201 お休みの日
ばたばたしつつも、忙中閑ありで、何とかUPしてみました。
このお話が少しでも暇つぶしになれば幸いです。
「時間に追われずに食べる朝食は格別です」
ラウニはたっぷりハチミツをかけたパンケーキを頬張りながらうっとりとした表情を浮かべた。そんな、ラウニをいつもはからかうフォニーも、温かいお茶のカップに鼻先を突っ込まないようにしながら、絶妙な角度でカップを保持してお茶を飲みながら、軽く頷いていた。
「幸せ・・・です」
口の周りについたパンくずをネアに取ってもらいながらティマが満足そうに呟いた。そんなティマの豹以上にネアは自然に笑みを浮かべていた。その笑みは、まるで孫に接する祖父のそれのようであったが、気づいたものはいなかった。
「今日は、凄い雪ですね」
ネアは、薄暗いあさのひかりの中、視界を真っ白にしながら音もなく降る雪を見てネアがポツリと呟いた。
「うわー、凄い雪、こんなの見るの、初めて・・・です」
ネアの言葉に窓を見たティマがはしゃいだ声を上げ、たたっと窓まで走ると、じっと降って来る雪を見つめていた。
「温まるのか冷えるのか、微妙でしたねー」
風呂から上がってきたクゥが複雑な表情を浮かべながら席に着いた。
「お前さん、まさか露天風呂に入ったのか」
クゥの朝食を運んできたラスコーが驚いたような顔を見せ、しげしげとクゥを見つめた。
「こんな天気の時は、温い湯に長い事浸かっていくのが良いんじゃ。お前さんらみたいに仕事で時間に追われている時にはお薦めできんぞ」
ラスコーは呆れたように言うと、クゥの前に温かい朝食を置いて、厨房に姿を消した。
「私たち、そんなにお風呂に入らないから、あ、ちゃんと身体は拭いたりして、清潔しているよ。臭いと護衛する人に迷惑になるでしょ。だから、私たちはいつも綺麗にしておかないといけないのよ。リックはちょっとあれだけどね」
不思議そうな視線を送るネアに気付いたクゥが言い訳するように、自分たちの仕事の事を話した。
「冷えているじゃろ、これはサービスじゃ」
ラスコーは湯気の上がるカップをそっとクゥの前に置いた。
「おじさん、これは?」
「ちょっと濃いめのお茶に、お茶に会うリキュールを少し入れたものじゃ。冷えた身体を温める飲み物じゃよ。あんまり飲むと酔っぱらうからな。嬢ちゃんは酒は大丈夫じゃろ? 」
クゥはリキュールという単語を聞いた途端に、カップに口をつけていた。そして、一口呑むと、感動したような表情になった。
「おじさん、これ最高ですよ。もう少しお酒が多くてもいいかも・・・」
「これ以上は、酔っぱらうからな。おかわりも無しじゃよ」
クゥはラスコーの言葉にちょっと残念そうな表情を浮かべるも、ぐっと残りを飲み干した。
「お酒好きなんだ」
ティマが窓から離れてクゥをみながらポツリと呟いた。
「好きと言うか、ないと寂しいかな。私は、クゥって言うんですよ。ルシアお嬢様の声をリックとカイでやっているんです。何か妙な人を見たら、私たちに教えてくださいね」
クゥはネアたちに優しく語り掛けた。その時、ティマが食堂の入り口を指さした。
「妙な人? 」
クゥはティマの言葉にすぐさま反応し、傍らに置いた剣に手をかけた。
「妙な人って、僕のこと? 」
そこには寝ぐせがついてボサボサになったウェルが立っていた。
「見かけは妙だけど、ウェル君は妙な人じゃないよ」
フォニーのフォローをしているのか、追い打ちをかけているのか良く分からない言葉を聞いて、小さなため息をつきながらクゥは剣から手を離した。
「女性の前に姿を見せる時は、もう少し身なりを整えた方がいいですよ」
「え、そうなのかな」
ラウニの言葉にウェルは戸惑ったような顔になって、何がいけないのか悩みだした。
「その寝ぐせだらけの姿もワイルドでかっこがいいと思いますよ」
「だらしないのとワイルドは違います」
ネアのフォローをぴしゃりとラウニが否定した。その言葉にちょっと戸惑った様子を醸し出しながら、ウェルは引っ込んで行った。
「なんか、可哀そうかな。彼は、一体何者なの、暴れたって聞いたけど、そんな風にも見えないし」
クゥがネアたちとウェルのやり取りを見て笑いながら、ネアたちに尋ねてきた。
「ウェル君は、ケフのお医者様の「修理屋」のジングルさんの下で医学の修行中なんです。お薬に関する知識はドクター以上とも言われているんですよ。見た目はおっとりした感じですけど、優しくて、力強くて、基本的には人を護ることに関しては、わが身を省みないところもある人です」
ネアがクゥにウェルのことを説明しだした。その説明は、聊か主観的で盛っている所も少なからずあったものであった。
「随分とウェル君の肩を持つんだねー」
フォニーがニヤニヤ笑いを浮かべながらネアを見つめてきた。そんな視線にネアは顔が熱くなるのを感じた。
「鼻の先が赤くなってますよ」
ハチ割れ柄のネアの鼻の頭の毛のない部分は見事なピンク色なのであるが、そこが常より赤くなっていると指摘されて、ネアは思わず鼻先を隠した。獣人は顔の部分が毛でおおわれていることが多いので、真人のように真っ赤になったりすることはないが、ネアのように鼻先などがピンクであると、その赤みが増すことが少なからずあり、ネアもその例外ではなかった。
「可愛そうに、ウェル君にはシャルさんと言う人がもう・・・」
ラウニが言葉とおりに悲恋に身を焦がすヒロインかのように熱っぽくネアを見つめた。
「ネアもそう言うお年頃になったんだねー」
フォニーもニヤニヤ笑いを浮かべながら、ネアににじり寄ってきた。
「ありもしないことで、勝手に人のことを決めつけ、悦に浸る。人それを邪推と言う」
ネアはかつてオタクだった部下が使っていた言い回しを利用しつつ、びしっと糾弾するようにフォニーを指さした。
「え、なに、うちって悪者なの? 」
いきなりのネアの言葉にフォニーはどきりとして、後ずさった。ネアは次にじっとラウニを見つめた。
「他人事のにような顔してますけど、ラウニ姐さんも一緒ですよ」
ネアから視線をずらしたラウニをきっと睨みながらネアは続けた。
「恋愛感情云々の前に、ウェル君って良い人じゃありませんか」
ネアはきっぱりと言い切った。よくある「良い人なんだけど」の良い人の意味での良い人なのであるが。
「確かに、良い人なんだけど、何か物足りない感じがしますね」
「良い人だけど、運がダメダメな感じがする」
ラウニとフォニーのウェルに関する評価は、あまり良いものではなかった。しかし、彼女らの低評価の原因はウェルのお人好しな所と巡り合わせの悪さに起因しているようにネアには思えた。
「これでいいのかなー」
「お兄ちゃんは、身なりに無頓着すぎ、そんなことじゃモテないよ」
廊下から兄妹のがやがや騒がしい物音がして、寝ぐせをきっちり直されたウェルが心配そうな表情で食堂に入ってきた。
「ご馳走様、モテる男はツライですねー」
食事を終えたクゥがからかうように言いながら、ポンとウェルの肩を叩いて食堂から出て行った。
「・・・モテたことないのに、不思議なことを言う人だなー」
「お兄ちゃん・・・」
不思議そうに首を傾げるウェルにアーシャは深いため息をついていた。
「おはようございます」
ネアたちが一斉にニコニコしながらウェルに挨拶をした。勿論、少し彼へのからかいの意味が込められていたのであるが、ウェルは気にすることなく、挨拶を返すと席についた。
「おう、おはよう、良く眠れたか。飯は持ってくるから暫く待ってな」
ラスコーは元気よく、ウェルに声をかけると厨房に下がった。暫くすると、ニコニコ顔のシャルが朝食の乗ったトレイを持って厨房から出てきた。
「あ、おはよう」
「おっはよー」
朝食をもってきたシャルにウェルとアーシャはにこやかに挨拶をした。
「ねー、貴女たち、さっき物足りないとか、運がダメとかって、言ってなかったかなー、おねーさん聞いたような気がするんだよねー」
シャルはニヤリとしながらラウニとフォニーを見つめた。
「あ、あのそれは・・・」
「あはは、そんなこと言ったような・・・」
ラウニとフォニーはひきつったような笑顔を浮かべてシャルから視線をずらした。
「えーと、アーシャちゃんたちには悪いんだけど、馬車というか今はソリなんだけど、雪が酷くてしばらく動きそうにないからお家に帰るのはちょっと時間がかかりそうなの。馬車が動くようになるまで、宿代と食事代はいいから、暫くここでゆっくりとしていってね。アーシャちゃんの整体に関してはちゃんと報酬を出すから」
シャルはニコニコしながらアーシャに話を持ち掛けた。ウェルと言えば横で我関せず、そして無心で朝食を頬張っていた。
「おはようさん、いい匂いがするのう」
「おはよう、皆でご飯かしら。ふふ、朝からお風呂に入ると、血行が良くなるのかお腹がすきますからねー」
「ごあんー」
食堂にドクター一家が楽しそうに入ってきた。ネアは、気のせいか、ドクターとレイシーがツヤツヤしているような気がしたが敢えて口にすることでもなく、口にすることも憚られるので黙っていることにした。
「アーシャちゃん、悪いけど、ご飯の後ちょっとしたら整体をお願いしていいかしら」
「ええ、いいですよ。この雪で暫くここに留まることになりそうですから」
アーシャはそう言うと早速、昨日からの続きでどこを矯正していくかを考え出した。
「そうか、暫くおるのじゃな。ウェルよ、今日は教会で臨時の診療をするから、手伝ってくれんか。手当は出すぞ」
朝食を頬張っているウェルにドクターは声をかけた。見かけは頼んでおり、ウェルに裁量があるように見えるが、実際は依頼の名のもとの強制であった。
「了解しました。ホールで待機していますから、いつでも声をかけてください」
ウェルは食べる手を止めてため息をつきながらドクターに申し出をうけたことを伝えた。
「朝飯を食ったら声をかけるからのう。薬箱の準備をたのむぞ」
ドクターの言葉にウェルは了解を伝えると、さっさと食事を終えて食堂から出て行った。
「大変だねー、さて、うちらはまったりと・・・」
「そうですねー、『お部屋でかけっこ』をもっと発展させて、面白くしましょう。ティマもいるからきっといいアイデアが出ますよ」
フォニーとラウニはティマと一緒にご馳走様のお祈りを軽く済ませるとネアを促して、食堂から出て行った。
「ネアさん、後で俺の所に来てくれるか、ちょいと仕事を手伝ってもらいたいんじゃ」
厨房からぬっと顔を出したラスコーが、まるで夏休みを前にした子供の様な表情でネアに声をかけてきた。
「例の件ですね。承知しました」
うんざりした表情でネアは答えるとため息をつきながらラウニたちの後を追った。
「時間軸の移動ではないことと、リョウアンさんの仮説から、ネアはこの世界とは過去に枝分かれ足した別の世界、過去と言うのも厳密には当てはまらんようじゃが。だから、世界を超えた時に歪の力が宿ると見ておる。だから、もうひとりの、お前さんのお知り合いは肉体ごときておるから、その力は計り知れんものであると踏んでおる。精神だけじゃと、歪の力は殆ど宿らんようじゃ」
ラスコーの書斎兼研究室と言う名の物置部屋の中で2人は顔を突き合わせるようにして、ネアは、一方的に語るラスコーの話を無理やり聞かされていた。
「そうですね、自分に不思議の力があるとは実感したことはありませんからねー、ケフの凶獣って呼ばれたのも、前の世界で身に付けた技術のおかげですからね」
ネアは、興味なさそうにラスコーに答えた。しかし、ラスコーはネアの気持ちなんぞ知らずにラスコーはメモを取りながら話を続けた。
「歪の力の排除は、どうも人の命と関係があると考えられるんじゃよ。かつてのまれびとで大きな戦で多くの命を刈り取ったヤツは、その戦の後、ぷつりと記録が無いんじゃよ。普通の人になったのか、死んだのか、元の世界に戻ったのか、それ以外なのかは全く分からんのじゃよ。お前さんのお知り合いも、血を流すほど、消える可能性はある。これは、俺は確信している。で、まれびとは文献からすると、頑丈だが、不死身じゃないようじゃ。病気もするし、怪我もする。ただ、やたら力が強く、回復力が高いのじゃがな。結論は、殺すことができる、じゃな」
「どんな奴でも歳を喰ったら死にますよ。あのエルフ族ですら歳くえば死ぬって話じゃないですか。アイツが歳でくたばるまで待つんですか。それまで、どれほどの血が流れるか・・・」
ネアはため息交じりにラスコーに突っ込みを入れていた。
「そんなに気長待つぐらいなら、いっその事、毒でも盛りますか」
「それはいいかも知れん・・・、どんな毒が良いかのう・・・」
ラスコーはネアの嫌味じみた言葉を素直に受け取っているのを見て、ネアは深いため息をついた。
「実際、打つ手なし、ですね」
「今のところ、そうじゃ。しかし、まれびとと言えど、人である、これが分かったことは大きいぞ。精神的に追い詰めることもできるんじゃからな」
ラスコーはネアから見れば、とても楽観的な考えているように思われた。そんなラスコーにネアは眉をひそめた。
「確かに人であるなら、真っ向からの力押し以外にもやり様があるでしょうが、悠長なことはできないですよ。時間をかければかけるほど、血が流れます。ヤツを祭り上げる連中が力をつけて行きます」
真剣な眼差しでネアはラスコーを睨みつけた。今抱えている問題を頭の体操の類程度に考えているようなラスコーにネアは少々苛立ちを感じていた。
「・・・確かにな、人命関わることじゃな。こうやっている間にも、どこかで穢れの民が血を流しておるのじゃからな・・・」
落ち着いたラスコーはふーっとため息をついた。
「まれびとへの有効な対処、その力を封じる手段はまだ分からん。しかし、奴らは殺せぬ相手ではないことは確かじゃ。今わかることはこれだけじゃ。ひょっとすると、奴らを凌駕する武器が死人の国にあるかも知れぬが、それに手を出すのは危険すぎるからのう」
ラスコーは何かを考えて、独り言のように呟いた。
「相手が手に入れると危険なモノがありますからね。でも、話にきくだけだと、あそこには、足を踏み入れるべきではないと判断しています。手に入れるものより、危険の方が大きいですからね」
ネアはラスコーの考えに疑問を投げかけた。前に見せ貰った拳銃などの火器が死人の国に大量にあれば、あっという間にターレ大陸のパワーバランスは崩れてしまうだろうが、それをやるには余りにもリスクが高すぎた。
「すまんが、もう少し、時間をくれ、あ奴が人であれば、そのつながりからも弱点を見つける事ができるかも知れんからな」
ラスコーのこの言葉に酔って、ネアはラスコーからネアは解放された。
「あ、ネア、ちょうど良かったです」
ラスコーとのやり取りでげっそりしてホールに顔を出したネアにラウニが声をかけた。
「ちょうど良かった? 」
「そうだよ、ルシアさんがジェボーダン家の新しい仲間を紹介してくれるんだって」
ラウニとフォニーが視線を向けた先には夏に綺麗にしたドールハウスが置かれ、その横にちょこんとルシアが座っていた。ホールの片隅には出入口、窓をカイとクゥが警戒していた。
「えーとね、この人が、ハリーケ先生、とても頭が良くて、物知りで、優しい先生」
ルシアが真っ黒の豹のヌイグルミをドールハウスから取り出して、ドールハウスの前のベンチにそっと置いた。
「この子は、テンプ、ハリーケ先生の子どもで元気な女の子」
ルシアはそっと小さな斑点柄、豹柄の小さなヌイグルミをハリーケの横に置いた。
「この人は、イブンさん、腕のいい大工さん。テンプのお父さん、力持ちで優しい人・・・」
ルシアが手にしたのはちょっとゴツイ豹のような、多分、米豹のヌイグルミと思われた。
「この人たちが新しいジェボーダン家の人なの。よろしくね」
ルシアが新たに仲間になった3つのヌイグルミをお披露目した。
「皆可愛いね」
ハリーケたちをよく見ようとティマがドールハウスに近づいた。
「テンプちゃんのお父さんはドワーフ族じゃないのね。あの人、ちょっと不貞腐れるかも」
レイシーは新たな仲間を見ると、その事を聞いたドクターがどんな表情をするかを想像して笑顔を浮かべた。
「・・・最近、ルシアさんに何かあったんですか・・・」
ルシアから少し離れて、彼女のお披露目を見守っていたマーカにそっとネアが尋ねた。
「え、どうしてそんなことを・・・」
マーカは少し驚いたような表情でネアを見つめた。
「以前は、護衛の方をつけておられなかったように記憶しているものですから」
ネアは部屋の隅で警備にあたっているカイとクゥをちらりと見た。
「あの護衛の方たち・・・、形だけではありませんよね」
「ええ、ちょっとあってね。でも、ネアちゃん、なかなか鋭いわね」
マーカはネアの指摘にちょっと面食らったようだったが、何故護衛をつけたのかははぐらかした。そんなマーカの対応に、ネアはただならぬことがルシアに降りかかりつつあるように推察した。
ネアが、マーカにちょっと突っ込んだ質問をしている時、ラウニたちとビブ、そしてルシアはネアの心配をよそに、子供らしく遊んでいた。
「どうすれば、もっと面白くなるかなー」
「イベントマスのイベントを変えるのは、ある意味、工夫がないですからね」
ホールの床の上に、お部屋でかけっこを広げてラウニとフォニーが難しい表情になっていた。ティマははいはいから卒業したビブと一緒に床に座り込んで、積み木を積み上げていた。
「しっかり、一つ一つ確実に置いていくんだよ」
「ここは、こうやった方がお城みたいに見える」
ティマとビブの作業にルシアが加わり、積み木の建物はますます、前衛的な姿になって行った。
「私も、ちょっと混ざってきますね」
ネアは先ほどの質問に微妙な表情を浮かべているマーカに一礼すると、ラウニたちの所に小走りで駆けて行った。
護衛の3人組の名は、それぞれ「地鳴り」のリック、「海鳴り」のカイ、「雷鳴」のクゥです。はい、何も考えていないネーミングです。それぞれ陸、海、空です。と言って、カイが水中での戦いが得意とか、クゥが空を飛べるとかはありません。彼らはどこまでも普通の真人です。
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