表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鎧を脱いで  作者: C・ハオリム
第10章 出会い
126/342

117 マズイ歌

ついにネアたちが新たなランクに、

なるということはありませんのでご安心ください。

また、新たなスキルも入手しませんので二重に安心です。

(何が安心なのか謎ですが・・・)

 「ねぇ、ねぇフォニー、マーケットに来ていた歌唄い見た?」

 今まさにケーキにかじりつこうとしているフォニーにメムが話しかけてきた。

 「メム、ウチが食べてから声かけてよ。もう、いいよ、ウチらも見たよ」

 食べようとしていた切り分けたパンケーキを皿に戻しながらフォニーが不満そうな声を上げた。

 「ごめんねー、でさ、あの歌聴いた、私たちは途中から途中までなんだけど」

 「ウチらは最初のほうだったよ、あれはどう聞いても」

 「「ヒドイよね」」

 期せずして二人の声がハモった。二人の声にその場にいた全員が首を縦に振っていた。

 「アイツはあんなに格好良くない」

 「下品すぎます」

 「聞くに堪えないものでしたね」

 「場所と聴衆を考慮してない・・・、小さい子どももいるのに・・・」

 「真人としては肩身が狭くなる歌でやしたね」

 それぞれがブツブツとマドゥの歌について否定的な言葉を上げながらも、口を言葉を発する以外の作業を中断する気配はなかった。


 マドゥは歌い終えて万雷の拍手を期待していたが、拍手はなく、その代わりと言っては何であるが、目の前に笑顔を浮かべたエルフ族とドワーフ族の若い女性が彼の前に歩み寄っていた。

 「これは、お嬢さん方、サインはこの色紙、1枚につき小銀貨1枚でたまわっていますよ」

 マドゥは最高の笑顔を浮かべて仰々しく二人に頭を下げた。彼は、彼女らから賞賛の言葉がもらえるものだと踏んでいた。

 「ふーん、私は悪巧みに長けてて、人の心を弄ぶんだー」

 「私は、呑んだくれの暴れ者」

 目の前の二人は賞賛の変わりになんだか文句をつけようとしてきているようだとマドゥは気づいた。普通、この商売を彼ぐらい務めていれば、もっと早い時点であの笑顔の後ろに何かあるぐらいの察しはつくのであるが、この、場を読む能力の絶望的な欠如がマドゥが未だに三流に甘んじさせている大きな理由であった。

 「エルフ族は惑わした人の数が己の誉れになると聞きましたが、ドワーフ族も暴れた時にどれだけ派手な暴れ方をしたかがその者の価値になると聞きましたが。違いますか?」

 マドゥは笑顔を絶やす事無く歌を歌うように彼女らに言葉を返した。彼には己の吐いた言葉が気分を害している相手にさらに油を注ぐ形になるということを察することができず、今まで聞いてきたことをそのまま口にしただけであった。

 「アンタ、このケフには初めてでしょ。じゃないと、デンデンムシでもあんな演し物なんてしないよ」

 ドワーフ族の娘が腰に手を当ててため息をつきながら忠告のような言葉を口にした。

 「お嬢さん、確かに私は今回ケフが初めてですが、私の歌に気に入らない所があったとでも?それは、どの演し物でしょうか」

 ここで初めて彼の表情に驚きのようなものが滲んできた。

 「おにーさーん、最後の英雄のお歌よ」

 エルフ族の娘が身体をすり寄せてきて耳元で囁いた。

 「このマーケットに来ている人たちを見てみなさい。どんな人たちが多いかしら?」

 エルフ族の娘はマドゥの耳に域を吹きかけるように尋ねた。

 「・・・普通のマーケットと・・・穢れが多い・・・」

 マドゥはここで初めて、このマーケットの客層を把握した。その言葉を聞いたドワーフ族の娘が大袈裟なため息をついた。

 「おにーさん、このマーケットの中は騎士団が睨みを効かしているから血は流れないけど、マーケットから出たら保証はできないよ」

 「これは、私たちからの忠告よ」

 エルフ族の娘はそう言うとマドゥから身体を離した。そして娘たちはクルリと彼に背中を見せて立ち去ろうとした。

 「おい、まさか・・・、たかが歌如きで、この僕が痛い目に合わなきゃならないのか?理不尽じゃないか」

 マドゥは慌てて二人を引きとめようとした。

 「私たちにどうしろって?」

 ドワーフ族の娘が振り返って呆れたようにマドゥを見つめた。

 「助けてくれ・・・」

 マドゥは途方にくれたように彼女達の背中に情けない声をかけた。

 「私は人を弄んでこそのエルフ族だよ」

 「私も暴れ出したら、どうなるか分からないドワーフ族だよ」

 娘たちは皮肉な笑みを浮かべてうろたえるマドゥを眺めた。

 「頼む、助けてくれ・・・」

 マドゥはがくりと頭れを垂れた。今まで、場や客層を読めなくて不況を買ったことは少なからずあったが、今回のような身に危険を感じるようなことはなかった。今まで興行してきた街でこんな妙な人口比率、つまり真人以外の比率がやたら高いところはなかった。彼には前を通り過ぎる年老いた獣人ですらいきなり自分に牙をむいてきそうな恐怖を感じていた。

 「アンタ、私ら女だよ、その上、アンタより年下だよ。私らの種族では若い方だよ。このエルフ族もまだまだ若い、見た目の通りの年齢だよ。それに、一人前の男が助けを求めるって・・・ね」

 ドワーフ族の娘が蔑みの色が滲んだ目でマドゥを見つめた。

 「僕は楽器より重い物は持ったことがないんだよ。それに、君らの腕は明らかに鍛えている腕だよね。護身用の短剣もデザインより機能性重視だし・・・」

 マドゥは場を読む力は全くないが、相手が女性に限り鋭い観察眼が働かすことができた。これは、常にどのタイプが落としやすい、とか、タイプ別の殺し文句を若いときから実地で鍛えてきた賜物であった。

 「変なところがスルドイねー。分かった、でも只とは言わせないよ。今夜は思いっきりご馳走してもらわないとねー」

 エルフ族の娘がドワーフ族の娘にウィンクして見せた。

 「今夜さ、本当にドワーフ族が暴れるか試してみない?」

 ドワーフ族の娘はそう言うとマドゥに近づいた。

 「エルフ族に誑かされるのも試してみる?」

 エルフ族の娘はさっとマドゥと腕を組むと身体を密着させてきた。

 「事がすんだら逃げようなんて思わないことね。この街を出るまでアンタは痛い目に遭う可能性は思いっきり高いんだからね」

 「じゃ、行きましょうか、男前さん、お店はこちらで指定するから、あそこのお店でいいですよね。バト」

 「決まってるじゃん、あそこは私らのお手当てじゃ敷居が高いし、ルロが気に入ったってお酒もあそこにはあるんでしょ」

 哀れな男を連行するように凸凹コンビはマーケットを後にした。彼女らのやり取りを見ていた鼬族の男がため息をついた。

 「オレラに殴られているほうが幸せだったかもな・・・」

 「ああ、身ぐるみはがれて、借金生活だな・・・」

 鼬族の男の言葉に、同じようにマドゥを痛めつけようとしていた真人の男が同情の篭った声でマドゥを見送った。


 「え、アイツ、パル様の前で獣臭いだとか、蚤だらけとかやったんですかい?」

 ハチはパルからマドゥの英雄の歌の内容を聞いた時思わず身を乗り出した。

 「姐さんもいるのに・・・、許せねぇ、あの野郎、ぶっ飛ばしてきやすぜ」

 ハチはパルの横で不愉快な歌の話題になっていることなんぞ気にすることもなく、パンケーキに舌鼓を打っているメムを見ると拳を握り締めた。パルがいきり立つハチを見て何かを言おうと口を開いた時、

 「ハッちゃん、やめときな」

 怒りに震えるハチにいきなり冷っとするような口調の言葉が飛んで来た。ハチはあわてて超えの方向を見ると買い物かごに何だかんだと詰め込んだナナが冷たい視線をハチに送っていた。

 「姐貴・・・」

 「あのバカはこれから、凸凹コンビが懲らしめるからね。多分、アイツ、ハッちゃんに殴られていた方が幸せだったかもね。だから、その拳はおろしな。男の拳はもっと肝心な時に使うもんだよ」

 ナナはそう言うと、カフェのカウンターに行くと、茶葉を数袋買って買い物かごに入れた。

 「ごゆっくりと、ハッちゃん、パル様に無礼なことをするんじゃないよ。パル様、コイツがしでかしたら、遠慮はいりません。ガツンと躾けてやってくださいね」

 ナナはそう言うとハチのツルツルの頭をポンポンと叩いて去って行った。

 「ネアお姐ちゃん、あの人・・・」

 ナナの突然の出現に驚いたティマがネアの肘をつついて聞いてきた。

 「ティマはまだ行ったことがありませんでしたね。広場の近くボウルの店ってお菓子屋さんをやっているナナさん。今度、一緒に行こうね」

 ネアの言葉にティマは頷くとまた口を開いた。

 「凸凹コンビってなになの?」

 ティマは首をかしげながら自分の聴いたことがない言葉をネアに尋ねてきた。

 「ウチらと同じお館の侍女をやっている人だよ。バトさんがエルフ族、ルロさんがドワーフ族、この二人のお話しが面白いの。普通に喋っているんだけど、とてもおかしいんだよ。笑いをこらえるのが大変なぐらいなんだよ。でもね、二人とも騎士団にいたんだよ。だからね、とても強いんだよ」

 フォニーが凸凹コンビについてざっとティマに説明した。

 「小さい子供にはちょっと問題がありますが・・・」

 ラウニがフォニーの言葉を聞いてぽつりと呟いた。

 「あのお二人がおられたら、どんな場所でも楽しい雰囲気になりますよね。お嬢様。私はあのお二人にあまりお会いしたことはありませんが」

 「ええ、楽しい人たちですよね・・・。ハッちゃん、私とメムのために怒ってくれてありがとう・・・」

 パルはメムの言葉に頷くと、納得いかない様子で椅子に腰掛けるハチを見てニコリとした。

 「え、そんな、勿体無いお言葉、身に染みます。このハチ、お嬢さまに仇なすものあれば、相手が何者であれぶっ飛ばしてみせますぜ」

 ハチが真っ赤になりながらパルの言葉に感動していた。その姿を見て思わずネアは呟いてしまった。

 「でかい、ユデダコだ・・・」

 ネアの呟きを聞いたティマが横でぷっと吹き出してしまった。

 「ティマ、大丈夫ですか」

 ラウニがティマに尋ねるとティマは真っ赤になりながら

 「ハッちゃんがユデダコみたいだって」

 はちを指差して笑った。ハチ以外の視線がハチに集中し皆がクスクスと笑い出した。

 「パル様まで・・・、あんまりですぜ・・・」

 ハチは照れくさそうにシュンとなってしまった。


 「へー、あの歌、最新のものなんだ」

 マドゥに飯を奢らせながらバトは例の歌について聞いていた。

 「最新も何も、この1ヶ月でいきなり発表されたんだよ。普通ならボクみたいな者が手にするには1年ぐらいかかるけど、これはあっと言う間だったよ。それもこの楽譜、製本までして、その上全部印刷してるんだ。ここまでして他の歌と大して変わらない値段なんだから、余程、流行らせたいのがいるんだね」

 財布の中身をひたすら心配しながらマドゥはバトの問いかけに答えていた。

 「ふーん、で、あの歌の内容って本当のことなのかな」

 ここぞとばかりに値のはる酒を飲んでいるルロがちょっと赤みがかった顔でマドゥに尋ねた。

 「そこまでは分からないよ。でも、南から流れてきた人は間違ってないって言ってたよ・・・、そのお酒高価いんだよ・・・」

 マドゥは情けない声を上げた。そんなマドゥの財布の中身なんぞどこ吹く風でルロはグラスを空けるとさらに値のはる酒を注文した。

 「でも、随分と誰かが熱をいれているみたいねー、あれってケフ以外ではうけてるのかなー」

 決して安くない貴重な鳥の卵料理を口に運びながらバトが尋ねた。

 「南のほうがうけがいいらしいよ。あっちのほうは穢れの民が少ないからね。ケフじゃ散々だったけど、これから流行ると思うよ」

 マドゥはにこやかに言い切った。

 「・・・アンタ、目の前に、アンタの言う穢れの民が二人もいるのにね・・・、遠慮ってしらないの」

 バトが呆れたように口にした。

 「君らのほうがボクの奢りだからって、遠慮せず高価いのばかり注文しているじゃないか」

 マドゥは思わず声を荒げた。

 「あらあら、じゃ、私らはここでさよならでいいよね。ルロ、行こうか」

 バトはマドゥにそう言うと席を立とうとした。

 「これは護衛を雇うお金だと思ったら安いものだと思いますが、仕方ありませんね。ご馳走様でした」

 ルロも席を立とうとした。その時になってマドゥは焦り出した。

 「すまない、言い過ぎた。今夜はすきなだけやってくれよ。穢れの民だけど、両手に花だからね」

 「「一言多い」」

 座りなおした凸凹コンビはその後、マドゥの財布に致命傷を与えるような注文をしたのであった。


 「あの歌を聴いたときはぞっとしたもんだ」

 トバナは薄暗い事務室でゴーガンに報告する情報をまとめていた。それは商会の書類作成用の用紙に知りえた情報を箇条書きにしたものであった。そこには、彼が各支店長とのやりとりや商売相手から手に入れた情報が几帳面な字体で記載されていた。

 『英雄が拠点としているのはコデルの郷』

 『英雄はまわりからメテオと呼ばれている』

 『コデルでは文書作成能力がある者を公募している』

 『英雄は正義と秩序を世界に広めるため、最近行脚に出た』

 『英雄には常に導きの乙女と呼ばれる少女が付き従っている』

 などであった。導きの乙女は旅芸人が歌う歌詞にあり目新しいものではないが、彼女が英雄の行動に大きな影響を与えていること、彼らの関係がただの同士以上のモノであることは歌では仄めかしてあるだけであったが、それが現実であるとの情報をトバナは手に入れていた。

 「・・・これだけあれば、少しは報酬に色がつくだろうな。おっと、死人の国への遠征は今のところ、どこも計画していないことも付け加えておこう」

 ゴーガン関係ではいつも冷や汗をかかされているトバナが今回は非常に乗り気であるのはこの情報が少しでも報酬につながることを期待しているからであった。彼は報酬のためであったら、忠誠など既に無視できるという特技を遺憾なく発揮しようとしていた。

 「次の報告が楽しみだ・・・」

 取らぬタヌキの皮算用の算盤を弾きながらトバナは満面の笑みを浮かべた。


 「あんまりだ・・・」

 まだ日が昇りきらない薄暗いケフの都の城門でマドゥは泣き声を上げた。彼は昨夜の散財で身ぐるみはがれ、今身にしているのは、ずいぶん昔に裸に剥かれて簀巻きにされたイカサマ師が身につけていた古臭く、かび臭く、時間が茶色く染色した薄手の上着と同じようなズボンだけであった。

 「なーに言ってんの。私らはちゃーんとアンタをここまで護衛したからね」

 ブツブツ言っているマドゥにバトは元気良く言うと背中をパシンと叩いた。

 「昨夜は言いお酒、ありがとうございます」

 ルロは酒臭い息を吐きながら満面の笑みを浮かべた。

 「命があっただけでも良しとしなきゃならないのか・・・、もう二度とケフなんかに・・・」

 マドゥはそう言うとぐっと唇をかみ締めながらケフの都を後にした。これ以降、記録を見る限りマドゥの名がケフの郷に入って興行したということはなかった。


この世界での歌は、詩が記載されている譜面を芸人が購入して演奏し歌うのが一般です。耳で覚えた歌を演じることもありますが、バレたら芸人の組合に罰金を払うことになります。完全な自己のオリジナルであればそのような心配はいりませんが、そこまで才能のある火とも少ないようです。

今回も駄文にお付き合い頂き感謝しております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ