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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第2章 ふしぎな世界
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27 お約束

喧嘩を勝手に買う奴というのは、経済感覚が普通じゃないと思ったりしております。

痛い思いをして、場合によっては金まで払ったりしなくちゃならなくなって・・・、

強盗にあうのと大して変わらない様な結果になるんじゃないでしょうかね。

 「貴女、またやったみたいね」

 翌日、奥方様の執務室で反物や糸を整理していたネアに、練兵場でのグルトとの一件を耳にした奥方様がニコニコしながら声をかけてきた。

 「・・・」

 やらかしました、と答えるわけにもいかず、かと言ってとぼけるわけにもいかずネアは黙って立ちすくんでしまった。

 「でも、怪我はさせていません」

 ラウニがネアに代わって答えた。それに続いて

 「相手が先に手を出してきたんです」

 フォニーも弁護しようとした。

 「殺気丸出しで打ち合った人もいたらしいわね。フォニー」

 奥方様は目を細めてフォニーを見つめた。その視線にフォニーは固まってしまった。

 「レヒテと言い、貴女たちといい、ここには勇ましい子しかいないのかしらね・・・」

 奥方様は軽くため息をつくと

 「身を守ることは大切、でも、見境の無い力は罪にしかならないのを良く覚えておいてね」

 固まっているネアの肩をポンと叩くと

 「奪った命は二度と戻らないのよ」

 ぼそっと言われた言葉にネアはただ頷いて応えるだけであった。

 その時、執務室の扉がノックされた。

 「入って」

 奥方様が声をかけると扉が静かに開かれ、そこには事務方と言われる職務に当たる真人の若い男が深々と頭を下げていた。彼はゆっくりと頭を上げると少々緊張した色を滲ませながら口を開いた。

 「報告いたします。本日の朝、ナゴーの代官、アーゲン・ケイレス様にお子様が御生れになりました。奥方であられるミレイユ様、お子様たちにも変わりは無いとのことでございます」

 何とか、噛まずに報告の言葉を言い終えるとその若者は小さなため息をついた。

 「おめでたいことね。それより思ったより早いから少しきになるけど。・・・、えっと、貴方お子様たちって言ったわよね」

 奥方様は緊張の冷や汗をかいている若者ににこにこしながら尋ねた。

 「は、あ、あのそれは・・・、双子であられるとのことで・・・、元気な男のお子様と、お美しい女のお子様であるとのことであります」

 若者は手にしたメモに必死に目を走らせて直立不動の姿勢で答えた。

 「そうなの。良いことが2倍ね」

 「は、その件でお館様からの伝言があります」

 「伝言?」

 奥方様は小首をかしげて若者を見つめた。その姿を見た若者に、この人物が二児の母には見えぬと思わせるこコケティッシュな動作であったが、何も奥方様はそれを狙ったわけではなく、天然に為されているだけのものであった。

 「は、ケイレス様がお願いされていた名付け親についてであります。男児はお館様自らが名づけるとのこと、女児の名づけに関しては奥方様にお願いしたいとのことであります」

 「それは、光栄なこと。ご苦労様、その件は承ったとお館様に伝えておいて。フォニー、彼にそこのクッキーを渡してあげて」

 奥方様は、ティーポットの乗った小さなテーブルのボウルに入っているクッキーを見てフォニーに命じた。フォニーはそのボウルから一掴みクッキーを取り出すと、テーブルの上に置いてある懐紙にそれを包んだ。

 「お疲れ様です」

 フォニーはにっこりとして若者にその包みを手渡した。

 「あ、ありがとうございます。それでは、失礼いたします」

 若者は包みを片手に深々と頭を下げると、入ってきたときと同じように静かに扉を閉めた。

 「随分と予定を変えないといけないわね・・・」

 奥方様は腕を組んで暫く考えていると、再び扉がノックされた。

 「入ります」

 「入っていいわよ」

 奥方の返事を聞いて、扉を開けて入ってきたのはエルフの侍女であった。

 「お嬢・・・、いえ、奥方様、出立の準備をお願いします。お館様は、お昼を召し上がってすぐに立つとのことですので」

 「分かったわ。貴女も同行して頂戴。それと、まだ、貴女にとって私はモーガお嬢みたいね。木漏れ日のエルマ」

 奥方様は、金髪をアップにした侍女に微笑みながら答えた。

 「申し訳ありません。先先代様からお仕えしているとどうしても・・・」

 エルマと呼ばれたエルフは悪びれる様子を見せることもなく苦笑しながら答えた。

 「?」

 このやり取りを耳にしていたネアは思わず首をかしげた。それを見たラウニが小声で

 「あの方は、エルマ様、このお館の侍女の長です。いえ、使用人全ての長とも言えます。先先代様に見込まれてここにお仕えになられているそうですよ。この郷の生き字引とも言われるスゴイお方なんです」

 と説明してくれた。

 【噂には聞いていたが、エルフってのは年齢をとらないんだ】

 ネアは、どう見ても20代前半にしか見えないエルマを不思議そうに見つめた。

 「貴女ね、新しく入った、武闘派の侍女というのは」

 ネアの視線に気付いたのか、エルマは微笑みながらネアに声をかけた。

 「武闘派・・・」

 いつの間にか妙な仇名が付いていることにネアは驚くと共に、噂が一人歩きしないことを祈った。

 「どんな暴れん坊かと思ったけど、時を心得ているようね。流石、お館様、人を見る目がしっかりしておられます。では、奥方様のお部屋でお待ちしております」

 エルマはにっこりすると深々とおじぎして執務室から退出していった。

 「レヒテとギブンも連れて行かないとね。・・・、ラウニ、2人に指示して、ここを掃除したら自由にしていいわ。帰れるのは多分、明後日なると思うから、明日は一日休んでいいわよ。明後日は連絡がなければここで待機していて、作業が遅れるのは嫌だから、すぐに仕事にかかれるようにしてくれているとうわしいわ」

 「承りました」

 奥方様の言葉にラウニは深々と頭を下げた。

 「お土産を楽しみにしていてね」

 奥方様はそう言い残すと足早に執務室から出て行った。

 「じゃ、さっさとお掃除しましょう。ネアはポットとカップを片づけて。フォニーはモップを持ってきて、床が終わったら、窓を綺麗にしましょう。それが終われば、今日のお仕事は終わり」

 「さっさと終わらせようね」

 「了解」



 定められた目標が明確な場合、人の行動は積極的かつ迅速となる。この場合も例外ではなく、3人の少女の手により奥方様の執務室は昼食の時間の前に、大掃除を終えた後のような状態になっていた。

 「ご飯食べたらどうする?」

 昼食までの短い時間、彼女たちは自分たちの部屋で身体を休めていた。

 「まず、街に行く」

 ラウニの問いかけに、フォニーは浮き浮きしながら答えた。

 「お小遣いはそんなにないけど・・・」

 「私も同じです。ネアは?」

 ラウニとフォニーはお小遣いの不足を少し嘆いた。

 「ネアはどうします?」

 「この本を読んで、字を覚える・・・」 

 ネアはアルア先生から借りた文字の教範を手にして答えた。

 「だめ」

 「却下」

 ネアの行動は二人から反射的にダメ出しを喰らってしまった。

 「うちらと違って、ネアは、放っておくと仕事してたり、勉強したりで全然遊ばないよね」

 「街のことを知らないと、お嬢に庶民の生活を聞かれた時に答えられないことになりますよ」

 ラウニはそう言った後、やる時はやってます、とフォニーを睨んだ。

 「分かった・・・」

 どうも、ネアの勉強して、杖術の稽古をすると言う計画は先輩方の強権発動によりご破算となってしまった。


 「黒曜じゃ無いときの外出って、伸び伸びできるよね」

 「そうですね。私も嫌いじゃないですよ」

 私服に着替えた先輩方に手を引かれながら、ネアは彼女たちの会話を聞いていた。

 【そう言えば、前の世界で休みって取ったことあったかな・・・】

 生活の9割がたを職場で過ごしてきたネアには新鮮というより初めてといったほうが良いような体験であった。しかし、懐が寂しいのは初めてではなかった。

 「お小遣いがこれだけか・・・」

 フォニーは巾着を開いてため息をついた。

 「たいしたものね、フォニーは大概使い切ってしまうものね。でも、前の黒曜はいろいろあったから使う時間がなかったから残ってはいるでしょ」

 「そんなに無駄使いして無いよ。小銀貨4枚残っているし」

 「小銀貨が6枚ぐらいある」

 ネアも巾着の中身を確認してラウニに報告した。 

 「私は、7枚。贅沢はできないけど、お茶とケーキぐらいなら充分に楽しめますね」

 「じゃ、雫亭かな」

 前回に引き続き、今回も勝手に物事が進んでいく、己の無力感をかみ締めながら手を引かれながら通りを歩いていると、通りのあちこちで子供たちから数名のグループで遊んでいるのを目にした。それぞれが走り回ったり、棒っきれを振り回したりと男の子も女の子もせわしなく動き回っていた。

 【本来なら、この子達もあの中で遊んでいる年代だな】

 ネアは先輩方を見上げ、何故彼女らからお館で働くことになったのかと疑問に思った。ただ、雑談をしていても家族の話などが出ないことから、彼女らも自分と同じように天涯孤独な身の上であるとぼんやり認識していた。直接に尋ねるのが手っ取り早いのであるが、微妙な問題でもあるため相手が話すまで待つつもりである。この方針を暫く変更する気はなかった。

 黒曜にマーケットが開かれていた広場に入ると、あちこちで子供たちが遊んでいる姿が目に付いた。先ほどの通りに居た子供たちに比べると、この広場にいる子供たちの着ているものは綺麗で高価そうに見えた。

 そんな子供たちの間を手を引かれながらかわす様に進んでいると。

 「待て」

 彼女たちの前に自分たちと同じような年代の男の子が数名行く手を遮った。

 「・・・」

 ラウニとフォニーは彼らを無視して、彼らの横を通り抜けようとした時

 「そのデカイ耳は飾りか?毛むくじゃら」

 どこかで耳にしたような声が聞こえてきた。ネアはその声の主を確認してため息をつくと小さく頭を振った。

 【やっぱり、思ったとおりのガキだったな・・・】

 「なんか用?あたんらと違って、うちらはそんなにヒマじゃないのよね」

 むすっとしたフォニーが言い返すと

 「あんたには用は無い、俺が用があるのはそこの猫だ」

 少年はネアを指差し

 「謝るなら今のうちだぞ、謝ったところで許すとは限らないけどな」

 うれしそうな笑みを浮かべた。相手に対して人数的に、そして、自分の家の影響力、さらに配下のガキに助っ人を呼んでくるように命じて、現在助っ人がこちらに向かってくる予定である。負ける要素は全く無い、これらの余裕が彼を饒舌にした。

 「卑怯な手を使って俺を馬鹿にしたことを後悔することになったな。命までは取りはしないが、それなりの痛い思いと恥ずかしい思いはしてもらうぞ」

 その少年は、配下の少年に手で合図した。合図された少年はさっと使い込まれた木剣を彼に差し出した。

 「彼はネアの知り合いなのですか?」

 ラウニがネアを覗き込むようにして尋ねた。

 「一緒にお稽古した」

 「あ、それで、こうなっているのですね」

 ラウニはネアの言葉で全てを悟ったようである。フォニーも

 「根に持つ男って嫌だなー」

 と露骨に嫌な表情で少年を見つめた。

 「畜生が人様に舐めた口をききやがって、お前らは見逃してやろうと思ったが、お前らも躾けてやる」

 少年を中心にして10名近い数の真人の少年たちが彼女らの前に立ちはだかった。

 「悪いけど、手加減できる余裕はないから」

 ネアはつまらなそうに少年に声をかけ、先輩方がつないでいる手を振りほどいて少年の前につかつかと歩み寄った。

 「お前の身体の毛、全部剃ってさらし者にしてやるよ」

 少年は近づいたネアの胸倉を掴んだ。ネアはその手にそっと手を当てると

 「っ!」

 一瞬にして手首落としを仕掛けていた。大人と違い体格が小さな少年は気持ちいいぐらいにその場に崩れ落ちてくれた。ネアはうつ伏せに倒れた少年の背中に掴んだ手を回して少年の身体を固めてしまった。

 「おい、コイツをどけろ」

 少年は配下の少年たちに命じたが、ネアの両サイドを固めたラウニとフォニーに睨みつけられて立ちすくんでいた。野生の気迫がこもった彼女たちの視線に両親の庇護の元のうのうと暮らしている少年たちは抗うことができなかった。

 「どうした?」

 そんな膠着した状態のなか、いきなり若い男の声がした。

 「兄ちゃん、こいつらを懲らしめてくれよ!」

 ネアに組み伏せられていた少年が大声を上げると

 「なんだと、おい、なにを・・・」

 その若い男は怒声を上げようとして、その言葉を飲み込んだ。

 「・・・一体、何があったのですか?」

 少年の兄は組み伏せられた弟を横目にしながらラウニに尋ねた。

 「彼に聞かれるのが一番かと」

 「兄ちゃん、何やってんだよ。そんなクマ公に構うことなんて」

 少年は大声で叫んだが、少年の兄は弟の言葉に反して軽くラウニに会釈した。

 「おい、何をしたんだ?」

 少年の兄はネアに組み敷かれたままの弟に低い声で尋ねた。

 「俺に、恥かかせた、この猫に躾をしようとしたんだ」

 「随分と躾がなって無い坊やね」

 フォニーが少年の言葉の揚げ足を取るように言うと、少年は更に兄にこいつらを懲らしめてくれと懇願しだした。

 「稽古の時、不意打ちをかわされ、むきになって襲い掛かって返り討ちあった奴がいたと聞いたが、お前だったのか・・・。お嬢さん、すみません、コイツを解放してやってください。こいつには俺が躾をしますので」

 少年の兄の言葉にネアは無言で頷くとさっと少年から手を離して少年から距離を取った。

 「兄ちゃん、なんで助けてくれないんだよ」

 少年が涙目になって兄を非難がましくにらみつけた。その時、パシンと乾いた音がした。

 「ーっ」

 少年が頬を押さえて倒れていた。それを睨みつけるように少年の兄は口を開いた。

 「お前は相手が誰か分かって喧嘩を売ったのか?」

 兄の問いかけに少年は首を振って答えた。誰であろうと自分がむかついた奴に喧嘩を売ってきて困ったことになったことは無かったため、そんなことを考えたこともなかった。

 「お前が喧嘩を売った相手はな、お館の奥方様付きの侍女だぞ。つまり、奥方様の使用人に怪我させるつもりだったのか。それと、無様な負けを二度も見せて恥を知れ」

 兄の叱責に少年は泣き出した。

 「しかも、勝てそうに無いと思ったら、多勢で襲い掛かる、その上、事件が起きていると聞いてきたが俺を助っ人にするつもりだったんだろ?」

 少年の兄は大きなため息をついた。

 「お前のような奴は騎士団にいらん。ちょっと声を耳にしたが、彼女らに毛むくじゃらと言ったよな。黒狼騎士団の団長が獣人であると知ってていったなら俺も承知しないぞ」

 少年の兄はネアたちに平謝りした後、配下にいいところを一つも見せることなくグルト少年は兄に襟首をつかまれたままネアたちの前から姿を消した。

 「収まるかな・・・」

 少年の後姿を見ながらネアが呟いた。

 「また、絡んでくるね」

 うんざりした口調でフォニーが言うとラウニも頷いた。

 「私たちを毛むくじゃら呼ばわりしたことを後悔させてやりますからね」

 ラウニは牙をむいて笑うとネアの手を取って

 「お茶とケーキが待ってますよ」

 今度は優しげに微笑みかけた。

 「そ、あんな奴のことは忘れて、お茶とケーキに前進だよ」

 ネアは捕獲された宇宙人のようにズルズルと雫亭に引き連られていった。

ネアは決して乱暴な子じゃないと弁護したり、お話が進まないといらいらしたりと、お話を作る困難さに直面しています。雑文にお付き合いくださった方に感謝します。

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