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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第2章 ふしぎな世界
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15 尻尾と毛

獣人といえば尻尾、彼らにはそれなりの尻尾の文化があると思うのです。

それと、ルップ君はこれからも苦労していきます。半ば、自業自得ですが。

 ネアが呑気に髪をきって貰っている時、奥方様の居室でルップは冷や汗をかいていた。


 ほんの少し前である。

 「ネアをつれてきましたので、退出しま・・・」

 と言いかけたところ

 「ルップちゃん、あのね」

 奥方様がニコニコしながら話しかけてきた。奥方様が「ルップちゃん」と呼びかけてくるとロクなことが無い。これは、幼いながらも彼の身に付いた知恵である。しかし、そのロクなことから逃げる術は今のところ持ち合わせていない。

 「そんなに、あわてて帰らなくてもいいのよ。フォニー、お風呂の準備の前にお茶をもう一杯、私とルップちゃんにね」

 奥方様の言葉にフォニーの動きがぎくりと止まった。

 「お、お茶ですね」

 ルップがネアと一緒に現れてから彼女の心中は絶叫マシン然ながらの浮き沈み、高速回転であったが、ここで更にその動きを後押しするような奥方様の言葉に悲鳴を上げそうになった。

 「ルップちゃん、初陣でしかも敵の首級を上げたってすごいわね。でも、皆、貴方のことを心配していたのよ。とくに、ある子は、貴方が出征してから毎日のようにメラニ様にお祈りしていたのよ」

 ルップは奥方様が何を言いたいのか、さっぱり見当がつかず焦っていた。見当はつかないものの、自分の今、置かれている状態が好ましくないことは明確に理解していた。

「速やかに報告すべきでした。彼女をおぶってでも走って帰るべきで・・・」

 ルップはしどろもどろしながら、何とか言葉を紡ごうとした。言葉に集中していると知らずのうちに尻尾をクルリと巻き込んでいた。

 「そういう問題じゃないのよ。ルップちゃんが紳士で誰にも優しいことは私をはじめ皆がステキだと思っているけどね。誰にも優しいというのは・・・ね」

 奥方様の言葉にどんどんと追い込まれていくルップである。奥方様が何を言いたいのかますます分からなくなってきた。

 「・・・」

 いつも近くにいるフォニーに助けを求めるようにちらりと見たが、彼女は何故か俯いていて、視線すら合わせてくれない。一体、自分は何を求められているのか、どのように答えていいのか・・・。

 「随分と、悩んでいるようね」

 ここまで、仄めかしていても、全く察することができないルップを見つめて奥方様は小さなため息をついた。それに、これ以上追い込むと、生真面目なこの少年にあまりいい影響を与えないのではないかと考えると。話題を彼が答えられそうなものに変えた。

 「お母様には、もう手柄ついてはお話したの?」

 奥方様の言葉がやっと理解できたルップは、極度の緊張から解放されたためかフォニーが淹れてくれたお茶を一気に飲み干そうとしてマズルの端からこぼしてしまった。

 「!」

 この出来事が彼の緊張を再度高めてしまった。

 「は、は、母には、ま、まだ・・・」

 これだけを口にするのが精一杯だった。さらに、されに追い討ちをかけるようにフォニーが自分のハンカチでこぼれたお茶を拭き出した物だから、彼はフリーズ状態、もしくはブルーパニック状態に陥ってしまった。戦場での身の処しようは心得ていても、このような場での振舞いについては歳相応でしかないのであった。そんなルップをこぼしたお茶を拭きながらフォニーは可愛く思っていた。

 「そうなの。早く、顔を見せてあげないとね。フォニー、このクッキーを包んでルップちゃんに持たせてあげて、お母様によろしくね」

 奥方様は、固まっているルップににっこりと微笑みかけた。

 「お母様と、パル様に」

 フォニーは、手早くクッキーを綺麗な型紙に包むと彼女にしては珍しい満身の笑みでルップに手渡した。

 「あ、ありがとう、フォニー殿」

 ぎこちなく包みを受け取ると、その場で奥方様に一礼して、右手と右足、左手と左足を同時にだしながら居室から出て行った。

 「悪いことしたかな・・・」

 あまりのルップの焦りようを見てしまった奥方様はちょっと自戒を込めて呟いた。

 「ルップ様はお強い方ですから・・・」

 その呟きにフォニーが呟くように応えると

 「お風呂とブラシの準備してまいります」

 表情が明るくなったフォニーは軽く奥方様に一礼すると軽い足取りで部屋から出て行った。

 「ルップちゃん・・・、もっと敏感にならないとね・・・」

 奥方様は、軽いため息交じりの言葉を吐き出すとカップに残ったお茶を飲み干した。



 「・・・?」

 ネアは不思議そうな表情で鏡に映った自分を見つめていた。ぼさぼさに伸びていた髪は肩口辺りで綺麗に切りそろえられ、毛羽立っていた顔の毛も綺麗にそろえられている。まるで、品評会に出品される猫みたいになった気分であった。

 「可愛くしたよー」

 髪結いのハトゥアは椅子にもたれて転寝しているラウニに声をかけた。

 「えっ、あ、そ、そうですか・・・」

 ラウニはばね仕掛けのように飛び上がって目をこするとじっくりとネアを見つめた。

 「可愛い子猫ちゃんね」

 ラウニは嫌味でもなんでもなく、ただ思ったことを口にしたのであるが、ネアとしては少なくとも半世紀近く男として生きてきた自負もあることから、この可愛いという言葉は素直に受け止めることができなかった。

 「・・・」

 尻尾が知らずのうちに左右に不機嫌に振ってしまっていた。

 「あのね、ネアちゃん、尻尾には気持ちがすぐに出てしまうから、何を思っているか、機嫌が良いのか、悪いのかがすぐに分かっちゃうの。だから、尻尾には注意しないといけないよ」

 ラウニはこんな当然なことを知らないなんてと半ば呆れながらネアに注意を促した。

 「ご、ごめんなさい」

 折角の好意に不機嫌で応えてしまった自分が恥ずかしく、ネアはしゅんとうなだれてしまった。その気持ちがぶんぶんと振られていた尻尾が力なく垂れてしまったことと、耳がぺたんと伏せてしまっていることが雄弁にネアの気持ちを語っていた。

 「そこまで落ち込まなくていいから、ね、尻尾は重要でしょ。それと、耳ね。私は尻尾が短いから貴方みたいになってしまうことは無いけど、耳も大切ね。何処に注意しているか、気持ちはどうかがすぐに出てしまうから」

 ネアの頭をよしよしと撫でながらラウニは優しく諭した。

 「獣人の人はー、顔の微妙な表情は読みにくいけど、尻尾と耳で分かっちゃうからねー」

 ハトゥアもうんうんとラウニの言葉を肯定した。

 「でも、尻尾に表情を出すのは、顔で出す表情より強烈だからねー、羨ましくもあるなー、私も尻尾が欲しいなー」

 ハトゥアはネアの気持ちを雄弁に物語る尻尾を見つめた。ネアは、なにか見られちゃいけないものを見られているように感じられ恥ずかしくなった。

 「尻尾の作法は、フォニーが良く知っているから、あの子から習ってね。と、言うか、尻尾のお行儀も覚えていないの?」

 ラウニは呆れを通り越して驚愕の表情で尋ねてきた。ネアとしては覚えていないも何も、尻尾を持ったのはここ数日であり、知らないというのが正解であるが、ここは、ラウニの言葉に素直に頷いて答えるにとどめた。


 「可愛くなったわ、侍女の服も似合っているし」

 ネアは、ラウニやフォニーと同じような服に着替えさせられて奥方様の居室に連れてこられた。

 「それは、フォニーのお下がりなんだけど、尻尾穴の位置もいいようだし、暫くはお下がりで我慢してね」

 奥方様は、黒のワンピースに白いエプロンドレスのメイドのような格好のネアをあちこちから見回して何かを考え出した。

 「なかなかデザインが決まらなかったけど、ネアちゃんのおかげで何となく見えてきたわ。フォニーとは違うから楽しくなりそう」

 奥方様は楽しげに独り言を言うとスケッチブックのように紙を束ねたものに何かを描きこみ始めた。

 「?」

 その様子をきょとんと眺めているネアに

 「奥方様の今シーズンの最新子供服のモデルは貴女だからね。貴女のおかげで少しは楽になったわ」

 フォニーが小声で話しかけた。彼女の話からすると、奥方様は都会の貴族相手にオーダーメイドしているらしく、それがケフの郷の良い収入源になっているとのことであった。

 「奥方様は、お針子姫の別名を持っておられるぐらいのスゴイ裁縫師なのよ」

 フォニーは誇らしそうに説明した。


 「私のことはいいから、この子を二人でお風呂に入れてあげて、多分、お風呂のことも分からないと思うから、それと、今日の私のお仕事はこれで終わりよ。二人で、この子にいろいろと教えてあげてね」

 奥方様はラウニとフォニーに手短に指示を出すと、再び紙に思案しながらなにやら描き出した。

 「ああなると、もう何も聞こえなくなるからね」

 ラウニはそっとネアにささやき、奥方様にフォニーと一緒に一礼した。ネアもそれにあわせてあわてて頭を下げると、ラウニとフォニーは笑みを浮かべた。

 「行くよ」

 ラウニは小さなネアの手を取って奥方様の居室から出ると湯屋へと向かった。


 お屋敷の湯屋はお館様や奥方様が執務する本館の裏に裏庭を挟んで作られていた。その建物はどことなく宗教施設を思わせるような佇まいであった。大きさは不思議なことにネアも良く知っている銭湯と同じぐらいであった。湯屋の中はこの世界のあちことで使われているランプの様なもので照らされ、また陽も落ちていないので随分と明るかった。

 「これが貴女のブラシと下着とタオルよ」

 フォニーが柄のついたブラシや靴磨きに使うようなブラシの入った桶ときれいなタオルと白い小さな下着をネアに手渡した。

 「一人で脱げるかな」

 両手に桶とタオルと着替えを持ったネアにまるで幼子に問いかけるように聞いてきた。これには多少むっとしたが、この時はラウニの言葉を思い出して尻尾を極力動かさないように注意した。

 「できるよ」

 むっとしながらも言葉にも感情を出さずに黙って服を脱ごうとしたが、勝手が違うためなかなか思うように行かず、下着いたってはラウニの手を借りる体たらくであった。

 【恥ずかしい・・・】

 幼子に下着を脱がして貰うとは、ネアの自尊心は随分傷ついた。

 【しかし、前の身体だったら、これは犯罪だぞ】

 ちょっとした背徳心と桶を抱え、先に脱いだラウニとフォニーの後を追うように浴場に入った。


 浴場の造りは、これまた不思議なことに日本の銭湯と気持ち悪いぐらいに類似していた。

 「このブラシに石鹸を塗って、これで手とか足とか尻尾を洗うの。この長いのは背中を洗う時に使うからね。石鹸は使ったところに必ず戻すこと。これはルールだからね」

 フォニーがブラシを手にとってその使い方を自らを洗いながら教えてくれた。

 「分かった・・・」

 【毛が多い分、タオルではなく、ブラシとなるのか・・・】

 なれない手つきで身体を洗いながらネアはつくづくと自分が人間から外れたモノになったのだと思い知った。

 「それとね、お風呂は間違えないこと、この一番端っこは私たち獣人用のお風呂だから。真人や亜人用に入っちゃダメよ」

 ラウニもゴシゴシと洗いながらネアに新たな注意事項を教えてくれる。

 【獣人は差別される側なのか・・・】

 どの世界にも人種の隔離はあるものだなとネアが納得しかけた時

 「うちらが入るとさ、抜け毛がお湯に浮いて大変なことになるからね、だから、湯船を分けているの。だから、お風呂に入ったらあの網で抜け毛を全部掬い取るの。これもここのルールね」

 フォニーは浴場の片隅に立てかけてある大きなすくい網を指差した。

 【しかし、ブラシで身体を洗うとは・・・、で、ここは何で洗うんだ】

 手足を洗ってさあ、胴体を洗おうとした時、ネアは固まった。獣人の体毛の生え方は人の生えかたと概ね逆のような感じであった。方から胸元にかけては毛が生えているが、胸から腹、そして鼠蹊部から内腿、わきの下から横腹、などには体毛がないのである。これは、ラウニ、フォニーも同じであった。ブラシを片手に固まっているネアに気付いたラウニは笑いながら

 「毛の無いところはタオルで洗うの。ブラシこすると大変なことになるからね」

 自らタオルで胸を洗い出した。その胸は幼女から既に少女にレベルが上がっていることを物語っていた。そして、その大きさは歳の割には立派であった。

 【子供と大人では生え方が違うのかな】

 ネアは二人の身体を見ながら純粋に生物学的な疑問を抱いた。


 「今日は早いのねー」

 立派な角を生やした羊を思わせる女性が浴場に入ってくるなり、ラウニとフォニーに声をかけた。

 「タミーさん、お疲れ様です」

 「お先に入ってまーす」

 ラウニ途フォニーは明るくその女性に応じた。そして、ネアも挨拶しようとしてその女性を見て

 【大きいなー】

 と言うのが素直な感想であった。そして、もしこの姿ではなければ完全な犯罪になっていることを思い起こして妙な気分になった。そして、何より先ほどの生物学的な疑問もその 大きい 人の身体をみて解決することになった。

 【大人だからといって生えるところが増えたりしないんだ。】

 新たな発見に微妙な感動を覚えてしまったのであった。

 

 

駄文にお付き合い頂いた方、ブックマークしていただいた方に感謝します。

折角のお風呂のお話でしたが、きゃっきゃっうふふとはいかないようで・・・。

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