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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第20章 将来
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258 台風上陸

大型連休中ですが、お仕事があったり、何だかんだと規制があったりと気が張らせないこともあるとおもいますが、このお話が暇つぶしの一助になれば幸いです。

 「ひょっとすると、うちは、料理の腕でパル様を越えたかも」

 今夜の鍋に入れる芋の皮を綺麗にむきあげたフォニーはその出来栄えを自画自賛していた。

 「パル様がいくら料理をなさると言われても、こんな下拵えからなんて、されないでしょうし」

 ラウニも自らがむきあげた芋を目を細めて見つめていた。

 「下拵えも大切ですが、全ての料理に共通する重要な事項があります。それはお出汁です。出汁を制することで、初めて料理の何たるかの出発点に至ることができるとラシンさんが言ってましたよ」

 人がひくぐらい料理に対して思い入れを持っているお館の若き料理人が口走った言葉を思い出しながら、ネアは2人にこの程度で慢心してはいけないと仄めかした。

 「あたしもお姫様に負けてられない・・・です」

 鍋に入れる根菜類をぎこちないながらも綺麗にカットしていたティマがポツリと呟いた。その目には、いつの日か憧れの人と肩を並べられるぐらいになりたいという希望の色が滲んでいた。


 「自分で料理したものを口にするのは、最高においしいです」

 身体に似合わぬ巨大な食欲に突き動かされたティマは自分が切った芋を口に頬張ってうっとりとした表情になった。

 「最高においしいのは、自分が精魂込めて、愛情込めて作った料理を想っている人に食べてもらって、おいしいと言ってもらえた時だよ」

 バトが訳知り顔でネアたちを視てにやっと笑った。

 「正しく、胃袋を掴んだ瞬間だよ。後はベッドの上で玉っ」

 バトが教育上好ましくない台詞を吐こうとしたのを察したルロが素早く、強烈な蹴りの一撃をバトの脛に放って、バトがとんでもないことを口走るのを阻止した。

 「痛いよ・・・」

 バトは少し涙を浮かべてルロを睨みつけた。そんなバトの視線を見事にスルーしながら、そして、食べる手を止めることなく済ました表情で諭すように口を開いた。

 「ルシア様もいるんですよ。場を弁えなさい」

 ぴしゃりと言い放つルロにバトは言い返す言葉を見つけられず、ムッとした表情で目の前の葡萄酒の入ったカップを手にすると、一気に飲み干した。

 「流石、シモエルフ、場を読まない、敢えて無視するその気概がすごい」

 「ルシア様に近づかないようにしないとダメみたいですね」

 カイとクゥはバトの持つ独特のセンスに本能的に危機感を持つようになっていた。そんな彼女らがレイシーの稽古を受けている

 「そう言えば、稽古の時、カイさん、クゥさんも一緒でしたけど、お嬢の警護の仕事を請けられたんですか」

 ネアは当然のように共に稽古をしていたカイとクゥに首を傾げながら尋ねた。

 「私たちはルシア様の護衛専属ですよ」

 「全ては、ルシア様のために、がモットーです」

 彼女らはにっと笑うと、それぞれが力拳を作ってネアに見せつけた。

 「え、ひょっとすると、ルシア様もお勉強会に? 」

 ラウニ黙って黙々と食事をしているルシアに目を向けた。

 「私は、レヒテ様のお供として王都に行くんです。レヒテ様の秘書みたいなものです」

 ルシアは食べる手を止めてラウニの問いに答えた。

 「私は、反対したんです。でも、旦那様・・・郷主様が『見聞を広めることは郷を継ぐ者には必要だ』とのお言葉で、だから、信頼を置けるカイさんとクゥさんにお願いしたんです。それでも・・・心配です」

 マーカはじっとルシアを見つめていたが、ルシアは彼女の視線なんか意に介さず、また食事に熱中しだしていた。

 「カイさんもクゥさんも互いに良く知っているから、息を合わせての攻撃は襲撃者からすると厄介ね。残念トリオはそれぞれが強いんですけど、連携となるとまだまだな気がするんのよ」

 ネアたちに稽古をつけているレイシーが少し困ったような視線を残念トリオに投げかけると、彼女らはあからさまに視線をそらした。

 「聞いてないって顔しているけど、明日は、たっぷり思い知らせてあげるから。手加減無用ってルーカさんから言われてるからね。命を落とさない限り、何しても良いって」

 レイシーは笑みを浮かべながら恐ろしい事を口にした。その言葉を聞いた時、残念トリオの顔に恐怖と諦めの表情がタイミングを合わせたように浮かんだ。

 「そして、ラウニちゃんたちには地獄を見せなさいって」

 レイシーはラウニたちを見回すと笑みを浮かべた。

 「地獄って・・・」

 「お休みが地獄に変わりました」

 フォニーとラウニががっくり肩を落とすのを見てレイシーは真顔に戻った。

 「私も、ちゃんとお休みしたいのよ。ゆっくりお風呂に入ったり、旦那様とキャッキャッウフフしたいのよ。貴女たちに鬼か悪魔を見るような目で見られて楽しいと思う? 今回の件で優しくて頼りになるレイシーさんのイメージがぶち壊されてるのよ」

 随分とアルコールが回っているのか、レイシーは荒れ気味であった。

 「ビブ、もう眠たくなったようじゃな。父ちゃんとお部屋に行こうか」

 己の妻の怒りの矛先が自分に向けられるのは時間の問題と悟ったドクターはビブをそっと抱き上げた。

 「まだ、眠くないよ」

 親の心子知らず、ビブはドクターの手を払いのけようとした。彼女の態度にドクターはその場で凍ったように動きを止めてしまった。

 「・・・ビブちゃん、おねえちゃんたちとお部屋で遊ぼうか」

 状況を察したアーシャがいち早くビブに声をかけた。アーシャの言葉にビブは母親譲りの笑みを浮かべて彼女に抱き着いた。

 「ドクター、僕は明日の診療に使う器具と薬の準備を・・・」

 「ここに居れ」

 ウェルもこれから訪れるであろう災厄を前にして脱出しようとしたが、許されなかった。

 「お兄ちゃん、ファイト」

 ビブの手を引いたアーシャはすれ違いざまにウェルの伏せ気味になっている耳にそっと囁いた。その言葉に彼は力なく頷いた。

 「診察の仕事は大切です。でも、でもですよ。妻が苦しんでいるのを察することもない、これってどういうことでしょうか? 」

 手にしたコップの中の葡萄酒を一気に流し込んだレイシーがジト目でドクターを睨みつけた。

 「あら、もうお酒がないみたいね。はい、これ」

 ヒルカが厨房から顔を出すと、さっとレイシーの前に真新しい葡萄酒の瓶を置いた。

 「酒は適量が良いのじゃぞ。飲みすぎは身体に毒となるぞ」

 まあ新しい瓶の封を開けるレイシーにおどおどしながらドクターがもう止めるようにと注意をした。

 「・・・いつも浴びるように飲んでおられる方に言われたくありません」

 レイシーはきっと鋭い視線をドクターに投げつけ、手酌で己のコップに葡萄酒を注いだ。

 「ドワーフ族の酒量は真人や他の種族の方からすると多いように見えるだけで、ドワーフ族的には常識的な酒量だと・・・」

 「ルロは黙っていて。これは夫婦のお話です。貴女たちも将来、夫を迎えるとどうなるか、夫選びがいかに重要か見取り稽古しなさい」

 レイシーはドクターのためにルロが出した助け舟をあっという間に撃沈すると、残念トリオとカイとクゥのコンビを睨みつけた。

 「ハードな展開になってきた」

 ネアは水を打ったように静かになった食卓を見回して呟いた。

 「レイシーさん、このお話はラウニちゃんやルシアさんには難しすぎないかなー。あ、ウェル君、マーカさんが最近よく眠れないらしくて、良く眠れるお茶を淹れてくれないかなー」

 これからの展開を予期したヒルカは酒のつまみを持ってきてテーブルに置くとドクター相手にブツブツ言っているレイシーに明るく声をかけ、ルシアとともに退出するマーカの後を追わせた。

 「この子たちには、誰かと一緒になることにまだまだ夢をもっていさせてあげたいのよ。生臭いお話は子供には毒よ。バトのシモネタより教育上問題あるかもね。あら、ティマちゃんはもうお眠かしら」

 ヒルカはティマに大げさに話しかけると、手を小さく動かしてネアたちにここから去るように促した。

 「そ、そうですね。おやすみなさい」

 ヒルカの心を察したネアはさっと立ち上がりペコリと頭を下げた。

 「姐さんたちも昼間随分と動いたから、疲れてるでしょ。私もうクタクタです」

 ネアは急な展開について行けていないラウニの背中を押すようにしてその場を後にした。

 【ヒルカさんが女神に見える】

 ネアは心の中でヒルカに手を合わせ、その場を後にした。


 「あの後さ、散々愚痴ったと思ったら、急にごろにゃんってなって・・・」

 「大人の女の魅力ってヤツね」

 翌朝、食堂で昨夜のレイシーの独演会に巻き込まれた護衛チーム、残念トリオ、ジーエイ警備の面々はウンザリした表情で焼きたてのトーストを齧っていた。

 「結婚かー、私らできるかな」

 「難しいと思いますよ。出会いも時間も無いですからね」

 カイとクゥは自分たちの将来を考え、そしてあまり一般的でないような人生を送らなくてはならないのではないかと不安を感じていた。

 「玉の輿よ。エライ人の近くにいると玉の輿って一発逆転ができるのよ」

 ちょっと寂し気な雰囲気を醸し出している彼女らにバトが力強く言い放った。

 「素敵な貴族やお金持ちの商人の方に目をかけられて・・・」

 ルロも夢見る乙女のような表情で絵に描いた餅を語りだした。

 「私は、ティマちゃんがいればそれでいいの。できれば栗鼠族の方と一緒になってティマちゃんの妹か弟、ふさふさの尻尾が可愛い子を産むの」

 彼女らが将来の家庭の事を語っている中、アリエラだけが妙な方向に全速力であった。

 「おはよー、昨日はごめんなさいねー」

 食堂にやけにつやつやと元気のよいレイシーと油気が抜けきったドクターがやって来た。

 「おい、どうした? 」

 ドクターの萎れっぷりにラスコーが思わず声をかけた。

 「獣人があんなに激しいとは知らんかった・・・」

 ドクターはそれだけ言うと椅子に身体を預けるようにして座り込んでしまった。

 「そうか・・・、今日は精の付くものを食わしてやる。がんばれよ」

 ラスコーはドクターの背中をトンと叩くとその場から離れて行った。

 「あなた、今夜もネ」

 ドクターを後ろから抱きしめたレイシーがそっと彼の耳元で囁いた。その言葉にドクターは機械仕掛けのように首を縦に振るだけであった。

 「お母ちゃん、お父ちゃん、おはよー」

 夫婦仲が良い所にアーシャに連れられてビブが食堂に現れると母親に飛びついた。

 「オハヨー、ビブ。あのね、ひょっとすると来年ぐらいビブがお姉ちゃんになっているかも知れないよ」

 レイシーが妖艶な笑みを浮かべるとビブの頭を優しく撫でた。

 「わたしがお姉ちゃんになるの? 」

 ビブは母親の膝の上に上がって彼女の顔をじっと見つめた。

 「ええ、この調子で頑張ればね」

 レイシーはちらりとドクター見ると彼はすっと視線を外した。

 「お姉ちゃんになりたいよね」

 「なりたい」

 「そうよね」

 母と娘は互いに言い合うとドクターを見つめた。

 「ビブがお姉ちゃんか・・・」

 ドクターは静かに呟くと、こぶしを握り締めた。


 「今日は、私も襲撃者だよ」

 木剣を構えたバトたちの前にレイシーの横に立ったアーシャが元気よく声を発した。

 「斬りあいの間合いと、格闘戦の間合い、これに注意しながら護衛すること」

 レイシーは台詞を言いきる前に最前列に位置していたバトに斬りかかった。

 「何度もやられない、同じ体位ばかりだと飽きられるから」

 バトは素早く振り下ろされるレイシーの木剣を己の木剣で弾くとニヤリと笑みを浮かべた。

 「隙ありっ」

 そんなバトの横からアーシャが回し蹴りを放ってきた。

 「そうは、いかないよ」

 さっとバトの脇に回ったルロが木斧で蹴りを受けたものの、その勢いで少し上体をぐらつかせた。

 「フォローはいいけど」

 その隙をレイシーが見逃すはずもなくルロに風切り音させながら突きを放ってきた。

 「いいけど? 」

 その突きをアリエラが両手に持った短い木剣で挟み込むようにして押し流した。

 「頂きっ」

 剣先がそれたその瞬間を見計らって残念トリオの背後に控えていたカイがレイシーに斬りかかった。

 「甘いっ」

 レイシーはカイの木剣を弾くとさっと身を回して背中をカイに密着させ手にした木剣を素早く逆手に持ちかえた。

 「その言葉、お返しします」

 クゥが背中越しにカイを貫こうとしているレイシーの頭めがけて突きを放ってきた。レイシーはその攻撃に目をくれることなくさっと身をカイから離してその攻撃を避けた。

 「でも、次があるんだよ」

 カイから身を離したレイシーを追撃しようとしたバトの前にアーシャが割り込んで風切り音とともにバックハンドブローを放ってきた。

 「わっ」

 バトは思わず声を上げながらも身をそらして攻撃を避けた。

 「やるじゃん」

 アーシャの攻撃を見たカイは剣を捨てると拳をつくり、アーシャに迫って行った。

 「心得があるみたいね」

 「こちとら、鉄火場でおまんま食べているからね」

 カイの突き出した拳を掌底でいなすとアーシャはその手頸を握り、肘の関節を決めようとした。

 「なんで、剣を捨てたっ」

 アリエラはアーシャに斬撃を放ちながらカイを叱責した。アーシャは悔しそうにカイから身を離すとさっと身構えた。

 「ネア、あの戦いについて行ける? 」

 残念トリオたちの実戦さながらの稽古を木剣を構えながら見ていたフォニーがかすれたような声を上げた。

 「無理です。小細工しないと瞬殺です」

 ネアは木槍を構えながら悔しそうに答えた。その横でティマは目を輝かせてアリエラの動きを追っていた。

 「お師匠様のかっこいい所初めて見た」

 身の軽さを活かした変則的な動きでフォローに回っているアリエラは、ティマをただ溺愛しているアブナイ人ではなかった。

 「アリエラさん、よかったね・・・」

 ネアは懸命に立ち回っているアリエラに小さく祝いの言葉を口にした。


 「いい動きでした」

 「レイシーさんが居ても2対5はキツイよー」

 流石のレイシーも少し息を乱し、その横でアーシャが大の字で横たわっていた。

 「アーシャちゃん、いつの間にそんなに腕を上げたの? 」

 バトが肩で息をしながらアーシャに尋ねると、彼女は顔だけをバトに向けた。

 「ケフの都で襲われた時、一緒にいたシャルどころか自分すら守れなかったのが悔しくてね。少しは強くなれたみたい」

 アーシャの言葉を聞いてカイは目を剥いた。

 「今でも滅茶苦茶強いよ。フォローが入らなかったら、私の肘なんてもう2度と曲がらないことになっている。打撃からいきなり入って来る関節技って・・・。格闘で渡り合おうとした私が馬鹿だったよ」

 カイはそう言うとその場にへたり込んでしまった。

 「格闘でアーシャちゃんに勝負を挑むのは危険なんだよ。アーシャちゃんは人の身体造りをしっていて、治し方も壊し方も知っているんだから。少しでも有利になれる剣を手放すべきじゃなかったの」

 へたり込むカイにアリエラが厳しく、彼女の判断ミスを指摘した。

 「こっちは、攻撃を受けるだけで精一杯でしたよ」

 「斬りこむとカウンターが飛んでくるからね。強烈かつ絶妙な締め付け、まるで名器だよ」

 バトは訳の分からない言葉を吐き散らしながら何とか息を整えようとしていた。

 「昨日から比べると凄い上達」

 息を整え終えたレイシーがそれぞれ疲れ切っている護衛側を見回して素直な感想を漏らした。

 「大地の気を吸収しているのはレイシーさんだけじゃないですよ」

 クゥが荒い息をしながらにやっと笑みを浮かべた。

 「剣精様の教えは正しかった、ということね」

 レイシーは何かに納得したように頷いた。

 「剣精様の教えはそれだけじゃないみたいですね。動きも剣精様から学ばれたみたいですね」

 ネアは先ほどの稽古で身体を密着させ相手の攻撃を封じる動きをレイシーが見せたことに気付いていた。

 「ええ、剣精様の形は勉強になることが多いの。力がない、リーチが短い、これらの弱点を補うには持って来いなのよ。到底真似できないけど、掴みどころのない動きは対峙する時ものすごく厄介なのよね」

 レイシーは自分の腕はまだまだだと感じているようであったが、はっとした表情になった。

 「私は剣士ではなくて、人妻で母親で主婦だからそこまでしなくてもいいかな」

 レイシーは自分の中で納得したようで、大きく頷いた。

 「今日の稽古はここまで、明日は今日よりいい動きを期待していますよ。明日はウェル君にも手伝ってもらうかしら」

 レイシーは不吉な言葉を呟きながら宿に戻って行った。

 「主婦って、最強の職業なのかな」

 「フランさんもなかなか強烈だし、奥方様、大奥方様も・・・」

 ネアは身近な主婦、もしくは人妻の姿を思い出しながら、彼女らの夫君の苦労をしのんだ。

 【男じゃなくて良かったのかな・・・】

 ネアはこの身体で少し苦労が軽減されるのかな、と考えると、性別が変わってしまったことが、まんざら悪い事ばかりじゃないと己に言い聞かせた。

  

 「こんにちはー」

 ちょっとゴツイ馬車と言うかソリが宿の前に停まると、どこかで聞いた元気の良さが突き抜けている声が宿に響いた。

 「この声は、お嬢? 」

 ロビーの暖炉の前でぐったりとしていたフォニーが耳を動かして音を集めると呟いた。

 「あの足音、間違いなくお嬢です」

 ソファーで横たわっていたラウニはガバっと身を起こした。

 「足音は一つ、お供無しって・・・」

 ネアは耳を動かしながら状況を探って首を傾げた。

 「暴走したお嬢を止める人がいない!? 」

 ネアは状況から、最悪の状態に陥っていることを悟ると恐怖に尻尾の毛がぶわっと膨らんでしまった。

 「皆ー、来たよー」

 大きな荷物を背負ったその姿は、到底郷主の娘とは思えぬようなモノであった。彼女はホールにつくなり荷物を床に置くと近くのソファーにどっかりと腰を降ろした。

 「いいお宿だね。私も気に入ったよ」

 狭い馬車の中で固まってしまった身体を伸ばすようにレヒテは手足を伸ばした。

 「お行儀が悪いっ、きちんと座るっ」

 そんなレヒテにいきなり怒声が飛び掛かった。レヒテが驚いて声の方向を見るとマーカが腕を組んで仁王立ちしていた。レヒテはその剣幕に押され、きちんと座りなおした。

 「王都に行って、あまりにも立ち居振る舞いが酷いと、ケフの郷そのものが酷い郷だと思われます。レヒテ様、貴女の動き一つでケフの郷の価値が決まるのですよ」

 ぐっと迫って来るマーカにレヒテは冷や汗をかいていた。

 「お嬢、ここには遊ぶために宿泊するんじゃないんですよ。きちんとした立ち居振る舞いができるようにするためのお勉強の場ですからね」

 レイシーは冷や汗を流しているレヒテにさらに畳みかけてきた。

 「お嬢、ここは地獄の一丁目ですよ」

 ネアが全てを諦めたような表情でレヒテに言うと、彼女はその場で大きなため息をついて頭を抱えてしまった。

 「お父様やお母様からゆっくりしてきなさいって言われたのに・・・」

 「本当の事を言ったら、来なかったでしょ」

 ネアは打ちひしがれているようなレヒテに当然の事ように言い放った。

 【こっちもさらにハードになるんだろうな】

 そう思うとネアも意識せずにため息をついていた。


剣精ことラールがケフの郷にとどまっているのは、居心地が良く、剣の腕がありながらも母親をしているレイシーに学ぶためです。剣の道で名を上げたものの母になると言う大きな目標が果たせていないラールにとってはある意味追い込まれているような状態です。(自分で自分をですが)

彼女を留めるためには、大金も贅沢も効果がありません。居心地が良ければどんな待遇でも居続けますが、そうじゃないと思った瞬間にふらりといなくなる人です。

今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。

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