182 代闘
この世界には、まだ決闘の文化は残っています、と言うか現役です。やみくもに決闘するのではなく、中立とされる第三者の立会いの下、行われることが基本です。本人が戦う能力がない時などは代闘士による決闘となります。
「こんな田舎の獣臭いお祭りなんて・・・」
奉仕会の会合に参加するため、メラニ様の教会に向かうロートは不平不満を、半歩後から付いて来る、自分の母親くらいの年齢の侍女にぶちまけていた。聞かされている侍女は、ロートの不平不満のネタが良く尽きないモノだと感心しつつ、何も口に出すことはしなかった。ロートはただぶつぶつと言いたいだけで、侍女ごときに同意も何も期待していないし、自分の考えに意見を求めることなんて爪の先ほども考えていなかった。
「街を歩いているのも、穢ればかり、こんな奴ら、世界のために全部まとめて屠殺すればいいのに」
大きな声を張り上げながら走り去っていく、尻尾のある子どもたちや、威勢よく呼び込みする短躯の髭もじゃをロートは嫌悪のこもった目で見ると、ますます表情が険しくなっていった。
「街は小さいし、あいつらがいるから小汚いし、真人も目が曇った馬鹿ばかり。郷主の娘に至っては、姿は真人だけど、獣以下だし、それにあの犬、本当に汚らわしい」
ロートは街行く穢れの民を嫌悪を隠すこともせず睨みつけ、そして暴れ姫と騎士団長の娘の姿を思い出して、軽い吐き気を覚えていた。ロートの家、トルデア家はもともと王都の高級文官を務めている血筋であり、ロートの家は傍系であり、その地位は決して高くなかった。田舎の豪族が差し出す娘を、その持参金の多寡により受け入れてきたことと、直系の当主の趣味やちょっとした過ちでトルデア家は大きな集団となっていた。そんな親戚の集まる中、ロートのいる場所はいつも隅っこの方で決してセンターに行けることはなかった。そんな家柄であるため、田舎のワーナンの郷から弩田舎のケフの郷に送られたと彼女は考えていた。そんな自分の身の上の不遇や不満、ぶつけようのないいらいらが彼女の場合、穢れの民に向いていたのである。さらに、彼女の母親が正義の光を信奉しており、夫のケフへの派遣に対して最後まで反対していたこともロートの性格の形成に大きな影響を与えていた。そんな彼女にとって、見たくもないモノが目に飛び込んでくるケフの街中を移動することは、できるだけ避けたい行為であった。
「奉仕会なんて、しかも、あんな邪教の女神に・・・」
「お嬢様、それは口にしては・・・、ここは信徒が多いのです。いらぬトラブルを招き寄せます」
たまりかねた侍女が思わずロートのぼやきに口を挟んできた。
「言われなくても、分かってるわよ。あんたは黙っていればいいの。あんたを連れて行くのは、くだらないおしゃべりをするためじゃない、あんたの仕事は別にあるって言ったでしょ」
「あまり気乗りはしませんが・・・」
むすっとした表情で困惑した表情を浮かべる侍女に叱りつけるように言うと、ぷいっと彼女から視線を外すと足を進めた。
「年迎えのお祭りなんてくだらない祭りなんてする必要があるの?」
今年の年迎えのお祭りでの雪像造りでのお手伝いについて、パルが昨年の反省を踏まえ、どのようにお手伝いをするかと集まった少女たちに意見を聞いていた時、少し怒気をはらんだ声を上げたのはロートだった。
「広場は使えなくなるし、使用人を駆り出さなきゃならないし、寒いし、気持ちの悪い穢れの民と一緒にいるなんて、いいことなんて一つもない。私は、ここに、祭りの中止を求めます」
ロートは立ち上がって辺りを見回した。この場所に集まっていた少女たちは、今まで考えたこともないらしく、ロートを驚きの表情で見つめていた。
「・・・くだらないって、思うのは貴女の考えでしょ。私はそうは思わない。この街では、多くの人たちが楽しみにしています。みんなで一緒になって造り上げる楽しみもあります」
パルは、ロートの言葉を真っ向から否定した。
「ふん、躾のなってない犬は良く吠えますね。飼い主もいないし、いたとしても、駄犬一匹躾けられないバカ飼い主でしょうけど」
ロートの言葉にパルも怒りの感情を抑えることをできず、歯をむいた。
【さ、かかってきなさい。犬っころ、私に怪我させるとどうなるか、思い知らせてあげる】
ロートは怒りに震えるパルを挑発する様な目つきで眺めた。
「ふーん、あんたの考えは聞いたよ。賛同はできないし、パルに吐いた言葉、今更、飲み込むなんて言わないよね」
レヒテは、怒りに震えるパルの肩を軽く叩くと立ち上がって、辺りを見下すように眺めているロートの元につかつかと歩み寄った。そして、噛みつけるぐらいロートの顔に顔を近づけた。
「手前の勝手な意見は聞いた。そして、親友に対する手前の言葉も聞いた。私は、手前以上に、今、ムカついている。表に出ろ」
「田舎郷主の娘がヤクザ者の真似事ですか。いいでしょう。さ、参りましょう」
ロートはニヤリとするとレヒテに背を向けて歩き出した。
「あの子、暴れ姫とやりあうのかしら」
「自殺行為よ」
「レヒテ様、それは、ダメです。私が」
集まった少女たちがロートの予想外の行動に目を見開き、パルはロートの後を追うレヒテの前に立ちふさがった。
「アイツは、パルが手を出すことを望んでいるのよ。ワーナンの大使の娘に騎士団長の娘が手を上げた。これは、私の頭ですら大きな問題になることは見えているよ。きっと、パルにはキツイお仕置きがあるはず。それを指をくわえて見ているわけには行かない。この郷の在り方、親友を馬鹿にされて、黙っていれば、郷主の娘として盛り上げてくれた皆にあわす顔がないよ」
レヒテはそっとパルをどけると厳しい表情を浮かべてロートの後を追った。
「大変だよ。お嬢とロート様が喧嘩しそうだよ」
使用人の控え室の扉を荒々しく開け、慌てた様子で真人の侍女らしき少女が飛び込んできた。
「・・・他に道はない」
その言葉を聞いたロートに付いて来た侍女がそっと立ち上がった。彼女は、控室にいる間誰とも口をきかず、黙って、何かを考えているようであった。彼女は大騒ぎする使用人たちに目をくれず、部屋から出て行った。
「あの人はロート様の侍女だよね。初めて見るけど」
周りの様子と違う動きをした侍女にネアは気づき、半ばパニックになりかけているメムに尋ねた。
「知らないよー、あの人、初めて見たもん。この辺りの人じゃないみたいだし。それより、どうしよう」
ネアは、うろたえるメムをじっと見つめて、落ち着いた声を出した。
「パル様の近くにいてあげてください。パル様を守る。そして、パル様が人を傷つけないようにしてく下さい。メムさんにしかできないことです」
ネアの言葉を聞いたメムは弾かれたように部屋から飛び出していった。
「お嬢は大丈夫だと思うけど、相手の子が心配だ」
ネアもざわざわしている部屋から飛び出ると、レヒテの気配を探った。
「裏庭か、ケガさせたら大ごとになるぞ。ま、食べ物で釣って・・・」
ネアは立ち上がって、テーブルの上に使用人のために置いてあったアーモンド程度の大きさの豆菓子を三掴み程ポケットに突っ込むとレヒテの気配と人のざわめきのする方向に駆け出していた。
「中途半端な事はできないよ。生憎、私は手加減と言うものを教えられていないんだよ」
レヒテは教会の裏庭で、十数歩離れた場所に立って、ニヤニヤとしながら自分を見つめているロートに声をかけた。ロートの背後には彼女が連れて来た侍女が黙って立っていた。
「お嬢、アホなことはやめて下さい」
ネアはロートと対峙しているレヒテの元に駆けよると、彼女の握りしめられた拳を掴んだ。
「アイツは、パルを馬鹿にした。これは、絶対に許せない。そして、郷のことまで・・・」
レヒテの身体は怒りに震えていた。
「貴女も馬鹿じゃない・・・、失礼、馬鹿でしたよね。馬鹿にも分かるように言うと、大使の娘と郷主の娘が争ったとなると、随分と面倒になりますわよ。そこで、提案を一つ。お付きの侍女の喧嘩にします。アンタの躾のなってない猫、失礼、猫には躾は出来ませんでしたよね。それと、私の侍女で勝負させましょう。侍女ごときがケガをしたところで問題はありませんからね」
ロートは元より、レヒテを痛めつけることを目的としてはいなかった。彼女が侍女見習い、しかも穢れの民に随分と思い入れているようなので、それを目の前でぶっ潰し、レヒテが己の短慮を嘆く姿を見たかったのである。
「お嬢様、相手はまだ小さな子供ですよ」
レヒテの背後に控えた侍女が小声で彼女に確認を取った。
「剣を振ることしか能のないアンタを雇ってあげてるのはどこの誰かしら。子供のえさ代もかかるんでしょ」
ロートは侍女の戸惑いを鼻先で笑い飛ばし、彼女の痛い所をついてきた。
「あの猫は、別名、ケフの凶獣って言われてるのよ。あの主人にして、あのペットだけど、全力で叩き潰しなさい。殺してもいいわよ。猫が一匹潰れたくらいなら、何とでもできるからね。でも、できるだけ惨めになるように殺しなさい。これは、命令です。うまくできれば、手当は弾みますよ」
ロートは控えている侍女に命ずると、彼女は意を決したようにロートの前に歩み出て、短剣をエプロンの裏ポケットから取り出し、両手にかまえた。
「ネア・・・、私が行くから」
ネアは前に出ようとするレヒテを手で押しとめた。
「あの方には恨みは有りませんが、悪い主人に仕えたのは運がなかったのですよ。簡単に負けはしません」
心配するレヒテを背後にネアは特殊警棒にしては長いシャフトを取り出して、一挙手でそれを伸長させた。
【あの子、物怖じしてない。しかも変わった感じ・・・、面白いっ】
ロートの侍女であるケーラの心中は戸惑いから好奇心に代わって行った。彼女は元は流しの傭兵であり、警備だとか討伐、ちょっとした郷の間の争いで飯を食ってきたのであるが、数年前、意気投合した同じく傭兵の男といい関係になり、子供を設けたのであるが、その子の父親である男は彼女が妊娠したと聞いた途端に彼女の目の前から消え失せ、彼女は失意と貧困の中で出産し、苦労して育ててきたのである。自分の娘に近い年齢のネアを目にした時、戸惑いも感じたが、これは仕事であると割り切り、ネアを潰すことしか考えていなかった。
【それなりに心得があると言うか、こういう事を生業にしてきたんだろうな。ちょいとマズいかな】
レヒテに見えを切った以上、後には引けないネアはさっとシャフトを構えた。
「さ、あの糞猫を躾なさい」
ロートの言葉でケーラは駆け出した。そこには手加減をする気もなく、ただネアを殺そうとしている傭兵の姿があった。
【殺す気満々じゃなねーか。糞ったれが】
ネアはあっという間に間合いを詰め、首を横から断ち切ろうとする刃を横方向にステップして避けた。
【殺気は別として、イクルさんほどの圧迫感はないぞ】
ネアは呼吸を整え、相手をじっくりと観察することにした。確かに、相手は強いが、ガングのような鋭さ、レイシーのような正確な素早さ、なによりイクルのいつの間にか打ち込まれるという規格外の能力も感じられなかった。
【と、言って、勝てる確率が高いわけじゃないけど】
次々と襲い掛かる二つの短剣を何とかかわしつつネアはどう攻めるか、考えあぐねていた。
【何、この子】
ケーラは自分の攻撃をうまくかわしていく子供に面食らっていた。短剣だけではなく、蹴りも入れるが、どれも空を切っていた。自分の攻撃に怯えることもせず、ただ冷静に手の内を呼んでいるようなネアが不気味に感じられた。しかし、この子が牽制以外の攻撃をしてくることはない事にも気づいてた。
【まだまだ子供、攻める手が無いのか】
ケーラはこう考えると勝利を確信した。ただ、ロートの言う惨めに殺すことは無理であることも確信していた。
【お嬢様には、悪いけど】
ケーラが勝利を確信してから、彼女の攻撃はさらに激しくなっていった。ネアもかわすのが困難になりつつあった。
【きっついなー、殺しにかかってきてるし。さて、どうしたものやら】
ケーラの攻撃を身をひねってかわした時、ネアのポケットの中で乾いた音がかすかになった。先ほど、お嬢を大人しくさせるためにと突っ込んでいた豆菓子の音であった。
「っ」
ケーラに正対したネアをシャフトを銃剣突撃するかのように構え、突っ込む姿勢を取った。
【苦し紛れの突貫か】
ケーラは突っ込んできたネアを思いっきり蹴り上げるつもりでいた。しかし、
「あっ」
顔面に何かがバラバラとぶつかる感覚にケーラは思わず目を閉じた。彼女の顔面にぶち当たったモノはネアがポケットに忍ばせていた豆菓子であった。一瞬、ケーラの注意がそれたのをネアは見過ごさなかった。ケーラはネアが突っ込んでくるものと判断し、その予測位置を思いっきり右足で蹴り上げた。しかし、足は空を切っていた。
「くっ」
ネアの姿は蹴り上げた足の右側にあった。思わず、足を戻そうとした時、ケーラは膝に激痛を感じ、思わずバランスを崩した。
「悪いな」
ネアはケーラが戻そうとする足の膝裏に身体をひねりながらシャフトをてこのようにしてねじり込んだ。さらにバランスを崩した相手に肩から体当たりをしてさらにバランスを崩し、その場にこけさせた。
「くそっ」
ケーラはネアの姿を視認できていなかったが、いるであろうあたりを短剣で薙ぎ払ったが、手ごたえはなかった。
「えっ」
ケーラは目の前が暗くなったのを感じた。目の前にはネアの黒い足があり、そのつま先は、彼女ののどに置かれていた。
「やめなさいっ」
ネアがとどめの一撃で、ケーラの気管を踏みつぶそうとするのをレヒテが声をかけて止めさせた。
「私の体重でも、気管は潰せるよ。試してみる?」
ネアは倒れているケーラの首に足を乗せたまま、無表情でケーラに尋ねた。
「負けだよ」
ケーラはそう言うと、手にした短剣を投げ捨てた。それを見て、ネアはケーラの喉から足をどけ、シャフトをしまった。
「全く、役に立たない。剣を振るしか能がないのが、糞猫一匹にすら勝てないなんて、クビよ、クビ、さっさと出ていけ、二度と顔を見せるな」
ロートはよろよろと立ち上がるケーラをののしると唾を吐きかけた。ケーラは項垂れたままロートの罵倒を浴び、雇い主のなすがままにされていた。
「貴女、心底、カスだね」
怒り心頭でケーラを罵倒しているロートの元にレヒテは近づくと、汚物を見るような目で見つめ、ため息をついた。そして、ケーラの手をそっと取った。
「うちでさ、今、警備要員を募集しているの。良かったら来てね。それと、ネアはちょっと普通じゃないから、気にしないで」
「なに、勝手なことを言ってるの、それは、私の・・・」
レヒテの一方的な話にロートは噛みついてきた。
「黙りなさい。それ以上、口を開くと、私は貴女を殴りたくなる衝動を抑えることはできなくなります。真の敵に対して、手加減は最大の侮蔑とされているから、迷わず力いっぱい殴ります。・・・暴れ姫の鉄拳を味わいたいなら、その臭い息を吐き散らすといいですよ」
ロートはレヒテの言葉に黙ってしまい、ぷいっとレヒテに背を向けるとケーラを置き去りにして、その場から歩み去って行った。ネアは彼女が去って行くのを黙って見送るとそっとレヒテを見上げた。さっき彼女に普通じゃないと言われて少々はむっとしたが、一本筋を通そうとするレヒテにネアは良き主人に仕えていることに満足を覚えていた。そして、足を引きずるケーラに深々と頭を下げると、レヒテの後ろ、侍女のポジションに位置した。
「ネア、良くやったね」
レヒテはネアにねぎらいの言葉をかけてきたが、ネアは、集まっていた少女たちの自分を見る目を確認して身を小さくした。
「これで、ケフの凶獣の烙印が確実になりました・・・」
寂しそうにネアがレヒテに告げると、レヒテは笑い声をあげた。その笑い声を聞きながらケーラは足を引きずりながらそっとその場から立ち去って行った。
「暴れ姫の従者が凶獣、これって、最高じゃない。かっこいいよ」
レヒテの価値観はネアとは別の次元であったが、あまりにもあっけらかんとしているレヒテにネアの中では凶獣の件はどうでもよくなっていた。
「また、やったみたいね」
お館に帰ると、どこで聞いたのか、奥方様からレヒテと揃って項垂れているネアに優しく微笑みながら声をかけてきた。
「母様、ロートがパルを侮辱し、このケフの郷のことも侮辱したからです。しかも、あの子は、侍女同士の喧嘩にして、しかもネアにぶつけた来たのは、傭兵で・・・」
レヒテが何とかネアを庇おうと口を開いた。
「何も責めてません。でも、ネア、戦う時は相手をよく見てからです。たまたま、勝てたのです。傭兵は契約に基づいて忠実に働きます。そこに、感情や道徳はありません。ひょっとすると、今頃、貴女は死んでいたかもしれないんです。今、トルデアさん・・・、ロートの父君がお館様に呼ばれています。侍女同士とは言え、大人で子供に仕掛けて来たのですから」
奥方様はそう言うと、ネアに小声で「見かけだけの、ね」と言ってにやりと笑った。
「ネア、貴女が喧嘩を売っているわけじゃないのは知っているつもりよ。でもね、暴力はいけないことよ。ケフの凶獣の称号は反省として受け入れなさいね」
奥方様の言葉によりネアにケフの凶獣の称号が付与された瞬間であった。
「暴れ姫に凶獣・・・、いい取り合わせかもね」
【やっぱり親子だ】
ネアは奥方様の言葉に、彼女とレヒテが親子であることを改めて実感していた。
「ネア、もういいから、お部屋に戻りなさい。もう一度言うけど、喧嘩は適正な価格で買いなさい。あれは、安い買い物じゃないから」
「承知しました。今度からはできる限り、値切ります」
ネアはそう言うとぺこりと頭を下げた。
「値切って買うのね。ふふ、仕方ない子ね。でも、これだけは、言っておきますよ。決して死んじゃダメ、怪我もダメ。貴女が傷つくとどれだけの人が悲しむかよく考えてね」
奥方様の言葉を胸に刻むとネアは自分たちの部屋に戻って行った。
【姐さんたちに、今度はなんて言われるんだろ】
この事を考えるとネアの気持ちは、雨季の空の如くどんよりとしてきた。
「誠に申し訳ございません。このような事態になるとは、あのバカ娘が・・・、私の教育が悪かったことの証です」
教会での一件でお館に呼びつけられた、ゲール・トルデアは土下座する勢いでお館様に頭を下げていた。
「君は良く働いているのは知っている。それには感謝しているが、それとこれは別の話になる。君の娘さん、ロート嬢の常からの言動は私も知っているよ。まるで、君の細君の生き写しだね。暴れ姫と言われるレヒテに殴られなくて幸いだったよ。殴られていたら、ただ事ではすまなかっだろうね。政治的にも、肉体的にも」
お館様は身を小さくしているゲールに淡々と話しかけた。
「何も言うことはございません。これは、私の過ちです。家族に言い聞かすこともできず、このような様になったことは・・・」
「分かっている。君の奥さんと娘のためにもワーナンに帰ったらどうだい。ここにいるのは辛いだろ。君が自ら上申してくれ、そうじゃないと私から今回の件について随分と細かい説明をする羽目になるからね。それと、フーディンがもうワーナンの都にいないから、私が君を庇いきることは難しいからね」
お館様の言葉にゲールはただ項垂れて従う以外の道はなかった。
田舎の郷主の娘とはいえ、他の郷の大使の娘と事を構えるとなると、それなりの外交問題に発展することがあります。ロートはそこまで考えずに行動したようですが、ワーナンに戻るという彼女の目論見はうまくいったようですが、父親の経歴に泥を塗った彼女の処遇は生易しいものではないかもしれません。
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