276 上の存在
誤字の指摘ありがとうございます。
こんなお話でも、一時の暇つぶしに役に立っていれば、書き散らしている身としては
何よりの幸いです。
「サムジ様、次の曲は私のパートナーになって頂けませんか」
王都好みのゴテゴテとした装飾品と焦りを身に纏ったケフより少しだけ大きな郷の少女がアカスに意に声をかけてきた。
「すまない、俺は見ての通りの不調法者でな。他を当たってくれ」
アカスはその少女に視線を合わせることもなく手にした小皿に盛られた肉料理を只管口に突っ込んでいた。
「・・・」
その少女はアカスの取り付く島もない様子にその場に立ちすくんでいた。その姿を視界の隅に捉えたアカスは小さなため息をついた。
「俺と近づきになって、あわよくば輿入れまで持って行け、と言われたのか。そして、アンタは言われたままに動いている。そこに自分の思いはないのか」
アカスは醒めた目でその少女を睨みつけように見ると、憐れみを込めたように尋ねた。
「・・・そうよ。弱小な郷は少しでも強い郷に取り入らないと、ずっと貧しいまま。最初から何もかもある人からは分からない事かも知れないけど・・・。だから、何としても・・・」
その少女の目には、生活のために、自分の手に余る事が分かっていながらも、大きな獣を狩ろうとする猟師のような悲壮感が滲み出ていた。
「確かにスタムの郷は、それなりの富も力も持っていて、俺は生まれた時からそこに居た。そのおかげで言い寄ってくる奴には事欠かいたことがない。それと同じように狙われることも事欠いたことはない。アンタからすれば贅沢な話だろうが、そいつらは俺の顔を見ていない、そいつらは俺の立場や肩書、郷が持っている富しか見ていない。そんなヤツと友になれるか。家族になれるか」
アカスは寂しげに言うと、侍女からワインのグラスを受け取り一気に煽った。その言葉を聞いた少女はそのまま俯いて黙り込んでしまった。
「そんなに落ち込まないで、アカス様は誰とも踊らないと言われているんです」
そんな少女にルシアは慰めるようにそっと声をかけた。
「ふん、貴女に何が分かるって言うの。私の郷は、貧しいの。貴女の郷と違って、貧しさから抜け出したいの。郷の民に少しでもいい生活をしてもらいたいの。郷主だけが良ければいいなんてことは、言ってられないの。そのためには、何だってする」
少女は喰いつくような表情でルシアを睨みつけると、その勢いに思わずルシアは後ずさった。
「うちも貧しい方だよ。言っちゃ悪いけど、ルシアちゃんの所はうちより小さい。でも、ヤヅはケフにもたれかかろうなんてしないし、ケフも同じ。ちゃんと自分の足で立たなきゃ、大きな郷に飲み込まれてしまうんだよ。アカス様はそんなお考えはないと思うけど、酷い所に飲み込まれたら、郷の民の生活は酷くなるよ」
レヒテはルシアを庇うように前に出るとルシアを睨みつける少女に言い放った。
「周りを大きな郷に囲まれた小さな郷の苦労も知らないくせに。小さな郷は大きな郷にくっついて行くしか生き残れないんだ。生き残るためなら、郷の民のためなら・・・、何だってやってみせる、覚悟しているんだ」
少女は涙目になりながら叫ぶようにレヒテににじり寄った。レヒテはそんな彼女に引くこともなく、じっと彼女の目を見つめた。
「そんな覚悟があるのに、どうして自分の足で立とうとしないの。小さな郷だからこその強みもあるんだよ。民と郷主の距離の近さ、郷主の思いの伝え易さ、素早い動き、大きな郷が苦手とすることだよ。どんな郷にも強みがあると私は思うよ。ケフは能力があれば、種族も出自も問わない所が強みかな」
「理想を語るだけなら、誰でもできるんだよ。ちっ、時間を無駄にしたわ」
少女は捨て台詞を吐き捨てるとさっさと次の獲物を探しに行った。その背中には何かに苛ついているような、諦めのような寂しげな影がまとわりついていた。
「大きな郷と付き合うという事は、常に飲み込まれることを考えておかないといけないから、難しいよね」
「俺は、友達の大切なモノを飲み込むような趣味はないぞ」
去って行く少女を苦笑交じりに眺めていたレディンが呟いた言葉にアカスは真面目な表情で応えた。
「え、私たちがアカス様のお友達? 」
突然の言葉にルシアが頓狂な声を上げ、その後、恥ずかしそうに自らの口を手で押さえた。
「嫌か? 拳を交えてはいないが、お前らは気持ちのいい奴らだと思っている。難しい事は良く分からんが、昔から俺が気持ちのいい奴と思った奴に悪い奴はいなかったからな。それに、トパーも嫌がっていないから、俺の判断は間違ってないはずだ」
アカスは自分の謎な理論で1人納得していた。その様子を見てレヒテはクスリと笑った。
「私も、アカス様は気持ちのいい方だと思っているから、間違えないよ。私らは皆、お友達だからね」
「そのお友達に私も入っているのでしょうか? 」
ヨーラが少し心配そうな表情を浮かべて尋ねてきた。そんな彼女にレヒテたちは笑顔を浮かべた。
「勿論です」
「やっと落ち着いて食べられるよ」
野ざらし傭兵団長が去ってから一息ついたころ、フォニーがため息交じりに吐き出した。
「あの人、怖いです」
ティマはどうやら野ざらし傭兵団長を生理的に受け付けないようで、身体全体から嫌悪感のオーラを醸し出していた。
「多分、今日はもう戻って来ないよ」
バトは鍋から自分の小皿に具材などを取り分けながらティマを安心させるように話しかけた。
「もうさ、あの人と所帯を持ったら良いんじゃないの。バトの我儘を全部聞いてくれるよ」
顔を赤くしたルロがバトをからかうように言うと笑い声を上げた。
「勘弁してよ。私にも選ぶ権利はあるんだよ」
ルロの言葉にムッとしてバトが口を尖らせながら言い返した。
「相手にも言えることですよね」
ネアがニヤッと笑ってバトに言うと、さらに彼女の口が尖ったようであった。
「もう、お腹いっぱいです」
レヒテを迎えに行く最中に、ラウニはお腹をさすりながら満足そうに呟いた。
「お腹が膨れて眠くなるかもしれないけど、その前にまだお嬢を迎えに行くって仕事が残っているからね」
既に寝落ちしてしまったティマをおぶったバトが欠伸をかみ殺しているネアたちに声をかけてきた。
「うー、少し眠いけどうちは大丈夫・・・多分」
フォニーは大きな口を開けて欠伸をしながら応えると、ルロが顔を少ししかめた。
「寝落ちしてもあと一人しかおぶえませんからね。寝るとそのまま放置していきますから。心配しなくても明日の朝には回収しますよ」
「やろうと思えば、歩きながらでも寝ることができますから」
ネアは前の世界の事を朧げに思い出しながらルロにサムズアップしてみせた。
「それでちゃんとはぐれずに宿まで帰ることができるならいいですよ。はぐれた場合、回収は出来ませんから自分の力で帰ってきてくださいね」
ルロがつまらない事を言うなと言外に纏わせながらネアを睨みつけた。
「はは、そんな怖い顔をしないで下さいよ。私は大丈夫ですよ」
ネアが誤魔化すように作り笑いをすると、ルロはじっとりした目で彼女を見つめてから、小さくため息をついた。
「あ・・・れ、ここ・・・どこ? 」
舞踏会場の入り口に着くと、周りの喧騒で目が覚めたのかティマがバトの背中でモゾモゾと身じろぎして、寝ぼけた声を出した。
「あ、起きたんだね。お嬢が出てくるまでここで待つよ。眠たかったらそのまま寝てていいからね」
バトが背中を振り返るようにしながらティマに優しく声をかけた。
「バトさん・・・あたし・・・」
ティマは何かを言いかけたが、言葉を出し切る前に再び夢の世界に落ちてしまっていた。
「バト、その姿をアリエラが見たら・・・多分、騒ぎになるよ」
ルロは真剣な表情でバトに警告を与えた。
「ひょっとしたら刃傷沙汰になるかもね」
フォニーはその騒ぎが少し楽しみなようで、先ほどまで眠たそうにしていたのが嘘みたいになっていた。
「私は、ティマに何かの被害が及ばないかそれが心配です」
ラウニは、バトとその背中で安らかに眠っているティマを不安そうに見つめた。本人を除くネアたちは、これから嵐が来るかもしれないと気が気でなかった。
「? 」
そんな中、ネアは視界の片隅に見知った姿があるのに気づき、その正体を確かめようとした。
「トパーさん」
ネアは、彼女の方を見て手を振った。流石兎族と言うのであろうか、トパーはネアの声を確認したようで、ネアに向かって手を振り返してきた。
「なんやー、ケフの一行も来てたんかー、まだ出てくるまで時間があるから、こっちに来て。お茶もあるし、腰掛けるものもあるから」
トパーは、さっと近くの大きな馬車の屋根に飛び乗ってネアたちに呼び掛けた。
「お言葉に甘えましょう」
ネアはティマをおぶったバトにトパーの言葉にのるように促した。
「そだねー、このままじゃ、しんどいからねー」
ネアたちは主を待つ使用人たちの間を交わしながらトパーが仁王立ちしている馬車の元まで足を進めた。
「おお、護衛の姐さんじゃないですか」
「おお、可愛い嬢ちゃんたちじゃないか」
馬車に辿り着いたネアたちに声をかけて来たのは、どこの筋者と思われるような人相の種々雑多な種族の男達だった。
「小っちゃい子がいるんや。怖がらせたらあかんやろ」
トパーは馬車の上から一喝すると、ひらりと舞い降り、強面たちを一喝した。
「若のお友達の家臣の方や、粗相があると若の名に傷がつくんやで」
「そうよ。トパーさんの言うとおり、この方たちは私たちに任せなさい」
トパーの一喝で強面たちはさっと退き、その代わり、どこの姐さんかと言うような、郷の使用人としてのお仕着せを纏っていな賭ければ、堅気とは言い切れないようなお姐さんたちがネアたちを取り囲んだ。
「・・・」
ルロは彼女らを一瞥すると本能的に腰に差した手斧にそっと手をかけた。
「無粋な事はしないの」
そんなルロの手をバトがティマを片手でおぶったまま空けた手で押さえつけた。
「連れのご無礼をお許しください。ルロ、頭を下げて」
バトはトパーに深々と非礼を詫びて頭を下げると、ルロもそれに倣った。
「そんな、あらたまったことはええから。小っちゃい子を連れていると守らないとあかんから、普通の対応やで。悲しいけどスタムの郷はこの手の面構えが一般的なんや」
トパーが少し恥ずかしそうにバトに頭を上げるように促した。
「あ、栗鼠の子、寝ちゃっているから馬車の中で寝させてあげて」
ティマをおぶっているバトにドワーフ族の侍女が声をかけ、馬車の扉を開いた。
「勝手に良いんですか。この馬車は郷主様とそのご家族用では」
バトが戸惑っていると横からトパーが笑いながら近づいてきた。
「物ってのは、必要としている人が使ってこそ意味があるんやで。だーれも乗っとらん馬車を後生大事にしてても勿体ないだけや。スタムの郷ではこれが常識や。格式とか礼儀とかそんなんは必要な時だけでええんやって、お館様も仰っているから。気にせんでええんよ。それにむさいおっさんやなくて、かわいい子栗鼠ちゃんが使うんや。誰も文句は言わへん」
トパーは馬車に乗り込むとフカフカのシートにティマを寝かすようにバトに促した。トパーの勢いにバトも面食らいながらそっとティマをシートに横たえた。
「・・・ケフも大概だと思うけど、スタムの郷はすごいよね。うん、上には上があるってことか」
「豪快なんですね」
トパー達の言動を見ながらフォニーが目を丸くしていると、その横でミエルもそのとおりであると頷いていた。
「私らの郷は、鉱山や鍛冶が主な産業やから、どうしても荒っぽいのが集まって来るんや。そんな荒っぽいのをまとめるとなると、まとめる方もそれなりの荒っぽさが求められるってわけや。命と山を削って金を得ているスタムの郷で、種族がどうのこうの、身分があーだこーだなんて言ってる暇はないし、ただ身分にふんぞり返ってるだけやと誰もついて来んから」
トパーが語るスタムの郷の気質を聞きながら、ネアはアカスの性格や立ち居振る舞いがここから来ているのかと納得していた。
「え、ケフって、あのお針子姫の、その服もそうだよね」
あまりにもざっくばらんさに驚いたまま固まっているラウニの服を見ながらさっき声をかけたドワーフ族の侍女が親し気に声をかけてきた。
「ええ、そうです。奥方様の工房で作られた服です」
ラウニがそう答えると、その侍女の表情がぱーっと明るくなるった。
「皆、こっちに来てよ」
彼女は声を張り上げ周りの侍女に声をかけた。
「何だよー」
「子供が寝ているんだぞ」
声をかけられた侍女たちは、口々に文句を言いながら彼女の周りに集まってきた。
「見て見て、この子の服。前に言ったでしょ。お針子姫の服って、凄いのがあるって。皆、信じてくれなかったけどさ」
その侍女はラウニの服を指さして周りの侍女たちに胸を張って、自分の言っていたことが真実であると訴えた。
「え、普通の服だろ」
「どこが違うのさ」
集まってきた侍女たちは口々に疑問を発して首を傾げた。
「ここの縫製、この襟のデザイン、ポケットの位置、フラップの形、私たちの服と見比べてよ。全然違うでしょ。全体のデザインも動きやすそうだし」
声をかけた侍女はお針子姫の作る服が如何に凄いかと声を大にして説明しだした。
「そうです。華美にならないのに上品なライン、普通の工房ではこのセンスは真似できません」
その侍女に同士を見つけたとばかりに、いつの間にかデニアがその侍女の横で如何にラウニたちが着ている服が如何に素晴らしいかを説いていた。
「あーなると、デニアは止まらないんだよね」
いつの間にかネアの横にやって来ていたケネラが呆れたように呟いていた。
「裁縫の職人を目指したことがあるなら、一度は憧れるお針子姫の工房」
「その工房で作られる一級品」
「分かるじゃねーか」
「貴女こそ」
アカスの侍女とデニアは互いに固い握手を交わしていた。
「あたいは、「小川の小波」のホレル。あんたは? 」
「私は、「水たまりの波紋」のデニアです。近い将来、お針子姫の工房に弟子入りしようと思っています。奥方様がお断りになられても無理やり押し掛ける所存です」
デニアはホレルに己の決心を話した。その言葉にホレルは目を輝かせた。
「あたいも、弟子入りする。絶対する。そして、今の実用性のみの郷の服をおしゃれにするんだ」
「私もです」
この出会いから、デニアとホレルはモーガが知らない所で着々と弟子入りの準備を始めるのであった。
デニアとホレルが裁縫談議に盛り上がり、ネアたちがトパーからおしおキックの極意を教わっていた時、舞踏会が終了したのであろう、着飾った連中がお供を引き連れてぞろぞろと会場から出てきた。
「そろそろ、ティマを連れて来ますね」
バトがトパーに告げると彼女は頷いてそっと馬車の扉を開いてくれた。
「ケフと一緒に居ったのかー」
散々飲み食いしたアカスが満足したのか楽しそうな表情でトパーに話しかけた。
「しーっ、今、ティマちゃんが眠っているんです。静かにしてください」
トパーはバトの背中で寝息をたてているティマをそっと見つめ、小声でアカスに注意した。
「そうか、小さい子は寝るのと泣くのが仕事のようなモノだからな」
アカスはトパーの言葉に頷くとにっこりしながら眠りこけるティマを見つめた。
「バト、ティマは私が面倒をみるから」
バトがティマをおぶっているのを確認したアリエラが慌てて駆け寄ってきて息を切らせながら訴えた。
「ここで、交代したらティマが目を覚ますよ。そっと寝かしておいてあげるのが優しさだよね」
バトが珍しく正論のようなモノを吐き、その言葉にアリエラは項垂れて頷くことしかできなかった。
「アカス様、うちの者たちがお世話になり、ありがとうございます」
ティマが馬車で休ませてもらっていたことをルロから聞いたレヒテはアカスに深々と頭を下げ感謝の言葉を述べた。
「ある物、立っている者は何でも使え、が我が郷の教えだ。気にする事は無いぞ。どうやらうちの家臣の1人がお針子姫に弟子入りしたいそうだから、ま、よろしく頼む」
アカスは軽くレヒテに頭を下げた。
「ところで、若。この様子からするとレヒテ様と随分親交を深められたようですね。ダンス、楽しかった? 」
レヒテと親し気に言葉を交わしているアカスにそっとトパーが複雑な表情で尋ねてきた。
「アカス様は、誰とも踊られていませんよ。アカス様のダンスのパートナーはトパーさん以外あり得ないようですから」
レヒテはアカスとトパーの2人を見つめてニヤッと笑ってみせた。
「わ、若・・・」
「当然の事を言ったまでの事だ。さ、お前ら、行くぞ。君らも気をつけてな」
アカスはそう言い残すと、馬車に乗り込むと、顔は毛で分からないが耳が赤くしているトパーをはじめ徒歩での移動になりそうな家臣に乗り込むように命じ、すし詰めの状態で宿に戻って行った。
「豪快と言うか、漢らしいと言うか、脳筋と言うか・・・、郷主ではなく親分って感じだなー」
ネアは去って行くスタムの郷の紋章が刻まれた馬車を見送りながら呟いた。
スタムの郷は当初、鉱山で発達し、そこから産出された鉄を加工することにより大きくなった郷です。
トパーが言うように荒くれ者たちが集まり、いつ間にか郷主は親分的な性格を持つ存在になって行きました。ただ、スタムの郷の荒くれ者たちは、非道を嫌う、心優しい荒くれ者たちです。
何より、実を重視する郷ですから、礼儀作法や種族や身分などの面倒な事は、スタムの郷では価値が低く、どうでもいい事になっています。これが、ケフ並みのフランクな郷となっている所です。
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