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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第10章 出会い
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131 お嬢たちの告白

正義の思いに駆られて動くことはとても怖いような気がします。

純粋な正義ほど怖いものはないかもしれません。

 「何があったのか、包み隠さずお話しくださいね。やらかすことはお嬢の日常ですから不思議なことはありませんが、私は直接にお仕えしておりませんが、聡明なパル様がやらかしたとなると、ただ事ではないと思いますから」

 うつ向いたまま、暖かいお茶の入ったカップを両手で持ってお茶に映る自分の顔をにらめっこをしているレヒテとパルにバトは穏やかに話しかけた。

 「言っちゃいけないことを、しちゃいけないことを・・・、ネアに、私、ネアに嫌われたかな・・・、ネアだけじゃない、ラウニ、フォニー、ティマ、ハッちゃんも・・・、ギブンも・・・」

 押し黙っていたレヒテが絞り出すように涙に湿った声を出した。うつ向いたままでバトからは表情は窺えなかったが、その声だけでレヒテがどんな表情をしているのかを知るにはバトには充分だった。

 「メムがあんな目で私を・・・、どうして・・・」

 パルは、泣きそうになるのをこらえて、何とか声をひねり出した。

 「・・・お嬢様方は、何をしたんですか。使用人に嫌われるようなことを言ったり、したり、やらかしたりしたんですね」

 バトの言葉にレヒテとパルはそろって首を縦に振った。そんな様子をバトの横に置いた椅子に居心地悪そうに座っているアリエラが心配そうに見つめていた。

 「私、ネアの毛を剃ろうって、嫌がったら、それで叩くって・・・、どうして、そんなことを言ったのか・・・な・・・」

 レヒテは部屋の隅に転がっている椅子の脚を力なく指さした。アリエラはレヒテの言葉を聞いて表情が強張った。

 「まさか、それで叩いたと言うのですか」

 アリエラはレヒテが指さした椅子の脚を見ると、口調は厳しくないが捕虜に尋問するようにレヒテに問いかけた。

 「アリエラ、お嬢様方は罪人でも捕虜でもないよ。やらかした騎士団員でもないんだからね」

 バトは、アリエラにこの場が事情聴取の場でないとやんわりと告げた。アリエラはバトの言葉に頷くとバトに任せたというように軽く頭を下げた。それを見届けたバトは静かに頷くと椅子の背もたれに顎を載せてリラックスした姿勢をとった。

 「叩いてません。・・・でも・・・、ハッちゃんに止めてくれなかったら・・・叩いていたかも・・・。なんでかな・・・」

 レヒテはネアを叩いていないことを主張したが、その時の自分の心を思い出して声が小さくなった。

 「叩いていないんですね。あんなもので叩かれたらいくら獣人でもケガしますからね。それが気持ちいいってなるにはまだまだ修行が必要だから、そんな高度なプレイをするにはそれなりのレベルが必要ですよ。ハッちゃんもたまにはいい仕事するねー、でも、あのハッちゃんが止めるとなると・・・、洒落にならないような状態だった、と言うわけですね」

 ハチの見かけによらない行動を聞いてバトはちょっと彼を見直しつつ、あのハチが口を出すということで、事の深刻さを悟り、思わず顔を伏せて小さなため息をついた。そして、いつもの調子になっているバトにアリエラが見よう見まねで脇からバトの足を蹴った。

 「パル様はその時、なにをなさっていたのですか。お嬢と一緒にネアを叩こうとした、とか。アリエラ、まだ慣れてないからかも知れないけど、突っ込みに戸惑いがあるよ・・・、突っ込むときは思いっきり、ズンと奥まで感じっ」

 アリエラは学習したのか、今度は激しくバトの足を蹴り飛ばした。バトは足をさすりながら親指を立ててアリエラの突っ込みが上達したことを伝えた。そして、再びすました表情に戻った。

 「違います。叩いていません。・・・ハッちゃんやメムにネアを取り押さえろって命令しました。でも、誰も私の命令を聞かなくて・・・、メムまで・・・、それでどんどんと腹が立って・・・」

 バトの問いかけに目の周りの毛を涙でゴワゴワにしたパルがその時のことを思い返し、苦しそうに言葉にした。

 「命令を聞かなくて、腹が立ったってわけですね。メムちゃんはいつもパル様と一緒ですよね。メムちゃんが命令をなんで聞かなかったのですかねー」

 気楽な調子で尋ねるバトにレヒテが暴れ姫の異名が信じられないようなおどおどしたした調子で口を開いた。

 「それは、私がパルにそう命じたから・・・、お友達に命令したの・・・、それも酷いことを。ネアの毛を剃ろうって言ったのも私・・・」

 「でも、それは郷主の娘と郷主に仕える騎士団長の娘の間なら・・・」

 レヒテの言葉にアリエラが疑問を挟んだ。上下関係の強い黒狼騎士団で騎士団員として郷主に仕えるアリエラとしてはレヒテの言動は不思議な事ではなかった。

 「アリエラ、それは違うよ。私も侍女としてお仕えしてから日は浅いけど、お嬢とパル様はそんな関係じゃないよ。今回の訓練でアリエラも見たでしょ。お嬢はその出自で態度を変える人じゃないって」

 「そう言えば・・・、どんな人でも、私なんかにもお嬢は気さくにお声をかけていただいてました」

 アリエラはキツイ山道を文句を言わず歩き、騎士団員と同じ粗末な食事にも嫌な顔をするどころか美味しそうに掻き込んでいたレヒテの姿を思い出していた。

 「そんなお嬢がなんで、お友達のパル様に命令したんですか。よほどのことがあったんでしょうね。お戯れにそんなことをされる方ではないと私は思っていますから。ルロはどうか知らないけど」

 バトの言葉に力なく頷いたレヒテが口を開いた。

 「ネアが急に許せなくなって、だって、危険なことをするなって、あれほど言ってたのに、自分から勝手に戦いに行くなんて・・・、私だって・・・、私を差し置いて」

 レヒテは苦しい胸の内側を吐き出した。

 「確かにね、ネアちゃんは危険なことをやらかしたねー。でも、ネアちゃんが助けてくれなかったら、私たちはケガ・・・、ひょっとしたら誰かが死んでいたかもしれませんね。でも、お嬢は許せないんでしょ。今も、何でしたら、この訓練が終わってお館に戻ったら奥様にネアをクビにするようにお話ししますよ。アリエラ、団長が戻られたら、パル様はお嬢の臣下であるべきところをお嬢の恩情を友情と勘違いされていると報告してください。それでよろしいですよね、お嬢。郷主の娘に仕えるべき者が、あろうことかその命令に背く、そして、郷主の娘を友達としてつきあっている。許されることではないですよね。だから、お嬢はネアを許さないし、パル様にも命令されたんですよね」

 バトはまくしたてるようにレヒテに話しかけた。それを聞いてレヒテは拳を握りしめて俯いてしまった。

 「バト、何てことを。私はお嬢をそんな・・・」

 パルはバトに反論しようと口を開いた。

 「と言うことは、バル様はお嬢を友達ではないと仰るんですね。それでこそ、騎士団長の娘です。それだと、常のパル様のお嬢に対する態度はあまりにも・・・、悪く言うと馴れ馴れしいですから、そこもお改めください」

 今まで黙っていたアリエラがパルをじっと見つめて口を開いた。

 「違う、違う、違うのそんなんじゃない。家臣とか郷主とかそんなので、そんなので・・・、パルは私の友達だよ。ネアも・・・、あの子は違うって言うけど、私の友達だよ。・・・バトもルロもアリエラも・・・、そんな、家臣だなんて、寂しいこと言わないで。・・・パルもそうなの・・・。ねえ、メムはバルにとってはただの侍女なの、違うよね」

 レヒテは涙をまき散らすように首を振ってバトの言葉を否定した。また、メムもレヒテの言葉を聞いて声を張り上げた。

 「お嬢は、郷主の娘だし、私はその臣下の騎士団長の娘だけど、そんなことより、お嬢は、お嬢は・・・、友達だよ。大人が作った難しいことなんか知らない。でも、メムもネアもハッちゃんも・・・友達だよ。そんな人たちに私は酷いことを言って・・・。私は家臣としても主人としてもそんな心じゃダメってハッちゃんに言われて・・・、メムは何も言わなかったけど・・・きっと、私のことを・・・。私とメムはただの主人と侍女の関係になるのでしょうか。そんなのいやです。お嬢と主人と家臣だけの関係になるなんて寂しいです」

 パルはそう言うと涙で濡れた目でレヒテを見つめた。レヒテもパルをみつめて、そして2人は互いを抱きしめあい。そして大声を上げて泣き出していた。

 「そのお言葉を聞いて、バトは安心しました。我々はピケットの家臣であることを誇りに思っています。そして、お嬢から友達だと、何にも勝るお言葉を頂き感謝しています。このお言葉、ルロにも伝えておきます。でも、そんな素敵なお嬢がどうして・・・」

 抱き合って泣いているレヒテとパルを見てバトは首を傾げた。

 「・・・それは、皆に良い所を見せたかったのに、ネアに横取りされたって思いがあったし、ネアは、言いつけを守らない悪い子だとそう思っていたら・・・、ちょっと脅そうと思って言っただけなのに、分からないうちに、どんどんネアは悪い子だから懲らしめなくちゃって思いが大きくなって・・・」

 レヒテはネアへの説教がいつの間にか、あらぬ方向へ動き出した箏を思い出しながらぽつぽつと語りだした。

 「私も、お嬢に良い所を見せたがっているようなネアが憎く感じました。・・・でも、皆はそうじゃなくて、フォニーさんがネアを庇った時に、もわもわした気持ちになって、なんで皆が言うことを聞いてくれないってイライラして、言うことを聞いてくれないメムまで罰しようと・・・。おかしいと思っているのに、心がどんどん走り出して、止められなくなって・・・、ハッちゃんに止められなかったら、私は・・・取り返しがつかないことを・・・。メムは、私のこと嫌いになったのかな」

 涙を可愛らしいハンカチで拭きながらパルは自分の気持ちがどうだったのかつっかえながら話し出した。そんなお嬢様方の言葉を聞いてバトは優しく微笑んだ。

 「こんなお話があります。あるところに3人の子供がいました。1人は男の子、2人は女の子でした。彼らはとても仲が良く、家族のようでした。そして彼らが大人になるころ、2人の少女はその1人の少年に恋をしていました。この3人が皆、真人なら問題は大きくならなかったかもしれません。・・・少女の1人はエルフ族でした。私が言うのもなんだけど、エルフ族って結構、美人なのよね。で、真人の少女は美貌ではエルフ族の少女に勝てない、きっとあの少年はエルフ族の少女と結ばれると思っていたんです。でも、少年は真人の少女を選びました。決して、そのエルフ族の少女が私みたいに変だったとかじゃないにも関わらずです。エルフ族の少女はたった一つの言葉で彼からの想いも友情も失いました。その言葉は『私の方がきれいだから』でした。確かにその少女は美しかったのです。でも、少年はその言葉でエルフ族の少女と結ばれることを拒否しました。きっと、エルフ族の少女が高慢ちきの嫌な子に見えたのでしょうね。このエルフ族の少女を高貴な身分の少女と変えてみたら、ご自身がどちらの方になるか。お分かりでしょ。お嬢たちが間違えたことをした、とお考えでしたら、明日にでもメムやネアたちに謝罪してください。あの子たちは、お嬢たちを心から信頼しています。きっと許してくれますよ。そして、間違えていたら、例え侍女にでも素直に頭を下げられる方にますます忠誠と言葉にはしませんが、友情を誓うでしょうね」

 バトはそう言うとそっと椅子から立ち上がった。

 「アリエラ、行きましょう。イクっていっても、一緒にーとか、天井を見上げてヨガルとかじゃないからね」

 「誰も、そんなこと考えてません。そんなこと考えているのはバトだけです」

 バトはアリエラの突っ込みにちょっと不満そうな表情を浮かべ、アリエラと部屋から出て行った。


 「アリエラ、ネアがやったのは、あの援護射撃だけじゃないよね」

 バトは自分たちの寝床となるテントに向かいながらアリエラに軽く問いかけた。

 「え、何故、そんな・・・」

 いきなりのバトの言葉にアリエラは言葉を詰まらせた。

 「あいつらが来る前に、あいつらの数とか、私らに教えてくれたよね。あれはどこから仕入れた情報なのかなって」

 「それは・・・」

 「いいよ、察しはついたから。本当にネアは何者なのかなー」

 バトは、戸惑うアリエラをちょっと見て、にやっと笑った。そして、アリエラの態度から自分の考えがほとんど的を射ていることを確信していた。

 「ところで、バト、さっきのエルフ族の少女って、ひょっとして貴女のことじゃ・・・」

 アリエラは切り返しとばかりにバトが話したたとえ話について尋ねてきた。

 「あれは、後日談があってさ、少年と少女が結ばれて30年ほどたった時、エルフ族の元少女が元少年と元少女に偶然に出会ったんだよ。エルフ族の元少女は、見た目では現在進行形の少女のまま、真人の元少女はくすんだおばさんに・・・」

 バトはそこでちょっと間をおいて、小さく深呼吸した。

 「真人の元少女はまるで怪物を見るような目で、エルフ族の元少女を睨みつけたそうだよ。だって、そこには、元少年が若かった時のまま、思いを寄せた時のままの姿の彼女がいたんだから。真人の元少女は一言『ずるい』と言って二度とエルフ族の元少女と顔を合わさなかった、幼いころはとても仲が良かったのにね。あの少女はね、私のお母さんなんだよ。だから、さんざん言われたよ。エルフ族の女は他種族の女から恨まれるって。・・・わざとそんな嫌味なことをしたいわけじゃないのに、偶々、・・・私にはタマはないけどね・・・、エルフ族に生まれたってだけでさ。だから、お嬢たちも好き好んで郷主や騎士団長の娘として生まれたわけじゃないってこと」

 明るく、あっけらかんと語るバトにアリエラは逆に切り返されたような格好になっていた。

 「私も、ずっとエルフ族って羨ましいって思っていました。だって、配食の時もバトが配食しているだけで、団員たちが喜んでたんですよ。私も何回も配食したりしまたけど、あんなことはありませんでした。でも、苦労があるんですね」

 アリエラの言葉にバトはにこっとすると神妙な面持ちのアリエラの背中を軽くたたいた。

 「細かいことを気にしていると、胸が大きくならないよ。私は、ここにいる皆と違う船に乗ってるみたいなもの、一緒に歳とって、お墓に行くことはできないんだ。皆を見送るだけ、出会いも多いだろうけど、さよならも多くなるんだよね。だから、森から出たがらない連中もいるんだろうね」

 バトの軽い口調で語られる、それなりに重たそうな話にアリエラは難しい表情で浮かべて考え込んでしまっていた。

 「バトの常のシモエルフってキャラクターはひょっとして私らから妬みを買わないために?」

 「さー、どうかなー、これは元からだと思うよ。無理にこんなキャラクターを作ってるなんて、悲しいことだよ」

 アリエラの追及にバトは苦笑しながらさらりかわした。しかし、アリエラは輜重隊長が漏らした「案外、未通女かもしれない」の言葉が意外と当たっているような気がしていた。


 「パル、ごめんなさい。私のことで、巻き込んじゃって」

 ランプが柔らかい光を投げかけている部屋の中でレヒテが隣に腰かけているパルにそっと呟いた。

 「お嬢、私の方こそごめんなさい。お友達だったら、間違ったことをしようとしたら止めなきゃならない。家臣もハッちゃんが言ったみたいに止めなきゃならない。それなのに、私はお嬢のお友達としても家臣としてもダメです」

 パルの耳はしゅんと下がったままだった。もし、彼女が立っていたら尻尾はくるりと股の間に巻き込まれていただろう。 

 「パル、違うよ。私はパルや皆に甘えていたのかな。何を言っても聞いてくれるって・・・、それは、私の力じゃないのに。まるで、ロートと同じだよ。あんな嫌味な子と同じになっていたんだ。明日、皆にごめんなさいって謝ろうと思っているの」

 パルの言葉にレヒテは首を振って否定した。

 「皆に悲しい思いをさせちゃダメなんだよね。家臣ってハッちゃんは言ったけど、お友達にも悲しい思いをさせる時は自分が死ぬ時だけなんだって」

 レヒテはしみじみとハチの言葉を思い出していた。

 「でも、あのハッちゃんがあんなことを言うなんて・・・」

 パルはここで初めて意外なことが起きていたことを認識した。

 「あのハッちゃんですらそう思うってことだとしたら・・・」

 2人は顔を見合わせてため息をついた。

ほとんど独白のようなお話になってしまいました。

ハチと言い、バトと言い常と違う雰囲気になっていますが、決して何かに憑依されたとかではありません。

今回も駄文にお付き合いいただきありがとうございます。評価していただいた方、ブックマークして頂いた方に感謝を申し上げます。

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