168 巫女様
暑い日が続いています。暑すぎて、頭が熱暴走しそうですが、何とか踏ん張っております。
暑い日の暇つぶしにこのお話がお役に立てたなら、幸いです。
「できたよ・・・です」
ティマがぎこちない手つきでこさえた紙製の稲穂をラウニに嬉しそうに見せた。
「初めてにしては、上手ですよ。ひょっとした、私より上手いかも」
その見事な出来栄えに、ラウニは自分が作ったものとティマが作ったものをそれぞれ手に持って比べて目を丸くしていた。
「流石、栗鼠族だね。手先が器用だよね。うちらみたいに肉球付きの手は細かい作業はちょいと苦手だからね」
フォニーは黒い手袋をはめたような手を開いて見せると、ティマの手を取って自分の手と合わせた。
「指は長いし、細いし、見るからに器用そうだもんね」
フォニーは自分の作品の不出来は種族的な特性である、と言いたそうであった。
「フォニー姐さん、できの悪いのを肉球のせいにしちゃダメですよ。私でもここまでできるんですから」
ネアはピンクの肉球と今つくった麦穂を同時にフォニーに見せた。その麦穂の出来は、先輩方より良いモノであった。
「・・・この悪魔の肉球持ちめ。そのかわいい手で、何でそんなにできるのよ」
フォニーはネアの白い手袋をはめたような手を掴んで持ち上げた。
「イクルさんも言ってたでしょ。日々の鍛錬だって」
ネアはフーディン家の謎めいたクールビューティを思い出しながら、彼女の言葉を口にした。
「あの人は、特別だよ。顔もスタイルも抜群、家事の腕は特級品、剣の腕は並びいる者なしみたいな人だよ」
フォニーはその言葉を発した人物が自分たちとは別の世界の人だと言い多元に尖った口をさらにとがらせた。
「イクルさんのことはいいですから、フォニーも丁寧に作るようにしてください。ネアやティマのいいお手本にならないとダメですよ」
「はーい、でも、ネアって去年がんばりすぎて、ぶっ倒れたから、うちの仕事の仕方を見習って、体力を温存するようにね。でも、倒れるまで仕事するなんて、ネアって別の世界の人かも」
フォニーはラウニの言葉に生返事を返しながら、新たな麦穂を作り出した。
「貴女の仕事に対する姿勢を手本にしたらダメになるでしょ。まずは自らを律するところを見せてくださいね」
呆れたようにつっこむラウニにフォニーは微笑みで応えた。
【フォニーが言った、別の世界の人って言うのは間違えじゃないけどな】
ラウニとフォニーのやり取りを聞きながらネアは苦笑した。
「ケフの収穫感謝祭、楽しみです」
ティマは先輩たちの動きが眼中にないらしく、新たな麦穂を器用に作り上げると、黙々と作業をしているネアに小声で尋ねてきた。
「コデルは、お神輿と露店ぐらいしかなかったの。ケフはどうなの・・・ですか」
「ケフの収穫感謝祭はね。パレードがあったり、このお館にいっぱいお客様が来られて、とても賑やかで、忙しいですよ。残念だけど、私たちはお祭りを楽しむ側じゃなくて、お祭りに来た方が楽しんでもらうお手伝いをする側です。ティマ、ここは我慢してね」
ネアの言葉にティマは一瞬ポカンとした表情になり、その意味を咀嚼すると悲しげな表情を浮かべた。
「・・・分かりました」
「でも、美味しいお弁当が出るし、お祭りの次の日はお休みだからね、皆で遊びに行こうか」
寂しそうにしているティマにネアは明るく話しかけると、ティマはちょっと表情をやわらげ、小さく頷いた。
「一度いいからさ、パレードに出てみたいよね」
フォニーが懸命に手を動かしながら顔も上げずに、ちょっと寂しそうな口調で漏らした。
「世の中には望んでも手に入らないことがあるんです。私たちがこれ以上を望むなんて贅沢というモノですよ」
ラウニが寂しげなフォニーの言葉にに自分に言い聞かせ、迷いを吹っ切るように返した。
「そうだよね、そうだよね・・・」
フォニーはそう呟くともう口を開かず、黙々とお祭りの飾りを作っていった。
「去年の巫女は、美人でよかったが、残念なことに一子の母親で人妻だった。今年は、その・・・、独り者に希望を持てるような娘にしたいのだが」
今年も、ケフの女神メラニの教会の一室で無責任な会同が開かれていた。集まったのは、教会が無作為に抽出した収穫感謝祭の巫女選定委員たち、年齢、種族、性別は無作為ながら偏りがなかった。これについては、宮司が何らかの操作を行っていると言われているが、真贋のほどは明らかではない。最初に口火を切ったのは宿屋の主人の中年の真人であった。
「美人で、未婚となると・・・、該当者がそれなりにいるぞ」
「美人の基準が不明」
彼の意見に、その場に居合わせた面々から好き勝手な否定的な意見が提出された。
「自然の恵みと言うなら、エルフ族の娘さんがいいのではないでしょうか」
酒場でウェイトレスを務めている真人の少女がおずおずと口にした。
「エルフ族は、見た目と年齢がちょっとねー、それにずっと昔に巫女をしていたかもしれませんね。かくいう私も、100年ほど前に巫女をしましたから」
文具店を営むエルフ族の女性は少し恥ずかしそうにした。
「前に騎士団に居て、今は侍女をしている人なら、まだ若いんじゃ」
ウェイトレスの少女が見た目の年齢と実年齢が吻合しているエルフ族の女性がいると発言した。
「あ、あの子ね、あの子は・・・」
エルフ族の女性が困惑したような表情を浮かべた。
「彼女には悪いですか、彼女の言動は、その、何と言うか、相応しくないと思います。お祭りには小さな子供も来るんです」
宮司はウェイトレスの少女の提案をあわてて却下した。
「あの子は、一部では、ハイエルフならぬ、シモエルフと言われて居るぐらいだからのう。わしは、メラニ様の原点に立ち返るのが良いと思ふ」
ケフの陶芸家である真人の老人が髭で埋もれた口をもごもごさせて意見を述べた。
「一言で言えば豊穣の女神様でしょ」
文具店を営むエルフ族の女性が何を当然のことをと言いたげに冷たく老人に応えた。
「豊穣を身体で表すような娘さんが良ひ、さうは思わんかね」
陶芸家の老人の言葉を聞いて、会同に参加している男たちはインスピレーションを受けたようで、それぞれが腕組みをして、頭の中のアルバムをめくっていた。そのアルバムのイメージをもし可視化したならば、風俗誌のような様相になっていただろう。
「俺は、鷹の羽亭のメイムちゃんを推薦する。何故なら・・・」
手を上げて大衆食堂の看板娘を推薦した若い犬族の男は、女性陣からの冷たい視線を感じて、彼女の推薦理由を飲み込んだ。
「言わずとも分かる。あの子なら。しかし、少しふくよかすぎないか、輿を担ぐ連中のことを考えると、去年の豹族の娘は、身体がしまっていたからそうでもなかったが」
先ほどの犬族の男より少し年嵩のドワーフ族の男は顎髭をしごきながら唸った。
「それならば、お館の侍女をしておる羊族の子はだうかな。あの子は全身がほわつとしておるから、ケフの産業である繊維産業の発展を、そしてあの身体つきはまさしく豊穣、さう思わんかね」
陶芸家の老人の言葉に男たちは反対意見を述べることなく、その考えに賛同した。
「あの子ね、そうね、ほわーっとしていいかもね。しかも見た目より軽いし」
エルフ族の女性は暫く考えてから賛同した。
「皆がそう言うなら」
仕立て屋の鹿族の女性職人も呆れた様な表情でその意見に賛同した。彼女らは、この場で誰を選ぶかと議論するより、さっさとこの会同を終わらせて自分の仕事に復帰したいだけであったが、誰もそれを指摘する様な野暮なことはしなかった。
「では、今年の巫女様は、お館の「綿の花」のタミー嬢に決定と言うことですね。教会から彼女に通知しておきます。今日は忙しい所、ご協力に感謝します」
教会の宮司が立ち上がり、深々と頭を下げて、今年の無責任な会同は散会となった。
「どうしたの、いつもよりモコモコしているよ」
ギブンのためのおやつを運んでいたたみーは、いきなりぷるっと身を震わせた。そんなタミーにルーカが不思議そうに尋ねた。
「どうしたのかな、いきなり、ぶるって来たんですよ。風邪はひいてないと思いますよ」
「風邪なんか若にうつしたら、覚悟はできているわよね」
ルーカのそんなことになったら洒落では済まさない、との意思が込められた瞳をみてタミーは顔をひきつらせた。
「まさか、先輩、そんなことはしませんよ。そんなことになったら、この毛、全部剃ってもいいですよ」
「その言葉、覚えておくよ」
にっとタミーを見て笑うルーカをタミーは睨み返し
「先輩がうつしたら、先輩の頭以外の毛、全部、剃りますからね」
タミーはにやりと言い返した。
「いい度胸ね。その賭けのったよ」
侍女の間でキケンな賭けがなされていることなんぞ、神の身ではないギブンが知る由もなかった。
「いいなー」
ティマが自分たちが生活している部屋の窓から、暗くなった街にぽつぽつと灯る灯りを見つめながら呟いた。
「何がいいのかな?」
窓の外を見つめるティマを覗きこむようにしてネアが尋ねた。
「あの灯りの付いている所って、お家だよね。あそこには家族がいるんだよね。そこの子はお祭りにも出られるんだよね」
ティマをネアを見ることもなく、独り言のように呟いた。
「あたしには、ないモノばかり・・・」
寂しそうに呟くティマをネアは背後から思いっきり抱きしめた。
「こうやって、ぎゅっとしてくれる人ぐらいはいるよ。血は繋がってないけど、私たちは姉妹みたいなものだよ」
じっと窓の外を眺めているティマのピンと立った大きな耳にネアは囁いた。
「・・・ネアお姐ちゃん・・・」
ティマはそう言うとじっとネアに抱きつかれたままになっていた。
「なーに、いいとこ見せてんのよ。ネアが言うまでもなく、ティマはうちのかわいい妹だよ」
ネアとティマがひと固まりになっているのを見たフォニーは、ティマに近づくとそっと彼女の頭を撫でてやった。
「フォニーの言う通りです。生意気なのや、変に大人じみたのや、可愛いのも、皆、私の妹みたいな、いいえ、妹ですよ」
ラウニはそう言うと、彼女の言う妹たちに近寄ってそれぞれの頭を優しくなでた。
「明日もはやいですよ。さ、ベッドに入りましょうね。フォニーはちゃんとおしっこしてからね」
「うちがいつも粗相するみたいじゃないの。ネアが来る前からもうそんなことしてないよ」
フォニーがふくれっ面になりながらベッドに潜り込み、むすっとしたままおやすみと皆に一声かけると頭からシーツをかぶってしまった。
「あたしもしないもん」
ティマはそう言うとお休みの挨拶をしてベッドに入った。
「それが、普通なんです。心配なのは、ネアなんですよね。ギリギリまで我慢するし」
ラウニがそっとベッドに入ろうとしているネアに鋭い視線を投げかけた。
「締まりはいいですから、大丈夫です」
「・・・、それって、バトさんの影響?間違いはないようにね」
ラウニはそう言うと、彼女の言う妹たちにお休みの挨拶をすると、ランプを消してベッドに潜り込んだ。
【構造上、前の身体の感覚で行くと、失敗するんだよなー】
ため息つきながらネアはそっと目を閉じた。
翌日の昼過ぎ、お館はちょっとした騒ぎになろうとしていた。
「なんで、私が・・・」
奥方様から手渡された、教会からの通知を手にタミーは流せるものなら冷や汗を流していた。
「タミーちゃん、よかったわね」
奥方様は青ざめるタミーに反してニコニコと楽しそうにしていた。
「辞退、できないでしょうか。私には荷が重すぎます。私よりも適任者がいますよ。お嬢やパル様が私より適任です」
タミーは納得しかねると、奥方様に詰め寄った。
「決まったことは覆せませんよ。タミー、滅多にできない事なんだから、楽しんできなさい。細かい事は、去年の巫女だったレイシーに聞くといいわね」
奥方様はタミーの言葉をあっさりはねのけると、がんばって、と一声かけて仕事場に戻って行った。
「タミー、いいことじゃないの。お祭りの日の巫女は、この辺りの女の子なら一度は夢見ることなんだから」
ルーカが通知を手に呆然としているタミーの肩を優しく叩いた。
「わたし、あんまり、お祭りとか好きじゃない、と言うか、苦手だから」
うつ向いて、ぼそぼそと言うタミーをルーカは覗きこんだ。
「決まったことは、決まったこと、後は腹をくくるしかないよ。男らしく・・・、女らしく、どうどうとやりゃいいんだらかさ。・・・ここにはいないから、いいかな」
ルーカは周りを見回して、問題となる人影が無い事を確認した。
「ラウニちゃんたちはさ、一度もパレードに参加したことがないんだよ。ここに居る限り、パレードには出られないんだよね。だからさ、ここは引き受けないと、巫女様のご利益をこの館に持ってきてよ。去年はレイシーさんがご利益持ってきてくれたから、大きなことはなかったけどさ。今年は、タミーが持ってきてさ、皆を幸せにしてちょうだいよ」
複雑な表情を見せるタミーとは対照的にルーカは終始ニコニコとしていた。
「私はさ、出がラマクのお山の方だからさ、食べる物すら十分になくて、お祭り何て遠い世界のお話だと思ってたよ。ここに来て、パレードを見た時、羨ましかったよ。皆、綺麗な服を着てさ、楽しそうに街を歩いている。夢の世界かなって思ったよ。だからさ、私らの代表として、がんばって、応援するよ」
ルーカの熱い語り掛けにタミーは頷くしかなかった。
「今年の巫女は、タミーさんだって」
使用人の食堂での夕食時、噂を耳にしたフォニーがちょっと自慢したげに口を開いた。
「食べながら話さない」
そんなフォニーを巫女のことなんか関係ないとばかりにラウニがぴしゃりと注意した。
「タミーさんが、メラニ様は豊穣の女神さまだから、アリと言えばアリか・・・」
ネアは手にしたパンをちぎりながら、タミーの豊穣な肢体を思い出しながら呟いていた。
「タミーさんすごいね。あたしも巫女様になれるかな」
ティマが憧れを滲ませながら静かに食事をしているネアに尋ねてきた。
「どうかなー、もっと大きくならないとダメだと思うよ」
【イロんな意味でね】
ティマはネアから期待していたような答えが得られなかったのでちょっと不機嫌そうな表情を浮かべた。
【下手に希望を持つと後々辛いから・・・】
ネアは厳しい事実でティマが傷つく姿をネアはできるものなら見たくなかった。
「自分が巫女になることを考えるぐらいなら、その前お祭りの準備について考えるのが侍女の役目です」
誰よりもつまらなそうな表情でラウニは己に言い聞かせるように言葉を吐いた。
【まさしく、豊穣だ】
湯船でふやけていたネアの視界に今年の巫女であるタミーの姿が飛び込んできた。
「タミーさん、おめでとうございます」
ネアと同じようにふやけていたフォニーが湯船の中で立ち上がってタミーにお祝いの言葉をかけた。
「おめでとうございます。私たちの分までがんばってください」
「おめでとうございます」
「あたし、絶対に見に行くから」
フォニーにつられたようにネアたちも立ち上がると、タミーへのお祝いの言葉を口にした。
「え、ええ、ありがとう」
引きつったような笑みを浮かべてタミーはネアたちに応えた。
「吹っ切れてないよ」
ルーカは、そんなタミーの背中をポンと叩いた。
「今年の巫女様は、いつもと一味違うよ」
何気にルーカはタミーに無茶ぶりをした。そのおかげでますますタミーの表情が強張って行った。
「そんなに、嫌だったら、私が巫女様するよ」
桶を片手にどこも隠さずに浴場に入ってきたバトが固まっているタミーに朗らかに声をかけた。
「私が巫女様したら、殿方が天を衝くぐらい喜んでもらえることするよ」
どう? とばかりに、バトはにやりとして周りを見回した。
「殿方じゃない私たちは?」
バトの言葉にまさかと思いながらもネアは気になったことを尋ねてみた。
「だって、貴女たちには天を衝くモノがないでしょ」
どやーとばかりに言葉を放ったバトは次の瞬間、冷水を身体に浴びせかけられていた。
「何を口走りやがるんですか、この女は、色町でも貴女を巫女にしません。神聖なお祭りを下品の祭典にするつもりですか」
ルロはそう言うと空になった桶をバトに投げつけた。投げつけられた桶はバトの額に見事に命中し、カコーンといい音をたてた。
「貴方が巫女様をするなら、私でも女神様になれます。それに、いつもいつもどこも隠さずにーっ、恥を知りなさい」
激昂するルロに額をさすりながらバトは少し涙目になりながら睨んだ。
「綺麗なモノを見ることは幸せでしょ。ゴワゴワの縮れ毛をあちこちに生えかしたモノよりいいはずだよー」
バトの言葉にルロが何かを言い返そうとした時であった。
「なーにしているんですかー」
呑気な声を上げて、バトと同じようにタオルで隠すこともせずにアリエラが浴場に入ってきた。
「あ、貴女までも・・・」
ルロは鬼の形相でアリエラを睨みつけた。
「大事な所は毛で隠してますから」
ドヤ顔で仁王立ちするアリエラを目にしてルロは頭を抱えた。
「ティマちゃんに悪い影響がなければ・・・」
ルロは心配してティマに視線をやるとそこには、目を輝かせて、アリエラと同じように一糸まとわぬ姿で仁王立ちしているティマの姿があった。
「バト・・・、貴女の毒が・・・、随分と浸透しているよ」
たがいに仁王立ちして頷きあっている子弟を見てルロは深いため息をついた。
今年も、収穫感謝祭が近づいてきています。巫女様に選ばれるにはそれなりの器量があることが大前提です。タミーも例外でなく、羊族の獣人としては整った顔立ちです。また、今まで少ししか出番がなかったルーカが少し目立っています。ルーカはお館の中では、エルマに次いでの立場、若手侍女の筆頭となっています。彼女も少なからず現在の地位を得るまでに苦労しているようです。
今回も、駄文にお付き合いいただきありがとうございました。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。