116 歌とお姫様
仕事の都合でupが不規則になっておりますが、日曜日には何とかupしたいなーと考えております。(努力目標)
街角で大道芸人と混ざって楽器をかき鳴らしながら歌うこの男、名を「せせらぎ」のマドゥ、年齢は今年で32歳である。歌唱力、演奏力、ルックスはどこの大きな舞台に上がっても不思議はなかったが、彼には圧倒的に欠如しているモノが会った。それは、アドリブと場、つまり客の雰囲気を読む能力であった。これのおかげで、彼はいつでも、どこでも譜面通りの演奏と書き上げられた詩を一字一句間違えずに歌うことができたが、そのことが芸人仲間から「演奏機械」なる不名誉な仇名をもらっていた。そして、彼のこの能力がケフのマーケットでも披露されることになった。穢れの民が多いケフでその穢れをこれでもかと悪辣に描写し、それを情け容赦なく斃す英雄の歌なんぞを演じることで何が生じるか、彼はそれを想像することができなかった。ただ、新しい歌を披露したい、それだけであった。
「遥か南の人すら滅多に通わぬ荒地に降り立つ人影一つ」
マドゥはその美声をあますことなく発揮し出した。この英雄の歌であるが、簡単に言えばいきなり顕れた英雄が美女を助け、力なき民衆のために立ち上がり、そして押し寄せる悪党どもを快刀乱麻に退治する、ありふれた勧善懲悪ものであった。ただ、普通の勧善懲悪ものと大きく違うのは、英雄が斃すのはいずれも穢れの民、そしてその穢れの民の悪逆非道ぶりをこれでもかと歌い上げるところであった。
「荒野に響き渡る絹を裂くような乙女の悲鳴が木霊する」
マドゥは若い娘が、見るも汚らわしい好色な兎族の獣人に家族を殺され、奴隷に落とされ、貞操の危機にさらされたことを事細かく歌いだした。ここでマドゥの才能が発揮された。こんなお日様もまだまだ高い、小さな子供をつれた家族連れも多い中で、夜の酒場でおっさんを相手にするようなきわどい描写を声高らかに歌いあげた。特に奴隷に落とされた若い娘の肉体的特長を微に入り細に入り、挙句の果てには子孫繁栄にダイレクトに関係する部位までである。さらに、それを好色な兎族の獣人がいやらしく攻めていく有様も、である。
「ーっ」
ネアは思わずティマのピンとたった耳を押さえた。ラウニとフォニーは細部は理解していないものの、それが凡そなにかを理解したようでネアの袖を引っ張って、この場から立ち去ろうと促していた。しかし、ティマが根が生えたようにその場から動こうとしなかった。
「嫌らしい毛だらけ、蚤だらけ、そのケダモノの手が乙女の柔肌に触れようとした時、颯爽と現れしは、我等が英雄っ!」
これから英雄が快刀乱麻の活躍するパートに入るのであるが、出だしがあれだけにそこにいた家族連れの殆ど、彼がターゲットしようとしている若い女性の姿は殆どなかった。残ったのは好色そうなおっさんばかり。その客層も冒険活劇風のパートになるとその場から立ち去り、新たに小さな子ども達が冒険譚をわくわくしながらマドゥを見つめていた。
【何がダメだったんだ・・・、前の演目「恋するジュスティーヌ」まではいい感じだったのに・・・】
マドゥは未だに自分がエンターティナーとして悲劇的欠如しているものの正体に気づいていなかった。因みに彼が今一つどころか、全く売れないのは彼が馬鹿であることも要因であった。
「英雄の前に立ちふさがるは、汚れた毛皮に、虱、蚤、ダニを纏った悪臭漂う獣人と、悪知恵に長けたエルフ族、只暴れるだけのドワーフ族」
英雄に襲い掛かる悪党どもをこれでもかと嫌らしく、下卑た調子で描写された歌詞をそのままに口にするマドゥ、その歌に聴衆から嫌な空気が漂ってくるが、残念ながら彼はそれに気づくことはなかった。
「あの野郎っ!」
歯をむき出したティマがネアの手を振り解いてマドゥに飛びかかろうとした時、いきなりその小さな身体が宙に上がった。
「えっ!?」
驚きの声を上げるティマを抱き上げたのはスキンヘッドの大男、ハチであった。
「新しくお入りになられた姐さんですね。オレはご隠居様の付き人のタロハチ、ハチって読んでやってください。姐さんの名前、教えていただけやせんか」
ハチに子猫のように抱き上げられたティマは何が起きたのかさっぱり分からない表情を浮かべていた。そして、目の前にタコ坊主みたいなハチの顔があることに気づいて、漏らしそうになるのを懸命に耐えた。
「ハッちゃん」
いきなりの登場にネアが口にできたのはそれだけだった。しかし、心中で彼の出現のタイミングのよさに感謝していた。
「その人は、ハッちゃん、見た目は怖いけど、いい人だよ」
熱唱するマドゥを無視するようにフォニーは突然の出来事に固まっているティマに声をかけた。
「あ・・・、あたしは「麦穂」のティマ・・・」
「ティマ姐さんですね。よろしくお願いしやす」
ハチはにっこりするとそっとティマを降ろした。
「けったくそ悪い歌なんて放っておいて、お茶でもしやせんか。オレ、ちょっと気になるお店があるんすよ。姐さんがたはどうです?」
にこにこしながらネアたちに話しかけるハチにラウニは頷き、ネアたちを見回した。
「皆いいでしょ。ハッちゃんレディを誘ったからにはご馳走してくださいね」
「それは、もう織り込み済みですぜ。ちょいと、カードで勝ったんで懐はホクホク、こんなあぶく銭はさっさと使っちまうに限るってね。ティマの姐さん、ちょいとごめんよ」
ハチはまだショックが残っているティマをそっと抱き上げ、己の肩に担ぎ上げ、ちょこんと座らせた。
「遠くまで見えやすかい?」
ティマはいきなりの視線の変化に戸惑ったもののぱーっと顔に笑みを浮かべた。
「遠くまで見える。お店ってこんな風に並んでたんだー。すごいよ。ありがとう・・・は、ハッちゃんさん・・・、姐さんって、あたしより年上でしょ」
ティマはハチの肩の上ではしゃぎ出した。ティマの喜びようにハチもいつもより笑顔になっていた。
「小さいながらも立派に働いておられるからティマの姐さんと呼ばせてくださいよ。で、オレに「さん」はいりやせんぜ、ハッちゃんって気安く呼んでくださいよ」
「うん、ハッちゃんありがとう。お父ちゃんに肩車してもらったけどここまで高くなかったよ」
ティマはそう言って、はっと何かに気づいたようになって黙ってしまった。
「ティマの姐さん・・・、随分と辛いことがおありのようで・・・、辛気臭い顔をしていると辛いことや悲しいことが津波のように押し寄せてきやすぜ。オレら船乗りは、悲しいことは、繰り返さないために覚えやしますが、それ以外は思い出さないようにするんすよ。これからいくお店を楽しみにしてくださいよ」
にこやかにハチに言われて、ティマは頷くとうっすらと浮いていた涙を手の甲でぐいっと拭った。
「強い子ですね」
ネアはティマの姿を見て誰に言うでもなくぽつりと呟いた。
「私より強いですよ。私はヴィット様に助けて貰えなければあの村で・・・、死んでいたかもしれませんから」
ネアの言葉にラウニが己の姿と重ねて複雑な表情を浮かべた。
「ウチらみたいな子供が増えなきゃいいのにね」
尾かざりが入った袋を胸に抱きかかえるようにしながらフォニーがさびしそうに呟いた。
「ここっすよ。このお店」
ハチはマーケットから少し離れたオープンカフェのような場所にネアたちを案内していた。その店はネアには分からないかわいらしい色とりどりの花が咲いている花壇を縫うようにテーブルが置かれ、そのテーブルの上の小物も可愛らしい動物や花を意匠にしたものであり、店全体がかわいいで統一されていた。
「・・・これは、ハッちゃんには入りづらいよね」
「ハッちゃんの趣味ですか・・・」
フォニーとラウニが怪訝な目でハチを見つめた。
「姐さんたちが喜ぶかなってね」
ハチはちょっと困ったようにそう言うと肩に乗せているティマをちらりと見た。
「うわーすてき、まるでお話しの世界みたい。ね、早く」
「へい、では、レディファーストで、姐さんたちからどうぞ、ちょうどそこの席が空いてやすよ」
ハチは見晴らしの良い場所にあるテーブルを指差し、ネアたちがテーブルに着くのを見届けると、そっと椅子を引き、肩からティマを大事なものを扱うようにそろりとその椅子に腰かけさせた。
「いらっしゃいませ。ご注文をたまわります」
ネアたちが席につくと、投げられたボールに飛びつく犬のように犬族のウェイトレスが注文を取りに来た。彼女の衣装も店のかわいいという統一感を崩させぬもので、ネアたちの仕事着にヒラヒラとレースを盛ったような衣装であった。
「お茶とパンケーキのセットを5つ、ハチミツ多めでお願いしやす」
店の雰囲気に全くあっていないハチが注文したのでウェイトレスは思わず後ずさったが、見事に持ち直して営業スマイルを浮かべた。
「パンケーキのセットを5つ、ハチミツ多めですね。畏まりました」
ウェイトレスは恭しくお辞儀をするとさっと店の奥に消えていった。
「ハッちゃんがこんなお店知ってるなんて以外ですね」
「ぜんぜん似合わないよ・・・」
「・・・落ち着かない・・・」
「お姫様になったみたい」
ネアたちはそれぞれの感想を口にした。ネア以外は概ねこの店の雰囲気を気に入っていたが、ネアにとってはどうも馴染めなかった。それは、この店を紹介したハチも同じようであった。
「ハッちゃん、随分と無理をしましたね。私ですら落ち着きませんからね」
身を小さくして腰かけているハチにネアがそっと声をかけた。
「ネアの姐さんもこういうのは苦手なんすか。姐さんたちはこういうのは大好きだと思ってやしたが・・・」
ハチはネアの言葉に苦笑を浮かべながら応えた。その時、いきなりハチの表情が変化した。
「気分の悪い歌でしたね、お嬢さま」
「あの歌い手、馬鹿でしょ。このケフで私たちをあそこまで汚く罵るような歌を歌うなんて。だから、おひねりもなし、歌い終わった時に拍手もなし」
多分、マドゥのことを悪し様に言いながら白と茶色の人影が入ってきた。
「あっ」
ハチの次に反応したのはフォニーだった。
「パル様、メムも一緒か・・・」
フォニーはそう呟くと複雑な表情を浮かべて俯いて彼女たちと視線を合わせないようにした。
「どこの席がいいでしょうかねー、あ、ハッちゃん、フォニーさん達もいますよ。あそこにしましょ」
メムはパルの袖を引っ張りネアたちのテーブルにパルを引っ張ろうとした。
「え、フォニーさんも・・・」
メムの言葉にパルの表情が強ばった。マドゥ以上に雰囲気の読めないメムがネアたちににこやかに挨拶をして、空いている席の椅子を引いて半ば無理矢理にパルを席につけた。
「ふわー」
ティマは自分の隣に白くて、凛々しくて、見目麗しい騎士団長の娘が座ったのを見て感嘆の声を上げた。
「お姫様だ」
ハチはティマの感嘆の声にしきりに頷いていた。パルはティマの声を聞くと強ばった表情をといてにっこりした。
「私は、ケフの黒狼騎士団の団長の娘です。決してお姫様じゃありませんよ。あら、貴女は初めてお目にかかりますね。私はパル・デーラ、貴女は?」
パルの問いかけに、ティマはさっと椅子から飛び降りてぎこちないカーテシーをすると、じっとパルを見つめた。
「あたしは、「麦穂」のティマです。お館で働いています」
「素敵なお名前ですね。それに、そのふわふわの尻尾・・・、可愛いすぎますね。ちょっと、こっちに来てくれませんか」
パルはティマを手招きして、ティマを呼び寄せた。
「可愛いっ!」
パルは、いきなりティマを抱きしめた。それを見たメムはニコニコしながら
「お嬢様のいつものクセですから、お気になさらないで下さい」
と、抱きしめられてびっくりしているティマににこやかに話しかけた。
「あの尾かざりの趣味が良く分かった」
そんなパルを見つめてフォニーは一人納得していた。
パルの趣味、それは可愛いものに目がないことであった。騎士団長の娘、という肩書きのおかげで常日頃は可愛いものに対する衝動を押さえ込んでいるが、ティマを見た時、ついに押さえ込むことができず、かわいいが暴発した状態になっていた。
「ティマちゃん、ウチの子になって欲しいなー、こんな子が妹だったら」
ブツブツと呟きながらパルはティマに頬ずりをしていた。そんなティマをハチは羨ましそうに見つめていた。
「お待たせしました・・・」
先ほどのウェイトレスがハチが注文したセットを持ってきて、テーブルの脇で栗鼠を押さえ込んでいる狼を見つけて固まってしまっていた。
「あ、気にしないで下さい。もう少しすると落ち着きますから、私たちも同じモノを、いいでしょ。お嬢さま」
メムはティマを抱きしめて微動だにしないパルに声をかけると主人の確認を得るまでもなく注文していた。
「苦しいです」
パルに抱きしめられていたティマが声を上げた。その声を聞いてはっとパルは我にかえった。
「ごめんなさい。ティマちゃんがかわいくてついつい」
名残辛そうにパルはティマから身を離した。そんなティマをハチはずっと羨ましそうに見つめていた。
「ティマ、大丈夫?狼が栗鼠を捕まえて食べようとしているみたいだったけど、パル様は安全だからね」
フォニーは横目でパルをチラリと見ると抱きしめられて乱れたティマの服や髪、尻尾の毛並みを直しながらティマに話しかけた。
「栗鼠を捕食するのは狐だと聞いてますけど」
フォニーの言葉を耳にしてパルが敢えて聞こえるように言った。
「そう言えば、狼って、群にならないと狩りができないんだっけ」
フォニーはネアに同意を求めるように話しかけてきた。そして、ちらりと白い人影を見た。
「・・・っ」
パルはそこで言い返そうとしたが恥ずかしくも騎士団長の娘が郷主の侍女と言い争うのは褒められたものではない。やろうと思えばフォニーをお館から追い出すことも出来るかも知れないが、それをすればレヒテとの友情もメムとの繋がりも断ってしまうことを知っていた。それ以前に騎士団長の娘と言う地位を利用しての意趣返しのような行動を父である騎士団長が見過ごすことがないことも承知していた。
「お気に触られたなら、如何なるお仕置きもお受けします。」
フォニーも言い過ぎたことを悟りその場に膝を着いてパルに頭を下げた。いくら郷主の館で奥様、お嬢と親しくしていると言っても一塊の侍女であるフォニーがどうがんばってもパルには勝てないのである。下手をすると奥様にも迷惑をかけかねないのである。初めから勝負にならないのである。
「フォニーさん、立ってください。気になさらないで、私はティマちゃんを抱きしめられただけで満足していますから。また、ぎゅっとさせてね」
パルはフォニーに立つように促すとにっこりとティマを見つめた。
「パル様のお心遣いに感謝を申し上げます」
フォニーはすっと立ち上がるとだまって己の席についた。ティマはパルの申し出に黙って頷くだけだったが席によじ登るようにつくと隣のネアにそっと話しかけた。
「あたし、お姫様にぎゅっとされたよ」
「羨ましい限りですぜ、ティマの姐さん・・・」
ティマの言葉にハチが血涙を流すような声で呟いた。
吟遊詩人の歌がプロパガンダに使われるのではなかろうかと、やってみましたが、力が足りませんでした。今回、パルの隠れた一面を出してみました。パルがこの世界にいれば、サンリ〇商品で身を固めているかもしれません。多分、熱心ないち〇新聞の購読者になっていると思われます。
今回も駄文にお付き合いいただき感謝しております。