203 刺客たち
折角の連休も無粋な流行病のおかげで散々な事になりそうですが、このお話が少しでも暇つぶしになれば幸いです。
世の中には、何においても適切なモノが存在している。細かな手工芸をする時にクラフトナイフは使っても馬鹿みたいに大きなサバイバルナイフは使わないし(馬鹿でかいサバイバルナイフは使い勝手が悪い、あくまでも主観であるが・・・)、繊細な脳の外科的な施術を実施する時に巨木を切り倒す時に使うようなチェーンソーを使うことはない。襲撃する相手が何かの重鎮や政治的に重要な存在なのか、少しばかり裕福な市井の人かによって刺客も変わってくる。少なくとも、雪の積もった街道をつまらなそうに歩いている4人組は今回の仕事に見合った道具だった。あくまでも、彼らを雇った側の主観であるが。
「くそっ、こんなに短時間でここまで積もるのかよ」
街道に積もった雪を踏みしめながら行商人の様な格好の男が同じような格好でともに歩いている髭の中から目だけがのぞいているような男にむすっとした表情でこぼした。
「お前がグズグズしてたからだろ」
髭に埋もれた顔からぎょろっとした目だけ出した男がつまらなそうに吐き捨てた。
「アンタのおかげで、この様だぜ。寒いし、疲れるし」
ネズミを思わせる小柄な男が歯をむき出して文句をたれた。
「仕方ねーだろ、スポンサーがいきなり、前金を値切って来たんだからな。前金の4割引きなんて聞いたことないぜ。心配するな、ちゃーんと全額踏んだくってきた」
「それなら、いい・・・」
巨大な荷物を背負った大男が聞き取りにくい低い声で一言呟いた。
「うーん、雪が固まっているから鳥の足跡は分からないよ」
フォニーがお日様を浴びてキラキラと光るザラメ糖のような雪に覆われた宿の庭を遮光器越しでも眩しそうにしながら残念そうな表情を浮かべていた。
「あそこに溝があったんですね。誰かがはまった跡がついてますよ」
ラウニは笑い声を上げながら、明らかに誰かが溝に落ちて、藻掻いて、何とか這い出した跡を指さして、ネアたちに不幸な人の苦闘の跡を見てもらおうとしていた。
「誰でしょうね。跡の大きさからすると大きな人じゃない、と言っても小さな人でもない、そして宿のここに来る人・・・、雪が固まる前だから、私たちがここに来た時ぐらいだから・・・」
ネアはベーカー街221Bに下宿している人物のように残された証拠から推理をしていた。
「・・・ラスコーさんの可能性が大きいですね。でも、彼はこの雪の下に何があるか知っている、それにしても彼はどこに行こうとしていたのか、はまった後はまた戻っているし、彼が当初行こうとしたいた方向に足跡がない・・・、頭を冷やそうとしていたのかな、宿に着いた時にお酒の匂いがしなかったから、ヒルカさんと喧嘩でもしていたかな・・・」
ネアは顎に手を当てて、惨劇の跡を観察しながら独り言をつぶやいていた。
【喧嘩の理由か・・・、ひょっとして研究関連かな。俺が来るから・・・、ヒルカさんがブレーキをかけてくれたんだ。それなら後でお礼を言っておこう】
「こんな跡だけで、良くそんなところまで考えられるね。ネアって物書きにでもなれるんじゃないの」
フォニーはネアの言動を見て肩をすくめて呆れたような声を上げた。
「これって、鹿かな・・・」
「鹿は蹄だから、そうかも・・・」
庭の隅っこの節減となっている野原との境界が曖昧な辺りでティマとルシアがしゃがみ込んで点々と付いている鹿らしき動物の足跡を見つけて、嬉しそうに互いの顔を見合っていた。
「お嬢様、あちらにもたくさんありますよ。鹿の群れが来ていたんでしょうね」
ルシアの傍らにいたマーカが節減の方を指さした。そんな彼女らから少し離れた場所でカイとクゥが周囲を警戒していた。
【リックが見えないな・・・】
ネアが辺りを見回すと宿の2階からリックがホイッスルを咥えたまま身を乗り出すように警戒していた。そんな彼らを見たネアは、彼らを非常に頼もしさを感じていた。
【大げさな感じもするけど、しっかりとした仕事をしているんだ】
ネアたちの知らない所で気を張って仕事をしているリックたちにネアは敬意をもって、心の中で敬礼をしていた。そう思いながら再びティマたちに目を転じてネアは、はっとした。
【そうかー、完全に見落としていた】
「ラスコーさんは鹿を追っ払おうとして、溝にはまったんだ。喧嘩とかそんなんじゃなかったんだ・・・。情報がないと誤った判断をしてしまう実例だな・・・」
ネアは先ほど自慢そうに披露した推理が誤っていたことに気付くと、ピンクの鼻先が赤くなるほど赤面していた。
「ああ、ネアさんの言う通りだ。鹿どもは雪を掘り返して保存用に置いてある作物を喰い漁ろうとしておったからな。しかし、長年住んでおっても溝があったことをすっかり忘れておったわ」
ラスコーはネアから聞かされた彼女の推理があっていることを認めて笑い声を上げていた。
「足跡から何があったのかをあの年齢で推測するなんて・・・」
ラウニたちやルシアからスゴイと持ち上げられているネアを見ながらマーカはますますネアが何者か分からなくなっていた。
「言ったとおりでしょ。あの子は聡いんですよ。そして、危機に対してどうすべきかを判断できる知恵もあります。まだまだ幼い子ですが、その点は任せても大丈夫ですよ」
まるでネアを異形のモノを見るような目で見つめるマーカにそっとヒルカが声をかけた。
「もう、あの子が冬知らずを撃退したと聞いても嘘だと言い切れる自信はありませんよ」
マーカは軽いため息をつくと肩をすくめ、ルシアに身体を温めるために温泉に入るように促そうとして彼女の元にそっと近づいて行った。
「うーっ、やっぱりお風呂はいいよねー」
湯船の中で身体を思いっきり伸ばしたクゥが軽く目を閉じながら呻くような声を出した。
「冷え切った身体には何よりのご馳走ですね」
湯船の中でリラックスしながらも、万が一に備えているカイもクゥの言葉に頷いた。
【2人ともボリュームは今一つだけど、締まっていて、健康的な身体は評価は高いな・・・】
温泉に茹でられながら、ネアは久しぶりに眼福を味わっていた。
「ネアの見取り稽古だよ」
「でも、視線が怖いですね・・・」
そんなネアを少し離れた場所から先輩方が怪訝な目つきで眺めていた。
「ネアお姐ちゃん、あたしもあんな風になれるかな・・・」
ティマがカイとクゥを見て不安になったのかそっとネアに尋ねてきた。
「多分、なれますよ。ハンレイ先生から何か言われましたか」
ネアはティマの頭をそっと撫でながら安心させるようにそっと囁いた。
「全体的に大きくなるって・・・、どういう意味かな・・・です」
ネアはいつの間にかティマにまで予言をしていたハンレイに呆れるとともに、漢の浪漫を追い求めるその熱さに感じ入ってしまっていた。
【人としてはどうかは分からないけど、一匹の男としては大いにありだな】
「大きくなるって」
何かを感じ入っているネアにティマが聞いているのかとばかりにちょっと強めにネアに問いかけた。
「ハンレイ先生の予言は当たるって噂ですから、大きくなりますよ。あの、タミーさんも小さい時に「大きくなる」って言われたそうですよ」
「あたしのも大きくなるんだ」
自分の胸をそっと撫でてティマが笑顔を浮かべた。
【全体的ってのがちょっとひっかかるけど・・・】
気になっていることは敢えて口にせず、ネアはティマに心配することはないと笑顔で言い聞かせた。
「私、何かお力になれると思うんです」
お風呂から上がって部屋着に着替えたネアはホールで寛いでいるリックにそっと声をかけた。
「おいおい、小さな嬢ちゃんの力を借りるほど、こちとら困っちゃいないよ。子供は子供らしく遊んでな」
リックは笑いながら、ネアに気にするなと言わんばかりに手をひらひらさせて追い払おうとした。
「この子は、今回の件をとても重く見ています。私も信じられませんが、この子は見た目以上にしっかりとした考えを持っています。役に立ちこそすれ邪魔にはなりませんよ」
ネアのことを子供の思いつき程度に見ているリックにマーカが真剣な表情で彼の考えを正そうとするように話しかけた。
「まだ、刺客はここには来てませんね。道路以外のこの宿の周りに人の足跡はありませんでしたよ。まだ、下見もしてないと私は考えています」
ネアは小声でリックに自分の現在の見立てを話した。ネアの言葉を腕組みしながら聞いていたリックはネアの言葉が終わると彼女の方に身を乗り出した。
「詳しく聴かせてくれ、ここでは耳が多い。嬢ちゃんたち獣人は耳がいいから、猶更だ。俺たちの部屋に来てくれないか。マーカさんも一緒にお願いします。いくら小さいとはいえ、女の子と2人きりで部屋に居たりすると何を言われるか分かったもんじゃありませんからね」
リックはマーカとネアを自分が泊っている小さな部屋に案内した。
「ま、かけてくれ」
リックはネアに部屋の中にある簡単な腰かけを指さした。部屋の中には護衛に当たっている彼らの人数分の椅子と小さなテーブル、そしてベッドがあるくらいであった。
「・・・嬢ちゃん、刺客はまだ来てないって言ってたが、足跡が見つからなかったってだけだろ」
リックはネアをじっと睨みつけるようにしながら尋ねてきた。その様子はまるで尋問しているようでもあり、年端も行かぬ子供なら泣き出しそうな圧をかけていた。
「刺客が来ていないのは、この村に私たち以外の余所者がいないことです。この村の宿と言えばこの癒しの星明り亭以外はありません。この宿以外で寝泊まりしている余所者は教会にいるリョウアンさんぐらいです。この寒さの中、野宿するなんてことはしない、と言うかできませんからね」
ネアはそろそろ暗くなってきた窓の外を眺めながら自分の考えをリックに伝えた。
「刺客はこの宿に泊まりに来るのか・・・」
リックは自分の疑問を唸るようにネアにぶつけていた。そんなリックの問いかけにネアは首を振って答えた。
「なんでわざわざそんな回りくどい事するんです。私たちがここに居ることはすぐにわかりますから、そのまま押し込めばいいじゃないですか。手駒が十分にあればの話ですがね。そうでなくても、私たちに疑われないように普通のお客さんとして自然に宿泊するのは難しいと思いますよ。隙を見て襲ってもあまりにも見られているし、証拠も残すでしょうから、私がやるならこの宿ごと燃やして物的証拠を灰にして、目撃者を全員殺すぐらいの事をしないと気が済まないでしょうね」
ネアは腰かけに浅く腰を下ろして睨みつけるリックを睨み返す勢いで自分の考えを展開させた。その言葉を聞いたリックは難しい表情を浮かべ、マーカは心なしか顔色が悪くなっているように見えた。
「そこまでするものなんですか」
マーカは恐る恐るリックに尋ねると、リックも難しい表情を浮かべながら暫く考えると重々しく口を開いた。
「完全を期するならそうするでしょうね。どんなバカでも力さえあれば刺客はできますが、本当の刺客はいつでも逃げ道を確保します。だからこそ、やる時は徹底的にしないと、後々自分たちの首を絞めかねないことになりますからね」
リックはマーカに彼女が心配していることがあり得ることを静かに語った。リックの言葉にますますマーカの顔色が悪くなっていった。
「今までそれらしき連中を見なかったし、気配も感じなかったのはまだ来ていないと見るのも不思議じゃない」
リックはネアに向かって、彼女の考えを認めるようなことを口にした。そして、暫く考えると徐に口を開いた。
「宿に泊まらずに俺たちを狙う連中はどうやって夜を過ごすんだ。それとも、この村に入ったらそのまま襲ってくるのか」
「相手のことを分からずに突っ込むとすれば、それは馬鹿か、圧倒的な戦力を持っている場合でしょうね。ひょっとするとその両方かも知れませんが。潜伏して隙を伺うなら、どこかの空き家か、誰も使っていない小屋なんかが狙い目でしょうね。ひょっとするとどこかの家を襲ってそこに居座ると言うのもありますね。でも、そうなると居座る先の家族が見えないことで騒ぎが起こるかもしれません。すると、空き家、小屋狙いになるでしょうね。こんな村です。知らない顔がいればすぐに分かりますから、昼間も堂々と動けないでしょうから、活動は夜になるでしょうね。すると、標的は宿に居るから、ここを襲わなくてはなりません。我々としては、ここの防御を固めることが重要ですね」
ネアはとうとうと己の考えを述べるとじっとリックを見つめた。その視線は、リックが指揮官であり、どうやって戦うか判断し、決心せよとの訴えが色濃く滲んでいた。
「・・・ケフの都まですぐに行くのも手か・・・」
リックは難しい表情を浮かべながら思いついた方針を口にしていた。
「ケフの都は隠れる場所が多すぎますよ。それにお店を持つとなるとお客さんに紛れてやってくるかもしれません。それに、彼らが襲ってくる時期がますます分からなくなってきますよ。年がら年中ずっと警戒しなくちゃいけない。でも、襲ってくる連中もケフの都で長時間潜伏するお金が必要になってくるから、どれぐらいこの仕事で支払われているかで刺客の行動も変わって来るでしょうね」
「そうだな、もしそんなに金があって人手もあるなら、とっくに噂の一つや二つ飛び交っていても不思議じゃないが、そんな話聞いたことはないな。すると、連中の頭数は力押しができるほどじゃないと考えられる。それと、いきなり金回りが良くなった奴とか羽振りのいいのが来たとか耳にしなかったな」
リックは考えながらポツリポツリと自分の考えを口にして整理しだした。
「連中の頭数はそんなに多くなく、ケフの都に潜伏できるほどの金も持ってない・・・、襲撃する場所はここか・・・」
「私もそう踏んでます。村に出入りする者のチェックを厳しくするにも村長の許可が要りますから簡単じゃないでしょうね。それに、連中が堂々と村に入って来るとは考えられませんね」
リックが口にした刺客の予想される行動にネアは大きく頷きながら同意を示した。
「連中がやって来て潜んでいる兆候を捕まえるのが重要だな」
「先制攻撃ができればいいですけどね」
「連中の動きを掴まないといけないな」
「情報は重要です。それが例え「見つからなかった」って言う否定的な情報でも」
ネアとリックは頭を突き合わせて、いつの間にか作戦会議を開いていた。リックは作戦を考えながら、不思議なことに目の前にいる幼い子がどこでこのような考え方を身に付けたのか疑問を抱いていたが、それは優先事項ではないと無理やり無視することに決めた。
「リックさん、私たちは・・・」
マーカは、ネアとリックが意味不明な事で盛り上がっているのを見て小さな不安を感じていた。
「大丈夫なのでしょうか」
この言葉はマーカの偽らざる気持ちの現れであった。
「おい、村への道はもっと先だぞ」
行商人の格好をした男たちの1人が街道からそれて森の中に入ろうとするリーダーに向かって声を上げた。
「俺たちが堂々と村に入ると警戒されるだろうが、それに顔も覚えられる、馬鹿でもそれぐらいは分かるだろ」
リーターが背負った荷物に長弓を括り付けている痩せた男にうんざりしたように説明するとかんじきを履いた足で森の中に踏み入って行った。
「そこで凍り付きたかったらじっとしているんだな。もう直に雪が降って来るぞ。雪ダルマになりたくなければついて来い」
リーダーの言葉に残った3名は互いに見合ってため息をつくと口々に仕方ないとかやりきれないとブツブツ言いながらリーダーの後を追っていった。
「聞いた通りだ」
行商人風の男たちの目の前がいきなり開けた、と言っても森から抜けただけであり、降り続く雪は森の中にいるよりも彼らの視界を遮っていた。しかし、リーダーの男は満足したような表情を浮かべて部下たちを見回した。
「寒い・・・」
リーダーのやったぞ的な表情に対して、部下たちは雪まみれになり、流した鼻水すら凍っているような情けない有様であった。
「この森のふちに沿って進むと小屋がある。それが俺たちの拠点だ。そこから標的の動向を探るんだ。もう少しの辛抱だ」
リーダーの檄に男たちはしぶしぶ頷くと、リーダーの後をトボトボと付いて行った。
「俺の足跡の上を歩け、最後はコレで足跡を消していくんだ」
リーダーは近くに生えていた木の枝をナイフで切り落とすと小柄な男に手渡した。
「スポンサーの話だと、中に食い物と寝具があるそうだからな」
男たちは村から雪原に出る道沿いの民家から離れた小さな小屋にそっと入って行った。
「灯りは小さく。火で暖をとるな」
リーダーは矢継ぎ早に命令を出すと小屋の中に在る物を確認しだした。小屋の中には木箱に入った干し肉などの保存食、革袋に綿を詰め込んだ寝袋の様な寝具が四つ置いてあった。
「今日はさっさと寝ろ。野宿するより十分にマシだからな。明日から標的を確認する。絶対に気取られるなよ。気取られたら仕事は失敗だ」
口うるさく指示を下すリーダーに男たちはウンザリしながら頷くと、冷え切った身体を寝袋に詰め込んで木製の床の上にそのままゴロリと横たわった。
「眠れば寒いのは感じないぞ」
リーダーはそう言ったが、その夜リーダーを含んで全員が寒さに凍えている夢を見ることになった。
リックたちも刺客たちもこの世界では、ご存じのように傭兵と言う職業にカテゴライズされます。
この世界に人類を滅ぼそうとするモンスターはいませんし、洞窟の中に宝物があることも殆どありません。このため、冒険者なる職業が成立せず、荒事は専ら人同士の争いに限られ、その規模は大小さまざまで郷同士の戦いから、個人間の喧嘩まで様々です。そんな中、金銭で暴力を執行する人たちが傭兵と呼ばれる人たちです。黒狼騎士団長のガング・デーラもそんな傭兵の1人でした。
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