132 ごめんさい
年末の都合でupが滞りそうですが、何とかやってみようとおもっています。
ギルドの昇級試験やら魔物討伐は取り扱っておりませんので、ご注意ください。
「火事も病気も心のもやもやも発見したらすぐに対処する、これが原則。でも、ちょっと難しそうだなー」
ルロはネアたちの寝床となっているテントに向かいながら思案していた。そんな時、荷車に無造作に積み込まれているスイカに似た作物を見つけた。
「えーと、あ、おにーさん、これいくつかもらっていいかなー」
その荷車の近くにいた新人の男にルロは気安く声をかけた。
「お館の嬢ちゃんか、いいぞ。今年は取れすぎて、どうせ腐らせるなら、思いっきり食ってくれ。そうすれば、こいつらも浮かばれるってもんだ。それに、あの狂戦士を倒した腕は流石だなー、現役だったらうちの傭兵団にスカウトしているところだよ。ま、さっきのお礼と言っちゃ、細やかだが好きなだけ持って行きな。・・・母ちゃんがいなかったら求婚してるぜ」
その男は、ルロの腕をほめながら、荷車のスイカを指さした。
「ありがとう。後でもらいに来るから、母ちゃんを大切にね」
ルロはその男に手を振るとネアたちのテントに入った。そこは、通夜の席の方がもっと陽気に思えるぐらい陰鬱な空気が流れていた。
「大きい子3人、ラウニ、フォニー、メム、手伝ってもらいたいことがあるから、ちょっと来てくれるかな。いいですね」
テントの入り口を開けてルロが声をかけると、ラウニたちは小さなうめき声のような返事をしてのろのろとゾンビの方がまだまだ活動的に思われるぐらいにゆっくり立ち上がり、ルロの後について、ここではまるでゾンビのように歩いて行った。
「あそこのおにーさんがスイカをくれるんですよ。ここから、良いのを3つ選んでくださいね。それと、お礼は絶対に忘れないこと、いいですね」
「はい・・・」
3人は墓場で死人が欠伸をしたような声を出して、ぺこりとおにーさんに頭を下げた。
「貴女たちが食べることになるから、真剣に選んでくださいね。それぞれ、一つずつ、私も食べるから一つ選んで・・・」
ラウニたちは力なくスイカを叩いたり、匂いを嗅いだりしていた、それらの作業をしているうちに彼女らが本来の姿を少し取り戻しているようであった。
「私は、コレ」
「うちは、コイツ」
「大きいことはいいことなのです」
「皆、選べたみたいですね。じゃ、お礼をして」
「「「おにーさん、ありがとうございます」」」
クマ、キツネ、イヌがそれぞれ頭を下げ、ドワーフ族の娘についていく姿を見て、元屠殺職人傭兵団員は笑みを浮かべた。
「見てくれは、違うが、中身は一緒なんだよな・・・」
「あのドワーフの娘を見て鼻の下伸ばしていたのかしら、それとも・・・、もしあの子たちを何とかしようなんて・・・」
彼の背後からいきなり声がかかった。慌てて振り返るとそこには腕組みした大きなお腹に頭に短い角を生やした人影があった。
「母ちゃん、俺は、いつも母ちゃんだけだぜ。俺の目を開かしてくれて、新しい生活をくれたんだからな」
彼は歯の浮くような台詞を口にするとそっと鹿族である彼の妻を抱きしめた。
「喉乾いたでしょ、冷えてはいないけど、美味しいと思いますよ」
テントの中でルロはスイカを切り分けると、また元のテンションに戻ったラウニたちに手渡していった。
「・・・ありがと・・・」
テントの中には小さな消え入りそうな声が上がった。
「で、なんでネアが許せなかったのですか。ネアが助けてくれなかったら、今頃、私もバトもどうなっているか。少なくても、私は顎を砕かれていたでしょうね」
ルロはティマの簡易ベッドにティマと腰かけながらうなだれてる侍女たちに声をかけた。
「ネアは言いつけを守りませんでした」
ラウニがスイカを睨みつけながらつぶやいた。
「・・・でも、身体の毛を全部剃るって酷いよね・・・」
フォニーはそう言うとスイカにまるで獲物に襲い掛かるようにかぶりついた。
「お姫様・・・、バル様の目、あいつらの目と一緒・・・。お嬢も怖かった・・・」
ティマはそう言うと目からぽろぽろと涙をこぼした。
「お嬢様は私にも・・・、どうして・・・」
メムもフォニーと同じように言葉にならない思いをぶつけるようにスイカにかぶりついた。
「でも、そうなるまでお嬢たちと同じ気持ちだったんですよね。ネアは何か言うことあるかしら」
ルロの言葉にネアは沈黙で答えた。
「言わなきゃ分からないよ。ネアはどうして飛び出したのですか」
ルロはネアの黙秘権を認めるつもりはないようで、ネアの口を開かせるために引き下がらない意思を見せてきた。
【黙ってても仕方ないか・・・】
「狂戦士化したアイツが動き回るのを邪魔するにはアレしかないと思いました。・・・ここで、動き回る人の足を弩で射ることができる人はいますか。お嬢とパル様は剣で立ち向かおうとされるでしょうし、姐さん方も、メムさんもそうでしょ。あの時に力になれるのは私しかいませんでした。それに、誰かが傷ついたり、死んだりすることより、全身の毛を剃られる方がマシです」
ネアは意を決して口を開いた。
「それは、分かります。でも、言いつけを守ることは大切な事です」
ラウニが納得しかねる、とばかりに反論した。
「もし、私が大ケガをしたら、お嬢を護る戦力は落ちることは確実ですよね。バトについてもそう。アリエラも例外ではありません。私たちの一番の務めは主をいかなる場合でもお護りすることです。ラウニちゃんは、お嬢が襲われていても、戦うなと言われいたら、その通りにするんですか」
「それは・・・」
ルロの言葉にラウニは言い返すだけの言葉を持っていなかった。
「その上、確かに言いつけは守りませんでしたが、主人を護るために戦ったネアに、事もあろうか全身の毛を剃るって、その場で誰も何も言わなかったのですか。それは、おかしいって」
「ちがう、どんどんおかしな風になっていって・・・、お嬢とバル様が・・・、怖かったけど皆で止めようとしました。そうすると、棒で叩くって言われて」
フォニーがつらそうにその時のことを思い出しながら話した。
「ギブン様もおかしいって、でもお嬢もお嬢様も聞いてくれなくて、私が歯向かったから毛を剃るって・・・」
メムは当時の有様を離しているうちに涙をこぼしだした。
「ハッちゃんが言ってた。主人が誤った道を歩こうとした時は、身をもって真っ当な道に連れていくことが家臣の勤めだって。うちはあの棒が怖くてそこまで覚悟できなかった」
「え、あのハッちゃんがそんなことを・・・、ハッちゃんにそこまで言わせることだったんですね」
ルロはハチの意外な一面に驚くとともに、ネアへの糾弾はあのハチをしてその台詞を吐き出させるようなひどい有様であっただろうと想像した。
「そうですねー、主人が誤った道を進むのは何が何でも阻止しなくてはいけません。間違って後ろについて行っても・・・、美味しい思いができるかもしれないけど、きっといつかそのツケを利子までつけてがっつりと持って行かれますよ。特にお嬢は暴走するから、手綱をしっかりしないとね」
ハチの説いた家臣の在り方に納得しながらルロはレヒテの常の言動を思い出し、この子たちの苦労はこれが最初で最後のものになるとは思えず、小さなため息をついた。
「で、君らはもうお嬢やパル様のもとで働きたくないなら、奥方様や団長に私らから口添えしますけど」
「パル様以外の方にお仕えする気はありません」
ルロの言葉に一番最初に喰いついたのはメムだった。
「きっと、何か・・・、悪いもの食べたとか、あったんです。パル様は・・・」
しかし、心のどこかで忠犬の忠誠心が小さくぐらついていた。
「私もビケットのお家以外に仕える気はありません。もし、首にされたら、物乞いしてでも他のお家に仕えません」
「うちもビケットのお家以外はあり得ないなー」
「拾ってもらった恩義がありますから」
「お館様も奥方さまも良い人だもん」
ネアたちの考えもメムに似ていた。ビケットには仕えるが、レヒテ個人にどこまで忠誠が誓えるかはそれぞれ自信がぐらついていた。
「私もそうですよ。玉の輿の話があれば・・・、話は別ですが」
ルロも同じようにビケットへの忠誠を口にして、そして自分のことに関しては笑顔でごまかした。
「たまのこし?」
ルロの言葉にティマが首を傾げた。
「とても偉い人とか、お金持ちの人のお嫁さんになることだよ」
ネアはティマの疑問にそっと答えた。
「ルロさん、どこかにお嫁に行くの?」
「え、あはは、今はまだそんな予定はないけど・・・」
ティマの純真な瞳を前にルロは引きつった笑顔を浮かべた。
「良かったー、ルロさんもバトさんもお師匠さんもずっとお館にいられたらいい・・・ですね」
朗らかに、嬉しそうに口にするティマの台詞にルロは心の中で、それだけは勘弁してほしい、と大きな声で異議を申し立てていた。
「明日、お嬢にあったらどうしますか」
ルロが帰った後、簡易ベッドに横たわりながらラウニが皆に尋ねてきた。
「うちは、いつ通りで行くよ。変に意識したら余計におかしな感じになるもん」
ラウニの問いかけにフォニーは自分の中で決めたことを答えた。そもそも、パルがいるだけで互いに何故かぎくしゃくしてくるのである。こんな気持ちをこれ以上増やしたくない、と言うのが本音のところであった。
「私は、謝罪します。言いつけを守りませんでしたから」
ネアは淡々と答えた。
「・・・ネアは今回の張本人なのに、ずいぶんと落ち着いていますね」
ラウニがネアの態度に疑問を投げかけてきた。ネアとしては、前の世界で最後につまずいてしまった出来事からすると取るに足らないように感じていただけのことであったが。
「そうだよね、言い訳しないし、毛を剃るって言われても黙ったままだったもんね」
フォニーがラウニの疑問に同意を示した。
「お嬢に最初に合った時、毛を剃ったら中になにがあるのかって言われましたから。あれは罰じゃなくて、純粋な好奇心みたいでしたけど」
ネアは初めてレヒテと合った頃、今からちょうど1年ほど前のことを思い出していた。
「それは、私も言われました」
「うちもね」
彼女らは互いを見てクスクスと小さな笑い声をあげた。
「バル様はそんなことは言わないと思うけど、ひょっとしてお嬢に言われてたりしない、ねー、メム」
フォニーはメムに問いかけたが、帰ってきたのは気持ちよさそうな寝息だけだった。
「あんなに泣いたり、騒いだりしたのに・・・」
幸せそうな寝顔のメムにフォニーはちょっと呆れたように呟いた。
「ティマも気を付けないといけませんよ・・・、もう寝ていますね」
ティマが寝入ったのを確認したラウニはそっと簡易ベッドから降りると、ティマの毛布をそっと直してやった。
「明日も大騒ぎになりますよ。さ、私たちも寝ましょう」
ラウニはそう言うとそっとランプの灯りを消した。ネアとフォニーはお休みの挨拶を交わすと毛布にくるまった。
ネアがいたのは、辛く、悲しい思いがよどんだ空気のように纏いつく暗い世界だった。
「すまない、この件は君がかぶってくれ、そうじゃないと組織全体に影響が出るんだよ。君だけじゃない、君の上司、部下、カウンターパートの部署全てに影響が出る。そうなると、進行中の案件は全部止まってしまう。これだけは避けたいんだよ」
立派な制服に数多くの記章、なかなか到達できない階級の階級章を付けた人物が薄くなった頭を軽く下げていた。
「すべて、貴方が計画して、実行されたんですね。組織ぐるみではなかったということですね」
何かに憑かれたようなレポーターがマイクをぐいぐいと押し付けてくる。
「見損なったな、お前と同期なんて、恥ずかしくて言えないじゃないか」
かつてともに仕事や訓練に励んだ仲間が蔑みの目を投げかけながら、掌を返してきた。
「こんなに綺麗に住まわれた方は珍しいですね」
不動産屋がほとんど生活したことがなかったアパートを見て皮肉気に話しかけてきた。
「違う、違うんだ」
何度か言いかけたセリフをごくりと飲み込む。苦くてとげとげとしていて、戻したくなるような気持になる。誰に言っても理解してもらえないことは充分に分かっているから。
「誰か・・・」
手を突き出しても掴むのは空気ばかり、気遣う言葉はなく、そこには糾弾の言葉だけがあった.。
暗く冷たい中、いきなり襟首をぐいっと引っ張られて光があって暖かい世界に連れ出された。
「一人じゃないよ。ここには手を差し伸べてくれる人がいるよ」
白黒のハチ割れの少女がニコニコしながら話しかけてくる。
「そうだよな」
もう一人同じ柄の少女が姿に似合わないような台詞を吐いてにっこりする。
「大丈夫だから・・・ね」
最初に声をかけた少女は我が子を慈しむようにもう一人の少女の頭を撫でた。
「お嬢、いつまで惰眠を貪っているんですか。もう、とっくに朝になってますよ」
レヒテたちが休んでいる部屋の前で深呼吸したラウニがいつもの調子で部屋に雪崩れ込んで、窓を開け放した。
「お嬢様、らしくありませんよ。いつもなら着替えも終わってらっしゃるのに」
メムはパルの毛布をはぎ取りながら努めて明るく声を出す。
レヒテとパルは一晩中なんだかんだと結論を得ない話をしていて、寝入ったのは結局お日様が昇る寸前と言う体たらくであった。
「おはよ・・・」
「・・・」
レヒテは背伸びをしてそのまま再び夢の世界へ、パルの意識はまだ夢の中であった。
「しっかりしてくださいね」
フォニーが洗面用の水を準備しながら呆れたような声を上げる。
「あ、そうだよ。パル、起きて、早く」
何かに気付いたレヒテはばね仕掛けのように飛び起きると隣でまだ夢の世界で何かを食べているパルの肩を掴んで激しく揺さぶった。
「あ、お嬢・・・」
バルが寝ぼけたような声を出す。
「パル、皆がいるよ。寝る前に言ったこと覚えている?」
パルはレヒテの言葉に真顔に戻るとレヒテの感を見て頷いた。
「「皆、ごめんなさい」」
2人は声を合わせてそして深々と頭を下げた。
「お嬢、何言ってるんです?」
「うちらがお仕えする方は決まってますよ」
わざとらしく、ラウニとフォニーは日常を演じて見せた。
「私も言いつけを守れなくて、ごめんなさい」
ネアは主人に負けないぐらい深々と頭を下げた。
「お姫様だ・・・、良かった。お嬢もいつものお嬢だ」
ティマはパルを見つめると、頭を下げるネアの横で嬉しそうな笑顔を見せた。
「パル様、お寝小しましたか。それならシーツを洗いますから」
メムはいつもの調子でパルに言うと、ぷーっと膨れたパルはがっといつものようにメムのマズルを握って、そしてそっと手放した。
「ごめんなさい・・・」
「寝巻は汚れていないみたいですね。器用なお寝小できるんですねー」
ワザとなのか、素なのかメムは空気を読まずにパルに返した。
「貴女はーっ」
今度はがっつりとマズルを握られてブンブンと振り回された。しかし、振り回されながらもどこかメムの表情は明るかった。
「あの年齢から妙な性癖に目覚めたら大変なことになるな・・・」
その様子を見ながらネアは小さく小さく呟いた。
「随分とバトさんに毒されたみたい・・・」
その日の朝は多少ぎくしゃくしながらもいつものように賑やかに始まったのであった。
主従の間の友情は難しいものですが、幼い彼女らにはあまり問題ではないようです。
ネアは前の世界で世間から悪い人と見られていたようです。何をしでかしたかは、その内と思っていますが、本人の記憶が定かでないので詳らかにするにはちょっと難しいかもしれません。(人、それを逃げと言う。)
今回も駄文にお付き合いいただき感謝申し上げます。評価、ブックマークいただいた方には厚く感謝申し上げます。