28 嫌な気配
書いていて、つくづく思います。思いつきでやり出すとトンデモないことになるということを・・・。
何故か主人公より周りの連中が動かしやすいような気もしてきました。
がんばれ、主人公(作者が言っている時点で末期的とも言えますが・・・・)
ネアが引きづられるように連れ込まれた雫亭は、二つの顔を持っている。お日様のあるうちは、甘いお菓子とお茶を安価で提供する甘味処、お日様が隠れてからは、安い酒とそれなりの肴を提供する酒場である。そんな雫亭であるが、一つ変わらないことがある。それは、この店が何故か奉公人たちのたまり場となっていることである。そして、勿論、ネアたちが利用するのは甘味処としての雫亭である。
「ここがいいわ」
ラウニは通りに面したテーブルに付くようにネアとフォニーを促した。
彼女たちが席について暫くするときちんとした身なりの若い真人のウェイターが注文を取りに来た。
「今日はお休み?」
「はい、急にお休みがもらえて」
「それゃよかった。で、今日のお薦めは、パンケーキとアップルティーだよ。お財布に優しい中銀貨1枚だ」
「みんなそれでいいかしら?」
ウェイターの話を聞いてラウニが尋ねるとネアとフォニーが頷いてラウニの提案を肯定した。
「じゃ、今日のお薦めを三つだね。ちょいと待っててね」
ウェイターはにこやかに告げるとささっと厨房に向かっていった。このやり取りを見ていてネアはちょっとした疑問を感じた。この世界にやってきてまだそんなにたっていないが、この世界では獣人は真人より下の存在として扱われていることはうすうす感じている。では、なぜ真人のウェイターが年端も行かぬ雌の獣人に砕けた調子であるが、丁寧に対応しているのか、そこが不思議に思えた。
「あの人、大丈夫なの?」
ネアはその疑問を先輩方にぶつけてみることにしたが、適当な言葉がわからず結局はずいぶんと焦点のぼやけた質問になってしまった。
「大丈夫って?ああ、うちらをお客として扱っていること?」
察しの良いフォニーがネアの聞きたいことを確認してきたので、ネアは頷いて、それが正に聞きたいことであること示した。
「うーん、他の郷は多分違うだろうけど、ここではお金を払えばお客様、たとえそれがモンスターであってもね。悪いことをしない、人に迷惑をかけないとか普通のことができる限りヒドイ目にはあわないよ」
「ここを治めているお館様のやり方で、種族で差別してはいけないことになっているんです。だから、獣人や亜人の人でここに住み着く人もいるのですよ」
ラウニは店内を見回して、種々雑多な種族がお茶を飲んだり雑談していたりしているのをネアに示した。
「ここのやり方は、特別だから・・・、他の郷ではお店にすら入れてもらえないことも珍しく無いから」
ラウニがちょっと悲しげに言うと
「お水一杯が大銀貨2枚なんてこともあるみたいよ」
フォニーもラウニの言葉を裏付けるような事例を持ち出した。
「噂だからどこまで本当か分からないけど、無いとは言えない話なのよね」
「他の郷に行ったらあんまり動かないほうがいいのかな」
ネアは自分がケフの郷に沸いて出て良かったとつくづく思った。そうでなければ、今頃どこかの金持ちの慰み者にされていたかも知れない、そう思うと身の毛が逆立つのを感じた。
「この前、ネアが襲われたでしょ、あれもネアを金持ちの変態に売ろうとしたらしいんですよ。・・・、買ってなにをしようと考えているのかしら・・・」
ラウニはこの世界で行われている表に出せない人身売買について少し語った。それを聞いてネアは心中少しほっとした。
【随分としっかりしているが、買った女に何をするかがはっきりと分からないあたりはまだ子供か】
フォニーも想像がつかないらしく、何をさせるんだろうねー、と首をかしげている。
【されることを彼女らに説明したほうがいいかな・・・、いややめておこう。その内、知るようになるからな】
ネアは自分の言葉に頷いたが、先輩方は自分たちと同じ疑問を持っていると思われてしまった。
「ネアも分からないよね」
フォニーの問いかけに、ネアはあわてて頷いて応えていた。
「お嬢さん方、お待たせ、注文のパンケーキとアップルティーだ。熱いから注意しなよ、折角のきれいな毛皮に穴を開けたら大変だからね」
ウェイターは軽口を叩きながら慣れた手つきでテーブルの上に注文した品々を置いていった。
「ありがと、それからさ、おにーさんも、辺に気を回しすぎるとハゲちゃうよ」
にっこりしながらフォニーがウェイターの発言に言い返した。
「それも、そうだな・・・、気に障ったならごめんな」
ちょっと頭をかきながらウェイターは、ゆっくりしていきな、と愛想よく声をかけるとほかのテーブルの客に対応に行ってしまった。
「毛皮・・・」
悪ガキどもからは毛むくじゃらと呼ばれ今度は毛皮と呼ばれたこれは、獣人に対する日常的な悪意のあるなしに関わらず行われていることなのだろうとネアは理解した。
「毛皮、毛むくじゃら、毛深いとかは気にする獣人はどこまでも気にします。私は、別にきにしませんが」
落ち着いた調子でラウニは呟くと静かにカップを口に運んだ。
「あ、あれね、あんなのはいつものことよ。一々腹を立てていたらいくつお腹があっても足らないよ。私は挨拶として言っただけだから」
ちょっと言い訳の色を滲ませながらフォニーは焼きたてのパンケーキに蜂蜜をかけた。
「私の分も残しておいてね。ここの蜂蜜はおいしいんだから」
フォニーの手元をちょっとキツイ目線で見つめながらラウニが注意を促した。
【食べ物になると、落ち着きはなくなるのかな・・・】
いつものすました口調では無いラウニをみたネアは思わず口元がほころんだ。
「あ、なにかありますか?」
ラウニはネアの口元を見逃さず、ちょっと怒ったような口調で突っ込んできた。
「ここの蜂蜜はおいしいんだなって、ラウニ姐さんの動きを見たら、そう思ったから」
「クマ族は蜂蜜にうるさいんです」
ラウニは恥ずかしいのをかき消すためか、ぴしゃりと言い切ると、フォニーから蜂蜜の入ったポットをとりあげると自分のパンケーキにたっぷりと注いだ。
「蜂蜜にうるさいのは分かるけど、ネアにも残しといてあげなよ」
「分かっています」
かけ終わった後ポットの中に確かに蜂蜜はあったが、元の量から綺麗に3等分したと仮定するなら、ネアの取り分は随分と少ないといわざるを得ない量であった。
「・・・」
そのあからさまに少ない量の蜂蜜を無言で表情も変えずにパンケーキにかけるネアを見てラウニはすまなそうに
「ごめんなさい。ちょっとかけすぎたみたい・・・」
ネアに謝ってきたが、元々甘いものがあまり得意ではないネアにとっては充分な量であったので何ら不満は無かったのであるが、もっとうれしそうな表情でかけるべきだったと悔やんだ。
「私にちょうどいい量、甘いのはちょっと苦手だから」
ネアは、ラウニを弁護するためでも、事を荒立てないで済ませようという腹もなく、ただ事実を述べた。
「気を使わなくてもいいの。蜂蜜になるとついつい・・・」
ラウニはしょぼんと俯いてしまった。
「本当に、甘いのは苦手」
ネアはそう言うと、パンケーキを一口分切りわけて、口の中に入れた。濃厚な小麦の香りと味が口腔に広がる。甘さも自分的にはちょうど良い甘さで、蜂蜜をかけずとも充分に楽しめる味であった。
「甘くて、おいしい」
前の世界では、甘いものは苦手と言うより、嫌いであったが、こちらに来てからは甘さに魅了されてきているのを自覚していた。
「ネアって、渋い好みね」
カップをちょっとマズルの横にずらす形でアップルティーを飲んでいたフォニーが感心したように呟いた。
「温かいうちに食べるのが一番だよ」
ケーキを前にしょげているラウニに声をかけた。ラウニは無言で頷くとケーキをちょっと大きめに切り取って口に入れた。すると、見る見るうちにしょげた表情が至福の表情に変化していった。
「蜂蜜って最高」
ラウニは一言発すると、黙々とパンケーキを食べだした。
【野生だ・・・】
ネアは思わず口にしそうになったが、そこは同じ獣人同士、いつ、自分も野生が出てくるかも知れないと思ってその言葉を飲み込んだ。そっとフォニーをみるとやはり、彼女も懸命にパンケーキと格闘していた。
【大人っぽく振舞おうとしているけど、やっぱり子供なんだ】
ネアは、彼女らがまだ子供であることを確認すると何故かほっとした。どんな世界であれ、子供は子供らしく徐々に成長できるのが一番であると、随分と年寄りじみたことを考えていた。
やっとネアがパンケーキを平らげた時、ウェイターが特別サービスだと言って、それぞれのカップに新たにアップルティーをそそいでくれた。それをすすりながら、先輩方の女子会トークを耳にしていると、がやがやと数名の男が店内に入ってきて、隣のテーブルについた。彼らは王都に本店を持つ大きな雑貨商のケフの支店の従業員であった。
「今度の買い付けよ、俺はちょいと行かないことにするよ」
彼らの中のリーダー格のイノシシを思わせる獣人が後輩たちにすまなそうに話した。
「不思議そうな面するなよ。俺も行きたいんだが、最近よ、ワーナンの郷ってよ、俺達みたいな獣人、それとお前さんのような亜人はウケが悪いんだそうだ」
彼らは後輩の1人であるエルフ族の青年を指差して肩をすくめた。
「じゃ、俺も居残りですか」
「そうなるな・・・」
「俺達だけじゃ、ちょっとどころか、思いっきり心細いですよ」
真人の男が先輩の獣人に心情を打ち明けたが
「俺らが行くと、いらないトラブルになるのが目に見えている。行商人も穢れの民はあの郷を素通りするようになったらしい」
「何があったんでしょうか」
「正義の光の伝道師が大量に入り込んでいるとか・・・・」
【正義の光って、あのヌビスって奴がかぶれてた宗教じゃなかったかな・・・】
「私は、正義の光が嫌いです。あの一人よがりな考えかたって、絶対おかしいです」
ラウニがむすっとした表情で呟いた。それにフォニーも頷いて賛同した。
「気持ち悪い」
ネアも彼女に同意した。あの手の連中は暴走すると手が付けられなくなるのが定めである。前の世界でカルト宗教がやらかした事件を思い出しながらネアはその害がこの郷に及ばないことを願った。
【えーと、何とか寺院の集団自殺とか、毒ガスはえーと、なに教団だっけ・・・・?】
自分の頭の中の知識にあちこちに虫喰いが生じていることをネアは自覚してぞっとした。事の大まかな内容は覚えているが、固有名詞などがごっそりと抜け落ちているのである。だから、未だに自分の前の世界の名前が思い出せていないのはこれの影響なのであろうと思うことにした。その内、戻ってくるだろうと根拠の無い思い込みでなんとか不安をねじ伏せた。
「ここにも来るのかな」
フォニーが心配そうにつぶやいた。
「お館様が追い払ってくださいます」
ラウニが毅然と言い放った。そこにはお館様に対する絶対の信頼があった。
「そうだよね。あんな連中ここにはいられないよね」
フォニーが不安を消そうとするように同意を求めてきた。
「お館様も、ドクターも、宰相様も、騎士団長も絶対に入れないと思う」
ネアもラウニの意見に同意した。このケフの郷であの連中が言う穢れの民を取り去ったなら、その瞬間にこの郷は機能しなくなるのは誰の目にも明らかであろう。
「真人であることしか、誇れるものが無いヤツラの拠り所なんだよ」
いつの間にかネアの背後の席についていたがっしりした男がはき捨てるように言い放った。
「やつらの話は、性質が悪いからね」
その男と同席していたちょっとケバイお姉さんも同じように呆れたようにはき捨てた。
「ここは、穢れの民にとっては住みやすいところだろ?お嬢さん」
その男はネアたちに向き直るとにっこりしながら尋ねてきた。
「信仰が人を殺すとき」という書物がありますが、熱心すぎる信仰は恐ろしいものがあります。
多様な価値観を認めるというのは非情に困難なことだと思います。
そして、お話はそんなことと関係なくパンケーキと蜂蜜で一喜一憂する小さい世界です。
雑文にお付き合いくださった方々に感謝します。