146 良くも悪くも、これからのこと
何かと暗い話が多いようですが、フィクション上では賑やかに楽しくいきたいものです。
「実はな、今日はどうしてもガングがネアに聞きたいことがあるようだよ」
ナナが淹れてくれたお茶を飲みながらご隠居様が何かソワソワしているガングをちらりと目を向けた。
「ご隠居様の言う通り、お前に話がある。お前がまれ人だとも聞いた、だからこそ聞きたいことがある」
ガングがギロリとネアを睨みつけ、高圧的に畳みかけてきた。
「スリーサイズはまだまだお答えできるような状態ではありませんが」
ネアはそんなガングの勢いをバト流の答えでスルリとかわした。
「何も貴様のスリーサイズなんぞ聞いていない。お前は俺の質問に答えるだけだ」
ネアの切り返しにイラっときたガングがさらに語気を強めた。ネアがまれ人であると聞かされるまでは、変わっていても子供だと手加減していたが、中身は大人だと判断したのかガングはそんなものは必要がないと考えていた。
「デーラ様、そのお話しぶり、まるで罪人に対してみたいですね。例え、侍女見習いと言えども、罪人のように扱われるのは気持ちの良いものではありません。これでは、お話しするというより、尋問を受けているようです。あ、パンツの色をお尋ねなら、今日のパンツの色は白ですよ。確認されますか」
ネアは立ち上がるとスカートの裾に手をかけた。
「やめなさい」
ナナがネアの手を押さえつけ、ネアが自分の言ったことの証明をとどめさせた。
「ガング、君がこの子に何らかの思うところはあるかもしれないが、この子を侍女見習いってだけで判断してはいけないよ。この会同の席にいるというだけで、どんな存在なのかは分かるだろ」
ご隠居様は、やんわりとガングの言動に苦言を呈した。
「確かに、まれ人とは言え、子供に対して大人気ありませんでした」
ガングはご隠居様の言葉を受け入れ、そして改めてネアに向き合った。
「・・・、俺は、ネアが前の世界で騎士団と言うか、それに近い組織にいたようだと聞いた。お前のいた世界がこの世界より遥かに進んでいるようであることも聞いた。・・・、端的に聞くぞ。我が黒狼騎士団は戦える騎士団か、精強な騎士団か」
ガングは正義と秩序の実行隊の存在を耳にした時、言い知れぬ不安を感じていたのであった。いくら、黒狼騎士団が凡百の騎士団より頭一つ抜きんでていても、数に物を言わされれば、さらにその数に狂信が上乗せされていれば戦いきれないとガングは読んでいた。
「今のままでは、キツイと言うのが、私の感想です。・・・何からお話ししましょうか。組織的な事、訓練について、装備について、様々ありますが。これは鉄の壁騎士団も同じです・・・、私はあまり他の郷の騎士団について知りませんが、他の騎士団と同じ考えで、訓練、運用をするのであれば、強くなるには数をそろえるのが近道でしょうね」
今にも喰いつきそうな勢いになっているガングを前にしてネアはそう言うとお茶をすすった。
「ネア、それだと、騎士団を根元から見直すことになりなかねないぞ」
ネアの言葉にご隠居様が疑問を挟んできた。
「組織的なことから言いますと、黒狼騎士団の力はいつもは普通に街で働いている人を前提にしていますよね。指揮官や特殊な力を持っている団員の人以外は、常は街で普通の仕事をなさっていますよね。事が起きた時、準備してから出発するまでに3日ぐらいかかるとも聞いています。それでは遅すぎます」
ネアはガングをじっと見据えて言葉をつづけた。その視線は、子供ながらも騎士団長に気圧されない意思がにじみ出ていた。
「たったの3日だぞ。その上、我らは足が速い。真人の騎士団より早く展開できるぞ」
ガングはネアの言葉を心外だとばかりに語気が強くなった。
「・・・、このケフの郷が他の郷とつながっている関に行くまで1日かかります。伝令の人が半日かかって敵が来たことを報せてくれたとします。そこから3日、関に移動するまでに1日、全部で4日と半分の時間がかかります。団長、4日と半分あればどれぐらいのことができるか・・・、遅すぎることになるかも知れません」
ネアは語気を強めて睨みつけてくるガングに引くことなく、その眼を見つめ返し、はっきりの己の考えを言葉にして切り返していた。
「しかし、仕事の引継ぎ、家族との別れの挨拶、装備の準備、兵糧の準備すぐにはできんぞ」
ガングは鶏に空を飛べと命じているのか、と言いたげに反論してきた。この世界ではこれが標準的な動きなのであろうとネアは推測したが、その考えに納得しかねていた。
「常に動ける部隊を持つのが良いかと思います。その部隊は訓練を毎日行い、他の団員より強い状態に常にあるようにします。何かあれば、この人たちが現場に駆け付けます。普通に街で働いている人たちは常に騎士団にいる人が率いて後から現場に行くようにします。小さな野盗の集団なら、最初に駆け付ける部隊だけでやっつけることができると思います。素早く動けるから、野盗が逃げることもできなくなると思いますよ」
ネアは常備と予備の兵力を区分し、常備の団員をもっと増強すべきだと提案していた。
「常に万が一に控えている団員はいるぞ。斥候の技術が高い・・・、あ、この団員は先日、お館に侍女として転職していました。しかし、常備の団員を揃えるとなると、その給金もかかるな」
ガングはここぞとばかりにご隠居様に嫌味をぶつけながら、常は憚れる金銭的な事項について口にした。
「お金は無限にないからね。そこは難しい問題だよ」
ご隠居様は難しい顔でネアを見つめた。
「常にいる団員の人には毎日訓練しても月々のお給金を決めていれば、訓練ごとにお金を払わなくていいでしょ。その分、いつもは他の仕事している人たちの訓練は少なくするか、短くしてお手当にかかるお金を節約できないでしょうか。その分、その人たちの訓練の内容を良いものにしないと弱くなってしまいますけど」
ネアの言葉を聞いてガングは腕を組んで考え込んでいた。あまり豊かでもないケフの郷で大きな騎士団を抱えることは不可能であり、黒狼騎士団の構成は自ずと招集を前提としてなされていた。招集に頼った騎士団の編成はよほどの大きな郷でない限り普通であった。片田舎のケフの郷であれば、この体制で十分なのであるが、最近の妙な世間の動き、特に正義と秩序の実行隊みたいな正体が良く分からない連中を相手にすることを考えれば、今のままで済ますことは、この郷の破滅につながるとガングは頭を悩ませていた。ネアの言うことには一理も二理もあることは理解していたが、それを実行するとなると、誰を常備にするかなど頭の痛い問題が山積していることも理解していた。
「誰を常にいる団員にするかはバランスが大切です。剣や槍の人ばかりでも、弓の人ばかりでもダメですから。お食事の準備や、けがを治療する人も必要ですよ。美味しい食事はやる気がでるし、けがをしてもしっかり治してもらえるなら、安心して戦えますから」
ネアはそう言うと、テーブルの上に置かれた大きなクッキーを手に取ってかぶりついた。その姿は年齢相応であり、周りにいた大人たちはその姿に少し安心した。
「いい事を聞かしてもらった。感謝する。最初のことはすまなかった。ついでと言うのもなんだが、パルとも仲良くしてやってくれ。アレには着飾った姓持ちの連中より、しっかり大地に足を付けて踏ん張って生きている友が必要だからな」
ガングはそう言うと立ち上がり、ネアの背中を軽く叩いてその場から立ち去ろうとした。
「パル様の件はいいのですが、騎士団のことについては、まだまだ、うーんとお話ししたいことがあります。騎士団の作り、武器、鎧、お食事、戦い方まで・・・」
「いきなり、それだけのことを伝えきれるのか、ガングは考えるために間合いを切ったんだよ。ネアの言うことは最もだが、現場には現場の考えがある。騎士団のことについては、徐々に、ガング流で強くしていってもらいたいんだよ。指揮官は、他人の言葉をそのまま自分の言葉にしても部下は納得しないもんだよ。これから、騎士団を思いっきり変えていこうとしているんだ、変化を嫌う者を従わせるには、指揮官の言葉が必要なんだよ」
ネアは立ち上がってガングに詰め寄ろうとしたが、それはご隠居様に止められてしまった。
「ああ、ご隠居様の言う通りだ。常備と予備の見直しというだけで、正直な話、一杯いっぱいになってしまったよ。強くするには大鉈を振るわなきゃならん。木を剪定する時に一度に刈り込むと枯らしてしまうこともあるようだからな」
ガングはそう言うと手を振って部屋から出て行った。
「ネアの話は、鉄の壁騎士団にも及ぶのでしょうな」
ネアが語っていたのを黙って聞いていたコーツが小さなため息とともに呟いた。
「ええ、すぐに駆け付けることについては当てはまりませんが、街の平和と悪い人を取り締まることについてはこのままだと、難しくなると思います」
ネアが難しそうな表情でコーツを見るとコーツは肩をすくめた。
「今度はヴィット様もお呼び致します」
コーツの言葉を聞いたネアの表情が強張った。
「ヴィット様とお会いしたことがラウニ姐さんにばれると怖いので、内緒にお願いします。ばれたら、どんな目に遭うか。きっと、歩き方から、食事の時のスプーンの運び、もっと、もっと、女の子らしくない、もっとレディになるために、とか言ってしごかれるんですよ。嫉妬に狂った女は怖いんですよ」
ネアはコーツにしがみつくようにして懇願していた。
「そこまで気にすることかな」
コーツはネアの切羽詰まっている姿をいぶかっていた。
「気にしますよ。ラウニ姐さんのヴィット様に対する想いは、乙女のそれを軽く超えています。もう、信仰です。そんな人の想い人と私がこっそりと仕事と言え会っていると知られたら・・・」
ネアは本能的に恐怖していた。あっちの世界に行ったラウニがどんな事をしでかすか、女子力ブートトレーニングで済めば幸運だったと喜ぶべきぐらいの目に遭うことは火を見るより明らかだった。
「あの子、そんなに嫉妬深いかなー」
ご隠居様はネアの恐怖を尻目に呑気そうに呟いた。
「ご隠居様、私の命に関わります。恐ろしいことになります。あ、これでルッブ様まで来られたら、今度はフォニー姐さんに、ギブン様が来られたらティマに・・・、ご隠居様、コーツさん、私の命がピンチの危機で、とても危険でアブナイことになるんです」
ネアは支離滅裂ながらも自分の危機を周りに訴えた。
「あのネアがここまで取り乱すんだ、この事は内緒にするよ」
「ええ、ヴィット様にも口外なさらない様に私から言っておきますよ。しかし、ヴィット様は案外、鈍感なところがあられますからな、ポロリと話されることも否定はできませんが」
コーツの言葉にネアは恐怖を覚えたが、彼が可能な限り努力すると言ってくれたので、何とか落ち着きを取り戻すことができた。
「ネアちゃん、大変ねー、あの子、ああ見えてもネアちゃんの言う通り嫉妬深いよ。あの手の重いタイプはね。女の嫉妬は死んでも続くって言うくらいだからね、気を付けてね」
ナナはにこやかにトンでもないことを口にして、ネアを元気づけるためにシフォンケーキを差し出してくれた。
「命の危機がアブナくならないことを祈るだけです」
ネアはそう言うと早速、ケーキにフォークを突き立てていた。斜めだったネアのご機嫌はケーキが彼女の口の中に入るごとに復元力が働くのか、完食した時には元の状態になっていた。
「お菓子を食べている姿をみると普通の子なんだがね」
ご隠居様はしげしげとネアを見つめて呟いた。
「さて、遅くなったし、夜の食事をしてから帰ろうか。ハチ、お前の分もあるぞ。ネアに怖い目を見せない様に護衛を頼むよ」
ご隠居様は立ち上がると、部屋の隅で椅子に腰かけ、壁にもたれかかって居眠りをしているハチに声をかけた。
「へい、合点承知でございやすよ。何だがよく分かりやせんが、飯をおごっていただけることは聞いておりやすので」
「食うことだけはいつものことながら、鋭いね。じゃ、帰りもこの小さなレディの護衛を頼むよ」
勢いよく立ち上がり、命令を待つ犬のようにご隠居様を見つめるハチにご隠居様は苦笑しながらハチに護衛を命じた。
「来る時に遭ったような連中でしたら、余裕でぶっとばしてやりやすぜ」
「程ほどにな、ちょっとは手加減してやってくれよ」
ご隠居様は見事にハチに沈められた少年たちを思い返していた。口にはしなかったが、ぶっとばされた少年たちが生きていることを祈っていた。
「こりゃ、また豪勢な・・・、舌がとけそうですぜ」
ハチは目の前に置かれた味よりも量を重視して作られた料理に嬉しそうに舌鼓をうっていた。そんなハチを呆れたような目でネアは眺めながら、自分の前にちょんと置かれた子供用の定食を複雑な表情で口に運んでいた。
「ご隠居様、あの連中はどうなるのでしょうか。あの、バカも終わりでしょうか」
ゆっくりとワインを味わいながら焼かれた肉を口に運ぶご隠居様にネアは気になっていることを尋ねていた。あのバカがどうなろうと知ったことではないが、その影響で彼の実家であるラマク縫製の営業が傾かないかが気がかりであった。仮にラマク縫製がつぶれるとケフの郷の経済に少なからず打撃を与えると考えていたからである。
「ネアもあの子のことが気になる・・・、わけないか。ラマク縫製は大きなお店だからね。潰すわけにはいかないだろうね。普通の場合、彼は家族から切られるね。あそこまでのことをしたんだ、お咎めなしとはいくまい、お店を守るために、彼を切り離すのが得策だと思うよ」
ご隠居様はグルトの行き先について多分こうなるだろうと思ったことを口にした。
「ご隠居様、あの手のガキは、可哀そうでやんすが、お斬りになられるのが一番ですぜ。金で雇ったとは言え、仲間を簡単に見捨てて、保身に走るようなヤツは将来、ロクなもんになりやせんぜ」
ハチは口をもごもごさせながら、グルトについて彼なりの人物評を述べた。
「ハチ、食ってから喋るんだ。ま、ハチの言う通りあの手は反省なんて死んでもしないと思うね。今頃、ハチやネア、ボクに対して恨みを膨らまらませている頃だろうね。彼のご両親の発言力は大きいから、死罪はないと思うが、隙を見て襲い掛かってきても不思議じゃないね」
ご隠居様はグルトの見苦しいまでの言い訳と必死で保身に走る姿を思い出して眉をしかめた。
「そうですね。絶対、逆恨みしてますよ。あの年齢であそこまで腐っているんですから、大人になったら、ゾンビすら真っ青の腐り果てた奴に成り下がっているでしょうね」
ネアはご隠居様の言葉に頷きながら、これから先、グルトがどんな攻撃を仕掛けてくるのかと考えるとうんざりした気持ちになった。
「彼に唆されて襲ってきた少年たちのことを思うと、ネアが言ったように、バカは一定数存在するのは否定できないね」
ご隠居様は疲れた様なため息をついた。
「ご隠居様、先ほどの言葉に少し付け加えます。バカは一定数存在しますが、飛び切りのバカはその数に数えない。グルト級のバカは例外的に発生する、と」
「あんなガキがあちこちにいたら、どんな郷でもあっという間につぶれちまいやすぜ」
ネアの言葉にハチは大きく頷いた。
「とは言え、大人の話となると、バカを斬り捨てられない場合もある。あの子の始末についてはちょっと考えないとね。できれば、この事件は公にならないようにしてもらいたいね。ヴィットならその辺り、上手くやっているだろうけどね」
ご隠居様はそう言うと、ぐっとグラスの中のワインを喉に流し込んだ。
「随分とコントロールが難しい案件だよ」
ヴィットが執務室でグルトの一件をまとめた報告書に目を通しながら呟いた。この件に関してはすぐさまかん口令を敷いたが、人の口には戸が立てられないので噂は流れるだろう。気がかりだったハチにぶっ飛ばされた少年たちのことであるが、何とか命は助かったようであった、ただ、今後、何らかの障害を抱えることになり、普通の生活はできないだろう、と言うのがハンレイ医師の診断であった。助かるという言葉にほっとした半面、これからの彼らの生活のことを考えると、彼らが助かったのは物事がややこしくなっただけと悟っていた。この騒ぎの引き金を引いたグルトに関しては彼の両親から早速、助命嘆願が届けられていた。内容と言えば、親バカ全開で、悪いのは実行犯である少年たちである、うちの子はたまたま近くにいて巻き込まれただけ、と言うものが文体を変え、修飾語を変えて繰り返し綴られていた。
「お咎めなしにはできないな。これを見逃せば示しがつかなくなる。ここは、あくまで法で裁く必要があるな・・・」
ヴィットは誰に言うでもなく呟くと、手元に置いていた琥珀色した蒸留酒の入ったグラスをぐっと空けると、喉が焼ける感じがいつもより強いと思った。
「俺は何も知らない、関係ないんだよ・・・」
鉄の壁騎士団の本部の地下にある暗い独房の中でグルトは同じことをずっと繰り返して叫んでいた。声はかすれ、喉は痛んだが、彼にはこれしかすることがなかった。
「アイツのせいだ、猫とタコとじじぃめ・・・」
ご隠居様が読んだ通り、グルトは気持ちいいほどネアたちに対して逆恨みを募らせていた。その恨みは秒刻みで大きくなっていたが、反省だとか迷惑を周りにかけている、という思いは一切なかった。
「絶対にぶっ殺す」
グルトは血がにじむほど拳を握りしめてネアたちをどう殺そうかと考えだしていた。
ネアが黒狼騎士団の在り方についてモノ申していますが、これはあくまでネアの見方で意見しているだけで、真理ではありません。ガングは現場進出型の親分ですので、考えは常に現場にいる者の視点にあります。これが、黒狼騎士団の強さの一つになっています。
グルト君については、この世界は少年法はありませんので、やらかしたらその分のペナルティを喰らうことになります。ただ、彼の場合、実家の影響力があるので、その辺りは有耶無耶になることもありそうです。
今回も駄文にお付き合い頂きありがとうございます。ブックマーク、評価を頂いた方に感謝を申し上げます。
そして、このお話はまだまだ続く予定です。