223 予感
このお話が暇つぶしになれば幸いです。
来週は私事ながらUPはできませんので、こんなのでも楽しみにして下さっている方に、
ごめんなさいです。
「やまないねー・・・です」
テントの中でトレイに盛られた夕食をつつきながらティマがつまらなそうに呟いた。
「濡れても良いように、水着に着替えて、しかもお嬢様方まで自ら料理をお作りになられるなんて、初めての体験でした」
豪雨の中、侍女たちどころかお嬢様方まで総出で夕食を作るなんてことは、他の郷では到底考えられない事であった。自分の事は自分でする、身分、種族に拘らないと言うケフの郷ならではの出来事にミエルは未だに驚きを感じていた。
「他所では見られないことだよ。出来るものなら、私はケフに住み着きたいなー」
ミエルの言葉を聞いたアトレがしみじみと口にした。
「前の町だったら、お兄ちゃんと一緒に町の中を歩くこともできなかったら。お友達と離れたのは寂しいけど、ケフに来られて良かったですよ」
ミエルはしみじみと言うとカップに入ったスープに口を付けた。その表情には冷えた身体にしみいるのかそれとも別の理由なのかほっとした表情が浮かんでいた。
「尻尾があるってだけで、入れないお店もあるからね。どこのお店にも入ることができるケフの郷は特別だよ」
フォニーも母親と一緒に旅をしていた頃を思い出し、ミエルやアトレが感じていることは当然だと思っていた。
「尻尾があることでいじめられないから、ケフはいい所・・・です」
ティマは大きく頷いていた。
「ますます、このケフが恐ろしいと思うようになったよ」
カイが薄暗いテントの中でしみじみと思っていることを口にした。
「そうですねー、私らだけでなく、お嬢様も一緒に料理をお作りになられるんですからね。お嬢様もいかがでしたか」
クゥは食べ終えたトレイを片付けながらルシアににこやかに尋ねた。
「とても楽しかったよ。水着でお料理なんて初めてのことだったよ。お嬢やパル様、カティ様と一緒にお料理できたなんて、信じられないですよ」
ルシアは未だに興奮冷めやらぬようであった。いくら豪商の孫と言えど、郷主の娘、騎士団長の娘、大使の娘と同じ場に居られるというだけでも滅多にないことであり、しかも彼女らと料理をしかも水着姿でやるなんて、常識では到底考えられない異常な事だった。この事が、いかにあり得ないかを理解しているルシアが興奮しているのは無理も無い事だった。
「雷とか雨はちょっと怖かったけど、カイとクゥ、そして皆がいるから大丈夫」
ルシアはそう言うと最高の笑顔をカイとクゥに見せた。
「お嬢様」
「忠誠を捧げます」
ルシアの笑みの破壊力にあてられたカイとクゥは思わずその場に跪いていた。
「大げさですよー、そんなの、ケフらしくありません」
カイとクゥの行動にルシアのは少し機嫌を悪くした。彼女としては、主人と雇用者の差はあれど、彼女らとはそれ以上の関係に居たかったのである。口にこそしていないが、ルシアは彼女らを頼りになる姉のように慕っていたのであった。だからこそ、どこか他人行儀な彼女らの行動が気に喰わなかったのである。
「ふくれっ面も魅力的ですよ。お嬢様」
「ますます、忠誠誓いますからー」
カイとクゥはルシアの気持ちを察したのか2人でルシアを抱きしめていた。
「雨の中の不寝番かー、へこむ・・・」
テントをめくって外を確認し、まだまだ雨が降りやまぬことを確認したバトが肩を落とした。
「この油引きした外套をクゥさんから借りてきたから、これを着て耐えなさい。私らも交代でつくんだから、貴女だけがキツイってわけじゃないの」
ルロは愚痴るバトの目の前に分厚い外套をぬっと差し出した。
「それ、中に鋼線が入っているから防護力もありますよ。ちょっと暑いけど」
アリエラもルロが手にしている外套を見て少し眉をひそめた。
「・・・それぐらいないと、このバトさんの魅力が駄々洩れになるから、仕方ないかな」
バトは軽口を叩くと不寝番のためテントの外に出て行った。
「いつか、こんな護衛なんて仕事がなくなるぐらい平穏な世界にならないかなー」
アリエラがバトを見送りながら小さく呟いた。
「そうなると、いいですね」
バトの言葉にルロが頷きながら答えると、自分の荷物中から小さなボトルを取り出して一口飲み込んだ。
翌日は、昨夜までの雨が嘘だったような晴天だった。朝から蒸し暑くなる中、ネアたちはテントの撤収や後片付けに追われていた。
「暑いし、ドロドロになるし、ムシも出てくるし・・・、最低だよ」
フォニーはまとわりついて来るハムシを手で追い払いながら不満そうに口を尖らせた。
「文句を言ってもお日様は隠れないし、ムシが去って行くこともないですよ」
フォニーの文句に突っ込みを入れながら、ラウニは寄って来るハムシに構うことなく黙々と作業を続けていた。その姿は、蜂にたかられながらも蜂の巣をハチミツ欲しさに襲撃する熊の姿に重なっていた。
「馬車はお昼ごろに来るから、それまでに荷物をまとめないといけませんよ。ぐだぐだ文句を垂れている暇があるぐらいなら、手を動かしなさいっ」
それぞれが大なり小なり文句を垂れながら作業している侍女たちにルロはエルマのように喝を入れた。
ルロの喝が効いたのか、あろうことかお嬢様方までが手を汚して後片付けの手伝いをし始めていた。そして、それを止める者は誰もいなかった。
「キツイことも、皆一緒になんですね」
「後で、マーカさんの耳に入ったら怒られそう・・・」
「でも、お嬢様は楽しそうですよ」
「楽しかったらいいかな・・・」
クゥとカイは作業の手を止めることなく、泥んこになりながらも笑顔でテントの撤収を手伝っているルシアを眺めて苦笑した。
「やーっと戻ってきたよー」
後片付けを終えたフォニーが自分のベッドに倒れ込むように身を投げ出したのはお日様が西の空に姿を隠して暫く経ってからだった。
「疲れすぎてご飯の味が分からなかったよー」
「お風呂の中で寝そうになりました」
フォニーとティマが互いを見合って、ねーと互いに思っていることが同じだと確かめていた。
「寝るなら、ちゃんとベッドで寝るんですよ。そうじゃないと風邪ひきますからね」
ネアはティマをベッドに寝かせるとその身体にそっとシーツをかけてやった。
「明日からは仕事ですからね、さっさと身体を休めましょう」
ラウニがネアたちにさっさとベッドに入るように促してきた。
「ラウニ姐さん、あの野営もお仕事ですよ。楽しかったですけど」
ネアはにっと笑うとラウニの言葉を正し、ベッドに入り込んだ。
「そ、そうですね。あれはお仕事でした」
「あんなお仕事ばかりだったら楽しいのに」
ラウニは居心地悪そうにベッドに入り込むとフォニーがニヤッと笑った。
「灯りを消しますね」
ネアはそんな2人をほほえましく見てからそっとランプに手を伸ばした。
「毛皮だから日に焼けたかどうかは分からないけど、楽しかったようね」
翌朝、朝の挨拶を終えるたネアたちを見るなり奥方様はじっと彼女らをみてにっこりした。
「レヒテなんか、真っ黒になってお風呂に入る時随分と痛かったみたいね。随分とうなっていたから」
奥方様の話を聞いて、ネアはずいぶん昔に日焼けで苦しんだことを思い出していた。
【横になるのもキツイんだよな・・・。毛皮着こんでいて良かった。この毛皮、寒いとき以外でも役に立つんだな】
ネアは珍しく、もう脱ぐことができない毛皮にありがたみを感じていた。
「奥方様、今回はヘルムとミエルがお世話になりありがとうございました。2人とも大変喜んでおりました」
ミエルの母親のフランがあらたまって奥方様に深々と頭を下げた。
「ミエルちゃんの料理の腕がよかったって、レヒテもギブンも喜んでいましたよ。ヘルム君の狩りの腕もなかなかだったって聞いてます。良い子たちを同行させてくれてありがとう」
奥方様はフランににっこりすると軽く頭を下げた。
「さー、気持ちを変えて、秋の納品に向けて力を入れていきますよ」
奥方様が宣言して手を叩くと、工房に控えていた職人、侍女見習いたちはそれぞれ気合を入れて、作業に黙々と取り掛かりだした。
「モーガ、ちょっとしたイベントが発生したよ」
ネアたちが奥方様と3時のお茶の時間を楽しんでいる時、大奥方様が少し慌てたように工房に入ってきた。
「イベント? 」
「ああ、ヤヅの郷の郷主、カーウィン殿、カーウィン・マルバン殿が亡くなったそうだよ。それと、その倅のバルン・マルバンの即位の儀式を一緒に執り行うそうだよ」
大奥方様は小さなため息をついて椅子に座り込んだ。そこにラウニがお茶をそっと差し出した。
「ラウニ、ありがとう。で、その葬式と即位式に隣の郷で昔から繋がりのあるケフから郷主一家に来てもらいたいって連絡があったんだよ。この話は隣のミオウの郷にも届いているらしいよ」
大奥方様は一気にしゃべるとお茶を一口すすった。
「カーウィン様が優れないことは前から伺っていましたが、急ですね。危篤の報せも何もなかったですよね」
「こんな時に限って、婿殿がセーリャの関に監査に行っているとはねー」
「遅れると失礼に当たりますから、先に私たちだけでもヤヅに入ります」
「そう言うと思ったよ。早速準備しな。出発は明後日の朝だよ。お前たちも野営から帰ったばかりで疲れているようだけど、頼むよ」
大奥方様はネアたちにそう告げると部屋から出ようとした。
「一つ、忘れていたよ。ネア、あの宿六の所に顔を出してやりな。何か話したいことがあるようだよ」
ドアの前で振り向いた大奥方様は意味深な笑みをネアに見せた。
「早速、伺います」
ネアはとっさに答えたが内心、また厄介の種が転がり込んできたと少しばかりうんざりしていた。
「ちょーっとばかし、臭うんだよ」
ご隠居様の私室に通されたネアを椅子に座らせるとご隠居様は部屋の中を歩き回りながら声を出した。
「臭くないですよちゃんとお風呂には入ってますよ。お約束ですけど・・・」
ネアはその場を和ませるより、自分の不安を追い払うように軽口を叩いてみせた。
「ああ、考え事をしていて、そこまで気がまわらなかったよ。臭うと言うのは、カーウィン殿は伏せておられた、ボーデン殿も優れない、ヤヅのかじ取りが不在のような時に、今まで鳴りを潜めていたバルン殿がいきなり表舞台に上がってきたことだね。我々はバルン殿については、彼が只の社交嫌いの変り者程度の認識しか持っていない、ルシアちゃんからの手紙が無ければなね。彼は、危険だ。確たる証拠はないが、この話がすんなりと行くとは思えないんだよ」
ご隠居様はそこまで言うと、ネアの前に椅子を引き寄せてそれに腰かけた。
「あの方が、何かを画策していると思われているのですか」
ネアが声を少し潜めてご隠居様に尋ねた。その問いかけにご隠居様は困った表情を浮かべた。
「そこが、全く分からない。どんな芝居をうって来るのか、我々にどんな役が割り振られているのか、見当がつかないんだよ」
ご隠居様はお手上げとばかりに肩をすくめた。
「昔から、ケフとヤヅは深いつながりがあるのではないんですか? 」
「それは、カーウィン殿の前の代までだよ。今は惰性のようなお付き合いだね。ずーっと昔にヤヅはケフから独立したんだよ。当時ケフには、それを押さえる力が無くてね。そのおかげでケフは海なしの郷となってしまった。戦があったわけでもないから心情的にしこりはないはずなんだがね」
ご隠居様は見当がつかないとため息をついた。
「もしかして、バルン殿はケフを乗っ取ろうとしているのかも知れませんね。郷主一家をその場で始末するとか、人質にしていう事を聞かせて・・・」
うーんと考えてからネアが口にしたのはケフにとっては致命的ではあるが、それをやらかすには余りにもリスキーな手段であった。
「そうだな、人質にしてからケフに宣戦布告すれば、ケフを手中にできなくとも、それなりの好待遇ををケフから引き出すことができるな」
ご隠居様はネアの言葉を聞いて、しばらく考え込んでから口を開いた。そこには、あり得ないこともないシナリオがあった。
「ヤヅにそこまでの力があるんでしょうか。こちらも丸腰で行くわけありませんから、簡単に捕まることはありません。リックさんたちの話だと騎士団もそれほど大きくなく、専ら海賊対策に駆り出されているようですから。傭兵を雇うにしてもそんな噂は無いそうですよ」
ネアがご隠居様の読んだシナリオに疑問を投げかけた。
「このシナリオには実行する力が欠けている。騎士団がいきなりバルン殿に真の忠誠を誓えるかだね。僕でも黒狼騎士団から信頼してもらうまで時間はかかったからね」
ご隠居様はそう言うとまた考え込んでしまった。
「仮に、人質をとるやり方であっても、お館様が人質にならなければ、彼らのシナリオは随分と書き直しを強いられますよ。影武者でも使って出方を見るのも手かも・・・」
「否、ヤヅの主たる面々は我々の顔を知っているからそれはできないね」
ご隠居様は困ったように肩をすくめてみせた。
「お館様には理由を付けて遅く来て頂くことはできないでしょうか。もし、お館様が到着されてから何かを起こすのであれば、少しでも時間があれば、相手の手の内が読めるかもしれません」
「では、早速、僕のスタッフを総動員していこうか。情報は何よりもの武器となる、力のない我々の唯一の武器、ネア、危険な仕事となるだろうが、頼むよ。くれぐれも命を大切にな。命をなげうって手に入れたものがどんなに重要なモノであっても、命を落とせばそれは今夜の献立表と大して違いはない、そう肝に銘じてくれ、君たちの命より重い情報はないんだよ」
ご隠居様は、じっくりとネアを見つめ頼み込むように話しかけた。
「承知しております。生きて帰ってきますよ。猫には九つの命があるんですからね」
「くれぐれも無茶はするんじゃないぞ」
ネアはご隠居様の言葉に笑みで返していた。
「野営から帰ってきたと思ったら、ご葬儀と即位式って、疲れが取れないよ」
「仕方ないでしょ、誰もそうしようなんて思ってないんだから」
ヤヅ行きを命じられたバトはウンザリとした表情で己の荷物をまとめていた。
「パンツ、まだ洗えていないのに・・・」
「それは、私も同じ」
「湿気たままにしておくとキノコ生えるかも」
バトは洗濯物が溜まって行くことに不満であったが、それは残念トリオ全員に言えることであった。
「殿方じゃないんだから、キノコなんて生えないよ」
バトはアリエラの言葉にいつもの調子で返した。
「・・・でも、何か、感じるんだよね。ヤバイやつのアジトに踏み込む前の時みたいな感じがさ」
バトは手を止めてルロに話しかけた。
「私もですよ、アリエラは何か・・・」
「偵察に行って、敵に見つかった時みたいな・・・、嫌な汗をかきやすんですよ」
バトは自分たちが全員なにかを予感していることを確認して、表情を曇らせた。
「武器の準備、念入りにね。下着はその次だよ」
「バトは多めに持って行かないとね。多分、ちびるようなことがあるよ」
「そうだ、ティマちゃんの分も準備しておこう」
残念トリオはそれぞれがそれなりに危機感を感じながら準備励んでいた。
「今回は、ちゃんと武器を持って行きましょう」
ネアは荷造りをしている侍女見習いたちに声をかけた。
「そうだよね。うちも何か必要だと感じるんだよ」
「私もです。何か落ち着かないんですよ」
フォニーとラウニそう言うと互いに顔を見合わせ、不吉な予感を感じているのが自分だけではないことを知ってさらに心配そうな表情になった。
「このナイフ、持って行きます」
ティマはご隠居様から頂いた二振りの大きめのナイフを手にしていた。
「使うことがないといいけど、そう願いましょう」
ネアは己のシャフトをそっと握りしめ、その感触を確かめるとそれをホルダーにきちんと収めた。
「心配しすぎかもしれませんが、傷薬や包帯なんかも必要ですよ。それと、大切なモノは持って行かない事。大切なモノを取りに行ったり、探したりしていると時間を無駄にしますから」
ネアはそう言うとそっとユキカゼを手に取って抱きしめた。
「きっと帰ってくるから・・・」
誰にも聞かれることがないぐらい小さな声でネアはユキカゼに話しかけた。
「ご隠居様から、今回のヤヅ行きでできる限り身を護ること、その次に情報を手に入れることを命じられました。だから、皆も無茶な事はしないで下さいね」
ネアは念を押すように侍女見習いたちに話しかけた。
「ええ、まずは命ですからね」
「そうじゃないと、お嬢や奥方様を護れないもんね」
「アイツをやっつけるまでは・・・」
ネアの言葉に侍女仲間たちはそれぞれのやり方で気合を入れているようであった。
【この嫌な予感が、思い過ごしならいいんだが】
ネアは何気にフラグが立つようなことを思っていた。
「野営の後はヤヅ行きだよ。あそこはお魚が美味しいんだって、楽しみだよねー」
予感も何も感じていないレヒテは楽しそうにギブンに語り掛けていた。
「姉さん、お弔いに行くんだよ。遊びや旅行じゃないんだからね」
ギブンはあきれ果てた表情でレヒテを睨みつけたが、彼女にはそれは何の意味もなさなかった。
ヤづの郷で何かの動きがありました。
ヤヅはご隠居様が言ったように昔はケフの一地方でしたが、貧しいケフに見切りをつけ、開運と漁業で独立したのがヤヅです。
互いに悪感情はありませんが、郷同士の付き合いは最近は形式的なモノになっています。
今回もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。