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鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第10章 出会い
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118 旗揚げ

小さな者が大きな者に立ち向かうために拳を固める、そんな流になるのかな・・・。

良き判断をするためには、情報は欠かせません。

古今、情報を軽視した組織は手痛い目にあっていますね。

 「いろんな芸人さんたちに聞いてみましたが、どうもあの歌の広がり方は普通じゃないということでした。普通なら1年ぐら経たないと広まらないとのことです。それと、あのマーケットでやらかしたヤツは馬鹿で良かったですよ。あの歌は、艶笑的なパート、勇ましい戦いのパート、導きの乙女との恋愛のパート、に分かれていて、どこに重点を置くかで、どんな客層にも対応できるようです。しかし、どのパートも穢れの民に対する嫌悪感を植えつけるような表現は共通してありますね。それも、どこも結構ねちっこく」

 昼下がりのボウルの店の奥でバトはここ最近、あちこちで聞きこんだ情報をご隠居様を中心として集まった面々に報告していた。勿論、その中にネアも含まれていた。

 「譜面と歌詞を一つにした冊子は、モンテス商会が扱っているそうで、芸人さんたちの組合に強引に持ち込まれたようです。そして、すごいのがこの冊子のお値段が普通の歌の歌詞が書かれた譜面と同じかそれよりちょっと安いんですよ。それで、あらゆる場面に対応できるということで売れ行きは上々のようです」

 ルロがバトの後をついであの歌について知りえた情報を報告した。

 「後ろで何かが動いているのかな、それにしても歌を広めるとは・・・、何が目的なんだ・・・」

 ご隠居様は報告された例の歌について腕を組んで考え込んだ。その場の誰もその歌の背景にある意志について見当がつきかねていた。

 「宣伝ですね、多分・・・」

 ネアが沈黙を破って一言呟いた。

 「宣伝?」

 ネアの言葉にご隠居様が疑問を投げかけた。

 「あの歌は、穢れの民が嫌だと思う気持ちを広めるには有効ですよ。真人がいっぱいる郷や街で小さいときからあんな歌を聞いていれば、知らずのうちに穢れの民は真人より劣る酷い連中だと思い込みます。ここからは私の思いですが、世の中の上手く行かないことは全て穢れの民のせいだと思い込ませることもできる、と思います」

 ネアは前の世界で巧みな宣伝と演説で世界を混乱に巻き込んだ連中を思い出しながら自分なりの歌の目的を推測して、それを言葉にした。

 「成程、不正は全て穢れの民のせい、それを正すことは英雄と同じ崇高な行動となるのか・・・」

 ご隠居様はネアの言葉に頷いた。

 「そう言えば、あのバカ、エルフは人を惑わすことが誉れなこと、なんてほざいていたね」

 「ドワーフは派手に暴れるのがその者の価値につながるとかぬかしてましたね」

 バトとルロは互いに顔を見合った。

 「そんなヤツラがこれからごまんと出てくるのか。勘弁してくれよ」

 話を聞いていたロクがうんざりしたような声を上げた。

 「それだけならいいんですが、きっとワーナンであったような穢れの民に対する嫌がらせみたいなことがあちこちの郷がやりだすと、それから逃げる人たちがいっぱいでてきます。きっと、ケフにもいっぱい逃げて来ることになると思います」

 ネアはどうしても説明が幼くなってしまうことに苛立ちを感じつつ、何とか自分の懸念を伝えようとした。

 「穢れの民への攻撃が正当なことになるわけですな。聊か面倒なことになりますな」

 コーツが渋い表情を浮かべながらネアの言葉に頷いた。

 「それでと言ってはなんだが。あの英雄について、トバナ氏から聞いたことなんだが、あの英雄、歌われていることと差異はあまりないが、名前を「メテオ」と言うらしい。まれびとであることは確実と思われる。彼は、ここからずっと南にあるコデルの郷を拠点として、正義と秩序のために戦っているらしい。最近、導きの乙女・・・、彼女の名前はまだ分からないが、彼女とともに世直しの旅に出たらしい。すると、ネアの宣伝と言う話だが、彼が来るのを待つ人々が増えるし、彼が何をなす者なのかも知られているから動きやすくなるだろうね。もし、彼にたてつくと即ち悪とされるから、穢れの民の肩を持つこともきつくなりそうだね。そのためにもあの歌が世間に広まって欲しいのだろうね」

 ご隠居様は英雄とされる男についてごく簡単に説明した。残念ながら、ご隠居様にもこれ以上の情報はまだなかったのであった。

 「そのコデルの郷ですが、知りえたことを・・・、郷主は今年32歳になるルーテク・ヘリントン様、よいお歳ですが、私めと同じく独り身でございます。性格は非常に神経質だそうで、特に汚れることに関して恐怖を感じらるようでして、人と会うことも食事にも難儀されているようです。また、お仕事ぶりですが、小さいことに随分とご執心されるようで、全てを書類により報告することが義務づけられているとのことで・・・、これで随分と郷の運営が滞っているとか・・・。そのルーテク様が絶対とされていることが秩序を保つことのようで、姿形が秩序だっていないということで、穢れの民を随分とお嫌いになっているようでございます」

 コーツは独自の情報網で知りえたことをメモを見つつ淡々と述べていった。

 「その書類の件だが、モンテス商会から書類作成に長けた連中をコデルに送り込んでいるらしいよ。郷の役人も大変だろうね」

 ご隠居様は見たこともないコデルの郷の役人たちに同情を感じていた。

 「ご隠居様、トバナの言う書類ってのは、なんでも数字と表が殆どらしいです。その上、ちょっとの字の崩れも許されないらしくて・・・、面白いことに数字の帳尻があっていれば、その数字がおかしくてもお館様の嫌う王都好みがもてはやされるているそうです」

 ロクがコーツの説明を補足した。

 「随分と堅苦しいところなんだねー」

 説明を聞いてナナがため息混じりに吐き出した。そんなナナの言葉にバトとルロは頷いて肯定した。

 「この一連の動きの背後に、正義の光がいるように僕は考えているんだよ。彼らの信条と上手い具合にルーテクの信条と合っているんだろうね。彼が無能であっても、担ぐにはいい神輿なんだろうな」

 ご隠居様は呆れたような口調でそう言うと、ちょっと間をおいて真剣な表情になった。

 「何者かが、大きな混乱・・・、真人による支配のための戦いを画策しているようだ。幸いなことにここからずっと南で始まったから、ここに来るまで少し時間に猶予があるが、ゆったりと構えていると足元を掬われるね。今の内にこれからどうするか、ここからは郷の運営になるから婿殿の領域になってくる。今日はいままでそれぞれが知ったことについての認識の統一のために集まってもらったんだよ。ロクさん、引き続きトバナ氏がサボる事がない様に監視と締め付けを頼むよ。コーツは南の方の郷の動きを探ってくれ。ナナ、バト、ルロはこの郷での噂や動きの収集を頼むよ。ネアと僕はお館に出入りする人たちからの情報収集だ。・・・まだ、僕の頭の中だけなんだが、ケフの郷に組織立って、表に立つ事無く情報を収集する組織が必要だと思うんだよ。そのための組織を立ち上げたい・・・、メンバーについてだが、モーガの行商も情報収集に役立っているが・・・、あれをもっと拡充したいんだよ。そのためにもモーガ・・・否、婿殿にも話をするつもりだ。バト、ルロ、ネアこの事はそのときが来るまで口にしないように、ケフに僕の思い描く組織があると正義の光連中に知られるとますます仕事がしにくくなるからね。幸い、このケフは彼らからしたら取るに足らない田舎の一つだ、そこを思いっきり利用する。否でも、我々は正義の光と対立することになるだろうからね・・・、そうじゃないと、僕らの郷はなくなってしまう、それは絶対に避けたいんだよ。否、あってはならないんだ」

 ご隠居様はいつもの飄々とした様子ではなく、若き政治家のように力説した。その姿に集まった一堂は呆気にとられた。

 「ご隠居様、素敵・・・、液が出そう・・・、ごぶっ」

 ご隠居様の雄姿にバトがぽつりと呟いたのを聞いたルロがすかさず鋭い肘鉄をバトにめりこまさせていた。その光景を見たネアは笑いを堪え、聞こえなかったご隠居様たちは何が起こったのかわからずキョトンとした表情になっていた。

 「バトちゃん、また・・・いらないこと言ったのね」

 ナナが呆れた様にバトに声をかけると二つ折りになったバトは苦しい息の下で

 「素直な感想だったのに・・・」

 と言うと涙目になりながらルロを睨みつけた。

 「言うことが一つ一つ下品なの。いくら身体が反応しても言葉にしないの。だから・・・、シモエルフって言われるのよ」

 ルロがちょっと感情的になりながらバトに説教しはじめた。

 「ハイエルフって、世界にまだ何百人かいるそうだけど、シモエルフは世界に私一人だよ」

 バトが自慢そうに言うのを聞いてルロは深いため息をつくとそれ以上は黙ってしまった。

 「貴重なシモエルフ嬢も既に僕の計画に入っているからね。勿論、ルロ君もね。だから、渋るヴィットを説得して君たちにお館の侍女になってもらったんだから。もし、気に入らなければいつでも騎士団に戻れるように手配するよ」

 ご隠居様の言葉に二人は首を横に振って答えた。

 「お給金も前に戻るんでしょ、それにお日様でお肌にもよくないし・・・」

 「玉の輿の可能性が・・・」

 バトは今の給金と前の給金を計算し、ルロはあわよくばの確立を計算し、二人とも同じ回答に至ったのであった。これにはご隠居様も苦笑した。

 「組織の規模だが、人選にはモーガにも関わって貰うつもりだよ。もう一度確認して貰うけど、この組織の目的は情報収集と正義の光と英雄対策だ。きっと危険なこともあると思うが協力してくれ、頼む」

 ご隠居様は集まった面々に深く頭を下げた。

 「ボルロ殿、長い付き合いではありませんか。何を今更、でございますよ」

 コーツは笑みを浮かべた。

 「ご隠居様、私らを掬い上げて下さったご恩から比べると、こんなこと軽いもんですぜ」

 「そうですよ。ご隠居様、ウチの人と私がここにいられるのもご隠居様のおかげです」

 ロクとナナはご隠居様に頭を上げるように頼んだ。そして

 「お給金がある限り・・・」

 「玉の輿に乗れるなら」

 「「どこまでもついていきます」」

 凸凹コンビは彼女らなりに意志を示した。

 「アイツとはどこかで決着をつけないとなりませんから、こんな私でも力になれるなら、うれしいことです」

 ネアは直感的に彗星といつかは決着をつけることなると確信していた。そのためにも、少しでも有利にことを進めたいという思い、そして、人生のやり直しのチャンスを与えてくれたこの郷に対する愛着からご隠居様の計画には全面的に参加する覚悟を決めていた。

 「ああ、ありがとう」

 ご隠居様の顔には感謝の色が強く出ていた。


 「君がティマだね。なかなか筋がいいらしいと噂で聞いたのでね。私が稽古をつけてあげよう。気にすることはない。俺を仇だと思って思いっきり打ち込んでくるんだ」

 あの会合の後日、ネアたちは稽古着に身を包んで練兵場でそれぞれの得物を手に稽古を始めていた。この稽古に初めて参加するティマは小さな短剣のような木剣を手に先輩方が稽古に励む様子を手持ち無沙汰に眺めている所を黒狼騎士団長のガングが気さくに声をかけた来た。

 「あたし、その・・・、こんなことするのは・・・」

 大きな黒い狼に声をかけられ正に小動物のようにおどおどするティマにガングはにっこりと微笑んだ。

 「そうだね。でも、君がやらなくてはならないことをするには、稽古をしなくてはならないよ。君の得意な戦い方をはっきりさせることは大切なことだ。さ、かかってこい」

 ガングは手にした木剣をさっとティマに向けた。

 「はい、「麦穂」のティマ、いきます」

 ティマは短い木剣を片手で構え、さっと吹く風のように身を低くしてガングに襲い掛かった。

 「いいうごきだ・・・・、っ?」

 ガングは目の前にいたティマからいきなり気配が消えたことに驚愕の表情をうかべた。確かに姿も見えるし、動きも丸見えであるが、そこから感じられる気配がまったくなかった。まるで幻像を相手にしているような感覚に襲われた。

 「やーっ」

 甲高い叫び声を上げてガングの太ももに木剣を突き刺そうとするティマをガングはさっと身をよじって買わすと、稽古着の襟首を掴み、そして子猫のように持ち上げた。

 「幼いにしては、いい動きだ。イクル殿が仰っていたいたとおりだ」

 ガングは、完全にしてやられ、がっくりしているティマをそっと降ろすと優しくティマに語りかけた。

 「そして、稀な能力を持っているね。私も、初めて見たよ。ティマは短剣の使い方と体術を集中的に稽古するといいぞ。きっと強くなるぞ。アリエラ、前へ」

 ガングはティマの頭をなでながら、短剣の稽古をしていた黒い髪を短く刈り込んだ真人の娘に声をかけた。

 「団長、アリエラ参りました。何のごようでしょうか?」

 アリエラは直立不動の姿勢でガングに尋ねた。

 「この子は「麦穂」のティマ、まだまだ幼いが、なかなかいい動きをしている。短剣の使い方、体術を教えてやってくれよ。まだ小さな子供だからくれぐれもキツイことをせさせるなよ。もし、この子になにかがあれば、奥様や大奥様からいかなるお仕置きがあるか、お前だけじゃないぞ、この俺もだぞ・・・、よく注意してな」

 ガングの言葉にアリエラは引きつったような表情を見せたが、すぐに敬礼をしてティマの肩にそっと手を置いた。

 「あたいは、「水しぶき」のアリエラ、よろしくね。得意なことは短剣と侵入・・・、えーっと忍び込む技術。ティマは筋がいいみたいだからね。私もまだまだ修行中だけど、一緒に強くなろうね」

 アリエラは親しげにティマに声をかけた。

 「はい、先生お願いします」

 ティマは頭をペコリとさげた。その姿は可愛すぎた。アリエラもその姿に思わずティマをだきしめていた。

 「・・・イクル殿の手紙にあったとおりだ。遁術の能力を生まれながら持っているとは・・・、育て方を間違えば・・・」

 ガングは、誕生したばかりの子弟をほほえましく見ながらも複雑な思いを抱いていた。


 「父上がそのようなことを考えていたのですね。薄々とは感じてはいましたが」

 ガングがティマの能力に驚いたその夜、ご隠居様から計画を打ち明けられたお館様は寝室でベッドに横たわりながらモーガに例の組織の人選についての話を聞かせていた。

 「昨日の夜にいきなり聞かされてね。驚いたよ。確かに正義の光や英雄はこの郷の大きな脅威になるだろう。そして迫害される人々が多く発生するだろう。その人々がこの郷に難民として押し寄せてくるだろう。いつかは彼らと雌雄を決しなくてはならないだろう。その猶予はあまりないみたいだ。本来ならレヒテやギブンがこの郷の舵取りをしているぐらいまでの年月が必要だろうが・・・、困ったことだよ」

 モーガは夫から聞かされるあまり明るいとは言えない将来の予想を黙って聞いていた。

 「取って置きの切り札を入れましょう。ネアはもう組み込まれているようだから、ラウニ、フォニー、ティマは適任でしょうね。貴方、ティマちゃん、生まれながらに遁術を身に付けているそうよ。イクルが気づいたみたい、今日、ガングがそれを確認したようよ。あの子を手元に置いておかないと酷いヤツらがあの子を手に入れたら・・・」

 モーガはすぐに頭に浮かんだメンバーを口にした。

 「栗鼠族の身の軽さも相まって暗殺者としては特上級になるね。野に放つには危険すぎるな。狂戦士と暗殺者か、すごいカードを手にしているわけだ」

 お館様はまだまだ幼い彼女らの顔を思い出して複雑な気持ちになった。

 「できるものなら、そんな能力を使う事無く人生を歩んで貰いたいのだが・・・」

 「ええ、あの子たちには幸せになってもらいたいのです。そのためにも、押し寄せる災いを防ぐなり、弾き返すことができないと・・・、危険なことはして欲しくないのですが。この郷がなくなればそんなことも言ってられないのでしょうね」

 モーガが寂しげに夫に告げた。侍女とは言え、自分の子供同然の彼女らを大人の汚い争いの世界に巻き込みたくはなかったが、現実はそんな理想を受け付けてくれそうにも思えなかった。

 「その仕事をする、しないはあの子達の判断に任せようと思いますが、それでいいですよね」

 「勿論、あの子たちの幸せが一番だからね。・・・この郷の子ども達が皆幸せになってくれるのがそれ以上なんだが・・・、厳しいことなるな」

 郷主とその妻はベッドの上で深いため息をついた。

力がない生物が身を守るように、小さな郷であるケフも大きな耳と暗闇でも見える目と気配を嗅ぎ取る鼻を手に入れようとしています。

宣伝とは恐ろしいもので、トンデモない音頭で踊らされていることに血を流してから気づくということにならないようにしたいものです。

今回も、この駄文にお付き合い頂き感謝しております。

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