120 不安な出発
お話を続けていくことは結構しんどいことであると思います。
面白いお話をガンガン書いている作家の方は精神面も肉体面もタフなんだろうなと思ったりしております。
ネアたちがご隠居様の計画に一枚かまされた週末、明日は休日だと浮き足立っている、お仕事の終わり間際、奥様からいきなり声がかかった。
「ちょっと集まってもらえるかしら」
奥様の様子はいつも変わらず、「お茶を持って来て」級の何気ない口調であった。
「来週の赤曜日から黒狼騎士団の遠征訓練にレヒテとギブンが参加します。それで、貴女たちもあの子たちのお世話のために参加して貰います」
にこやかながら奥様の言葉には異論は認めない雰囲気を濃くまとっていた。
「奥様、それって赤曜日だけですよね」
フォニーがおずおずと奥様に尋ねた。
「それね、次の週の赤曜日までの6日間よ。もう、夏の初めの月だし、気候も凍えるようなことはないでしょ。ラマクのお山で自然を満喫してきてね。詳しいことは、後でバトとルロが教えてくれるから、必要な物はこちらで準備するけど、個人で必要な物は明日のうちに準備しておくといいわね。その辺りも凸凹・・・、バトとルロが教えてくれるから、訓練に行ってから、アレがない、コレがないなんてことのないようにね。・・・それと、レヒテが野生化しないようによく見張っていてね。皆にはあの子の母親として、いざとなったら、実力で止めても文句はありません。それで、何か貴女たちが不利になるようなことはするつもりはありませんから、遠慮なく行動してね。では、このお話しは終わり、ちょっと早いけど、お仕事も終わり、準備を忘れないようにね」
にこやかに恐ろしいことを言うとさっさと執務室から出て行った。
「遠征訓練って?・・・荷物背負って山の中を延々と歩くとか・・・」
奥様を見送った後、ネアはラウニを見上げて尋ねた。
「大体そんなところですが、訓練中に山賊の討伐、危険な野生動物の駆除も兼ねていますよ。帰ってきた騎士団の人は随分ぐったりとしていましたが、それを私たちが・・・」
ラウニは遠征訓練について知っていることをネアに説明しながら、まさか自分達がそれに巻き込まれるとは恐怖に似た表情を浮かべていた。
「でもさ、ウチらまだ子供だよ。大人の騎士団の人と同じことなんてできないよ。でも、黒狼騎士団だよね・・・、ルップ様も参加されるんだろうな」
フォニーは不安と期待がごちゃ混ぜになった表情を浮かべていた。
「あの白いお姫様も来るのかな?」
ティマの発した言葉にフォニーの表情が一瞬固まった。
「白いお姫様?あ、パル様のことか、来られるんじゃないでしょうか」
ネアはティマの言葉に答えると、さらにラウニが
「そうなると、メムも参加しますね・・・、フォニー良かったですね」
意地悪そうな表情を浮かべてフォニーを肘でつついた。
「パル様が来られるんだ、あたし、パル様好きだよ。きれいで優しくて、お姫様だもん。メムさんも面白いし」
無邪気に話すティマにフォニーも無理やり笑顔を作った。そんな時にドアを軽くノックする音がすると誰も応えていないのに扉が勢い良く開かれた。
「来週から、遠征訓練だよ。おねーさんたちが手取り足取り・・・、リードさせてくれたらそれ以外の場所でも、ゴブっ」
いつもの調子で勢い良く話すバトがいきなりその場に倒れて脛を押さえてうずくまった。その横にむすっと表情のルロが立っていた。彼女は倒れているバトに目もくれずネアたちに話し出した。
「アンタって、小さい子もいる場所で・・・、あのトンデモない歌を歌った芸人と同類じゃないの。・・・、えーと、来週の訓練について説明することがあるから、椅子をもって集まってくれるかな」
「赤曜日の朝、皆が目を覚ます時間にお館からラマクのお山の練兵場まで行きます。そこで、騎士団の方と合流します。このお館からは、レヒテ様、ギブン様、そして私たちと貴女たちが参加します」
ルロが出発時間と訓練の参加者について説明しているとやっとバトが立ち上がった。
「デーラ様のお館からパル様とメムが参加するよ。あの子たちも私たちと一緒に練兵場にいくからね」
明るく話すバトの言葉にフォニーの表情が硬くなった。
「訓練内容については、元騎士団員と言っても私らは鉄の壁騎士団だし、貴女たちはまだまだ小さいし、キッツイ訓練はないと思うけど、期間が長いから、まぁそれなりにキツイと思うけど」
バトは自分たちですら詳しい訓練内容については知らされていないことをテレながら伝えた。
「明日、それぞれが使う物を準備しましょう。鉄の壁騎士団は街から離れることはないから、私たちも遠征訓練は初めなんです」
「そうなのよ。初めては優しくしてもらわないと・・・ね」
どことなく微妙な表現をするバトをルロは睨みつけた。
「あれも、これもなんて持っていくと荷物が増えて大変ですからね」
「おやつは小銀貨5枚まで、後、ローションは忘れないようにね」
「ろーしょんって」
バトの言葉にティマが疑問を投げかけた。その言葉にルロは反応すると尖ったバトの耳を手を伸ばして鷲づかみにした。
「ティマちゃんね、この人が言うことはあんまり聞かないようにしてくださいね。バト、ちょっと話があるんだけど・・・」
ルロはバトの耳を掴んだまま歩き出した。
「ち、ちょっと痛いよ。話ならここでも、痛いって、優しくしてよ」
バトは悲鳴を上げながらルロに引っ張られていた。
「痛い、痛いってうるさい」
「もっとしてー、なんて言うよりマシでしょ・・・うっ」
ルロはバトの言葉に応えるように乱暴に耳を引っ張りながらネアたちの視界からバトと共に去っていった。
「あの人たちって」
いきなり現れた凸凹コンビにティマは呆気にとられながら隣にいたフォニーに尋ねた。
「エルフ族の人がバトさん、ドワーフ族の人がルロさん、とっても強い人なんだけどね・・・」
フォニーが呆れたようにティマに2人について説明した。
「ここで凸凹コンビって言われたらあの人たちだから」
ネアは対象年齢を気にせずいつものノリをするバトに呆れながらも彼女に漢を感じていた。
「リュックサックはセーリャに言った時のを使うから、服装もあの時の服装、着替えは着ている物を含めて3着まで、下着は必要量、バトみたいに液出したり、ちびったりする人は多めに、雨具はこれね」
「液ってなによ。私は締りがいいからちびりません」
黒曜日(休日)の昼食が終わった使用人たちの食堂の一角でバトとルロが、今回の遠征に参加する者、レヒテとギブンにいつもの調子で必要な物と荷造りの要領についてレクチャーしていた。そこには特別講師としてルップも顔を見せていた。ネアは内心、彼女らが口にするアダルトな言葉にハラハラしていた。
「水やタオルはすぐに取り出せるように、この雑カバンに入れておくといいよ」
ルップは肩からかけるタイプの鞄を取り上げて水筒やタオルなどの入れ組み方を説明した。その様子は近所の頼れるお兄ちゃん的でネアにとっては一服の清涼剤であった。
「あまり水をがぶ飲みしないように注意してくださいね」
説明を受けている側のパルが兄の言葉を補填するように言ったり、細々と手伝いをする姿をフォニーは難しい表情を浮かべながら見守っていた。そして、どこかパルは誇らしげにしているように見えた。この様子はあまりその手の感情に聡くないネアですらピリピリしたものを感じるぐらいで、幼いティマですら黙ったままであった。そして、お約束のようにメムにいたってはいつもの調子であった。
「足りない物があれば、教えてくださいね。私たちからルビクさんに手配して貰うようにしますからね」
一通りの説明を終えるとルロが持って行く物の一覧を書き込んだ紙をラウニに渡した。
「忘れ物がないように注意します。でもテントや調理の道具はどうするんですか」
メモを受け取ったラウニが不安そうにルロに尋ねた。
「それは、荷車にひとまとめにして運びます。引っ張る人はちゃんといるから。ね、ハッちゃん」
いつの間にか食堂で居眠りしていたハチにバトは明るく話しかけた。
「え、マジっすか・・・。俺が・・・、ご隠居様にいきなりここに来るように言われたと思ったら・・・、バトの姐さん、殺生ですぜ」
「文句は受け入れません。言いたいことがあれば、ご隠居様に言ってくださいね」
ルロが戸惑うハチににこやかかつ事務的に言い放ってその説明会は終了した。
「え、マジですか」
ハチがお館の食堂で面食らっていた時、騎士団の宿舎でアリエラは上司である小隊長から、今回の遠征訓練でレヒテとギブン、そしてパルの指導係を命ぜられて驚きの声を上げていた。
「ちゃんと、向こうからも侍女と元騎士団員がついてくることになっている」
30代半ばのしまった体型の真人である小隊長は補足事項をアリエラに告げた。
「侍女と元騎士団員って・・・」
「心配するな、お嬢と若付きの獣人の子たちと、エルフ族とドワーフ族の元騎士団員だ」
アリエラは小隊長の言葉を聞いて暫く考えると何かトンでもないことに気づいたように大きな声を上げた。
「お月の次女って、ティマたちじゃないですか。それに元騎士団員と言ってもその2人は鉄の壁騎士団じゃないですか・・・、誰も野外での活動を知らないですよ。しかもそれを渡し一人で・・・」
不安そうな表情を浮かべるアリエラに小隊長はちょっと困った表情を浮かべた。
「ちゃんと、ご隠居様付きの下男もついてくるから、力仕事は大丈夫のはずだ」
小隊長の言葉はアリエラをさらに不安にさせた。
「あの人ですか、確かに力はありそうですけど、素人ですよ。お嬢や若にもしものことがあれば・・・、パル様に何かあれば・・・、それ、私だけのことですみませんよ。小隊長もなにかありますよ」
アリエラは泣きそうな表情を浮かべた。
「そう言ってもなー、団長直々の命令だしね」
小隊長が肩をすくめて受け入れるしかないと示した時、アリエラの背後からいきなり声がかかった。
「やる前から心配ばかりするな。彼女らはそれなりにしっかりしているぞ。本隊でもサポートするから処刑される囚人のような顔はやめろ」
アリエラが振り返るとそこには苦笑している団長の姿があった。
「アリエラ、頼んだぞ。お前ならできると見込んでの命令だからな。それと、ネコの子の動きには目を光らせておいてくれ、あの子の動きについて変わったことがあれば訓練の後で教えてくれ」
団長直々の命令にアリエラは多少疑問があるものの了解と空元気で答えることしかできなかった。
遠征訓練初日、お館の前に緑色の服を着込んだネアたちと厚めの上着を袖まくりしして荷車のハンドルを弄っているハチの姿があった。暫くすると通りをネアたちと同じような衣装に身を包んだパルとメムが小走りでやってきた。
「遅れてごめんなさい。ちょっとあったので・・・」
パルがレヒテに遅れたことをわびると
「お嬢様はいくら呼んでも起きないお寝坊さんですから」
頭を下げるパルの後ろでいつもの如く、空気を読まない・・・、それ以前の問題であるメムがにこやかに遅刻の原因を口にした。流石のパルもこの一言に対して、牙をむいて噛殺すような表情でメムをにらみつけるとメムの尻尾が思わず丸まってしまい、小さな声で謝罪を述べた。
「私なんか気づいたらここだよ。エルマやタミーがいなかったらまだベッドの中だよ」
レヒテがあっけらかんと今朝の修羅場を語ると立ちながら眠っているギブンの頭を軽く小突いて目を覚まさせて妙な一行に出発の号令をかけた。
練兵場まではずっと上り坂で荷車を引くハチは汗だくになっていた。そんなハチを気づかってかラウニやフォニーが荷車を後押しをしていた。押さないティマはいつの間にか荷物と一緒に荷車に積まれていた。
「ここからだと、街がきれいに見えるよ」
ティマは荷車の上から無邪気にはしゃいでいた。それにまともに対応できたのはレヒテだけであった。そんな一行の中でネアは黙って道や地形を観察し、どの辺りから襲撃されるかなどを頭の中で見積もっていた。一行が練兵場に到着するとすでに訓練に参加する団員は整列しており、団長からの訓示を聞いていた。
「我々、黒狼騎士団は常に扇情に駆けつけなくてはならない。戦場はどこになるか誰にも分からない、全てが移動しやすい場所になるわけがない。逆に厳しい地形になることが多いだろう。だからこそ、あらゆる地形を踏破する能力と如何なる場所でも戦える力が必要である」
団長は大声で整列している団員に訓練の目的やら心構えをたれていた。そんな中、汗だくになって到着した一行を迎えてくれたのは不安の色が隠しきれないアリエラだった。
「黒狼騎士団のアリエラです。今回、皆さんの指導官として行動します。よろしくお願いします」
アリエラは緊張しながらレヒテとギブンに敬礼した。
「アリエラ先生、おはようございます」
ティマが荷車からさっと飛び降りるとアリエラの足元に駆け寄った。
「ティマも訓練にさんかするんだ。がんばろうね」
アリエラはティマを抱き上げるとティマの顔に頬ずりした。奇妙な師弟が親密な挨拶をしている間に団長の訓示は終わっていた。それに気づいたアリエラはそっとティマを降ろした。
「私たちは部隊の最後尾を行きます。あの食料を積んだ荷車の後です。今日はラマクの中腹の青平と呼ばれる野営地まで前進します。そこでテントを張って一晩過ごします。食料は騎士団の輜重から受け取ります。今日はひたすら歩くことが訓練になります」
アリエラは夏の日差しを受け明るく輝く山を指差した。その方向には山の斜面に対してテラスのように平たくなった部分があった。
「あそこからの景色って多分いいだろうねー」
レヒテは眩しそうに目を細めてアリエラの指差す方向をみつめて呟いた。
「いくらお嬢とは言え、特別扱いはできませんのでご容赦ください。訓練中は酷い食べ物に劣悪な生活環境になります。引き返されるなら今のうちですが・・・」
アリエラは団長から形式的にもお嬢たちに気力があるか確認せよと命ぜられていたため、失礼を承知で呑気そうにしているレヒテに問いかけた。
「私はそう言うの大好きだから」
レヒテの回答はあっけらかんとしたものであった。そんなレヒテの言葉を聞いてハチがうめき声を上げた。ハチとしてはここでレヒテが心変わりしてくれることに賭けていたのであったがその賭けは彼の負けであった。
「元鉄の壁騎士団のルロです。こらちはバト、慣れない事だらけですがご指導をお願いします。・・・それと、コレが何かとしょうもないことを口にすると思いますが、いちいち相手にしていると疲れますので適当に流してやってください」
緊張の色が消えないアリエラにルロがバトを引っ張ってきて挨拶をした。
「コレって、しょうもないことって・・・、いくら私でも初対面の人に放置プレイされてもうれしくないよ」
ルロの横でバトがぷーっとふくれっ面になった。
「全てがこの調子ですので・・・」
ルロが申し訳なさそうにアリエラに言うとアリエラの表情が少し変わった。
「ひょっとして、シモエルフのバトさん。お噂は常々聞いていましたが、まさかご一緒できるなんて」
アリエラはそう言うとバトの手を取った。
「エルフ族のイメージを打ちこわし、親しめるキャラ、何を言われようと我が道を行く姿、聞いていた通りです。女子の一人としてバトさんの行動に随分と勇気を頂いています」
アリエラはロックスターを見る少女のようにバトを見つめた。
「そ、そうかしら・・・、でも、ファンがいるって・・・、ありがとう」
滅多にほめられたことのないバトはアリエラの思わぬ行動に面食らっていた。
「いろんな意味でこの訓練、厳しくなりそう・・・」
ネアは訓練に参加する一同を見回し、これから発生するであろうことを考えて深いため息をついた。
ネアたちが黒狼騎士団の訓練に参加します。
黒狼騎士団は警察的な鉄の壁騎士団とは違い機動的に行動する軍隊です。イメージ的には海兵隊みたいなものです。だからこそ機動力が求められてるのですが、ケフの郷で軍馬を飼育する余裕はあまりなく、徒歩兵が主力となります。だからこその訓練です。
今回も駄文にお付き合い頂きありがとうございます。また、ブックマークいたただいた方に感謝を申し上げます。