217 連鎖
ひたすら暑い日々です。熱中症、なりかけました。
暑い時は無理せず涼しい所で寛いでいるのが一番だと思っております。
このお話が、そんな時の暇つぶしなれば幸いです。
コデルの郷やその近隣の郷、つまり正義と秩序の実行隊のスポンサーとなっている郷では、穢れの民から財産、特に農地を没収した上で彼らを追放し、空いた土地を真人に少しばかり安く売りさばくことにより、一時的ではあるが財政はそれなりに潤っていた。郷としてはタダで手に入れたものを売るのであるから丸儲けであり、新たに郷の民となる者も、安く農地や家を手に入れられ、さらにそれらの郷に喰い込んでいるモンテス商会も一時的であるとは言え、その好景気で甘い汁を吸うことができていた。
これらの好景気は、穢れの民から搾り取ったものであり、当然の事ながら、搾り取られた彼らは、それを良しとはしなかった。
「このままでは、私たちは摺りつぶされる」
とある農園の屋敷の一角で農園の経営者たちが鳩首を揃え、難しい表情を浮かべていた。安い労働力として穢れの民を己の農地で働かせていた農園の経営者たちは、郷の穢れの民の排斥に危機感を覚えていた。奴隷として扱っていても現在の郷の方針は穢れの民は追放は労働力の喪失と同じことであった。
「このままでは、経営が成り立たん。折角の豊作なのに収穫すら出来ん。畑で腐って行くのを指を咥えて見ているだけとは・・・、情けない」
現在の現状を嘆くことの寄り合いを会議と言うなら、彼らの集まりは正しく会議であった。ここに集っていた経営者たちはこの会議で、何かの打開策が提示され、何もかもが劇的に状況が良くなることを期待していた。そして、誰もが打開策を示すのは自分ではないと思っていた。
「・・・焚きつけるか・・・」
その集まりで最年長の小柄な男が静かに呟いた。その声は決して大きくはなかったが、その場にいた者の耳にはっきり聞こえた。
「焚きつける?」
最近、やっと農園を継いだ男が思わず身を乗り出した。
「穢れの連中も腹に据えかねておるだろう。そこで、少しばかり尻を撫でてやる。郷主たちを追い出せばいい暮らしができるとか言ってやると良いだろうな」
年老いた男はそう言うと目の前の温くなったお茶を一口すすった。
「ここに居る我々と、その手の数を合わせると大きな勢力になりますぞ。それを態々回りくどいことをしなくとも・・・」
でっぷりした男が自慢の髭を撫でながら年老いた男を睨むように見つめた。
「我々の手を汚す必要はない。焚きつけた連中の旗色が悪くなれば表立って、奴らを潰せばよい。少なくとも反乱を鎮圧したという実績は残る。・・・郷の巻きあげた農地を買った連中が経営ができるとは思えんからな。奴らに経営を教えるという形で・・・、ここに居る者なら、それからどうすれば良いかは知っておると思うが・・・」
「・・・成程・・・」
その場にいた連中は全員難しい表情で頷いていた。
「我慢ならねぇ」
難民のように住んでいた土地を追われ、行く宛のない隊列の中にいた牛族の男は思わず声を上げていた。
「じゃ、どうしようってだよ」
彼の横を幼子を抱いた同じく牛族の女が疲れ切った表情で己の夫を睨んだ。
「一矢報いたいじゃないかよ。あの、尻尾も毛皮もない奴らに、少しは痛い思いをさせてやりたいんだよ。そうじゃないとやられっ放しじゃ、男が廃る」
牛族の男は歯の間から絞り出すように唸った。
「あんた一人じゃないんだよ。うちにはまだまだ小さな子がいるんだ。馬鹿な真似はよしておくれよ」
「ああ・・・、分かってるさ。分かってる・・・」
細君にきつく言われた男は俯いてとぼとぼ歩きだした。
「旦那、ガツンとやりたくないかい」
ため息つきつつ歩く男の横に鼠族の男がそっと酔ってきて声をかけた。
「え? 」
「ガツンとやりてぇってヤツを今集めているのさ。あの糞ったれな毛なしで尾なしどもを・・・、な」
鼠族の男はニヤッと笑うとさらに続けた。
「ガツンとやって、真人共を追い払えば、住処に戻れる。安い金でこき使われることもなくなる。良いことずくめだろ。そのガキの未来のためにも、良い生活させてやりたいよな。だったら、ついて来な」
鼠族の男は未来を強調した。牛族の男はその話にどっぷりと浸かってしまっていた。
「あんた・・・」
話しかけられた男の細君は子供をぎゅっと抱きしめて己が夫を見つめた。
「コイツのためにも、これ以上、お前たちに苦労はさせられねぇからな」
彼は妻と子供に微笑みかけると、鼠族の男の後を付いて行った。
「誰だ? 」
小さな町の門番は真夜中に現れた、見るからに怪しいフードを目深にかぶった男に槍を構えて誰何した。しかし、その男は答えるかわりにいきなり門番に詰め寄り、手にしたナイフで門番の腹を切り裂き、驚きの表情を浮かべている彼の眉間に血濡れたナイフを突き刺した。
「な、何をっ」
刺された門番の相方がフードの男を槍で刺突しようとしたが、その前に彼は首に矢を受けその場に倒れた。
「ここが排除できれば、後は難しいことはない。今までやられてきたことを、やり返してやれ。真人から奪え、真人を犯せ、殺せ、汚らわしい真人に生まれてきたことを後悔させてやれ」
雑多な武器を手にした寄せ集めの穢れの民の集団に貧相なたてがみの獅子族の男が吠えた。
「うぉーっ」
寄せ集めの武装集団は武器を掲げて叫ぶと寝静まった町に襲い掛かって行った。
「いいもの喰いやがって」
牛族の男は手近に押し入った家の厨房で鍋に残された今夜の食事、ここの家の者には最後の食事となるものを見て怒りの声を上げた。日が昇る前から日が沈んだ後まで働いても、彼らが口にできる物は粗末なモノしかなかった。彼が目にしたのは祭りの時ですら見られないような食べ物、肉や野菜がゴロゴロ入ったスープ。ふかふかのパン、そして葡萄酒であった。単純な彼は、これらの食べ物は本来自分の所に来るものだと勝手に考え、そして、彼の食べ物を横取りした連中のことを考え、怒りに打ち震えた。
「な、何が欲しいんだ。金なら、食い物もやるだから命は・・・」
部屋の隅で蹲っている妻と子供を護るように若い父親が震える足で立ちながら牛族の男に命乞いを始めていた。
「・・・一人だけ殺さない、とすれば誰にする? 」
牛族の男は無表情で手にした斧で若い父親を指して尋ねた。
「こ、子供を、子供だけは助けてくれ」
若い父親は牛族の男に手を合わせるようにして訴えた。
「そうか、ガキか・・・」
牛族の男は母親に抱えられ怯えた目で彼を見上げる子供をじっと見つめた。
「立て」
彼は、怯えて泣くこともできない子供に静かに言い放った。両親は彼が立つことが唯一助かる道と信じているようで、怯えきっている息子を無理やり立たせた。足を震わせながら彼を見上げる子供を見て牛族の男は笑顔を浮かべた。子供も彼につられるように引きつった笑みを見せた。
「お前たちは思い違いをしているぞ。俺は何も子供を助けるとは言っていない」
牛族の男はそう言うや否や真正面から子供の脳天に斧を叩き込んだ。斧は子供の下唇の辺りで止まった。一瞬、時が凍り付いたような沈黙が流れ、母親が悲鳴を上げ我が子に駆け寄ろうとした。牛族の男は子供の胴体を蹴って、斧から子供の身体を外すと駆け寄ってくる母親のこめかみ辺りに斧を叩き込んだ。母親の頭の一部が彼女から分離し、分離したパーツが着地すると同時に母親も血まみれになった子供の上に倒れかかろうとした。子供の傍に行きたい、我が子を抱きしめたい、その一心から為そうとした行動であった。しかし、彼女の想いは遂げられなかった。
「・・・」
牛族の男は黙って思いっきり彼女を蹴りつけた、その勢いで彼女は部屋の隅まで飛ばされ、妙な姿勢で着地したまま動かなくなった。
「ーっ!」
若い父親が怒りと憎悪しかない目で牛族の男に突っ込んできた。しかし、真人で何の武芸も身に付けていない男の無手勝流の突貫である、それは牛族の男に何のダメージを負わせることはなく、逆に牛族の圧倒的な力による力任せの一撃を肩に喰らった。その刃が彼の胸のあたりまで食い込んで止まった。しかし、若い父親は怯むことなく牛族の男に殴りかかろうとしたが、残念ながら彼にその力は残されていなかった。彼は、何事か悪態を血とともに吐き出すとそのままズルズルとその場にへたり込み、二度と動かなくなった。
「俺たちに何をしてきたか、地獄でゆっくりと思い返しやがれ」
牛族の男は、若い父親のもう動くことはない血まみれの身体に唾を吐きかけた。
「そっちはどうだ?」
襲撃に加わった仲間の馬族の男がいきなり扉を開けてひょいと中を見て、血の海の中に立ち、怒気を放っている牛族の男に彼は気安く声をかけてきた。
「きっちりと仕事したんだな。俺も3軒ほど潰したぜ。心配するな、他人様の獲物にちょっかいはかけないよ」
馬族の男は、彼の仕事に感心すると、現れた時と同じように唐突にそっとその場から立ち去っていった。
「諸君、見事な働きであった。この一撃は、長年、奴らが我々に与えてきた痛みのほんの一部にもならないが、奴らに我々には、噛みちぎる牙、引き裂く爪、貫く角があることを思い知らせることにはなるだろう。我々の運動が同胞たちに力を与えるだろう。小さな戦果かも知れぬが、この世界から尾なしどもを駆逐する貴重な第一歩なのだ。諸君らが危険を冒して手に入れた物は、公平に分配する。我々は尾なしどもとは違い、浅ましく独り占めすることはない、我々は奴らとは違うのだ」
襲った町から少し離れた山中で、分捕ってきた様々なものを手にした男たちに獅子族の男は大声で彼らの働きを称賛した。襲撃者たちはその言葉に雄たけびで応えた。
「これ、本来、俺たちが手にしている物なんだよな・・・」
一か所に集められた戦利品を目にしながら牛族の男は誰に言うことなく呟いた。
「あるべき姿に戻るだけさ」
先ほど声をかけてきた馬族の男が、戦利品の山を目を輝かせて見つめながら彼の言葉に応えた。
「おーい、飯だぞ。酒もあるぞ」
終結地の奥から良い匂いとともに声がかかった。
「元々、俺たちの飯と酒だよな」
「ああ、思いっきり、喰らって、呑んで、だ」
牛族の男と馬族の男は互いに笑いながら匂いのする方向に歩いて行った。
「随分と儲けたようだな。俺たちが穢れだと思って、足元を見ない方が良いぜ」
年老いた小柄な農園経営者の邸宅の一室で獅子族の男はにやっと牙を見せながら笑った。
「ふん、猫風情がいい気になりおって、わしは、お前らが持ってきた物に見合った金額を払っているだけだ。少ないと思うなら、もう少しぐらい質を上げるか、量を増やすかだな」
年老いた男は獅子族の男が持ってきて、無造作に並べた宝飾品を見ながら手にしたメモに金額を書き入れた。
「ほれ、おまけに武器も付けておくぞ」
年老いた男は無造作に獅子族の男にメモを手渡した。
「ああ、これでいい。次も頼むぜ」
「すぐに準備させる。暫く待っておれ」
「ああ、イヌじゃないが、待て、ぐらいはできるぜ」
獅子族の男は自嘲気味に言うと口角を上げた。
「これから、このカクラの町が俺たちの根城となる。家族を呼びたい奴は、呼んでもいいぞ。住む場所は家族持ちが優先だ。尾なし共は森の中に掘った穴に捨てて、ちゃんと土をかけて置け、腐ると臭うし、病気の元になるからな」
コデルの郷の陸の孤島と言われているカクラの町は、周囲を森に囲まれ、主として林業で成り立っている町であった。林業の町らしく、街の周りは巨木に防腐剤を塗りたくった黒い柵、と言うより壁でぐるりと囲われていた。町の警備も対盗賊程度の戦力であったことと、夜間であったこ、烏合の衆であっても数で押されたこと、これらが複雑に作用して、攻め手に為す術がなく落ちてしまった。そして、当然のように行われた略奪と虐殺、但しこの街を反乱の拠点とするため火を放つことはしなかった。そのため、殺した後のモノを焼くこともできず、衛生面から埋めざるを得なくなり、そのためにうんざりする様な作業が増えたのは、致し方ない事であった。
「こんな子供まで・・・」
牛族の男の細君は荷車に乱雑に積み込まれている、かつてのカクラの住人のなかに幼い子供の姿を見て口を押えて立ちすくんだ。
「子供だろうが、何だろうが、尾なしの真人だ。気にすることはない。奴らだって、俺たちを踏みつけてきた。今度は、俺たちが踏みつける番だ」
牛族の男はそう口にすると、荷台に積まれた死体に唾を吐きかけた。
「可哀そうとかはなしだ。こいつらが俺たちにしてきた事を考えれば当然だ」
牛族の男はかつての住人を自らの手で一掃した新居に妻と子供を連れて歩き出した。
「子供に罪はあるのかしら・・・」
「奴らの言葉を借りれば、真人である、それだけで罪で悪なんだよ」
彼の妻は夫が事も無げに口にした言葉にうっすらとした恐怖を感じ、我が子をいつの間にかしっかりと抱きしめていた。
「訓練の時期は終わったぞ。前に言った、正義を実施して、秩序を正してもらいたい」
辺境の町や村が暴徒となった穢れの民に襲われ、民が失われていることを知ったナトロは早速エイディを呼び出していた。彼を動かすのはナトロの一存ではできず、他のスポンサーの意志を確認しなくてはならないが、この反乱が波及することを恐れたスポンサーは、反乱の話を耳にした途端にそれぞれがナトロに正義と秩序の実行隊の出動を促してきており、この行動は誰からも文句が言えない、つまり、政治的に正しい手順に則ってのことであった。
「ええ、喜んで、悪がのうのうとこの地上に存在することは、許せません。奴らの毛一本、血の一滴に至るまで排除しなくてはなりません」
「その言葉、力強く思うぞ。我らの騎士団から50人、そして輜重も君らに配属させる。このバカ騒ぎを鎮圧してくれ。どんな手を使おうがかまわない。・・・金目のモノの破壊はできるだけ避けてもらいたいが・・・」
最後は少しばかり歯切れはわるくなったものの、ナトロはエイディに出撃を命じた。
「エイディ様、復帰後の初仕事です。正義の在り方が問われるのです。排除すべきモノは速やかに排除すべきです。ああ、こう言っている間にも奴らがこの世界に存在して、呼吸し、ひょっとすると増えているかも・・・、根絶やしにしないと、根絶やし、跡形もなく潰さないと、正義を為さなくては・・・」
エイディから出撃の話を聞いたリューカは彼にまくしたてるように訴えた。彼はその言葉を信託を受けるように神妙な面持ちで聞いていた。
「俺たちも出撃だな、準備を」
「既に準備をさせてますよ。食器も忘れずに」
グランドで大騒ぎするリューカを遠目に見た彗星はマテグに出発準備を指示した。今回の出撃に関して、彗星は直接ナトロに命じられていないが、食客として世話になっている以上無碍にもできず、また、退屈していたところであったから自ら出撃することに決めたのであった。この件については、準備ができてからナトロに承諾を受ければ良いだけであった。
「食器は重大な問題だからな。しかし、あの女、やたら気合が入っているな」
「ええ、ハイリ様もそのような所がありますが、あそこまでではありませんね」
マテグは辺りを見回してハイリの姿がないことを確認するとポツリと彗星にこぼした。
「ハイリはあそこまでじゃない。あそこまで露骨に俺に指図はしないよ」
彗星は当たり前のことだと言わんばかりに穏やかに言うと、自分の荷物をまとめるために屋敷の中に入って行った。
「これより、正義を為し、秩序を回復するためにカクラの町に向けて前進する。カクラの町の手前で戦闘態勢を整える。これより出撃する」
翌朝、馬上のエイディは居並ぶ赤と白の鎧の連中に向けて命令すると、くるりと馬を回して歩き出した。その後を鎧の集団が言葉を発することなく粛々と前進していった。
「ヤバイことはあいつら持ってもらおうぜ。ま、言わずとも奴らはヤバイ所に行きたがりそうだからな。俺たちはアイツらが損耗した時の予備だ。気楽にいこうぜ」
「正義を為すのも大切ですが、それは、命があってこそです。皆さん、気をつけて行きましょう」
彗星とハイリが馬上から気楽に話しかけると、マテグ率いる先ほどのと同じ、ただ数字が穿たれていない所のみが違う鎧を着た連中がそれぞれ声を上げ、気合を入れた。
「じゃ、そろそろ行くか」
彗星は自分の後を誰が一番槍になるとか、帰ってからの酒が楽しみだと、ワイワイだべっている連中を引き連れてナトロの屋敷から出撃していった。
【・・・「命があってこそ」なんて・・・、正義の前には命なんてどうでもいいことなんじゃ・・・】
ハイリは馬上で自分が意識せずに口にした言葉に戸惑っていた。
【一時の気の迷いかしら、そう、正義は絶対だから・・・】
彼女は己に言い聞かせるように「正義は絶対」と言う言葉を自分に言い聞かせるように、心の中で何度も繰り返していた。
「カクラの町って、ここから、3日程度か・・・、面倒な事だな。どうせなら近場でやってくれりゃいいのによ。間違ったかなー、出撃せずにグダグダしていた方が良かったかな」
「近くだったら、こんなにのんびりできませんよ。我々はアイツらがやらかした時の予備ですからね。気楽にいきましょうよ。なんだって我々命令はされず、英雄様の好意からの出撃ですからね」
馬上で彗星がぼやくとマテグが慰めるようににっこりしながら答えた。
「吟遊詩人にネタを与えてやるのはもっと大きな仕事の時でいいですよ」
ハイリも微笑みながら彗星を慰めるような言葉を口にしていた。
ナトロたちが直接命令できるのはエイディたちの部隊です。彗星君は一応自由騎士のような身分ですので、命令することはできませんが、居候しているという立場上、何かと気を使う事になっています。
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