126 漢の浪漫と謀
この世界でも騎士団が動くのには人手がそして当然のことながらお金がかかります。儲けの少ない郷はそれなりの騎士団しか持てません。お隣の郷の騎士団も名前こそは立派ですが、中身は、お察しくださいの状態です。
人間とは面白いもので、追い込まれたり、進退窮まりない状況に陥った場合、最悪の手を打ってしまうことがある。
昨年、屠殺職人傭兵団がスージャの関を裏切者とされるデルク・ヌビスの手引きで突破したと聞いた時、ある男は逆方向からケフの郷を襲い、少しぐらいは美味しい思いをしようとした男がいた。彼は、手勢20名程を寄せ集め、ケフの西にある小さな港を擁する郷、ヤヅに安くない船賃を払って乗り込んだものの、到着した頃には屠殺職人傭兵団は退けられ、事もあろうか厄介な存在と思っていた黒狼騎士団は無傷であったため、壮大な計画は港に到着した時点で破綻してしまっていた。ここで、真っ当に港で荷役や漁業に携わったりしていれば彼らの運命は多少はマシなものになっていたかもしれないが、そんなことを計画する連中が真っ当に働くことなんぞ最初から頭の中にはなかった。当初は小舟を使った海賊行為に勤しんでいたが、襲える船と言えば、漁船か近海の島々を結ぶ小さな船程度で、あっという間にヤヅの青波海洋騎士団に追い掛け回される羽目となったしまった。さらに悲しいことに、半年ほど前に襲った嵐で小舟も沈み、仲間も数名失うという悲劇に見舞われてしまった。
「・・・、最近は湿気てやがる・・・」
海賊から山賊へと転職したものの、荷を運ぶ商人や行商人たちのキャラバンは腕の立つ護衛を雇っており、丸腰で動く荷馬車なんぞ襲ってもヤヅの緑野原山岳騎士団に追いかけられるのがオチであった。最近の稼ぎは専らケフに山沿いに密入国し、開拓村を襲い、村民たちを脅して作物を手に入れるという細やかな活動に限られるようになっていた。
「親分、親分、騎士団が、騎士団が来るぞ」
細やかな山賊集団を率いる自称「皆殺し」のレブルが慎ましやかな朝昼兼用の食事らしきものをとっているいる時に、襲えそうな獲物を物色させるため物見に出した子分が大汗をかいて走り込んできた。
「親分ではない。団長と呼べ」
このレブルなる男、短身痩躯の毛深い真人であるが、その毛深さから時折ドワーフ族に間違えられるのが癪の種であった。そして、自分のことを親分と呼ばれることがその次に癪なことになっていた。
「団長、騎士団の連中、先頭が黒い犬みたいな獣人で・・・」
子分のひょろ長い真人の男が自分が見つけた騎士団について説明しだした。
「黒狼騎士団だな・・・」
子分が口にした僅かな情報から彼はその騎士団が黒狼騎士団だと推測した。
「なんで、こんな所に、わざわざ来やがるんだ。討伐か・・・。おい、お前とお前、その騎士団を見失わないように着けて、奴らが何をして、これから何をするか探って来い。見つかるなよ。落ち合う場所は、大岩だ」
レブルは彼が口にしていたものより慎ましい食事らしきものをしていた兎族と驢馬族の男に命じた。大岩とは、この近所にある次の得物である開拓村を俯瞰できる丘の中腹にある目立った岩であった。ちょうどその岩の根っこ辺りは小さな洞窟みたいなものがあったりと野宿するにはうってつけの場所であり、彼のお気に入りの場所の一つとなっていた。
「上手くいけば、アイツの面を潰して、俺の名が一気に天下に広がるぞ」
駆け出していく子分たちの背中を目で追いながらレブルはニタリと笑ったが、どうやってガングの面を潰すのかはまだ考えていなかった。
「ウェルよ。今度はわしも本隊に着いていくぞ。今度の訓練は二夜三日のパトロールだからな。疲れもあるだろうし、足を痛めている連中も増えるておるからな。お前さんだけじゃ、手が足らんようになるかも知れんからな」
ドクターは憂鬱な面持ちで大きな荷物を背負うウェルの背中に声をかけた。
「二泊三日じゃないんですか」
「泊りはせんよ。ただ、夜が二回くるだけじゃよ」
何気にハードな事をさらりと言うドクターにウェルは顔をしかめた。
「ルッブ様・・・」
ドクターの話を耳にしたフォニーは昨夜見た疲れ切ったルッブの姿を思い出して、いたたまれない気持ちで小さく呟いた。
「私たちも・・・」
【今のこの身体じゃ、そんなのに付き合えないぞ】
ドクターの言葉に少し不安を覚えたネアが、嬉しそうにティマの手を引くアリエラに不安をにじませないようにしながら尋ねた。
「そのことね、私たちは、ここから少し離れた開拓村に入ってそこの広場で団長たちを待つの、団長たちが付いたら暖かい食事をすぐに出せるように準備することが私たちの任務、団長たちは私たちが着いた次の次の日の夜ぐらいに村に到着する予定よ」
アリエラの説明に内心ほっとした。アリエラの言葉を聞いてからしばらくすると騎士団は少し開けた場所で休憩をすることになった。そこは山の中腹を横断するような道の中に眼下に小さな川を見下ろすような場所であった。それぞれ団員たちは隊列を崩して、これから行われるであろう訓練について不安やら愚痴をこぼしながら、足をほぐしたり、水を飲んだりしだした。団員たちがしばし身体を休めている広場から少し離れた所に川に突き出すように細長い岩が飛び込み台のように突き出しているのがネアの目に入ってきた。
「あんまり、あの岩を見ないようにね」
不思議そうに岩を見つめるネアにアリエラがそっと声をかけてきた。
「どうしてですか?」
ネアが尋ねるより先にラウニが不思議そうに尋ねた。
「成程ね、これはお嬢様方にはキツイよ」
バトはその岩の突き出した所にに若い男の団員が用を足している姿を見て納得したように呟いた。
「気持ちよさそうだもんね、私たちにはできないけど」
バトは突き出した岩の上から眼下の川に向けて小自然の要求に応える団員たちをちょっと恥ずかしそうに見るとさっと視線を外しながら感想を漏らした。
「皆、見ないで、あんなモノを見せるなんて、非常識です」
ルロがちょっと怒ったように言うと、興味深そうに見ようとするレヒテの頭を掴んで逆方向に向けた。
「若、ちょっと、用を足して来ましょうか」
ハチがモゾモゾしているギブンに明るく声をかけた。
「あれは、はしたないよ・・・、ルロも言っているし・・・」
ハチの誘いにギブンは煮え切らない答えを返した。
【俺も、ヤバイかも・・・】
ネアも内なる小自然が雄たけび上げ始めたことに気づいた。そして、先ほどの男の団員たちが気持ちよさげに眼下の川に小自然の要求を満たす光景を思い出して、思わず薄い唇をかみしめた。
【俺も、この身体じゃなきゃ・・・】
ネアは改めて失ったものの大きさを味わっていた。そんな中、自分の要求を難なく満たすことができるギブンが躊躇する姿に釈然としない気持ちが湧いてきた。
「若、漢の浪漫ですよ。あれは、まさしく、漢の浪漫です。男ならするべきです。できるものなら・・・」
ネアは血涙を流すような勢いでギブンに詰め寄った。
「浪漫って、おしっこすることが・・・、なんで」
ギブンは訳が分からないという表情でネアを見つめた。
「ネアの姐さんは、いいことを言いなさるねー、若、漢の浪漫ですぜ、決して女子には理解されることはありやせんが、それこそ、正しく漢の浪漫」
ハチはネアの言葉に大いに賛同の意を示した。
「若、私の代わりに、お願いします。・・・私は・・・、もう、失礼しますっ」
ネアは小自然がいきなり荒れ狂いだしたのを感じるとその場から小走りになりながら、ちょっと離れた茂みの奥に身を隠すように消えていった。
「漢の浪漫か・・・、ネアがあそこまで言うなら、何かあるんだ。ちょっと、行ってくるね」
ギブンはハチとともに例の岩に向けて小走りになって突き進んでいった。
【毎度、毎度面倒くさいよ】
ネアは茂みの中にしゃがみ込みながら、荒れ狂う小自然をなだめながらうんざりしていた。
【失ったモノは大きいよな、サイズに関係なく・・・】
ネアは大きなため息をついた。それは、小自然の猛威をなだめたことによるものか、大きな喪失感からくるものかは傍目にはわからなかった。
「ねえ、ラウニ、ネアって女の子だよね」
「ついてませんもんね」
フォニーとラウニが互いに見合って首を傾げた。
「私も、漢の浪漫を感じにいこうかなー」
ネアの言葉を聞いてレヒテがちょっとうらやましそうな声を上げた。
「お嬢、なんてことを。前に挑戦してエライことになったのをお忘れですか」
パルがすごい剣幕でレヒテに突っ込んできた。そして、レヒテの隠しておきたいことを見事に暴露していた。
「パル、あれは秘密って」
レヒテは真っ赤になってパルに言い返した。その時、パルは口にしてはいけないことを口走ったことに気づいて自らの口を手で押さえた。
「お嬢様も大変なことになりましたよね。私、お嬢様ならきれいにできると思っていたんですけどね」
そして、メムが最も口にしてはならないことをしれっと口にしてしまった。
「ーっ!」
全身の毛を逆立てたパルがメムのマズルをがっしりと鷲掴みにした。
「何てことを、この子はーっ」
「むーっ」
パルはメムのマズルを掴んだままブンブンと振り回した。メムは涙目になりながら、服従の姿勢をとろうとしたが、マズルを握られていてそれもままならず、しばらくパルのなすがままにされていた。
「うちらも一回はチャレンジするよね」
「・・・」
そんな主従のやり取りを見ながらフォニーがラウニ同意を求めるように言うと、ラウニも多分、毛がなければ真っ赤になっていることがまる分かりな状態で小さく頷いた。
「で、貴女は何回やったの」
パルたちの騒がしいやり取りを見ながらルロが静かにバトに聞いてきた。
「私、自慢じゃないけど、結構上手だよ」
バトは何事もないようにケロリとした表情でルロの問いかけに答えた。
「それって、自慢にな・・・」
「なります。かっこいいです。私も鍛錬して」
妙な面でバトを目標としているアリエラが熱くバトの言葉を肯定した。自らの言葉を途中で切られたようなルロはむっとして2人を睨んだ。
「ルロはしまりが良くないから、失敗するでしょ」
ふくれっ面のルロにバトは可哀そうな人を見るような視線をよこしてきた。
「しまりが良くないって・・・、しまりは良いよ。バトよりも良いよ」
「そこまで言うなら、こんど勝負しようよ。まずは・・・、蒸かしたお芋を切ることができるか、からだよ」
ルロの剣幕にバトがからかうように言うとルロは真っ赤になってその勝負を受けようと口に出しかけた時
「ねー、どこで切るの、どうやって切るの、ですか」
2人の足元からティマが純真な目で見上げながら聞いてきた。
「そ、それは・・・」
これには流石のバトも口ごもってしまった。
「ねー、どうやるの?」
2人の足元で彼女らの悪業を暴くかのように穢れのない澄んだ目で見上げるティマ、彼女らは進退窮まってしまった。
「それはね、ナイフでどれだけ薄く切れるかってことだよ。ものすごく集中しないといけないから、おしっこするのも忘れるぐらいなんだよ」
いつの間にか用を済ませたネアがニコニコしながらティマに話しかけていた。
「そうなんだー、今度、あたしもやってみたいです」
目を輝かさせて言うティマにネアは内心苦笑していた。そして、ティマに追い詰められていた凸凹コンビは目でネアに深く感謝を捧げていた。
「こんな時、師匠が、ちゃんと答えないと、ね」
いきなりのことに固まってしまっているアリエラにバトが声をかけると、アリエラは黙ってうつ向いてしまった。
休憩が終わると隊列はのろのろと動き出した。そんな隊列の最後尾をレヒテやパルを護るように凸凹コンビとアリエラが周りを固めながら進みだした。しばらく動くとネアは道端の草が妙な折れ方をしているのに気づいて首を傾げ足を止めた。それは、道に対して頭を垂れるように折れたものと、逆にふんぞり返るように折れた草が同じ位置にあることであった。
「アリエラさん、確か騎士団でスカウトしてましたよね。これ、気になりませんか」
ネアはちらちらとティマを見ながら歩くアリエラに声をかけた。
「え、何?」
アリエラはネアが指さす草を見て首を傾げ、そして眉をひそめた。
「誰か、居たんだ・・・、ひょっとして・・・」
「何があったの?」
アリエラの動きに気づいたバトとルロが駆け寄ってきてアリエラの肩越しにネアが指さす草を見つめた。
「これって、誰かが道端から道に来て、そして道端に戻ったってことかしら」
ルロが首を傾げながらアリエラに確認すると、アリエラは黙って頷いた。
「見張られているかもね・・・」
いつもの下ネタを言うような軽い口調でバトがネアとアリエラの考えているであろうことを口にした。
「何も気づいていないよにしてくださいね。私たちは何も見つけられなかった」
アリエラが低い声でネアたちに注意してきた。
「そうだねー、考えすぎだよ。ネア、ここには怖い動物はいないよ」
バトは明るく言うと、ネアの手を取ってちょっと速足で隊列に戻っていった。
「ネアは心配性ですね」
ルロも明るく言うとバトを追いかけるように駆け出した。そして、最後に難しい表情のままアリエラが駆け出した。
「ほほう、あいつら輜重隊をあの村に先に入れるのか、で、本隊は明後日の夜か」
レブルは兎族の男が報告を聞くとしばらく腕組みをして何かを考えてから声を出した。
「あの黒い犬っころが村に着いた時、村がぐちゃぐちゃに荒らされていたら、どんな面するかな?」
レブルはニタリと黒い笑みを浮かべた。
「クタクタになって辿り着いたら、そこには焼けた小屋と死体だけ。きっといい面になってくれるぜ」
クスクスと笑い声をあげるレブルに驢馬族の男がさらに情報を付け加えた。
「輜重隊には郷主の娘と息子、あの団長の娘が同行していますぜ」
「そいつらを思いっきり楽しんで、ぶっ殺して、生首をきれいに飾り立てて入り口に置いておいたら・・・、フフフフ、ハハハハ」
レブルは新たな情報に満足して笑い声をあげた。それにつられて子分どもも訳も分からず笑い声をあげた。
「思いっきり殴りつけて、さっさとずらかる。これで、俺たちの名も売れるぞ。あの、乱を無傷で退けた騎士団が隙を突かれるんだからな。ククク」
自分が成功するビジョンのみのレブルの頭の中で、あの団長が悔し涙を流し、郷主から叱責され没落していく姿と跡取りをなくして荒廃するケフの郷を思い浮かべるとにやけが止まらなくなっていた。
「早速、襲撃しますか」
子分の中で一際ゴツイ身体を持った真人が巨大な斧を手にしてレブルに聞いてきた。
「馬鹿野郎、考えもなしでやって上手くいくかよ。まずはじっくりと偵察して、準備を万全にして、そして速やかに実行だ。お前らは、考えないからダメなんだよ」
ニタニタしながら子分たちを諭すレブルに子分たちは
「誰のせいで、俺たちがこんな目にあっているんだよ」
と心の中で突っ込んでいたが、レブルにそれを気づくような観察眼も推察する力も、ましてや巧妙な謀をする頭も残念な範囲にとどまるものしか持ち合わせていないのは、ここにいる本人以外は誰も知っていた。
「あの犬っころにいいもんを見せてやるぜ。俺の言う通りすれば上手くいくからな。俺たちのやったことが伝説になるんだよ。これから、正しく漢の浪漫が展開されるんだよ」
どこから湧いてくるのか謎な自信を漲らせて立ち上がるレブルに子分たちは大きな不安とひょっとしての一縷の希望を見出していた。悲しいかなそこに、レブルの言う漢の浪漫に同調する者はいなかった。
ネアは当然ながら漢の浪漫が分かる侍女(見習い)です。そして、次に分かっているのがバトです。レヒテは行動の結果が漢の浪漫のように見えるだけで、全く分かっいません。ギブンは女性が多い環境で生活していますので、その辺りは疎くなっています。また、メムはただ空気が読めないだけでバルに絶対の忠誠を誓っています。が、それが誰にも伝わっていません。
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