264 新しい出会い
この季節、体調を崩しやすい気がします。
食べ物も傷みやすくて、勇気が試されます。
食べる勇気、捨てる勇気、貧乏性だと
どうしても胃袋に捨てそうになりますが。
このお話が食べるか捨てるかの葛藤に飽きた時の
暇つぶしの一助となれば幸いです。
「群雄割拠の時代を四郷を指揮し、現在の安定した国にしたのが初代の王です。この王によって、暦が定められ、それまでばらばらであった度量衡、貨幣を統一されたのです。皆さんが使用している銅貨から金貨に至るまで、全てこの王都で造られているのです。そして、生活に欠かせない変換石もです。あ、忘れていました。鑑札を発行する際のインクも王都で造られています。その製法は王以外知りません。もし、探ろうと思っている人がいるなら、悪い事は言いません。おやめなさい。命を亡くすことになりますからね。これは、冗談ではありません」
でっぷりした文官は小さなハンカチで汗を拭きながら王について、ターレの歴史について簡単に説明していた。
「・・・」
レヒテは、そんな説明を睡魔と戦いながら必死に耳にしていた。その戦いの激烈さは、会場の後ろの方に付き添いとして用意された席にいたルシアにも手に取るように感じられていた。
【レヒテ姐様・・・】
彼女は心の中で手を合わせ、レヒテが睡魔に打ち勝つことを祈っていた。
「貴女は・・・」
馬車に押し込められようとしていた昨日の侍女が声を上げようとしたのをネアはいち早く気づき、さっと己の口の前に手を当てて黙るように促した。
「あの人たち、昨日の・・・」
「ええ、あまり騒がれると厄介な事になりますからね」
ネアの動きを見て、昨日の侍女たちを確認したフォニーがすました表情のまま小声でネアに話しかけた。それにネアは小さく頷くと声を上げようとして固まっている侍女の傍にそっと歩いて行った。
「あ、あの、昨日は・・・」
3人の中で一番背が高く黒髪を背中の半ばあたりまで伸ばした少女が立ち上がり小声で話しかけてきた。
「それは、ナシです。私はケフの郷から来た侍女見習いのネア。「湧き水」のネアです。こちらは・・・」
「うちは、フォニー、「霧雨」のフォニー」
「あ、あの、私は「さざ波」のティッカ、この子が・・・」
「わたしは「谷川」のハープ」
「あたいは「小島」のルッチよ」
黒髪のティッカが自己紹介すると、栗色の髪をおさげにしてちょっとソバカスのある少女が立ち上がって軽く会釈すると、赤髪をポニーテールした一番背が低くにも関わらず凹凸がはっきりした少女は立ち上がってにっと笑った。
「立ったままもなんですから、取り合えず腰を降ろしましょう」
ネアは小さな声で彼女らを促すと、小さなテーブルを囲むようにして彼女らは腰を降ろした。
「わたしらはワーティの郷から若・・・、レディン・ジャッシュ様の侍女として来ているのよ。・・・昨日はありがとうね。助かったわ」
ハープは小さな声でネアたちに礼を述べた。
「それを言うなら、ハッちゃんに言って下さいね。アイツらをやっつけたのはハッちゃんだから」
フォニーが蚊の鳴くような小さな声でワーティの侍女たちに説明した。
「臭いと思ったら・・・」
「どこの家畜かしら・・・」
ネアの耳に、小声ながらもしっかりとした口調で、穢れの民、特に獣人を揶揄する言葉が飛び込んできた。
「どこにもいるんだねー」
フォニーが呆れたような表情で声がした方向を見ると、下手な郷のご令嬢よりゴテゴテと着飾った侍女たちが顔の前で手を仰いで顔をしかめていた。
「あれ? 」
しかし、彼女らの視線はネアたちに向けられておらず、その事にネアは首を傾げた。
「あの子たちだよ」
フォニーが視線を向けた先には、質素すぎる作業着を着たネアたちと同い年ぐらいの猟犬を思わせる大型犬と巻き毛の小型犬を思わせる犬族の少女が尻尾を股の間に巻きそうな勢いで小さくなっていた。
「・・・私たちが一緒にいていいんですか」
場の空気を察したネアがワーティの郷の侍女たちにすまなそうな表情で尋ねた。
「え、何の事? 」
ルッチがネアが何を気にしているのか理解できず首を傾げた。
「この子たちと一緒にいるだけで、わたしらもとばっちりを喰らうってことよ。わたしは、気にしないけど。ルッチ、相変わらず鈍いよ」
ハープが小さなため息をつきながら、ルッチの鈍感さにむすっとしていた。
「私は・・・、尻尾とか耳とか毛皮なんて気にしません。逆に可愛い」
ティッカはそう言うと、今にもネアをワシワシと撫でまわしそうな熱い目でネアを見つめてきた。
「ネア、あの子たちの所に行こうよ」
フォニーはネアの手を引っ張って、居心地悪そうにしている犬族の侍女たちの方向に尖った鼻先を向けた。
「あの子たちを、ここに呼んだらどうかしら。ほら、ここは隅っこだからね」
「あたいが呼んでくるよ」
ハープの言葉にルッチがさっと立ち上がると犬族の侍女たちの元に小走りで駆けて行った。
「さ、どうぞ」
ルッチが連れて来た犬族の侍女たちにネアは椅子を示した。
「尻尾がある者同士、旨くやっていきましょう。うちはケフの郷の侍女見習い「霧雨」のフォニー・・・」
フォニーが自己紹介を始めると次々とケフとワーティの郷の少女たちは自己紹介をはじめ、犬族の少女に微笑みかけた。
「ありがとうございます。私は、ミーマスの郷主バルテス・サミリ様のご長女のフレーラ・サミリにお仕えする「良く焼けたパン」のケネラ」
クリーム色した巻き毛の小柄な少女が周りの視線を全く気にせず元気よく名乗った。
「私・・・「水たまりの波紋」のデニア・・・」
シェパートを思わせる大柄な少女がびくびくしながら己の名前を告げた。
「尻尾があるのってうちらだけかと思ってたけど、仲間がいて心強いよ」
フォニーはミーマスの侍女たちを見て笑みを浮かべた。それにつられてか、緊張を身体全身に纏いつかせていたデニアの表情が少し緩んだ。
「ごめんなさい、私不勉強でワーティの郷、ミーマスの郷について知らないんです。良ければ教えて頂けませんか」
ネアは世界共通の天候の話題より、初対面同士ならお郷についての話題が無難、そして自分の好奇心から他の郷の侍女たちに話題を提供しようとした。
「・・・ワーティはお魚の郷なんです・・・、いい漁港があちこちにあって・・・」
ティッカが途切れ途切れに話を切り出すと、その横でハープが小さく頷いた。
「えーと、場所はね、王都から見て北東の方向にあって海に面していてさ、じいちゃんが言うには海流が良くて、お魚が良く獲れるんだよね」
ルッチはそう言うと、美味しい魚について話し始めた。その話を聞いているだけで何故かネアはよだれが出てきそうになるのを感じていた。
「でも、そんなに豊かな郷じゃないんです。お魚は良く獲れるけど、それだけの郷なんですよ」
ハープはそう言うと自虐的な笑みを浮かべた。
「お魚が獲れるだけいい方だよ。ミーマスも海に面しているけど、酷い遠浅だから、大きな港なんてないし、あるのは砂だけ。その砂のおかげで畑も大変だし・・・、でも郷主のバルテス・サミリ様が先頭になって色々と産業を興そうとなさっていて、小さいけど良い郷ですよ」
ケネラは決して裕福ではない郷の事を卑下することなく、誇らしく話すとその横でデニアが大きく頷いていた。
「ケフには海がありませんから、お魚は川や池から獲れるものか、お隣のヤヅの郷から運んでもらっているんです」
「お魚は獲れないけど、布を作っているんだよ。で、着る物については結構いい線行っていると思うよ。この服もケフの奥方様、お針子姫が直々にお作りになられた服なの」
フォニーはそう言うと、今着ている服が良く見えるように立ち上がった。
「・・・お針子姫、聞いたことあります。古着でもすごい値段していました。こんな近くで見られるなんて・・・」
デニアは視線で穴を開けるような勢いでフォニーの身に纏っている仕事着を見つめた。
「デニアは、見た目に似合わず、お裁縫が得意なの。この服もデニアのお手製なんだよ」
ケネラはフォニーと同じように立ち上がって仕事着を見せた。その出来はネアたちの着ているものと比較すると見劣りするのは否めなかったが、その造りはモーガの手堅い仕事に通じるものがあった。
「ネア、この仕事・・・、すごいよ」
「奥方様に直々に教えを頂いている私らでも、ここまでは出来ません」
フォニーとネアはデニアの作った仕事着を見つめて驚嘆の声を出した。
「ほ、褒められてる? お針子姫様に手ほどきを受けている人に・・・」
デニアはあまりの事に、その場で固まってうわごとのように呟いていた。
「デニア、良かったね。努力が実ったよ。ずっと、お針子姫様に憧れていたもんね」
ケネラは固まっているデニアの背中を撫でてやりながら優しく囁いた。デニアはその言葉に只頷くだけであった。
デニアが感涙に打ち震えていた時、控室に涼やかなベルの音が響き、越前の講義が終了したことを報せた。
「お昼の時間ですね」
ネアはそう言うと持ってきたバスケットを手にすると、他の郷のお付きたたちも同じように手に手に荷物を持って立ち上がり、控室から飛び出して行った。
「飢えさせるとヤバイことになるよ」
「他の郷の人たちの食べ物に手を付けたりしたら大変ですから、失礼しますね」
フォニーとネアは互いに見合うとワーティとミーマスの郷の付き人たちに挨拶してその場から走り出して行った。
「飢えさせるとヤバイって」
「他人の食べ物に手を出すって」
ワーティとミーマスの侍女たちは特別の事ではなく、日常茶飯事のように恐ろしい事を口走って駆けて行くケフの侍女たちの背中を目を丸くして追いかけていた。
「ネアちゃん、こっちだよ」
ネアたちが、教場となっている会議室に隣接したホールに入ると、片隅のテーブルについているルシアが手を振ってきた。
「お腹空いたよー」
ルシアの横で彼女に宥められるようにしながらレヒテが唸り声を上げていた。
「手持ちのビスケットを与えていたんですけど、それも全部平らげて、抑えるのが大変でしたよ」
ルシアはまるで猛獣を扱っているような事を口にすると苦笑した。
「どうどう、ここにお弁当持ってきていますから。まずはこれで手を拭いてください」
ネアはバスケットからおしぼりを取り出すとレヒテとルシアに手渡した。その間にもフォニーが2人分の皿やカップを用意し、変換石を利用したポットからお湯でお茶を淹れるまでを流れるようにこなしていた。
「今日は、ミエルちゃんが食べやすいようにって、パンに食材を挟んだ料理です。この形にすると、作業しながらでも食べられるそうですよ」
ネアはロールパン状のモノにハムなどの食材を挟んだサンドイッチともハンバーガーとも形容しがたい料理を皿の上に並べると、そっとレヒテの背後に控えた。
「ネアたちは食べないの・・・、あ、そうか・・・、ごめんね」
普段なら主従関係なく食事にがっつくのがケフ流であるが、ここ、王都ではそんな「はしたない事」は
許されるはずがないことを思い出したレヒテが少し寂しげな表情を浮かべた。
「お気遣いありがとうございます。でも、気にしないでください。うちらは控室でいただきますから」
ルシアの背後に控えたフォニーがレヒテに礼を述べると、彼女は渋々食事に取り掛かり、そしていつものように健啖家は健在であることをその食欲でネアたちに示した。
「見てたけど、レヒテ様って気持ちいい食べ方をされるんですね」
午後の講義が始まるベルとともに控室に戻ったハープが楽しそうな表情でネアたちに話しかけてきた。
「うちの若もアレぐらいの豪快さがあればいいんだけどね」
ルッチが明らかに有り合わせの賄と分かる食事を口に運びながら苦笑を浮かべた。
「若は、お優しい方です・・・」
ティッカがおずおずと主について思っていることを口にした。
「あれ・・・、ケネラさんたちお昼は」
テーブルを囲んでワイワイ言いながら食事をしていたケフとワーティの侍女たちは席についてお茶を飲んでいるだけのミーマスの侍女たちに首を傾げた。
「使用人は1日2食にしているんです。ミーマスの郷はお金がそんなに無くて、ここに来ている使用人も私たちと、料理人と護衛が1人ずつですから。だからお宿も・・・」
「隙間風が入ってこない、雨漏りしないです」
恥ずかしそうに現状を話すケネラにデニアはここの生活の方が心地よいとばかりに意見を述べた。
「それは、私たちの環境でしょ。お嬢にこんな思いをさせるなんて・・・、辛いです」
「・・・辛いこと・・・」
ミーマスの侍女たちは俯いて歯を食いしばった。
「お金がないから、私たちみたいな穢れを雇われているように思われるのが辛いのです」
ケネラは食いしばった歯の間から悔しそうな声を絞り出した。
「ケネラさんたちは、安いから雇ってもらっているんですか。もし、体面だけを気にする人なら、この場に穢れの民は連れて来ません。私たちがここに居るのは、ここでの仕事ができると郷主のゲインズ・ビケット様が判断されたからです」
ネアは悔しそうにしているケネラとデネアを励ますように、そして自分に言い聞かせるように語りかけた。
「違うよ。私らは、お嬢、フレーラ様も私らもおむつをしていた頃からお仕えしているんです。このためだけに雇われたわけではないんです」
「お嬢のお尻のしわの数まで知っているから」
ケネラとデネアは互いに自分たちと主であるフレーラとの繋がりは深いものだと確認しあっていた。
「お尻のしわの数・・・ね」
「お嬢との付き合いは長いけど、そこまで知らないよ。侍女としては知らないといけない事なのかしら、どうやって数えたらいいのかな・・・」
デネアの言葉を聞いて苦笑するネアの横でフォニーが真顔で悩んでいた。
彼女らが他愛のない話をしている中、ベルが鳴り今日の講義が終わったことが告げられた。
「私は、ワーティの郷主、エポン・ジャッシュの長男のレディン・ジャッシュです。昨日、我が郷の者がケフの郷の方に危ない所を助けて頂き、感謝致します。この事については、帰ってから正式にお礼を・・・」
会議室から出ようとしているレヒテにレディンは声をかけると深く頭を下げた。そんな彼の様子を見てレヒテは笑みを浮かべた。
「そんな堅苦しい事は要りませんよ。お礼なら、私たちとお友達になってください。お昼の休憩の時にワーティの郷の方の働きぶりを見せて頂きましたが、とても素敵でした。ケフやヤヅに近いものを感じました。・・・レディン様は穢れの民を嫌われるなら無理強いは致しません」
「私・・・僕も堅苦しいのは好きじゃないですよ。うちの家臣たちはあまりにも僕と距離が近すぎて戸惑う事があるくらいですよ。穢れの民についてなら、我が郷に彼らがあまり住んでいないので接点がそんなに無いだけですよ。変わった外見の人って以外の感想は持ってません。噂ではケフは獣人も亜人も堂々と生活できると聞いています。素敵な事だと思いますよ」
レヒテとレディンが挨拶を交わしている所に痩せたレヒテより年下と思われる少女がおずおずとやって来た。
「ケフのレヒテ様とワティのレディン様でしょうか」
「そうだけど・・・」
「そうですが、なにか」
彼女はいきなりレヒテとレディンに深々と頭を下げると礼を述べた。
「私は、ミーマスの郷主バルテス・サミリの長女のフレーラ・サミリと申します。今日、私の付きの者たちが、控室で他の郷の方から嫌がらせを受けている所を助けて頂いたと聞きました。我が郷は穢れの民と真人の間の壁が低いので、このような場であっても穢れの付き人を連れて来たのです、ご迷惑をおかけしていますが、貧しい田舎の郷の愚かな振る舞いとしてお許しください」
非礼を詫びるフレーラの言葉にレヒテの表情が曇った。
「私は、信頼しているからあの子たちをお付きにしているのです。信頼できるか、そうでないかが重要なんです。尻尾や毛皮のあるなしなんて取るに足りないことだと思います。フレーラ様はあの子たちが恥ずかしいのですか」
フレーラにレヒテは強い調子で話しかけた。
「あの子たちはずっと一緒にいるんです。あの子たちのお尻のしわの数も知っているぐらいです。どこに出してもあれほどの忠臣はいません」
フレーラはレヒテにケネラとデネアが自分にとって只の家臣ではないことを力説した。
「それを聞いて安心しました。私はあの子たちのお尻のしわの数は知らないけど、家族だと思っています。あの子たちは否定しますけどね」
レヒテは分かると言わんばかりにフレーラの言葉に頷いていた。
「家臣との距離と言うなら僕の所も近いような気がする。それと、僕が彼女らのお尻のしわの数を知ってたら大変な事だと思う・・・」
レディンは彼なりに思うところがあるのか難しい表情を浮かべていた。
「ミエル、悪いけど明日からお弁当2人分増やしてくれるかな」
宿に帰るとレヒテは厨房で夕食の準備をしているミエルに声をかけた。
「明日からお付きに行く人が増えるんですか」
「お友達になった子のお付きの人の分。その子たちお金の節約のためにお昼食べてないの。だから・・・、お金が足りなかったら私が払うから」
レヒテはフレーラから聞いたことをミエルに伝えると彼女はふふっと笑った。
「1人や2人増えた所で影響はありませんよ。お嬢は細かい事は気にしないでくださいな」
「ありがとう、ミエル」
レヒテは嬉しそうにミエルの手を取るとぎゅっと握りしめた。
ケフは決して裕福ではありませんが、滅茶苦茶貧しいという訳ではありません。
繊維産業と被服関連が栄えていなければ、最貧郷の一画にいても不思議ではありません。
貧しい郷は騎士団の数を揃えることも、維持することもできないため、治安が悪くなることがあります。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。