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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第10章 出会い
142/342

133 なってしまうこと

令和元年最後のアップとなりました。

今年も、このお話にお付き合いいただきありがとうございました。

来年も、生暖かく見守っていただければ幸いです。

 「確かに、襲撃があったんだな」

 日が落ちかかる頃、開拓村に辿り着いた黒狼騎士団主力を率いる団長、ガング・デーラは短いロープで後ろ手に縛られ杭につながれているみすぼらしい一団を一瞥してため息をついた。その横で、アリエラが傍から見ても分かるぐらいに緊張しながら、昨夜の出来事について報告していた。

 「で、こいつらの頭は」

 団長はアリエラを見ながら尋ねると、彼女はぎくしゃくした動きで小さな物置小屋まで団長を案内し、きしむ扉を開けた。そこには、ムシロをかけられ、夏の暑さで異臭を放ち出しながら横たわっている死体を指さした。

 「捕らえた者の話では、「皆殺し」のレブルと呼ばれる男で、狂戦士でした」

 アリエラは異臭に顔をしかめながらかつてレブルと呼ばれていたモノのムシロをはいだ。そこには、腕を組み合わされることもなく、血まみれの股間の横に彼の分身が無造作に置かれたままの死体があった。それを見て団長は顔をしかめた。これは異臭ではなく、男としての反応であった。

 「・・・エグイ場所を斬られているな、誰が」

 団長はアリエラについて回っているアリエラ、輜重隊長、そしてバトとルロを順に見つめていった。

 「私が斬りました」

 真剣な表情でバトが団長の問いかけに答えた。

 「そうか、見事な腕だ。・・・この足に突き刺さっている矢は」

 団長はレブルだったモノの両足に突き刺さったままになっている矢を見て首を傾げた。

 「ネアがコイツの動きを止めようとして、撃ち込んでくれました」

 アリエラは包み隠さず、ネアの動きを報告した。

 「まさか、動き回る男のしかも足にこれだけ当てるとは・・・」

 団長は信じられないという表情を浮かべながら腕組みをして足に刺さっている矢を見つめていた。

 「見事だ、そしてご苦労だったな」

 団長はアリエラたちの働きをねぎらった。その言葉に、その場にいた全員が頭を下げた。

 「アリエラ、もう少し詳しく話を聞きたい。俺のテントまで来てくれ。他の者はこれで解散だ。輜重隊長、この死体を手の空いている奴らで臭いがしないぐらいに包んでおくように言っておいてくれ。破れたテントで包むのかがいいぞ」

 団長は輜重隊長に死体の処置を命じるとアリエラを連れて自分の寝床となるテントに入っていった。


 「まだ、報告していないことがあるだろう。ここに来る時、ちょっとした広場でアイツに刺さっていたのと同じやがあちこちの木に刺さっているのを見てな。それと、これも発見した」

 自分の簡易ベッドに腰を下ろした団長はテントの隅に畳まれておいてある布のようなものを指さした。それは泥や炭のようなもので汚されたシーツらしきものと、同じように汚され、草があちこちにつけられた粗い目の布であった。

 「ネアか」

 団長は痛いほど緊張し、直立不動の姿勢をしているアリエラを睨みつけた。

 「はい・・・、そうです。あの子があいつらの数を確認して、そして警告のために矢を放ったと言っていました」

 「そうか・・・」

 団長はアリエラの言葉を聞いてしばらく沈黙した。

 「打って出ようとは思わなかったのか」

 「数は分かりましたが、確実に対処できる方法としてこの村に誘い込み、地の利を得ることを選びました。協力してい暮れる村民や他の団員、お嬢と若、パル様をお護りするにはこれが得策と判断しました」

 団長は暑さのためだけではない汗をかきながら直立不動の姿勢を崩さず報告するアリエラに口角少しを上げて微笑んだ。

 「良い判断だ。お前の任務はお嬢と若の安全を護ることだからな。よし、下がっていいぞ。食事を終えて休んでいるかもしれないが、ネアを呼んできてくれ」

 団長の言葉にアリエラはさっと敬礼すると、さっとテントから出て行った。


 「これをどう使ったか教えてくれないかな」

 皿洗いをしていたネアを自分のテントに呼んだ団長は汚れたシーツを指さして近所のおじさんのようにネアに尋ねた。

 「これを着て、この目の粗い布を上から被って、草むらの中からあいつらを監視していました。・・・それと、私の白い部分には泥を塗って目立たなくしました」

 ネアは説明しながら顔の下半分から白くなっている体毛を指で示しながら説明した。

 「自ら身体を汚したのか・・・。戦いもせずに・・・」

 団長は目立たなくするために自ら泥を身体に塗ったというネアの言葉に心中で驚愕していた。戦場で目立たなくては、手柄は、例え大将首を取ったとしても認められにくい。ましてや、こそこそと偵察しているように戦うのは団長の美学に合わないところがあった。

 「目立っていたら、敵に動きを読まれますから」

 ネアの常識は敵に見つからず、攻撃に最適な場所に移動することが勝敗を分けるというものであったからである。

 「戦場で堂々と渡り合うのが武人と言うものではないのかな」

 団長は納得しかねるというように腕組みをして首を傾げた。

 「子猫を倒すのに狼は何か手を講ずるでしょうか」

 「するわけないではないか」

 ネアの問いかけに団長は即答した。

 「虎を倒すのに狼は何か手を講ずるでしょうか」

 「虎なら背後から襲う、群れで襲い掛かるなりするだろうな」

 団長の答えにネアは微笑んだ。

 「強い敵を倒すには策を練るのが必要だと思います。策の肝心なことは敵にそれを悟られないことです。我々の手の内は見せないことが重要と思っています。自分の手札を全て敵に見せるなんてありえませんから」

 団長はネアの言葉に一理あると思うと同時にこんな小さな子が戦いについてここまで考えていることが不思議に感じた。

 「確かにな。待ち伏せしている時、多勢に追われている時は身を隠す。その時は派手な鎧は身に付けんからな。うーむ」

 「襲う時も身を隠します。虎の模様は森に入ると目立たないですから、そっと獲物に近寄れるんです。・・・私の柄はこんなんですけど、虎猫さんなら草むらでも分からないですよ」

 ネアの簡単な迷彩効果についての説明に団長は深く頷いた。

 「ネアの考えは面白いな。いい話を聞いた。で、ネアはその知識をどこで得たのかな。師はいたのかな」

 「分かりません。ただ、知っているだけで・・・」

 ネアは団長の問いかけに言葉を濁した。このことは、前の世界で得た知識だとは口にすれば、話はどんどんややこしくなると思っていたし、ご隠居様との約束でもあったからである。

 「なかなか面白い考えだからな。今までの常識には囚われていないように見えるな。よし、これから、何か思い出したり、気づいたら教えてくれないか。我々は強くなるためなら、手段は選んでいられない状態にあるからな。ありがとう、ゆっくりと疲れを癒しておいてくれ、明日もケフの都まで歩くことになるからな」

 団長はネアに思いを伝えると微笑んだ。その微笑みは、今までの古き因習に固まった騎士団から新たな騎士団に生まれ変わらせる決意のものであった。しかし、ネアがそんな団長の思いに気付くことはなく、一礼するとテントから出て行った。

 「・・・お館から、騎士団付きになるのかな・・・、それは、ちょっとご遠慮願いたいなー」

 テントから十分離れた位置で小さくネアは独り言をこぼした。


 翌日の朝はちょっと早めに起床の銅鑼が鳴らされ、ネアたちは慌ただしくテントを畳むと行軍の隊形を整えた騎士団の最後尾に位置した。自称、屠龍団の団員は、屠龍団長であった、かつてレブルと名乗っていたモノを載せた荷車に駄馬のように縛られて、騎士団員の監視のもと駄馬よりひどい扱いを受けながら引っ張っていた。

 「あの人たち、どうなるのかな」

 輜重隊の後を先日の騒ぎなどとっくのに昔に忘れたようなレヒテが辺りを警戒しながら歩いているアリエラに尋ねた。

 「裁判を受けて、牢屋に叩き込まれるか、鉱山や開拓のための強制労働、もしかしたら、犯罪奴隷として死ぬまでこき使われるでしょうね」

 アリエラは、結構酷いことをさらりと言ってのけた。彼女の発言は只の出まかせではなく、かつて、このような犯罪を働いた連中が受けた罰から推測しての言葉であった。

 「それって、生まれてきたことを後悔するって奴じゃないの。被害はなかったけど、その場で殺されていても文句は言えないからね」

 バトが彼らが受けるであろうとアリエラが推測している罰に同意を示した。

 「強盗殺人や誘拐と同じですね。変に情けをかけたら、また何かしでかしますからね」

 バトの言葉にルロが頷いた。

 「犯罪奴隷・・・、ラウニは知ってる?」

 バトたちの言葉を聞いてフォニーがそっとラウニに尋ねた。

 「見たことはありませんが、家畜と同じような扱いを受けると聞いたことはありますよ」

 ラウニの言葉には、ほんの少しばかりの同情の色があった。

 「家畜のような扱い・・・、私らもそうなるかも・・・」

 ネアは正義の光の連中や、真人至上主義の連中が世界を牛耳った時のことを想像して顔をしかめた。

 「あたしたち、何か悪いことしたの・・・ですか」

 ネアのつぶやきを耳にしたティマが心配そうにネアを見つめた。

 「なにも悪いことはしてないよ。ただ・・・」

 小さなティマに世の中に滓のように存在している悪意について話をするべきか、ネアは戸惑った。

 「悪いことしてないのに、酷いことを・・・、あいつらみたいなのが・・・」

 ティマは自分の家族を惨殺した英雄のことを思い出して表情を歪めた。

 「・・・いるんだよ。そういう連中が。頭の中にガラクタとかゴミしか詰まってないようなどうしようもない連中が、だから・・・、強くならないと、そんな奴らに好き勝手させないために」

 意を決したネアは己の決心をティマに伝えた。その言葉にティマは頷いた。

 「あたしも同じだよ。きっと、アイツを・・・」

 「それ以上は話しちゃダメだよ。それに、アイツのことばかり考えるのもダメ。ティマの楽しいことが全部、アイツに食べられるから。アイツにそんな美味しい思いさせちゃダメ」

 ネアの言葉にティマはしっかりと頷いた。そして小さな手で拳を作ると固く握りしめた。

 「悪い奴らは騎士団がやっつけるから、ティマは安心して下さいね。このケフの郷はお館様、黒狼騎士団、鉄の壁騎士団がいる限り大丈夫です」

 パルは不安そうなティマの声を耳にすると、すぐさまティマの横に走り寄ってその頭を優しくなでながら安心させようとした。

 「お姫様がそう言うなら、安心なんですね」

 ティマはパルの言葉に笑顔で応えた。その笑顔がパルのスイッチを入れてしまったようで

 「かわいいっ」

 パルはティマを抱き上げると、うれしそうな声でティマに尋ねてきた。

 「このまま、肩車して行こうか」

 「お姫様に肩車してもらえるなんて、夢みたい」

 ティマの言葉を了解したことであると解釈したパルはティマを肩車したまま歩き出した。

 「ネア、なんで、ティマはパルをお姫様って呼ぶのかな。お姫様に近いのは私の方だと思うんだけど」

 レヒテがティマの言動が腑に落ちないとばかりにネアに尋ねてきた。

 「ティマがおとぎ話なんかから想像しているお姫様の姿に一番近いのがパル様だそうです」

 「どんな人がお姫様なのかな」

 ネアの答えに納得がいかないレヒテが首を傾げた。

 【ティマの理想のお姫様像は、お嬢と似ても似つかないからなー】

 ネアはレヒテを見て笑いをこらえた。

 「ネア、その顔からすると、どんな人がお姫様なのか知っているようね」

 変に鋭いレヒテの突っ込みにネアは表情をこわばらせた。

 「言いなさい。主人を良い方向に導くのも家臣の務めでしょ」

 ぐっと顔を近寄せて、言い逃れはさせないよ、とばかりに詰め寄ってくるレヒテにネアは引きつった笑みを浮かべた。

 「よろしいのですか。このことで、ティマを責めないで下さいね」

 「私は、そこまで心の狭い人じゃないよ。で、どんな人なの」

 「怒らないで下さいね」

 「怒らないから」

 「本当ですね」

 「本当だから」

 ネアはレヒテと押し問答のような会話を続けると漸く、お姫様はいかなるものかを口にした。

 「きれいで、やさしくて、お上品で、お淑やかな人だそうですよ」

 ネアの言葉にレヒテはうーんと腕を組んで考えた。

 「パルってそうだったかな・・・」

 レヒテは自分に欠けている素養について考えるのではなく、パルがその素養を保持しているかについて疑問を持ったようで、ネアはその言葉に思わずつまずきそうになった。

 「お嬢・・・、よーく考えてくださいね。今までパル様とお茶の席を共にすることがありましたが。食べ方からして違います。お嬢はケーキに喰らいつきますけど、パル様はちゃんと切り分けて口にお運びになられています。もともと、私たち獣人は食べ方が汚い・・・、私は短いですけど突き出たマズルの人はこぼさないように食べるのは難しいんです。暑い時もお嬢はすぐに襟元をはだけたりしますが、パル様はそんなことはなさらず、しかも知らずのうちにしてしまう。舌を出してしまうこともなさりません。あのメムもそうなんですよ。あ、フォニー姐さんもそうだったですね。動きも、パル様には、がさつさがありませんし」

 ネアはパルがお姫様であることより、レヒテがいかにできていないかを指摘した。

 「ネア、ちょっと言葉に棘があると思うよ。それだと、私が全くダメみたいじゃない」

 ネアの言葉にレヒテがむすっとして言い返してきた。しかし、本人もネアの言葉が全く的外れではないことに気付いているのでそれ以上は言えなかった。

 「・・・お嬢は、新時代のお姫様なんですよ。誰にも気さくに話しかけられ、身分によって分け隔てることなく、私どものような侍女にすらこうやってお声をかけて頂くなんて、奉仕会に来られて、途中で帰られるあの方に比すれば、素晴らしいお姫様ですよ」

 ネアのフォローになっているのかなっていないのか良く分からない言葉にレヒテは少し気を良くしたようであった。

 「そう、私は、新しい時代のお姫様になるの。だから、これからもこれで良いよね」

 「新時代のお姫様にも最低限のお淑やかさ必要だと思いますよ。このままいけば、ただの暴れ者ですよ」

 舞い上がりそうなレヒテにネアは彼女に余りにも欠けている素養について具申した。

 「ネアの言う通りだよ。パルは、ティマがお姫様と言うだけのことはあるよ。毛並みもちゃんと手入れしてきれいだし、姉さんみたいに寝ぐせすら放ったらかしじゃないから。あのふわふわの尻尾なんて、毎日きちんとブラッシングしてできるもんだよ。フォニーもそうだろ」

 ネアの言葉に賛同したギブンが自分の姉がパルに比してお姫様の素養に欠けているか口にすると、いきなりフォニーに話題をふってきた。ギブンの言葉にフォニーはぎょっとした表情を浮かべた。

 「尻尾は毎日洗って、ちゃんと乾かして、ゴワゴワにならないようにブラッシングします。強くても弱くてもダメです。そんな毎日の積み重ねで顔をうずめたくなるような尻尾になるんです」

 ギブンに促されるようにフォニーは自分の尻尾を掴んで身体の前に持ってくるとそっと撫でた。尻尾の手入れや美しさでは決してパルに負けていない自負が彼女にはあった。

 「尻尾って大変なんだ。尻尾が無くて良かったよ」

 レヒテは尻尾の手入れの大変さに気が動いていた。しかし、ギブンはそのまま尻尾の話に持って行かせることはしなかった。

 「姉さんよりも大変なモノを持っているのにパルはちゃんとお淑やかにできているんだよ。尻尾や身体の毛やマズルがない分、姉さんのほうがもっとお姫様らしくしやすいんだよ」

 「でもさ、持って生まれた気性ってあるでしょ」

 なんとか、レヒテはこの話題から逃げようとしたが、ギブンは追及の手を緩めることはなかった。

 「持って生まれたと言えば、姉さんも僕も郷主の子だよ。だから、ケフの郷や郷主、郷の民に恥をかかすようなことはダメなんだよ」

 「う・・・ん・・・」

 ギブンの容赦のない追及にレヒテはしゅんとしてしまった。そして、パルは自分がレヒテを追い込むためのネタにされているとも知らずにティマを肩車してニコニコしていた。

 「ティマちゃん、そこからだと良く見えるかな」

 パルの言葉に辺りを見回したティマはレヒテがすごい表情でパルを睨んでいることに気付いたが、黙っておくことにした。

 「よーく見えます。とても・・・」

 【お嬢のことを言うと、絶対に怖いことになるから黙ってたほうがいいよね。そうだよね。きっとメラニ様もそうだよね】

 腹を決めたティマは年齢相応のはしゃぎ方をすることに決心したのであった。

この世界では、重い犯罪として死罪や奴隷にされるという刑罰があります。

犯罪奴隷にされると一般の奴隷と違い、自分で自分を買い取ることはできません。また、個人の動産にもなりませんので、郷でくたばるまでこき使われます。その仕事は森林の開拓、鉱山での採掘、ガレー船の動力などです。軽い犯罪では、さらし刑がありますが、これは、自分の所属するコミュニティーから除外されることを意味しています。ある意味、村八分のようなことです。勿論、監獄もありますが、人権についての意識はありませんので、それなりの扱いになります。

今回も、駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

ブックマークを頂いた方、評価していただいた方に改めて感謝を申し上げます。

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