286 強いヤツ
だんだんと冬になってきています。物語の中はまだ夏にもなっていないんですが。
このお話が家にこもっている時の暇つぶしになれば幸いです。
「我らに逆らう」
「悪なりっ! 」
残った5名は一斉にストラートに襲い掛かった。それは、ジグソーパズルのピースを合わせたように綺麗なまでに連携された攻撃であった。最初の1人の斬撃が躱されると、次が素早く刺突を繰り出してくる、それを躱すと背後から斬撃が飛んでくるといった、切れ目がなく、確実に相手を追い込んでいく攻撃であった。
「良く鍛錬されていますね。一撃が早く、重い、見事です」
ストラートは彼らの攻撃を躱しながら、感嘆の声を上げた。それは、挑発などではなく、裏心のない彼の本心であった。
「っ! 」
彼の言葉に返されたのは言葉でなく、言葉にならない気合の言葉であった。彼らの態度にストラートは顔をしかめた。
「貴方たちに恨みはないが、神の御許にお帰り頂こう」
ストラートは剣を持ち直すと彼らに一瞬憐みの視線を投げた。そして、身を低くするとつむじ風のように彼らの中に突っ込んで行った。
「鎧を過信しない、お嬢さん、鎧で固めた敵でも攻撃するポイントはあります」
ストラートはマイサに向け鋭い声を発すると、低い姿勢から正義と秩序の実行隊員の顎を下から突き上げた。
「急所を突く、これが基本です」
ストラートは下顎から脳天に向かって突き刺さした剣を素早く引き抜くと、身体を捻るようにして斬りかかって来る正義と秩序の実行隊員の頸動脈を横なぎに切り裂いた。彼は、夜空に向けて吹き上げる血からさっと身をかわすと残りの正義と秩序の実行隊員に正対し、剣を構えなおした。
「情報を持ちかえれ」
ストラートに次の攻撃を仕掛けようとする正義と秩序の実行隊員の1人が彼らの中で一番小柄な隊員に命じた。
「正義と共に」
命ぜられた隊員は残った隊員に告げると、ストラートに背を向けると走り出そうとした隊員の足元を何かの影がすっとすり抜けると、その隊員は石畳の上に転がった。
「それは、困るんだよね」
その影は、倒れた隊員を見下ろすように立ち上がった。その影は短剣を構えたマイサであった。彼女は小さく呟くと倒れた隊員にまたがるようにしてマウントポジションとった。
「ごめんね。これもお仕事なんだ」
マイサは一瞬憐憫の表情を浮かべると倒れた隊員の目に深々と短剣を突き刺し、彼を永遠の眠りにつかせた。
「こちらは終わりましたよ。さ、早くこの場から去りましょう」
ストラートは剣を納めながら、力なく立ち上がり、短剣についた血をハンカチで拭っているマイサに声をかけた。
「でも、こいつらを片付けないと」
「そのままでいいですよ。心配されることはありません。彼らは良い物を身に着けていますから、それを目当てにしている連中が彼らの正体が分かるような物を全部剥いでいきます。だから、そこに倒れている人たちの素性を調べるのに時間がかかるでしょう。王都の衛士は王都以外の人間の生き死にに関してはあまり興味がないんですよ。裏でイロイロとあった結果ですからね。しかし、暫く身を隠す必要はあるでしょう。良ければついて来てください。少なくとも私は貴女より、この街について知っていますから」
マイサが心配そうにしているのを安心させるように言うとスタスタと歩き出した。
「・・・毒キノコは満腹するまで食べる、か。あ、待って」
マイサは、足早に立ち去るストラートの後を小走りしながら追いかけて行った。
残された正義と秩序の実行隊員たちは、一晩中仲間の帰還を待っていたが、空が白み始める捜索のために残った隊員の半分をさらに派遣した。
「ふーん、帰ってこなかったんだ、逃げたんじゃないのか」
残った隊員の長となった男が淡々と使用人たちを連れて帰ろうとした隊員たちがまだ帰還しないことを聞かされた彗星はつまらなそうに言うと欠伸をした。
「任務の途上で死ぬことはあっても、逃げることはない」
彗星に報告した男はむっとした表情を一瞬浮かべたがすぐにいつもと同じ仮面を張り付けたような表情に戻った。
「既に捜索の者を出しています。何かつかめると思います」
「臭いがする前に見つかるといいな」
その隊員は、嫌味を込めた彗星の言葉を無視するように踵を返すとさっさと彼の傍から離れて行った。
「臭いがする前に、以前に彼らの身体が見つかるかもこの王都では難しいかも知れませんよ」
呆れ顔で隊員を見送った彗星にそっとマテグが声をかけて来た。
「ん、どう言う事だ? 」
「王都の住民以外で死んでいるとなると考えられることは多くありません。旅先で病死したか、郷の揉め事で死んだ程度です。揉め事で死んだ奴を金と手間をかけて調べても、余計なトラブルに巻き込まれるだけ、つまり、見てみぬふりですよ」
彗星の疑問にマテグはため息交じりに答えると肩をすくめた。
「王都も大概腐っているんだな」
「腐っていない所を探す方が難しいもんですよ。腐ってなければ・・・」
あきれ果てたような口調で呟く彗星にマテグはそっと視線で先ほどの男たち、正義と秩序の実行隊員たちを示した。
「根底が狂ってるか・・・」
彼らを見て彗星は眉間にしわを寄せた。
「下っ端はどうか知らないが、上はそれなりに腐っていると思うぜ。組織ってのはどうも頭から腐って行くように思うんだよな」
巣性はため息をつくと、前の世界もこの世界も貫かれている原理原則は変わらないと改めて認識した。
その翌日、明日には王都を引き上げることなると言うにもかかわらず、実行隊員たちは消えた隊員たちを探していた。しかし、彼らの足取りはマテグの言うとおり何の手掛かりを得ることもなかった。
「この辺りは足を入れていない」
「穢れきった場所だ」
彼らは、王都の裏町とも言える闇市がある広場の入り口に立ち、険しい表情を浮かべていた。
「穢れてはいるが、何かあるかもしれん」
彼らは人の流れを気にする事もなく、ずんずんと闇市の中心に向かって足を進めて行った。
「あ、あれを」
隊員の1人が闇市の一角を指さした。それは様々な武具を扱っている露店の様で、その店の奥に彼らが着ている鎧と同じものが綺麗に磨かれて置かれていた。
「貴様、これをどこで手に入れた」
隊員を率いてきたリーダー格の男がプロレスラーのような店主に呼び掛けた。
「見てくれは派手だが、しっかりした造りだ・・・、アンタらの同じだな」
店主はリーダーの男に答えると首をかしげた。
「どこで手に入れたと聞いている。貴様はそれら応えるだけだ。余計な事は言わなくていい」
「ここでの取引は、相手の素性、商品の素性は聞かないってのかルールだ。悪いな、その問いかけには答えられん」
リーダーのぞんざいな言葉に店主は少々ムッとしながら答えた。その答えに帰ってきたのは言葉でなく、グローブ嵌めたゴツイ手であった。その手は彼ののどわをためらうことなく喰いついた。
「もう一度問う、どこで手に入れた」
「何回聞いても同じだ」
リーダーは店主の言葉を聞いて締め付ける手に力を込めた。店主はその手を払い退けようとしたが、無闇矢鱈に鍛えられた手は彼の力を持っても退かすことができなかった。
「我らを正義と秩序の実行隊と知っての言葉だな。我らに背くとは貴様は正義と秩序に背くことと同義、よって実力を持って善導する」
リーダーの言葉に彼の後ろに控えていた隊員がスラっと抜刀した。それを見た店主は口元を少し歪めた。
「強盗だ、強盗だぞ」
店主は苦しい息の中、あらん限りの力を振り絞っと大声を上げた。その声を聞いた闇市のあちこちで、雨の後の森に生えるキノコのように殺気が沸き上がった。
「ここで強盗するたぁ、良い度胸じゃねぇーか」
「迷惑料はてめえの命で払ってもらうぞ」
「あーら、イイ男、今夜は楽しめそうね」
いつの間にか正義と秩序の実行隊員の周りをプロレスラーすら霞むような筋肉たちがぐるりと取り囲み、不穏な事を口にしていた。
「円陣を組め。敵に背中を見せるな」
正義と秩序の実行隊員たちは、背後、お尻あたりに何かとてつもない圧を感じ、互いに背を預けると剣を抜いた。
「お前ら、何をしているっ! 」
正に斬りあいが始まろうとした時、筋肉山脈の向こうから大声が飛んできた。
「退いてくれ、お前ら、勝手に何をしている。ここは剣を振るう場ではないぞ」
大声の主は人垣をわけて正義と秩序の実行隊員の元に辿り着き、彼らを睨みつけた。
「英雄様、コイツが我らをっ」
彗星はリーダーが何か言う前に彼を殴り倒した。そして筋肉山脈に向かって頭を下げた。
「こいつら、融通が利かなくて申し訳ない。騒ぎを起こすつもりはない。迷惑をかけてすまない。出来ればあの鎧を・・・」
彗星は謝罪の言葉を口にすると、鎧に乱暴に張り付けられた値札を見て目を瞬いた。そこに書かれている数字は簡単に支払えるような金額ではなかった。
「少しは・・・、ダメか・・・」
彗星は値切りの交渉をしようとしたが、こんな状態で真っ当な商談をできるわけがないと彼は悟った。そして、諦めたように肩をすくめると、だらしなく伸びているリーダーの襟首を掴み引きずように歩き出した。
「お前らも来い」
「しかし、あの鎧が」
「来いっ」
かつて仲間が身に着けていた鎧を見ながら渋る隊員たちに怒声を飛ばして従わせると、彗星はそっと闇市を後にした。
「英雄様、アレぐらいの相手なら我々だけで十分に退治できました。何故、止められたのですか。正義が愚弄されたのですよ」
宿に帰った正義と秩序の実行隊員は彗星に食ってかかった。彼にしては、あそこで何人かを痛い目に合わせて、鎧を手に入れた経緯を確認する手筈であった。それを英雄が台無しにしたのである。表面はいつもと変わらぬ表情であるが内心は煮えたぎっていた。
「あそこで騒ぎを起こして、情報を手に入れてもどうすることもできないぞ。それより、俺たちとの契約を躊躇する連中が出て来るぞ。勝手に市場で暴れて、その理由は誰かに闇討ちされました、じゃ誰も信用なんてしないぞ。今回の行動が全て無駄になる」
彗星は正義と秩序の実行隊員の行動は今回の働きを水泡に帰すようなことになると怒気を込めた口調で静かに話した。
「今回の宣伝にどれぐらいかかっているとお思いですか。それを全部無駄にするような行動は認められません。今回の宣伝にかかった費用を払って、慰謝料も払える財力をお持ちでしたら、ここまでは言いません」
フラキス女史は聊かヒステリックに隊員に掴みかかる勢いで怒声を発した。
「しかし、悪が為されているのを見過ごすことはできません」
隊員は納得できないとばかりに、怒りを込めた視線を彗星に投げつけた。
「悪はここだけか? 他にも悪はある。それを矯正するには金が必要だ。優先順位を考えろ。ここは金が手に入ってからだ。理想だけでは何もできないんだ」
彗星は世の中が綺麗ごとだけで回っていないと隊員たちに訴えた。
「正義を為す事は大切です。しかし、小さな悪を潰して、そのために巨大な悪を見逃すことがあってはなりません。大きな悪から叩き潰すのです。大きな悪を潰すことで、世界も私たちの活動の素晴らしさを知ることになります。この運動はますます大きくなるのです」
不服そうな表情を浮かべる隊員にハイリも彗星の意見が正しいと言い立てた。彼女の参戦により、隊員たちは渋々、帰る準備を始めたのであった。
「アイツら、こんな時は使えないな・・・、俺も大概だが、俺以下だわ」
「次に王都に来られるときは、よく吟味して人選してください。戦バカは必要ありませんから」
ため息交じりに呟く彗星にフラキス女史がヒステリックにきつく、注意とも自分の要望ともつきかねないことを彗星に訴えた。
「お嬢さん、やっと船の手配ができましたよ。バーセンからは馬車になるでしょうけど、出航が早朝のまだ暗いうちですから、あの鎧の連中に見られることもないでしょう。見られたところで我々の顔を知っている者はいないでしょうけど」
港近くの安宿でピリピリしながら待機しているマイサに、買い出しやら船の手配から帰ってきたストラートが話しかけた。
「ありがと。ストラートさんのおかげで助かったよ。助けてもらわなかったら、あの時、あたいは死んでいた」
ストラートの顔を見てほっとしたマイサが小声で彼に礼を述べた。
「女神様の眷属の方に奉仕するのは、女神様に奉仕するのと同じこと。我が信仰の一環ですよ」
「その信仰の告白が無ければ、イイ男なのに。残念」
マイサはストラートの言葉にクスリと笑い声を上げた。ストラートはそんな彼女をまるで父親のように見守りながら静かな笑みを浮かべた。
「信仰の告白も重要な事です」
「その信仰に渡しを巻き込まないでね」
マイサはストラートに告げるとため息をついてベッドにの寝転がった。
マイサたちが泊っているのはベッドが2つだけある粗末な安宿で、衛生面に関して言えば、風呂もシャワーもなく、身体をタオルで拭くのがやっとな宿であった。
「ストラートさん、あたい、何にもお礼できないからさ・・・」
マイサは狭い部屋の中でそっと服のボタンをはずしだした。
「何をするつもりですか。そんな事で私が喜ぶとお思いだったら、安くみられたモノです。それと、貴女の価値はそんなに安いモノじゃないです。身体で支払うおつもりなら、真剣に怒りますからね」
ストラートはそう言うと服を脱いでベッドに潜り込んだ。
【この男、案外紳士なのかな】
マイサは不思議そうにストラートを見ると自分もベッドに潜り込んだ。
「結局、連中は誰にやられたのかな」
「並大抵の腕では彼らには勝てませんからね」
船上から遠くになって行く王都を見ながら彗星は隣で同じように王都を眺めているマテグに話しかけた。
「ああ、それだよ。それだけの手練れがいるんだよな。どんな奴なんだ。ひょっとすると俺より強いかもな。世の中は広い・・・、そしてのあのガキ・・・」
彗星は呟きながらもハチワレの少女の目つきを思い出して気分が悪くなった。
「世の中が広いのは確かですが、英雄様以上の力をもっているヤツなんていませんよ。もしいたら、それこそ、どこかで大騒ぎになっていますよ」
マテグは彗星の思いが杞憂であると言うように笑い声を上げた。
「彗星様以外に英雄はいません」
ハイリはそっと彗星の横に立つとそっと彼にしなだれかかった。
「英雄はいないが、強いヤツはいるんじゃないか」
彗星は世の中に自分に脅威となるような連中がいるのかをマテグたちに尋ねた。
「強いヤツですね。ローカルでは色々といるそうですが、どれもこれも眉唾モノですけどね」
マテグはそう言うと、しばらく考え込んだ。そして何かを思い出したように口を開いた。
「穢れですが、剣精と呼ばれているのがいるそうですよ。どんな奴なのか、目が見えないとか、少女のような見た目だとか、絶世の美女だとか諸説入り乱れていますけどね、エルフ族で女であることは確かなようですよ。それ以外は良く分からない噂話だけですよ」
「その噂なら聞いたことがあります。穢れの癖にやたら強いとか、そんなのが存在すると言う事だけでぞっとします。できるものなら、この世から消えてもらいたいです」
ハイリは剣精の話を聞くと嫌悪の表情を隠すこともなく浮かべた。
「剣精か、できれば会いたくないな。穢れなら斬らなくちゃならんことになりそうだからな」
「ひょっとすると、噂だけの存在かもしれませんよ」
少しばかり真剣な表情を浮かべる彗星に、マテグは心配する必要ないとばかりに明るく言い放った。
「それ以外にもいるかも知れん。俺以外のまれ人、突然変異・・・、心配しても始まらんな。そんなヤツが来たら来た時のことだ。俺が強ければ問題はない。そう、なにも問題はない・・・」
彗星は自分に言い聞かせるように呟いた。それを聞いたハイリは小さく微笑んだ。
「私が、この世界で一番強いのは、彗星様だって信じています。もし、そうでなくても、私はずっと彗星様の見方であり続けますよ」
「その言葉だけでも、心強いよ。何万って味方がいるように思える」
「彗星様、褒めるのが上手になられましたね」
ハイリの言葉に彗星は思わず笑い声を上げ、つられてハイリも笑い声を上げた。そんな2人を見ていたマテグはそっそその場を後にした。
この世界で強いヤツのランキングはありません。ローカルヒーローのようにその土地ごとに強いと言われている人はいますが、全国的にどうかと言うと疑問符が付きます。
かろうじて名が知れているのは剣精ぐらいですが、これも噂程度の話です。
ケフだけで言うと、両騎士団長、エルマぐらいが強い人と認識されています。
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