼らに聞いても良いのですが、きっと彼らはその仕事をすると言ってくれるでしょう。しかし、皆様の大切なお子さんです。皆さんの口から聞いて頂き、皆さんの耳でその答えを確認して頂きたいのです」
エルマはそう言うと、集まった元悪ガキどもの親たちを見回した。彼らは暫く黙って考えていた。その内の1人が口を開いた。
「危険な事に遭うのは親としては認められないが、うちの倅がケフの役に立てる、この暮らしを守るために役立つなら、そして倅がそれを望むなら俺にアイツを止める理由はない」
真人の商人を思わせる男が訥々と思いを語った。
「うちは、母1人子一人だから、できるなら危険な事はして欲しくないよ。でも、あの子はあたしが何を言っても聞きゃしないだろうね。今まで随分と荒れていたけど、エルマさんのおかげで何か目標を見つけたみたいなんだ。あたしとしては見守ることしかできないよ」
猫族の女性が諦めたような表情でエルマをじっと見つめた。集まった親たちは自分たちが止めても、彼らの息子たちは従わないであろうことを十分に承知していた。
「危険な仕事になります。最悪、命を落とされることもあると思います。だから、無理にまでお願いしません。しかし、彼らは南から来る正義の光やそれに近しい者と戦うための力となる、と言う事は確かです。仕事の内容から細かいことはここでは言えませんが、危険が伴う事は確かです。私たちの考えに賛同され、お子様の仕事を認めて頂けるなら、この用紙にサインして、お子様に私まで渡すようにお伝えください」
エルマは真剣な表情で元悪ガキどもの親たちに、彼らの子どもたちに期待する仕事について説明できる範囲で話すと、深々と頭を下げた。
「この事については倅に話しておくぜ」
「ケフのためか・・・」
元悪ガキどもの親たちはそれぞれ口々に子供たちがどう言う言動をするかを語り合いながら館から去って行った。
「あの子たちを何としても守らないといけませんね」
ちょっとした躾のつもりでやったことが思ったより大ごとになったことにエルマは苦笑を浮かべていた。
「俺たち、役立って見せます」
「ケフのため、エルマさんのために」
翌日、朝一番にお館のホールで、元悪ガキどもは新たな仕事に就くことを親が認めたというサインが書かれた用紙をエルマに差し出していた。
「危険な仕事です。訓練もきつくなります。遊ぶ時間も無くなるでしょう。それでもいいのですね」
エルマの問いかけに元悪ガキどもは真剣表情で頷いた。
「よし、分かった。お前ら私について来れば、骨は拾ってやる。心配するな」
「応っ」
悪ガキどもは歓声をあげてエルマに応えていた。
「アイツら、正式に雇われたのか・・・、無事にいられるといいけど」
奥方様の工房に向かう途中、ブレヒトたちを見たネアは彼らの身を案じて呟いていた。
【グルトのバカと競い合っていた頃からすると大した進歩なんだけど。危うい感じがするんだよな】
ネアはブレヒトたちが、その純粋性や直向さから暴走したり、敢えて勝てない相手に突っかかって行くのではないかと不安を感じていた。
「一回、鼻っ柱を折ってやるかな」
ネアは彼らが変に自信過剰になっているように感じ、その自信を崩してやろうとちょっと黒い思いにとらわれた。
ブレヒトたちの仕事ですが、主として情報集めになると思います。彼らは鍛えられているものの、完全ではなくまだまだ発展途上です。また、エルマに対する淡い想いもあるのでいい所を見せたいがために暴走する恐れもあります。根性だけはあると思われますのでそれなりに役に立つでしょう。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。