169 当日
お祭りは、終わった後の寂しさがなかなか味わいがあると思っています。
あの寂しさは連休の終わりに味わうモノに近い感じがします。
お祭りの日が近づくにつれ、ネアたちは妙な感慨に耽る暇はなくなっていった。特に、幼いティマにとっては、常に体力のギリギリのラインでの生活となり、お祭りを楽しみにするとか、パレードとかはどうでもいいことに成り果てていた。
使用人用の食堂を招待客のお供をする使用人のために様々な収穫物を模した飾り物を取り付ける作業をしながらネアの心はその場から少し離れていた。
【仕事に没頭すると、余計な事を考えなくて済むからなー】
山の味覚である、栗を模したウニの親戚のようなトゲトゲの玉を壁にピンでぶら下げながら、ネアは昔の感覚を思い出していた。
【仕事の結果は分かりやすい、だから、のめり込める。いらないことを切り捨てることがしやすくなる。・・・でも、それをやらかすと】
「何も残らない」
思わず、言葉が口から溢れてしまった。
「何が残らないんですか」
ネアと同じような作業をしながらラウニがネアに尋ねてきた。
「こんだけ綺麗に飾り付けても、お祭りが終わったら、ぜーんぶ、片づけるんだからね」
フォニーは手にしたキノコを模した飾り物をしげしげと見つめてつまらなそうな声を出した。
「あたしに、お祭りは関係ないから。ネアお姐ちゃん、コレ、もう少し高い所に付けたいから・・・」
ティマは星型の飾り物を手にして、ネアに抱き上げて欲しいと目で訴えてきた。
「お弁当だけど、ごちそうは出るよ。お祭りの次の日はお休みだし、どこか遊びに行こうか」
ネアは星型の飾り物を懸命に取り付けているティマを抱き上げながらその大きな耳にそっと囁いた。
「デザートのケーキを忘れてはダメですよ」
ティマの取り付けた飾り物を見ながらラウニは優しくティマに声をかけた。
「ケーキ・・・」
ネアにそっと降ろしてもらいながら、ティマは手の甲で口元を拭った。
「おいしんだよねー」
フォニーがまるで悪の世界に引き込むようにアヤシイ口調でそっとティマに囁きかけた。
「お祭りの次の日は、それより、美味しいモノを、師匠である私がーっ」
ちらっと食堂に顔を出したアリエラが何事か叫んでいたようであるが、バトとルロに襟首を掴まれてどこかに引きずられていった。
「お師匠、なんだったんだろ」
「気にしない方がいいと思うよ・・・、気にしてもどうにもならないから」
ネアはため息交じりにティマに言うと、軽く頭を撫でて次の作業に、今度は丸いパンの飾り物を取り付けだした。
収穫感謝祭を明日に控えた夜、ネアたちは居室で小さなテーブルを囲んでいた。
「じゃ、明日の動きを確認しますよ」
同室の侍女見習いたちを見回したラウニが徐に口を開いた。
「まず、私から、明日、起きたらすぐに玄関前の掃除、着替えてお客様のご案内とお給仕、お昼からはお庭の観覧席でお給仕です。だから、明日、皆に何かあってもお手伝いすることは難しいですからね」
ラウニは明日の自分の行動について簡単に説明した。
「うちも同じ、でも、ラウニは出入り口側の観覧席、うちは奥の方の観覧席担当だから、うちらと同じように動くと迷子になるよ」
フォニーは自分より年齢が下の2人に、明日の動きは皆違うこと、それぞれがちゃんとどこで何をするか把握しておかないと大変なことになることを示唆した。
「私は、お掃除とご案内までは姐さんと同じ、その後は巫女様の付き人として、教会の巫女様の控えのテントで巫女様のお世話になります」
ネアは自分の頭の中で明日の行動をシミュレーションしながら応えた。
「あたしは、お掃除後、ドクターの所でビブちゃんのお守り・・・です」
「皆、ちゃんとやるべきことは分かっているようで安心しました。じゃ、明日は早いから、もう寝ましょう」
ラウニはネアたちをベッドに追い込むと、さっさとランプの灯りを消し、誰よりも早く寝息をたてはじめた。
「レイシーさんがついているから安心かな・・・」
ふと、ネアは昨年のことを思い出した。今回、レイシーがタミーの世話役の名目の下、護衛の任に就いていることを知っているのはこの館でも限られた者しか知らなかった。ネアはその内の一人であった。昨年の「影なし」のゲレトによる襲撃は何とか撃退できたものの、今年も無いとは言い切れないための処置であった。昨年の襲撃についてこの館で知っている者は勿論、限られていた。
【バカは誰もが思いもしないことをやってのけるから怖いんだよなー】
ネアは不安を抱えながら目を閉じた。不思議なことに不安ではあったがすぐに眠りの精に尻尾を掴まれてしまっていた。
「おい、最近、すこーしばかり、手を抜いてないか」
トバナは、寝入りっぱなをいきなりたたき起こされた。目を開けるとそこにはゴーガンとの連絡係の黒ずくめの男がベッドに横たわるトバナを見下ろしていた。
「どうでもいい事で、お茶を濁しているだけじゃないのか、英雄の動きも噂紙以上の情報はなし、出してくるレポートも修飾語だらけ、いい加減にしないと、こちらも我慢の限界というモノがある。貴様に支払った金、全額、ワーナンの支部に請求してもいいんだぞ」
黒ずくめは目をこするトバナに厳しい口調でまくしたてた。
「ま、待ってくれ、その、なんだ、最近、凄い情報を耳にしたんだが、裏が取れなくて・・・」
トバナは身体を起こして、黒ずくめの男に正対した。
「ほー、どんなことだ?まさか、今、思いついたって話だと、俺も穏やかにしていられる自信はないがな」
黒ずくめはトバナに圧迫感を与えるように近づいた。
「思いついたことじゃない。白と赤の鎧の連中、正義と秩序の実行隊の隊長にルイン家の、エイディ様が就任されたんだ。あの、サボトの郷の次期郷主の呼び声も高かったお方が、いきなりルイン家を追い出されての就任だ。俄かには信じられない話だ。だから、裏を、ぐぶっ」
黒ずくめはトバナに最後まで話をさせる気がない様で、いきなりトバナの顔面に拳を叩き込んだ。
「さっさと信じられるように、裏を取れ。そのエイディってヤツのことも詳しく人となりを調べるんだ。そのために貴様に金を払っているんだ。お前の首なんぞ、いつでも胴体から切り離すことがでるきんだぜ。そのことを忘れるなよ。明日、夜に情報を取りに来る。妙なマネをしでかしたら、生きていることを後悔する目に遭わせてやるからな」
黒づくめはトバナに言いつけると、別れのあいさつの代わりにトバナに拳を叩き込んでさっさと姿を消した。
「ちょいと脅しつけてやりましたよ。あいつ、こちらが大人しくしているとすぐにつけ上がるし、なめてかかりやがるから、いやでも拳を使わなくちゃらない・・・」
ボウルの店の店内でこっそり戻ってきたロクが覆面を取りながら、にこにこしながらお茶をすすっているご隠居様に報告していた。
「サボトの郷主の倅、エイディ・ルインが正義と秩序の実行隊の隊長に就任したとのことです。アイツには、エイディの人となりを調べるように言い含ませました」
「エイディねー、良い噂は聞かない人だよ。節操のない死神、歩く災厄なんて陰であだ名されているぐらいだからねー。確実に、無駄な血があちこちで流れるな。困ったものだよ」
ロクの言葉を聞くと、ご隠居様の表情が険しくなった。
「明日あたりにでも、ハリークに難民対策を考えるように指示しておこうかな。嵐は思ったより早く、予想していたよりキツイようだよ」
ご隠居様はため息をつくと、そっとテーブルに茶碗を置いた。
「気分が優れんだと、飲みすぎだろうが、身体のことを考えろっ」
診療所に運ばれてくる、飲みすぎたのや、はしゃぎすぎて怪我したのを、ドクタージングルはテキパキと捌き、その傍らでウィルが包帯やら薬を手にして、右往左往し、そんな彼らを見ながら優雅にワインをすすり、女性患者からその言動で引かれまくっているドクターハンレイ、ちょっとしたカオスな風景が診療所の中で発生していた。
「おしごと、たいへん」
診療所の隅っこでティマと積み木遊びに興じていたビブが父親たちを見ることもなく、たどたどしく口にした。
「どんな、お仕事も大変だよ」
ティマは走り回るウィルを見ながら、同情のこもった声を出していた。
「あ、パレードが来るよ」
ティマの大きな耳が遠くから楽隊が奏でる音楽を拾った。
「みたい」
「そだねー、見たいね。じゃ、ちょっとお外に出てみようか」
「うん」
ティマは、ドクターに声をかけると診療所からティマの手を取ってゆっくりと出て行った。
「今年は、何もナシですか」
モンテス商会ケフ支店の中でトバナはずっと難しい表情のまま一言も発さずに座り込んでいた。それを見かねた店員が声をかけたのであったが、戻ってきたのは喧嘩を売るような視線だけであった。
「うちらも妙な面倒に巻き込まれたくないんで、なければ、それにこしたことはありませんから」
店員から見ると昨年のトバナには間違った方向にではあるが、活力が漲っていたが、今年のトバナはどこか気の抜けた状態に見えた。店の全員が、このことを良い事として捉えており、トバナに何があったのか追求する者は誰一人いなかった。
「・・・」
トバナは周りの雑音に気を散らすことなく、今まで手に入れられたサボトの郷についての情報を片っ端から便せんに書き連ねていた。それらの情報はモンテス商会が月に一度発刊する社員向けの広報誌から得ていた。その広報誌には、これからの投資先として有望な郷や、商売がしにくい郷主などについて毎月貴重な情報が提供されていた。その中でもサボトについては、次期郷主は、現郷主より優れているかを論ずる記事もあったが、多くはその問題行動について書かれていた。トバナはそれらの文書を、少し表現を変えるだけで丸写ししていた。
「お嬢、逃げようなんて考えちゃダメですからね」
かごに入ったキャンディをまきながら、バルは表だけの笑顔で同じようにひきつった笑みを浮かべるレヒテに警告を与えていた。
「ここで、逃げたら、どんな目に遭うか、分かるでしょ」
レヒテはむすっとしながら、パルに言葉を返していた。
「そこまで分かっておられたら、隙を伺うようなことはなさらないことをお勧めします」
パルはレヒテが落ち着きなく、監視の目が途絶えることがないかとキョロキョロしているの傍目に見ても明らかであった。
「そんなことしてないよ」
パルから視線をそらし、自らの潔白を口にしたレヒテの態度はパルの言葉が正しかったことを証明していた。
「パレードか・・・」
観覧席に座るお客様に飲み物や軽食を給仕しながら、ラウニは今年も何とも言えない寂しさを感じていた。口では、仕事が大事であると言いつつも心の中は、普通の女の子のようにきれいな服を着てパレードに参加したかったのである。しかし、ネアたちの前で言い切った以上、全く関心が無いように装っていた。
【あらあら、可哀そうにね】
奥方様はラウニの涙ぐましい努力をさっさと見破っていた。
【それと、あの子もね】
淡々とおもてなしの仕事に任ずるルーカを見て奥方様はにこりとした。
【面白いことになりそうね】
奥方様はにこやかに来賓と語らいながら密かに進めている計画がまだ、彼女らに気付かれていないことに満足を覚えていた。
「揺れる・・・、気分悪い・・・」
輿の上でひきつった笑みを浮かべて手を振るタミーは今にも、お昼に食べたものをリバースしそうであった。
「こんな時は、遠くを見るんだっけ」
タミーはレイシーから教えてもらったことを実行するため、遠くに見える看板を注目してみた。そのおかげか幾分気分がマシになったように感じられた。
「なんで、私が・・・」
最悪の気分の中、タミーは笑顔を浮かべて観衆の声援に応えていた。
「もうだめーっ」
教会前の巫女の控え用テントに入ったタミーはそう言うと準備されていた椅子に腰かけてぐったりとした。
「冷たい、お水準備しておきました」
ネアはそっと冷えた水をタミーに差し出した。
「楽しめなかったみたいね」
そんなタミーの有様を見たレイシーがクスクスと笑った。
「どうやったら、楽しめるんですか、輿は揺れるし、朝からあちこち引っ張りまわされるし、じっとしていなくちゃならないし、おトイレすら簡単に行けないなんて、身体が悪くなりそう」
タミーはネアから渡された水を飲みながらレイシーを睨みつけた。
「こんな経験、なかなかできないんですよ。巫女になりたくてもなれない人も多いんですよ。こんな貴重な事を楽しまないと勿体ないですよ」
「そうですよ。私らなんて巫女どころか、一度もパレードに出たこともない人もいるんですから」
ネアはレイシーの言葉はもっともだとばかりにレイシーの言葉に続いた。
「これから、お祭りの終わりの宣言と、祭りのために働いてくれた人への挨拶を教会前でやる仕事が残ってるからね。それは、本当に感謝の気持ちを伝えればいいから。だから、原稿はないからね。皆、貴女の言葉を聞きたがっているから」
レイシーの言葉にタミーは黙りこくってしまった。
「だから、荷が重いって・・・」
「タミーちゃん、逃げるのは簡単だけど、ここで逃げたらもう、この街からもにげることになりますよ。キツイ思いをしているのはタミーちゃんだけじゃないの。あの小さなティマちゃんですら、自分はお祭りを楽しむ側にいないことを理解しているんですよ。この大役ができるのは世界でタミーちゃんしかいないの。だから、自信をもって、いろんな人のことを思ったら、きっと言葉出てくるから。私はビブやドクター、お館様、いろんな人を思っていたら、自然と言葉が出てきましたから」
レイシーは水の入ったコップを両手で持って前かがみになっているタミーの背中をそっと撫でた。
「心配することはありません。きっと、上手く行きますから」
タミーはレイシーの言葉にただ頷くだけであった。
「このパレードの終了をもって、ここに今年の収穫感謝祭の終わりを告げます」
タミーはこわばった表情のまま、教会のバルコニー出ると群がった人々に大きな声をかけた。
「お祭りの準備のために、寝る時間を削って準備して下さった方、お祭りが滞りなく行えるように、決して表に出ることなく支えてくださった方、お仕事のためにお祭りに参加できなかった方、そしてお祭りを盛り上げてくださった多くの方に、メラニ様に代わって感謝を申し上げます。この場に立っている私も、多くの人に支えて頂きました。その方々の応援が無ければ、この大役に押しつぶされて、私はどこかに逃げ出していたかもしれません。でも、多くの人に助けてもらいました。メラニ様のご加護もありました。秋の実りに感謝を捧げるとともに、皆さんに感謝を捧げます。ありがとうございました」
タミーは一気に言葉をつづると深々と頭を下げた。そのタミーに惜しみない拍手が捧げられ、行事としての収穫感謝祭は終わりを告げた。これからが、打ち上げと言われる本当のお祭り騒ぎになることはこの時ばかりは無視されていた。
「終わったーっ」
テントに戻ったタミーはすがすがしい表情を浮かべ椅子に身体を投げ出した。
「見事なあいさつでしたよ。私ですら、あそこまで素敵な挨拶はできませんでした。お疲れさまでした」
レイシーはぐったりしているタミーをそっと労わるように抱きしめた。
「タミーさん、かっこよかったですよ。あこがれちゃいました」
ネアは今度は少しばかりアルコールの入った温かいお茶をタミーに差し出した。
「ありがとうございました。レイシーさんの励ましやアドバイスがなかったら、今頃どうなってたか、皆のことを考えていたら、自然と言葉が出てきました。これもメラニ様のお力なのかしら。ネアちゃん、ありがと」
ネアからカップを受け取ったタミーは不思議そうな表情を浮かべた。
「メラニ様のお力とタミーさんの努力の結晶ですよ」
ネアが首を傾げるタミーに元気よく声をかけた。
「そうかしら・・・」
「タミーちゃん、これから暫くは男どもが煩くなるかもしれないけど、そこは真剣になったらだめだからね。彼らはただお祭りの熱気にあてられただけだから」
レイシーは今後の問題となる懸念事項をタミーに話し、注意を促した。
「うーん、それは嫌だなー、遊び人みたいなのがいっぱい来てもうれしくないから」
タミーはお茶を一口すすりながらため息交じりに吐き出した。
「タミーさんに言い寄る悪い虫は、私たちが潰しますから、安心して下さいね」
ネアは、ぐっと握りこぶしを作ってタミーに見せた。
「頼もしい限り、でも、あんまり乱暴なことはダメだからね」
タミーはわが身を案じてくれているネアに笑顔を見せた。
「疲れているところだけど、そろそろお館に帰る準備しましょう。お腹もすいてきたでしょ」
やっといつもの調子に戻ってきたタミーを見てレイシーは撤収の準備を始めた。
「今夜は、お弁当だけど、ケーキが付くし、楽しみです」
ネアが意識せずに子供らしい表情を見せていた。
「大きくなると、お酒もつくんだよ」
タミーが、うらやましいだろう、とばかりにネアにニヤリと笑いかけた。
「お酒か・・・」
ネアは、飲めるまであと何年必要かなと指を折りだした。
タミーが頑張っています。収穫感謝祭の巫女に選ばれたら拒否することはできません。昔は寄付金さえ積めばなれたようですが、最近は、様々な(無責任な)意見をもとに選定しています。
バトが選ばれなかったのは、自業自得です。
今回も駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマークを頂いた方に感謝を申し上げます。