13 主と仲間
遅々としてなかなか進まないお話・・・
やっと、仲間と顔を合わせることになります。
「奥様の部屋まで案内するからね。はぐれるといけないから、手をつないでいくよ」
お館様の部屋を退出すると、ルップはネアに手を差し出した。
【子供でもあるまいし・・・、あ、今は子供か・・・】
子供に子ども扱いされていることに微妙な違和感を抱きつつ、そこは、今の姿は子供であるからしかたないと自分を納得させた。廊下は外から入った昼下がりの陽光で明るく、館の内部はけっして華美ではないがしっかりとした丁寧な造りになっていることが見て取れた。ネアはルップに手を引かれながら館の右翼の端っこまで連れて行かれた。そこには、頑丈な扉が短槍を手にした衛兵が2名によって護られていた。
「ここからは、この館の関係者以外は入れないところになるんだ」
ルップはそっとネアに話しかけると、ちょっと緊張しながら衛兵に近づいた。
「奥方さまに・・・」
「坊ちゃん、お帰りなさい。怪我もなく無事でなによりです。それに武勲もたてられたようで」
ルップが言い終わらないうちに、衛兵の一人がニコニコしながらルップに声をかけた。
「あ、う、うん、ありがとう・・・」
気まずそうにルップが応えると、さ、どうぞと言わんばかりに衛兵は扉を開けた。ちょっと困惑したような表情を浮かべながらルップは扉を抜けるとその背後でそっと扉が閉まった。
「わたしも坊ちゃんと呼ばないといけないのかな・・・」
ネアはルップを見上げながら独り言のように呟いた。
「それはやめて欲しい」
「ルップ様?」
「それもやめて欲しい」
「どう呼んだらいいの?」
ネアはルップを見上げながら小首をかしげた。その言葉にルップは黙り込んで考え始めたようだった。
【面倒臭いヤツだな・・・】
ネアは小さくため息をついた。
「ルップでいいよ」
漸く決心したのかやっとルップが答えを出した。しかし、それは
「だめ」
どこの馬の骨とも分からぬ幼女が騎士団長の息子を呼び捨てにできるわけが無いのは常識である。
「そうすると、どう呼んで貰えば・・・」
ルップは再び考え出した。
「ルップ様、これに決まり」
考え込むルップに半ば強引に呼び方を決めた。ルップはネアの言葉に不満であったが、それ以外の考えも無いので無言で肯定することになってしまった。
二人は大人三人が並んで上がることができるような階段を上がり館の2階にたどり着いた。するとまた大きな扉と衛兵が二人を迎えた。
「坊ちゃん、おかえりなさい」
「ご活躍の噂を聞いてますよ」
まもたもやルップが声をかける前に衛兵がしゃべりだし
「さ、どうぞ」
勝手に扉を開けてくれた。
【この館のセキュリティは機能しているのか?それとも確実に顔認証しているのか?】
ネアはこの館の奇妙な警備に対する複雑な思いを表情に浮かべ、彼女の手を引くルップは「坊ちゃん」の言葉に表情を曇らせ、まるで戦死の連絡するような表情で奥方の部屋の前に立っていた。
ルップが軽く扉をノックすると
「開いてるわよ」
中から呑気そうな女性の声がして、静かに扉が内側から開けられた。
部屋の中はどこかの仕立て屋を思わせるような雰囲気とアイテムに溢れ、その中にこの部屋の主である歳の頃、30歳位の婦人が栗色の髪をアップにまとめたモーガ・ビケットが出入り口に立っている二人に微笑みかけていた。
「ルップ・デーラ、他1名、只今、戻りました」
ルップが直立不動の姿勢で奥方様であるモーガに堅苦しく報告した。
「お帰りなさい。無事に帰ってきてくれてうれしいわ。それと・・・、その子ね」
奥方様はニコニコしながらネアを見つめた。
【ここが奥方様の部屋?仕立て屋じゃないのか?】
ネアは部屋を見回して混乱していた。その時、
「!」
背筋に冷たいものが走るような殺気のようなものを感じた。
【な、なんだ、この感触は】
焦りながら部屋を見回すと、この部屋には奥方様の子供と思われる少女と小さな男児、そして熊と狐の獣人の少女、この殺気は狐族の少女から発せられているように感じられた。
「・・・」
ネアは無意識のうちにそっとルップの後ろに隠れた。しかし、この判断は間違いであった。何故なら殺気がますます強くなってきたからである。この疑問を解決するために彼女はルップの影からそっと顔を出して狐族の少女を見た。その少女は引きつった笑顔を浮かべ、そしてその目は決して笑っていなかった。窓から差し込む陽光で黄金色に輝く狐の少女に自分が何をしたのか、それ以前に今まであったことが無いのに何故、ここまで敵意を向けるのか、全く見当がつかなかった。
【あれだけ綺麗な黄金色の毛並みの子だったら一度あったら忘れないのに・・・、黄金・・・金色・・・、お館様が、金色が白くなるって・・・、あっ】
ネアは頭をフル回転させて何とか原因を推測した。つまり、待ち続けた相手がどこの誰とも知らない女の子の手を引いて現れたら穏やかでいられるはずが無い。すると、ルップの影に隠れたという己の行動は最悪の行動であったと考えられる。身の安全を護るためにも、あの子を安心させなくてはならない。ならば・・・。
「ルップ様、あの人が奥方様?」
ネアは、ルップの手をそっと振りほどいて横に立つと見上げて尋ねた。何としてもルップとは彼女が想像するような仲ではないことをアピールしなくてはならない、そのためにも敢えて他人行儀に振舞うことにした。
「そう、あのお方が、お館様の奥方様であらせられる、モーガ・ビケット様だよ」
ルップは小声でネアに説明した。その説明に敢えて反応することなくネアは一歩前に進み出て。
「湧き水のネアです。名前しか分からないの・・・です。え、えーと、よろしくお願いします」
ネアはルップを無視するように奥方様に挨拶をしたが、頭の中ではそれなりの挨拶の台詞が浮かぶものの、口にできるのは幼い言葉、そして少なすぎる語彙のおかげで舌足らずな挨拶になってしまった。
「ええ、そこは、ウチの人から聞いているから。今日から、この館が貴女の暮らす場所。そして、貴女には私の仕事の手伝いや、この子たちの世話をお願いしたいの」
奥方様は微笑みながらネアに手招きし、近くに来るように促した。
「はい」
ネアは恐る恐る奥方様に近づいた。
「!」
今まで、ずっと気配を殺すように黙っていた熊族の少女から身構える気配を感じて、どきっとしながらその少女に目をやると、その少女は顔に何の表情も浮かべてはいなかったが、白いエプロンドレスの裏側にあるポケットにそっと手を伸ばしているのが見えた。
【何かあったら殺る気だな。と、言うか、この世界、あのルップと言い、この子といい、子供に人を殺めさせることに抵抗が無いのか】
今まで住んでいたと思われる世界と比してこの世界は荒々しく、危険で、情け容赦ない世界であることを実感した。
「うーん、ちょっと背中見せてくれないかな」
ネアが奥方様の前に立つと奥方様から妙なリクエストがあった。それに、頷くとその場でゆっくりと方向転換した。
「ちょっとごめんね」
奥方様はそう言うや否やがばっとネアに抱きついてきた。
「え、わ、あの」
仄かな香水の香りと柔らかく暖かな抱擁にネアは言葉を見つけることができなかった。
「ちょうどいいわ。うん、子供服のモデルは貴女に決まり、フォニーは最近、胸が大きくなってきたから子供服を卒業するころだし。良かったわ」
奥方様はニコニコしながら抱擁を解くと自分の言葉に自分で納得していた。
そして、ネアはいつの間にか彼女に向けられていた殺気が消えたことに気付いた。
フォニーは内心とても恥じていた。まだ小さい女の子に嫉妬を感じてしまった。そして、ルップに対しても激しい怒りの感情を抱いてしまったことに。
『あの子は何も悪くない、ルップも悪くない』
理性がそう判断しても、心のどこかが大きく騒ぎ立てる。その騒ぎ声がどんどんと自分の中で大きくなってきた。それは、コントロールしがたい感情のうねりだった。しかし、あの猫族の子はこちらが邪推したような存在では無いことが分かってきた。そして、奥方様の子供服のモデルを彼女にする、と言う言葉を聞いた時、嫉妬は雲散霧消し、あの子に対して感謝と、同情の心がわいてきたのを認識した時、彼女は自分の小ささを思い知らされたような気がした。
ラウニは猫族の子を見た時に、なんとも形容しがたい違和感のようなものを感じた。
『刺客かしら?』
一瞬、物騒な考えがよぎるが、あんな小さな子が何かできるわけが無いと判断しようした。しかし、もし、万が一、小さくても可能性が否定できない時は対応できるようにしておかなくてはならない。手遅れにならないように。彼女は猫族の小さな少女から一瞬たりとも目を離さず、いつでも飛びかかれるようにエプロンドレスに隠した小さな鉄の爪にそっと手を通していた。しかし、奥方様に抱きつかれた小さな少女の行動を見た時に、彼女は自分の思いが杞憂であったことを確認し、小さくため息をついた。
レヒテ・ビケットは自分より明らかに年齢が下であろう猫族の小さな少女を見た時の思いは自分にやっと妹分ができたという単純な考えであった。しかし、その子の行動を良く見ると自分よりずいぶんと大人じみているように感じられて、面白くないという思いが少し湧いてきた。
ギブン・ビケットは部屋の片隅のソファーの上で爆睡中であったため、ネアの存在を知るのはその日の夜になってからであった。
「ラウニ、ルビクにこの子の衣装と生活道具を一式準備して貴方たちの部屋の空きベッドに寝具一式を準備するように言ってきて。フォニーはルップとこの子にお茶とお菓子を出してあげて。ラウニが帰ってきたらお茶の時間にしましょう。・・・、ギブンはあのまま寝かせておいていいわ」
奥方様は熊族と狐族の少女に命ずるとネアに作業用のスツールに腰掛けるように促した。
「貴女のお話を聞かせて貰えるかな?ええ、お茶とおいしいクッキーを頂きながらね」
そう言うとネアに易しく微笑みかけた。ネアはその笑顔に暫く感じたことの無い安心と言う感情が引き起こされるのを感じた。
おっさんマインドな主人公は動かしにくいです。
でも、ガンバッテやりぬくぞ・・・、ぬけたらいいな。
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