171 始末する、される
暑かった日々も、少しはマシになってきたようです。
今日も今日とて、淡々とした日常が続いています。
お館のお祭りは、その日の深夜まで続いていた。参加者たちが全員、寝るか酔いつぶれるかした時点で自動的にお開きになっていた。
「ふわーっ」
明け方、ネアは寝狩りうった時に妙な感触、決して不快ではなく、とても気持ちのいい感覚を味わって目を開けた。
「っ!」
自分のベッドに巫女の衣装を脱いで下着姿のままのタミーが大口を開けて隣に寝ていたのである。彼女から漂う酒の匂いで、彼女が酔いつぶれ、そのままここで眠っていることが推測できた。
「んーっ」
タミーは酒臭い息を吐きながら、ぎゅっとネアを抱きしめてきた。ふわふわの腕の毛と男なら一度は夢見るであろう巨大な双丘の圧迫、ネアにとってもう、息苦しさなんぞは些細な問題に過ぎなかった。このまま、ずっとこの状態が続いてくれればと考えていた。
「このままじっとしていようかな・・・」
ネアは小さく呟くとそのまま目を閉じた。耳に入るのは、タミー以外にもこの部屋に乱入してきたと思しき連中の寝息と歯ぎしりぐらいであった。
「ルロ~、苦しい~」
寝言なのか寝ぼけているのかバトのくぐもった声が力なく暗がりから聞こえてきた。
【夢の中でもなにかやらかしているのかな】
ネアは、ぼんやりと考えているうちに意識を手放していた。
「去年とは違うのだよ」
厨房でパルは家族のため朝食を作りながらニヤリと笑みを浮かべていた。昨年の朝食は形は何とかなしていたものの、味は今一つ、火の通りもマチマチで、家族以外の者なら間違えても美味しいとは言いにくいシロモノであった。それからすると、今、彼女が調理している朝食は洞窟で採集生活をしている原始人と、家電に囲まれて快適に生活している現代人の差があった。
「がんばったもんね・・・」
昨年の朝食の出来に満足できず、時間を作っては厨房に入って調理師たちの迷惑省みずで教えを請い、自ら手を動かして、腕を磨いていたのであった。美味しいものを作って、食べた人の嬉しそうな顔を見たい、という純粋な気持ちもあったが、それよりも、郷主の館の侍女である狐族の少女に負けたくない、彼女よりも魅力的になる、そんなもやっとした純粋とは言い切れぬ動機があった。
「いい匂いだねー、おはよー」
朝食の匂いに釣られて起きて来たのか、寝間着姿で大きな口を開けて欠伸しながらルッブが調理場に顔を出して声をかけてきた。
「兄様、さっさと着替えてきてくださいね」
ルッブは妹のことばに唸るように応えると自分の部屋に戻って行った。
「まずは、胃袋を掴む、確かバトさんが言ってたよね。もう一つ掴む袋があったと思ったけど・・・。あ、玉袋・・・、どんな袋なんだろ。でも、バトさんのことだから、きっと、その手のモノなんだろうなー」
パルは、玉袋が子孫繁栄につながるモノとは思いつかなかったが、バトの口にしたことなので、多分、大っぴらに口にすることはイケナイことであると本能的に悟っていた。
「どれも、イイ感じ、これを盛り付けて・・・」
パルは出来上がった朝食を家族のそれぞれの更にきれいに盛り付けて行った。
「メムの分もね」
空気を読めないのか、読まないのか、良く分からないが、忠誠心だけは良く分かる侍女の分も彼女は盛り付けていた。
「あの子の、驚く顔がみたいわね。それと、素直な感想も」
忖度するという言葉がないようなメムは、この朝食についてきっと忌憚のない感想を言ってくれるだろう、多分、むっとすることになるだろうが、メムが指摘した事項が今後の課題となるのだから、敢えて辛らつな言葉の方がいいとパルは考えていた。
「着実に、私は進んでいるのよ」
小さい声でそこにはいない、狐族の少女にバルは自慢げに呟いていた。
「あー、私、産んだー」
久しぶりの酒に舌鼓を売っていたネアの夢はアリエラの頓狂な声で消え失せてしまった。
「何よー、朝っぱらからーっ」
床にルロとルーカと一緒に下着姿で転がっていたバトが怒気を含んだ声で目をこすりながら半身を起こした。
「見て、見て、ティマちゃんが」
アリエラは酔っぱらった勢いでティマのベッドに潜り込んで寝ていたようで、この騒ぎ声に目を覚ますこともなく健やかな寝息をたてているティマを見て目を潤ましていた。
「はいはい、寝言は寝ている時にね・・・」
バトはそう言うと再び床に転がった、その横には空になったワインのボトル枕にしたルロがルーカの腹の上に足を置いてイビキをかいていた。
「リアルな夢だったよ・・・」
アリエラは寝息をたてているティマの頭をそっと撫でると彼女を護るように横向きになって、その寝顔を堪能していた。
「あ、お師匠様・・・」
異様な気配に目を覚ましたティマは横にアリエラが寝ているのを見て両手で顔をこすりながら挨拶すると、母親を思い出してか、アリエラにギュッと抱き着いて再び寝入ってしまった。
「あーっ」
その出来事にアリエラは声にならない呻きを上げて気を失ってしまった。
地獄は、アリエラが気を失ってから暫くしてからやってきた。
「ここにいたんですかっ」
ネアたちの部屋の扉が荒々しく開けられた、中で惰眠を貪っていた者は皆、ぼんやりと部屋に入ってきた者を見た。そして固まった。
「なんですか、そのはしたない格好は、自分の部屋でするならいざ知らず、小さな子もいる部屋で、あまつさえそのベッドに潜り込むとは」
怒声を張り上げるエルマにネアたち侍女は半身をおこしたまま固まっていた。
「さっさと、身支度を整え、部屋をかたずけて、速やかに食堂に集合、遅れたら連帯責任ですよ」
「Yes,ma’am!」
エルマの言葉にネアたちは、直立不動の姿勢を取って答え、それを見届けると彼女はただ頷いて、さっさと部屋から出て行った。
「やばっ、行くよ」
バトは周りに散らかした自分の服をわきに抱えると下着姿のまま部屋から飛び出していった。
「女は思いっきりね」
ルーカも下着姿のまま飛び出すと、残った3人も互いに見合って下着のまま飛び出していった。
「うちらも、急がないとダメだよ」
いつもは、低血圧だとか言って寝起きの悪いフォニーがさっさと髪を整えながら、ぼんやりとしているネアたちに声をかけた。
「言われなくても」
ラウニもブラシを片手にあちこちにてんでバラバラになっている毛を整えだしていた。
「・・・」
そんな中、ネアは髪の毛を最低限整えると、いつもの仕事着にもくもく着替えだした。そんな中、ティマがノロノロと髪をとかしているのを目にすると、素早く彼女のもとに駆け付けた。
「ティマ、着替えに集中、髪は私がやるから」
ネアはティマの身支度を手伝いながら自分の身支度もこなす器用なことをやってのけていた。
「姐さん、こっちは少し時間がかかります。ベッドの整えとゴミの始末、お願いします」
ネアは手を動かしながら、身支度を終えようとしているラウニとフォニーに声をかけた。
「分かりました」
「まっかせてー」
先輩方はネアの言葉に頷くと早速作業にかかりだし、彼女らの仕事が終わるころに、ティマの準備も完了していた。
「行きますよ」
全員の準備が完了したことを確認するとラウニはネアたちの先頭になって足早に食堂に向かった。
「うわ・・・」
食堂の中は阿鼻叫喚の様であった。食器は散乱し、空き瓶や肉を齧り取られた骨や果物の皮があちこちに固まって塚をつくっていたり、その隙間に使用人たちが転がっていたりの散々な様であった。
「エルマさんでなくても、キレそうになりますね」
ネアはその惨状を見て肩をすくめた。
「あら、貴女たちが一番ね。それに引き換え、大きな子たちは・・・」
腕組みをして端正な顔に青筋を浮かべているエルマにネアたちは恐怖を感じていた。
「エルマさんに言われたのに起きないなんて・・・」
ティマが横たわってそれぞれの夢を堪能している男衆を眺めて不思議そうに呟いた。
「敢えて、起こさないのです。無様な状態でいるところを若い娘に見られるという屈辱は、男たちには何よりもの薬になりますからね、女の子には後輩たちに示しがつかないという気まずさも味わってもらいます。」
エルマがむっすりとしたままティマに答えていると、ドタドタとけたたましい足音ともにバトたちが食堂に飛び込んできた。
「遅い」
「すみません」
ギロリとエルマに睨まれたバトたちはその場て気を付けの姿勢のまま、じっとしていた。
「これから、後片付けに入ります。まず、大きなゴミから動かします。これは私がやります。・・・、マス掻きやめっ、さっさとパンツを履いて、貧相なモノをしまえ、仕事の時間だ、起きろっ」
エルマは小さく咳払いすると、大声で怒鳴りつけた。その声に惰眠を貪っていた使用人たちは一斉に立ち上がり、エルマを確認すると気を付けの姿勢を取った。
「お前ら、ろくでなし共に、このお館をまつり前の状態に戻すという、素敵な仕事を与えてやる。感謝しろ。間抜け面をいつまでも晒してるんじゃない、さっさとかかれっ」
その言葉を耳にするや、ネアたちはスイッチが入ったように動き出していた。
「エルマさーん、お庭はもう終わったわよー」
鬼軍曹のような厳しい目で使用人たちの動きを監督しているエルマに、少しばかり気の抜けた声がかかった。その言葉にエルマが振り返るとそこには、ネアたちを無理やりメイクした侍女たちを従えたハトゥアがにこにこしながら立っていた。
「ご苦労様、ホールのお掃除をお願いしますね」
「りょーかいー、皆、行くよ」
その口調とはうらはらのきびきびした動きでハトゥアは侍女たちを連れてホールに向かって行った。
「あの子たちは見世物じゃない、ぼーっと見ている暇があったら、手を動かせ、その手はマスかくためだけに生やしているのかっ」
エルマの剣幕に押されて使用人たちはピクリとすると再び黙々と動き出した。
【エルフってシモ系がすきなのかな・・・】
いつもはすましているエルマが時折吐き散らす、どこの軍隊かと言うような下品な言葉と、シモエルフを自称するバトの言葉を思い出しながら、ネアは首をひねった。
「お前ら、良くやった、今から、明日一杯は休みだ、ゆっくりと休め、お疲れ様」
それぞれの恐怖に追われての作業は、エルマの見積りより早く完了していた。
使用人たちはエルマが去って行くのを見て、安どのため息をついた。
「くたくたになったよ」
エルマが去ったことを確認したフォニーがそう言うと自らが磨き上げた食堂の床にへたり込んた。
「眠い・・・、お腹空いた」
ティマがフォニーの横に座り込むとフォニーに身体を預けて、あっという間に眠ってしまった。
「そんなところで寝ると、風邪ひくよ」
ネアがそっとティマを抱き起した時、厨房から素敵な匂いが漂ってきた。
「ティマ、お昼ご飯食べてから、お昼寝しましょうか」
ラウニはネアが抱き起したティマを抱っこすると優しく語り掛けた。
「お掃除、頑張ってたもんね」
眠そうな表情を浮かべるティマをそっとなでながら、小さな体で懸命にバケツを運んだり、モップをかけていたティマを労った。
「あたし、がんばってたの」
ティマには自覚はなかったようで、不思議そうにフォニーを見つめた。
「頑張ったというのは、自分じゃなくて、他の人が判断するんです」
ネアは自分の経験を思い出しながら、誰に言うでもなく呟いていた。
「そうですね、頑張っている、という時は無我夢中ですからね」
ラウニはネアの言葉に頷いた。
「もう、ご飯できたみたいだよ。さ、行こうよ」
フォニーがネアたちを急かした時、ボロボロになったバトたちが食堂に入ってきた。
「このお日様の照り付ける中で、スタンドの解体なんて、女の子のする仕事じゃないよー」
バトが空いている食堂の椅子に身体を投げ出すように腰かけてぼやいた。
「仕事に、男も女もないよ。私たちに仕事を選ぶなんてことはできないよ」
ぼやくバトにルーカが額に浮いた汗を拭きながら、バトの考えを正していた。
「それより、ご飯、汗かいたから、二日酔いも飛んで行ったよ」
力なく笑いながらルロがバトに立つように促していた。
「ティマちゃん、頑張ったお師匠様を労って」
アリエラは眠そうに配食の列に並んでいるティマを抱きしめて頬ずりしながら懇願していた。
「あのね、お師匠様、がんばった、と言うのは自分で言うもんじゃないんだって・・・です」
アリエラはティマの言葉に顔をひきつらせた。
「さ、お師匠様、並んで食事だよ。その後、ちょいとお話があるからね」
ルーカが項垂れているアリエラを立ち上がらせて凄みを聞かせた笑みを浮かべた。
「アンタのティマちゃんへの態度、いつか言おうと思ってたけど、酷いよ。全然、ティマちゃんのこと考えてない、よくそれで師匠って言えるね、そのことについて、しっかり話させてもらうよ。元騎士団だか、何かは知らないけど、こう見えてもラウニちゃんぐらいの時からずっとエルマさんに鍛えられてるから、力づくもアリだからね」
項垂れるアリエラにルーカは近づくと、ぐいっと肩を掴んだ。
「やるんだったら、外でやろうか・・・」
「・・・」
ルーカに言われた言葉が余程ショックなのか、アリエラはルーカにされるがままになっていた。
「行き過ぎは、よくないからねー」
ルーカとアリエラのやり取りを見て、バトが呆れたように言った。
「誰も、貴女に言われたくないわよ」
ルロは、ため息とともにバトに言うと、ネアたちの後ろに続いて並んだ。
「お師匠様、元気なくなったよ」
しゅんとしているアリエラを見てティマが首を傾げ、何があったのかアリエラに尋ねようとした。
「ダメ、ティマちゃん、お師匠様は今はそっとしておかないと、これから大変なことになるよ」
ネアは動き出そうとするティマの肩を掴んで彼女の動きを止めた。
「最近は、行き過ぎをさらに超えて、ちょっと怖かったもんね」
「病気の域でしたからね」
フォニーとラウニは互いに見合って、最近のアリエラの言動を思い返して頷いていた。
「おいしかったねー」
自分たちの部屋に戻ったネアは満足そうにしているティマに声をかけた。その言葉にティマは頷いてにこりとした。
「お腹もふくれたから、そろそろお昼寝かな」
ネアの言葉にティマは頷くと、ネアはにこりとした。
「じゃ、おしっこに行って、それから着替えようか」
ティマはネアの言葉に頷くと、部屋の扉を開けて悲鳴を上げた。
「なに?」
「下がって」
ネアと先輩方は常に隠し持っている獲物を取り出してティマのもとに駆け付けた。
「ーっ」
ネアはティマの襟首を掴むとぐっと引っ張った。そしてシャフトを構えた。
「あっ」
「・・・」
扉の前に佇んでいたのは焦燥しきったアリエラだった。ルーカのお説教も喰らっていないのにぐったりとしていた。その姿は幽鬼のようであり、夜中に見たらネアでも漏らしていたかもしれない様であった。
「嫌いにならないでね」
涙でぐしゃぐしゃになった顔でティマに近づこうとするアリエラの行く手をネアたちは身を挺して遮ろうとした。
「この、馬鹿たれがーっ」
いきなり怒声がしたかと思うと、アリエラは肩を掴まれ、そのまま後ろに引かれ、そして顔面に強烈な鉄拳を喰らっていた。
「それが、ダメって言ってるの」
ルーカはそう言うともう一発、アリエラの顔面に拳を叩き込んでいた。
「一線超えたねー、これは、お仕置きだよ」
「敢えて、嫌われようとしているとしか思えませんね」
ぐったりしているアリエラを抱えるようにしながらルロが呆れていた。
「ちょっと、お説教してくるから、気にしないでね」
ルーカは怯えるティマににこやかに言うと、ぐったりしているアリエラをバトとルロに引きずらせて、館の隅の倉庫部屋に連れ込んでいった。
「ティマ、大丈夫?」
ネアが振り返ってティマを見るとその足元には水たまりができていた。
「怖かったですからね。さ、着替えましょうね」
水たまりを作って泣きそうな顔になっているティマを優しくなでながらラウニは汚れた服を脱がせていた。
「うちはモップ持ってくる」
暫くはネアたちの部屋は大騒ぎであったが、部屋が勝たずいた頃にはティマもすっかり落ち着いていた。
「寝巻に着替えたし、おしっこは、さっきしたからいいよね」
ネアはティマをベッドに入れてシーツをそっとかけるとにやりしながら言った。
「ネアお姐ちゃんの意地悪」
ティマはそう言うと漏らしたのが恥ずかしかったのか、シーツを頭からかぶってしまった。
「うちらも、ちょっと寝ようよ。いろいろと疲れたよ」
「ええ、ショッキングな事もありましたからね」
「そうですねー、何もないといいですけど、私たちにできることはないみたいですから」
ネアたちは互いに見合ってため息をつくと、そっとベッドに潜り込んだ。
暫くすると、遠くから誰かが誰かを厳しく説教している音が聞こえてきた。それに合わせて、すすり泣くような声も聞こえてきたが、ネアは気にすることを放棄し、眠りに落ちることにした。
アリエラの暴走が一線を越えたと判断されたようです。
ルーカですが、エルマに直接鍛えられていますので、下手な剣士より腕は上です。また、くそ度胸も持ち合わせています。
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