231 お膳立て
何となく、流行病も下火ですが、気の小さい私は嵐の前の静けさの様に思ってしまいます。
何とかUPできました。
こんなお話が暇つぶしの一助になれば幸いです。
「お師匠様っ」
ケフの都に続く街道をヨグサ親子と共に急ぐわけでもなく歩いているラールの前にビケット家の紋章のついた馬車が凄い勢いで走り込んでくると、馬車が停まりきらないうちに扉が開かれ、エルマが大声を出しながら飛び出してきた。
「久しぶりじゃな、かれこれ5年ぐらいかのう。あれから変わりはなかったかの? 」
ラールは声で飛び降りてきたのがエルマだと悟ると彼女の方に笑顔を見せた。
「何言っているんです。30年ぶりです。・・・しかし、相変わらず個性的なお召し物ですね。・・・おっぱい見えてますよ」
どうやらラールの服飾センスは昔から独特であったようで、その変わらぬ師匠のセンスにエルマは小さなため息をついていた。
「久しぶりに会ったと言うのに、おっぱいが見えているか、見られて減るもんじゃなかろう。大きさはそれほどではないが、形はいい方じゃと思うぞ。鍛錬しておるから垂れてはおらんぞ。ほれ」
ラールはしかめっ面をしているエルマにかろうじて胸にまかれている毛皮をめくって見せた。ラールのいきなりの行動に、ヨグサをはじめ御者や護衛は目を丸くして凝視しそうになるのを理性の力で押さえつけた。
「何をやっているんです。これに着替えてください。速やかに」
エルマは飾り気のない町娘が着るような服を胸をはだけて、敢えて男たちの視界に入ろうとしているラールに押し付けた。
「お、色や柄は分からぬが、しっかりとした作りじゃな。布も良いものを使っておる。流石、お針子姫じゃな」
ラールはエルマから押し付けられた服を撫でながら笑みを浮かべた。
「さっさと着てください」
「ん、この下着もか」
ラールはこの世界でパンツに該当するものを手にしてエルマに尋ねた。
「勿論です」
「しかしのう・・・」
「異論は認めません」
エルマはキッとラールを睨みつけた。その目は師匠を見る目ではなく、鬼軍曹としてお館に君臨している者の目であった。
「ふふ、そうやってすぐにムッとするところは昔から変わらんのう。心を大きく持ち、あるがままを受け入れる。そのあるがままを楽しめとあれだけ教えたのにのう・・・、じゃが、下着はいらんぞ」
「・・・無理強いはいたしません、が、これは吸水性が良いので、ちょっとしたはずみの失敗をフォローする優れものです」
「そこまで耄碌しておらん、締まりは良いぞ。今でも酒瓶程度なら簡単に砕けるぞ」
「お師匠様、何を言うんです。男の方も若い娘さんもいる前で」
「ははは、そう怒るでない。禿げるぞ。着替えるために馬車を借りるぞ。これで良かろう? 」
ラールの事だから目の前で素っ裸になって着替えるのではないかとハラハラしていたエルマに彼女は優しく言うと服を持って馬車に乗り込んで行った。勿論、下着はエルマに返されていたが。
「・・・寝たのか・・・」
ドクターの診察を受け、病室でベッドに横たわると同時に深い眠りに落ちたネアは目を覚ますと窓を見た。窓の外はすっかり暗く、月の明かりが病室を満たしていた。
「不味いっ」
ネアは小さく呻くとさっとベッドから飛び降りた。多分、レイシーが着替えさせてくれたのであろう、ネアは寝間着姿であった。履物も履かず、ネアは病室を飛び出た。
「お、気づいたか、お嬢とラウニたちに知らせなくてはな」
「まだ、身体を休めないとダメよ」
診察室でカルテなどの整理をしつつ、夫婦で差しつ差されつで晩酌を楽しんでいたドクターたちがネアの姿に気付いて声をかけた。
「私の事は良いんです。お館様に申し上げないといけないことがあるんです。悪いんですが、お嬢とラウニ姐さんたちには黙っててください。できれば、私が戻ったことも伏せておいてもらいたいんです。お館に様には、帰った時は疲れていてお話しできなかったことがあるんです。時間がないんです。時機を逃すと無駄な血が流れることになるんです」
ネアは焦った表情でドクターに訴えた。その表情を目にしたドクターはすっと表情を引き締めた。
「お嬢たちは、噂で知っておるぞ。今日もすぐに合わせろと五月蠅かったんじゃぞ。それより、話す事とは、スージャの関のようなことか」
「そうです。奴らを料理するお膳立てはできていると思います。ただ、料理の食べ方を間違えるわけにはいかないんです」
「分かった。善は急げじゃな。まだ、宰相殿、ヴィット殿、ガングがお館様の部屋でなにやら、くっちゃべっておるようだからのう。おお、そうじゃ剣精様もおられるようじゃったぞ。レイシー、お嬢たちには、ネアは臥せっておって面会謝絶、と言っておいてくれ」
ドクターは立ち上がるとレイシーにお館様の所に行くと告げた。
「ネアちゃん、お嬢たちは、とても心配していたのよ。貴女が帰って来たって聞いた途端に、ここに来て、大騒ぎになったんだからね。それとね、急ぐのは良いけど、履物と羽織るものぐらい身に付けないと、ちょっと待っててね」
レイシーはそう言い残してその場を去ると、暫くすると可愛らしいガウンとサンダルを持ってきた。
「この人がビブにって買ってきたんだけど、まだまだ大きすぎるから」
「子供はすぐに大きくなる」
「その すぐ が問題なんです」
夫婦の微笑ましいやり取りをネアは優しい目で眺めていたが、結局ドクターがレイシーに言い負かされ、むっとした表情を浮かべることなった。
「行くぞ。わしも同席させてもらうぞ。ネアが何を言い出すのか、楽しみじゃからのう」
「森の民を脅して道案内させるとは、何度聞いても騎士の道からズレておる」
「船員崩れですからね。騎士でも何でもない、ゴロツキです」
「そんなゴロツキも今では立派に森の肥やしになっておるぞ」
お館様の執務室で広げられた地図を睨みつつ軽口を交わしている原始人から町娘に進化した剣精、騎士団長たちをお館様は無表情に眺めていた。ハリークは会議が堂々巡りをしていることに苛つき、自分自身にそれを打開する策が思い浮かばないことがさらに彼を苛つかせていた。
「剣精様が誘導して下さったおかげで、我らは奴らを撃退しやすくなりました。しかし、撃退しても、ヤヅには我が郷の民やミオウ、ワーナン、それ以外の郷の民が留め置かれている。人質を取られている不利は動かしようがないのか・・・」
お館様は眉間を揉みながら呻くように呟いた。その言葉を聞いた面々は黙り込んで地図のどこかにひっそりと書かれている答えを探すように地図を睨みつけていた。
「ネア、用件があり、入りますっ」
お館様の執務室の扉にノックの音がした後、キリッとした声が扉の外から響いた。
「邪魔するぞ」
ドクターは、部屋の中からの「入れ」の声を直立不動で待っているネアの横からいきなりにゅっと出ると、乱暴に扉を開いて声をかけた。
「お、ドクターとネアか。その顔は、何かあるな」
お館様はネアたちを見ると口角を上げてにやっとした顔つきになった。
「ここは、子供の来るような所じゃないぞ。・・・成程な・・・」
ラールはネアの方に顔を向け声をかけると、暫くネアを見つめるようなそぶりを見せてから、何かに納得したように頷いた。
「今回は、何を考えているんだ」
地図の見える場所にトコトコと歩み寄ったネアをガングが興味深そうな目つきで見つめた。
「奴らを撃退するのは黒狼騎士団ですか」
地図から視線を上げると腕組みをしているガングをじっと見た。
「奴らを直接叩くのは黒狼騎士団だ。逃げるヤツ、取りこぼしたヤツは鉄の壁騎士団で潰す」
ガングは、これでいいよな、とにヴィットに堪忍するように視線を向けた。
「捕虜の尋問などは我々が受け持つ、それと黒狼騎士団の予備として彼らの後方に控えているよ」
ヴィットは仮面の奥からネアを興味深そうに見つめていた。スージャの関での作戦を考えたのがネアであることを聞いていたヴィットは今度はどのような考えをネアが披露するかを楽しみにしているようであった。
「お館様、侍女見習い如きが偉そうな事を口にすると思いますが、お許しを頂けますか」
ネアはお館様に発言する許可を得ようと口にすると、お館様は大きく頷いて許可したことをネアたちに示した。
「タカノ沢は谷の底で、開けてはいるものの、大きな石があちこちにあり、下手に歩くとこけたり、足首を痛めかねません。素早い動きは制限されます。また、街道に通じる道は細く、戦力を街道へ向けるには時間がかかります」
ネアは地図のタカノ沢を指さしながら自分が認識している地理的な特性を口にした。
「そのとおりだな」
ガングはネアの言葉に同意し、ヴィットは頷いた。それを確認したネアはお館様を見ると彼は腕を組んだまま「うむ」と小さく口にした。
「続けます。質問があればその都度お願いします。先ほど言ったように、動きを制限されることは私たちも同じです。迂闊に攻め入れば簡単にやられてしまいます。まず、奴らの戦力を弓の関節射撃で徹底的に削ります。この地形なら射手の姿を見せずに攻撃できると思います。木々の伐採の必要はあると思いますが。撃ち下ろしの利点は捨てられません」
ネアがそこまで説明するとじっと地図を見ていたハリークがネアに手を上げて発言の合図をすると、ネアをじっと見つめた。
「子供とは思えない分析ですが、奴らが森に逃げ帰ると追いかけるのは難しいと思いますが、そこはどう考えていますか」
ハリークは沢に森へと続く道を指さした。
「伏兵を配置します。彼らが主力となると考えています。森に入る奴は彼らで追い返すか討ち取ります。逃げられると、後々面倒な事になりますから、1人も逃がさないことが重要な事です。攻撃するタイミングは奴らがタカノ沢の特性である、外からは気づかれにくい点を利用して攻撃のための態勢を整えた時です。その時は輜重隊もここで炊事したり、気が利いていれば治療所を作ったりしてるでしょうから、森の中に奴らの部隊が残っていないと思いますので。弓で削った後は、森から打って出て、殲滅します。街道に逃げる奴は鉄の壁騎士団で処理してください。ただ、奴らに我々が気づいていないと思わさないといけませんから、どうするかいい考えがなくて・・・」
ネアは立て板に水のようにさらさらと説明していたが、最後は歯切れが悪かった。
「儂らがそこに残っておれば良かろ」
悩んでいるネアにラールが事も無げに言い切った。
「でも、剣精様のことは奴らは知りませんよ。逆に警戒されるだけでは」
ネアがラールに疑問をぶつけると彼女は口角を上げてにやっとした笑みを浮かべた。
「ヨグサ親子にも来てもらうぞ。儂らは街道側に陣取る、あそこから出る時に感じたのじゃが、細い道に入る前に丁度開けておる場所があったからのう。そこに陣取る、弓はそこには撃ち込んでくれるなよ」
「それじゃ、ヨグサさんたちが」
「儂なら護りきれるぞ」
ラールそう言うと不敵な笑みを浮かべた。
「あの親子には随分と助けてもらっておるし、今回も危険な事に巻き込んでしまう。で、あの親子には良くしてやってくれよ。儂の頼みじゃ」
ラールはお館様の方向に向かって深々と頭を下げた。
「剣精様、お顔を上げてください。剣精様に言われるまでもなく、彼らにはできる限りの恩を返します」
「その言葉に偽りないないモノと感じた。安心したわい」
お館様の真摯な言葉に裏がないと悟ったラールは安堵のため息をついた。
「これからが第2段階です。バルン・マルバンの身柄を手にしない限り囚われている民を解放することはできません。人質交換に持ち込みたいと思います」
懸案事項の一つが解決できたことにほっとしたネアは、次の計画について話し出した。
「ヤヅの人たちにはケフが陥落したと思ってもらいます。ケフの街の外に廃材やごみを集めて大きな焚き火をします。遠くからも見えるぐらい煙が出るといいですね。ケフの都に通じる道はケフの都が敵の手に落ちて危険という事で封鎖してください。獣人なら煙が見えなくても臭いで分かるぐらいの派手なのがいいですね」
ネアはここまで説明すると一息ついた。そして周りを見回して質問が無い事を確認するとさらに続けた。
「ヤヅには、お館様からとしてケフの申し送りをしたい旨をしたためた親書を送って頂きます。これでバルンをおびき出します。バルンでなくては受け付けない姿勢を見せる必要があります。奴には最後までケフが陥落したと思ってもらいたいですから、舞台裏をみられるわけにはいきませんから。バルンに関しては、コービャの関を素通りさせて、街道上に待ち伏せして取り押さえます」
ネアはここまでまくしたてるとホッと一息ついた。
「また、騙し討ちか。しかし、小賢しく立ち回るヤツを嵌めるのは面白そうだな」
ネアがガングが力押しでヤヅに侵攻すると言い出すのではないかと心配していたが、それは杞憂に帰したようであった。
「寝首を掻いてきたのを嵌めても誰も文句は言いはせんよ。民の命が第一だよ。騎士団の誇りやら、た正々堂々なんて言葉はいらない。何度も言っているが、民の損失が郷には一番の苦痛なんだからな」
お館様は少し不満そうなガングに語りかけると両騎士団長を見つめた。
「黒狼騎士団は、タカノ沢にて敵を殲滅せよ。鉄の壁騎士団は街道上に逃亡する敵の捕獲、ケフの都につながる街道の封鎖をせよ。宰相、騎士団を動かすための物資の調達、焚火の準備、ドクター、傷病者の処置、人員が必要なら館から人選してくれ。ネア、俺と共に行動してくれ、お前は俺たちにとって幸運の御守りのような存在でもあるからな。では、早速かかってくれ。時間はないぞ」
そう言うとお館様は立ち上がり手を叩いた。その音に反応するかのように騎士団長、宰相、ドクターはその場から持ち場に向かって行った。
「お館様、つくづく思うのじゃが、この子は一体何者じゃ。一緒に行動して感じたのじゃが。年齢と行動がちぐはぐな感じがするんじゃが」
ラールは執務室で寛ぎながら用意されたいた葡萄酒を手酌でグラスで注ぎながらお館様の方向に顔を向けた。葡萄酒はグラスからこぼれることなく、ちょうど8割程度そそがれた。まるで手元が見えているような所作であった。
「この子は、ちょっと変わっていましてね。態々私に聞かなくても、剣精様ならお見通しなのでは」
お館様は悪戯っぽく口元に笑みを浮かべた。
「目の見えぬ儂に見通すとは面白い事を。成程、儂の見立てのままで良いのじゃな」
「他言無用でお願いします」
軽く笑うラールにお館様は頭を下げた。
「斯様な面白い事は、心のうちに留めておくのが一番じゃからな」
「ありがとうございます」
ネアは深々とラールに頭を下げた。
「子供が気にすることではない。子供がな」
ラールはにこにこしながら、子供の部分を強調した。
「ええ、子供ですから」
お館様も子供を強調するとニヤニヤしながらネアを見つめた。
「私は、子供ですから。これから子供らしくわがままを言って、これからの一件に最後まで付き合います。職場に戻るのはその後でお願いします。お嬢へのご挨拶もその後でお願いします」
「ああ、今回の作戦の細部をその都度詰めていきたいからな。寝床はこの部屋に衝立で囲って作っておく。明日から頼むぞ。今日は、ドクターの所で休んでくれ」
「了解いたしました」
ネアはお館様に一礼するとお館様の部屋から退出していった。
「良い家臣をお持ちになられているようじゃな」
「あの子は、女神様から遣わされた子であると思っています。妙な所はあちこちありますが、真面目で、主思いの忠義者ですよ」
「良い子じゃ」
お館様は決して世辞ではないラールの言葉を聞いて満足そうにうなずいた。
「隊長、輜重隊の荷車が谷に転落しました。幸い、けが人はおりませんが、荷物を回収するには谷が深く、荷物を運ぶ術もありません」
ボーユはこの森に入ってから何度目からの行軍でのトラブルの報告を受けてこめかみ辺りがヒクヒクしてきそうになる感覚に襲われた。
「放っておけ、食い物なんぞケフの都にたんまりある。それを喰らえばいいさ。輜重隊には戦闘隊に入るように伝えろ。各自、食料は持っているだけだ。考えて食えと全員に伝えろ。たらふく食わない限り、問題はないだろ」
ボーユは悲壮な表情を浮かべる副隊長にそう伝えると黙々と歩き出した。
【日数的には、この森はとっくに抜けているはずなのに】
彼の部隊は狭い獣道を木に付けられた目印を頼りに蛇のように長くなりながら重い足取りで進んでいた。当初、バルンからこの森は3日で抜けられると聞いていたが、現在は4日目で隊員たちの疲労も強くなってきているのが肌で感じられた。
【水は動物が喰い荒らした獲物で手に入れるのは苦労する。足元は悪い、食い物も無い、これで士気を保てって方が無理か・・・】
ボーユは決して、敵しか見えていない猪突猛進型ではなく、部下の状態、知り得る限りの敵の情報などを総合的に見ることができるタイプであり、今回の行軍は彼からすると既に今回の作戦に赤信号を灯せるぐらいに酷いモノであった。食料がなくなったと聞いて後戻りすればさらに森の中を徘徊することになると判断した彼は、このまま突き進むことを選択することにした。
「お前ら、ケフに着いたら、何でもかんでも目についたモノは自由にしていいぞ。金目は盗み放題、女は犯し放題、気に入らないヤツは殺し放題だ。郷主をとっ捕まえたら、火をつけるなり叩き壊すなり好き放題に暴れろ。他の郷に知れ渡るぐらい徹底的に盗んで、犯して、殺して、燃やしまくれ。どうせ獣しかおらん」
ボーユは大声で後に続く隊員に発破をかけると、隊員たちから野太い雄叫びが帰ってきた。まだまだ隊員の士気は下がっていない。そう確信したボーユはにやっとした。
【歴史に残る大虐殺ってヤツを見せてやる】
彼は、歴史に悪名を残すことを決意していた。
ネアの仕掛けた嫌がらせが地味に効果を発揮しているようです。
この世界で攻め込まれた場合、撃退に成功しない限り、略奪と虐殺の嵐に晒されます。
敵地からの補給を考えているため、侵攻する側は当面の食料ぐらいしか持っていません。
また、郷の都を落とされるか、郷主を確保、殺されるかすると多くの場合で決着がつきます。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。また、ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。