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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第13章 ずれ
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165 行き違い

久しぶりに彗星君のターンです。

 【何やってんだ、俺】

 周囲を歓声を上げる人たちに囲まれ馬上豊かに行進する彗星は己の置かれた状況にうんざりしていた。悪党とされた連中を斬り捨てて、その後何かそれらしいことを口にして、世直しと称してふらふらしているだけでこの状態である。

 「英雄様の偉業を称えているのです。この者たちに笑顔をみせてあげて下さい」

 むすっとしている彗星に横に並んだハイリが笑顔で囁いてきた。

 「ああ、分かったよ」

 彗星は、ハイリに答えるとぎこちない笑顔で集まっている人たちに手を振ってみせると、歓声はさらに大きくなった。

 「あ、実行隊だ」

 観衆の一人が彗星たちから離れて付いて来る白と赤の鎧の一団を指さした。そこには正義と秩序の実行隊が乱れることなく隊列を作り、観衆に手を振ることなく無言で馬を進めていたが、彼らの目は観衆の中に正義と秩序に反する者がいないかを見つけるために忙しなく動いていた。

 コデルの郷とその周辺の地方都市を巡り、正しい正義と秩序が行き渡るように無知蒙昧な人々を啓蒙すると謳い文句の元での行動である。正義と秩序と言いながら、その実は穢れの民に言いがかりをつけて、斬り伏せるのが主な行動となっていた。罪なんかはその場で何とでもでっち上げることなんか、少々弁がたてば難しいことはなく、彗星が動いた後には少なからず死体が転がることになっていた。

 【イカれているアイツら一緒というのが・・・】

 彗星はちらりと後方をついてくる白と赤の鎧を目にして渋い表情になった。いつの間にか彗星を慕って集まった、という形であるが、コデルの郷主の弟であるナトロが無理やり押し付けてきたのが実情だった。彼らは常に無口で宿に入っても酒も飲まず、ましてや女を買うこともなくただ正義の光が発刊した様々なパンフレットを飽きることなく繰り返し読むか、剣の素振りをずっとしているだけであった。

 【何が楽しいのか・・・、自分たちでやる分にはいいんだが】

 彼らはストイックすぎる生活を彗星に送らせるように動くことも常だった。以前なら町の名士に呼ばれての宴会などに呼ばれていたが、最近では彼らが「英雄はそのような下賤な事に興味はない」と全て断っており、彗星には「酔った姿を見せてはいけません」との理由から禁酒を無理強いしていた。勿論、力で訴えることもできたが、そうしようとするたびにハイリに宥められ、良いように飼いならされているような状態になっていたのである。

 この久方ぶりのコデルの郷の都への帰還、ハイリたちは凱旋と言っているが、も新たに白と赤の鎧を身に付けた連中への訓示と言う名の声かけのためであった。


 「英雄殿、良く戻られました」

 穢れの民を追い出し、新たに真人の移民を受けれ入れる事業で甘い蜜を吸っているのであろうナトロが身に合わない王都好みのゴテゴテした衣装をこれ見よがしに身にまとって満面の笑顔で彗星を出迎えた。最近、良い食生活をしているのであろうか、その顔はちょっと丸くなっていた。

 「彗星、ただいま戻りました」

 打合せ通りに彗星は下馬するとナトロの前で一礼した。これを大衆に見せることでナトロは英雄と特別な関係にあることをアピールしていた。

 「今夜、宴席を設けるから、心配するなあの堅物どもの金玉を握っているのは俺だからな」

 ナトロは彗星の耳元で囁き、白と赤の鎧のに連中をちらりと見た。

 「楽しみにしているよ」

 彗星はそう囁くとクルリと振り向いて観衆に手を振ると郷主の館に入って行った。

 「彗星様、明日のお昼前にご訓示を頂くことになっています。今度、鎧を着ることを許された者も死すら厭わぬ強者ばかりですよ。その後、彼らと会食です。夕食前に彼らの訓練の視察となっています」

 郷主の館の中に設えられた英雄の居室でソファーに疲れた身をゆだねている彗星にハイリがにこやかに明日の予定を読み上げる。ここしばらくこのような調子である。行く先、行く先での演説、有力者のご機嫌取り、そして穢れの民への因縁をつけての排除、これはあの鎧の連中が嬉々としてやってくれる。最近、幸か不幸か彗星は返り血を浴びることはなかった。

 「正義と秩序・・・」

 いつの間にか自分の配下と言う形で付き従う正義と秩序の実行隊、彗星が呼び掛けたわけではない、ナトロに押し付けられたのが真実である。そのナトロも彼らをモンテス商会から紹介されたにすぎない。彗星が知りえるところはここまでである。彗星が彼らにこれ以上を聞こうとしてもあの連中は任務に関係の無い事に時間をかけるのはいかがなものでしょうか、と彼との個人的な話を拒んだ。勿論、仲間内でも彼らが談笑している姿を見たことはなかった。彼らの増加に伴いハイリもどこかよそよそしくなっており、床を共にすることも最近はなくなっていた。彗星は自分が既に英雄と言う名の旗頭されている存在であることを薄々感じていた。しかし、ここから彼が出奔する気はなかった。少なくとも、旗頭でいる生きる限り食うことには困らない。そして、ここにはハイリがいるのだから。


 「我ら、正義を為す者なり、秩序を守護する者なり。この身、命、血の一滴まで、正義と秩序のために捧げる者なり」

 郷主の館に新たに造られたホールで新たな正義と秩序の実行隊の隊員10名が大音声を張り上げていた。その声はホールの窓を震わせ、完全防音の郷主であるルーテクの部屋まで響いていた。ルーテクはその音に顔をしかめると、神経質にまだ完成しない橋の欄干に塗られる塗料の報告に誤り、文字が少しずれている以外になにかないかと書類に齧りつくように点検をはじめた。

 「君らの決意、痛いほど伝わった。君らに正義と秩序の生きた見本となって、無知蒙昧な民たちを導いてもらいたい。君らに過ちは許されないことを魂に刻んで行動することを望む」

 新たに加わる隊員を前に、彗星はハイリが準備した原稿をつまらなそうにただ読み上げていた。彗星の気持ちとは逆に新隊員たちは感動しているようで、直立不動のまま涙を流していた。

 【こいつら、なんだよ・・・】

 その姿に彗星は引きそうなるのをぐっと堪えて、それぞれの隊員にいつの間にか勝手に作られた、正義と秩序を表す紋章が刻まれたメダルを授与するために彼らの前に歩み出た。

 【どいつもこいつも同じような面してやがる・・・】

 今までずっと行動を共にした正義と秩序の実行隊隊員に個性を感じることはなかったが、ここに並ぶ新隊員も同じように個性は感じられなかった。

 「任務に励んでくれ、期待している」

 並んだ新隊員に簡単に言葉をかけると彗星はその場を後にした。


 「ハイリ、あいつら、一体何者なんだ」

 自分の配下とされながら名前も名乗らず、鎧にかかれた数字で判別するしかない連中についてハイリに尋ねた。

 「彼らは、正義と秩序のために、身も命も捧げ、家族、友人、名前すら捨てた選ばれし存在です」

 彗星の問いにハイリはいつもの紋きり型の答えを返してきた。

 「どこで、剣の訓練をしたんだ、誰が奴らの鎧や装備の金を出している、ナトロがそんな金を持っているわけは無い事は知っている。誰の手の者なんだ」

 事務的な対応を見せるハイリの両肩を掴み彗星は問い詰めた。

 「彼らは、正義と秩序のために、身も命も捧げ、家族、友人、名前すら捨てた選ばれし存在です。それ以上に何が必要なんですか?訓練やお金のことは考えなくても大丈夫ですよ。それより、会食のために着替えなくてはなりません。お着替えは準備できていますので、こちらへ」

 ハイリはにこやかにそう言うと彗星の前を案内するように歩き出した。

 「それは、なにも答えになってないぞ」

 彗星の声はハイリに届いていないように思われた。

 【まただ、また弾かれた・・・】

 彗星は、ハイリの行動に前の世界で常に一人であったことを思い出していた。今と違うところは、前は何もしていないのに犯罪者扱いであったが、ここでは英雄扱いであり、上辺だけでも受け入れられている、そして何よりハイリがいることが前の世界より十分にマシだと思い、そう思い込むことにした。

 【あいつらも、どうでもいいか】

 行動をともにしながらも、親しくすることもなく、鎧に穿たれた数字で互いを認識し、任務と仕事以外の話もせず、剣を振ることのみに全てを捧げている連中については、これ以上考えないことにした。安っぽい友情ごっこをしても誰もノリはしないことが彗星には簡単に予測できたからである。

 【まだ、ヒグスやフッグの方が付き合いやすかったな・・・】

 自分の手で屠ったかつての友人たちのことを思い出し、彗星は寂しげな笑みを浮かべた。


 英雄は常に品行方正を望まれる。酒色に溺れるような姿は見せるなとハイリや鎧の連中にキツク言い含められており、今まで許されていたハイリとの同衾もハイリにより拒まれるようになっていた。どこの誰がそのような演出を考えているのか分からないが、彗星はハイリの機嫌を損ねないように、自分から離れていくことが無いようにと彼女の言うことを承諾していた。

 「ここは、誰の目にも触れない場所だ。防音も兄貴の部屋より完璧だ。今夜は好きなだけやってくれ」

 ナトロはにこにこしながら館の地下に設けられた応接室に彗星を招き入れた。

 「っ」

 彗星は部屋の中を見回して生唾を飲み込んだ。テーブルの上には様々な酒の入ったボトル、胃袋を締め上げるようないい香りの料理が所狭しと配置されていた。そして、なによりそこにはどこから連れて来たのか、目を見張るような美女が数名、にこやかに彗星にお辞儀をしていた。

 「食って、飲んで、抱いて行ってくれ。お代は気にするな。今まで良く働いた労いだよ」

 ナトロは明るく言い放つと、彗星を半ば強引に席に座らせた。

 「限りを尽くしてもてなしてやってくれよ」

 居並ぶ美女にナトロは告げると二つのグラスに並々と酒を注ぎ、一つを彗星に差し出した。

 「英雄の功績と、これからの活躍を祈って」

 「ああ、そうだな・・・」

 彗星とナトロはカチンとグラスを合わせた。それを合図したかのように美女たちが彗星に近づき、何かと世話を焼き始めた。


 「何故・・・」

 光を落とした暗い部屋の中、ハイリは一人椅子に腰かけ項垂れていた。とっくの昔に捨てたと思っていた感情が最近ざわついているのである。

 「ハイリを演じているだけなのに・・・」

 英雄に品行方正な行動や酒色に目を向けさせないという台本が届けられ、いつものようにハイリは役をこなしていれば良いだけであった。しかし、何故かハイリにはそのことが喉に引っかかった小魚の骨のように不快な気持ちを与えていた。今日のナトロの接待も英雄のガス抜きとして台本に定められたことであった。これに異論をはさむことなんてハイリには考えらなかった。自分に割り振られた役割を果たす、これが正義だと信じている。しかし、心のどこかがそれに不満の声を上げている。彼女は知る由もないが、大概の場合、その感情は嫉妬と見なされるものであった。

 「・・・」

 分かって、理解して、納得しているつもりだったのに、ハイリの目には涙が浮かんでいた。

 「こんなことでは正義はなされない・・・」

 自分に言い聞かせるつもりで呟いた言葉てあったが、どこか空々しく彼女には感じられた。


 翌朝、彗星は一糸まとわぬ美女たちに囲まれた状態で目を覚ました。肌に感じる体温と昨夜のことを思い出して彗星はだらしない笑みを浮かべた。前の世界では望むこともできなかったことが今、できている。

 「捨てたもんじゃねーな」

 ぽつりとつぶやき肉体の持つ温かみを堪能していたが、何か物足りないことに気付いた。

 「・・・」

 今自分を取り囲んでいる女性に比して、太陽に焼かれ、風に吹きさらされてゴワゴワになっているハイリの髪の感触、ここにいる女性に比して慎ましい身体を思い出して彗星は少し寂しい思いが顔を出しているのを感じた。

 「そうだなー」

 ここにいるプロの女性ではない、ハイリのぎこちなさや、昨夜テーブルに並べられた豪勢な料理に及ぶはずがない素朴なハイリの手料理がとても懐かしく感じられた。

 「本当に欲しいモノか・・・」

 彗星はそんな思いを払いのけるように隣で眠っていた美女にのしかかっていった。


 「俺にも抱かしてもらいたかったぜ」

 ナトロは目の前のソファに腰かけるモンテス商会の「豊作」のドゥカに愚痴をこぼした。

 「あの子たちは英雄のために呼び寄せたのです。貴方のためではありません。あの子たちを抱きたいなら、それ相応の金額が必要となりますよ」

 ドゥカはナトロの愚痴なんぞどこ吹く風で答えるとニヤリと笑った。

 「お館の場所代として、ここにちょっと色を付けて持ってまいりました。これを全額使うなら、二人ぐらいは一晩お相手できると思いますよ」

 ドゥカは膨らんだ革袋をナトロの目の前に置いた。

 「もう十分にご存じと思っていますが、英雄と正義と秩序の実行隊はナトロ様の持ち駒ではないことをご承知おきください。ナトロ様は彼らのスポンサーの一人にすぎません。もし、手駒にしたければ我々は彼らのお世話を辞退させて頂きます。彼らの給金や食事などはナトロ様で手配していただくことになりますが」

 ドゥカは脅すようにナトロに言うと目の前のカップからお茶をすすった。そんなドゥカを見ながら、ナトロは拳を握りしめていた。英雄とあの鎧の連中を囲っているだけで、コデルの郷は、この周辺の郷から一つ抜きんでた位置にある。その地位を不動にしたいのがナトロの思いであるが、彼らを維持するのに要する費用は全てモンテス商会から出ているのである。コデルは偶々英雄に場所を貸しているに過ぎない、これがモンテス商会の考えであった。

 「文句があるなら、彼らは出て行くと、そう言うことか」

 「何度も言ったように、コデルの郷は彼らにとって特別な場所ではありません。他の郷からも彼らを受け入れたい、と打診されているぐらいですからね」

 不服そうなナトロにドゥカはニヤリとした。

 「これで十分だ・・・」

 ナトロは差し出された革袋をポケットにしまい込み、呻くように言った。

 「くれぐれも彼らに粗相がないようにしておいてくださいね。いつでも彼らは出て行きますから」

 ドゥカはそう言い残すと渋い顔をしているナトロを残して部屋から出て行った。

 「足元見やがって・・・」

 残されたナトロは食いしばった歯の間から呪詛のように吐き出した。


 「まさか、彼の参入を認めるのですか」

 王都の一角にある貴族の屋敷のその屋敷の主の書斎でいかにも管理風の男は珍しく声を張り上げていた。

 「お前が驚くとは珍しいこともあるものだな」

 でっぷりとした貴族が面白そうに言うのを聞いて管理風の男は爆発しそうになるのを懸命に抑え込んだ。

 「この方です。この方を正義と秩序の実行隊に、しかも幹部待遇で入隊させるってなんですか。彼を使ったら今までのシナリオが狂ってきます」

 管理風の男は主人に候補者のプロフィールが書かれた紙を見せつけた。

 「いろんな噂のある男らしいな」

 主人は何故この男がここまで焦っているのか理解しかねるとばかりに不思議そうに管理風の男を見つめた。

 「噂は真実ですよ」

 その言葉を聞いて主人の顔色がさっと変わった。

 「制服にしわがあったと言って侍女を斬り捨てた、屋敷の窓から行きかう人を弓で射ったという話は・・・」

 「すべて真実です。彼の父親があの方ですから、全てもみ消してきたのです。それも限界のようで、いい厄介払いにと正義と秩序の実行隊に送り込んで来ようとしているのです」

 管理風の男の言葉に主人は顔をしかめた。

 「しかし、彼の父親は最大のスポンサーだからね。無碍に断ることもできないのだよ」

 苦しそうに言う主人に管理風の男はため息をついた。

 「確実に無駄な血が流れる回数は増加しますが、仕方ありません、なんとかシナリオをいじって対応していきます。・・・エライものをつかまされましたね」

 管理風の男はため息をついて主人の部屋を後にした。残された主人はむすっとした表情で問題の男のプロフィールに目を通すとその紙をくしゃくしゃと丸めて屑籠に投げ込んだ。

 「穢れの血がいくら流れようとも我らの正義になんら問題はあるまい・・・」

 彼はそう呟くと傍らおいたグラスに酒を注ぐと一気に飲み干した。


 王都で何やら話し合われている頃、無理やり送り込まれた隠者の住処近くでグルトは力の限り走っていた。

 「絶対に正義と秩序の実行隊に入ってやる、奴らを片っ端から」

 口で勇ましいことを呟きながら、グルトは山の獣に追われて半泣きになりながら山道を駆け抜けていった。

彗星君はコデルの郷の食客という立場です。正義と秩序の実行隊の給金はスポンサーから支払われモンテス商会が管理しています。コデルの郷にいますが、コデルの郷の戦力にカウントすることはできません。ナトロはこれに納得がいかないようですが、お金がかかるので我慢している状態です。

今回も駄文にお付き合いいただきありがとうございます。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。

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