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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第2章 ふしぎな世界
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18 おやすみなさい

なかなか終わらなかった1日がやっと終わります。

 ユキカゼと名づけられたヌイグルミを先輩方を真似て抱きしめながらネアはこの世界の文化や常識を(肉体的な)歳相応にまで学んでいくことが喫緊の命題であると認識していた。ならば、時間を無駄にすることはできない、今できることは、学ぶことが己の任務と理解した。

 「忘れたのか、知らないのか分からないけど・・・、分からないことが、分からないの」

 こうなると、恥も外聞も無い、年端も行かぬ少女たちにも頭をたれ、知識を乞うのが得策である。

 「分からないことが、分からないって?」

 「ひょっとして、おトイレの使い方も分からないのですか?」

 フォニーとラウニはネア以上に戸惑った様子で互いを見つめた。

 「思ったより重症かも・・・」

 フォニーがため息混じりにネアを見つめた。

 「おトイレの使い方?」

 もとの世界でも、文化によってトイレも異なる。勿論、出したモノや拭いたモノの処分も異なる。今までは、適当に済ませてきたが、まがりなりにも一国の領主の奥方様やお嬢様に仕えるとなるとそうは行かない。

 「そうね、一つずつ、確実に覚えていきましょう。焦ることはないわ。時間はあるから」

 ラウニはそう言うと抱いていたブルンを優しくベッドの上に戻し、ネアに立ち上がるように促した。

 「ユキカゼは、ベッドの上にそっとやさしく置いてあげて、乱暴に扱ったり、粗末にすると罰があたるから、注意しなさいね」

 「トイレからだね」

 フォニーもロロをそっとベッドの上に置くと扉を開けた。


 トイレは、部屋の対面にあった。扉を開けて中に入ると、仕切と簡単な扉のついた小さなブースが数個並んでいた。

 「ここは、女性用、わたし達が使うのはこっちね。男性用は、建物の向こう側だから、間違えないようにね」

 ラウニが個室の扉を開くと中には四角い箱の頂点に穴が開いたものが鎮座していた。ネアは何故かその穴を好奇心に任せて覗き込んでみた。

 「水が流れてる」

 その穴の下のほうで水が勢い良く左から右へと流れていた。

 「水の豊かなケフの自慢の一つよ。ラマクのお山から湧き出た水と貯めた雨水で流してるの」

 フォニーが自分のことのように誇らしげに説明した。

 「それとね、間違っても立ったままオシッコしないようにね。大変なことになるから」

 冗談めかしてフォニーが口した言葉にネアはドキッとしてしまった。

 【やらかすかも知れんな・・・】

 「用を済ませたら、この端切れや糸くずを固めたほうで始末するの。一度にたくさん使うと詰まるから注意してくださいね」

 ラウニは個室の棚に置かれているトレイに乗った様々な色が混沌と混ざり合った紙を指差した。

 「これも、布と着物の街ケフならではの自慢の一品だよ」

 他の郷のトイレ事情はよほど不愉快な状況なのであろうと思い、ネアは自分が幸運であると思った。

 「モノがウンだけに、運がついているのかな・・・」

 と小さく呟いた。

 「ネアって、真面目な顔して、面白いことを言うんだね」

 フォニーがクスクス笑って

 「おトイレはもういいでしょ、じゃ戻ろうよ」

 ラウニに部屋へ帰るように促した。

 「そうですね。いつまでもいたら邪魔になるし・・・」

 ラウニはフォニーの言葉に頷き、ネアの手を引いてトイレを後にした。


 「寝る時はこれに着替えて」

 ラウニがネアのクローゼットから白いネグリジェを取り出してネアに手渡した。

 「うちのお古になるけど、おねしょして無いし、もらして無いから安心していいよ」

 フォニーが仕事着を脱ぎながらネアに声をかけた。

 「この寝巻きではね・・・」

 ラウニが意地悪そうにフォニーの言葉に付け加えた。

 「ーっ」

 尖ったマズルを更に尖らせてフォニーは抗議の意思を表示したが、ラウニはそ知らぬ顔で受け流した。

 「そうそう、脱いだものはきちんとハンガーにかけて、皺にならないようにね」

 ネアが肉球の付いた小さな手でぎこちなく脱いだ仕事着をハンガーにかけているのを認めてラウニは微笑んだ。

 寝巻きは、3人とも同じデザインであった。

 「これも、奥方様の?」

 派手さは無いが、妙に着心地の良い寝巻きをまといながらネアはラウニに尋ねた。

 「そうよ。わたし達の着る服は奥方様がお作りになられたものばかりなの。だから、粗末に扱わないように」

 「試作品でもあるけどね。生地も縫製もそこらのお金持ちのモノよりいいモノなの」

 フォニーはネアに良く見せようとその場でくるりと回った。開いた裾から綺麗な尻尾と下着がちらりと見えた。

 「フォニー、お行儀が悪い」

 ラウニがしかめっ面になってフォニーの行動に小言を吐いた。しかし、フォニーはどこ吹く風で受け流して、

 「殿方の前ではこんなことしないよ。ネアもお行儀よくしないと、ラウニからお叱りを頂くからね」

 ネアは歳相応の言動を見せる毛深い少女たちの行動を不思議そうに眺めていたが、フォニーにいきなりお行儀のことで振られてどきりとした。

 「そうね。ネアは何となく男の子みたいなところがあるから、注意していかないと」

 ラウニがネアを見つめた。その目は、これからどんどん駄目だしをしていくぞと宣言しているように見えた。ネアはラウニの言葉を聞いてドキリとした。

 「あ、ラウニもそう思っていたの?お風呂に入るまで男の子かもしれないとうちも思っていたから」

 「付いてませんでしたからね」

 「・・・」

 何気ない少女たちの会話であったが、ネアは何故か『付いていない』の一言が心に突き刺さった。

 【気にしないようにしていたが、今更ながらに女の子になったことを思い知らされるとキツイな】

 ネアは、己の身体の変化を再度思い知り苦笑した。自分には、もう付いていないのである。それは、多分、永遠に失われてしまったのであろう。

 「ひょっとして、ネアって男の子になりたいの?」

 ネアの心中を逆なでするようにフォニーが言葉を投げかけてきた。

 「それは、どんなにがんばっても無理なことだと思いますけどね」

 ラウニがさらに追い討ちをかけてきた。

 「わたしにはこれしかないから・・・」

 ネアとしては、今ある少なすぎる手持ちのカードでゲームを続ける以外に手は無いのである。ここは、男たるもの腹をくくって、女の子を務めていこうと決心し、搾り出すように先輩方の問いに答えた。

 「ひょっとすると、奥方様が男の子用の服を作られるときのモデルにされるかも・・・」

 フォニーが楽しそうに呟いた。

 「ちょっと前まで、フォニーも男の子服を着せられていましたからね。あれはあれで、なかなか似合っていたと思いますけど」

 ラウニが楽しげにフォニーに言うとネアを見つめて

 「男の子の服を着ても、似合うね」

 一人で納得して頷いた。

 「多分と言うか、絶対に近いかな・・・、男の子用の服のモデルにされるね。それと、普通に女の子用の服のモデルもね。うちは、もう大きくなってきたから無理だけど」

 「大きくなった・・・、まだまだ、男の子の服もいけると思いますけど」

 ラウニはフォニーの胸を見つめて徒っぽく笑った。

 「この秋にはもっと大きくなる予定なの」

 フォニーは胸を張って、少しでも大きく見せようとしながらラウニに抗議した。

 「その点、ネアはまだまだだからね」

 フォニーは、自分の胸のことより、ネアの洗濯板を話題にして何とかラウニの注意をそらそうとした。

 「大きくなるよ。ハンレイセンセーがそう予言しているから」

 ネアは、毒食わば皿までと、この世界で女性として生きていくことを決心するように口にした。

 「変態の言うことはアテにならないの」

 「変態でも、腕は確かですからね」

 フォニーの言葉をラウニが否定するようくすくすと笑った。


 ひととおり他愛の無いおしゃべりをした後

 「ホールの時計が9つ鐘を打ったら、寝る時間になります。起きるのは5つ鐘を打った時、でもこのベルが鳴るから、起きる時は気にしなくていいですよ」

 ラウニは部屋の片隅にぶら下げられている鐘を指差した。

 「衛兵さんが操作して鳴らすんだよ。大きな音がするから寝坊することはないよ。二度寝しない限りは・・・。心配しなくてもラウニがたたき起こしてくれるから」

 「今度は起こさないから・・・」

 ラウニが不気味な笑顔を浮かべてフォニーを見つめ、

 「ネアはまだ慣れて無いからちゃんと起こしますよ。フォニーはもっと自覚すること。わたしたちは良いとこのお嬢様じゃないんだから」

 「こんな毛深いお嬢様もそういないからね」

 フォニーは自分の腕の毛を引っ張りながら笑った。

 「パル様はどうなるのかしらね」

 フォニーの言葉にラウニがにこにこしながら突っ込んだ。フォニーはその名前を聞いた途端に表情が少し硬くなった。

 「あの方は・・・、特別だから・・・」

 「パル様?」

 ネアは聞きなれぬ名前に首をかしげて先輩方に尋ねた。

 「ルップ様の妹君がパル様です」

 「真っ白の綺麗な毛並みで、お美しい方なのよね。性格も悪くないし・・・、世の中不公平だよ」

 フォニーが不満そうに声を上げた。

 「きっと、パル様は二度寝なんてしないでしょうね」

 「すごいお方なんだ・・・」

 ネアは先輩方の言葉を聞いてあのルップの妹を想像してみたが、どうしてもイメージできなかった。

 「下手な真人より、気品があるし、お美しい方ですよ」

 先輩方はベタ褒めのようであるが、フォニーの表情には少し微妙なモノが混ざっていることをネアは気付いたが、そこは突っ込まないようにした。多分、根の深そうな地雷が埋まってそうな気がしたからである。

 彼女たちの話に横槍を入れるように遠くで鐘の音がした。

 「もう、時間ね。フォニー明かりを消してね」

 「りょーかい、ネアはさっさとベッドに入って」

 「はい・・・」

 フォニーは慣れた様子でテーブルの上のランプの様な照明器具を手に取ると、油壷に当たる部分にはまっている大人の男の握りこぶしより少し大きな石を外すとスイッチを切ったように明かりが消えてしまった。

 ネアは、それを不思議そうに見つめていた。これについては明日にでも聞いてみようと思った。 

「明日もお仕事だから、よく休むこと。ヌイグルミを抱いて寝ると悪い夢から守ってくれるからね。おやすみなさい」

 「おやすみー」

 「おやすみなさい」

 先輩方はお休みを口にするとそれぞれ布団に潜り込んでしまった。

 ネアも、布団に潜り込んで目を閉じた。

 【あの灯りはなんなのだろうか?分からないことが多すぎるそ。それと、立ったまま用を足すことは不可能なのかな・・・】

 と、いろいろな疑問を頭の中に浮かべていたが、時計の鐘が10回鳴るのを確認することはできなかった。

ちょっとした謎があちこちに出てきました。パル様に関しては近いうちに登場して頂こうと思っております。

お付き合い頂いた方、ブックマーク頂いた方に感謝します。

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