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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第2章 ふしぎな世界
31/342

30 ご隠居さま

夏が終わりますね・・・、暑いのは続くようですが。

夏の思い出は、手足に残る虫刺されの跡ぐらいなものですが。

 「そうだ、この絵を彼女たちに見てもらおう」

 ルップは見覚えのある三人組に向けて駆け寄ろうとしたが、何かに掴まれてその場によろけてしまった。

 「あの方たちは仕事があるかもしれませんよ」

 パルは肉球のついた指で三人組を指差して兄に余計な面倒をかけないほうが良いと注意を促したが

 「私服だから休みだと思うけど」

 ルップはそんな注意にものの見事に突っ込んで返してくる。

 「あの方たちは常から忙しいのですよ。誰かさんみたいにカフェに陣取って絵を描いたり、屋根に上って笛を演奏して夜を過ごす暇なんてないんですよ」

 パルは少々、兄にあてこすりながら答える。そして兄の服から手を離す気配は見受けられない。

 「確かに、パルの言うとおりだ。ゆっくりさせてあげるのがいいな」

 パルの言動にルップは怒りもせずに淡々と返すと、何事も無かったように歩き出した。パルはそんな兄に引きずられるような形になりながらもその服から手を離さなかった。


 「あれ、あそこにいるのはルップ様じゃないかな・・・」

 両手を先輩方にしっかりと握られながらも首だけを回してどこかで見たようなシルエットを目にしたネアはラウニを見上げながら呟いた。

 「ル、ルップ様?」

 ネアの言葉にラウニより先にフォニーが反応した。そしてネアの視線の先を確認した。

 「・・・」

 ルップの隣をしっかりと確保している白い影を見て、小さなため息をついた。

 「ご挨拶していきましょう」

 ラウニはネアの言葉ににっこりと頷いたが、それを打ち消そうとするように

 「ご兄妹、水入らずにうちらが出て行くと不粋だよ・・・」

 フォニーはその場に立ち止まった。

 「・・・そうね」

 ラウニはフォニーの表情を読み取ると苦笑した。

 「・・・」

 先輩方のやり取りを中間に挟まれながら聞いていたネアに取ってはあまりにも微妙なやり取りなのでなにがどうなっているのかさっぱり分からなかった。前の世界で随分と生きてきたが、この手の惚れた腫れたの類に関しては全く縁がなく、その手の誘いがあっても仕事を優先させて蹴ってきたたための知識や経験の絶対的に不足していた。つまり、この手の事案について言えば身体の年齢と相応のものしかなかった。

 「お夕食とお風呂がまっているわよ」

 頭に大量の?を浮かべているネアと、半ば固まっているフォニーを引きずるようにラウニは歩き出した。



 「パル様って、お美しい方ですね」

 浴場で背中をブラシでゴシゴシしながらネアはラウニに声をかけた。

 「そうね、お顔やスタイルもさることながら、仕草やお言葉づかいまで完璧な方ですよ」

 ラウニは毛の生えていない腹部をタオルで洗いながらネアの言葉を肯定した。

 「レヒテお嬢より、お嬢様らしいとも言われている方、口の悪い連中は、パル様が獣人であることが唯一の難点だって言うけど。失礼極まりない話」

 フォニーは吐き捨てるように言うと顔をバシャバシャと洗い出した。

 「表立って言う人はさすがにいないけど、この郷のお金持ちや名ばかり貴族の子には影で酷いことを言っている人もいるらしいですし・・・」

 ラウニはため息をついた。

 「名ばかり貴族って?」

 ネアは耳慣れぬ言葉を聞き返した。

 「言葉の通り、王都や大きな郷の貴族で家を継げなかったのや、お金で貴族の称号を買った人、特に買った人は酷いよ。下品で偉そうで・・・、この郷には少ないけどね」

 フォニーは何かを思い出したようで、知らずのうちに牙をむいていた。その表情にネアは少し彼女の過去が分かったような気がした。

 「この郷は小さいから、肩書きだけで食べていける人なんていないけどね。継げなかった人は、街で塾を開いて子供に読み書きを教えたり、楽器の演奏を教えたりして生活しています。勿論、そんな稼ぎで贅沢はできませんけどね」

 「お金のあるのとないのが極端?」

 「そう、でも、お金のあるひとは大概いけ好かない人、お金のない人はいい人が多いですよ」

 「いい人は、気前良く寄付したり、物をあげたりするもんね」

 どこの世界も神は二物を与えずなんだ、とネアは妙に納得した。

 「身体を温めたら、ネアは抜け毛の始末ね、フォニーはオケと椅子の整理をお願いします」

 湯船に浸かったラウニはネアとフォニーに指示を出すと目を閉じてお風呂の暖かさに身を任せた。


 翌日は平日の青曜であるにも拘わらず、ネアたちはのんびりと朝の時間を過ごしていた。奥方様やお嬢がナゴーと呼ばれるケフの郷で2番目に大きな街の代官の双子の子供の名づけのためにお出かけになられているため、おめでたいことのご祝儀としてお休みを頂いているのである。ただ、お休みと言ってもそのためにお小遣いが支給されるわけでもないため、買い物するわけにも、おいしいものを食べに行くこともできず、如何にお金を使わずに過ごすかが先輩方の緊急の問題となっていた。

 「図書室で読書がいいと思うけど・・・」

 ネアが悩める先輩たちに建設的な休日の使用法を提案したが、いつもの如く2人から間髪を容れず却下されてしまった。

 「ネアはもっと遊ばないとダメだよ。いつも、何かに追いかけられてるみたいに見えるよ」

 フォニーはじっとネアを見つめてネアの行動について思っているところを言った。

 「・・・」

 この世界に来る直前、かつての部下に何も無い自分の部屋を見て言われた言葉を思い出す。仕事以外に何もなかった生活を延々と続け、世界や身体が変わってもそれだけは変わらなかったこと、変えないと意識すらせずにそうなっていたことを思い返して己の本質は仕事なのかもしれないと思った。

 「遊びもせずに生きていると、人は小さいままになるそうですよ。お使いに行く時は街の風景なんで気にしないけど、お休みの日に出かけるとお花が咲いていたり、新しいお店があるのに気づいたりするでしょ。わき目も振らずに一つのことばかりしていると大切なことを見落としてしまうそうです。・・・、これはご隠居様がよく口にされている言葉ですけど」

 ラウニがにっこりしながらネアに語りかけた。

 「ご隠居様・・・」

 ネアはベッドの上にちょこんと寝転がっているヌイグルミのユキカゼを見つめた。まだ、お会いしたことはないが、このヌイグルミをプレゼントしてくださった方に思いをはせる。

 「うーん、ご隠居様ははっちゃけた方かな・・・、お話してくださるととても楽しいし、どんな人ともすぐにお友達になれるスゴイ人なのよ。特に女の子とすぐに仲良くなろうとするよね」

 「それで、大奥様に怒られたりされてますけど、ステキな人ですよ」

 【随分と遊び人な気もするけど、気配りができる人なのか・・・】

 ネアは先輩方の言葉を聞いて、ご隠居様の人物像を想像してみた。ヌイグルミについていたメッセージカードから考えると格式とかの細かいことには無頓着のようだし、ネアの身体の模様を把握して速やかにヌイグルミを手配するところは独自の情報網を持っているように思われた。

 「一度お会いして、お礼が言いたいです。どこに、行けばお会いできるのでしょうか?」

 ネアはヌイグルミのお礼もまだできていないことを思い出した。

 「んー、難しいなー、ご隠居様は神出鬼没だし・・・」

 「そうですねー、この郷で一番自由な人と言われているんですから」

 先輩方はご隠居様の立ち寄りそうなところを考えてみたが、その半分以上が子供が行けるような所では無いように思われた。

 「お会いしたいのに・・・」

 ネアがちょっと寂しげに呟いた時、部屋の扉がいきなり開いた。

 「そんなにボクに会いたいのかい?子猫ちゃん」

 長身痩躯のロマンスグレーに街の若者が着ているような少し派手なシャツを着こなした紳士がそこに立っていた。

 「「ご隠居様」」

 先輩方ははじかれたように立ち上がると、その場にピーンと気をつけの姿勢をとった。ネアもそれにあわせた。

 「堅苦しいのは抜き、で、子猫ちゃん、ボクに用があるのかい?」

 ご隠居様はネアの前に歩み寄ると視線を合わせるようにその場にしゃがみこんだ。ネアは急いでベッドの上に鎮座しているユキカゼを抱き上げるとご隠居様の目を見て頭を下げた。

 「ヌイグルミ、ありがとうございます」

 もっと、気の利いた台詞を言いたかったが、口にできる台詞はこれが精一杯であった。しかし、その言葉は謝礼の決まり文句を吐く前に素直な感謝の気持ちがあった。

 【俺ってヌイグルミそんなにうれしかったかな・・・】

 ネアは思わぬ感情の表出に少し戸惑った。

 「いいヌイグルミだろ?ラウニとフォニーの一緒の工房で作ってもらった一品ものだよ」

 【このヌイグルミ、このお館に着いた日の夜にはもうあったぞ。すると、いつ注文したんだ?】

 ネアは不思議そうにご隠居様の顔を見つめたが、ネアの疑問に答えるようにご隠居様はウィンク一つを返しただけであった。

 「さーて、淑女の皆様方、今日はお暇かな?」

 ご隠居様は立ち上がるとネアたちを見つめて仰々しいおじぎを一つして見せた。

 「あ、あの、ヒマ、ヒマです」

 「御用があればなんなりと」

 フォニーとラウニがどぎまぎしながらご隠居様の問いかけに応えた。

 「いいねー、それじゃ、これから三人ともボクに付き合ってもらえないかな。ルビクには今日、君たちをボクのお供にするって言ってあるから、気にすることは無いよ」

 「あのー、どちらへ、準備すぺき物は・・・」

 ラウニがおずおずとご隠居様に伺おうとしたが

 「そうだね、服は仕事用、後は釣り道具、門番の所に置いてあるから、出る時にそれを持ってくれればいいよ」

 まだ何か尋ねたそうにラウニ費用嬢を読み取ったご隠居様はニコニコしながら続けた。

 「今日のお昼と夕のご飯は心配いらないよ。おやつも含めてボクが手配しておいたからね」

 きょとんとしている侍女たちにいたずらっぽく微笑みかけながら

 「淑女には準備の時間も必要だろ?ボクは門で待っているから、できるだけ早く来て欲しいなー。じゃ、また後でね」

 ご隠居はさっと手を振ると、現れた時のように唐突に去って行った。読み返さないんだろうか?

 「早く、準備しましょう」

 「待たしちゃいけないからね」

 「了解・・・」

 侍女たちはご隠居様が立ち去った後、慌しく外出の準備を進めていった。

ご隠居キャラをテンプレでやると語尾に「~じゃ」とかになりそうなのですが、無理して軽いノリにしてみました。

冒険活劇を目指していましたが、いつの間にか日常系になっていました。ガンバレ主人公


この駄文にお付き合い頂いた方、ブックマークを頂いた方に感謝します。

一人でも、見ていただいている方がおられる事が励みになっております。

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