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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第10章 出会い
143/342

134 転機

このお話も皆様のおかげで3年目を迎えることができました。

今年も生暖かい目で見守っていただければ幸いです。

 ケフの都に騎士団が到着したのは既に日も落ちた頃、ネアたちがそろそろベッドに入ろうかと言う時間であった。朝から歩き詰めで、食事も休憩中の僅かな時間で硬すぎるパンとなんかの肉の干したものと水だけで、最後尾を歩くレヒテたちのグループのレヒテを含む子供たち全員は輜重隊の馬車の空きスペースに積み込まれていた。疲労のためか、乗り物に滅法弱いラウニですら、うなされた様な表情で寝息を立てていた。勿論、ネアも例外ではなく、目を覚ましたり、うとうとしたり、完全に寝入っていたりを繰り返していた。そんなネアはかつて体験したであろう光景をぼんやりであるが、夢に見ていた。暗いが何色か混ざった服に身を包んだ男たちがトラックの荷台らしき所でうつ向いたままトラックに揺られているそんな風景であった。


 「起きろ、着いたぞ、さ、降りた、降りた」

 輜重隊の騎士団員が荷台のネアたちに大声で呼び掛けた。その声に促されるまま馬車からのろのろと降りると真っ暗な中、あちこちに松明が揺らめいていた。

 「ここ・・・、どこかな」

 ネアは目をこすりながら辺りを見回しながら、馬車から降ろされる自分たちの荷物を受け取り足元に整頓しながら置いて行った。ラウニとフォニーは完全に寝入って起きないティマをそっと2人がかりで降ろしていた。ネアはガタガタとゆすられながらも目を覚まさないティマを見て彼女が随分と無理をしていたのであろうと推測した。結局、ティマはハチがそのゴツイ手でそっと抱きかかえて荷車に乗せられ事なきを得たのであったが、その際もティマが目を覚ますことはなかった。

 「やっと、練兵場に戻ってきたねー」

 獣人ほどではないが夜目が利くバトが辺りを見回してほっと溜息をついた。

 「皆、身体とか持ち物とか大丈夫ですか。出発の時にお渡しした短剣を回収します。お疲れさまでした」

 アリエラは疲れた表情を出すこともなく、にこやかにネアたちに声をかけた。寝入っているティマ以外からは何も問題はないとの答えと短剣を受け取るとアリエラがほっとした表情になった。

 「これで、お嬢たちの訓練は終わりです。最初はどうなることかと不安でした。私のお世話に至らないことたくさんありましたが、お嬢、若のご助力のおかげで何とか訓練を終えることができました。感謝致します。バト、ルロ本当にありがとう。ハッちゃん、助けてくれてありがとう。お嬢様、最後までお付き合いありがとうございました。最後に皆、小さいのに頑張って協力してくれたから誰もケガすることなく訓練を終えられました。ありがとうね」

 アリエラが訓練が終了したことを告げ、敬礼すると深々と頭を下げた。

 「アリエラ、ありがとう」

 「アリエラがいなかったら姉さんは今頃野生に戻っていると思うから」

 お嬢と若がアリエラに挨拶すると感極まってしまったアリエラの目に涙があふれてきた。

 「勿体ないお言葉です・・・」

 涙を手で拭いながらアリエラは何とか答えたがその後は声にならなかった。それにつられて大声を上げて泣き出したのがメムであった。メムの泣き声につられて全員が涙ぐんでしまった。

 「今度、飲みにいきましょうね」

 「いいお店知ってるから」

 声を出さずにうつ向いているアリエラの肩をルロがそっと抱きしめ、バトはそっと頭を撫でていた。

 「妙な空気になりやした・・・」

 ハチは小さなため息をついてお嬢たちを見るとレヒテは涙をなぐうことなく泣いていた。その横で、ギブンが呆気にとられたような表情で彼女らを見て、そしてハチに向けて肩をすくめた。

 【なんで、涙がでてくるんだよ】

 ネアと言えばいつものように感情の暴走を制御しようとしていたがその努力は徒労となり、声を出すことはなかったがひたすら涙をこぼしていた。

 「あのネアが泣くんだから、相当な事なんだよね・・・」

 ネアの泣く姿を驚いたような表情を浮かべてみつめていたギブンがぽつりと独り言をつぶやいた。

 ネアたちが妙な感動に浸っている頃、自称屠龍団員たちは縛られたままの長距離の移動のおかげで息も絶え絶えになりながら練兵場の硬い地面の上に転がっていた。


 「ボクの想定があっていたようだ」

 訓練が終了した次の日の昼食後、黒狼騎士団長の姿がご隠居様の部屋の中にあった。ゆったりとしたソファーに腰かけた二人前にはまだ日も高いにもかかわらず葡萄酒が注がれたグラスがあった。

 「ネアの射撃の腕には驚きました。的までの距離から弩の角度を計算して照準したり、動きを読んでの射撃、普通の子供には考えられません。あの子は狩人の子供だったのでしょうか」

 団長がネアの射撃を思い返しながらご隠居様に不思議そうに尋ねた。

 「狩人がシーツを土で汚して風景に溶け込む術を子供に教えるとは聞いたことはないがね」

 ご隠居様はグラスの中身を一口喉に流し込んで団長の推測が外れていることを示唆した。

 「そうです。それですよ。姿を隠す術についてですよ。あの子は、敵に手の内を見せない事が大事だから、姿を見せないと言っておりました。どこであんな知識を得たのか・・・、本人は忘れたと言ってますが、あのセーリャの関の件と言い不思議な子です」

 「だから、ボクはあの子に目を付けているんだよ。まれびとと思われる英雄、正義の光の連中、あいつらに正攻法でボクらが勝てる見込みは薄いからね。認めたくはないが、世界の動きは正義の光の連中の考えに沿ったような流れになりつつある。だからこそ、どんな手を使ってでもボクらは強くならないといけないと思うんだよ。彼らに妥協するという選択はないようだし、最近、彼らが熱く言い出した秩序についてもボクらは外れているようだし」

 ご隠居様は自らが危惧する暗い見通しの一つを団長に話した。団長はその言葉に暗い表情を浮かべて頷いた。

 「ガングも耳にしているかもしれないが、ボクはこの国の耳と目になる組織を立ち上げようとしているんだ。その事で、いい人材を見つけてね」

 ご隠居様はグラスを団長に掲げるとにたっと笑った。

 「アリエラですか」

 団長は最近、ご隠居様が情報組織らしきモノを立ち上げるとの噂を耳にしていたので、アリエラが訓練でお嬢たちの世話役に選定された時からこうなるのではないかと予想していた。

 「そうだよ。あの子にはバトとルロと同じ役職についてもらいたいんだよ。表向きは護衛のできる侍女、奥付きの直衛として勤めてもらう」

 「表向きは、ですか・・・」

 「そう、表向きはね。実態は情報収集の仕事だよ。モーガがやってる行商の際の情報収集の場をロビーから外に広げたいんだ。そのためには少々危ない連中とも付き合わなくてはならないこともあるだろう。だからこそ、彼女の能力が必要なんだよ。確かにバトとルロの戦闘力は高いが、潜んで動くことは・・・、あの調子だからね。だから、偵察能力の高いアリエラが必要なんだよ。そして、ティマの師匠でもあるから、常にティマの能力を正しい方向に導くこともできるからね」

 ご隠居様は自分の言葉に納得したように頷きながらグラスを空けた。

 「果たして、アリエラが納得するか・・・。あの子も憧れて騎士団に入ったものですから、それをいきなりクビにするとは・・・」

 団長はアリエラの心中を察して渋い表情になった。この話にはアリエラの意思は一片も入っていない。もし、アリエラが新たな仕事を断るつもりであれば、団長としては説得しなくてはならないのだろう。それでも彼女が納得しなければ強権発動も止む無しなのか、と団長の心中は中間管理職のジレンマにさらされていた。

 「待遇は今より良くなるよ。侍女としての立ち居振る舞いから侍女としてのスキルを身に付けてもらわなくてはならないけど、騎士団の訓練に耐えられたんだ。できると思うよ」

 ご隠居様は団長の心中を察しないかのように軽い調子で言い放った。ご隠居様の中ではアリエラの人事は既定路線であり、それ以外は存在しなかったのは事実であった。

 「だから、ガング、頼むよ。アリエラは得難い人材だから。黒狼騎士団にとっては痛いだろうけど、この痛みもケフの郷の民のためなんだよ」

 明るく、とんでもないことを命ずるご隠居様に団長は引きつりつつ抵抗を試みることにした。

 「確かにケフの民のためですが、ならば、アリエラを騎士団にとどめおく方が遥かに力になるかと思うのですが」

 「ヴィットはバトとルロの配置転換には積極的だったが・・・、彼には随分と無理させたんだな」

 ご隠居様はそう言うとあの凸凹コンビを配置転換したときのことを思い返した。あの時、ヴィットは案外あっさりと受け入れてくれていた。当の凸凹コンビも呆れるほど気持ちよく配置転換に応じていた。

 「あの2人は聊か、その・・・、問題児と言うか・・・っ」

 団長は思わず己が口にした言葉に失言したと焦ってしまった。この言葉をご隠居様が見逃すことはなかった。

 「と言うことは、ヴィットは良い厄介払いをしたということかな」

 ご隠居様はにっこりしながら団長に詰め寄った。

 「否、そんなことはありません」

 「と言うことは、ボクの人を見る目がポンコツなのかな」

 「まさか、そんなことは・・・」

 「アリエラを見込んだボクの目は曇っているのかなー」

 「そのようなことはありません」

 団長の言葉を聞いた時、ご隠居様の目が鋭くなった。これを見取った団長は勝敗が決したことを察知した。

 「アリエラは素晴らしい人材だよね。だからこそ、なんだよ。後は頼んだよ」

 団長はご隠居様の笑顔にただ、その命令に「承知しました」以外の台詞は持ち合わせていなかった。


 「え、私がお館の侍女に配置転換ですか」

 黒狼騎士団本部の団長室に呼び出されたアリエラは苦渋の決断をしたような表情の団長から示された人事について驚きの声を上げた。そして、目の前に差し出された新たな雇用条件が書かれた書類に目を通した。

 「お手当は・・・、え、こんなに。侍女としての教育を受ける・・・、師匠としてティマの日常的な指導、団長、ありがとうございます。このアリエラ、この命令、喜んでお受けします」

 「あ・・・、そうか、そう言ってくれてありがたいよ」

 団長としては幾分呆気ないアリエラの反応であった。入団する際に見せた真剣な表情を思い出し、黒狼騎士団に対する思いを口にするかと予想していたのであったが、それは見事に外れていた。

 「では、早速、出頭の準備をします。出頭は明後日の朝ですね。了解しました」

 アリエラは朗らかに言うと書類を手にして弾むような足取りで団長室から出て行った。

 「・・・俺は取り越し苦労していたのか・・・、アレの言う通りだった」

 団長は昨夜、この人事について悩んでいることを彼の妻であるユーアに相談した時、彼女から一言「いらない心配」と言われたことを思い出して苦笑した。

 「明後日からティマちゃんと一緒の屋根の下~」

 アリエラと言えば団長の苦労なんぞ知る由もなく、手当の上昇とティマと今まで以上に一緒にいられることの喜びに浸っていた。

 「なんか、良いことあったのか」

 団員の詰め所に戻ってきたアリエラの表情を見た団員がアリエラに声をかけた。

 「そう、明後日から私、お館の侍女になるの。そうすると、もうちょっと髪を伸ばして、そう、ティマちゃんと並んで恥ずかしくないお師匠様にならないといけないのよ」

 心ここにあらずのアリエラの言葉に団員は驚愕の表情をみせた。

 「お館の侍女って・・・、あのシモエルフの同僚になるのか」

 「おしゃれできるのっていいなー」

 「務まるのかよ・・・」

 それぞれ心に横切った思いは違ったが、表出した驚愕と言う感情だけは同じであった。


 「皆、聞いた。アリエラが侍女になるそうですよ」

 団長がアリエラに配置転換を命じた翌日の昼食時、使用人の食堂でいつもの如く賑やかに食事をしていたネアたちにルロが声をかけてきた。

 「アリエラさんが、いきなりですね」

 ラウニが不思議そうな表情を見せていると、バトがその横に自分の食事の乗ったトレイを置いて席に腰かけ、不思議そうな表情を浮かべるネアたちを見回した。

 「団長の浮気がばれたんだよ。団長もアリエラの瑞々しい肢体にっっっ」

 バトが最後まで言うことなく頭を抱えてテーブルに突っ伏した。その後ろには拳をバトの脳天にめり込ませているルロの姿があった。

 「本当に、貴女は、教育的にも道徳的にも存在してはいけない人ですね」

 ネアたちはいつもの凸凹コンビのやり取りを楽し気に見ていた。その時、ティマが嬉しそうな声を上げた。

 「お師匠様と一緒なんだ。うれしい」

 「良かったね、ティマ」

 ネアは嬉しそうな表情を浮かべて周りを見ているティマの頭を優しく撫でた。ティマはネアの言葉に頷いた。

 「アリエラさんが来たら楽しくなるよね」

 「ええ、楽しみです」

 ラウニとフォニーもうれしいようで互いにニコニコしていた。

 「今度の子は黒狼騎士団からですか、貴女たちと比べてどうかしら。きっちりとお勉強してもらいますわ。・・・バト、くれぐれもエルフ族を貶めることのないように、貴女一人ならどうでもいいですが」

 いつの間にか彼女らの背後でアリエラのことを聞いていたエルマがにこにこしながら恐ろしいことを言って出て行った。その後に顔色を失ったバトが金縛りにあったかのように固まっていた。ルロも同じように表情が強張っていた。

 「私らは実家である程度家事手伝いしてたからある程度はできましたけど、アリエラってずっと剣術とかやってたんですよね」

 ルロがやっと口を開いた。

 「騎士団の訓練よりきつかった・・・、しかも剣術でも、家事でも勝てない・・・、あの人、ひょっとしたらハイエルフかな・・・」

 バトは、宇宙人に連れ去られたと主張する人たちが退行催眠で思い出している時のような苦悶の表情を浮かべた。

 「エルマさんは容赦ないですからね」

 ラウニもエルマにきつく指導されたことを思い出して身震いした。

 「アリエラさん大丈夫かな・・・」

 「乗り切るしかありませんね」

 フォニーも身に覚えがあるのでエルマの恐ろしさは知っているし、ネアも彼女が持つ独特の雰囲気がかつて仕えた自他ともに厳しすぎる上司のそれに似ていることを察しているのでアリエラの行く末を案じて手を合わせた。

 「お師匠様、泣かないかな・・・」

 ティマも心配そうな表情を浮かべた。

 「皆でアリエラが無事試練を乗り越えることを祈ろうよ」

 バトはそう言うと手を合わせて目を閉じた。それに合わせるようにテーブルについていた侍女たちは新たな仲間が無事に試練を乗り越えられることを神に祈った。


 「何ですか、その身だしなみは、ここは野戦の場ではありません。髪を整えることからやり直し」

 アリエラが初登庁し、エルマに会った最初の言葉がこれであった。エルマの二高圧的な物言いにカチンと来たアリエラが身構えるより先に彼女の目の前にびしっと伸ばされた白くて細いエルマの指が突き付けられていた。曲がりなりにも剣術の鍛錬に時間を費やし、それなりに自信のあったアリエラですらエルマが自分の間合いに入ったことと仮に彼女が何らかの武器を持っていれば自分の命が奪われていたことを悟って恐怖を感じた。

 「反抗的な態度を取れば、実力で教育していますので。覚悟してくださいね。では、髪を整える」

 アリエラの抵抗を許さぬ態度に圧倒されたアリエラは彼女の言葉のままに荷物を置き、その中からブラシを取り出して短く刈り揃えた髪を解きだした。その表情は新兵教育を受ける新兵のものであった。この時、初めてアリエラは自分が選んだ道に疑問を持ったのであった。

 「ぼーっとしない、髪のセットが終わったらここで着替えです。着付けから教えます。いいですね」

 アリエラの地獄が始まった時であった。

 

 


 

アリエラは幼い時より剣術と体術の鍛錬に多くの時間を費やして来ました。そのおかげで家事能力はバトやルロと比べると著しく劣りますが、エルフ界のハートマンことエルマによってそこそこの家事能力を身に付けていきます。勿論、武力でもアリエラはエルマに勝てません。(アリエラの強さはバトとルロと同程度ですが、野外でのサバイバル能力等は彼女らを凌駕しています。)

今年もこの駄文にお付き合いいただきありがとうございます。

ブックマークいただいた方、評価いただいた方に改めて感謝を申し上げます。

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