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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第1章 おはなしのはじまり
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02 水底へ

とある家族を襲った悲劇です。

これからの舞台となる世界です。

 小さな山の頂にある小さな祠に今年の豊作を祈願するためお供えとお祈りをした後、彼女は夫が広げたマットに腰をおろし、バスケットから素朴な作りのパンやジャムの入った壷を取り出し、ちょっと遅めの昼食の準備をする。子どもたちは開けた山頂で走り回ったり、花を摘んだりと楽しそうに遊んでいる。上の息子はヒラヒラと飛び回る蝶々を懸命に追い回し、下の娘は草原にぺたんと座り込んで花輪を懸命に編んでいる。

 長かった冬が終わり、今年の作付けの準備も一段落しての久しぶりの休みである。身体全身の毛をを撫でる春の風が心地よい、ついうっかりと尻尾をピンと立てたくなってくる。彼女の夫も足を投げ出して春の日差しを全身に浴びて低く喉を鳴らしている。その自然に鍛えられた引き締まった身体にまるで服を着ているように見える白と黒の体毛が優しい春の風に揺れているのを眺める。肉球のついた掌で風で少しバラけた髪をきれいに縞模様が見えるように整える。

 「今日は泉が綺麗に見えるなー」

 夫が手袋をはめたような手で眼下の泉を指差す。

 「ひょっとして、生命の水がわいているのかしら」

 彼女は目を細めて指差された泉を見つめる。

 生命の水、この土地で昔から伝わる不思議な水の伝説である。その水で傷を洗えば瞬く間に傷を癒し、その水を飲めば如何なる病も治癒させると言うお話である。眼下の泉は昔よりその生命の水がわくとの言い伝えがあるが、あくまでも言い伝え、昔話である。

 「お母さん、見て、見て」

 下の娘が小さな花輪を持って駆けて来る。この娘は夫に似たのであろう、きれいな白と黒の体毛と先が白い優美な長い尾を持っている。きっと、この娘の胸が大きくなる頃には、村の男の子たちがあの手この手で粉をかけてくるのかしら、と心配でもあり、楽しみである将来を考えていた。

 娘が駆けだして一瞬の後、大きな地鳴りが山頂に響いた。

 「地震か」

 夫が立ち上がり、子どもたちをこちらに来るように呼びかける。先ほどまで笑顔だった子どもたちの顔に恐怖の色が浮かんでいる。

 「大丈夫だから、早く」

 彼女も立ち上がり子どもたちに声をかける。子どもたちも懸命にこちらに向けて走り出す。その姿を不安げに見つめる。地鳴りはますます大きくなる。

 「あ」

 夫が声を上げた、彼女も夫が声を上げた理由を瞬時に悟った、今まで懸命に駆けていた下の娘の姿がきれいに消えていた。急いでその場に駆け寄ると、さっきまで下の娘がいた場所に大人が両手を広げたほどの穴がぽっかり開いていた。彼女は気も狂わんばかりにその穴に飛び込もうとする。しかし、その襟首を白い手袋をしたような逞しい腕がしっかりと掴んでいた。

 「だめだ」

 夫がうめくように妻に言い聞かせる。穴の底は真っ暗でどれぐらい深いのか分からない。

 「ミッカ、ミッカ、返事して、お願い…」

 彼女はぽっかりと開いた穴に向かって大声で、泣き叫ぶように声をかけるが、聞こえてきたのは可愛い娘の声ではなく、激しく水の流れる音だけであった。

 いつしか、あれだけ響いていた地鳴りも鳴り止み、ぽっかり開いた穴も徐々に小さくなっていった。それに反するように、わが子を失った親の嘆き、妹を失った兄の泣き声が大きくなっていった。

初の長編の挑戦です。

ご意見、アイデアなどありましたらよろしくお願いします。

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