273 世の中は広い
誤字の指摘、ありがとうございました。この場を借りてお礼を致します。
何とか、いつものように日曜日UPできました。
このお話で少しばかりでも退屈しのぎになれば幸いです。
「えーと、この人、おじい様が情報収集させるために、私らより先に王都に行かせたみたい。ルロ、心配しなくてもこの人は味方だよ。ま、イロイロあったけどね。もし、私らに向けて剣を抜いたり、逃げ出したら始末しても構わないってことだから。これでいいよね。ルロ、それに物を言わせるのはちょっと早いみたいだよ」
レヒテはマイサに圧をかけて確認するように尋ねると、マイサは表情をひきつらせながら、無言で頷いた。その横でルロは無言のまま斧の刃にカバーをかけなおした。
「ご心配いりませんよ。行く所も帰る所もない身です。運よくご隠居様に拾われた命です。如何様にもお使いください。だから、その怖い目で見るのをやめて下さい。剣精様の教えもちゃんと守ってますし」
マイサは涙ぐみながらスカートをたくし上げ、ラールの教えをしっかり守っていることもレヒテに訴えた。そんな彼女の様子を見てレヒテは笑みを浮かべるとマイサに近づき、跪く彼女に視線を合わせるようにしゃがみ込んだ。
「貴女の言葉を信じるよ。それでさ、今まで何をしていたの? それより、そこに座って」
「私のような者の言葉を信じて頂けるなんて・・・、ありがとうございます」
レヒテは近くの椅子を指すと、優しく彼女の肩を叩いた。その言葉に感動したのかマイサは目に大粒の涙を浮かべた。マイサは鼻をすすりながら椅子に腰かけると、今までの事を話し出した。
「私は、お嬢たちが来られる6日前に王都に着きました。そこから流しの侍女として、いろいろな郷の日雇いをしてきました。主の人となりを知るには、仕えている人たちに話を聞くのが手っ取り早いですし、下衆なゴシップを手に入れることもできますから」
マイサはラウニが淹れてくれたお茶を飲みながら、王都に着いてからの話をすると、自身か雇われた郷の情報を語りだした。
「大きな所で、ケフにも良くして頂いているルナルの郷のヨーラ・エイザー様ですが、身分、種族に拘らない上に、面倒見の良いお優しい人のようです。但し、不正を働く者に対しては情け容赦はない方のようで、そのような事をしでかした輩は死ぬより恐ろしい目に遭って、いつしかヨーラ様の犬にされてしまうようです。最近だと、ナルゴの郷のヨーブ・イェッカ様がそのような目に遭われています。護衛の長としてリガン・ディトマ様、20歳にして、その人格、剣の腕から護衛隊長に選ばれています。お付きの「月光」のキヌ様、ヨーラ様がお生まれになった時からずっと仕えている、文武両道のヨーラ様お付きの筆頭侍女です。ヨーラ様の身のお世話から、家事全般、武芸に至るまで恐ろしいほどの高みにある方と聞きました。また、常に冷静で、何があっても動じることがないような方だそうです。ルナルの郷はヨーラ様だけでなく侍女、下男に至るまで、身分、種族に拘る人は少ない感じでした」
「私が感じたとおりだよ。頼れるお姉さんって感じがするんだよね」
レヒテは自分の見て感じた事とマイサの言葉に違いが無い事を確認して頷いた。
「キヌ様って、イクルさんと違うタイプのパーフェクトな侍女だよね。凄い人ってあちこちにいるんだね。うちも、いつかそんな風に噂されたいなー」
フォニーはキヌの凛とした佇まいを思い出しながら、自分が全然その域に達していないことを改めて思い知っていた。
「・・・そして、今日、お嬢に突っかかってきた人ですが。サンドゥの郷のクーレイオ・ヴォイオ様、お歳は、お嬢と同い年です。サンドゥの郷、そんなに歴史は無い郷ですが四郷の一つ、ナグアの郷に隣接しており、穀倉地帯として栄えています。大規模に農業を行っているため、安価な労働力として、穢れの民、主として獣人を酷使している郷です。エルフ族、ドワーフ族は接待系、工業系の仕事を割り振られ、彼らも獣人と同じように酷使されているようです。侍女や下男に穢れの民はいませんでした。彼女らは、正義の光について好意的な見方をしています。私が穢れの民に比較的寛容な北方出身者であると言うだけで、随分と舐めた口をききやがりましたね。私の主観ですが、サンドゥの郷とケフの郷は相容れることはありません」
マイサは一気に言うと、よほど腹に据えかねたことを言われたのか、深呼吸すると自分を落ち着かせるようにお茶を一口流し込んだ。
「主人があんな感じじゃ、家臣もそうだよね。あそこのお付きがネアたちに絡んできたんでしょ」
レヒテは呆れたような口調でネアに確認した。
「ええ、遠くの方からひそひそと、陰湿な感じでしたよ。ちょっと牙を剥いたらびびってましたけど」
ネアは威嚇した時の彼女らの表情を思い出してクスリと笑った。そんなネアの話を聞いてマイサは少し表情を硬くした。
「サンドゥのクーレイオ様ですが、家臣と直接お話されることはありませんでした。いつも、お付きの執事、クレンを通じて命令されていましたね。こちらからの話もクレンを通じてしかお話をできません。長く仕えている侍女の中にも彼女の声を聞いたことがないと言う人もいましたよ。何回か顔を合わしましたが、常にむすっとされている方でしたね。たった3日間でしたが、一度もお声を聞くことはありませんでした。これも主観ですが、私たちを見る目は人を見る目じゃなかったですね」
マイサはクーレイオの表情や動作を思い返しながら話すと嫌悪感を表情に滲ませた。
「お友達になってもつまらなそうな人だな」
レヒテはウンザリしたような表情になっていた。その横で黙ってマイサの話を聞いていたルシアがおずおずと口を開いた。
「あの、ヨーブとか言うバカと違って、お金も名も発言力もある郷の方ですから、下手に敵に回すと厄介ですよ。楽しい事じゃないですが、お近づきになれれば何かといいかもしれません」
ルシアは冷静にクーレイオとの関係をどう作るかを考えながらレヒテに話した。そんなルシアの話を聞いたノバクは眉間にしわを寄せてルシアの言葉に賛同しかねると難しい表情を浮かべた。
「基本的な方針がケフとはまるで違います。相手にとって我々と付き合って、何か彼らに旨味がありますか。ありません。我々から近づいた時、相手に下手に気取られるだけですよ。逆にお友達になりたいならって、つまらない、有害な試練を課せられるのが目に見えていますね。しかも、お友達とは言葉だけで、郷として臣従せよってことになりかねないですよ」
「そうですよね。あの雰囲気ならお近づきになっても楽しい事はなさそうですよね。・・・あのタイプは上か下かでしか人間関係を築けないみたいですからね。ヤヅみたいな小さな郷だと家臣って思われそうですよね。早計でした。ごめんなさい」
ルシアがすまなそうにレヒテに頭を下げた。それを見たレヒテは慌ててルシアの手を取った。
「早計も何も、端っからアンなのと付き合いたいと思ったことはないよ。向こうから近づいてきてもこちらからお断りするよ」
レヒテはむすっとしてルシアに自分の思いを告げた。その言葉を聞いてルシアは顔を上げた。
「ルシア様、レヒテ様が相手に富と権力があるからって尻尾を振るような人じゃないことは、私たち以上にご存知でしょ」
少しばかり落ち込むルシアにクゥが優しく話しかけた。
「ヤヅは小さくて、貧しいけど、強いヤツに媚を売るまで落ちぶれた郷じゃないよ。もし、ルシア様がそんなヤツに尻尾を振るようなお人だったら、私たちはケフまでお送りした時点で契約解除させてもらってるよ。でも、私らはルシア様を知っているし、信じている。だから、ここまで付いてきたんだ。慣れない侍女の仕事もしているんだ、だから、だから、ルシア様の心の通りに、難しい大人の事なんて考えず、正しいと思われる判断をなさってください。きっと、それが正解、そうに決まってる」
カイはルシアを抱きしめて自分の思いを叫ぶように彼女に聞かせた。ルシアはカイの言葉に黙って頷いていた。
「・・・なんか置いてけ堀になっていますが、簡単にいきますね」
いつの間にか周りが勝手に盛り上がったり、話がすすんでいたりでついて行けなくなっていたマイサは、己の頬を叩いて気合を入れた。
「聞いてないかもしれないけど・・・、ワーティの郷のジャッシュ家、ミーマスの郷のサミリ家ともケフやヤヅに似た価値観を持っています。どちらも豊かではない郷ですので、ケフやヤヅと同じく、それぞれが得意な事で郷を盛り立てて行こうとしていますね。特にミーマスはこれと言った産業がないため、傭兵の派遣が産業になっています。穢れの民が気に入らないとか、種族に拘らなければ良質な傭兵だそうです。で、お嬢に力比べを申し出てきたスタムの郷のサムジ家もケフと同様ですね。しかし、あちらは四郷のナグアの郷に隣接し、良質な鉄を産出する鉱山を持っていて、工業が盛んな郷です。お金も発言力もありますが、穢れの民に対する態度は、現郷主のヒーグ・サムジ様が「種族や身分によって態度や待遇を変えるなんて面倒臭いだけ」の言葉の元、それぞれ種族が力を合わせてさらに郷を盛り立てています。ご子息のアカス様もヒーグ様と同じ考えみたいです。侍女筆頭のトパー様とはお生まれになられた時からのお付き合いだそうです。一説ではトパー様は次期郷主の妻になるのではと噂されていますね。冗談じゃなくてかなり現実味のある話みたいです」
誰も聞いてないように見える中、マイサは淡々と見聞きしたことを報告していった。そんなマイサの言葉を聞いてネアは力強く頷き、思わずつぶやいていた。
「類は友を呼ぶか・・・」
「え? 何その言葉・・・」
誰も聞いていないと思っていたところに思わぬ合いの手が入って、マイサは目を丸くしてネアを見た。
「花は違えど色は同じ、花は同じ色でまとまって咲くってことですね」
ネアは苦笑しながら、この世界の言葉で似たような言葉を引用してマイサに説明した。
「そうですねー、ここに来ている郷の四分の一程度がケフに似たような価値観を持っています。そして四分の一がどうでもいいって考えで、二分の一が正義の光にかぶれていますね。ちょっとした痒み程度のかぶれから、化膿してぐずぐずにかぶれているのまで様々ですがね。サンドゥの郷は侍女から下男に至るまで正義の光にぐずぐずにかぶれてましたよ」
マイサは吐き捨てるように言うと、顔をしかめた。
「マイサさんは、ケフに剣を向けたからその辺りは正義の光寄りかと思っていたけど」
ネアは小首をかしげてマイサに尋ねた。
「あれは・・・、あの時は、任務と言うか、仕事でしたことで・・・、種族とか正義とかそんなの関係ない、仕事でした。私には、種族とか正義とかぶっちゃけ興味がないんです。こうやって話ができるんだから、姿形なんて些細な事ですよ。そりゃ、エルフ族の女性には嫉妬を覚えることも、獣人の身体能力を怖いと思うこともあるけど、それをいつまでも抱えているわけじゃないですから」
マイサはちょっとバツが悪そうにネアに答えた。そんなマイサを見てネアはにっこりとほほ笑んだ。
「流石、ご隠居様が認めた人材ですね。ちょっと不安を感じていたんですが、安心しました」
「今まで不安だったんですかー、この命も身体もご隠居様に握られているんです。本来なら殺されていても不思議じゃないんですよ。そんな私が皆さんに危害を加えるわけないじゃないですかー」
マイサは叫ぶように言うとネアの両手をとってぎゅっと握った。
「だから、信じて貰えてうれしいです。今までこんなこと考えたこともなかったんですよ。でも、信じてもらえるって・・・嬉しい事なんですね」
マイサはうれし涙をこぼしていた。そんなマイサにネアは若干引いていた。しかし、マイサは信じてもらえたのがネアの手を掴んでブンブンと振りまわした。
「ご隠居様が一枚噛んでいたんですか。そうだと間違えないですね」
ルロは警戒を解いて、マイサを穏やかな目で見つめた。
「先輩にそう言ってもらえると嬉しいです」
マイサはうるんだ目でじっとルロを見つめた。
「せ、先輩? 」
ルロはマイサの言葉に目を白黒させているのを気づいたバトがニヤリと笑った。
「ルロ先輩だね」
「バトさんもアリエラさんも先輩ですよー」
ルロをからかうバトにマイサは憧れの目で見つめた。その視線に気づいたバトがギクリとなったのを見てネアは笑い声を上げた。
「ネアさんたちも先輩ですよー」
マイサは笑っているネアにも真剣な視線を向けた。それを聞いていたティマがぱっと表情を明るくした。
「あたし、ティマ先輩」
マイサの言葉にティマが薄い胸を張って誇らしそうな表情になった。
「その表情、かわいい」
アリエラがティマの表情を見逃すわけがなく、まるでネコ科の肉食獣が獲物を襲うようにティマに覆い被った。そして嫌がるティマを無視し、頬ずりをしだした。当初、抵抗していたティマも何かを悟ったような目になってアリエラのなすがままにされていた。
「うーん、どこの郷よりこの何とも言えない、ケフの郷の雰囲気が一番ですねー」
マイサは収拾がつかなくなりかけている有様を目を細めてい視ていたが、はっと目を見開くと、アリエラとティマを見て笑っているレヒテに声をかけた。。
「お嬢、明日の舞踏会ですが、下手に誰かと約束したりすると大変な事になりますから注意してください」
「下手な約束? 」
レヒテはマイサの言葉に首を傾げた。そんなレヒテを見てマイサは真剣な表情で訴え始めた。
「舞踏会は、表向きは郷と郷の親睦を深めるというモノですが、実のところは、将来の伴侶、つまり結婚相手を探す場でもあるんです。そんなところで、下手な約束や答え方をすると、婚約したとか騒ぎ出される場合がありますから要注意です。特に小さな郷に対して勝手に婚約の事実を作り、相手が否定すると婚約を破棄したと慰謝料を吹っかけて来ると言う悪質なことをやらかす郷が毎年、少なからずいるそうですから」
「なに、それっ!! 」
マイサの言葉を聞いたレヒテは驚きの声を上げた。レヒテの隣でルシアも驚愕の表情を浮かべていた。
「実際にそれで、違約金が払えなくて臣従を誓わされた郷もあるようです。特に良くも悪くもケフの暴れ姫は噂になっていますから」
「噂って・・・、絡んでくるネタでしょ」
マイサの言葉にレヒテは思わず尋ねたが、その後うんざりしたような表情になった。
「絡んでくるネタと言うか、ケフの郷の事を力で解決するだけではなく、搦め手でも来る厄介な郷と見ている郷と、小さいながらも堂々としているところを評価されている郷もあります。少なくとも壁の花にならなくてすみますよ。お嬢は人気者ですよ」
マイサが嬉しそうに話したが、それを聞いていたレヒテの気持ちはどんどん沈んで行っているように見えた。
「お嬢、黙ってニコニコしていれば、十分な美少女ですから、その方向で行きましょう」
悩むレヒテにバトがアドバイスのような事を言って元気づけようとしていた。
【随分と失礼な激励だな、これもケフ流か】
ネアは苦笑を浮かべながらバトとレヒテのやり取りを見ていた。
「そうだよね。自分で言うのもなんだけど、私って結構美少女だと思うんだよね。うん、一日ぐらいは大人しくしていることはできるからね」
レヒテはバトの失礼なアドバイスをニコニコしながら受け入れていた。
「・・・これって、いい事なのかな・・・」
レヒテの横でルシアが微妙な表情になっていたが、レヒテはそんなことに気付くこともなく、バトと一緒におすましの練習とか言ってふざけていた。
「嘆かわしい事です・・・、これでいいのでしょうか・・・」
そんな様子を見ていたノバクは頭を抱えてうめき声を上げた。ネアは彼の横にそっと近づいて
「ケフは普通じゃないですから・・・」
と、慰めにもならないような言葉をかけると、彼はふとネアの顔を見て頷いた。
「そうですね。普通じゃない、普通じゃない、うん、普通じゃないんだ」
彼は自分に言い聞かせるように何回も「普通じゃない」を繰り返していた。
「今日は舞踏会ですよね」
翌日、会議室に来たレヒテにフレーラが楽しそうに話しかけた。
「そうだね。でも、妙に馴れ馴れしくして、無理やり嫁にしようとする不埒者が出るそうだよ」
楽しそうにしているフレーラにレヒテが注意を促すと、フレーラは不安そうな表情を浮かべた。
「それなら、近くに僕がいるようにするよ」
そんな彼女の様子を見ていたレディンが安心させるように声をかけてきた。
「そんな不埒者は、俺が拳で黙らせてやる」
レディンがフレーラに優しく語り掛けているのを見たのか、いきなりアカスが割り込んできた。そして、ニコリとして鍛えた腕に力こぶを作ってみせた。
「拳で語り合うのは、最終局面のみですよ。共通言語は挨拶に使うようなものではないですからね」
全ての事象を物理的に解決しようとするアカスに流石のレヒテも困惑しながら、いつも自分に言われていることを彼に伝えた。
「成程、共通言語か、俺は口下手だから、俺のためにあるような言語だな」
アカスは共通言語が物理的な言語であると知って嬉しそうに呟いた。
「お強いのは分かったけど、巻き込まないで下さいね」
フレーラが恐る恐るアカスに言うと、彼はちょっと照れたような表情になった。
「お強いなんて・・・、俺は弱き者、ご婦人を護るためと力試し以外で拳を振るったことはない。そこは安心してくれ」
彼はそう言うと豪快に笑い声を上げた。その笑い声に周囲から、何事と視線が彼に突き刺さったが、彼のメンタルはそれぐらいで凹むような柔なものではなかった。
【世の中は広いってこの事なんだ】
そんな彼を見ながらレヒテは己につけられた「暴れ姫」の二つ名など可愛らしいものだと思っていた。
【うん、お淑やかにしておこう】
そして、アカスを見て、己の姿勢を正したのであった。
郷の財力、発言力は平等ではなく、強い郷が弱い郷を武力以外で蹂躙することはこの世界では珍しい事ではありません。少しでも弱みを見せれば鋭く突っ込んでくる弱肉強食の世界です。ケフの郷はのほほんとした平和な郷ですので、このような場ではどうしても浮いてしまったり、悪目立ちするようです。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。