154 予測して準備して
何かと暗くなりがちで、予定も立てにくいですが、このお話はなんとか続けていきたいと思う、今日この頃です。
最初のゲームはラウニとフォニーがティマを優遇した結果、当然のようにティマが最初にゴールした。ネアは何故かダイスの出目が良く無い事と何故かラウニとフォニーの厳しいジャッジのおかげで再開になっていた。
「最初は、準備運動、次は真剣勝負だよ」
「次は、この拡張セットを組み込みますよ」
ゲームの盤面を組み替え、さらに拡張セットのパネルを組み込んだ。気づけば展開されたゲームの盤面は混沌の様相と成り果てていた。
「これは、まるで迷路ですね」
乱雑に組み立てられた盤面を見たネアの感想だった。
「これ、ゴールできるでしょうか。ここにスタートに戻るが2つ連なってますよ。・・・あれ、このマスにとまって、4コマ進む・・・スタートに戻る。トラップだらけですよ。この一帯」
ネアは複雑に組み立てられた盤面を見てから、ラウニとフォニーを見た。
「何事も挑戦です。最初から諦めていたら、何もできません」
「困難に敢えて挑む、これまた一興」
ラウニとフォニーは全くネアの心配を意に介していなかった。
「さっきのより面白そう」
ティマも先ほどより複雑怪奇になった盤面を期待のこもった目で見つめていた。
「多分、心が折れると思いますよ。もうちょっと配置を変えれば・・・」
「ネアは、悲観的です。何事もやってみなくては分かりません」
ラウニはネアの忠告をあっさりと退けて、ツキノワグマの駒をスタートに配置すると、皆に同じように配置することを求めた。ネアは諦めたようにため息をつきながら、ハチ割れの駒をスタートに設置した。
「前回は最下位だったネアから順番ね。いくら眺めていても、何も変わらないよ。さ、早くダイスを振って」
フォニーはネアに決意を促すようにせっついた。その勢いに押されるようにネアはダイスを転がした。
「想像していた以上でした」
既に4回目となったスタートに戻るのイベントにラウニは己の判断の甘さを後悔していた。
「ここで、3をだしたら、この悪魔のゾーンから脱出できる。出ろ、3」
フォニーは掛け声とともにダイスを転がした。それは思わせぶりな転がり方の後、見事に4の目を出した。
「3コマ戻ると、スタートに戻る・・・、これで何回目かな」
狐の駒をスタートに置きなおして、フォニーはぐったりと肩を落とした。
「少なくとも、数えている範囲で5回目です。でも、スゴイですよ。どれも、違うマスのスタートに戻るですから」
「ネア、それ全然褒めてない」
「感心していただけですよ。ラウニ姐さんみたいにほぼ決まったマスでスタートに戻る人もいれば、フォニー姐さんみたいにいそれぞれ違うマスからスタートに戻る人もいる。すごいですよ」
ネアはゲームを開始する前に散々警告したことが現実となっていることに少しばかり満足感を覚えていた。
「ネアは、スタートに戻るは少ないけど、これで何回休んだのかしら」
フォニーはネアが片っ端から〇回休むのマスに止まっていることをあげてあげつらってきた。
「えーと、3コ進んで、何にもなし」
ネアたちが散々足止めを喰らっている中、ティマだけは確実にスタートに戻されることもなく前進していた。
「あたし、もうすぐゴールだよ」
スタートに置かれている駒や遅々として進まない駒を見ながらティマはにっこりとした。
「スタートに戻ることなく、休むことなく進むとは、ティマ、恐ろしい子。でも、これからは、うちの時代になるのよ」
エゾリスの駒が着実にコールに近づいているのに気づいたフォニーは気合を込めてダイスを振った。
「フォニー姐さん、1ですよ。時代ってこのことなんですか」
悔しそうな表情を浮かべながらフォニーはキツネの駒を一つ進めた。
「加茂河の水、双六の賽、山法師と言うくらいで、思うよにはならんものです。えいっ」
ネアはフォニーからダイスを受け取ると盤面にダイスを転がした。
「2マスですか・・・、えーと、面白いことを言う、ですか・・・」
「ネアは、訳の分からないことは言いますけど、あまり面白いことは言いませんからね。さっきのカモノミズって言葉もさっぱりですから」
ネアがイベントにどう対処するか悩んでいるところにラウニが何も期待していないとばかりに大げさにため息をついた。
「このゲームとかけて、急ぎのお使いと解きます」
コホンと小さく咳払いして、ネアが徐に口を開いた。
「その心は、すぐに戻ります」
ネア自身は上手くやったと自画自賛していたが、聞いていたラウニたちはポカンとした表情でネアを見つめているだけだった。
「分かりません」
首を傾げたティマがつまらなそうに口にしたのをきっかけに、先輩方からは、意味が分からない、とか、おじさん臭いと散々に非難され、ネアはちょっとへこんでしまった。
「ネアらしくて、いいですけどね」
「いつか、ネアの時代が来るよ。いつになるかは分からないけど」
先輩方はしょげているネアの背中を軽く叩いて慰めてくれた。
【お子様には、分からないよな・・・】
もう少しで、そう口にしそうになったネアは何とか言葉を飲み込むと、悔しそうに拳を人知れずきつく握りしめていた。
しばらくすると、ティマがゴールとなった。一度もスタートに戻らず、休みもせず、変顔をするという、女子には聊かハードルの高いイベントに遭遇することなくである。
「ビブちゃーん、一緒に遊ぼ」
ティマは、ゴールしてから暫く先輩方の勝負の行方を見持っていたが、ラウニが5度目のスタートに戻るのマスに止まった時、ティマはさっさとその場に立ち上がると、シャルに絵本を読み聞かせてもらっているビブのもとに駆け寄って行った。
結局は、勝負は昼食を挟んでもつかず、ネアたちに苛立ちと疲れが見えてきた。
「随分と草臥れておるようじゃな」
役場での臨時診療を終えたドクターが難しい表情で盤面を睨みつけているネアたちに声をかけてきた。
「配置が悪くて、いくら頑張ってもスタートに戻されるんです」
ネアがため息交じりにドクターに訴えながら、幸いなことにまだ開封されていない紳士用拡張セットをそっと目で示した。
「ん?こりゃ、何じゃね?」
ドクターは紳士用拡張セットを一目見てそれがいかなるものかを察したようで、ワザとらしく疑問を口にしながらフォニーの傍らに置いてけぼりを喰らっていたいかがわしいパッケージを取り上げた。
「この勝負が終わってから、それを使ってもう一勝負って思ってたんだけど」
フォニーはドクターに言うと、ため息つきながらその場に横になった。
「誰の持ち物かは、しらんが、これは大人用じゃ。お前さんらには・・・、ま、バトみたいに、シモ何とかになりたければ止めはせんが」
ドクターは呆れたようにどぎつい配食のパッケージを手に取ってしげしげと眺めた。
「それって、下品なモノなんですか」
ドクターの言葉にラウニは驚いたような声を上げた。
「下品と言うより、助平な方かな。もし、お前さんらがこれを使っても、半分も意味は分からんだろうな。これは、わしが買い取るよ。こんなものがお前さんらがもっていると奥方様に知れたら、大変なことになりかねんからな」
「フォニー姐さん、シモキツネにならなくて良かったですね」
さっさと紳士用拡張セットをカバンにしまい込むドクターを呆気に取られながら見ているフォニーにネアは声をかけながら、ドクターに感謝を捧げていた。
「フォニー、知ってて買ったんでしょ」
言葉が見つからず口を半開きにしているフォニーにラウニはいかがわしいものを見るような目でフォニーを見つめた。
「知らなかったよ。知ってたら、買わないもん。うちは助平な子じゃないもん」
「その言葉、信じましょう。でも、これがネアだったら、微妙な所ですね」
必死で否定するフォニーにラウニは頷くといきなり、話題をネアにふってきた。
「え、そんな、私まだ、子供だし・・・」
ネアはここぞとばかりに悲し気な表情を浮かべた。
「ネアはまだまだ子供ですが。時々、目がとてもやらしいことがありますから」
ラウニはネアの言葉を半分ほど聞き流した。その態度にネアは常の彼女の観察眼が馬鹿にできないことを悟っていた。
「どうじゃ、ちょっと手を休めて、これでも食わんか。甘瓜だけじゃ飽きておるじゃろ」
ドクターはウェルを手招きして、何かを持って来させた。
「いい買い物でしたね。今年は甘さが強いみたいです」
ウェルは手にした紙袋から、ラウニが両手を使わなくては持てないぐらいの大きさの柑橘系の実を取り出した。
「今は、夏柑の季節なんですよ。これは、うちの畑でとれた奴です。これの皮には、疲労回復の効果があったり、炎症を抑える働きがあるんですよ」
ウェルは手にした大きな実をネアたちに見せると、爪を出して、実に切り目を付けて行った。そして、切れ目に沿って身をきれいに割ってみせた。
「皮は分厚いけど、柔らかいから、ネアの爪でも切ることができるよ」
ウェルは身をきれいに4等分すると、ネアたち侍女見習いにそれぞれ手渡した。その実の中の房はどれもぷっくりとふくれていて、とても瑞々しかった。
「酸っぱ・・・、あれ甘い」
警戒もせずに房を一つ口に入れたフォニーは当初驚きの声をそして不思議そうな声を上げた。
「最初に激烈な酸っぱさがありますけど、それがさっと引いて、その後さわやかな甘さが」
房を口に含んだラウニが目を細めて口を動かしていた。
「おいしいー、あたし、こんなの初めて」
「私もですよ。おいしいですね」
ネアは感激の声を上げるティマの口周りについた夏柑の食べかすを拭いてやりながら酸っぱさと甘さをかみしめていた。
「話にならん」
役場から帰ってきたラスコーは憤慨しながら雨具を乱暴に脱ぎ捨てた。
「あなた、床や壁に雨がつくでしょ。ちゃんと拭いてください。文句なら終わって聞きます」
玄関口に飛び散った水滴を見たヒルカが憤慨しているラスコーに有無を言わせずにバケツ、雑巾、モップを手渡した。彼女の剣幕にラスコーはぶつぶつと愚痴をこぼしつつ、きれいに飛び散った水滴を拭いていった。
「お疲れ様。で、何をそんなに怒っているのかしら」
ロビーのソファーにむすっとして座り込んでいるラスコーにヒルカは温かいお茶を出すと、彼の正面のソファーに腰を降ろした。
「湖の柵のことじゃよ。ボーデンのヤツ、無理やり夏の漁業権を買い占めやがった。漁で得られる金銭は役場に請求すると、ヤツが補填するとぬかしやがった。それも、雀の涙程度の額をな。役場も正規の金額を払われている上に、寄付金までもらっているから何にも言えん。あの柵は今シーズンずっとあのままじゃよ。しかも、全部の浜を立ち入り禁止にしないことを感謝しろときたもんだ。これで、穏やかでおられるヤツがいたらお会いしたいぐらいじゃ」
ラスコーは一気にまくしたてると、ヒルカに淹れてもらったお茶をすすった。
「ボーデンって随分お金持っているのね。確かにあんなところにわずかの間にアレだけ豪華な別荘を建てられるんだからね。それぐらいするでしょうね。で、あの別荘、この雨、大丈夫なのかしら」
ヒルカは少し不安そうに窓越しにひたすら振り続ける雨を見つめた。
「ふん、知った事か」
ラスコーはあの連中がきれいさっぱりと土砂崩れで流れてくれればいいと思っていたラスコーはぶっきらぼうに言い放った。
「別荘の残骸が湖に流れ込んで、取水口に詰まったら、大変なことになるでしょ。あの湖が決壊したら・・・」
ヒルカは村に土砂が流れ込むことを心配していた。彼女にとってボーデンの別荘は何かあった時に取水口を塞いでしまう面倒なモノ以上の価値はなかった。
「確かに面倒なことになるな。この雨も明日一日は降るだろうし、明日の朝にでも見てくるか」
お茶を飲み干してため息をつくとラスコーは立ち上がり、夕食の準備に取り掛かった。
「あの別荘、アブナイかもしれませんね」
ラスコーとヒルカの会話を耳にしたネアがそっとラウニたちに囁いた。
「別荘がアブナイのも分かるけど、このゲームも相当アブナイよ」
「パネルの配置でこれほどのことになろうとは、次はもっと考えて配置しないといけませんね」
ラウニとフォニーにとって、天候による災害を危惧するより目の前のゲームの方が重要であった。
「そんなこと、言っている場合じゃないと思いますけど、もしものことを考えて、すぐに非難できるように準備しておかないと」
ネアは不安そうに先輩方に警告するも、先輩方は今一つ理解できないようで、不思議そうにネアを見つめた。
「この辺りが水浸しになると決まったわけじゃないでしょ」
「心配性だね」
先輩方はゲームの盤面の再組み立て作業に熱を入れだした。
「・・・、仕方ない。・・・ティマ、何してるの」
ネアは危機感のない先輩方にため息つきつつ、ビブと意気投合して積み木に興じるティマに声をかけた。
「ネアお姐ちゃん、なーに・・・ですか?」
ティマが積み木を片手に振り向いた。その傍らには我が子とティマが仲良く遊ぶ姿を優しく見守っているレイシーと何かに憑つかれて悶えているようなシャルとアーシャの姿があった。
「あ、レイシーさんもいるし、ちょうど良かった。この雨、強くなるとひょっとして、洪水とか土砂崩れが発生しないか心配になって。だから、今夜何かあってもすぐに非難できるように準備する必要があると思ったんです。だから、ティマ、寝る前には荷物をちゃんとまとめておくこと、靴をちゃんと見つけやすい所に置いておくこと、じゃないと、裸足で非難することになると大変だから」
ネアは心配そうな表情で訴えるとレイシーはちょっと難しい表情を浮かべた。
「無いとは言い切れないわね。私なんかすぐに非難できないし。ビブもいるし、何もないのが一番だけど、準備しておくにこした事はないわね」
レイシーは不安そうに窓の外を眺めた。そして、ビブをじっと見つめた。
「ビブちゃんは私がこの身に換えてもお守りします。ビブちゃん、このしゃるおねーちゃんがいる限り、安心してね。」
出所不明の謎の自信を漲らせてシャルはレイシーに宣言した。シャルの勇ましい姿に誘発されたのか、アーシャまでもが、ティマを見据えて意を決したように口を開いた。
「アーシャおねーちゃんがいる限り、ティマちゃんは安心してね。大丈夫だから」
「今日、お家に帰らないの」
「今は何より、ティマちゃんとビブちゃんが大切だから」
首を傾げるティマをアーシャはそう言うと抱きしめた。その時、彼女らの脳裏には自ら身を挺してビブやティマを守り、彼女らに看取られながら逝くという、どこか倒錯の匂いが漂うものだった。
そんな2人をレイシーは怪訝な表情を浮かべながら見回して、不安そうな視線をネアに送ってきた。
「少なくとも、何かの足止めにはなるかと思いますよ」
ネアはそんなレイシーにそっと囁いた。
雨は、日が暮れて夜になるにつれて強くなり、風も激しくなってきた。また、雷も戻ってきたようで、宿の中にいても雨と風が吹き荒れる音が大きく響いてきた。
「靴はすぐに履けるように、持ち物は当面の着替えとタオル、食べ物があればそれをこのシーツで包んですぐに持って行けるようにするんです」
部屋に戻ると、人数分のシーツをヒルカから借りたネアがそれぞれにシーツを手渡しながら、今夜の最悪の事態に備えて準備するように力説していた。ティマはネアの言葉に素直に従っていた。自分の家を目の前で焼かれたり、自分の家族を殺されたことを経験しているためか、彼女はラウニ、フォニーより危機感を持っていた。
「大げさですよ。大水とかなかったら、無駄な事になりますよ」
「ネアは心配性なんだよ。そんなんだと禿げるよ」
ネアの心配をよそに、先輩方はあまり危機を感じていないようであった。
「空振りだったたら幸いですが、もし、非難することになったらちょっとの遅れが命取りになります。騎士団に勤めているような方だったら、きっとこういう事に敏感な人に魅力を感じるんじゃないでしょうか」
ネアは先輩方が喰いついてきそうな話をすると、にっこりとした。先輩方は何か思うことがあったのか、先ほどまでの態度を一新してさっさと荷物造りに励みだした。
「必要なモノだけです。まとめたら、すぐに持ち出せるようにこういう風にして・・・」
ネアは自分の荷物をシーツの上にきちんと整列させると風呂敷の要領で包んで肩にかけられるようにした。
「いざとなったら、このシーツで包帯を作ることもできますし、身にまとえば少しは寒さを防げますから」
「こういうことを素早くできると、きっと家庭を守らせても安心だと思ってもらえますね」
「心配せずに、職務に専念できるようにするんだね。内助の功ってヤツだね」
先輩方はあっちの世界に片足を突っ込みながら、時々にたーっと笑みを浮かべながら非常用持ち出しセットを造りあげた。
「あの、必要なモノだけです。ゲームはいらないと思います。ゲームを入れるスペースがあれば、下着や着替えを・・・」
「いかなる時も、遊び心は必要なのです」
「これも、いつかは・・・、そのためなのよ」
今一つ緊張感に欠ける先輩方にネアは苦笑するしかなかった。
「遊び心は助かってから発揮するものです。それ以前はふざけていると思われます。危機の時にほんわかしていては、嫁にふさわしくないとか・・・、あるかもしれません」
ネアのこの言葉が聞いたのか、先輩方の動きはさらに良くなっていった。
「おい、起きろ、さっさと着替えるんじゃ」
ネアたちが寝入って暫くすると、彼女らの部屋に血相を変えたドクターが飛び込んできた。
「お部屋でかけっこ」はマス目とイベントが書き込まれたパネルをつなげることによりゲームの様相が千変万化していきます。考えもなしに並べてしまうとネアたちが経験したような果てしない繰り返しを強いられることになります。タイトな状況でゴールしたティマの運というか博才はあるかもしれません。
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