296 困りごとと希望
私用でバタバタすることが増えてきて、毎週のUPが滞るかもしれませんが、エタった訳ではありませんので、引き続き生暖かく見守って頂けると幸いです。
「うわっ、エグイ」
これは、エルマの戦いを見たネアの素直な感想だった。
エルマは、長剣を腰だめにして突っ込んで来るのを自分の間合いに入るまでじっと待っていた。
「っ! 」
長剣を少し身を捻ってかわすと同時にエルマは男の喉を木剣で強かに突いた。突かれた男はそのまま動きを止め崩れ落ちる。その背後から少し小柄な男が崩れ落ちた男を跳び越すように彼女に飛び掛かってきた。
「くたばれ・・・?」
男の前には木剣を突き出した後、次の動きにかかろうとしているエルマがいるはずだった。しかし、彼の視界に入ったのは木剣の切っ先だった。そして、それが彼の見た最後の光景だった。
「なんだ? 」
ヴォルは目の前で一瞬にして2人の部下を失ったことに驚きの声を上げた。まさか、エルフ族しかも侍女が一瞬の内にそれなりの鉄火場を渡り歩いてきた男を2人を屠った事が信じられなかった。
「俺のことも忘れないでおくんなせぇよ」
ハチはエルマに斬りかかろうとしている男の正面に飛び込み顔面に拳をめり込ませるとのけぞった男の肩を抑え込むと身体を掴み上下逆さまにするとそのまま、男の脳天を石畳に打ち付けた。
【パイルドライバー? 】
その有様を目撃したネアは目を丸くした。ハチは綺麗にパイルドライバーを決めてさっと立ち上がったが、石畳に脳天で杭打ちした男が立ち上がることはなかった。
「相手はたった2人だ。一斉にやるんだ」
ヴォルは大声を上げて部下たちを叱咤し、自らも剣を構えた。男たちは一斉にエルマとハチに襲いかかろうとした時、ネアが声を上げた。
「背中っ」
その声を聞いたラウニとフォニーが弾かれたように飛び出した。
「私たちもいるんですっ」
ラウニは走った勢いのまま手近にいた男の背中に飛び蹴りを喰らわせ相手を前方につんのめさせた。彼女は倒れた男の背中に飛び乗るとそのまま腕をクビに回し、ネアが見せた裸締めを喰らわせた。ラウニに下敷きにされた男は暫くジタバタしていたが、その内動かなくなった。
「うちらの事を忘れちゃダメだよ」
フォニーはそう言うと、今度は短剣を抜刀しラウニが斃した男の隣にいた男を背後から袈裟懸けに斬りつけ、相手が振り返った所をすかさず、首に短刀を差し込んだ。男はいきなりの事に驚いたような表情を浮かべたまま石畳に横たわった。
「ガキがいやがった」
エルマに襲いかかろうとしていた男の1人がくるりと進行方向を変えた。
「手前ぇからだ。恨むならあのエルフを恨むんだな」
彼の目はネアを捉えていた。反撃したガキの中で一番生意気な目をした糞猫をぶっ殺せば少しは気は晴れるし、あの糞エルフに少しでも心理的にダメージがあればさらに気持ちいい。
「くたばれっ」
彼は斧を振り上げ、薪を割るようにネアに振り下ろしてきた。
「っ」
ネアは姿勢を低くしてその男に向けて駆け出すと、彼の懐に飛び込み、斧を振り下ろすより早く下から彼の顎をシャフトで打ちぬくようにかち上げた。
「ーっ」
男は奇妙な声を上げ仰向けのまま石畳に倒れ、それっきり目を開くことはなかった。
「生きているのはお前だけだ」
部下たちをあっという間に潰されたヴォルにエルマは木剣の切っ先を向けて静かに言い放った。
「すまない、許してくれ、そ、そうだ。俺の息子、コイツが悪いんだ。コイツをどうしてもいい、だから許してくれ」
エルマの言葉にヴォルは手にした剣を投げ捨てニタニタ笑いながら謝罪を始めた。そして自らが助かるために息子をエルマに売ろうとした。
「つくづくカスだな」
「ドブの臭いがしやすぜ」
窮地に陥れば息子さえ躊躇いもせず差し出すヴォルの言葉にエルマとハチは顔を歪めた。その時、ヴォルはエルマたちに大きな隙ができたと判断し、隠し持ったナイフを構えてエルマに踊りかかった。
「バカがーっ」
ヴォルの顔面に歓喜の色が浮かび上がった。このナイフであの澄ました糞エルフの肉をえぐって、あの面に苦痛と屈辱を張り付けてやる。彼は純粋にそう思っていた。
「! 」
いきなり彼の左目が木剣の切っ先を捉え、それが木剣だと彼が認識しようとした時、彼の左目は光を失っていた。何が起きたか考えようとした時、左目から侵入した木剣は彼の犯罪以外に建設的な事を考えたことがない脳は、それ以降何も考えられなくなった。
「これから、こんなのが増えるかと思うと虫唾が走る」
エルマは動かなくなったヴォルを眺めると彼の動かない身体に唾を吐きかけた。
「喧嘩を売る相手を間違ったヤツでやんすね。うんざりするほどのバカですぜ」
ハチも石畳の上に倒れ動かなくなった連中を眺めて肩をすくめた。
「エルマさん、こんなに殺っちゃって問題にならないでしょうか」
ネアはこの行為は過剰防衛になるのではないかと不安になりエルマに尋ねた。この世界に過剰防衛なる概念があるとすればであるが。
「彼らは犯罪者です。ここに凶状もあります」
エルマはポケットから人相が描かれた凶状を取り出してネアに見せつけた。
「こいつらは、ブレヒトたちを寄ってたかって痛めつけてくれたのですよ。そこに伸びているのが手当たり次第に喧嘩を吹っかけているのを止めた途端に、ヴォルと名乗るこの男が乱入して、数の力で押し潰したのです。もっと鍛えてあげればよかった」
命に別状はないが、それなりに怪我を負ったブレヒトたちの事を思ってエルマは悔しそうに呟いた。
【もっと鍛えるって、アイツら絶対に死ぬぞ】
ネアはエルマの呟きに思わず突っ込みそうになっていた。
「これは、また派手にやらかしましたね」
鉄の壁騎士団長のヴィットは石畳の上に死屍累々となっている凶状持ちたち見渡して仮面の奥の目を細めた。
「放っておくと、ブレヒトみたいな子たちが増えるのは明らかでしたから。この凶状には他国での騎士団員の殺害、婦女に対する口にするもおぞましい暴行、誘拐、強盗、殺人等々、やらかしていない犯罪を探す方が難しいような方々です」
エルマは凶状を取り出してヴィットに手渡した。
「我々も最近、この手の連中が南から逃げてきた人たちに混ざってきているのに苦慮している所でした。助かりました。賞金については後日、お館にお持ちします」
ヴィットは部下たちに転がっているのを乱暴に荷馬車に積み込みませながら、エルマに最近困っていることについて協力をしてくれたことに礼を述べ、賞金に付いて話し出した。
「ええ、弾んでくださいよ。こいつらは生死を問わないでしたよね。裁判する手間とそれまでの食費が浮いて丁度良かったのでは」
エルマは少し笑みを浮かべながらヴィットに言うと彼は仮面から出ている口もとを困ったよう曲げた。
「ええ、そこは充分に反映されるようにします」
ヴィットがネアたちが散らかしたゴロツキどもを掃除した後、エルマは残ったネアたちを呼び集めた。
「賞金が入ったら、皆で美味しいものを食べに行きましょう」
にっこりしながらエルマが言うと、ハチは大喜びして歓声を上げ、ラウニもニコニコしていた。
【人を殺めたのに・・・、俺もだけど・・・、つくづく命が安い世界だよ】
ネアは呆れたような、恐ろしいような気持ちを味わいながらも、何をおごってもらえるかウキウキしている自分がいる事にも気づき、苦笑を浮かべた。
「今日は怖かったですね」
寝巻に着替えたラウニが己のベッドの上でヌイグルミのプルンを抱きしめながら昼間に起きた事件について漏らした。
「エルマさんとハッちゃんが来なかったら、今頃ここに居なかったね」
フォニーも言葉少なめに言うと、ラウニと同じようにヌイグルミのロロをぎゅっと抱きしめた。彼女らなりに恐怖を感じていたのだとネアは気づいた。
「そうですね。怖かったです。あの感触がまだ手に残っている気がするんです。あんな事をすると気分が悪くなるんです」
ネアは己の手をじっと見つめた。今回が初めて人を殺めたわけではない。ヤヅから逃げる時に素手で殺している。でも、あの時はあのままでは殺されると感じての本能的感じての行為だった。しかし、今回はあの男の前に自ら身体をさらすことにより、戦いの場に身を置いたのだ。
「何回やっても気持ちのいいものではありません」
「うちは・・・、今回初めてだった・・・」
ラウニはネアの気持ちに共感し、初めて人を殺めた時の事、母親を殺され、半狂乱で暴れてヴィットに保護された時のことを思い出していた。もし、あの時ヴィットに巡り合わなければ、今頃はどこかでのたれているか、犯罪者になっていただろう。今、こうして思い返すことができるのも、あの時、自分を襲ってくる連中から身を護るために仕方がなかったことであると自分に言い聞かせた。
「死んだら、もう帰って来ることがないんだよね。複雑な気分、ううん、とても嫌な気分」
フォニーは自分の手に血が付いているのではないかと掌をじっとみつめ、そして臭いを嗅いだ。
「血が付いているみたいに感じる」
フォニーが今まで暴力沙汰と無縁で来たかと言えばそうではない。街中でからまれたり、穢れの民と言う事で謂れのない暴力に身をさらしたこともある。ひょっとしたら、今までに誰かを殺めているかもしれないが、その時は生き残ることが最優先であった。しかし、今回は自ら殺意を持って手を下した。後ろからじっと見守っていても良かった。でも、そのためにエルマやハチに何かあれば、その時の自責の念は今の不快感以上に彼女を苛んでいただろう。その事を知っていたからこそ、殺意を持って人に刃を振るったのだ。
「・・・怖かった・・・です」
それぞれが自分の犯した罪について様々な感情に揺さぶられている時、ヌイグルミのタップをしっかりと抱きしめているティマが小さく呟いた。
「ティマ・・・」
ネアがティマを見ると彼女は今にも泣き出しそうな表情になっていた。彼女は、恐怖を訴えようにもいつも護ってくれる姐たちが自己の事で精一杯になっているのを知って我慢していたが、それも限界のようだった。
「怖かったよね・・・」
ネアは泣きそうになっているティマの横に腰かけてそっと震える肩に手を回した。
「私も怖かったよ。でも、もう安全だし、安心して。私もラウニ姐さんもフォニー姐さんもいる。近くにはお師匠様もいるし、剣精様もいる。お館様、奥方様、お嬢に若、皆います。ティマは1人じゃないよ」
「ネアお姐ちゃん・・・」
ティマはネアの膨らみかけた胸に顔を押し付けると泣き出しだした。
「ティマっ、大丈夫、怪我はない? 痛い所はない? 」
その時、いきなりドアを蹴破るようにしてアリエラが入ってきた。そしてネアの胸に顔をうずめて泣いているティマを見ると、その場に膝をついた。
「良かった。無事だったんだ。大変な時に傍にいていられなくてごめんなさい」
アリエラはティマの前に泣き崩れた。そんなアリエラに気付いたティマはネアから身体を離してアリエラに抱き着いた。
「お師匠様っ」
「ティマっ」
2人は互いに呼び合うとがっしり抱き合ったまま動かず、嗚咽を上げるだけだった。
「いつもなら、何かあればすぐに飛んでくるのに・・・」
「今日は、当番の日で持ち場から動けなかったって。歯を食いしばって勤務していたって、食堂でバトさんから聞いたよ」
ネアがアリエラの登場が遅かったことに首を傾げていると、フォニーが横からそっと理由を教えてくれた。
【アリエラさんもティマ離れができるようになったんだ】
ネアは抱き合って泣いているアリエラを見て、彼女も確実に成長しているんだと認識した。
「エルマ様、申し訳ありません。俺たちが不甲斐ないばかりに」
お館に併設された診療所の一室に入れられたブレヒトたちは見舞いに来たエルマに痛む身体を起こして謝罪した。
「あの連中を相手に命を落とさなかっただけでも大したものだ。以前のお前らなら秒殺されていただろうな。身体が治ったらあんな奴らにやられないように鍛えてやる。無理せず身体を治すんだ。お前らの働きはケフの安全を守るために重要だからな。お前らの礼はちゃんとしておいたからな」
エルマはブレヒトたちに優しく語り掛けるとそっと病室を後にした。
「お前さん、随分と暴れたな」
病室から出たエルマにドクターがそっと話しかけた。
「木剣であそこまで人を殺めることができるのはお前さんぐらいだぞ」
ドクターは呆れたように言うと、手にした蒸留酒が入ったグラスをエルマに手渡した。
「最近、腕が鈍りましたね。以前なら瞬殺できたのに・・・」
エルマ恥ずかしそうに言うとグラスに口をつけ一口喉に流し込んだ。
「エルマさん、こちらにどうぞ。肴も用意してますから」
レイシーがそっとエルマに声をかけると居間のテーブルに案内した。
「すみませんね。あの子たちに良くして頂いて感謝しています」
エルマはドクターとレイシーに改めて礼を言い、頭を下げた。
「気にせんでくれ、仕事じゃよ。街の悪ガキをあそこまで鍛え上げるとは、大したもんじゃ」
ドクターはレイシーに注いでもらった酒の入ったグラスを一気に飲み干した。
「最初はちょっとしたお灸を据えるつもりでした。でも、あの子たちは素直で教えた基礎をしっかりできるいい子たちですよ。街の治安の一助として陰で動いてもらって助かっているんです」
エルマはブレヒトたちに見せたことの無い笑みを浮かべた。
「そうすると、あの子たちは剣精様の孫弟子になるのかしら」
レイシーは楽しそうに明るい声を出した。そんなレイシーをエルマはじっと見て少し首を傾げた。
「レイシーさん、そのお腹・・・」
エルマがそこまで言うとレイシーは少し恥ずかしそうな表情になった。
「ええ、ビブの妹か弟です」
レイシーは愛おしそうに自分のお腹を優しくさすった。その様子を見てエルマは目を細めた。
「おめでとうございます。ますますケフが賑やかに、元気になって行きますね。会える日を楽しみしてますよ」
エルマはレイシーのお腹にそっと語りかけた。
「おめでたいことですが、ご注意ください。この事を我が師匠が知ったら、また大騒ぎになりますから。儂も早よう母になりたいとか、ぬかしますから。最近、我が師匠もやっと色気づいてきていますので、お相手の男性に如何なる迷惑をかけるとかと思うと、弟子の身としては非常に忸怩たる思いです」
エルマはそう言うとため息をついた。その為息は昼間のバカを相手にした時のような冷たいものではなかった。
「そうじゃな。剣精様ならいきなり飛び込んでこられても不思議ではあるまい。どんな騒ぎになるかは分からんが、覚悟はしておいた方が良いな」
ドクターは顎髭をしごきながらレイシーに注意を促した。
「剣精様も剣以外にも世界があることを知って頂きたいように思いますね。私は、剣以外の生き方を見つけて、剣だけで生きていた頃より強くなったって思いますよ。足を失ったことは悪いことばかりじゃなかったって思います。エルマさんが心配されるようなことはないと思いますよ」
レイシーはにこやかにそして自信をもってレイシーを安心させようとした。
「心強い限りですが、大事な時期ですから、私もできる限り師匠を近づけない様にしますね。新たな命の健やかなることを祈って」
エルマはグラスをレイシーに掲げた。
「これだけあれば、結構いい感じに飲み食いできますね」
先日、凶状持ちのヴォルたちを退治したことによる報奨金を鉄の壁騎士団から受領したエルマは中身を数えてにっこりした。
「悪党がいなくなって、しかもお金が入ってくる。イイことばかりですね」
「退治される悪党が可愛そうに思える時がありますよ。圧倒的な力量差による一方的な殺戮・・・と見えなくもありませんが」
鉄の壁騎士団員が何か思う所があったのか、少しぐらい手加減すればいいのではないかと言外に匂わせながら言ったが、エルマは敢えてそれを無視した。
「では、ヴィット様にしっかり受領したとお伝えください」
エルマは報奨金の入った袋の重さを確かめるとにっこりした。
「ブレヒトたちにお菓子でも買ってあげましょうか」
最初は礼儀を叩き込むために剣など叩き込んでいたのであるが、街中の情報収集に使ったり、稽古をつけたりしている内に彼女はブレヒトたちを可愛く思い出していた。
「年甲斐もない」
彼女は自嘲的に笑ったものの、彼らに何を買おうかと考えると気分が明るくなってくるのを感じていた。
南の方から追われて来るのは真っ当な人だけではなく、やらかした事のほとぼりが冷めるまで逃げてくる不埒な輩も少なからずいます。特に、郷の間を自由に行き来できる傭兵は困りものです。
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