144 冒険?の結末
幼いころは家出と言うものに憧れたこともありました。しかし、一人暮らしをしだすと家出が普通の状態のような気がします。
行方不明者の捜索ですが、迷宮の中でも何でもない場所でショボい捜索が始まります。
「お疲れ、久しぶりだねー。相変わらず、大きいねー」
「あ、バトじゃん。その侍女の制服、随分と板についてきたねー。今日はお仕事なの?」
人でごった返すマーケットの中をあちこちに無秩序に動くレヒテを護衛しているバトがかつて一緒に働いた鉄の壁騎士団の立派すぎる胸を持った牛族の若い娘を見つけて声をかけた。相手もうれしそうにバトに近寄るとその手を取ってブンブンと嬉しそうに振った。
「私らはお嬢のお付き合い、あっちの屋台でひたすらトウモロコシを齧っておられるけどね」
「元気そうでなによりです。ひょっとして、グルトを探してるんですか?」
大柄な騎士団員を見上げるようにしながらルロが尋ねた。
「そうだよ。朝から、あの子を探すために総動員だよ。子供の足だからそんなに遠くに行ってないと思うけど。かどわかしだったら、洒落にならないから。ここだけの話だけど、家出とかどわかし両方から捜査しているんだよ」
牛族の団員はそう言うとため息をついた。
「そうだ。あの子のお友達はちゃんと家にいるの」
「うん、そこは最初にあたったよ。皆、ちゃーんと家にいたよ。いなくなったのはグルトだけ。あの子たちもグルトの家の近くで別れた後、あの子の姿は見てないって。ホントにどこに行ったのかなー」
バトの質問に団員は困ったような表情を浮かべて首を傾げた。
「街道わきの茂みとか、小屋に潜んでいそうだけど」
ネアがバトたちの会話の横から自分の考えを差し込んできた。
「それね。ちゃんと探したよ。騎士団と悟られることなくね。ご両親の話だとあの子格好悪い所見られるのが嫌いみたいだから。どこにもいないんだよね。あ、私まだ警邏中なんだ。こんど、一緒に飲みに行こうよ。いいお店見つけたんだ。じゃあね」
「もうそろそろ、食べ終わるみたいだから、お嬢に見つかるとアンタも巻き込まれて、仕事どころじゃくなるからね。じゃ、またね」
立派すぎる胸の団員は手を振って警邏の仕事に戻っていった。
「すっごいよね」
彼女が去ったことを確認したフォニーが胸の前に手で半円を描くようにしてさっきの団員の立派すぎる胸について感想を述べた。
「あれは、凄すぎます。タミーさんも凄いですけど、あの人を軽く超えているなんて、驚異につきます」
ラウニも先ほどの団員についての感想はフォニーと同じであることを伝えた。
「巨大な山塊だった・・・」
ネアもため息をついていた。自分も大きくなると不気味な予言はされているが、果たしてあの域に達することになるのかと思うとネアは背筋に冷たいものが走ったような感触を覚えた。
「イクルさんより大きかったよね」
複雑な感情が心中に吹き荒れているネアにティマが純真に感想を求めてきた。
「そうだね」
ネアはそれだけ言うと己の胸を見た。
【これがモンスターみたいになるのか・・・、足元も見えないぐらいに・・・】
「あの子、どこに行ったのかしら」
焼きトウモロコシの屋台から戻ったレヒテの手をハンカチで拭いながらアリエラが首を傾げた。
「ありがと、アリエラ、アイツさ、体力が口で言っているほどないから、そんなに遠くに行けないよ」
レヒテは手をぬぐってくれたアリエラに軽く礼を言うと次の屋台を物色し始めた。
「ネアに2回もやられているんだよね。年下の女の子に、いくらネアが獣人だって言っても・・・、ね」
フォニーがグルトの体力がそんなに無い事を実例をあげて、レヒテの言葉が正しいことを主張した。
「え、あの噂って本当だったの。小さな侍女の子が自分より大きな男の子を完膚なきまでに叩きのめしたって話」
アリエラが驚いたような表情でネアを見つめた。
「ネアは結構、このあたりの悪ガキに喧嘩を売ってますからね」
ラウニがネアの暗黒面を何気にさらりと披露した。
「向こうから売ってくるんです。バトさんにも助けてもらったこともあるし・・・」
ネアがぶつぶつと口をとがらせて自分に非が無い事を主張した。
「ハサミでちょん切るって脅しているよね。流石のシモエルフのバトさんもあの啖呵は切れないね」
バトが笑いながらネアをつついてきた。
「あれは、そうでもしないとどうにもならなかったから」
ネアはうつ向いてバツ悪そうに答えた。
「僕のは切らないでね」
そんなネアにギブンが楽しそうに声をかけてきた。
「え、そんな・・・」
慌ててネアが否定しようとすると
「若、ソレの使い方は、私が手取り、真ん中の足取りでやさしっぐっ」
バトが笑顔で何か言おうとしたのをルロとアリエラのそれぞれが鳩尾、顔面に強烈に一撃を放って止めさせた。
「若、雑音は捨て置いて、さっさと参りましょう、あちらから美味しそうな匂いがしますよ」
石畳の上に倒れたバトを尻目にルロはさっさとその場から立ち去った。
「シモエルフの道は厳しいですね」
倒れたバトの傍らにネアはしゃがみ込むと小さく声をかけた。
「そ、そうよ。変態は一日にしてならず。日々の精進が人を立派な変態に磨き上げるのよ・・・」
「できるなら、そんな道は歩みたくありません。では、後でついて来てくださいね」
ネアはバトの悲壮なまでの道を極める覚悟を聞くとため息ついて、レヒテの後を追った。
「ルロ、グルトの家ってこっちの方向だったよね」
レヒテはマーケットのある広場から出て、ケフの都では大きな店が立ち並ぶ地域に足を向けていた。
「お嬢、一体何をなさるのですか」
ティマの手を引きながらラウニがレヒテに尋ねた。
「まさかとは思いますが、現場検証ですね。ひょっとすると、私と同じことをお考えと思いますが」
ネアはレヒテが答える前に彼女に問いかけていた。
「そう、アイツの家がどれぐらい大きいかが気になってね」
レヒテはネアの言葉にふふんと自慢そうに胸を張った。
「で、家を見てから、どうするんだっけ?」
その後、すぐさま手を引いているギブンに尋ねた。ギブンはそんな姉の行動にゆっくりと首を振った。
「アイツの性格は、弱いと思ったやつにはとことん強気で出る、ちょっとでも分が悪いと判断するとすぐさま弱気になる。その癖、プライドは教会の時計塔より高いときている。お金も持たず、食料ももたず、旅の支度もせずにその時の勢いだけで飛び出たものの、辺りは真っ暗、腹も減ってくる。と言ってすごすごと帰るわけにも行かない。残るは・・・」
ギブンは自分の推測を説明しだしたが、花を持たせようとした姉のレヒテはさっぱり理解していなかった。
「お家が大きければ、隠れるところも多くなるし、見つけにくいし、つまみ食いできるからお腹が減っても我慢できる。もし、親しい使用人がいれば、その人が面倒を見てくれるかもしれない。でしょ、若」
ネアがフォニーに手を引かれながらギブンに自分の考えを述べた。
「ネアの考えのとおりだよ。アイツはきっと家のどこかに隠れている。それを見つけようと思ってね。隠れん坊のようなものさ。僕たちはみな鬼になって、アイツを見つける。鼻が利く獣人が4人もいるんだ。隠れ通すのは難しいと思うよ・・・」
ギブンはそう言うと大きな欠伸を一つした。いつもなら昼寝の時間なのであるが、それを押して活動しているのである。ギブンの負担は結構あるんじゃないかとネアは推測していた。
「ネア、アンタそんなところまで考えてたの。アイツの性格ならきっとそうすると思うよ」
フォニーは手を引いている小さな子がそこまで考えていることに驚いていた。
「ネアの本領ですね。その鋭さを女の子らしさに廻せたならきっと素敵な女の子になるのに、勿体ないです」
ラウニはそう言うと残念そうにネアを見つめた。
「ルロ、ネアってやっぱり、普通と違うよね」
よろよろと後をついて来るバトをちらりと確認したアリエラがルロに小声で尋ねた。
「夏の演習の時のことを思い出してみなさいよ。普通あの年齢の子供があれだけのことできるわけないでしょ。全く子供らしくない、かと思えばお菓子を食べてニコニコしているし、何かのきっかけで大泣きしてしまうし、不思議な子ですよ。でも、いい子ですよ」
不思議そうな表情を浮かべているアリエラにルロは今までことを思い返しながら自分なりのネアの人物像を話した。
「あー見えても、あの子、おっぱいが好きだよ。お風呂でね、大きい人がいると、凄く見てるから。本人はさ、かっこよくなるためのヒントがあるって言ってるけど、あれはおっぱい大好き生物だよ」
バトがネアの性癖を口にした。
「あの子、実の親がどうなったかも分からないし、本人も覚えてないんでしょ。だったら、お母ちゃんが恋しくなって当然だよ。これは、男を誘惑するだけじゃなくて、子供を育てるって根本的なモノでしょ」
アリエラが己の胸を指さして正論を吐いた。
「・・・、でも、あの目は違うよ。うん、違う」
アリエラの言葉に何かを言いかけたが、ルロが戦闘態勢を取る気配を感じたバトはぼそぼそと言うと口を閉じてしまった。
「ここが、グルトの家だよね」
大きな商店が立ち並ぶ一等地にグルトの家である『ラマク縫製』が他の商店を睨みつけるかのように陣取っていた。ラマク縫製は繊維の郷であるケフにおいて、被服から糸、生地、ボタン等まで扱う商店としてトップに君臨する規模を持っていた。その規模に合わせて儲けも多い様で、ケフの郷の長者番付には必ず5本の指に入っていた。そこの五男があのグルトなのである。親が年齢がいってからの子供らしく、随分と甘やかされて育ったため、あの性格に成り果てたのである。
「ギブン、グルトがこの家の中にいるって言って、片っ端から探すの?屋根裏から地下室、倉庫まで?」
レヒテがどうやって探すのか見当がつかないとギブンを見つめた。
「そんなことできないよ。他人様の家を郷主の子供だかって勝手に漁ることはできないよ。で、ネアならどうする?」
ギブンにいきなりふられたネアは一瞬表情を強張らせたが、ちょっと考えてから
「エサで釣るのがいいと思います」
と自分だったらどうするか、の方針を答えた。
「そうだね。彼は昨日よるからしっかりと食事をしてないから、きっとお腹が減っているはず。そこで、美味しそうなものを準備して暫く置いておくと、きっとつまみ食いに現れると思うんだ。お腹がそんなに減ってなくても盗み食いするヒメネズミがいるんだから、ね、姉さん」
ギブンはニヤっと笑ってレヒテを見つめた。レヒテはギブンの視線を外して空を見上げた。
「僕は、これからグルトの父さんと母さんにこのやり方を教えてあげようと思うんだよ。きっと、彼らはグルトは出て行ったものって考えているだろうから」
ギブンはそう言うと一人でラマク縫製の店内に入っていった。暫くするとグルトの両親がおろおろしながらギブンと一緒に店から出てきた。
「見送りなんていらないですよ。僕は一つのやり方をお教えしただけです」
「ありがとうございます。早速、その手段を使わせてもらいます」
あまりにものグルトの両親の反応に押されたようにギブンは後ずさりしながら言うとクルリとレヒテを見た。
「姉さん、行きましょう。あ、用意する食べ物はいい匂いがするものが効果的だと思いますよ」
ギブンは見送るグルトの両親に付け加えるとさっさとレヒテの手を引いて歩き出した。
「見つかるかな・・・」
そんなギブンの様子を見ていたフォニーが心配そうな声を出した。
「若の言うことに間違えはないです」
そんなフォニーの考えをティマが真っ向から否定した。
「若は、あたしを助けてくれました。そして、優しくてとても賢い人だから、きっとグルトは見つかります」
ティマはそう言い切ると、レヒテと一緒に歩くギブンをまぶしそうに見つめた。
「若の言うことに間違いはないです」
そして、自分に言い聞かせるように呟いた。
「ティマは若に助けてもらったもんね」
ギブンに対して並々ならぬ忠誠心らしきものを見せたティマにフォニーが優しく声をかけると、ティマは大きく頷いた。
「いい匂いだなー」
自宅の屋根裏に潜んでいたグルトは鼻をひくひくとさせた。
「準備しておきゃよかった」
噂屋の白と赤の鎧の「正義と秩序の実行隊」に熱病的に憧れて子分たちに「入隊する」と発言したものの、入隊のためにどこに行けばいいのか、何が必要なのかさっぱり見当もつかないことに気付いたのは、子分たちが「グルトはスゴイ」とか「実行力があるな」と後戻りできない状態に追い込まれてからであった。意地になって家に帰らず都の外に出ようとしたが、街は暗く、ましてや門の外は真っ暗で情けないことに足がすくんでしまったのであった。そして、そっと家に帰ると自分の秘密の場所であるか屋根裏に潜んだのである。そしてそのまま、運び込んだ毛布にくるまって眠ったものの、空腹と喉の渇きで目が覚めるとそれ以降は眠ることができなくなっていた。
「どこからこの匂いが・・・」
グルトは天井裏を這いずり回って匂いの出所を探ると自分の部屋に何かの肉を上げたものや果汁の入った水が何と自分の部屋に置かれているのを発見した。
「これは丁度いいや」
普通ならこれだけあからさまに用意されていたなら罠だと警戒するのであるが、元からの物事を考えない性格と空腹が彼を突き動かした。
「そっと・・・」
クローゼットの天井からそろりと降りてきたグルトは足音を殺して部屋の中にこれ見よがしに置かれた料理に手を伸ばした。
「そこにいたのねっ!」
グルトはいきなり思いっきり抱きしめられているのに気づいた時、全てが終わっていた。涙で顔面をぐしゃぐしゃにした彼の母親が彼をしっかりと抱きしめ、涙や鼻水でぐしゃぐしゃになった顔をこすりつけ来るのに彼は顔をしかめたが、殴られるよりマシと割り切ることにした。こうして、グルトの一夏の冒険は唐突に始まって情けなく終わったのであった。そんな状態になったにも関わらず、グルトの食欲は旺盛で、たらふく食事をとるとぐっすりと自分のベッドで次の日の昼前まで寝たのであった。
「大馬鹿野郎なのか、それとも大物なのか・・・」
黄曜日の朝にグルト発見の報せとその後の彼の行動を聞いたネアは呆れたように呟いた。
「どう考えても、前者だね。アイツ、きっと訳の分からない隊に入隊するって宣言したことも忘れているよ」
フォニーが辛辣に言い放った。
「ね、若の言った通りだったでしょ」
ティマがギブンの言った通りにグルトが発見されたことを知ると我が事のように自慢した。
「若は頭がいいですからね。でも、あれだけ眠られているのに、いつ勉強されているのかしら」
ラウニは常に眠そうにしているギブンの顔を思い出しながら不思議そうに呟いた。
「眠っている間も勉強されているのかな。夢の中でご本を読んでおられるかも」
ラウニの言葉にティマも不思議そうな表情を浮かべた。
ギブンの生活は朝に無理やり起床されて、朝食を摂り、アルア先生の授業を受け、昼食を摂ると夕方まで昼寝して、その後夕食後は速やかに眠るという一日の2/3は眠っていると過言ではなかった。そんな彼であるが、何故か知恵は年齢以上に働き、観察眼も鋭いものがあった。姉のレヒテが運動能力に特化しているとすれば、弟のギブンは精神の働きが特化していると考えられた。郷の民はレヒテを暴れ姫、ギブンを居眠り王子と親しみを込めて呼んでいるのであった。
「若の頭の中は一体どうなっているのか、全くの謎ですね」
ネアは前の世界で教科書を一度読むとその内容が完全に頭に入るとされるタイプの人間を見たことがあったが、ギブンのそれは完全に彼らを凌駕していることに驚愕を覚えていた。
「起きている間は頭をフル回転させているから、その疲れですぐに眠くなるんだよ」
フォニーが自分が推測したことを口にした。
「そうかもしれませんね」
ラウニもそう言って頷いた。
「貴女達、ギブンのこともいいけど、お口だけじゃなくて手も動かしてね」
ネアたちがワイワイやっているのを聞いていた奥方様がチクリと彼女らに小言を言った。
「はい」
「すみません」
彼女は口々にそう言うとボタンを付けたり、ポケットのフラップを縫い付ける作業を再開しだした。
「ティマは早くなれること、だからまだまだ練習だね」
先輩方が服の製作を手伝っているのを羨ましそうに見ながら、雑巾を縫うティマにネアが優しく声をかけた。
「私も随分と練習したんだけど、まだまだなんですよ。でも、ティマなら手先が器用だからきっとすごいお針子になれるよ」
ネアの励ましにティマはにこりとすると懸命に雑巾を慣れない手つきで縫いだした。
「今やっている作業がひと段落したら、お茶にしましょうね。それまで頑張って」
奥方様の声にネアたちの手の動きはさらに早くなったのは言うまでもなかった。
グルト君が発見されました。彼は、大口は叩きますが小心者です。そして、言ったことを都合よく忘れることができます。常に、自分の不利益は誰かのせいで発生していると信じているので、今回の件に関してもギブンを逆恨みすることになるでしょう。でも、根がバカなのでやったとしてもギブンに先読みされて片っ端から回避されることになるでしょうが。
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