225 襲撃
不定期なUPとなっていますが、継続こそが力なりと、勝手に思い込んで書き散らかしています。
こんなものでも、暇つぶしの一助となれば幸いです。
「お館様っ、お館様っ! お話がございますっ! 」
監査を終え、慌てて身支度を整えいざヤヅに向かおうとしたお館様の馬車の前に全速力で走るリックに背おられたルシアが大声を上げて躍り出てきた。
「控えろっ」
「何奴っ」
護衛の騎士団員がそれぞれ口にしながら抜刀しルシアたちに剣を向けた。
「待てっ! 」
今にも飛び掛からんとするような騎士団員に向けてヴィットが大音声で一喝した。その声で騎士団員とルシアたちはその場に固まってしまった。
「君は、自分が何をしているのか分かっているのかい? 」
ヴィットの一喝から何とか立ち直り、リックの背中からそっと降りたルシアに彼は優しく語り掛けた。
「お館様っ、ヤヅに行かれるのをおやめ下さい。とても危険です」
ルシアは齢に似合わぬしっかりした言葉でゲインズの乗っている馬車に向かって声をかけるとその場に跪いた。リックも彼女の動きに合わせぎこちなくその場に跪いた。
「うーん、どうも穏やかでないね。確か、君は最近お店を構えたルシア殿だね。うちのレヒテが君のお店で買った髪飾りが気に入っているよ」
ゲインズは馬車から降りるとルシアの前に屈んてにこやかに声をかけた。
「お館様・・・」
「どうせ、遅れついでだ、この子の話を聞いてみようじゃないか。ヴィットもこの子の事は知っているだろう? 」
仮面で表情は見えないが、身体全身で戸惑いを表しているヴィットをお館様は手で制すると、頭を下げるルシアをじっと見つめた。
「顔を上げなさい。私は君が只のイタズラてこんなことをする子だとは思ってはいないが、君の理由次第では、それなりのお仕置きがあるぞ」
「ヤヅはとても危険です。どんなに詠んでも、何回詠んでも、多くの血が流れるんです。奥方様も早くお戻りにならないと、大変な事になります」
ルシアは促されて顔を上げると真剣な表情でお館様に訴えた。
「いい加減な事を、子供の戯言に耳を貸す必要はありませんよ」
ヴィットが時間を気にしながら、お館様に早く出発するよう少し苛立った声を上げた。
「この子の星詠みについては、レヒテからも聞いている。鑑札に関することでも、この子の星詠みが関わっているんだろ。気にせず、何を詠んだか教えてくれないかい? さ、立って、詳しい事は馬車の中で聞こうか。君も来たまえ、勿論、ヴィットもだ。少々狭いが、そこは我慢してくれ」
お館様は、さっさと馬車に乗り込むと彼らに手招きした。
「おじさん、悪い顔しているね」
6名のフル装備の騎士団員を引き連れて奥方様の部屋に押し入った男の足元でいきなり声がしたかと思うと、それと同時に激烈な痛みが彼を襲った。
「うっ」
彼は思わず足元を見るとそこには彼の足に深々とナイフを突き立てている栗鼠族の幼女がいた。
「いつの間に」
騎士団員たちが弩の射線をティマに向けようとした。それと同時にくぐもったうめき声がナイフを突き立てられた男の耳に飛び込んできた。彼の目には3人の侍女が騎士団員たちの顎を突き上げるように掌底を撃ち込み、その勢いで残りの3人の騎士団員の後頭部を首返しで床に叩きつけていた。
「只の侍女だと思ってたでしょ」
意識を失った騎士団意をつま先でつつきながらバトがにやっと笑って足の傷口を押さえている男を見つめた。
「彼らの装備をはぎ取って縛り上げなさい。ティマ、よくやりました」
ティマは、血濡れたナイフを倒れた騎士団員のマントで拭きながら、奥方様に褒められてとびっきりの笑顔を見せていた。
【血濡れたナイフを拭って笑顔の幼女って・・・】
ネアは、改めてこの世界が前の世界に比して暴力の実行に対する忌避感が薄い事を毛におおわれた顔面が引きつるのと同時に感じていた。
「ルシア、君は一体何を詠んだのかね」
お館様は馬車の中でルシアを怖がらせないように優しく尋ねた。
「親しくしていた人が知らない人と組んで、大切な人たちを傷つけて、人質にする。何回詠んでも、この結果になるんです。今のヤヅは平和に見えるけど、そうじゃないんです」
ルシアは何とか自分の言葉をお館様に聞いてもらおうと必死になって訴えていた。
「故郷を悪く言うのもなんですが、今のヤヅは誰も舵をとってない船みたいなもんです。俺の見立てだと、ケフのお館様、ミオウのお館様を人質にして美味い汁を吸いたいのがいるように思えるんです」
リックもルシアの言葉を補強しようと言葉を発した。
「占いと推測ですが、ヤヅから来た連中の話を聞いていると、ヤヅには形容しがたい不穏な空気が漂っているそうですから」
「そうなると、モーガたちの身に危険があると考えられるな。遅れついでだ、動ける戦力を連れて行く。ヴィット、黒狼騎士団にも連絡だ。ヤヅの誰だか知らないが、ソイツの悪ふざけに付き合ってやろうじゃないか。その代償が安くないことを教えてやらないとな。ルシア、君の警告に感謝するよ。今回の葬儀と即位、怪しいと思っていたが、確信に変わってきたよ。後は、私が処置する。ありがとう、これは少ないが、今回のお礼だ。後でしっかりとお礼をさせてもらうよ。うちのレヒテが随分と世話になっているようだしね」
お館様は懐から小さな巾着を取り出すとルシアに手渡した。
「そんな、勿体ない、私は只、お館様を心配して差し出がましい事をしただけです」
「それだけの働きがあったのですよ。遠慮しないで」
恐縮し、辞退しようとするルシアにヴィットは優しく声をかけて馬車の扉を開いた。
「忙しくなる、遅れついでだが、速やかにな」
「承知しました」
ルシアたちが馬車から降りたのを見届けたヴィットはお館様に一礼すると風のように馬車から飛び出して行った。
「モーガ、無事でいてくれ・・・」
ヴィットの背中を眺めながらお館様は家族の無事をそっと神に祈っていた。
「胸が苦しいよ」
「見栄をはらない」
倒した騎士団員から鎧を奪った残念トリオはそれを身に付けながら、いつもの如く緊張感に欠ける言動をとっていた。
「きゃっ」
いきなり、部屋の隅に飾ってあった花瓶が割れ、近くにいたレヒテが小さな悲鳴を上げた。
「照準は狂ってない・・・」
花瓶を割ったのは騎士団から取り上げた弩の照準を確認しようとしていたネアであった。
「矢の数も大丈夫、飛距離もそれなりにある」
ネアは淡々と取り上げた弩について調べ、矢を一つの矢筒にまとめていた。
「ネア、ひょっとしてこれから、ここの騎士団と喧嘩するつもり? 」
ネアが怖い表情で黙々と武器を準備している姿を見てフォニーが恐る恐る尋ねてきた。
「飛び道具は役に立ちますから」
ネアはフォニーの問いかけに顔も上げずに答えると、騎士団員の1人の私物と思われる小さなナイフをポケットに忍ばせた。
「3人ともいい感じですね。ネア、それが気に入っているようだけどそれは、目立つわよ・・・、あら、矢を綺麗にまとめたのね、そうやって包むと普通の荷物として見られるからいいでしょ」
奥方様は騎士団員に変装した残念トリオの細部をじっと見たり、手直ししながら頷き、そしてネアが抱えている風呂敷包みを見て少し首を傾げながらも納得していた。
「貴方たちはもう少しここでじっとしていて下さいね。傷口はちゃんと処置していますから、痛みはあるかもしれませんが、じっとしていれば大ごとにはなりませんからね」
奥方様は床に転がる連中を可哀そうな小動物を見るような目で見ると
「さ、行きましょう。モーニングサービスはいりませんからね」
奥方様はそう言うと床に転がる男たちを一瞥することもなく部屋から出て行った。
「奥方様、馬車を押さえました」
「御者たちにはおねんねしてもらってやすよ」
街の出入り口の馬車屋に客を装って侵入したハチとヘルムは相手の頭数が少なかったことを良いことに、共通言語を駆使して、彼らに馬車を提供させたのである。
「足音っ、武装しています、数は・・・多い事は分かるけど・・・」
馬を馬車につなごうとしている時、ラウニが警告を発して足音をする方向を指さした。
「足止め、2人もいればなんとかなるでしょ」
バトは自分の佩いた剣をそっと撫でながらニヤリとルロを見つめた。
「言われなくても、吐いた言葉を飲み込まないようにね」
ルロもにやり答えると手にした斧をぎゅっと掴み、駆けだそうとした
「やめなさいっ」
の2人を奥方様が大声で止めた。
「貴女たち、死ぬ気でしょ。それは許しません。侍女を盾にして逃げたとあってはビケット家の名折れです。戦うなら共にです」
奥方様は騎士団員から巻き上げた剣を手にして、ここで戦う決意を見せていた。
「奥方様、私なら命を落とさずに足止めできます」
戦う意思を見せている奥方様の前にネアがさっと走り出て跪いた。
「ネア、貴女、そんなことができるの? 」
「そんなに時間は稼げませんが、命じて頂ければ、死ぬことはありませんし、奴らに姿も見せません」
驚く奥方様を睨むように見つめながらネアが凛とした声を発した。
「ネアは嘘をつかないよね。このままだと追いつかれるんだよね。・・・、ネア、死ぬことは許さないよ。絶対に戻って来るって約束できる? 」
状況が切羽詰まっていることを察したレヒテがネアの前に立つと問い詰めるようにネアに尋ねた。
「生きて帰ります。こんな所で死ぬつもりはありません」
ネアの言葉を聞いてレヒテは黙ったままぎゅっとネアを抱きしめた。
「お母さま、ネアに足止めをさせようと思います。・・・命令は私がします・・・」
ネアを抱きしめながらレヒテは奥方様に己の決心を伝えた。
「貴女がする必要はありません。ネア、命令です。奴らの足を止め、時間を稼ぎなさい。但し、死ぬことは絶対に許しません。必ず戻って来なさい、必ずです」
「ネア、私たちも」
「一人で行くなんて水臭いよ」
ネアがレヒテの抱擁から逃れると騎士団員から巻き上げた弩2つと矢筒を手にして足音の方に向かおうとした時、ラウニとフォニーが付いて来ようとした。
「邪魔になるだけです。奥方様とお嬢、若をお願いします」
ついて来ようとする2人を手で制止て一礼するとネアは足音がする方向に走って行った。
「ネアの頑張りを無駄にしないように、さ、準備して他の馬は放して、奴らが使えないように」
「言われずとも、もうやってまさぁ、ヘルム坊ちゃん馬車の準備はどうでやすか」
「乗り込んでもらえれば出せる。狭いけど。さ、乗って」
ヘルムは扉を開けて奥方様に乗るように促した。
「でも、ネアが」
「ネアを残して行けないよ」
ラウニとフォニーが頑なに乗ることを拒んでいた。その横でティマが声を上げることなくただボロボロと涙をこぼしていた。この涙は彼女の気持ちを言葉以上に物語っていた。
「いい加減になさいっ、皆辛いんです。ネアの思いを無駄にするんですか。ネアは死なない、戻ってくると約束しました。今までネアは約束を破る子でしたか? 」
奥方様は敢えてきつくラウニたちを諭し、馬車に詰め込むように乗せると御者台のハチとヘルムに馬車を出すように命じた。
【さて、どっちから来るか】
ネアは足音のしてくる方向に駆け出し、押し音が大きくなるとさっと民家の屋根に飛び上がった。
【足止めが第一、その次は情報収集だな。ただ帰るのは芸がないからね】
湧き上がってくる不安を打ち消すように、これからどう行動するかにネアは神経を傾けていた。
「急げっ」
足音と剣や鎧がこすれたりぶつかり合う音が大きくなりネアは屋根の上に身を伏せ、夜の暗がりと一体化するように努めた。
【なんだありゃ】
ネアが目にしたのは少数の騎士団員に引き連れられた船員風の男たちの姿であった。
騎士団の限られた戦力を補うために船員を雇ったようであり、ネアからすると、数はあるが彼らの動きがお世辞にも統制されているようには見えなかった。
「郷主の女房とガキ以外は殺しても構わんぞ。女ばかりだ、殺す前に十分に楽しめるぞ」
騎士団の鎧を付けた男が走りながら大声を発すると、後ろに続く男たちから雄叫びが上がった。
【下衆が・・・】
ネアは屋根の上から、船員たち指揮している兜を粋がって斜めにかぶっている騎士団員の頭にに狙いを付けた。
【吐いた言葉に責任持ってもらうよ】
ネアがそっと引き金を引くと矢は男の左目を貫き、彼はその場に崩れ落ちた。
「え、なんだ? 」
「なにがあった? 」
いきなり先頭を走っていた騎士団員が崩れ落ちたことに後に続く船員風の男たちは足を止めた。
【兜とかヘルメットはしっかりと被るんだよ。そうじゃないと、大事なおつむががら空きになるんだよ。ま、止まってくれると狙いやすいんだよね】
ネアはもう一つの弩で斃れた騎士団員に近づく騎士団員に狙いをつけた。
「うっ」
騎士団員に何が起きたのか確認しようとした騎士団員は首筋に衝撃を感じ、そのままその場に膝をついた。そして恐る恐る首筋を手で撫でて矢を確認すると目を見開いてそのまま倒れてしまった。
「どこから撃ちやがったんだ」
「出て来いっ」
船員風の男たちはそれぞれ点でバラバラの方向に手にした剣を振りかざして勇ましい事を喚きだしていたが、その足は前に進もうとはしていなかった。
ネアはそんな男たちの様子を確認するとそっと屋根の上を移動し、集団の最後尾を射程に捉えた。
【慌ててもらうよ】
ネアは煙突の影に身を隠すと全身を使って2本の弩に矢をつがえた。
【悪いね】
最後尾を走ってきて、勇ましい事を吠えたてている少し太った男の頭に狙いをつけ引き金を引くと、矢は男のこめかみに突き刺さり、その男はそのまま動かなくなった。
「どうした、ん? 」
太った男の近くにいた男がいきなり静かになったことに気付いたのが振り返ると、そこには、こめかみから矢を生やした男が目を見開いて突っ立っていた。
「撃たれた」
それを見た男はその場にいる者に警告を発したが、全員が彼の警告に気付く前に彼も頭を射抜かれていた。
「囲まれたのかよ」
「誰だよ、侍女しかいねぇって言ったのはよー」
彼らがその場にとどまって烏合の衆となったのを確認したネアは身を隠したまま新たに矢をつがえて、空に向けるように矢を一本放つと、弩を掴んでその場から風のように移動した。
「うわっ」
固まった彼らの中心辺りで叫び声が上がった。
「矢が、矢が・・・」
声の主である船員風の男は、彼の目の前を矢が通り、そして彼のつま先に深々と刺さっていることを痛みと共に気づいて腰を抜かしていた。
「囲まれているぞ」
「ヤバイ」
「手練れがいるぞ」
誰言うと無く、出鱈目な情報が彼らの中にさざ波のように広がり、その波が大波になるまでに時間はかからなかった。
「報酬とあわねぇぜ」
「命があってこそ」
誰かが放った言葉に合わせるように烏合の衆は、運の悪かった犠牲者を残して、彼らが来た道を引き返して行った。
【ここは、これで良しだな・・・】
ネアは新たな足音と蛮声を耳を忙しなく動かしながら探り、深呼吸すると弩を持って屋根の上を駆け出して行った。
「ネアお姐ちゃん・・・、大丈夫だよね・・・」
静まり返った馬車の中でティマが涙声で、誰に問いかけるでもなく呟いた。
「ええ、あの子はきっと戻ってきます。大丈夫です・・・」
ティマの呟きに奥方様が優しく応えた。その声を聞いてアリエラが口を開いた。
「去年の夏、あの山賊どもの数を調べたのはネアだったんだよね。あの子、あっという間に風景に溶け込んでさ、私ですら分からなかったんだよね。弩の腕も確かだし、あの子の事だから、きっと嫌らしいことをして、追手をかき混ぜているはず。帰ってきたら、何をしでかしたか聞いてやるんだ」
「女の悦びも知らずに死ねるわけないでしょ。性癖が開花するのはこれからなんだからさ」
バトがいつもの調子で軽口を叩いたが、それはどこか力がなく悲し気に聞こえた。
「ネアは戻って来る、そう約束したから。あの子は絶対に戻って来る。私は信じているから」
レヒテは己に言い聞かせるように言うとそのまま俯いてしまった。
【夜だからまだデカい船は入っていないようだな。しっかし、アレだけの損失で馬車屋を押さえることを放棄するんだね。おっ、発見】
ネアは少しばかり建物の屋根の上から港を見て、船員たちがまだまだ増えると予想していた。そして、それはこの街に大きな痛手を与えるであろうこともまた予想していた。
ネアは近くの割広い通りを移動する数名の人影を見つけるとその方向に向けて屋根の上を走りだしていた。猫族の持つ瞬発力とバランス感覚にネアはこの時ばかりは、新たな身体になったことを幸運であると思っていた。
「何者かが、襲撃部隊を襲っているのか? 」
屋敷の一角でソファーにだらしなく身を預けているバルンは気になる報告を受けて眉をひそめた。
「ビケットは侍女しかいないはずではないのか。アイツらの騎士団は、偽の情報で戻ったと聞いているぞ」
「多くの者が包囲され、矢を射かけられたと報告しております。実際、騎士団員2名が斃されています。ビケットの奥方様を急襲した部隊が反撃されておりますので、奴らには我々の知らない戦力があるのかも知れません」
バルンは報告を受け、暫く考えていたが大欠伸を一つして、袖で涙を拭きながら生真面目そうな騎士団員に口を開いた。
「朝になれば、水兵たちが上陸して探し出すさ。奴らにそんな兵力はないよ。精々夜の暗がりで恐怖に囚われているのがオチさ。大きく変わったことがあれば教えてくれ、明日は忙しくなるからひと眠りさせてもらうよ」
バルンは手で騎士団員に退去するように促すとソファーに沈み込んだ。
「ケフとミオウがこの手に落ちるのもそんなに遠くはない・・・」
彼は満足そうな笑みを浮かべると、そっと目を閉じた。
バルンが連れて来たのはハチが言うところの王国とは全く関わりのない船員たちです。
実際の所は、船員と言う名のゴロツキばかりです。組織化されていないため、烏合の衆ですが、
数を頼りに暴れることは得意な連中です。
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