139 楽しみの予兆
冬に夏のことを書くというのも不思議な感じがします。
仕事に追われながらなんとかUPできるようにガンバルつもりです。
ガンバレたらいいなー、多分ガンバルのかなーと内心不安に思っています。
「もう、なにこれ暑いよー」
お館の裏庭の一角の草抜き作業に駆り出されたフォニーが舌をだらりと口から出して不満の声を上げた。
「ここはまだ日陰なんだから、だらしない格好はしないの」
手で体を仰いで胸元をはだけようとするフォニーにラウニが厳しい声をかけた。
「でも暑い・・・です」
すっかり自然の夏服になっているティマが泣きそうな声を出してラウニを見上げた。
「ラウニ姐さん、熱中症は怖いですから、休憩しましょうよ」
ネアはしゃがんだ姿勢からぐっと背を伸ばして立ち上がってラウニに休憩をとることを提案した。
「私たち獣人は、真人や亜人の人みたいに汗をかけないんですから、体温が上がりっぱなしになりますよ。熱中症は生命に関わるんですよ」
ネアは熱中症の危険性をラウニに説いた。獣人が汗をかくところは基本毛が生えていない腹や鼠径部ぐらいで、汗の気化熱による効果は真人、亜人に比すると高くない、そのため熱がこもりやすい、と力説するネアをラウニは怪訝な表情で見つめた。
「また、難しいことを言ってますね。ネアってどこからそんなことを知るのですか。でも、そろそろ休憩してもいい時期ですね」
昼食の後の裏庭の小さな一角の草抜き作業であるが、子供である彼女らには十分すぎるほどハードな仕事であった。そんな彼女たちに先輩であり、同じような苦労をしてきたタミーが風通しの良い日陰となる場所に水を入れた素焼きの壺を置いていてくれた。目の粗い素焼きの肌から水が染み出て、それが気化冷却作用を生じさせ、その壺の中の壺に入った水を冷たくしてくれているのである。タミーはその水に柑橘系の果汁と一つまみの塩を入れて飲みやすくしていた。
「ーっ、生き返るよ」
コップにネアがひしゃくですくった壺の中の水を入れて貰うとフォニーはすかさず飲み干して、嬉しそうな表情を浮かべた。
「冷たくておいしいね」
コップを両手に抱えたティマがにっこりした。その横でラウニはちょっと難しそうな表情を浮かべていた。
「ハチミツが入っているともっと良くなると思うのですが」
飲み干したコップをじっと睨んでぼそっとラウニが感想を漏らした。
「私は、このあっさり系がいいですね」
自分でコップに冷えた水を入れると一口飲んだネアがラウニの意見に賛同しかねることを口にした。
「あっさり系ねー、それよりさー、ネアはさっきネッチューショーとか言ってたけど何のこと?」
暑さが引いたのかちゃんと舌をしまったフォニーが興味深そうにネアに聞いてきた。
「熱中症って、身体の中に熱が溜まって内臓をその熱で壊すんです。簡単に言うと血がお湯みたいになるんです」
ネアは覚えている熱中症に関することを簡単に説明した。
「毎度のことだけど、女の子らしいことはからっきしなのに、そんなことについては良く知っていますね。ネアって何歳なの本当に」
ラウニがため息交じりに不思議そうにネアを見つめた。
「えーっと、もう7歳ですね。ここに来てから1年経ちましたから。この1年で随分と女の子らしさは身に付いたと思うんですが」
ネアがちょっと自慢気にぺったんこの胸をはった。
「もう、1年かー、去年は大変だったよねー」
フォニーがネアの言葉を聞いて去年にあったスージャの関での騒ぎを思い返して懐かしそうな声を出した。
「大変?」
最近、やってきたティマが両手で冷えた水の入ったコップを両手に大切そうに持ちながらフォニーの言葉に首を傾げた。
「正義の光にかぶれた馬鹿が反乱を起こして、お館様と女神さまが遣わした黒い猫族の女の子に退治されたのですよ」
ラウニは飲み干したコップにさらに水を注ぎながらティマに去年の出来事をごく簡単に説明した。
「正義の光、嫌い・・・」
ティマはコップをじっと見つめてポツリと呟いた。
「アレが好きな奴なんて、どこかイカれた馬鹿しかいないよ。ここには、強い騎士団がいることを知っているでしょ。だから、あいつらなんてすぐにやっつけちゃいますよ」
ティマが家族のことを思い出していることを察したネアがそっとティマの背中を撫でて安心させようとした。
「お姫様のお父様はとても強いから・・・ですね」
ティマは先日の訓練で見た凛々しいガングの姿を思い出して安心したようににこりとするとネアを見上げた。
「暑いからと言って、さぼらない、無駄口をたたく暇があれば手を動かす。まだまだ仕事はあるんですよ」
休憩中のネアたちの耳にいきなりエルマの叱咤する声が飛び込んできた。その声を聞いた途端、裏庭にいた4人はスイッチが入ったようにその場に気を付けの姿勢を取った。そして、恐る恐る声の方向を見ると
「お師匠様だ」
「バトさんもルロさんも・・・」
鬼軍曹にしごかれている新兵のような表情をした3人が懸命にお館の廊下の窓を拭いている姿が目に入った。
「どこを見て拭いているんですか、そこに汚れが残ってます。雑巾はきちんと絞る、アソコで男のモノを喰いちぎるぐらいの力を入れる。お嬢様の初めてみたいなもじもじした動きはしないっ、いいですかっ」
「「「Yes,Ma’am!!」」」
エルマは必至で窓を拭く3人の後ろに仁王立ちになって厳しい指導を飛ばしていた。その言葉に、3人は大きな声で返事していた。そんな彼女らの声を聞いたネアたちは互いの顔を見合わせてさっと手にしたコップを元の場所に戻し、服装をただした。
「お師匠様、かわいそう・・・」
「私たちも、休憩はここまでで、仕事に戻りましょう」
「目を付けられる前に」
「何事も要領は大切ですから」
エルマの一声は、目の前に対する効果だけでなく、本人が意図しない所でも効果を発揮し、ネアたちは黙々と雑草との戦いを再開していた。
【しかし、エルフ族ってシモ系が好きなのかな・・・、ま、皆があの言葉の意味を聞かないのは良いことだな・・・】
ネアは、深く根を張った雑草にてこづりながら、エルマの姿からは想像しにくいシモに走った言葉を思い返しながら苦笑した。
「今日は結構汚れましたね。だから、しっかり洗うんですよ。皆でティマを手伝ってあげてくださいね」
浴場で元気よくブラシで泡立てながら身体を洗うラウニがしみじみとした口調でネアたちにしっかり汚れを落とすようにラウニが疲れた様子で身体を洗うネアとフォニーに声をかけた。
「りょーかいー、ネア、手袋の汚れがまだのこっているよ」
フォニーがネアの手袋をはめた様な白い部分を指さした。
「フォニー姐さんの手袋は黒で目立たなくていいですよねー」
「へへ、いいでしよー」
「目立たないからって、いい加減な洗い方はしない事、少しは私を見習いなさい」
自分の黒い手袋をはめた様な手をネアに見せてにこりとするフォニーに全身真っ黒のラウニが鋭く注意した。
「あたしの手は洗いやすいよ」
ネアたちに比べて手先の毛が少ないティマがきれいに洗った手を広げて自慢そうに先輩方に見せた。
「ティマの手は可愛いねー」
フォニーが差し出されたティマの手をそっと握った。
「ティマちゃーん」
にっこりとしながらフォニーに手を触らせていたティマの背後で声がしたかと思うと、いきなりティマは背後から抱きしめられていた。
「お師匠様・・・?」
「辛かったよー、癒して・・・、師匠として命じます。癒しなさい」
驚くティマに一糸まとわぬ姿で背後から抱きしめながらアリエラが驚くティマに涙声で訴えた。
「騎士団の訓練よりキツイのは黒狼騎士団も一緒だったみたいね」
恥じらいと言う言葉を随分前にどこかに置き忘れたバトがどこも隠そうとせずアリエラの背後に立っていた。
「エルフ族はどこかネジが外れています」
ちゃんとタオルを身に巻いたルロがげっそりとした表情で2人を眺めてため息をついた。
「真人と亜人用はあっちですよ」
突然現れた3人にラウニは真人及び亜人用の浴槽を指さした。
「細かいことはいいのー」
バトは大股開きで腰を降ろすと豪快に湯を頭からざばっと被った。そこには、様々な物語で謳われるエルフの姿はなかった。
「いろいろと見えてる・・・」
そんなバトの姿を見たネアが思わずバトから目をそらしながら呆れたような声を出した。
「見られて減るようなもんじゃないしさー、大人の身体、もっと見る?」
バトは目を背けたネアに身体を向けようとした。
「あ、な、たって人はーっ、恥じらいを知りなさいっ」
モザイク処理されるような姿をネアに見せつけようとしたバトの思いは遂げられることがなかった。バトが身体の向きを変えようとした時、すかさず背後からルロの裸締めがきれいにきまり、バトは白目でタップすることしかできなかった。
「バトさんって、行動はともかくとして、きれいだよねー。黙ってじっとしていればエルフのお姫様みたいなんだよねー」
フォニーがバトの残念過ぎる行動を見ながらため息をついた。
「そうですよね。勿体ない限りです。もし、私の身体が・・・」
ラウニはそう言うと体毛に覆われた己の身体を見つめ、そして鏡に映るマズルのついた毛だらけの自分の顔を見てため息をついた。
「そうだよねー、せめて真っ白な毛並みで狼族だったら・・・」
ラウニが何を考えているか察したフォニーが己の外すことができない黒い手袋を見ながら寂しさをにじませた声を出した。
「なーに言ってるの、そこが皆のチャームポイントだよ。ワイルドさと妖艶さがあわさり最強にっ、ぐっ」
ルロの裸締めから回復したバトが悩める少女たちに何やら諭そうとしたが、それもルロの脳天唐竹割で黙らされてしまった。
「子供に、ろくでも無い事を吹き込んで、ちょっとは考えなさいよ」
涙目になっているバトにルロが厳しく指導を入れていたが、それが聞き入れられることはないだろうと、その場にいた一同は思っていた。
「お師匠様、苦しい・・・です」
「ごめんなさい」
アリエラに後ろからぎゅっと抱きしめられていたティマが苦痛の声を上げたので、彼女は慌てて身体を離した。
「でも、エルマさんが厳しくて・・・、だから、ティマちゃん、慰めて」
アリエラは泣きそうな声を上げた。
「弟子に慰めを求めるのはいかがなものかと思うけど」
頭をさすりながらバトが呆れたような声を上げた時、この場にいた一同は「お前が言うな」と心の中で盛大に突っ込んでいた。
「お師匠様、いい子、いい子」
アリエラはそんなバトの言葉どこ吹く風で、ティマに頭を撫でられ至福の表情を浮かべていた。
「ダメな師匠を見ている気がする」
ポツリとネアがこぼした言葉に優しくアリエラの頭を撫でてていたティマまで頷いていた。
「皆は、今週末は夜出かけられるんですか」
湯船にゆったりと浸かりながらルロがラウニに尋ねてきた。
「今週末?何かありましたか・・・、あ、夏の夜祭ですね」
ラウニの言葉にフォニーがはっと顔を上げた。
「お小遣い残ってたかな・・・。夜店が楽しみだから、ないと寂しいんだよね」
フォニーがちょっと心配な色を滲ませながら嬉しそうな表情を浮かべた。
「夜祭?」
「楽しいの・・・ですか?」
ネアとティマが不思議そうな表情を浮かべてルロに尋ねた。
「メラニ様に今年の秋の豊作をお祈りするお祭りなんだよ。去年はどっかの馬鹿がしょーもないことをしたからなかったけど。普通は夜店が出たりして一晩中大騒ぎができるんだよ」
疑問を投げかけるネアとティマにバトが楽しそうに夜祭について至極ざっくりと説明した。
「アリエラは去年、スージャの関で戦ったんですか」
ルロが去年のことを思い出しながら、元黒狼騎士団員に聞いた。
「あの時は、西の方に野盗の集団が出たからそれの討伐に行ってたから、女神様が遣わされた黒猫の子は見てないの」
アリエラは残念そうに言いながら、湯船につかっているティマをぎゅっと抱きしめた。
「そうなんですか。私らはあの馬鹿と呼応して騒ぎを起こす馬鹿がいないかって、結構きつく街の中を警備してましたよ。アリエラは黒狼騎士団にいたから、あの子猫をみていたのかと思ってました」
ルロとアリエラの会話を聞いていたティマがアリエラの横でふやけているネアの肩をつついてきた。
「子猫って・・・」
「不思議な力を持った黒い猫族の女の子が騒ぎを起こした悪者をやっつけるために黒狼騎士団を導いたってお話、その子は、戦いの後、女神様のもとに戻ったらしいってことだよ」
「ふーん、その子って、おひげのお医者様の奥さんみたいな人なのかなー」
ティマはどうもイメージが付きにくいのか、黒い猫族系統ということでレイシーのことを思いながら納得しようとしていた。
「ネア、そう言えば、レイシーさんの時みたいにアリエラさんをじっくりと見てないね。どうしてかな・・・」
ティマと話をしているネアにいきなりフォニーがつっこできた。
「かっこいい人は、何らかの鍛錬をしているから、その鍛錬の仕方をさぐるんじゃなかったっけ」
言葉に詰まるネアにフォニーがニタニタしながらさらに被せてきた。
「えーと、ティマのお師匠様をじっと見つめるのはティマの領分を横取りするみたいだから」
ネアは、何とか言葉を探した。アリエラについてはそれなりにボリュームはあるけど、これと言った特徴がないので興味が持てない、なんて口が裂けても言えなかった。
「そうなんだー」
フォニーは全くネアの言葉に疑いの目を向けてそのまま黙ってしまった。
【いい身体の女がいれば、ついつい見てしまうのが男の性なんだよなー】
ネアは心の中でぶつぶつ言うと、湯の中にすぽりと潜ってしまった。
「夜祭、楽しみ・・・です」
風呂から上がって、部屋の中で小さなテーブルを囲んで温かなお茶を飲みながらティマが嬉しそうな顔で誰言うとなく声を出した。
「私も楽しみですね。でも、ティマは眠くなるんじゃないかな」
ネアが悪戯っぽくティマをからかってみた。そんなネアの言葉にティマはぷーっと膨れた。
「眠くならないもん」
「どうかなー」
「寝ないもん」
そんな2人のやり取りを聞いていたラウニがふーっとため息をついた。
「ネア、ティマをいじめてはいけませんよ」
「ネアは多分寝ないよね。寝る時間削って勉強して倒れるぐらいだもんね」
フォニーが今度はネアをからかった。
「寝ないと病気になるって、おひげの先生が言ってたよ」
ネアのやらかしたことを聞いたティマがネアにめっと睨みつけた。
「もう、そんなことしてません。夜はちゃーんと寝てます。育ち盛りですから、そして、育ってかっこよくなるんです」
ネアは自分の将来の姿とレイシーやイクルの姿を重ねながら宣言した。
「ウチもちゃーんと寝て、育てなきゃね」
フォニーはまだ膨らみ始めたばかりの胸をそっと撫でて睡眠の大切さを確認していた。
「健康が一番ですから。かっこよくなって、振り返ってもらえるように・・・」
ラウニも自分の将来像を夢想しながら何かを決意していた。
「それじゃ、さっさと寝て、かっこよく育てようよ」
フォニーはそう言うとさっさと自分のベッドにもぐりこんで、おやすみなさいと言うと目を閉じた。
「私たちも寝ましょうね。怖くなったらすぐに呼んでね」
ネアはティマをベッドに連れて行くとそっと身体にタオルケットをかけてやった。
「ネアお姐ちゃん、おやすみなさい」
「おやすみさない。また、明日ね」
ネアは軽くティマの頭をなでると自分のベッドにもぐりこんだ。
「皆、ベッドに入りましたね。灯りを消しますよ」
ラウニは皆がベッドに入るのを見届けると、そっとランプの転換石を外した。侍女見習いの小さな部屋は夏の温かな夜の闇の中に飲み込まれてしまった。
【夜祭か・・・、ガキの頃、そんなものに行ったこともなかったなー】
窓の外でひと夏に命を燃やし尽くす虫たちの鳴き声を聞きながらネアはかつて、皆が遊んでいる時こそ、頑張らなくてはと思って、これと言った遊びもせず、宿題と復習と予習に明け暮れていた子供のころを思い出し、ため息をつくと目を閉じた。
単調になりがちな生活にアクセントを持たせるために様々な行事や祭りがあるんじゃないかな、と思っています。幼いころの夜更かしは何かワクワクするものがありました。仕事しだしてから夜更かしはウンザリしますが。
今回も駄文にお付き合いいただきありがとうございます。ブックマーク頂いた方に感謝を申し上げます。